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弁護士ブログ

2019/01/18

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冬至は過ぎ,だんだんと日が長くなりつつあるのは実感できますが,まだまだ寒い日が続いております。予報によると,この冬最大級の寒波が迫っているとのことでもあります。みなさん,風邪など召されませんように。ご自愛をお祈りいたします。

 

さて,先日疲れ果てて夜帰宅しますと(その日はうちのカミさんはスポーツジムで汗を流す日でした),何やら留守電が入っておりました。何だろうと思って再生してみますと,何と,市の担当者(女性の声)から,私に対して「無料健康診断を受診してください,有料の検査項目も安くなっております,既に郵送させていただいた受検票を使用して期限までに是非受検をお願いします」といった趣旨のメッセージでした。

 

私はこのメッセージを聞いてその時つくづく思いました。「日本国というのは本当に良い国だなあ。この国生まれて本当に幸せだな」と・・・。国や地方自治体としては,不健康な人を増やさない,医療費等の社会保障費の増大を可及的に抑制しなければならないとの判断なのでしょうが,何やら私の健康を心配してくれているようで,何か幸せな気分になってしまったのです(笑)。日本は助け合いの精神で,随分昔から医療も年金も国民皆保険です。公的扶助もあります。セーフティーネットというものがあるのです。どこぞの国は世界第2位の経済大国を標榜してはいますが,セーフティーネットは極めて不十分で,怪我や病気をしても前払いでないと医療すら受けられない体たらくです。大気汚染や水質汚濁は看過できず,所得格差という面でそのジニ係数は0.6を超えているとも言われています。

 

話は変わりますが,先日ゴルフでご一緒した方の話では,ある所でサイフを無くし,そのサイフの中には現金5万円くらいと複数のクレジットカード等が入っていたそうです。ところが,拾い主がちゃんとすぐに届けてくれ,無くしたままの状態でその方のところに戻って来たとのことです。私はこういった話を,以前にも私の甥の体験として聞かされたこともありますし,知人からも聞かされたことがあります。そのような国なんですね。日本という国は。ありがたいことです。

 

またまた話は変わりますが,私は昭和天皇の御製ですごく好きな歌があります。これは終戦の翌年1月の歌会始の際にお作りになった次の歌です。

 

「降り積もる 深雪(みゆき)に耐えて 色変えぬ 松ぞ雄々しき 人もかくあれ」

 

松の木は深い雪におおわれても,その緑の色を変えもせずじっと耐えている。この松の木を日本人にたとえ,今の苦しみを耐えて再び隆盛とならんと鼓舞している歌なのです。本当に佳い歌ですね。私は大好きなのです。

2019/01/08

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みなさま,新年あけましておめでとうございます。本年もみなさまにとって良い年になりますように,心から祈念いたしております。

 

さて,1月4日には早速ゴルフに行ってまいりました。約2か月半ぶりだったので少し不安でしたが,案の定でした(笑)。前半はバーディーを取るなどしてとても良い調子だったのですが,後半崩れました。休憩中にビール中ジョッキを飲み,タコの唐揚げなどを食べてふざけていたから,罰が当たったのだと思います(笑)。

 

それにしてもキャディーさん,本当に綺麗だったな。ああいうのを美人というのだと思います。一緒にラウンドしたOさんは,実は同じゴルフ場で年末12月29日にもラウンドしたそうですが(この日は私も予定していたのですが,名古屋で雪が積もった日だったので取りやめました),そのOさんの話では,その日の別のキャディーさんも本当にお綺麗だったそうです。一説によると「まるで楊貴妃のよう」だったそうです(笑)。

 

「楊貴妃見たことがあるんかい!」とツッコミを入れたくもなりましたが,そのゴルフ場は私もこれまで数え切れないほど行ったのですが,確かに綺麗なキャディーさんが多いと思います。

 

ところで,年末年始は読書もいたしました。その中で「これは凄いわ!」と思わず声を上げた素晴らしい本に出くわしました。この本は今も読んでいる最中で,昨日までに40%ほど読んだところですが,「東京裁判で真実は裁かれたのか?-パール判事の日本無罪論(判決書第4部)を現代に問う」(都築陽太郎著,飛鳥新社)という本です。

