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弁護士ブログ

2022/08/26

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このタイトルの話題,まだ続いていましたか(笑)。しつこいようですけど,まだ書きたいことがあるんですよね。

 

「その1」でも書きましたが,日本が欧米,特にアメリカに追い詰められて開戦に至り,敗戦したという一連の流れについて,評論家小林秀雄は「僕は歴史の必然性というものをもっと恐ろしいものと考えている。」と述べましたが,その歴史の必然性の中に,アメリカや日本の各政権の中に深く巣食って政府方針に大きな影響を及ぼしていたコミンテルン(共産主義インターナショナル)やソ連のスパイの暗躍があったことは指摘しておかなければなりません。

 

このような実態については早くから指摘されていたことですが,アメリカにおいて「ヴェノナ文書」をはじめ多くの史料が公開され,また,ソ連崩壊後にKGBのアーカイヴなどの機密資料が続々と公開されるに至って,このことは歴史の真実として確認されるようになりました。

 

当時アメリカ政府内には極めて多くのソ連のスパイが潜入しており,財務省にはハリー・デクスター・ホワイト,国務省にはアルジャー・ヒス,大統領補佐官としてラフリン・カリーらが暗躍し,彼らは巧妙にアメリカ政府を操るとともに,重要情報をソ連に流していました。また,中国ではやはりオーウェン・ラティモアが蒋介石の顧問として暗躍し,ラティモアをアメリカ政府の代理人という形で顧問として蒋介石のもとに送った(推薦した)のはラフリン・カリーと言われています。そしてアメリカはいわゆる「援蒋ルート」を通じて,日本と戦うよう中国国民党に武器,弾薬,食料などを供給しておりました。

 

財務省のハリー・デクスター・ホワイトは,日本を土壇場まで追い詰めたあのハル・ノートの原案となる「ホワイト試案」の草案者だと言われていますし,国務省のアルジャー・ヒスは,1945年2月のヤルタ会談においてはフランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領側近として暗躍し,もう病気でよれよれ,腑抜けみたいになっていたルーズベルト大統領を事実上操り,ソ連のスターリンは同会談では自分の思い通りになり,内心ほくそ笑んでおりました。

 

一方,日本では,ソ連の諜報員であるリヒャルト・ゾルゲの協力者である尾崎秀実らが近衛文麿内閣の時代に嘱託として官邸に深く入り込み,昭和研究会,「朝食会」などを通じてスパイ活動を展開していました。ソ連としては,西のドイツ,東の日本との二正面作戦は絶対に回避したく,日本の南進政策へ何としても誘導したかったのです。

 

何が言いたいのかといいますと,当時の状況は日本の独り相撲などではなく,アメリカは何としてでも日本を追い詰め,日本に一撃を打たせて(真珠湾攻撃),「裏口からの参戦」を果たしたかったし,ソ連は独ソ戦に集中すべく日本の南進を誘導し,南進といっても日本軍と戦うのは国民党で,共産党は力を温存し,結果として戦後は中国大陸には共産主義国家が誕生し,ソ連は東欧を共産主義圏にし,さらには不法にも北方領土も占拠するに至ったのであり,要するに当時は日本を取り巻く諸外国の腹黒い思惑がどす黒く渦巻いていたということです。一方的な「日本悪玉論」は史実に反する偏頗な見方に過ぎないのです。

 

戦後,あのマッカーサーも,アメリカ上院の軍事外交合同委員会において,「あの戦争は日本にとって概ね自衛のための戦争だった。」と証言しています。また戦後は中国大陸に真っ赤っかな共産主義国家が誕生し,朝鮮戦争の結果半島の北には北朝鮮というこれまた異常な国家が生まれ,ソ連は解体したもののロシアはウクライナで傍若無人の振る舞いをしています。このようなことからすれば,アメリカは当時戦う相手を間違えたのではないでしょうか。そして,大東亜戦争の結果,白人による植民地支配に喘いでいたアジア諸国は次々に独立を勝ち取ることができました。

 

