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弁護士ブログ

2018/03/12

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「君恋し」という曲は正に昭和の名曲ですね。フランク永井という往年の名歌手が低音の魅力で大ヒットさせました。平成生まれの人は知らないかもしれませんが,昭和生まれの人で知らない人はいないでしょう。

 

先日,「君恋し」という曲で世にも奇妙な出来事がありました(笑)。私は気が置けない人たちと一緒に行きつけのスナックへ行き(この店も相当に昭和の香りを醸し出しております。たまに,ゴキブリに挨拶をしなければなりません。),カラオケで歌ってストレス発散をしているのですが,そこに一緒に行った仲間4人の全員が,立て続けに「君恋し」を歌って点数(機械による採点)を競うという事態が発生したのです(笑)。

 

Hさんという人は,ほとんど毎回得意げにこの曲を歌うのですが,どうにもこうにも採点機械との相性が悪いのか,良い点が出ません。気の毒なほどです(爆笑)。最近でこそ70点台半ばに達することもありますが,酷いときには66点前後になってしまいます。私としては彼(Hさん)の声域と声質はフランク永井に一番近く,しかも上手いなと思うのですが・・・。

 

例によってその夜も,Hさんは頼まれもしないのに当然のように「君恋し」を歌いました(笑)。「おー,今日も上手いな。雰囲気が出ているな。」と思って,今夜こそは高得点が出るだろうと期待したのですが,結果は「75点」でした(笑)。内心本人も期待していたのだと思います(爆笑)。

 

そうしましたら,他の3人のうちの誰かが,「みんな『君恋し』を歌って採点してみよう!」と言い出し,Hさんにとっては極めて底意地の悪い企画と相成ったのです(笑)。Hさんの次,つまり2番手で歌ったのはTさんです。彼も良い声で,なかなかの雰囲気をもった歌手なのですが(笑),結果は「78点」でした。さて,3番手で歌ったのはIさんです。少し荒削りの歌ではありましたが,何と「82点」をマークしました。気の毒に,Hさんは置いてけぼり状態です(笑)。最後に歌ったのがMさんです。声の質からすると,4人の中では最もフランク永井から遠い人です。でもMさんが歌い終わった後,画面に出た点数は「86点」だったのです。

 

Hさん,とても可哀想・・・。彼は歌は上手いと思うのですが,いつも採点機械との相性が悪く,ごくごくたまにしか80点を超えることがなく,そういう極めて珍しい事象が発生すると,その場のみんなが「おおーっ!」と驚愕するほどです(笑)。Hさんは,少なくともカラオケの採点という場面に限っていえば,とても「幸薄い」人なのです。ひょっとしたら,前世で歌舞音曲の関係者に悪事を働いたとか,何らかの悪業を重ねたのかもしれません。業が深い(笑)。

 

ちなみに,4番目に歌ったMさんというのは,私のことです(笑)。

2018/02/24

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2月22日は私たち夫婦の結婚記念日でしたので,夜は自宅でカミさんと一緒に寿司でもつまみながら一杯やって歓談し,私は殊勝にもカミさんの長年の苦労を労ったりしておりました。

 

ところが,ネットのニュースで,同じ22日に音楽評論家の礒山雅さんの訃報に接しました。驚愕するとともに,バッハの音楽をこよなく愛する私としては大きな喪失感に襲われました。礒山雅さんといえば,知る人ぞ知るバッハ研究の泰斗です。いつの日かその謦咳に接したいと思っていた方でした。非常に残念です。

 

私がバッハにのめり込むようになったのは大学生の時で,バッハ関連の書物やその他音楽関係の雑誌などもよく読んでおりましたから,その当時だって評論家の礒山雅さんの評論記事等に接していたとは思うのですが,礒山さんの著作(書籍)を手にした一番最初は,私が司法修習生で翌年に弁護士登録を迎えようとしていた冬のことだったと思います。それは「マタイ受難曲」(礒山雅著,東京書籍)という本です。もうその頃は,私は「マタイ受難曲」の虜になっており,これこそがバッハの最高傑作だと確信していましたから,偶然に東京の書店でこの本を見つけた時は「やった!」と思いました。

 

爾来,この本を何度読み返したことか分かりません。白っぽいカバーが手垢で変色し,一部すり切れております。本当に素晴らしい本です。「はじめに」の箇所には次のような記述があります(同書18頁)。

 

