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2020/05/12

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好きな曲の旋律が頭の中でグルグル回ったり,ある時何かの拍子に思い出したりすることがあるけど,肝心なその曲名が分からなくて随分歯がゆい思いをするといった経験はありませんか。私が何としてでも,どんな手を使ってでも再び聴きたい曲で,でもその曲名が分からない,しかもそれが数十年来ずっと続いているという曲が3曲ありました。

 

ところが,インターネットやYouTubeというのは非常に便利ですね。数十年来ずっと好きだったその3曲の名が,ようやく分かりました。スッキリしました(笑)。

 

その3曲のうちの1曲は,実はインターネットやYouTubeに頼らず,偶然に判明したのです。その曲は,私がまだ中学生から高校生の頃,ふとんの中に入って「今日も一日終わったな。やれやれ。」などと呟きながら,ラジオのスイッチを入れてイヤホンで聞いていたNHK-FMの「夜のしらべ」という番組のテーマ曲です。本当に良い番組で,とても懐かしい。この番組では当時好きだったクラシック音楽の日もありましたし,そうでないジャンルの曲の時もありました。その曲名が数十年間にわたって分からないまま悶々としておりましたら(笑),これは数年前,偶然に車の運転中にラジオで流れてきました。ようやく判明しました。その曲は,ボロディン作曲の弦楽四重奏曲第2番第3楽章「夜想曲」でした。当時はオーケストラ用の編曲で演奏されておりましたが,本当に佳い曲です。懐かしい。夜の番組らしく「夜想曲」でした。

 

さて,残りの2曲です。これはインターネットやYouTubeの力を借りて数日前に立て続けに判明しました。スッキリしました。そのうちの1曲も,私がまだ中学生から高校生の頃,ふとんの中に入って,やはり「今日も一日終わったな。やれやれ。」などと呟きながら,ラジオのスイッチを入れてイヤホンで聞いていたNHK-AMの「夢のハーモニー」という番組のテーマ曲です。これまた本当に素晴らしい曲なのですが,その曲名が数十年間にわたって分からないまま悶々としておりました(笑)。このままでは死ねないと思い,インターネットで必死に探しました。そうしたら,とうとう判明したという訳です。その曲は,「今宵の君は」という映画音楽です。これもオーケストラで演奏されておりますが,懐かしくて目頭が熱くなりました(笑)。YouTubeにアップされております。

 

そして最後,3曲目は,ちょうど私が大学受験の冬,毎朝妹が隣の部屋で観ていたテレビ番組中で流れていた曲で,これがまたとても佳い曲で数十年来ずーっと私の頭の中でその旋律がグルグル回ったり,ふっとした時に思い出したり・・・。でも肝心なその曲名が分からない。これについては捜索の手掛かりが全くない(笑)。しかし,手がかりといえば,幸いにも最初の歌詞だけは覚えていたのです。「どうしてあんな子なんか好きになったのかしら」という出だしです。ダメ元で,グーグルで「どうしてあんな子なんか好きになったのかしら」と入れて検索してみました。そうしたら,やはり文明の利器というのは凄いですね。あっという間に分かったのです。あれほど憧れていた曲の名が判明したのです。それは,「あの子」(唄:桜井たえこ,詞:千家和也,曲:すぎやまこういち)という曲で,当時日本テレビ「おはよう!こどもショー」という番組の中で短期間流されていた曲だったのです。この曲は詞も曲も秀逸でねぇ・・。ようやく胸の痞えが消えました。

 

おかげで現在は,毎夕食の開始時にうちのカミさんと一緒にテレビ(YouTube)で「あの子」という曲を聴いた上で,料理に箸をつけ始めるのです(もちろん私はビールも)。くどいようですが,本当に佳い曲だなあ。この旋律を創り出したすぎやまこういちさんという作曲家は天才です。しかも,この方は国家基本問題研究所の評議員,歴史事実委員会の委員ですし,いわゆる「従軍慰安婦」に強制性はなかったという極めて正当な意見広告をワシントン・ポスト紙に出したという(広告費は全部すぎやまさんの負担),国士です。歴史認識や政治的思想の面でも,そしてとにかく「あの子」の作曲者という面でも大いに尊敬できます。

