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2020/11/12

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先日,マイカーで出張先に移動している途中で,ラジオ(NHK-FM)を聴いていましたら,チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」が流れてきました。実に佳い曲です。

 

この曲が名曲であることは間違いありませんし,チャイコフスキーの最後の作品であり,やはり傑作です。ただ,不遜にも以前から思っていたのですが,まとまりという点で言いますと,少しまとまりはないかなと(笑)。

 

「悲愴」という標題が付いているからといって,全楽章に必ずしも悲愴感が漂う必要はないのですが,第2楽章の4分の5拍子という独特のリズムをもった民族舞踊的な明るい楽章,そして第3楽章のスケルツォと行進曲の爆発的な高揚感,これらは悲愴感漂うその他の楽章とは全く異質で,特に第3楽章の爆発的な高揚感は異次元です。この楽章が終わった途端,本当は全曲が終了していないのに思わず聴衆が拍手をしてしまうほどです。

 

繰り返しますが,佳い曲であることは間違いないのですよ。

 

まとまりという点で言いますと,ショパンのピアノ・ソナタ第2番もどうかな・・・(笑)。これも傑作中の傑作であることは間違いないのですが,同時代人の作曲家にして評論家のシューマンがこの曲を評して,「ショパンは乱暴な4人の子供をソナタの名で無理やりくくりつけた」と言いました。もちろんこれは批判,酷評ということではなくて斬新さを指摘したものでした。特にこのソナタの第3楽章「葬送行進曲」は人口に膾炙したあまりにも有名な曲です。

 

一方,まとまりという点で私はあると思っているのに,そうでない評価がなされている曲があります。バッハのマタイ受難曲の第42曲目のアリア(「私のイエスを返してくれ!」)のことです。シュピッタはこの曲について,「全アリア中唯一の批判すべき楽曲」であるとしており,マタイ受難曲の新しい解説書を出版しているエーミール・プラーテンもこの曲には否定的な見解を示し,このアリアは先立つペトロのアリアとの対比を生かす以上の存在価値はもたないといった見解を示しているのです(「マタイ受難曲」礒山雅著,322~323頁,東京書籍)。

 

この点については,私は意外に思いますし,この第42曲目のアリア「私のイエスを返してくれ!」は大好きなのです。礒山雅さんも「このアリアは《マタイ受難曲》のもっとも重要な楽曲のひとつであり、一見流れを乱すかのように思える明るさ自体が、大きなメッセージであると確信している。」と評されております(同著322頁)。

 

本日はそれこそまとまりのない話で恐縮ですが,曲のまとまりという点についてはいろんな意見があるものですね。

2020/10/06

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ジュリエット・グレコというシャンソン歌手のコンサートに臨み,彼女の生のシャンソンを聴くことができたのは,私にとって宝物のような体験でした。私が結婚したのが29歳の時でしたから,その1,2年前のことだったと思います。その時のコンサート会場は,その当時名古屋市千種区池下にあった厚生年金会館でした。

 

この時もグレコはお決まりの黒のドレスで,装飾は一切なし。身振り手振りを交えた,まるで女優が演技をしているような歌い方で,曲に物語性を吹き込むシャンソン歌手そのものでした。選曲も日本人好みのスタンダードナンバーが中心で,「パリの空の下」,「枯葉」,「ラ・メール」,「聞かせてよ愛の言葉を」,「詩人の魂」,「ロマンス」などを歌ってくれたと思います。また,その晩はそれだけでなくジャック・ブレルなどの新しい曲も歌ってくれました。大変満足した夜でした。

 

私は昔から音楽は好きな方で,大学生時代は,クラシック音楽(バッハ,ショパンなど),ビートルズ,シャンソンという3つの領域に熱中しておりました。シャンソンの中では特にジュリエット・グレコが大好きだったのです。それと,私の記憶に間違いがなければ,昭和54,5年当時名古屋の栄にも「ソワレ・ド・パリ」というシャンソンを聴かせてくれるライブハウスがあったと思います。司法試験に合格した先輩が,たまには息抜きということで未合格の私たち3名をその店に連れて行ってくれたことを覚えています。「そうか,司法試験に合格すれば好きな時にこういう店でシャンソンが聴けるのか。よし,早く合格しよう。」などと不遜なことを思ったものです(笑)。

 

