やるべきことが多く,土曜日も事務所へ出勤です。それなのに,徒歩出勤の途中で悲惨な目に遭ってしまいました。カラスとおぼしき鳥から糞の空爆を受けてしまったのです。
昼に食べようと,コンビニで美味しそうなカスタードクリームパンとレーズン入りのロールパンを買って白のビニール袋に入れて歩いておりましたところ,バサッと音がして袋を見てみますと,袋の内外に鳥の糞が飛散しておりました。悲惨です(笑)。辛うじてスーツは大丈夫でしたが,かばんと靴の一部にも白っぽいものが付着していました。やはり悲惨です(爆笑)。生産者と製造者には誠に申し訳ないのですが,パンは廃棄しました。これはどうにも転用することができないのです。気分直しに,昼はパンとは似ても似つかないものを美味しくいただきたいと存じます。
さて,昨日はバッハの教会カンタータ第51番のことを書きましたが,これに続く第52番「偽りの世よ、われは汝に頼まず」もこれまた素晴らしい曲です。その第1曲はシンフォニアで,この曲はブランデンブルク協奏曲第1番の第1楽章と同じ音楽です。これをパロディー(転用)と呼びます。バッハの場合にはこの転用が結構出てきます。無理もありません。ライプツィヒに移ってからは多忙かつ激務でしたから,このケーテン自体に作曲した傑作を転用し,カンタータ第52番冒頭のシンフォニアとして配曲したのでしょう。
話は突如として変わりますが,今朝の産経新聞には葛城奈海という女性のコラム記事が掲載されていました。この方は愛国心の強い,女性ながら国士と呼ぶべき人で,その言説には共感を覚えます。その記事には,かつて尖閣諸島購入のために石原慎太郎元都知事の声かけで集まった約14億円の浄財が,その後の尖閣諸島国有化によって未だに宙に浮いたままだそうです。
国際的な規範というものを理解できないか,あるいは理解しようとしないならず者で,しかも尖閣諸島への接近,領海侵犯を繰り返す中国(共産党)を毅然とした態度で牽制するため,葛城さんはこの宙に浮いた約14億円をやはり尖閣諸島の実効支配維持のために有効に転用すべきことを主張しておられました。全く同感です。
髪の寝ぐせが直りにくくて閉口しております。町を歩いていてもすごく恥ずかしい。弁護士として会心の法律相談ができたとしても,寝ぐせの存在が説得力を無くしてしまいます(笑)。寝ぐせ直しに効果的なグッズが何かありませんかねえ。
本日の本題は寝ぐせではありません(笑)。バッハの教会カンタータです。
岡崎出張の際に車の中でバッハの教会カンタータを聴きました。第51番の教会カンタータは「もろびと、歓呼して神を迎えよ」という標題が付けられております。これまた本当に佳い曲なのであります。素晴らしい。
ただ,改めてビックリいたしましたのは,終曲のハレルヤ(歌詞が「ハレルヤ」のみです。)を歌いこなすのはとてつもなく難度が高いだろうということです。作曲家の江端伸昭さんの解説によれば,これはバッハの教会カンタータとしては異例(唯一)の大規模な独唱アレルヤで,協奏的フーガの形を取り,冒頭曲と同じようにトランペットとの華やかな競演が繰り広げられるという曲なのです。
この曲はソプラノ独唱なのですが,テンポが速く,音も小刻みで飛躍もあり,息継ぎがとても難しいのです。このカンタータの冒頭曲もそうでしょうが,この終曲もとてつもなく難度が高いということは聴いていて素人でも分かります。バッハさん,さすがにそれは辛いですわ(笑)。とても佳い曲ですけど・・・。
既出の江端さんは「これはまさしく、成人ソプラノ歌手のコロラトゥーラを念頭に置いて書かれた曲である。後にライプツィヒの通常の礼拝でこのカンタータが演奏された時、独唱を担当したボーイソプラノは、このアレルヤをどの程度歌いこなせたのだろうか。」と心配されております(笑)。
バッハは聖歌隊にも厳しい技術を要求していましたからね。そう心配されるのも無理はありません。なお,コロラトゥーラとは,クラシック音楽の歌曲やオペラにおいて,速いフレーズの中に装飾を施し,華やかにしている音節のことで,トリルが多用されるものを指します。難度が高いのでありますよ。いくら能力の高いボーイソプラノでも相当に辛いでしょう。
くどいようですが,でも佳い曲です。