くどいようですが,一方的な「日本悪玉論」は史実に反する偏頗な見方に過ぎないのであり,もっと歴史を多面的,重層的に見ていく必要があろうかと思います。

2022/08/17

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前回の続きです(笑)。私が前回のブログ内容のようなことを書きますと,「お前のような奴を歴史修正主義者(ヒストリカル・リビジョニスト)というのだ。全く反省というものが足りない!」などとお叱りを受けるのかもしれません。

 

でも,修正したとしてお叱りを受ける,その修正前の歴史こそ「東京裁判史観」ですよね。果たして「東京裁判史観」というものは無謬性を有する,そして全世界の人々がこれにひれ伏さなければならないような「正史」なのでしょうか。歴史の観方というものは,もともと,そして究極的には各国の立場によって様々なのです。韓国や中国の歴史教科書で展開されている内容はもうお話にならないほどメチャクチャです。そして,いわゆる「東京裁判史観」についても,言ってみれば「戦勝国史観」に過ぎないのだと思います。

 

「世界がさばく東京裁判」(佐藤和男監修,明成社)という本はお薦めですよ(笑)。必読書と言ってもよいと思います。この本は,14か国の高名な識者85人が連合国の戦争責任を追及し,東京裁判を理論的に批判しており,とても腹に落ちる内容です。

 

この本の序文を寄せた加瀬俊一さんの言葉を借りれば,「日ソ中立条約に違反して満州に侵攻し、虐殺略奪をほしいままにしたソ連には明らかに日本を裁く資格は皆無である。また、六十六都市を無差別爆撃して四十万の非戦闘員を殺戮したうえ、日本が終戦を模索していることを知りながら、原爆を投下したのは、天人ともに許さざる重大な国際法違反である。」わけです。

 

東京裁判の判事11名について言いますと,国際法の知識はおろか法律学一般の素養さえも十分ではないと危惧される者が少なくなく,厳密な意味で法律学者といえるのはインドのパール判事とオランダのレーリンク判事のたった2人だけでした。そして,全任務が終了して帰国するに際してレーリンク判事が挨拶のためにウィロビー判事(アメリカの将軍)を訪ねた際,ウィロビー判事(将軍)は「この裁判(東京裁判)は、有史このかた最悪の偽善であった。」と語り,さらにこの種の裁判が行われる以上,自分の息子には軍務に就くことを許さないと述べたそうです。ウィロビーが言わんとしたのは,日本が開戦直前に置かれたような状況にもしアメリカが置かれたなら、アメリカとても日本と同様に戦争を遂行しただろうし,その結果敗戦したら重要な責任ある地位にあった軍人が戦争犯罪人として裁かれるのは許しがたいということなのです。

 

「もっとも連合国側にも、自分たちの戦争責任を不問に付したまま敵国だけを裁く-その欺瞞性に煩悶した公正な識者たちが少なからずいた。彼らは『なぜ被告席に座るのが敗戦国のドイツ人や日本人だけなのか。裁く自分たちの手は汚れていないのか』という問いを発することで、戦争裁判が掲げた『正義』、つまり連合国の、勝者の『正義』に強い疑問を投げかけたのである。」(同著107頁)。

 

東京裁判の前提となった「極東国際軍事裁判所条例」は決して国際法に基づくものではなかった訳ですし,いわゆる「A級戦犯」は「平和に対する罪」を犯したという訴因で起訴された訳ですが,そもそも「平和に対する罪」なるものは事後法なのであり,本来であれば事後法で裁かれ,死刑を宣告され,これを執行するなどといったことは到底許容されないものでしょう。

 

アメリカ連邦最高裁判所のW・O・ダグラス判事は,この東京裁判について「極東国際軍事裁判所は、裁判所の設立者から法を与えられたものであり、申立人の権利を国際法に基づいて審査できる自由かつ独立の裁判所ではなかった。それ故に、パール判事が述べたように、同裁判所は司法的な法廷ではなかった。それは、政治権力の道具に過ぎなかった。」と述べています。

 

くどいようですが,「世界がさばく東京裁判」(佐藤和男監修,明成社)という本はお薦めですよ(笑)。眼からウロコですよ。いわゆる「東京裁判史観」なるものを今一度見直してみるというのはどうですか。私はあらかた見直しました。ですから,「歴史修正主義者(ヒストリカル・リビジョニスト)」などと,どれだけ罵られようと全く平気なのです。