グレコは「サンジェルマン・デ・プレのミューズ」と呼ばれたシャンソン界の女王です。第二次世界大戦中,レジスタンス運動に参加した彼女の母親が,姉とともに強制収容所に入れられたことから,15歳の彼女は一人で生きてゆかなければならなくなり,ようやくある繊維会社の電話交換手の職を見つけ,そのかたわら演劇を勉強して,端役で舞台に立ったりしておりました。そして,終戦後,サン・ジェルマン・デ・プレの地下酒場「タブー」はジャン・ポール・サルトルを中心とする実存主義者のたまり場になり,グレコもそこに出入りするうちに彼らのマスコット的な存在になり,その後歌手としてスカウトされ,スターダムにのし上がるのです。1952年には「ロマンス」でACCディスク大賞を受賞し,シャンソン歌手としての名声を不動のものにし,長期間にわたって活躍し,映画にも出演したこともあります。

 

彼女は1961年に初来日し,日本でもたびたびコンサートを開き,相当に親日家だったようです。そんな訳で私も彼女のコンサート予定をリサーチし,ようやく名古屋でも彼女の生のシャンソンを聴くことが出来たという訳です。フィリップスレコードから出ているグレコのベストコレクションのCDは私が今でも大切にしている愛聴盤です。

 

土曜日はたまたま私が自宅で一人寂しく晩酌をしており,しみじみとお酒を飲みながらユーチューブで若かりし頃のグレコの「パリの空の下」の曲と映像に接し,思わず涙が出てきそうになりました。

 

ジュリエット・グレコは去る9月23日,老衰のため93歳で逝去されました。合掌。

 

2020/09/08

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やっと手に入りました。死後30年を記念してリリースされた「前野曜子『メモリアル・コレクション〝ベスト〟~別れの朝』」というCDです。新品が札幌から届きました。日本全国に在庫があるかどうか照会していたのでしょうね。注文してから3週間後くらいに届きました。希少なのかもしれません。

 

このCDの歌詞集の後に,音楽評論家小川真一さんの解説が載っていますが,その一部を紹介しましょうか。

 

「前野曜子がこの世を去って、すでに30年の月日が経とうとしている。新しい歌声を聴くことが出来なくなってしまったのだが、未だその人気は衰える事がない。人々の心を強く掴んで離さないのだ。それはまさにディーヴァ(歌姫)の名称に相応しい。・・・今回のこのベスト盤はヴォーカリスト前野曜子の集大成であり、彼女のキャリアを見渡すことの出来る貴重なセレクションだ。」

 

爆発的なヒットとなった「別れの朝」はもちろん,「さよならの紅いバラ」などの海外の有名なナンバーのカヴァーもあれば,映画「蘇える金狼」のテーマや人気アニメ「スペースコブラ」の主題歌「コブラ」なども入っており,全部で16曲です。今では,マイカーでの移動中はいつも前野曜子の歌ばかりを聴いております。バッハはしばらく休憩(笑)。

 

いやぁ,凄い歌手だと思いますよ。少しハスキーで類いまれな歌唱力がありますし,特に私が感じたのは滑舌が良くて,日本語がとてもクリアで美しく聞こえるのです。それは生来のものか,それとも宝塚歌劇団仕込みのものなのか。

 

彼女はペドロ&カプリシャスの初代ヴォーカルです。現在も活躍中でその実力には定評のある高橋真梨子さんが2代目ヴォーカルです。人によっては趣味が悪い企画と思うかもしれませんが,ユーチューブではいくつかの曲で両者の聴き比べがアップされています。それぞれの持ち味があり,好みの問題であることは間違いないのですが,私は前野曜子ですね。「別れの朝」と「さようならの紅いバラ」を聴き比べてしまったのです。おそらく技術,歌唱力,声量ともに高橋真梨子さんの方を選ばれる方が多いとは思います。それに圧倒的な迫力というものがあります。でも,前野曜子の歌の方が私の心に響くのです。これは理屈抜きです。

 

アルコール依存になり,肝臓病での闘病を経て,40歳で夭折したのは誠に残念です。健康でありさえすればもっともっと良い仕事ができたはずなのに。今でもこの歌手をリスペクトするプロ歌手が多いというのは大いに頷けます。