昨日,ゴルフに行ってきました。昨年の11月12日に五十肩(肩関節周囲炎)になって約3か月半が経過しますが,それ以来のことです。
さすがに五十肩の診断を受けた当時の痛みと関節可動域の制限の状況からして,これは1年くらいはゴルフなんかできないと思っておりました。でも昨日のプレイでは,恐る恐るでしたが何とか「完走」できたのです。しかもスコアは五十肩になる前とほぼ同じ・・・。これは少し複雑な心境です。五十肩よりも私のゴルフの方が既に症状固定になっていたりして(笑)。症状固定というのはこれ以上同様の治療を継続していても,もうこれ以上の改善は望めない状況を指す概念です(笑)。それに五十肩よりも私のゴルフの方が予後不良だったりして・・・(笑)。
昨晩はまた右肩が痛み出さないか心配でしたが,何のことはありませんでした。ぐっすりと眠ることができました。まずは思ったより早くゴルフ界に復帰することができましたが(笑),当分の間は自重しながらやっていきたいと思います。
話は変わりますが,わが愛知県弁護士会にも毎月発行される会報というものがあり,今月号にある先生の死を悼む追悼文が掲載されていました。その先生は昨年の11月28日に亡くなられたのですが(83歳),私はその直前まで街角を矍鑠とした足取りで歩いておられる姿を拝見しておりました。その先生とは特に面識というほどのものはありませんでしたが,誠実に仕事をこなされ,いつまでもお元気で何よりだと思っておりました。
その追悼文には,この先生の仕事にかける情熱が最後まで衰えることはなく,がんで余命数か月と宣告されてからでも法律関係の新刊書を書店から取り寄せ,一生懸命に読んでおられたそうです。これはなかなかできることではありません。最期まで仕事に真摯に向き合っておられたのです。
冒頭に平日ゴルフの話題を出してしまいましたが,この追悼文によればこの先生の趣味もゴルフで,毎日曜日には必ずプレイされ,平日にも仲間とプレイされることもあったようです。70歳代後半にはホールインワンも達成されたようです。がんと宣告され,それが他に転移したことを知った後でも,事務所近くにあるインドア練習場でプロの指導を受けていたという話にも言及されていました。本当にすごいなあ,と思いました。
何事にも真摯に向き合っておられたのですね。この追悼文の記事は,今の自分の有様,生き様を虚心坦懐に省みた時,思わず自分が恥ずかしいという気持ちにさせました。自分に残された時間だってそれほど多い訳ではない,夜フトンの中に入って「今日も何とか良い一日を送ることができた」と感じ,ほんの少しほほえみながら眠りにつくことのできる日々でありたいと思った次第です。本日は,真面目に締めくくります。
2月22日は私の結婚記念日なんであります。好きなショパンの誕生日でもあり覚えやすくもあるのでこの日にしました。ありがたいことにうちの娘も2月22日が私たち夫婦の結婚記念日だということを覚えていてくれて,3人分のケーキを買って来てくれました。なお,ショパンの誕生日についてはその後の研究で3月1日という説が有力になっておりますが,私の幼少時代や結婚した当時はまだ2月22日説が有力だったと記憶しております。
さて,2月22日は「竹島の日」でもあります。その記念式典が開かれましたが,案の定韓国は日本政府に抗議をしてきましたし,ソウルの日本大使館前でも抗議行動,そして日本で開催された「竹島の日」記念式典にも韓国人らが乗り込んで抗議しております。竹島を不法占拠しておいて,この人たちに付ける薬はありません。記念式典には日本政府としても内閣府政務官ではなくて首相や閣僚が出席すべきです。
竹島は,歴史的事実に照らしても,かつ国際法上も明らかに日本固有の領土です(外務省のホームページを参照)。
大東亜戦争終結後,サンフランシスコ講和条約を起草中であったアメリカ政府に対し,韓国政府が「独島(竹島の韓国名)を韓国領に加えて欲しい」と要請したところ,アメリカ政府は1951年8月10日にいわゆる「ラスク書簡」を出しこれを断固拒否しました。そのラスク書簡には,「・・・合衆国政府は、1945年8月9日のポツダム宣言受諾が同宣言で取り扱われた地域に対する日本の正式ないし最終的な主権放棄を構成するという理論を(サンフランシスコ平和)条約がとるべきだとは思わない。ドク島、または竹島ないしリアンクール岩として知られる島に関しては、この通常無人である岩島は、われわれの情報によれば朝鮮の一部として取り扱われたことが決してなく、1905年頃から日本の島根県隠岐島支庁の管轄下にある」と明確に書かれています。GHQの占領政策にはかなりの問題がありましたが,さすがに韓国の火事場泥棒的な振る舞いには明確にファクト(事実)を突きつけたのですね。