 

この3曲,絶対にお勧めですので,皆さん,YouTubeでもなんでもいいですから,是非ご賞味ください。

2020/04/11

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1955年に開催された第5回ショパン国際ピアノコンクールの結果は,第1位はアダム・ハラシェヴィチ(ポーランド),第2位がウラディーミル・アシュケナージ(ソ連)でした。その後のピアニストとしての活躍ぶりを比較すれば,アシュケナージは20世紀後半を代表する世界的なピアニストとして活躍した一方,ハラシェヴィチの方は演奏会や録音で10数年ほどは活動しましたが,その後は忘れられたような存在になってしまったのは残念です。

 

ハラシェヴィチはアルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリにも師事し,彼の下で研鑽を積んだこともあります。しかし,この第5回大会では審査員であったミケランジェリがアシュケナージの第2位という評価に抗議し(アシュケナージこそ第1位だという意味),会場から立ち去ったという有名なエピソードがあります。確かに,アシュケナージのテクニックは素晴らしく,ハラシェヴィチが第1位になったのはショパンと同じポーランド人だから贔屓されたのだなどという心無い言葉も囁かれたようです。

 

しかし,実は私にとっては小学生の頃から,ショパンの曲についてはハラシェヴィチの弾くショパンこそが最高でした。小学生の頃にショパンの虜になってしまった私が小遣いをもらって近くのレコード屋さんに飛び込み,最初にショパン名曲集のレコードを買い求めたのがハラシェヴィチ演奏のものでした。毎日のように何度も何度も聴いていましたので,私にとっては彼の演奏こそが正統であり,スタンダードになってしまい,ずっと頭の中に残っているのです。

 

今となってはそのレコードも処分してしまいましたが,何となくそのジャケットの写真は記憶しています。インターネットで必死で探してみましたら,ありました。どうやらフィリップスから出されたレコードのようで,ハラシェヴィチがピアノを弾いている背後には,白っぽい裸婦の彫像があるやつ・・・。いや本当に懐かしい。

 

第5回大会の結果は先ほど述べたとおりですが,この時は日本から田中希代子さんも参加し,見事第10位になっております。音楽評論家の野村光一さんの記事によりますと,彼はやはりアシュケナージの卓越した技術を評価し,おそるおそる田中さんに対し,「アシュケナージが一番みたいな気がしますね。」と尋ねたようです。そうしたら,田中さんは,「いやそうとはいい切れないのですよ。もちろんアシュケナージの方がテクニックに冴えていますが,やはりショパンともなれば,ハラシェビッチのほうが音楽的なつぼにはまった弾き方をします。だから,あの人が1位になるのは当然だったのでしょう。」と答えたそうです。

 

そうなんです。私にとってハラシェヴィチは幼少時代に憧れたショパン弾きの中のショパン弾きなのです。でも,もちろんアシュケナージの実力,実績は言うまでもありません。ポリーニ,アルゲリッチなどと並ぶ20世紀後半を代表する世界的なピアニストです。私が大学生の頃は,ベートーベンのピアノソナタはほとんどアシュケナージで統一していましたからね。それに,独身時代には名古屋でも開かれたアシュケナージのコンサートにも足を運び,その時はかなり前の席でアシュケナージの演奏を生で聴きました。もう30数年前のことですからその時の曲目は覚えていませんが,はっきりと覚えているのは,彼はとても小柄で,ひょこひょこと速足でピアノの前まで歩き,はにかみながら客席に向かって軽く礼をして,すぐに弾き始めたということです(笑)。

 

ハラシェヴィチも既に87歳で,ずっとオーストリアのザルツブルクで生活し,アシュケナージも82歳になり,ずっとスイスのルツェルン湖畔で生活しているようです。やはり景色の良い所が精神的に落ち着くのでしょうか。

 

さきほど,ハラシェヴィチのCDを2つ,通販で注文しました。もちろん彼の弾くショパンです。到着が楽しみです。

2019/09/05

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こうやって,一雨一雨ごとにだんだんと涼しくなり,秋に向かって行く感じがとても好きなのです。あの猛暑の頃に比べて寝起きの状態もスッキリしていて,ようやく人間に戻れた気がします(笑)。