・・・(いささかくどいですが,つづく)・・・

2022/08/15

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第二次世界大戦(大東亜戦争)が終結してもう77年もの長い年月が経ちますか・・・。私の伯父(亡き父の兄)もビルマの戦線で戦死しました。身内ながらとても優秀な方だったと聞いております。私も東京へ出張などする際には,時間があればできるだけ靖国神社を参拝しようと思っておりますが,うちのカミさんや娘と一緒に最後に参拝できたのはもうかなり前のことになります。

 

さて,これはいつも思うことなのですが,毎年終戦記念日の前後にマスコミ,特にテレビが流す情報にはいつも違和感を覚えております。その報道姿勢は,完全に「東京裁判史観」に立脚し,とにかく日本という国が一方的に悪い事をし,アジアをはじめとする諸外国に多大の惨禍をもたらしてしまった,日本は愚かにも国策を誤ったのだ,一部の戦争指導者(責任者)に日本国民は騙されて不本意な戦争に駆り出されたなどといった史観が前提になっていることが窺えるのです。

 

確かにある意味でそういう一面はあったかもしれませんが,果たしてそれだけで総括できるようなものなのでしょうか。マスコミの報道姿勢は,当時日本という国,そして日本人が置かれていた切羽詰まった状況に対してあまりにも無理解であり,GHQがこれにより徹底して戦後の日本国民を洗脳したWGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)に現在に至っても毒されたままであると言わざるを得ません。

 

当時日本という国,そして日本人が置かれていた状況に対してあまりにも無理解であるといいましたが,それは何とか「裏口からの参戦」を企図していたフランクリン・デラノ・ルーズベルトらの挑発,コミンテルンのスパイ(共産主義者)がアメリカや日本の政権中枢を巣食い,日本資産の凍結,鉄や石油の完全禁輸,いわゆるハル・ノートの突きつけなどによって次第に日本という国を追い詰めていって,日本に何とか一撃を打たせよう(真珠湾攻撃)としていたことなどの当時の国際的な背景事情に触れていないということです。

 

あの当時,そのような背景事情の下で,日本の為政者や軍部,国民,マスコミなどに対して,もっと合理的な選択をすべきであったなどと追及するのは極めて酷な話です。そして,日本国民は軍部らに騙されて戦争に駆り出された愚かで哀れな存在だったというのは全く当たらず,その当時どの国民も自分の愛する家族,同胞・民族,国を守るために戦わなければならないという純粋な気持ちで団結していたのだと思います。

 

時代が下った後世,平和を享受し,衣食住足りている人たちが,訳知り顔で,当時の日本の為政者ら,そして国民について,「もっと合理的に政治判断をすべきだっただろう。もっと冷静に行動すべきだっただろう。」などと一方的に断罪するのは極めて浅はかだと思うのです。終戦記念日に垂れ流されるテレビの番組を見ていますと,もう少し多面的で,本質的で,公正な報道姿勢をとれと言いたい。

 

戦前,戦中,戦後に生きた評論家小林秀雄は,かつて次のように発言しています。

 

「僕は政治的には無智な一国民として事変に処した。黙って処した。それについて今は何の後悔もしていない。大事変が終った時には、必ず若しかくかくだったら事変は起らなかったろう、事変はこんな風にはならなかったろうという議論が起る。必然というものに対する人間の復讐だ。はかない復讐だ。この大戦争は一部の人達の無智と野心とから起ったか、それさえなければ、起らなかったか。どうも僕にはそんなお目出度い歴史観は持てないよ。僕は歴史の必然性というものをもっと恐しいものと考えている。僕は無智だから反省なぞしない。利巧な奴はたんと反省してみるがいいじゃないか。」

 

知の巨人,小林秀雄はこのように嘆きつつ事の本質を見事に喝破したのです。私はこの論に非常な共感を覚えるのです。また,適菜収という方のブログでは,この小林秀雄の発言について「非常に有名な言葉だが、別に小林は戦争や軍国主義を肯定したわけではない。歴史を後から裁断する人間の傲慢さ、みっともなさを指摘しただけである。」と評しておりますが,これも同感できます。