「ともあれ、以来四半世紀にわたって、《マタイ受難曲》と付き合ってきた。《ロ短調ミサ曲》の方が上と言う人もいるが、私は、構想の雄大さと親しみやすさ、人間的な問題意識の鋭さにおいて、《マタイ受難曲》こそバッハの最高傑作であると思っている。この作品には、罪を、死を、犠牲を、救済をめぐる人間のドラマがあり、単に音楽であることをはるかに超えて、存在そのものの深みに迫ってゆく力がある。それはわれわれをいったん深淵へと投げ込み、ゆさぶり、ゆるがしたあげく、すがすがしい新生の喜びへと、解き放ってくれる。研究者としての私にとって、《マタイ》はいつも、大きな目標として、頭の上にあった。その《マタイ受難曲》の研究に、私は、自分の四十代を費やした。その集成が、本書である。」

 

研究者として自分の四十代を費やすという求道心,探求心,強固な意志には敬服しますし,改めてバッハという存在の大きさに思い至ります。そして礒山さんの四十代を費やした集成がこの本なのですし,「あとがき」には「私にとっての一つの大きな仕事が、今ここに終わる。」と記載されているとおり(同書491頁),礒山さんにとっても誠に達成感のある仕事だったのでしょうね。だから,私としてもカバーが手垢で変色するほど何度も何度も読み,それでも再び読み返したくなるような本なのです。

 

心からご冥福をお祈りしたいと存じます。

2018/02/05

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バッハの音楽が好きでたまらず,寝る前に音楽DVDで聴いたり,仕事で移動中の車内で聴いたりしております。先日,何気なく車を運転しながらバッハの曲を聴いていましたら,思わず聴き惚れてしまった曲があり,何度も何度も再生してしまいました。

 

バッハの「9つの小前奏曲より(《ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハのための音楽帳》から)」という小曲集のうちの前奏曲ヘ長調(BWV928)と前奏曲ト短調(BWV930)の2曲です。それがむちゃくちゃに佳い曲なのです。心に染み入りました。

 

この曲集は,バッハが長男フリーデマンの音楽教育のために父親として作曲した小品集ですが,あの厳めしい顔からどうしてこのような美しい曲想が浮かぶのでしょうか(笑)。しかも泉のように・・。そして,何よりもバッハの子に対する深い愛情が窺えます。

 

思わず何度も何度も繰り返し聴いてしまったこの前奏曲ヘ長調(BWV928)と前奏曲ト短調(BWV930)については,音楽評論家の礒山雅さんはそれぞれ次のような楽曲の解説を付しております。

 

前奏曲ヘ長調(BWV928)・・1720年から21年に自筆で記入された,《小曲集》の第10曲(4/4拍子)。曲集のうちとりわけ大規模かつ精緻な作品で,協奏曲を思わせる。

 

前奏曲ト短調(BWV930)・・1720年から21年に自筆で記入された,《小曲集》の第9曲。バッハが指使いを全曲にわたって記入した実例として、価値が高い(他に同曲集のBWV994のみ)。分散和音の練習であるが,広い音域の把握が求められ,両手が対話的に使われる。4/3拍子。

 

また礒山雅さんは,この曲集(ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハのための音楽帳)について,「音楽的には多くの曲がバッハらしい美しさをもち、《インヴェンション》の簡易版として、存在価値の高い作品となっている。」と解説されております。

 

バッハのインヴェンション(2声)とシンフォニア(3声)については,私の拙いテクニックでは越えられない壁になっている曲があったり,年齢のせいか何よりも練習の継続に対する覚悟というものに欠ける面があるのですが(笑),「《インヴェンション》の簡易版として、存在価値の高い作品となっている。」わけですから,まずはこの「音楽帳」から攻略する手もありそうです(笑)。早速,楽譜屋さんに行ってみることにします。

2017/07/28

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私のカミさんの友人女性が,かつてヨハン・セバスティアン・バッハの終焉の地であるライプツィヒに旅行されたのですが,その女性からお土産としていただいたCDがあります。そのCDは,バッハの作品の中でも様々なジャンルの名曲を選りすぐったものであり,先日久しぶりに聴きましたが,やはりバッハは素晴らしい。いつも私に感動を与えてくれます。

 

そのCDを聴いていた時,特に心にしみたのが平均律クラヴィーア曲集第1巻の第22番のプレリュードとフーガです(変ロ短調,BWV867)。あんまり感動したものですから,何度も繰り返して聴いてしまいました。このCDではこの一対のプレリュードとフーガが何とオルガンで演奏されていました。平均律クラヴィーア曲集というのはオルガンで演奏されたものを聴くのもなかなかのものです。違った感動があります。