2020/08/26

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7月28日は私が神と崇めるヨハン・セバスティアン・バッハの命日ですから,この日には,このブログでは決まってその話題を書くようにしていたのですが,今年は忙しさにかまけてそれもできませんでした。でも,バッハの音楽はいつも聴いて慰められております。

 

その代わりの音楽の話題といっては何ですが,伝説のディーヴァと呼ばれた歌手,前野曜子のことを書きたいと思います。まだ私が中学生の頃ですかね,ペドロ&カプリシャスの初代ヴォーカルとして,あの名曲「別れの朝」を歌っていました。とても佳い曲だと思います。このバンドの歴代ヴォーカリストとしては,今もソロで活躍されている高橋真梨子という歌手が有名ですが,実はこの前野曜子という歌手はその前任者だったのです。

 

彼女は宝塚歌劇団を1年半ほどで退団し,リッキー&960ポンドというバンドに加入したのですが,これもほどなくして脱退し,ペドロ&カプリシャスの初代ヴォーカルとして活躍したのです。素晴らしい歌唱力で,「別れの朝」なども大ヒットしました。しかし,人気絶頂だったのにほどなくしてペドロ&カプリシャスを脱退してアメリカに渡ったり,短期間で日本に帰国して,グループないしソロで歌手として活動しました。歌手としての天賦の才を活かして映画の主題歌やテレビアニメのテーマ曲を歌ったりもしたのです。

 

でも,本当に惜しいことにアルコール依存症などが深刻化し,肝臓病を患い,闘病生活の後に40歳の若さで夭折(孤独な死)。歌手としての才能に恵まれていましたが,いわゆる破滅型の人生だったのかもしれません。

 

しかし,彼女の歌は誠に素晴らしい。ペドロ&カプリシャスのリーダーだったペドロさんは,高橋真梨子は技術的に上手く歌う,前野曜子は心で歌うなどと評していたようです。二代目ヴォーカルの高橋真梨子の歌手としての実力は世間が認めるところですが,少なくとも「別れの朝」という曲だったら私は前野曜子の歌うこの曲が好きです。所詮好みの問題ですけどね。

 

そこで,「前野曜子」というキーワードで検索していたら,何と2年前の7月31日(7月31日は彼女の命日)に,彼女のベスト・アルバム(CD)が発売されていることが分かったのです。

 

私は早速通販で購入しようと必死で探しました。でもあるサイトでは「現在お取り扱いできません。」と記載されていましたので,販売数が少なく希少なのかもしれません。ようやくあるサイトでは「お取り寄せ」ができるとのことですが,取り寄せができなければ購入は難しいということでした。現在,入荷を待っているところです(笑)。こうなったら,どんな手を使ってでも入手したいものです(笑)。

 

商品(CD)の紹介として,次のような記載がなされていました。

 

「今尚数々の名歌手からリスペクトされ、伝説のディーヴァと呼ばれる前野曜子は、1972年ペドロ&カプリシャスの初代ヴォーカルとして颯爽とステージに登場し、「別れの朝」を大ヒットさせオリコン1位を獲得した。他にもリッキー&960ポンドやソロとして60年代終わりから80年代まで活動。稀な美貌と歌唱力を兼ね備えていた彼女は、その資質を充分に発揮させる事なく惜しくも1988年に40歳という若さで急逝。彼女が遺した音源のほとんどは、2011~12年に“前野曜子メモリアル・コレクション・シリーズ”(初期リッキー&960ポンドの音源を除く)として全7タイトル(内6タイトルが初CD化)がCD発売された。そして没後30周年記念に当たる2018年、レーベルの枠を超え彼女の貴重な歌唱を凝縮した初のベスト・アルバムが完成」

 

果たして,私の手に入るのかしらん。

2020/05/12

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好きな曲の旋律が頭の中でグルグル回ったり,ある時何かの拍子に思い出したりすることがあるけど,肝心なその曲名が分からなくて随分歯がゆい思いをするといった経験はありませんか。私が何としてでも,どんな手を使ってでも再び聴きたい曲で,でもその曲名が分からない,しかもそれが数十年来ずっと続いているという曲が3曲ありました。

 

ところが,インターネットやYouTubeというのは非常に便利ですね。数十年来ずっと好きだったその3曲の名が,ようやく分かりました。スッキリしました(笑)。

 