・・・(つづく)・・・

 

2020/08/14

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明日は終戦記念日であり,戦後75年の節目でもあります。靖国の杜(もり)にある靖国神社は,わが国の戦没者追悼の中心施設です。幕末以降,国に殉じた246万余柱の御霊が祀られ,このうち213万余柱は先の大戦の戦没者です。

 

私の父(三男)の長兄も外地で戦死しました。身内のことながら弟思いで相当に優秀だったそうです。私も東京に行く際には,時間を作って靖国神社に参拝するようにしております。

 

国のために散華された御霊に対し,国を代表して哀悼の意を表すべく,安倍首相には是非公式参拝してもらいたいと思います。春秋の例大祭の折にでも良いと思います。第二次安倍政権が発足し,年末に参拝して以降,安倍首相は玉串料を納めることはあってもその後は全く参拝しておりません。改めてその理由を尋ねたい。中国や韓国からの抗議を恐れているのでしょうか。だとしたら誠に情けない。

 

香港の民主活動家10名が逮捕された人権弾圧の事態に関し,日本国政府が重大な懸念を表明したことに対し,中国は「内政干渉だ」と抗議しています。そうであるならば,安倍首相や閣僚が靖国参拝という当然のことを行うのに,中国や韓国があれこれ言うのも「内政干渉」というべきでしょう。安倍首相,閣僚は胸を張って参拝すべきなのです。

 

私はね,「大東亜戦争肯定論」(林房雄著,中公文庫)の次の一節が忘れられず,その一節を読むたびに感動を覚えるのです。

 

「ただ、日本の百年にわたる孤軍奮闘は、これを歴史としてふりかえる時、決して無意味ではなかった。無謀とも言えない。西洋列強の植民主義と侵略主義の重囲の中にあっては、いかなる名将、大政治家といえども他に対策はなかったはずだ。秘密裡ではあったが、当時の政府と軍部の首脳者によって、日支戦争不拡大、対米英戦争回避のあらゆる努力が行われたことは、現在発表されている多くの文献が証明している。だが、罠にかけられ、追いつめられた最後の関頭においては、山本五十六元帥ならずとも、玉砕を覚悟の決戦にふみきらざるを得なかった。これが日本の運命であった。慰めは、たださきに引用したオーエン・ラチモアの言葉である。『日本が立派にやりとげたことは、アジアにおける植民地帝国の十九世紀的構造を破壊することであった』『戦時中、日本人によって占領された土地のうち、ただ一つも(旧主人のヨーロッパ人によって)満足にとりもどされたものはなかった』

『百年戦争』をみごとに遂行した日本の犠牲者たちを、誰が『犬死』と笑うことができるか!日本の戦死者たちは歴史の定めた運命に黙々と従い、最も悲劇的で英雄的な死を遂げた。散華である。アジア大陸と南と北の海に散った花々のために靖国の宮はすみやかに復興されねばならぬ。」

2020/05/25

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いやぁ,凄いですわ。こんなに面白い本に遭遇したのは久しぶりでした。腹を抱えて笑ってしまいましたもの。皆さん,悪いことは言いません。是非,「中国の大盗賊・完全版」(高島俊男著,講談社現代新書)という,とてつもなく面白い本を読んでみてください。

 

私がこの本の存在を知ったのは,産経新聞の書評によってです。それを読んで是非買うぞと思ったのです。その書評の一部を次に引用してみますね。

 

「漢の高祖劉邦と、明王朝を建国した朱元璋。ともに大帝国を築いた中国皇帝だが、実は盗賊上がりという共通点がある。ほかにも、惜しいところで天下を取り損ねた明末の李自成、清王朝を揺るがした太平天国首領の洪秀全など、中国の歴史では盗賊集団が重要な役割を演じてきた。」

 

「こうした歴史をよく知ったうえで、伝統的な盗賊の成功例を踏襲したのが『キワメツキ最後の盗賊皇帝』こと毛沢東、とするのが本書の眼目であり、その喝破ぶりは痛烈だ。」

 