結局,今も韓国が竹島を不法に実効支配しているきっかけとなったのはいわゆる李承晩ラインが一方的に引かれ,火事場泥棒がなされてしまったことです。1952年1月(日本が主権を回復する直前のこと-「火事場」と述べたのはそのことを意味しています),当時の韓国大統領であった李承晩が「海洋主権宣言」を行い,いわゆる「李承晩ライン」を国際法に反して一方的に設定し,同ラインの内側の広大な水域への漁業管轄権を一方的に主張するとともに,そのライン内に竹島を取り込みました。だから「泥棒」なのです。
日本政府は過去2度にわたってこの竹島問題について国際司法裁判所で解決しようと韓国に付託を提案しましたが,いずれも韓国側が拒否しています。韓国側は国際法上は自国に勝ち目がないことを自覚しているのでしょう。
えっ?なになに・・?戦後のことばかり聞かされても,日本が戦前から竹島を国際法上領有していたというのは本当なのかですって?
知らざあ言って聞かせやしょう(笑)。1618年,鳥取藩伯耆国米子の町人(2つの家)が藩を通じて幕府から竹島への渡海免許を受けました。それ以来,毎年1回,両家が交代であわびの採取,あしかの捕獲,樹木の伐採等に竹島に行きました。これが恒常化していったのです(国際法上の「先占」の開始)。こうして17世紀半ばには日本は竹島の領有権を確立したのです。そして,これはだめ押しというやつでしょうが,1905年,日本国政府は竹島を無主地と判断し,島根県に編入したのです。
国際法は,無主地に対しては,先占の要件を充足することで合法的にその土地を領有することができるとしているのです。
本日の昼食は,たった今,カレーライスをいただいてきました。大変美味しかったのであります。昼食に何をいただくことにするか,何にも考えていなかったのに,裁判所に行く途中で飲食店から美味しそうなカレーの香りが漂ってきましたので,もうそれだけでその日の私の運命は決定づけられたのです(笑)。
カレーの香りというのは,自分の体調や精神状態によっては芳香にもなりますし,時には何か猥雑で鬱陶しい匂いにもなり得ます。ただし,これだけははっきりしていると思われるのは,カレーの香りというのは何にも考えていない者にカレーライスを選択させる,そしてそれを即断させるだけの強烈な説得力をもっているということです(笑)。回りくどい言い方をするな,四の五の言うな,美味しいから食べるんだよと言われそうですが・・・。
さて,うちの娘の熱烈な宝塚歌劇団熱も一応は落ち着きを取り戻したようにみえます(笑)。つい先日も再び東京へ出かけ,2月15日に引退した宙組の緒月遠麻さんの最終公演を観に行ったのです。1回観て,さらには千秋楽のチケットも入手できたようです。随分と満足のようでした。
その娘が,東京駅の地下街で壁に手を掛けてうずくまっていた老年男性を発見し,すぐに近くの係りの人に知らせて助けを求めてあげたとのこと。行き交う通行人は気づかなかったり,無関心であったり,あるいは見て見ぬふりをして通り過ぎていたようですが,娘は勇気を敢然と行動したようです。最終的には別の人も通報してしてくれ,その男性の姿はもう無かったようですが・・・。いずれにしても,困っている人を何とかしてあげようとする気持ち,共感力というのでしょうか,そういうものがうちの娘にも備わっているようで何やら安心しました。
さて,この「権力の市場化」シリーズもいよいよ最終回を迎えました(笑)。前回は竹中平蔵という人物への言及がありましたが,それは,日本において着々と,そして徐々に進行している「権力の市場化」やレントシーキングという現象に触れる場合,かつての小泉内閣の時のオリックスの宮内義彦なる人物などととともに,この竹中という人物が思い浮かんでしまったからです。