 

50年ぶりにピアノを習い始めたこともあって,最近ではピアノに向かうことも多くなりました。あまり練習しないでレッスンに臨むと,先生に悪いから(笑)。先日,自宅の書棚の奥を覗きましたら,「バッハ=フーガの探究-ライプツィヒへの旅-」(ミッシェル・モラール著,余田安広訳,春秋社)という本を見つけました。これは6年前に出版され,すぐに買って読んだのですが,また読みたくなり,読破しました。私は対位法,そしてフーガという曲形式に以前から憧れというものがあるのです。

 

対位法というのは,複数の旋律をそれぞれの独立性を保ちつつ互いによく調和して重ね合わせる作曲技法です。言葉を換えれば,2声部以上の旋律がそれぞれの美しさを保ちながら同時に鳴り響いてもバランスがとれている状態を作り出す技法です。この作曲技法を駆使した最高傑作がバッハのフーガでしょう。とりわけ素晴らしいのが,バッハの平均律クラヴィーア曲集第1巻,第2巻の全48曲のフーガです(もちろん各前奏曲も素晴らしいですが)。

 

バッハの平均律クラヴィーア曲集第1巻,第2巻に関し,この本の著者は登場人物に次のように語らせています。

 

「『平均律クラヴィア曲集』にはまた、深い宗教的な感覚もある。多くの前奏曲とフーガから、内省、瞑想、祈りの印象を僕は感じる。それは信仰というのではなく、高貴さと素朴さで表現された信念というべきものだ。」

 

「歓喜、悲しみ、苦悩、メランコリー、郷愁、滑稽さ、熱情、無垢さ、悔悟、確信、高貴さ、偉大さ、エネルギー、英雄主義、そのほかに何が考えられるだろう?いわば森羅万象が、この『平均律クラヴィア曲集』にかかわっているように思える!僕は感心した。」

 

「私にとっては、バッハの音楽は豊かな表現力にあふれた作品集なのですけれどね。『平均律クラヴィア』を例にとってごらんなさい。クラヴィア(鍵盤楽器)のために、あれ以上に美しい作品を誰か書いたためしがありますか?」

 

「私には分からない、これほど並外れた才能の人物が、どうしてこのように広く知られないでいるのか。」

 

「これまでに出合ったこともない美しさと、知識のこもった前奏曲とフーガの曲集だ。」

 

それにしてもフーガというのは奥が深いですね。ますます憧れてしまいます。主唱があり,2回目の主唱の入り(答唱)の部分から,これに寄り添うように展開される対唱・・・。対唱は複数にわたる場合もあり,そして主唱などが拡大形となったり縮小形になったり,そして直行形で現れたり反転形で現れたりもします。それでいて,2声部以上の旋律がそれぞれの美しさを保ちながら同時に鳴り響いてもバランスがとれている状態が維持されます。それに何よりもバッハのフーガは旋律が美しいし,和声の響きも素晴らしい。例えば4声のフーガですと,ソプラノ,アルト,テノール,バスがそれぞれ鍵盤で奏でられるといった感じです。9歳の時に母が亡くなり,10歳の時に父が亡くなり,貧乏で本格的な音楽教育を受けたことがなかったバッハは,どうしてこのように素晴らしい作曲ができたのか・・・。やはり途方もない,並外れた,超弩級の天才であったというほかありません。

 

それにしても,いくら憧れがあるとしても,平均律クラヴィーア曲集のフーガにいきなりチャレンジするのは全くもって無謀というものです。高度なテクニックが必要ですし,対位法を理解し,各声部を明瞭に弾き分ける技術が必要です。ですから,やはり地道に,2声のインヴェンション,3声のシンフォニアからゆっくり,ゆっくりとした足取りで練習をしていくしかないのでしょう。要するに,私が平均律クラヴィーア曲集のフーガをマスターできるのは,生まれ変わった来世でということなのです(笑)。

2019/07/30

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それは,私の事務所にポスティングされていた1冊のパンフレットがきっかけでした。「大人の音楽レッスン」と銘打ったもので,さまざまな楽器のレッスン広告でした。