この書評を読んでこの本を買わないような人はいるのでしょうか(笑)。私はすぐに飛びつきました。

 

この本で一番面白かったのが「第五章 これぞキワメツキ最後の盗賊皇帝-毛沢東」の箇所でした。私があれこれ拙い紹介をしても始まりませんので,著者であり碩学の高島俊男さんの言葉を次に引用します。

 

「つまり毛沢東の伝記のおもしろさは、共産党が人民を解放したの民衆が立ち上がったのというヨタを聞くのがおもしろいのではさらさらなくて、こいつの前では朱元璋も李自成もケチなコソ泥くらいに見えてくるという大盗賊が、中国をムチャクチャに引っかきまわすという、一般中国人にとっては迷惑千万の歴史がおもしろいのである。」(同書259頁)

 

でも,確かにこの本は痛快で面白いのですが,マルクスの資本論を一度も読んだことのない毛沢東が,「マルクス=レーニン主義毛沢東思想」を標榜して行った悪行は笑い事では済まされません。「延安整風運動」での粛清,「反右派闘争」での大粛清,虐殺,「大躍進」での飢餓被害者4000~5000万人,「プロレタリア文化大革命」による弾圧,多くの虐殺など枚挙にいとまがないのです。

 

今も,天安門広場にはこの男の肖像が大きく飾られ,中国人民元の紙幣にも採用されております。結局は,「最後の盗賊皇帝」が建国した国は,現在においてもチベット侵略・弾圧,ウイグル族の弾圧を続け,昨日も実質的には香港政府を通じ,デモ参加者約180名を逮捕させています。由々しきことです。

 

この本の「あとがき」でも告白されているように,著者の高島俊男さんが本当に書きたかったのは「第五章 これぞキワメツキ最後の盗賊皇帝-毛沢東」のようでしたが,諸般の事情でこれがかなわず,平成元年に出版された「中国の大盗賊」の元版にはこの章は存在しなかったのです。その後,いろいろあって10数年後にようやく「完全版」の出版と相成ったのであります。

 

この本の累計発行部数は約7万7千部で,30年以上にわたって読み継がれてきた,知る人ぞ知る名著なのです。本当に面白くてためになる本ですよ。

2019/08/26

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「うんざりする」というのは,「つくづく嫌(いや)になって」,「すっかり飽きて」という意味の副詞で,辞典によれば心底いやになり厭わしくなる様子を表す表現だそうです。

 

最近の韓国の対応,特に文在寅とかいう大統領の発言や韓国の日本大使館前でのエキセントリックなデモの様子,日本製品不買運動などを見ておりますと,本当にうんざりします。正にうんざりといった表現がピッタリです。この文大統領の演説の中には,「加害者の日本が傷をほじくり返せば、国際社会の良識が決して容認しない」だとか「われわれは二度と日本に負けない」だとか「加害者である日本が、盗っ人猛々しく、むしろ大きな声で騒ぐ状況は決して座視しない」などといった表現があります。大きな声でお騒ぎになっていらしゃるのは,お宅様ではないでしょうか(笑)。それにしても一国の元首が,このような情緒的,感情的で外交的儀礼を欠く表現を躊躇なく使用する場面というのはあまり聞いたことはなく,こういう発言に接しますと,むしろこちらの方が恥ずかしくなります。

 

ところで,この演説の中で文大統領は,「どのような理由で言い訳をしようとも、日本政府の今回の措置(いわゆるホワイト国から韓国を除外したこと)は、強制徴用をめぐる大法院(最高裁)判決に対する貿易報復だ」と的外れなことを述べておりますが,やはりそれならば日韓国交正常化の際に,元徴用工への補償問題がどのように取り扱われたのかを振り返る必要があります。以下は,産経新聞の8月13日の記事などを参考にしております。みなさん,気を確かに持って一緒に理論武装をいたしましょうね(笑)。

 

日韓の正常化交渉は1951年に始まりました。そこでは朝鮮半島統治を規定した1910年の日韓併合条約の有効性が大きな争点となり,交渉は時間をかけて継続的に進みました。

 