その3曲のうちの1曲は,実はインターネットやYouTubeに頼らず,偶然に判明したのです。その曲は,私がまだ中学生から高校生の頃,ふとんの中に入って「今日も一日終わったな。やれやれ。」などと呟きながら,ラジオのスイッチを入れてイヤホンで聞いていたNHK-FMの「夜のしらべ」という番組のテーマ曲です。本当に良い番組で,とても懐かしい。この番組では当時好きだったクラシック音楽の日もありましたし,そうでないジャンルの曲の時もありました。その曲名が数十年間にわたって分からないまま悶々としておりましたら(笑),これは数年前,偶然に車の運転中にラジオで流れてきました。ようやく判明しました。その曲は,ボロディン作曲の弦楽四重奏曲第2番第3楽章「夜想曲」でした。当時はオーケストラ用の編曲で演奏されておりましたが,本当に佳い曲です。懐かしい。夜の番組らしく「夜想曲」でした。

 

さて,残りの2曲です。これはインターネットやYouTubeの力を借りて数日前に立て続けに判明しました。スッキリしました。そのうちの1曲も,私がまだ中学生から高校生の頃,ふとんの中に入って,やはり「今日も一日終わったな。やれやれ。」などと呟きながら,ラジオのスイッチを入れてイヤホンで聞いていたNHK-AMの「夢のハーモニー」という番組のテーマ曲です。これまた本当に素晴らしい曲なのですが,その曲名が数十年間にわたって分からないまま悶々としておりました(笑)。このままでは死ねないと思い,インターネットで必死に探しました。そうしたら,とうとう判明したという訳です。その曲は,「今宵の君は」という映画音楽です。これもオーケストラで演奏されておりますが,懐かしくて目頭が熱くなりました(笑)。YouTubeにアップされております。

 

そして最後,3曲目は,ちょうど私が大学受験の冬,毎朝妹が隣の部屋で観ていたテレビ番組中で流れていた曲で,これがまたとても佳い曲で数十年来ずーっと私の頭の中でその旋律がグルグル回ったり,ふっとした時に思い出したり・・・。でも肝心なその曲名が分からない。これについては捜索の手掛かりが全くない(笑)。しかし,手がかりといえば,幸いにも最初の歌詞だけは覚えていたのです。「どうしてあんな子なんか好きになったのかしら」という出だしです。ダメ元で,グーグルで「どうしてあんな子なんか好きになったのかしら」と入れて検索してみました。そうしたら,やはり文明の利器というのは凄いですね。あっという間に分かったのです。あれほど憧れていた曲の名が判明したのです。それは,「あの子」(唄:桜井たえこ,詞:千家和也,曲:すぎやまこういち)という曲で,当時日本テレビ「おはよう!こどもショー」という番組の中で短期間流されていた曲だったのです。この曲は詞も曲も秀逸でねぇ・・。ようやく胸の痞えが消えました。

 

おかげで現在は,毎夕食の開始時にうちのカミさんと一緒にテレビ(YouTube)で「あの子」という曲を聴いた上で,料理に箸をつけ始めるのです(もちろん私はビールも)。くどいようですが,本当に佳い曲だなあ。この旋律を創り出したすぎやまこういちさんという作曲家は天才です。しかも,この方は国家基本問題研究所の評議員,歴史事実委員会の委員ですし,いわゆる「従軍慰安婦」に強制性はなかったという極めて正当な意見広告をワシントン・ポスト紙に出したという(広告費は全部すぎやまさんの負担),国士です。歴史認識や政治的思想の面でも,そしてとにかく「あの子」の作曲者という面でも大いに尊敬できます。

 

この3曲,絶対にお勧めですので,皆さん,YouTubeでもなんでもいいですから,是非ご賞味ください。

2020/04/11

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1955年に開催された第5回ショパン国際ピアノコンクールの結果は,第1位はアダム・ハラシェヴィチ(ポーランド),第2位がウラディーミル・アシュケナージ(ソ連)でした。その後のピアニストとしての活躍ぶりを比較すれば,アシュケナージは20世紀後半を代表する世界的なピアニストとして活躍した一方,ハラシェヴィチの方は演奏会や録音で10数年ほどは活動しましたが,その後は忘れられたような存在になってしまったのは残念です。

 

ハラシェヴィチはアルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリにも師事し,彼の下で研鑽を積んだこともあります。しかし,この第5回大会では審査員であったミケランジェリがアシュケナージの第2位という評価に抗議し(アシュケナージこそ第1位だという意味),会場から立ち去ったという有名なエピソードがあります。確かに,アシュケナージのテクニックは素晴らしく,ハラシェヴィチが第1位になったのはショパンと同じポーランド人だから贔屓されたのだなどという心無い言葉も囁かれたようです。

 

しかし,実は私にとっては小学生の頃から,ショパンの曲についてはハラシェヴィチの弾くショパンこそが最高でした。小学生の頃にショパンの虜になってしまった私が小遣いをもらって近くのレコード屋さんに飛び込み,最初にショパン名曲集のレコードを買い求めたのがハラシェヴィチ演奏のものでした。毎日のように何度も何度も聴いていましたので,私にとっては彼の演奏こそが正統であり,スタンダードになってしまい,ずっと頭の中に残っているのです。

 

今となってはそのレコードも処分してしまいましたが,何となくそのジャケットの写真は記憶しています。インターネットで必死で探してみましたら,ありました。どうやらフィリップスから出されたレコードのようで,ハラシェヴィチがピアノを弾いている背後には,白っぽい裸婦の彫像があるやつ・・・。いや本当に懐かしい。

 

第5回大会の結果は先ほど述べたとおりですが,この時は日本から田中希代子さんも参加し,見事第10位になっております。音楽評論家の野村光一さんの記事によりますと,彼はやはりアシュケナージの卓越した技術を評価し,おそるおそる田中さんに対し,「アシュケナージが一番みたいな気がしますね。」と尋ねたようです。そうしたら,田中さんは,「いやそうとはいい切れないのですよ。もちろんアシュケナージの方がテクニックに冴えていますが,やはりショパンともなれば,ハラシェビッチのほうが音楽的なつぼにはまった弾き方をします。だから,あの人が1位になるのは当然だったのでしょう。」と答えたそうです。

 

そうなんです。私にとってハラシェヴィチは幼少時代に憧れたショパン弾きの中のショパン弾きなのです。でも,もちろんアシュケナージの実力,実績は言うまでもありません。ポリーニ,アルゲリッチなどと並ぶ20世紀後半を代表する世界的なピアニストです。私が大学生の頃は,ベートーベンのピアノソナタはほとんどアシュケナージで統一していましたからね。それに,独身時代には名古屋でも開かれたアシュケナージのコンサートにも足を運び,その時はかなり前の席でアシュケナージの演奏を生で聴きました。もう30数年前のことですからその時の曲目は覚えていませんが,はっきりと覚えているのは,彼はとても小柄で,ひょこひょこと速足でピアノの前まで歩き,はにかみながら客席に向かって軽く礼をして,すぐに弾き始めたということです(笑)。

 

ハラシェヴィチも既に87歳で,ずっとオーストリアのザルツブルクで生活し,アシュケナージも82歳になり,ずっとスイスのルツェルン湖畔で生活しているようです。やはり景色の良い所が精神的に落ち着くのでしょうか。

 

さきほど,ハラシェヴィチのCDを2つ,通販で注文しました。もちろん彼の弾くショパンです。到着が楽しみです。

2019/09/05

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こうやって,一雨一雨ごとにだんだんと涼しくなり,秋に向かって行く感じがとても好きなのです。あの猛暑の頃に比べて寝起きの状態もスッキリしていて,ようやく人間に戻れた気がします(笑)。

 

50年ぶりにピアノを習い始めたこともあって,最近ではピアノに向かうことも多くなりました。あまり練習しないでレッスンに臨むと,先生に悪いから(笑)。先日,自宅の書棚の奥を覗きましたら,「バッハ=フーガの探究-ライプツィヒへの旅-」(ミッシェル・モラール著,余田安広訳,春秋社)という本を見つけました。これは6年前に出版され,すぐに買って読んだのですが,また読みたくなり,読破しました。私は対位法,そしてフーガという曲形式に以前から憧れというものがあるのです。

 

対位法というのは,複数の旋律をそれぞれの独立性を保ちつつ互いによく調和して重ね合わせる作曲技法です。言葉を換えれば,2声部以上の旋律がそれぞれの美しさを保ちながら同時に鳴り響いてもバランスがとれている状態を作り出す技法です。この作曲技法を駆使した最高傑作がバッハのフーガでしょう。とりわけ素晴らしいのが,バッハの平均律クラヴィーア曲集第1巻,第2巻の全48曲のフーガです(もちろん各前奏曲も素晴らしいですが)。