 

ピアノの箇所に目をやりますと,「はじめてのピアノ」,「大人のピアノ」,「ポップスタイルピアノ」,「ジャズピアノ」などが紹介されておりました。うーん,ピアノレッスンか・・・。この歳になって少し気恥ずかしい感じもしますし,いやそういう時間,心の余裕があった方が良いのだ,いやいや,でもやっぱり恥ずかしい・・・,私の心は乙女のように揺れ動いていたのです(笑)。

 

私の自宅の北側の部屋には,1台のピアノがありますが,昔は私や娘がよく弾いてはいたものの,最近ではそういうこともなく本当に寂しそうにしているのです。実は小学校高学年から約3年間,ピアノを習ったことがありましたが,その後はレッスンを受けたことが全くなかったのです。ごくたまに,自分の好きな曲を我流で弾いてみるといった程度でした。

 

私は迷った末に,意を決してとうとうインターネットで無料体験レッスンの申込みをしました。選んだコースは「大人のピアノ」。申込みのフォームにはいろいろな質問項目があり,ピアノレッスンの経験の有無の欄には,1年弱習ったことがあると嘘を入力してしまいました(本当は3年間)。こういったところにも私の負けず嫌い,見栄っ張りな性格がよく出ております(笑)。

 

そして先日,いよいよ無料体験レッスンを受けてきました。どんな先生かな,ひょっとして怒られたりするのかな,などと不安を覚えながら約30分間レッスンを受けたのですが,テキパキした30代の女性の先生で,あっという間に30分が過ぎました。何とかなりそうです。

 

その後は,まるでベルトコンベアーに乗せられたかのように,あれよあれよという間に正式な入会が決定したのです(笑)。私は「大人のピアノ」で月3回レッスンのコースです。最初の教材も2冊購入して持ち帰りました。中身を見てみますと,実力段階に応じた無理のないものであり,音楽理論の基本的な知識が習得できますし,またありきたりの練習曲だけでは飽きてしまうだろうということで,有名な曲(もちろん平易に編曲されたもの)なども織り交ぜて弾いていくというような内容になっています。ちなみに無料体験レッスンの際には,主旋律だけですが右手で「ブラームスの子守歌」なんかを弾いちゃったりなんかして・・・(笑)。そして,小学校高学年から約3年間習った際には,ペダリングのことは全く習わなかったし,ペダルを使用する曲を弾いたことはなかったのですが,教材にはペダリングのことについても触れてあります。よし頑張るぞ,という気になりました。

 

そんなこんなで,ついに私も大ピアニストへの道を歩み始めたという訳です。

2019/01/30

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メロディアスという言葉は,「旋律的な」とか「旋律の美しい」といったような意味です。先日,たまたま自動車を運転して出張先から帰る途中,ラジオを聴いていましたら,フランシス・プーランクが作曲した「即興曲第15番-エディット・ピアフを讃えて」という曲に出くわしました。

 

それがとてもメロディアスな佳い曲でした。何度も何度も繰り返し聴いてみたくなるような魅力的な曲です。いまどきは本当に便利になりましたね,ユーチューブで「プーランク」,「即興曲15番」とキーワードを入れて検索すれば,すぐにどんな曲なのか確かめることができますもの。

 

メロディアスな曲と言えば,プーランクより一世代前の,やはりフランスの作曲家エリック・サティの「ジュ・トゥ・ヴー」という曲も割と有名で旋律的な曲です。フランスの作曲家の作品は,ドイツの作曲家作品のような重厚さがなくても洒脱で洗練された名曲も多いと思います。モーリス・ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」とか「古風なメヌエット」とかは大好きです。そしてフォーレの「シチリアーノ」も。シチリアーノ(ナ)つながりで言いますと,これはイタリアの作曲家ですがレスピーギの「リュートのための古風な舞曲とアリア 第3組曲 シチリアーナ」,これがまた極めて旋律的な佳い曲なのですよ・・・。

 

ついでと言っては何ですが,メロディアスな曲で私自身すぐに思いつくのが,ラフマニノフの「ヴォカリーズ」,そして交響曲第2番の第3楽章がこれまた素晴らしいと思います。