前回,「市場と権力」(佐々木実著,講談社)というノンフィクション本が竹中氏の実像に迫った力作だと申しましたが,その著者である佐々木実氏のインタビュー記事が「月刊日本」2月号に掲載されております。著者の佐々木実氏は特区法の成立と特区諮問会議の設置によって構造改革派が政策決定を牛耳る仕組みができあがってしまったと警鐘を鳴らしているのです。
第二次安倍政権が発足した当初,安倍首相は竹中氏を経済財政諮問会議のメンバーに起用しようとしましたが,麻生太郎副総理らの反対で実現せず,産業競争力会議の民間議員に就きました。反対した麻生氏らは竹中氏の立ち位置,手法,人物に疑念を有していたに違いありません。
ところが,竹中氏はまずは平成25年4月17日の産業競争力会議の「第1回国家戦略特区ワーキンググループ」を足がかりにし,自ら「立地競争力の強化に向けて」と題するペーパーを用意し,そこには「経済成長に直結する『アベノミクス戦略特区』の推進」の方針が打ち出され,これ以降は竹中氏ペースでどんどん特区構想が主導されていったのです。
同年12月7日には国家戦略特区法が成立し,新たに特区諮問会議が重要政策会議に加わることになり,何と,竹中氏は特区諮問会議の民間議員に就任してしまったのです。麻生氏らに反対されてまずは産業競争力会議の民間議員からのスタートだった竹中氏は,産業競争力会議を拠点にして特区構想を進め,ついに経済財政諮問会議と同格の特区諮問会議の議員に就いた訳であり,巻き返しが成功した形です。
特区諮問会議の今後の動きについては,担当省の大臣が反対しようが何しようが,会議で多数決を握ってしまえば,直接的に選挙の洗礼を受けず民主的な契機がない民間議員らが自らの所属する企業の商売がもっともっとやりやすくなるように政策決定ができてしまうということになりかねません。極論すれば,国益と企業益とが対立する場面で企業益の方を優先しかねない場面も当然に出てくるでしょう。
竹中氏は慶應義塾大学教授という肩書きを有している一方で,大手人材派遣会社パソナグループの会長です。彼が主導する特区構想の中には「民間人材ビジネスの活用」が謳われていますが,利益誘導,利害相反と言われても仕方ないでしょう。オリックスの宮内義彦氏にはじまり,現在では楽天の三木谷浩史氏など,規制改革で利益を得る企業の代表が公然と規制改革に関わる重要会議のメンバーになることが当然のようになってしまいました。薬事法改正案の提出の際,99.8%の薬品のインターネット販売が解禁され,わずか0.2%の薬品が合理的な理由で規制を受けるのみであるにもかかわらず,楽天の三木谷会長は「時代錯誤もはなはだしい」などと毒づき,産業競争力会議の民間議員を辞任するぞ,国を訴えるぞといった趣旨のことを述べましたね。正に国益と企業益とが先鋭な形で対立している場面です・・・。このように薬品のネット販売の可否を議論する場に,あろうことかそれ(ネット販売)を生業とする会社のトップが産業競争力会議の民間議員として名を連ねていること自体,違和感を覚えるようでなければならないのです。
このシリーズの最初の箇所でも述べましたように,「権力の市場化」という言葉の意味を説明するのはなかなか難しいのですが,イメージとしては,権力者に利益(金銭等の経済的利益もあれば,票などの政治的な利益もある)を供与することなどによって権力が事実上買われてしまい,ごくごく一部の強欲な人たちの目論見が政策等に反映されて彼らが超過利潤を獲得し,その反面最終的には国有財産や国民の利益が徐々に徐々に収奪されていく感じ・・・ではないかと思います。このような「権力の市場化」は中国やアメリカだけの現象ではなく,この日本でも生じていることに気づかなければならないでしょう。
今日は朝から時雨れておりましたし,やはりまだまだとても寒い季節ではあります。ただ,2月11日の建国記念日,徒歩で事務所まで散歩のような感じで行く道すがら,何となく春の気配も感じられました。
自宅近くの桜並木の蕾は少し赤みを帯びていました(この桜はソメイヨシノではなく数週間早く開花します)。それに何となく,何となくですよ,そよ吹く風も少し春先の暖かみを感じました。果物屋さんの店先には有田産の八朔(ハッサク)が並べられてもいたのです。
さて,何度も同じ話をするようになると年を取った証拠だなどと言われそうですが,いつ見ても雀(すずめ)という鳥は可愛い。本当に可愛いし,私は雀が大好きなのです。雀の方も,私が希代の雀好きだということを知っているのか(笑),私がそっと近寄っても逃げはしません。