 

バッハの平均律クラヴィーア曲集第1巻,第2巻に関し,この本の著者は登場人物に次のように語らせています。

 

「『平均律クラヴィア曲集』にはまた、深い宗教的な感覚もある。多くの前奏曲とフーガから、内省、瞑想、祈りの印象を僕は感じる。それは信仰というのではなく、高貴さと素朴さで表現された信念というべきものだ。」

 

「歓喜、悲しみ、苦悩、メランコリー、郷愁、滑稽さ、熱情、無垢さ、悔悟、確信、高貴さ、偉大さ、エネルギー、英雄主義、そのほかに何が考えられるだろう?いわば森羅万象が、この『平均律クラヴィア曲集』にかかわっているように思える!僕は感心した。」

 

「私にとっては、バッハの音楽は豊かな表現力にあふれた作品集なのですけれどね。『平均律クラヴィア』を例にとってごらんなさい。クラヴィア(鍵盤楽器)のために、あれ以上に美しい作品を誰か書いたためしがありますか?」

 

「私には分からない、これほど並外れた才能の人物が、どうしてこのように広く知られないでいるのか。」

 

「これまでに出合ったこともない美しさと、知識のこもった前奏曲とフーガの曲集だ。」

 

それにしてもフーガというのは奥が深いですね。ますます憧れてしまいます。主唱があり,2回目の主唱の入り(答唱)の部分から,これに寄り添うように展開される対唱・・・。対唱は複数にわたる場合もあり,そして主唱などが拡大形となったり縮小形になったり,そして直行形で現れたり反転形で現れたりもします。それでいて,2声部以上の旋律がそれぞれの美しさを保ちながら同時に鳴り響いてもバランスがとれている状態が維持されます。それに何よりもバッハのフーガは旋律が美しいし,和声の響きも素晴らしい。例えば4声のフーガですと,ソプラノ,アルト,テノール,バスがそれぞれ鍵盤で奏でられるといった感じです。9歳の時に母が亡くなり,10歳の時に父が亡くなり,貧乏で本格的な音楽教育を受けたことがなかったバッハは,どうしてこのように素晴らしい作曲ができたのか・・・。やはり途方もない,並外れた,超弩級の天才であったというほかありません。

 

それにしても,いくら憧れがあるとしても,平均律クラヴィーア曲集のフーガにいきなりチャレンジするのは全くもって無謀というものです。高度なテクニックが必要ですし,対位法を理解し,各声部を明瞭に弾き分ける技術が必要です。ですから,やはり地道に,2声のインヴェンション,3声のシンフォニアからゆっくり,ゆっくりとした足取りで練習をしていくしかないのでしょう。要するに,私が平均律クラヴィーア曲集のフーガをマスターできるのは,生まれ変わった来世でということなのです(笑)。

2019/07/30

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それは,私の事務所にポスティングされていた1冊のパンフレットがきっかけでした。「大人の音楽レッスン」と銘打ったもので,さまざまな楽器のレッスン広告でした。

 

ピアノの箇所に目をやりますと,「はじめてのピアノ」,「大人のピアノ」,「ポップスタイルピアノ」,「ジャズピアノ」などが紹介されておりました。うーん,ピアノレッスンか・・・。この歳になって少し気恥ずかしい感じもしますし,いやそういう時間,心の余裕があった方が良いのだ,いやいや,でもやっぱり恥ずかしい・・・,私の心は乙女のように揺れ動いていたのです(笑)。

 

私の自宅の北側の部屋には,1台のピアノがありますが,昔は私や娘がよく弾いてはいたものの,最近ではそういうこともなく本当に寂しそうにしているのです。実は小学校高学年から約3年間,ピアノを習ったことがありましたが,その後はレッスンを受けたことが全くなかったのです。ごくたまに,自分の好きな曲を我流で弾いてみるといった程度でした。

 

私は迷った末に,意を決してとうとうインターネットで無料体験レッスンの申込みをしました。選んだコースは「大人のピアノ」。申込みのフォームにはいろいろな質問項目があり,ピアノレッスンの経験の有無の欄には,1年弱習ったことがあると嘘を入力してしまいました(本当は3年間)。こういったところにも私の負けず嫌い,見栄っ張りな性格がよく出ております(笑)。