 

月末で随分疲れてもおりますので,本日は途方もなくとりとめのない文章となってしまいました(笑)。どうやら疲れておりますと,癒しを求めて旋律の美しい,優しい曲を聴きたくなるようですし,文章も散漫になるようです。

 

本日の文章の最初の方にエディット・ピアフが出てきました。いつだったかの土曜日,いつものように自宅で晩酌をしておりますと,「エディット・ピアフ~愛の賛歌~」という映画をテレビでやっていました。思わずそのままビールを飲みながら観ておりましたら,フランスの名優ジェラール・ドパルデューが出ておりました。本当に懐かしいと思いました。ただその役柄は,ナイトクラブのオーナーであるルイ・ルブレーの役で,まだスターダムにのし上がる前の原石のようなピアフを見い出し,自分の店で歌わせるというものですが,すぐに殺されてしまいます。

 

あれほどの名優なのに,あっけない出番で少し物足りない感じがしました。ずいぶん年をとったなという印象でしたが,このドパルデューという俳優は凄い芸歴です。1983年に公開されたアンジェイ・ワイダ監督の「ダントン」という映画を当時私も映画館で観たのですが,彼はダントン役で迫力のある演技で好演しておりました。これは凄い役者だと思ったものです。もちろんその後もフランスで活躍していたようです。

 

ところが数年前でしたか,新聞か何かでドパルデューがロシア国籍を取得したという情報に接し,「あれっ?」と首を傾げた記憶があります。どうやら納税をめぐる当局とのトラブルが原因のようです。また,ウィキペディアの記載によりますと,2018年の9月,北朝鮮の建国70周年記念行事のころ,彼が北朝鮮に滞在しているのをフランスのメディアから目撃され,記者の質問には一切答えなかったという情報もあります。あれっ?この名優は一体どうしちゃったのでしょうか(笑)。

 

私も確かに重税感はございます(笑)。でもこの日本国は世界でダントツに素晴らし国だと確信,実感しておりますので,だからといって他国の国籍を取得しようなどと大それたことは全く思いもしません。

 

本当にとりとめのないことばかり書いてしまい,誠に相済みません。ご静聴ありがとうございました(笑)。

2018/11/16

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そういう訳で,結局私は,あれほど楽しみにしていたマウリツィオ・ポリーニの生の演奏に接することができませんでした。そこで,いよいよ秋も深まってきたことですから,ポリーニが33歳から35歳にかけて録音したベートーベンのピアノソナタ第30番,第31番,第32番のCDを聴いてみました(ドイツ・グラモフォン)。

 

今から40年以上も前の録音ですが,やはりポリーニの演奏は完璧です。比類のない美しさと深みというものがあります。そして,それにしてもです,私が改めて感動したのはベートーベンのピアノソナタ,特に最後期の作品の素晴らしさです。

 

第30番(ホ長調,作品109)の第1楽章の出だしの美しさは言うまでもありませんが,第3楽章を聴いていて,思わずじーんと胸に迫り来るものがありました。この楽章には,楽譜に「歌に満ちて、内的な感情を伴って」などといった指定があります。正にそのような曲。その旋律の美しさと盛り込まれた対位法(フーガ)などは,バッハのミサ曲ロ短調の最終曲ドナ・ノヴィス・パーチェムを想わせるものがあります。

 

第31番(変イ長調,作品110)も特にフーガの部分が素晴らしいと思います。これも好きな曲です。1821年の成立ですから,死の約6年前の作品ですが,晩年になるとフーガというものに回帰したくなるといった傾向があるのでしょうか。

 

第32番(ハ短調,作品111)はベートーベン最後のピアノソナタです。この第1楽章でもソナタ形式の中に対位法がふんだんに駆使されています。何よりも凄みを感じますのは,第2楽章(アリエッタ)の5つの変奏であり,特に第3変奏のあの時代を先取りしたようなリズムと曲想。全聾となり,また晩年を迎えて持病や甥(カール)の不祥事など私生活上の悩みを抱えつつも,このような作品を生み出すことができる精神力の強さと天才に敬服します。