ただ雀さんに関しては,唯一懺悔しなければならないことがあります。私が22歳の頃,東京で学生同士の集まりがあり,その集まりの前夜,学芸大学駅前の焼鳥屋さんで勧められるままに雀を食べてしまったことがありました。大変申し訳ないことをしたと思っております。
前にもこのブログで書いたと思いますが,私は柳田國男や宮本常一の民俗学に大変興味があり,今は「日本の昔話」(柳田國男著,角川ソフィア文庫)という本を読んでおります。この中には雀も登場いたします。
「雀と啄木鳥」という題の津軽地方に伝わるお話です。昔の昔,雀と啄木鳥(キツツキ)とは二人姉妹だったそうな。親がもう病気でいけない(危篤)という知らせが届いた時,雀はちょうどお歯黒を付けかけていたところでしたが,直ぐに中断して親の元に飛んでいって看病しましたとさ。雀はそれで今でもほっぺたが汚れ,嘴(くちばし)も上の半分だけはまだ白いのであります。一方,啄木鳥の方は親が危篤の知らせを受けても紅を付け,白粉を付け,ゆっくりおめかしをしてから出かけて行ったものですから結局親の死に目に逢うことができませんでした。だから,雀は姿は美しくはないけれどいつも人間の住むところに住んで,人間の食べる穀物を入用なだけ食べることができるのに,啄木鳥の方はお化粧をしてきれいではあるけれども,餌にありつくためには朝から人里離れた森の中をかけ歩いて,木の皮をつつくなどしてやっと一日に三匹程度の虫しか食べることができないのだそうな。
今,角川ソフィア文庫では柳田國男没後50年を記念し,「柳田国男コレクション」と銘打って柳田國男の名著を一挙刊行しております。文庫版で,和装丁で感じが良く,何より廉価です。「日本の昔話」などは税込みで540円なのですよ。もちろん「遠野物語」も「妖怪談義」も「山の人生」などもあります。これはお勧めです。
ここに「市場と権力」(佐々木実著,講談社)という本があります。平成25年4月30日に第1刷発行となっていますから,割と新しい本です。私の中では今のところ関岡英之,門田隆将といったノンフィクション作家をとても高く評価しているのですが,この本の著者もこれに加えてもいいかなと思いました。それぐらい読み応えがある本でした。
この本には「『改革』に憑かれた経済学者の肖像」というサブタイトルが付されていますが,その「経済学者」とは竹中平蔵のことです(以下「竹中氏」)。前にもこのブログで触れたことがあるのですが,あの小泉内閣の時の「構造改革」や「郵政民営化」の本当の意味,そしてその内閣の閣僚として得意満面に大なたを振るっていた竹中氏の果たした役割と真の目的はいったい何だったのかという疑問を当時から私は抱いていたのですが,「平成経済20年史」(紺谷典子著,幻冬舎新書)という本とこの「市場と権力」という本の内容を読み,自分なりに何となく理解できたのです。腑に落ちたのであります。
竹中氏が第二次安倍内閣で産業競争力会議の民間議員に登用されたこと,さらにはその後に国家戦略特区諮問会議の民間議員にも就任してしまったことに,私は危険性を感じてしまうのです。
悪口ばかりになって読みづらいとは思いますが,私はまずはこの人物そのものが全然好きになれなくて・・・(笑)。竹中氏は昭和59年7月に「研究開発と設備投資の経済学 経済活力を支えるメカニズム」(東洋経済新報社)という本を出しているのですが,この本の価値を高め,そこで引用されている研究成果(エイベルの投資理論を日本経済に適用した実証研究)が鈴木和志(現.明治大学教授)という日本開発銀行の2年先輩との共同研究によるもので,しかもその鈴木は本を出すのなら連名でと予め希望を述べていたにもかかわらず,竹中氏は彼を出し抜く形で単名で出版してしまったのです。苦労して共同研究に励んだ鈴木和志がこの事実を知らされて非常なショックを受け,恩師(宇沢弘文)や同僚のいる前で思わず泣き出してしまったというエピソードが紹介されています(同書60頁)。