 

そして先日,いよいよ無料体験レッスンを受けてきました。どんな先生かな,ひょっとして怒られたりするのかな,などと不安を覚えながら約30分間レッスンを受けたのですが,テキパキした30代の女性の先生で,あっという間に30分が過ぎました。何とかなりそうです。

 

その後は,まるでベルトコンベアーに乗せられたかのように,あれよあれよという間に正式な入会が決定したのです(笑)。私は「大人のピアノ」で月3回レッスンのコースです。最初の教材も2冊購入して持ち帰りました。中身を見てみますと,実力段階に応じた無理のないものであり,音楽理論の基本的な知識が習得できますし,またありきたりの練習曲だけでは飽きてしまうだろうということで,有名な曲(もちろん平易に編曲されたもの)なども織り交ぜて弾いていくというような内容になっています。ちなみに無料体験レッスンの際には,主旋律だけですが右手で「ブラームスの子守歌」なんかを弾いちゃったりなんかして・・・(笑)。そして,小学校高学年から約3年間習った際には,ペダリングのことは全く習わなかったし,ペダルを使用する曲を弾いたことはなかったのですが,教材にはペダリングのことについても触れてあります。よし頑張るぞ,という気になりました。

 

そんなこんなで,ついに私も大ピアニストへの道を歩み始めたという訳です。

2019/01/30

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メロディアスという言葉は,「旋律的な」とか「旋律の美しい」といったような意味です。先日,たまたま自動車を運転して出張先から帰る途中,ラジオを聴いていましたら,フランシス・プーランクが作曲した「即興曲第15番-エディット・ピアフを讃えて」という曲に出くわしました。

 

それがとてもメロディアスな佳い曲でした。何度も何度も繰り返し聴いてみたくなるような魅力的な曲です。いまどきは本当に便利になりましたね,ユーチューブで「プーランク」,「即興曲15番」とキーワードを入れて検索すれば,すぐにどんな曲なのか確かめることができますもの。

 

メロディアスな曲と言えば,プーランクより一世代前の,やはりフランスの作曲家エリック・サティの「ジュ・トゥ・ヴー」という曲も割と有名で旋律的な曲です。フランスの作曲家の作品は,ドイツの作曲家作品のような重厚さがなくても洒脱で洗練された名曲も多いと思います。モーリス・ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」とか「古風なメヌエット」とかは大好きです。そしてフォーレの「シチリアーノ」も。シチリアーノ(ナ)つながりで言いますと,これはイタリアの作曲家ですがレスピーギの「リュートのための古風な舞曲とアリア 第3組曲 シチリアーナ」,これがまた極めて旋律的な佳い曲なのですよ・・・。

 

ついでと言っては何ですが,メロディアスな曲で私自身すぐに思いつくのが,ラフマニノフの「ヴォカリーズ」,そして交響曲第2番の第3楽章がこれまた素晴らしいと思います。

 

月末で随分疲れてもおりますので,本日は途方もなくとりとめのない文章となってしまいました(笑)。どうやら疲れておりますと,癒しを求めて旋律の美しい,優しい曲を聴きたくなるようですし,文章も散漫になるようです。

 

本日の文章の最初の方にエディット・ピアフが出てきました。いつだったかの土曜日,いつものように自宅で晩酌をしておりますと,「エディット・ピアフ~愛の賛歌~」という映画をテレビでやっていました。思わずそのままビールを飲みながら観ておりましたら,フランスの名優ジェラール・ドパルデューが出ておりました。本当に懐かしいと思いました。ただその役柄は,ナイトクラブのオーナーであるルイ・ルブレーの役で,まだスターダムにのし上がる前の原石のようなピアフを見い出し,自分の店で歌わせるというものですが,すぐに殺されてしまいます。

 

あれほどの名優なのに,あっけない出番で少し物足りない感じがしました。ずいぶん年をとったなという印象でしたが,このドパルデューという俳優は凄い芸歴です。1983年に公開されたアンジェイ・ワイダ監督の「ダントン」という映画を当時私も映画館で観たのですが,彼はダントン役で迫力のある演技で好演しておりました。これは凄い役者だと思ったものです。もちろんその後もフランスで活躍していたようです。