 

戦勝国史観の押しつけなど,心ある者の間ではその欺瞞性が声高に叫ばれている東京裁判・・・。この本は正に東京裁判史観を植え付けられ,現在もそれから覚醒していない日本国民に問いかける名著です。警世の書です。この本は500ページを超え,しかも各ページ小さな文字で上下二段組みになっておりますので,実際には1000ページ分を超す大著です。著者の都築陽太郎氏は同書の中で「東京裁判の虚構に飽き足りない人々よ、来たれ!真理はここにこそ、ある。」と呼びかけているように,日本国民をいわゆる東京裁判史観(自虐史観)から覚醒させ,真実への到達に裨益する本です。日本国民必読の書と言えるでしょう。さあ,みなさま,早速書店へ!

 

新年早々,私もおしゃべりし過ぎるのもどうかと思いますので,この本の中でパール判事が昭和27年11月6日の広島高裁,弁護士会での歓迎会で発言された内容の一部が引用されておりますので,それを以下にご紹介して本日は筆を置きます。

 

「・・・要するに彼らは、日本が侵略戦争をおこなったということを、歴史にとどめることによって、自己のアジア侵略の正当性を誇示すると同時に、日本の過去18年間の一切を罪悪であると烙印することが目的であったにちがいない。東京裁判の全貌が明らかにされぬ以上、後世の史家はいずれが真なりや迷うであろう。歴史を明確にする時が来た。そのためには東京裁判の全貌が明らかにされなくてはならぬ。・・・これが諸君の子孫に負うところの義務である。」

 

「わたくしは1928年から45年までの18年間の歴史を2年8ヵ月かかってしらべた。とても普通では求められないような各方面の貴重な資料をあつめて研究した。この中には、おそらく日本人の知らなかった問題もある。それをわたくしは判決文の中につづった。このわたくしの歴史を読めば、欧米こそ憎むべきアジア侵略の張本人であることがわかるはずだ。しかるに、日本の多くの知識人は、ほとんどそれを読んでいない。そして自分らの子弟に『日本は犯罪を犯したのだ』『日本は侵略の暴挙を敢えてしたのだ』と教えている。満州事変から大東亜戦争勃発にいたる真実の歴史を、どうかわたくしの判決文をとおして充分研究していただきたい。日本の子弟がゆがめられた罪悪感を背負って、卑屈、退廃に流されてゆくのを、わたくしは見過ごして平然たる訳にはゆかない。」

2018/12/28

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私がこのブログを始めたのが2008年の11月ですから,もう10年が経ちましたが,こんなに長い期間ブログを更新できなかったことはありませんでした。実は重い,重い懸案がありましてね。ようやくこれも解決して気も晴れ晴れとしたところです(笑)。久しぶりにブログの更新です。

 

さて,先日とても奇妙で荒唐無稽な夢を見ました。そのとても奇妙な夢の内容・・・,結論から言いますと,私がスナックで「この世の果てまで(The End of the World)」という好きな歌を得意げになって歌い,歌い終わったらすぐに隣の席から「very good!」という大きな声の称賛と拍手がきたのです。

 

誰だろうと横を見ましたら,何とトランプ大統領だったのです(爆笑)。そして,よしそれならばということで,私はますます得意げになってトランプ大統領がもっと喜ぶようなアメリカンポップスのオールディーズの曲をもう1曲歌ってやろうと思い,次の歌を探している最中で夢が覚めたという訳です(笑)。

 

とても変な夢でした。何故こんな夢を見たのか皆目見当がつきません。ただ,いま国際社会では米中貿易戦争と言われる大きな経済摩擦が生じており,国際的なルールを無視して領土的野心を隠さずに膨張主義を繰り返し,やはり国際的なルールを無視して産業スパイやサイバー攻撃などで最新技術を盗み,知的財産権も尊重しない中国のやり方に,トランプ大統領とそのブレーンらが敢然と対峙している構図もあるため,その限りではトランプ大統領を頼もしく思ったのかもしれません(笑)。