 

この曲にとても感動したものですから,今日,マウリツィオ・ポリーニのピアノ演奏(CD)で改めて聴いてみました。やはり素晴らしい演奏であり,素晴らしい曲です。この変ロ短調の一対のプレリュードとフーガに関する音楽評論家歌崎和彦さんの楽曲解説は次のようになっております。

 

「厳粛な宗教的な雰囲気にみたされた前奏曲(4分の4拍子)で、バスのオスティナート風の8分音符と、その上に奏される旋律は、どこか葬送行進曲を思わせる。フーガ(4分の4拍子)は、この曲集の中で第4番以来となる5声のフーガで、簡素なコラール風の主題から紡ぎ出されるすばらしくゆたかな音楽は、前奏曲と同じく宗教的な気分にみちている。」

 

特にプレリュードの方は心にしみ入りました。トン・コープマンはバッハのことを「音楽史上最高の存在だ。」と述べていましたが,私もつくずくそう思います。理屈抜きで感動してしまうのです。私としては,バッハの最高傑作は何かと問われたら,迷わず「マタイ受難曲」を挙げるのですが,こういった平均律クラヴィーア曲集第1巻の第22番のプレリュードとフーガ(変ロ短調,BWV867)なんかを聴いていますと,やはりバッハの作品群は名曲の宝庫と言うべきでしょう。なお,バッハと同時代に生きたヨハン・マッテゾンという作曲家は調性格論でも有名ですが,マッテゾンの著作には,変ロ短調の調性格には記述,言及がありません。彼は変ロ短調の調性格についてはどのように考えていたのか興味はあります。この22番のプレリュードの方はテクニック的にもそれほど難易度は高くないような気はしますが,何しろ変ロ短調,フラット(♭)が5つも付いていますから,試すには気が引けます。

 

いずれにしても,7月28日は心からその音楽を愛しているバッハの命日なのであります。今晩もバッハをしんみりと聴いて,しんみりとお酒を飲みたいと思います。

2017/07/07

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先日,仕事場から次の仕事場へ,自分の車で移動していました時,ラジオからリヒテルが演奏するベートヴェンのピアノソナタ「熱情」の第3楽章が流れていました。リヒテルとは,もちろん20世紀を代表する巨匠的な名ピアニスト,スヴャトスラフ・リヒテルのことです。同じくロシアの名ピアニストであったエミール・ギレリスがアメリカに演奏旅行に行った際,その素晴らしい演奏を聴いていた学生がギレリスのことを世界一だと述べた時,ギレリスが「そのように判断する前に,リヒテルの演奏を聴いてみることをお薦めする。」と語った話は有名です。

リヒテルの評価の高さは言うまでもありませんが,ただその時に流れていたリヒテルの演奏には少し違和感を覚えました。どうやら1960年秋のライブ録音だったようですが,確かにテクニックには非の打ち所がありませんが,やたらにテンポが速く,まるで機械仕掛けのピアノのようで,何かしら急かされるようで聴いていて落ち着かないのです。

 

変だな,リヒテルってこんなに落ち着きのない演奏をする人だったかなと首を捻っておりますと,次に流れたのは,やはり同じ「熱情」の第3楽章ですが,リヒテルが70歳を超えた頃の演奏,録音だったのです。そうです,正にこういった演奏こそが私が安心できる,そして感動する演奏です。ゆったりとしたテンポをはじめ,全ての面でさきほどの1960年秋の機械仕掛けのような演奏とは違っており,情感豊かな深い味わいのある演奏でした。

 

本日のブログのタイトルは「聴き比べ」ですが,同じ演奏家の同じ曲の聴き比べのことを意味します。今も思い出すのですが,私が大学を卒業して社会人1年生になった時の確か10月にグレン・グールドが急逝しました。大変驚きましたが,その前年,老境にあったグールドはバッハの「ゴルトベルク変奏曲」の再録音をしました。これがまた素晴らしい演奏です。

 

実はグールドは,同じ「ゴルトベルク変奏曲」を22歳の時に録音しています。彼が22歳でアメリカ公演においてこの曲を演奏した時,その斬新さと素晴らしさで大絶賛を浴びました。私は,1981年(老境といってもまだ49歳)の録音と1955年(22歳)の録音がセットになっているCDを持っていますが,同じグールドの演奏で聴き比べることができます。やはり,私はゆったりしたテンポの1981年の録音の方が圧倒的に好きです。1955年の録音はやはりテンポが速すぎて急かされるようで,情趣深さに欠けるきらいがあります。