1952年,交渉の初期の段階で韓国側が日本側に示したのが「対日請求要綱」です。それは日本政府の朝鮮総督府に対する債務の弁済や韓国に本社や事務所があった法人の財産返還など8項目で構成され,その第5項では元徴用工に関し,「被徴用韓人の未収金、補償金及びその他の請求権の弁済を請求する」と記されておりました。

 

実際,交渉の中でも韓国側の政府代表は元徴用工への補償を求めた訳です。1961年5月10日の交渉では,第5項の要求を「一般労働者の他に軍人軍属、全部を含めて、生存している者、負傷、死亡した者に対してそれぞれ補償してもらいたいという意味だ」と韓国側は説明しています。「強制的に動員し、精神的、肉体的苦痛を与えたことに対し、相当の補償を要求するのは当然だと思う」と述べているのです。

 

これに対し,日本側代表が「個人に対して支払ってほしいということか」と尋ねると,韓国側は「国内での支払いは国内措置として必要な範囲でとる」と明確に答えているのです。

 

日本側は重ねて「国民の感情をなだめるためには、個人ベースで支払うのがよいと思う」と再考を促しましたが,韓国側は「われわれは、われわれの国内問題として措置する考えであり、人数や金額の問題があるが、どうかして、その支払いはわれわれ政府の手でする」と譲らなかった訳です。

 

こうした交渉の結果結ばれたのが日韓請求権協定であり,日本が韓国に対し,無償で3億ドル,有償で2億ドルを供与し(当時のお金でものすごい金額です!),両国民の財産や権利に関する問題は「完全かつ最終的に解決された」ことが明記され,韓国側の要望どおり,元徴用工への補償金は韓国政府に対してまとめて支払われることになったのです。

 

この協定に付属する合意議事録では,協定で解決された請求権問題には,韓国側が提示した対日請求要綱の8項が全て含まれ,この要綱に関するいかなる主張も以後はできないことが確認されています。

 

ところが,韓国政府は極めて多額の補償を日本国から受領しておきながら,そしてあれほど自国民には自国政府の責任で補償するからと約束しておきながら,「漢江の奇跡」などと称してそのお金をインフラや企業設備投資などに使ってしまい,この約束を完全には履行していません。真実はこういう経過をたどっているのですから,昨年の10月以降,立て続けに日本企業に賠償を命じた韓国大法院の判決がいかに不当なものであるかが分かるでしょう。そして「三権分立」だからといってこれに便乗している韓国政府がいかに異常であるかが分かるでしょう。

 

実はそれだけではありません。韓国は,廬武鉉政権下の2005年,日韓の請求権協定にはいわゆる徴用工問題も含まれ,賠償を含めた責任は韓国政府が持つべきだとの政府見解も自らがまとめているのです(交渉当時の議事録などを目にすればこれは当然のことです)。そ,そして何と,この当時,廬政権下で大統領首席秘書官を務めていたのは他でもない文在寅という人間であり,これに関わっていたのです。彼はそういうことを十分に認識していながら,分かっていて今回のような妄言を弄しているのです。

 

みなさん,もういい加減うんざりでしょう。

2019/01/08

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みなさま,新年あけましておめでとうございます。本年もみなさまにとって良い年になりますように,心から祈念いたしております。

 

さて,1月4日には早速ゴルフに行ってまいりました。約2か月半ぶりだったので少し不安でしたが,案の定でした(笑)。前半はバーディーを取るなどしてとても良い調子だったのですが,後半崩れました。休憩中にビール中ジョッキを飲み,タコの唐揚げなどを食べてふざけていたから,罰が当たったのだと思います(笑)。

 

それにしてもキャディーさん,本当に綺麗だったな。ああいうのを美人というのだと思います。一緒にラウンドしたOさんは,実は同じゴルフ場で年末12月29日にもラウンドしたそうですが(この日は私も予定していたのですが,名古屋で雪が積もった日だったので取りやめました),そのOさんの話では,その日の別のキャディーさんも本当にお綺麗だったそうです。一説によると「まるで楊貴妃のよう」だったそうです(笑)。

 