また,実質的にはアメリカへの私的な長期出張に過ぎないのに,その費用を官房機密費から出させようと画策したこと(同書120頁),ある評論家の意見を自分の意見として取り込むために,「子どものころに親から聞かされた」という話をでっちあげたこと(同書322頁),在籍する慶應義塾大学の教授になかなかなれず,博士号(学位)を取得していなかったことがそのネックになっていたところ,人脈(佐貫利雄)を使って同大学の重鎮(加藤寛)に働き掛けて学位を得ようとしていたこと(同書104頁),大手住宅メーカーのミサワホームが竹中氏策定の不良債権処理策「竹中プラン」で結果的に産業再生機構入りとなり,トヨタ資本のテコ入れでトヨタ系列の住宅メーカーに生まれ変わった後にミサワホームの社長に就任したのが竹中氏の実兄である竹中宣雄であったことが物議をかもしたこと(同書311頁),などなど・・・。
また長くなりますので突如として端折ってしまいますが(笑),小泉・竹中の「構造改革」や「郵政民営化」なるものは,日米構造協議や年次改革要望書等でアメリカから次から次に突きつけられる要求(要するにアメリカに市場を開き,グローバル企業の商売を日本でやりやすくすること)に唯々諾々と従って日本の国益を損なったことは間違いないと思うのです。そして,竹中氏という人物は徹底した新自由主義者であり,自らをラリー・サマーズ(前回のこのテーマのブログ記事をご参照ください)の友人と称していることからもわかるとおり,ケタは違いますものの,ウォール街の強欲投資銀行らの役員,多額の報酬をもらってその商売に迎合した「見識」を示す経済学者(こういうのを疑似科学というのでしょう),ロビイスト,「回転ドア」人事の当事者,政策を売るシンクタンク関係者らと同じ立ち位置にある方ではないかと思うのです。
「お前のブログは長すぎる」というお叱りを受けてしまいました。いや,面目ない。そんな訳で本日は短めにいたします。
いつものように産経新聞を読んでいましたら,扶桑社という出版社から出ている「おかんメール3」という本の宣伝広告が出ておりました。「異色の大ヒット!」,「待望の第3弾、降臨!」(笑)という派手な見出しです。
確かに世に存在する「おかん」はメールの分野でも勘違い,変換ミスなど,大活躍されているようです。その広告でいくつか示されていた「傑作」をご紹介しましょうね。
「降りた民の傘」※これは単純な変換ミスでしょうね。「傑作」というほどのものではありません(笑)。
「ご飯とりにおいで。さめない宇宙に」※これも変換ミスだと思われますが,何となくほんのりとして母親の愛情を感じさせる佳作です(笑)。
「鍵はホストにある」※サスペンスドラマで被害女性と交際していたホストが事件の鍵を握っているという趣旨でしょうか。いやいや,単なる「ポ」と「ホ」の言いまつがいでしょう(笑)。
次の句は,わざわざ濁点を打ってまで変換ミスをするのか若干の疑問は残りますが,理屈抜きで爆笑できます。みなさん,心の準備は良いですか・・・。
「今こっちは紅白豚合戦をみています」(爆笑)※歌さんが豚ちゃんに間違われ,少しばかり迷惑している絵が浮かびます。
「帰りに発泡スチロール酒を買ってきてね」※発泡ときたら無条件にスチロールのおまけがついてくるという脳内なんでしょうね(笑)。
最後に,これは先の広告には載っておりませんでしたが,「おかんメール」で検索して探し当てた珠玉の迷作をご紹介します。思わず吹いてしまうといけませんので,お茶などを飲んでいる人は呑み込んじゃってください。
「突然いなくなってごめんね。母さん頭を冷やそうと思います。しばらくフランスのロンドンへ渡米します」(爆笑)※お父さんとケンカして出て行ってしまったお母さんからのメールのようですが,天然なのかユーモアなのか,これは実際に本人に会ってその人物を見極めないと判断できません(笑)。
今朝の産経新聞を読んでいましたら,2008年の金融危機の一因になった住宅ローン担保証券(MBS)などを不当に高く格付けしていたとして,アメリカ司法省が大手格付け会社ムーディーズを調査しているという興味深い記事が出ていました。やはり最大手格付け会社のS&P(スタンダード・アンド・プアーズ)は同様の嫌疑で既に提訴済みであるとのこと。