 

同じ夢でも,「中国の夢」というのは,習近平という人が全人代(第18回)で「中華民族の偉大なる復興」として,いわゆる一帯一路とともに「かつて東は中国から西はローマ帝国に及ぶ広大なシルクロードを勢力下に置き、鄭和の艦隊がアフリカの角にまで進出して文化や経済と科学技術をリードした中国の栄光を取り戻す」という意味が込められているといいます。でも,「中国の夢」もいいですけど,やはり国際的なルールは順守しなければならないでしょう。産業スパイやサイバー攻撃などで最新技術を盗み,知的財産権も尊重しないようではいけませんし,仲裁裁判所(オランダ・ハーグ)の判決を「紙くず」だとして完全に無視したり,世界貿易機関(WTO)のルール違反を繰り返したりしていたのでは,国際社会から非難を浴びてしかるべきです。

 

それに,そもそもの話ですが,米中貿易戦争といわれるやつも,中国は単に報復関税をかける挙に出るだけで,アメリカから正当にも指摘されているように,先進技術の移転強制,知的財産権の侵害,先進技術の盗取といった点について改めようともしない点に大きな問題があるのです。

 

このようなことについての私自身の内心の「苦々しさ」というものが,荒唐無稽で奇妙な夢として先日出てきたのかもしれません。

 

さて,いよいよ今年も終わりに近づいております。とりとめのない話で終了するのも気が引けるのですが,来年も良い年でありますように。皆様のご多幸を心より祈念いたしております。

 

皆様,良いお年をお迎えください。

2018/12/06

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「そうだ,もう一度あれが読みたい!」と思い立ち,自宅の部屋の隅々まで目をやってある本を探そうとしていましたら,ひょんなことから「ブルグミュラー25の練習曲」というピアノ教則本(楽譜)が目に入りました。

 

このブルグミュラー25の練習曲集というのは,当時はバイエル練習曲集を終えた頃からこれを弾いていくというのが練習過程の定番になっていました。バイエルの場合はそれぞれの曲に何の標題も付けられていない練習曲集ですが,このブルグミュラーのものは25曲のそれぞれに,例えば「牧歌」,「別れ」,「バラード」,「舟歌」,「つばめ」,「貴婦人の乗馬」などといった標題が付けられており,その標題どおりに感情移入し,いよいよ自分がピアニストになったかのように気分が高揚し練習していてもワクワクしていたものでした。この練習曲集の定価を見てみますと,「130円」とあります。そして,各曲の冒頭部分には先生からオーケーが出た印として○で囲まれた「合」の文字が鉛筆で記してあります(合格したという意味です)。もうかれこれ48年も前のことです。この練習曲集の楽譜をぺらぺらめくっておりましたら,第5番目に「無邪気」という標題の曲がありましたので,ちょっと弾いてみました。いやー,本当に懐かしい・・・。

 

話は変わりますが,無邪気といえばうちのカミさんも本当に無邪気なものです。彼女はテレビで放映されるいわゆるサスペンス・ドラマを観るのが何よりの楽しみです。そして,サスペンス・ドラマを私も横で並んで観ているような時,私がテレビの方を向いているフリをしてそっとカミさんの表情を盗み見しますと,その表情の豊かなこと,無邪気以外の何物でもありません。彼女は,ドラマの登場人物と身も心も同一化し,何のためらいもなく感情移入し,ヒロインや刑事さんらと一緒になって笑ったり,怒ったり,悲しんだり,頷いたりしているのです(笑)。横でそういった無邪気な表情を見ている方がかえってドラマより面白いくらいです(笑)。

 