 

ところが数年前でしたか,新聞か何かでドパルデューがロシア国籍を取得したという情報に接し,「あれっ?」と首を傾げた記憶があります。どうやら納税をめぐる当局とのトラブルが原因のようです。また,ウィキペディアの記載によりますと,2018年の9月,北朝鮮の建国70周年記念行事のころ,彼が北朝鮮に滞在しているのをフランスのメディアから目撃され,記者の質問には一切答えなかったという情報もあります。あれっ?この名優は一体どうしちゃったのでしょうか(笑)。

 

私も確かに重税感はございます(笑)。でもこの日本国は世界でダントツに素晴らし国だと確信,実感しておりますので,だからといって他国の国籍を取得しようなどと大それたことは全く思いもしません。

 

本当にとりとめのないことばかり書いてしまい,誠に相済みません。ご静聴ありがとうございました(笑)。

2018/11/16

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そういう訳で,結局私は,あれほど楽しみにしていたマウリツィオ・ポリーニの生の演奏に接することができませんでした。そこで,いよいよ秋も深まってきたことですから,ポリーニが33歳から35歳にかけて録音したベートーベンのピアノソナタ第30番,第31番,第32番のCDを聴いてみました(ドイツ・グラモフォン)。

 

今から40年以上も前の録音ですが,やはりポリーニの演奏は完璧です。比類のない美しさと深みというものがあります。そして,それにしてもです,私が改めて感動したのはベートーベンのピアノソナタ,特に最後期の作品の素晴らしさです。

 

第30番(ホ長調,作品109)の第1楽章の出だしの美しさは言うまでもありませんが,第3楽章を聴いていて,思わずじーんと胸に迫り来るものがありました。この楽章には,楽譜に「歌に満ちて、内的な感情を伴って」などといった指定があります。正にそのような曲。その旋律の美しさと盛り込まれた対位法(フーガ)などは,バッハのミサ曲ロ短調の最終曲ドナ・ノヴィス・パーチェムを想わせるものがあります。

 

第31番(変イ長調,作品110)も特にフーガの部分が素晴らしいと思います。これも好きな曲です。1821年の成立ですから,死の約6年前の作品ですが,晩年になるとフーガというものに回帰したくなるといった傾向があるのでしょうか。

 

第32番(ハ短調,作品111)はベートーベン最後のピアノソナタです。この第1楽章でもソナタ形式の中に対位法がふんだんに駆使されています。何よりも凄みを感じますのは,第2楽章(アリエッタ)の5つの変奏であり,特に第3変奏のあの時代を先取りしたようなリズムと曲想。全聾となり,また晩年を迎えて持病や甥(カール)の不祥事など私生活上の悩みを抱えつつも,このような作品を生み出すことができる精神力の強さと天才に敬服します。

 

ベートーベンの後期,特に最後期のピアノソナタを聴いていますと,作曲者自身が来し方行く末に深く思いを致し(内省),人生における様々な苦悩を乗り越えた末に到達できた達観のようなものを感じますし,ひょっとしてこの時ベートーベンは孤独にも神と対話をしていたのではないかとも思えてきます。

 

いくら天才を賦与されているとはいえ,作曲家にとって聴力を失うということはどういうことなのか。素人の私には想像もつきませんが,ハイリゲンシュタットの遺書があるように,このことはベートーベンを筆舌に尽くしがたい深い苦悩に陥らせたことは間違いないでしょう。学生時代の私は,ベートーベンの深い苦悩とは比較にはなりませんが,それでも小さなことでくよくよ悩むことがあったのですよ。聴力を失いながらも,そして私生活上の悩みを抱えながらも,それでもあれほど人を感動させる傑作の数々を世に問うほどのベートーベンの精神力の強さ,生き様に学生時代の私は鼓舞され,勇気づけられ,感動しておりました。

 

確か,そういった学生時代,私は「ベートーヴェンの手紙(上),(下)」(岩波文庫)という本を読んでさらに深く感動したことを覚えております。もう一回読み直してみようと思って自宅の隅から隅までその本を探してみたのですが,見つかりません。あれから何度も引っ越しをしておりますから,処分してしまったのかもしれません。

 

おそらく今も販売されていると思いますので,もう一度購入して読んでみようと思います。失礼しました。

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