 

ベートーベンの後期,特に最後期のピアノソナタを聴いていますと,作曲者自身が来し方行く末に深く思いを致し(内省),人生における様々な苦悩を乗り越えた末に到達できた達観のようなものを感じますし,ひょっとしてこの時ベートーベンは孤独にも神と対話をしていたのではないかとも思えてきます。

 

いくら天才を賦与されているとはいえ,作曲家にとって聴力を失うということはどういうことなのか。素人の私には想像もつきませんが,ハイリゲンシュタットの遺書があるように,このことはベートーベンを筆舌に尽くしがたい深い苦悩に陥らせたことは間違いないでしょう。学生時代の私は,ベートーベンの深い苦悩とは比較にはなりませんが,それでも小さなことでくよくよ悩むことがあったのですよ。聴力を失いながらも,そして私生活上の悩みを抱えながらも,それでもあれほど人を感動させる傑作の数々を世に問うほどのベートーベンの精神力の強さ,生き様に学生時代の私は鼓舞され,勇気づけられ,感動しておりました。

 

確か,そういった学生時代,私は「ベートーヴェンの手紙(上),(下)」(岩波文庫)という本を読んでさらに深く感動したことを覚えております。もう一回読み直してみようと思って自宅の隅から隅までその本を探してみたのですが,見つかりません。あれから何度も引っ越しをしておりますから,処分してしまったのかもしれません。

 

おそらく今も販売されていると思いますので,もう一度購入して読んでみようと思います。失礼しました。

2018/10/15

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あれほど楽しみにしていたマウリツィオ・ポリーニのピアノ・リサイタルが延期となってしまいました。10月11日(木)午後7時開演予定だったのが,同月21日(日)に順延となってしまったのです。

 

11日(木)の当日は,東京で一人暮らしをしている娘と午後2時に上野の鈴本演芸場前で待ち合わせになっておりましたので,私は午前11時12分名古屋発の新幹線のぞみ号に乗車したのですが,その車中にあった11時40分ころ,ピアノ・リサイタル延期の報に接したのです(笑)。

 

主催者側の説明では,10月7日のリサイタルの後,「腕の疲労が回復しない」状態であるのがその理由だそうです。私としてはとても楽しみにしていたので少し残念ですが,やむを得ないと思います。二〇世紀のピアニストの巨匠の中でも10本の指に入るであろうポリーニ。そのポリーニももう既に76歳なのです。それにただでさえ芸術に対して極めて誠実で,しかも完全主義的なところがあるのですから,やむを得ません。私が学生時代に出されたポリーニ演奏のショパンの練習曲集(作品10,作品25)のレコードジャケットには「これ以上何をお望みですか」と書かれているくらい,その演奏は完璧なものでした。

 

ただ,私の仕事の日程がタイトになってしまうこともあり,順延後の10月21日(日)には再び東京まで行くのは困難であることなどから,今回はチケット代金の払い戻しを受ける途を選択しました。今後再びポリーニの生の演奏を聴く機会があるのかどうか心配ではありますが,今後に期待したいと思います。私は相変わらずポリーニをとてもリスペクトしております。

 

このように順延になってしまったことについて,ポリーニのお詫びのメッセージが主催者側のサイトに掲載されておりました。その最終行には,もちろんポリーニの直筆で次のように書かれておりました。

 

「数十年にわたり愛情と尊敬の念をもって続いてきた日本の聴衆の皆様との関係は、私の宝です。」

 

さて,11日(木)は予定どおり娘と鈴本演芸場で落語などを楽しみ,そして例の旭川ラーメン・番外地でお目当てのラーメンを味わいました。そのラーメン店の接客のあの女性は,相変わらず優しくテキパキしていて,お美しかった。

 

東京駅で娘とお別れする時は少し寂しかったですけど,その日はその日で結構楽しい一日でした。

2018/09/25

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本当に久しぶりにマウリツィオ・ポリーニの演奏に接することができます。うふふ・・10月11日(木)午後7時開演(サントリーホール)のピアノリサイタルのチケットを既に入手しております(笑)。

 