カミさんのサスペンス・ドラマ好きはその歴史が古く,その昔は「火曜サスペンス劇場」とか「土曜ワイド劇場」とか,確実に計算できる番組があったりして(笑),ほとんど毎日のようにテレビ放映がありましたよね。それがその後は制作予算の制約の問題なのか,制作現場が忙しすぎるのかは知りませんが,そういったサスペンス・ドラマの定番の名物番組が徐々に無くなっていきました。そういった時期のカミさんの落胆ぶりといったら,かける言葉もないくらいでした(笑)。でも,現在でも地デジやBSでそこそここの手のドラマが放映されておりますし,彼女にとっても貴重な娯楽の一つになっているようです。

 

皆さんの周りにもいませんか。うちのカミさんのように無邪気に,ヒロインや刑事さんらと一緒になって笑ったり,怒ったり,悲しんだり,頷いたりしている人(笑)。そしてむしろ横でそういった無邪気な表情を見ている方が面白いくらいの人は・・・。

2018/11/16

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そういう訳で,結局私は,あれほど楽しみにしていたマウリツィオ・ポリーニの生の演奏に接することができませんでした。そこで,いよいよ秋も深まってきたことですから,ポリーニが33歳から35歳にかけて録音したベートーベンのピアノソナタ第30番,第31番,第32番のCDを聴いてみました(ドイツ・グラモフォン)。

 

今から40年以上も前の録音ですが,やはりポリーニの演奏は完璧です。比類のない美しさと深みというものがあります。そして,それにしてもです,私が改めて感動したのはベートーベンのピアノソナタ,特に最後期の作品の素晴らしさです。

 

第30番(ホ長調,作品109)の第1楽章の出だしの美しさは言うまでもありませんが,第3楽章を聴いていて,思わずじーんと胸に迫り来るものがありました。この楽章には,楽譜に「歌に満ちて、内的な感情を伴って」などといった指定があります。正にそのような曲。その旋律の美しさと盛り込まれた対位法(フーガ)などは,バッハのミサ曲ロ短調の最終曲ドナ・ノヴィス・パーチェムを想わせるものがあります。

 

第31番(変イ長調,作品110)も特にフーガの部分が素晴らしいと思います。これも好きな曲です。1821年の成立ですから,死の約6年前の作品ですが,晩年になるとフーガというものに回帰したくなるといった傾向があるのでしょうか。

 

第32番(ハ短調,作品111)はベートーベン最後のピアノソナタです。この第1楽章でもソナタ形式の中に対位法がふんだんに駆使されています。何よりも凄みを感じますのは,第2楽章(アリエッタ)の5つの変奏であり,特に第3変奏のあの時代を先取りしたようなリズムと曲想。全聾となり,また晩年を迎えて持病や甥(カール)の不祥事など私生活上の悩みを抱えつつも,このような作品を生み出すことができる精神力の強さと天才に敬服します。

 

ベートーベンの後期,特に最後期のピアノソナタを聴いていますと,作曲者自身が来し方行く末に深く思いを致し(内省),人生における様々な苦悩を乗り越えた末に到達できた達観のようなものを感じますし,ひょっとしてこの時ベートーベンは孤独にも神と対話をしていたのではないかとも思えてきます。

 

いくら天才を賦与されているとはいえ,作曲家にとって聴力を失うということはどういうことなのか。素人の私には想像もつきませんが,ハイリゲンシュタットの遺書があるように,このことはベートーベンを筆舌に尽くしがたい深い苦悩に陥らせたことは間違いないでしょう。学生時代の私は,ベートーベンの深い苦悩とは比較にはなりませんが,それでも小さなことでくよくよ悩むことがあったのですよ。聴力を失いながらも,そして私生活上の悩みを抱えながらも,それでもあれほど人を感動させる傑作の数々を世に問うほどのベートーベンの精神力の強さ,生き様に学生時代の私は鼓舞され,勇気づけられ,感動しておりました。

 

確か,そういった学生時代,私は「ベートーヴェンの手紙(上),(下)」(岩波文庫)という本を読んでさらに深く感動したことを覚えております。もう一回読み直してみようと思って自宅の隅から隅までその本を探してみたのですが,見つかりません。あれから何度も引っ越しをしておりますから,処分してしまったのかもしれません。

 

おそらく今も販売されていると思いますので,もう一度購入して読んでみようと思います。失礼しました。

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