 

若い時は才気煥発という感じが前面に出ていますが,老いてからの演奏は,枯淡といいますか,達観といいますか,それでいて情感深く,心にしみ入る感動があります。リヒテルもグールドも・・・。

2017/04/24

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私は気が置けない人たちと一緒に,行きつけのスナックを訪れ,よくカラオケで歌ったりします。ゴルフなどと並んで,これも結構ストレス発散になるのです。でも最近,仲間のIさんからは,いつも同じ歌が多いとか,レパートリーが広くないなどと嫌みなことを言われるため,私も発奮して新しい歌の開発に勤しんでおります(笑)。

 

そんな訳で心当たりのある歌をスマートフォンで探したりしていたら,偶然にシルヴィ・ヴァルタンの動画に遭遇しました。もちろんこのフランスのレジェンドともいうべき女性歌手の存在は知っていましたし,確か1970年代後半,私がまだ大学生だった頃,ヴァルタンのLPレコードを買って聴いていました。そのレコードは日本人好みの選曲で(日本の特別企画盤),「サバの女王」,「枯葉」,「恋はみずいろ」,「愛の賛歌」,「別れの朝」,「風のささやき」,「ケ・サラ」,「行かないで」などの名曲ぞろいのアルバムでした。学生時代によく聴いていたものです。本当に懐かしい。

 

ところで私が偶然に遭遇したヴァルタンの動画というのが,これまた鮮烈であり,本当に感動しました。その動画のヴァルタンは当時まだ20歳そこそこでしたが,何よりも可愛く,美しく,颯爽としていて,エレガントで,そして美しいフランス語を使う歌唱力のある女性シンガーの姿でした。その動画というのは,恐らく「アイドルを探せ」(1963年フランス)という映画のワンシーンで,ヴァルタンが「La plus Belle pour Aller Danser」(邦題「アイドルを探せ」)という唄を歌っているものでしょう。本当に素晴らしいですわ・・・。飽きもせずに何度も何度も再生しました(笑)。

 

そんな訳で,早速ヴァルタンのベストを集めたCDを買っちゃいました。もちろん「アイドルを探せ」は入っておりますし,「あなたのとりこ」,「想い出のマリッツァ」なども入ったアルバムで,これまたとても素晴らしい。

 

ヴァルタンは今年の8月で73歳になりますが,大変息の長い歌手です。一度,インターネットで「アイドルを探せ」,「バルタン」とキーワードを入れて検索してみてください。そうすると,ユーチューブでこのヴァルタンの往年の素晴らしい映像を見ることができますよ。

2016/09/25

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愛読している産経新聞(笑)。その産経新聞にはいろいろと興味深い記事のコーナーがあるのですが,このうち「聴きたい!」というクラシック音楽の名盤をも紹介するコーナーがあります。曲の簡単な紹介と,お薦めの名盤が記されております。

 

それにしても,あのブラームスの交響曲第4番・・・。もちろん押しも押されぬ傑作だと思われますが,この曲が初演されたころは,特殊な音階を使う教会旋法やバロック時代の変奏形式,パッサカリアを曲中に採用したことに対して,マーラーやヴォルフらが「古めかしく無内容」,「時代に後ろ向き」などと酷評したようなのです。

 

それはとても意外でした。その一方で,リヒャルト・シュトラウスは「形式の扱いや構造が天才的」と絶賛したため,当時の音楽界では大論争に発展したようです。でも,この交響曲第4番第1楽章の冒頭のあの哀愁を帯びた美しい旋律,絶対に傑作でしょう。大好きです。

 

ブラームスという作曲家は,前から思っていたのですが素晴らしいメロディーメーカーの一人です。これは間違いない。例えば,その交響曲第4番第1楽章の冒頭の旋律を実際に聴けば合点がいくでしょうし,弦楽六重奏曲第1番第2楽章を聴いてごらんなさいよ。その旋律の美しさに涙が出てきますよ。その美しさ故に,あのルイ・マル監督の「恋人たち」という映画にも採用されていましたね。名女優ジャンヌ・モローが好演していました。

 

それから,交響曲第3番の第3楽章のこれまた思わず涙がこぼれるほどの憂愁を帯びた美しい旋律・・・。これを聴いて泣かない人は,人間ではないと結論づけてもよい!(笑)その美しさ故に,「さよならをもう一度」という映画に採用されていましたね。