「楊貴妃見たことがあるんかい!」とツッコミを入れたくもなりましたが,そのゴルフ場は私もこれまで数え切れないほど行ったのですが,確かに綺麗なキャディーさんが多いと思います。

 

ところで,年末年始は読書もいたしました。その中で「これは凄いわ!」と思わず声を上げた素晴らしい本に出くわしました。この本は今も読んでいる最中で,昨日までに40%ほど読んだところですが,「東京裁判で真実は裁かれたのか?-パール判事の日本無罪論(判決書第4部)を現代に問う」(都築陽太郎著,飛鳥新社)という本です。

 

戦勝国史観の押しつけなど,心ある者の間ではその欺瞞性が声高に叫ばれている東京裁判・・・。この本は正に東京裁判史観を植え付けられ,現在もそれから覚醒していない日本国民に問いかける名著です。警世の書です。この本は500ページを超え,しかも各ページ小さな文字で上下二段組みになっておりますので,実際には1000ページ分を超す大著です。著者の都築陽太郎氏は同書の中で「東京裁判の虚構に飽き足りない人々よ、来たれ!真理はここにこそ、ある。」と呼びかけているように,日本国民をいわゆる東京裁判史観(自虐史観)から覚醒させ,真実への到達に裨益する本です。日本国民必読の書と言えるでしょう。さあ,みなさま,早速書店へ!

 

新年早々,私もおしゃべりし過ぎるのもどうかと思いますので,この本の中でパール判事が昭和27年11月6日の広島高裁,弁護士会での歓迎会で発言された内容の一部が引用されておりますので,それを以下にご紹介して本日は筆を置きます。

 

「・・・要するに彼らは、日本が侵略戦争をおこなったということを、歴史にとどめることによって、自己のアジア侵略の正当性を誇示すると同時に、日本の過去18年間の一切を罪悪であると烙印することが目的であったにちがいない。東京裁判の全貌が明らかにされぬ以上、後世の史家はいずれが真なりや迷うであろう。歴史を明確にする時が来た。そのためには東京裁判の全貌が明らかにされなくてはならぬ。・・・これが諸君の子孫に負うところの義務である。」

 

「わたくしは1928年から45年までの18年間の歴史を2年8ヵ月かかってしらべた。とても普通では求められないような各方面の貴重な資料をあつめて研究した。この中には、おそらく日本人の知らなかった問題もある。それをわたくしは判決文の中につづった。このわたくしの歴史を読めば、欧米こそ憎むべきアジア侵略の張本人であることがわかるはずだ。しかるに、日本の多くの知識人は、ほとんどそれを読んでいない。そして自分らの子弟に『日本は犯罪を犯したのだ』『日本は侵略の暴挙を敢えてしたのだ』と教えている。満州事変から大東亜戦争勃発にいたる真実の歴史を、どうかわたくしの判決文をとおして充分研究していただきたい。日本の子弟がゆがめられた罪悪感を背負って、卑屈、退廃に流されてゆくのを、わたくしは見過ごして平然たる訳にはゆかない。」

2018/11/02

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いやはや,恐れ入りました(笑)。韓国の最高裁判所にあたる大法院は,元徴用工の韓国人4人が新日鉄住金(旧新日本製鉄)に損害賠償を求めていた訴訟で,驚くべきことに同社に合計4億ウォン(約4000万円)の支払を命じる判決を言い渡したのです。

 

どうやらこのような判決を下した裁判官の一部は,「建国者になったつもりで判決した。」などと述べているようですが,こんなものはもはや司法ではなく政治であり,国際的な常識から逸脱した判断です。本当に彼らは法律家なのかと疑いたくなります。法治国家ではなく「情治国家」と言われてしまうゆえんです。何しろ,この国は,国民情緒に合うという条件さえ満たせば,行政・立法・司法は実定法には拘束されない判断・判決を出せるという不文律があり,こういった状況は「国民情緒法」などといって揶揄されております(笑)。

 

日本政府は,この問題については,国交正常化に伴って1965年に締結した日韓請求権協定で両国及び個人の財産や請求権の問題について「完全かつ最終的に解決された」としており,このことは韓国政府自体もこれを認めていたはずです。2005年には当時の廬武鉉政権がこの協定に関して,「元徴用工の個人が日本企業に損害賠償を行う問題を解決する責任は韓国政府にある」との見解を示していたのです。