突然ですが,「強欲の帝国-ウォール街に乗っ取られたアメリカ」(チャールズ・ファーガソン著,藤井清美訳,早川書房)という本は名著ですよ。凄い本だと思います。この本はリーマン・ショックを招いたウォール街の投資銀行をはじめとする強欲金融と投資家,役員,政治家らの悪事をえぐり出した本です。格付け会社に限って言えば,この本によれば「投資銀行業界の統合が進むにつれて、投資銀行が次第に主導権を握るようになり、格付け会社は喜んで従うようになった。投資銀行と格付け会社は、ともに腐敗し、駆け引きにまみれ、利己的な行動に走るようになった」のです(同書141~142頁)。
ムーディーズが日本国債の格付けを中国や韓国より下位にしていますが,バカを言っちゃあいけません(笑)。わが日本国債は2年もの国債でもマイナス金利で「品薄」なのですよ。金余りの面はあるにしても,安定資産と評価されているのです。こんな格付け会社の格付けごときに一喜一憂するのはバカバカしい。
さて,本題はいわゆるサブプライム・ローン問題からリーマン・ショックという金融危機を引き起こした背景には何があったのかです。この本を読んでいて痛感したのは,人間という動物はここまで強欲になれるものなのかといった驚きと悲しみです。強欲な投資銀行は,内心では「クズ証券」と思いながら,住宅ローン担保証券(MBS)そのもの,あるいはこれに他の商品を混ぜ込んで,あたかもこれが高利回り,安定資産であるとセールストークをしてさんざん売りまくり(その間は投資銀行の役員などは目が飛び出るほどの高額な報酬を得ています),だんだんとこのような証券のデフォルト(債務不履行)の危険性が高まる段階になると,相変わらずそのようなセールストークを続けて売りまくる一方で,今度は裏でこれらの証券(商品)がデフォルトする方に賭けて儲けるという極めて悪辣な手法をとり,案の定デフォルトしたらそれでまた儲けるということをやっていたのです。
さて,権力の市場化という観点からは,ロバート・ルービン(投資銀行のゴールドマン・サックスの出身)が財務長官を辞任して今度はシティグループ(やはり投資銀行)の副会長になり,以後は10年間で1億2000万ドル以上の報酬を手にすることになりますし,政権内で国家経済会議委員長を務めたローラ・タイソンは政権を去ってまもなくモルガン・スタンレー(投資銀行)の取締役になり,財務省の高官マイケル・フロマンとデイビッド・リプトンの2人はシティグループに迎えられ・・・などなどです(同書59,63頁)。
じゃ,「チェインジ!」を叫んで大統領に就任したバラク・オバマ政権で何かが変わったかというと,そうでもありません。
「(オバマ政権においても)それに対し、ラリー・サマーズは要職についた。金融危機を生み出したほぼすべての破滅的政策を推進した男、ヘッジファンドや投資銀行からつい先ごろ2000万ドルの報酬をもらった男が、国家経済会議の議長に任命されたのだ(2011年初めにサマーズが辞任すると、彼の後任に選ばれたのは、ゴールドマン・サックスの非営利活動について助言して同社から100万ドルのコンサルティング料をもらっていたジーン・スパーリングだった。)」(同書383~384頁)
また,財務長官に任命されたティム・ガイトナーは,ゴールドマン・サックスのロビイストだったマーク・パターソンを財務省首席補佐官に据えましたし,トライカディアの責任者だったルイス・サックスを財務省上席顧問の一人にしました(トライカディアというのは,デフォルトに賭けることを目的に銀行に住宅ローン関連証券を組成させることで何十億ドルもの利益をあげたヘッジファンドの一つです)(同書384頁)
ですから,オバマ政権においても病巣は何ら変わってはいないのでしょう。権力の市場化という観点からは,この本にまとめに近い記述がありましたので最後に引用してみましょう。
「アメリカは過去三〇年の間に道徳心のない金融寡占勢力に乗っ取られ、機会、教育、上昇移動というアメリカン・ドリームを享受できるのは、今では人口の上位数パーセントにほぼかぎられているということだ。連邦政府の政策は、富裕層と金融部門、それに電気通信、医療、自動車、エネルギーなどの(経営がひどくお粗末なことが珍しくないにもかかわらず)有力な産業によって、ますます決定されるようになっている。そして、これら三つの集団のために喜んで働く者たち、すなわちますますカネで動くようになっているアメリカの正当や学界やロビー業界のリーダーたちによって、実行され、称賛されているのである。」(同書9~10頁)