 

それと私が子どもの頃から大好きだったピアノ曲のワルツ変イ長調,これも大変に美しい旋律なのです。

 

ブラームスは確かに出色のメロディーメーカーの一人です。

2016/07/12

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最近では,家庭裁判所によっては申立人待合室や相手方待合室でクラシック音楽が流されています。時代も移り変わってきております。20年ほども前ならばそんなこと考えもつかなかったでしょうに・・・。

 

たまたま私は,ごく最近,ある県の家庭裁判所本庁とある県の家庭裁判所支部に家事事件の仕事で出張したのですが,どちらもクラシック音楽が流されておりました。私もクラシック音楽がとても好きなので,それはそれで好ましいことだとは思いました。でも,これは少し贅沢でわがままな要望かもしれませんが,流す音楽は家庭裁判所の待合室などに向いている音楽を選んで欲しいと思いましたし,音量も少し配慮して欲しいかなと思いました。

 

というのも,家事事件で家庭裁判所を訪れる人々は,離婚事件や相続問題に関する事件の当事者である方々が多く,夫婦関係の深い苦悩や兄弟姉妹間の骨肉の争いを抱えた人なども割と多いのです。先日も,離婚事件の当事者であると思われる女性は,泣きながら調停室から待合室に戻って来ました。相手方の要求が相当に理不尽だったのか,それとも過去の辛い思いの数々が胸中に去来したためか・・・。ですから,待合室に流す音楽は,どちらかというと心の平静を保つことのできる比較的穏やかな音楽が良いと思います。

 

ところが,ごく最近訪れたある県の家庭裁判所支部は,モーツァルトのとても陽気で,順風満帆の気分を表しているかのような音楽を割と大きな音量で,これでもかこれでもかと待合室に流しておりました(笑)。しかも私がそれほど好きではないモーツアルトの曲ばっかりです(爆笑)。確かにフルート四重奏曲第1番の第1楽章なんかは良い曲ですよ。でもこれはウキウキした幸せ一杯の曲ではありませんか(笑)。例のアイネ・クライネ・ナハト・ムジークも,そして交響曲第41番「ジュピター」も人口に膾炙した名曲ではあります。でもこれは順風満帆の気分を表しているような曲じゃないですか(笑)。これらが割と大きな音量で連続してこれでもかと流されると,萎えてしまいます。少なくとも家庭裁判所の待合室で流すには不向きだと思います。

 

ところが,それに引き換え,私がごく最近訪れたある県の家庭裁判所本庁の待合室で流されていた曲の数々は,とても選曲が良かったと思います(笑)。家庭裁判所の待合室には向いております。例えば,ラヴェルの「逝ける王女のためのパヴァーヌ」とか,ショパンのノクターン第20番(嬰ハ短調,遺作)などでした。しかもその音量の適切なこと・・。これならば,深い悩みそして不安を抱えた方々も,心の平静を保ち,少し癒やされるのではないでしょうか。少なくとも耳障りではありません。

 

なお,最近気づいたのですが,警察署に電話をすると保留中の音楽は決まってベートーヴェンの「エリーゼのために」なのです。刑事事件でこれから被疑者に接見に向かうとき,予め留置管理係に電話をして予約をするのですが,代表電話から係に繋ぐ時の保留の音楽は,決まって「エリーゼのために」です。これは例外なくそうなのではないでしょうか。別に不向きとは申しませんが,警察署という強面の場所にしては少し可愛らしすぎる音楽でしょう。

2016/06/15

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音楽評論家であり指揮者でもあった宇野功芳さんが,6月10日に惜しまれつつ亡くなられました。

 

宇野功芳さんと言えば,やはり私の記憶の中にあるのは,往年の名指揮者ハンス・クナッパーツブッシュを一貫して評価する評論を書いておられたことです。ヴィルヘルム・フルトヴェングラーびいきだった私ですが,例えばブルックナーの交響曲の指揮について,宇野さんはクナッパーツブッシュの指揮による方がスケールが大きく壮大だという趣旨のことをある書物で書かれていました。ホントかなと思って実際に聴きくらべてみたのですが,なるほどと合点もいきました。もちろんフルトヴェングラーの盤によるブルックナーも大好きですが・・・。でも少なくともブルックナーの交響曲第8番を聴く限りは宇野さんの言うとおりだと確かに思いました。

 