この二〇世紀を代表する名ピアニストも既に76歳です。生の演奏に接することができるのも,もうたびたびという訳にはいきません。チケットの発売開始と当時に急いで娘にチケットを入手してもらいました。

 

学生の頃からこのピアニストに憧れていましたし,レコードやCDも購入し,その素晴らしい演奏によく聴き惚れていたものです。

 

本棚をゴソゴソ探していましたら,「ピアニストたちの世界」(芸術現代社)という本を見つけ出しました(昭和58年4月発行)。その中に作曲家の諸井誠とピアニストの小林仁の対談記事が載っているのですが,諸井さんはポリーニのことを「本質的にぼくはいま、絶対、最高のピアニストだと思う。つまり値段(ギャラ)でいえば、ふつうの並みいる世界的なピアニストの十倍ぐらいはもらってもいい人だろうと思うのですよ。つまり、だれもできないことができるんだから。」と述べています(99~100頁)。また諸井さんは「確かにポリーニというピアニストは、一つの、日本に一世を画したということは確かだけれども、ぼくは、ほんとのポリーニがもっと衝撃的にあらわれてくるのは、小林さんのさっきの予言を借りれば、もうちょっと先じゃないかなという気がしているのです。」とも述べています(106頁)。当時ポリーニは40歳で,今は76歳ですから相当先のことになってしまいましたが,今度も円熟した素晴らしい演奏を期待しております。

 

この本には音楽評論家の藁科雅美さんの評論記事も載っているのですが,藁科さんはそこで,「確かにポリーニは、彼が到達している芸術的高所と過去の実績に照らして疑いもなく今世紀の十指で数えられる名ピアニストであるだろう。」と述べ(141頁),その頃に実施された「二〇世紀を代表するピアニスト一〇人」を選ぶアンケート(音楽評論家などを対象としたもの)の結果,ポリーニはトップにランクされております。

 

再びポリーニの演奏に接することができて,とても幸福です。この日(10月11日)のプログラムは,ショパンの2つのノクターン(作品55),やはりショパンのピアノ・ソナタ第3番ロ短調(作品58),ドビュッシーの前奏曲集第1巻です。心がワクワクし,非常に楽しみです。

 

当日は,昼間は東京で一人暮らしをしている娘と一緒に鈴本演芸場で落語を楽しみ,夕方は八重洲地下中央にある「旭川ラーメン・番外地」でいつもの塩バターコーンラーメンを一緒に食べ,そこで娘とは別れてサントリーホールに向かう予定です。

 

2018/03/12

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「君恋し」という曲は正に昭和の名曲ですね。フランク永井という往年の名歌手が低音の魅力で大ヒットさせました。平成生まれの人は知らないかもしれませんが,昭和生まれの人で知らない人はいないでしょう。

 

先日,「君恋し」という曲で世にも奇妙な出来事がありました(笑)。私は気が置けない人たちと一緒に行きつけのスナックへ行き(この店も相当に昭和の香りを醸し出しております。たまに,ゴキブリに挨拶をしなければなりません。),カラオケで歌ってストレス発散をしているのですが,そこに一緒に行った仲間4人の全員が,立て続けに「君恋し」を歌って点数(機械による採点)を競うという事態が発生したのです(笑)。

 

Hさんという人は,ほとんど毎回得意げにこの曲を歌うのですが,どうにもこうにも採点機械との相性が悪いのか,良い点が出ません。気の毒なほどです(爆笑)。最近でこそ70点台半ばに達することもありますが,酷いときには66点前後になってしまいます。私としては彼(Hさん)の声域と声質はフランク永井に一番近く,しかも上手いなと思うのですが・・・。

 

例によってその夜も,Hさんは頼まれもしないのに当然のように「君恋し」を歌いました(笑)。「おー,今日も上手いな。雰囲気が出ているな。」と思って,今夜こそは高得点が出るだろうと期待したのですが,結果は「75点」でした(笑)。内心本人も期待していたのだと思います(爆笑)。

 

そうしましたら,他の3人のうちの誰かが,「みんな『君恋し』を歌って採点してみよう!」と言い出し,Hさんにとっては極めて底意地の悪い企画と相成ったのです(笑)。Hさんの次,つまり2番手で歌ったのはTさんです。彼も良い声で,なかなかの雰囲気をもった歌手なのですが(笑),結果は「78点」でした。さて,3番手で歌ったのはIさんです。少し荒削りの歌ではありましたが,何と「82点」をマークしました。気の毒に,Hさんは置いてけぼり状態です(笑)。最後に歌ったのがMさんです。声の質からすると,4人の中では最もフランク永井から遠い人です。でもMさんが歌い終わった後,画面に出た点数は「86点」だったのです。

 

Hさん,とても可哀想・・・。彼は歌は上手いと思うのですが,いつも採点機械との相性が悪く,ごくごくたまにしか80点を超えることがなく,そういう極めて珍しい事象が発生すると,その場のみんなが「おおーっ!」と驚愕するほどです(笑)。Hさんは,少なくともカラオケの採点という場面に限っていえば,とても「幸薄い」人なのです。ひょっとしたら,前世で歌舞音曲の関係者に悪事を働いたとか,何らかの悪業を重ねたのかもしれません。業が深い(笑)。

 

ちなみに,4番目に歌ったMさんというのは,私のことです(笑)。

2018/02/24

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2月22日は私たち夫婦の結婚記念日でしたので,夜は自宅でカミさんと一緒に寿司でもつまみながら一杯やって歓談し,私は殊勝にもカミさんの長年の苦労を労ったりしておりました。

 

ところが,ネットのニュースで,同じ22日に音楽評論家の礒山雅さんの訃報に接しました。驚愕するとともに,バッハの音楽をこよなく愛する私としては大きな喪失感に襲われました。礒山雅さんといえば,知る人ぞ知るバッハ研究の泰斗です。いつの日かその謦咳に接したいと思っていた方でした。非常に残念です。

 

私がバッハにのめり込むようになったのは大学生の時で,バッハ関連の書物やその他音楽関係の雑誌などもよく読んでおりましたから,その当時だって評論家の礒山雅さんの評論記事等に接していたとは思うのですが,礒山さんの著作(書籍)を手にした一番最初は,私が司法修習生で翌年に弁護士登録を迎えようとしていた冬のことだったと思います。それは「マタイ受難曲」(礒山雅著,東京書籍)という本です。もうその頃は,私は「マタイ受難曲」の虜になっており,これこそがバッハの最高傑作だと確信していましたから,偶然に東京の書店でこの本を見つけた時は「やった!」と思いました。

 

爾来,この本を何度読み返したことか分かりません。白っぽいカバーが手垢で変色し,一部すり切れております。本当に素晴らしい本です。「はじめに」の箇所には次のような記述があります(同書18頁)。

 

「ともあれ、以来四半世紀にわたって、《マタイ受難曲》と付き合ってきた。《ロ短調ミサ曲》の方が上と言う人もいるが、私は、構想の雄大さと親しみやすさ、人間的な問題意識の鋭さにおいて、《マタイ受難曲》こそバッハの最高傑作であると思っている。この作品には、罪を、死を、犠牲を、救済をめぐる人間のドラマがあり、単に音楽であることをはるかに超えて、存在そのものの深みに迫ってゆく力がある。それはわれわれをいったん深淵へと投げ込み、ゆさぶり、ゆるがしたあげく、すがすがしい新生の喜びへと、解き放ってくれる。研究者としての私にとって、《マタイ》はいつも、大きな目標として、頭の上にあった。その《マタイ受難曲》の研究に、私は、自分の四十代を費やした。その集成が、本書である。」

 

研究者として自分の四十代を費やすという求道心,探求心,強固な意志には敬服しますし,改めてバッハという存在の大きさに思い至ります。そして礒山さんの四十代を費やした集成がこの本なのですし,「あとがき」には「私にとっての一つの大きな仕事が、今ここに終わる。」と記載されているとおり(同書491頁),礒山さんにとっても誠に達成感のある仕事だったのでしょうね。だから,私としてもカバーが手垢で変色するほど何度も何度も読み,それでも再び読み返したくなるような本なのです。

 

心からご冥福をお祈りしたいと存じます。

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