何となくですが,宇野さんはクナッパーツブッシュの生き様にも少なからず共感をもたれていたのではないかという気もしています。例えば,指揮者の世界では王道を歩んで来たフルトヴェングラーはその生真面目さゆえに演奏旅行中の汽車内でも絶えずその日の夜のコンサートでの演奏のことしか頭になかったとする一方で,クナッパーツブッシュはというと汽車内で仲間とポーカーゲームに興じていたなどといった面白い比較をしています。なお,宇野さんは,クナッパーツブッシュは「最も才能のない生徒」としてケルン音楽院を放逐されたりしたという逸話も紹介されておりますが,どうやらこれは誤りのようで(笑),彼は1910年にちゃんとケルン音楽院を修了しているようです。クナッパーツブッシュも後年,あれだけ高い評価を得る指揮者になるわけですから,大したものです。特にワーグナーとブルックナーの演奏,指揮には定評がありますね。ただ,練習嫌いで有名で,練習前に楽団員に「こんなことやめて,メシでも食いに行こう。」と語ったという逸話もありますが(笑)。

 

さて,宇野功芳さんは音楽評論だけでなく,実は立派な保守の論客です。思想的には私と同じ(笑)。確か2010年の9月の私のブログでもそのことを書きました。宇野さんは月刊誌「正論」の中で,「戦争直前の世界地図」というタイトルの立派な論稿を書いておられ,今の日本の現状を憂えていたのです。全く同感できる内容です。今晩はブルックナーの8番をクナッパーツブッシュの盤で聴きます。ご冥福をお祈りいたします。合掌。

2016/04/19

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前の晩飲み過ぎたにもかかわらず,先週土曜日も急ぎの仕事で三重県四日市市まで参りました。仕事が山積みになっているので,優先順位を見極めながら一つ一つこなしていくしかないのです。土曜日ではありましたが,自分にしては軽いフットワークで出張し,足を使った甲斐があって少し懸案だった仕事も無事に終わりました。

 

四日市までの往復の間,車の中で「癒やし」を求めてバッハの音楽を聴きました。この日はどういう訳かバッハのオルガン曲を聴きたいと思い,多くのCDの中から「トリオ・ソナタ第1番」から「トリオ・ソナタ第6番」まで(BWV525~530)を取り出し,じっくりと味わったのです。

 

くどいようですが,みなさん,やっぱりバッハはいいですよ。誠に素晴らしい。特に私の心の中にしみこんできたのは,トリオ・ソナタ第4番ホ短調(BWV528)の第2楽章の旋律です。何と表現したら良いのか,哀れみ,愛情,優しさといった人間の本質的な感情が,あたかも泉のようにこんこんと湧き出るような美しい旋律です。本当に感動しました。

 

この「トリオ・ソナタ」集は,オルガンの二つの手鍵盤とペダルを使って演奏される三声の多楽章曲です。当時著名なオルガニストでもあったバッハのオルガン演奏でもっとも印象的なのは,そのペダル演奏であったらしく,考えてみれば二つの手でミスタッチなく鍵盤を弾くだけでなく,さらには独立の声部を足(ペダル)で奏でる訳ですから,これはすごいことです。

 

音楽評論家の礒山雅さんはその論稿で次のように語っておられます。

 

「だが聴き慣れるに従ってこの作品(トリオ・ソナタ)は、私のかけがえのない宝となっていった。今では、六曲のトリオ・ソナタほど美しいオルガン作品はほかにない、と掛け値なしに思うようになっている。だが文献をひもといてみると、さすがというべきか、その美しさは、同時代においてすでに充分に認識されていたことがわかる。エマーヌエル・バッハは一七七四年にフォルケルに宛てた手紙で、次のように書いている。『この作品集は、いまは亡き父のもっともすぐれた仕事に属するものです。それらは生まれてすでに五十年以上にもなるのに、いまだにすばらしく、私を大いに楽しませてくれます。そのなかの二、三のアダージョ曲は、こんにちでもこれほど旋律的には書けまいとさえ思えるものです。なにぶんにもさんざん傷めつけられてきた作品ですので、どうかかわいがってやってください。』そしてフォルケルもまた、『これらの曲の美しさは筆舌に尽くし難い。これらは作者の円熟期に創られたもので、この種の曲として彼の主要な作品とみなすことができる』と述べているのである。」(バッハ全集9オルガン曲[1]37頁,小学館)。

 

改めてバッハの凄さを思いましたし,音楽の世界でも足が使われているのですね。

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