 

ところで,この問題について,日韓請求権協定で解決済みという日本政府の説明は確かに国際法の世界ではもちろん通用する理屈ですが,私はかねてから力説しておりますように(笑),いわゆる「従軍慰安婦問題」と同様,むしろそんな事実(強制性など)は存在しないのだという意味で,ファクト(事実)のレベルで毅然と争い,堂々と主張して欲しいのです。本当はね。

 

その点については,私が愛読する(笑)産経新聞の「正論」欄で,西岡力さんが正当にも指摘しておられました。それによると,今回のとてつもなく変な判決が出された裁判では4人の男性が原告になっており,彼らはいずれも「徴用工」とされていますが,彼らの経歴をよく調べてみると実は「徴用」で渡日したのではありません。1人は1941年,3人は1943年に徴用ではなく「募集」,「官斡旋」で渡日しているのです。このうち2人は,平壌で日本製鉄の工員募集の広告を見て,担当者の面接を受けて合格し,その引率で渡日したといいます。

 

そもそも国家総動員法に基づく朝鮮での戦時労働動員は,この変な判決がいうような「日本企業の反人道的不法行為」ではなく,戦時における合法的な民間企業での期限契約賃労働でした。39年から41年に民間企業が朝鮮に渡って実施した「募集」,42年から44年9月まで朝鮮総督府が各市,郡などに動員数を割り当てて民間企業に引き渡した「官斡旋」,44年9月から45年3月頃までの徴用令に基づく「徴用」の3つのタイプがあったのです。

 

どれも動員先は民間企業で,通常は2年の期限契約であり,待遇は総体的に良かったのであり,例えば44年に広島の軍需工場に徴用された労働者は月給140円をもらっていたのです。相当に高給です。当時は日本人男性の多くが徴兵のため不在で,日本本土は極度の労働者不足で賃金は高騰しておりました。ですから「募集」の時期には出稼ぎ目的の朝鮮半島からの「個別渡航」が並行して多数あり,同じ時期,渡航許可なしに不正に渡日して送り返された者が1万6000人ほども存在していたのです。

 

日本政府は,本当はファクト(事実)のレベルにおいても争うべきですし,韓国の裁判所も,いやしくも司法を掌る機関として,証拠の評価を含めて「合理的な疑いを入れない程度に確からしい」との心証を得て事実認定をすべきであり,くれぐれも賠償を求める者の「供述」だけを鵜呑みにしてはいけません。

 

今回の判決を受けて,韓国政府の行政安全部のあるセクションには,「うちの祖父も被害者だが,いま訴訟を起こせば勝てるのか。」といった類の問い合わせが殺到しているとのことです。韓国という国は,例えば「従軍慰安婦」に関する日韓合意など,仮に国際的な合意に至ったとしても平気でゴールを動かしてしまいます。本当に困ったものです。日本と韓国は,1965年にこの日韓請求権協定と同時に,日韓基本条約を締結し,日本は経済協力として韓国に合計5億ドル(無償3億ドル,有償2億ドル)を供与するとともに,その他に民間の円借款などを含めると総額8億ドルにも上る供与を行っているのです。これは当時の韓国の国家予算の2.3倍にもなります。韓国政府はこういったことをちゃんと国民に説明しているのでしょうか。

2018/08/28

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忘れたころに「その3」となりました(笑)。もうお忘れになったかもしれませんが,これは「裏切られた自由【上・下】」(ハーバート・フーバー著,渡辺惣樹訳,草思社)という極めて優れた内容の本の読後感の続きです(笑)。

 

本当にくどいようですが,いわゆる東京裁判史観にどっぷりと浸ってしまっている方々の目からウロコを落とすような内容です。このフーバー元アメリカ大統領が,膨大な関係書類,議会議事録,公開された外交文書その他を緻密に検証し,20年もの歳月をかけて研究,記述,書籍化して世に問うた著作(大著)なのです。日米戦争を切実な思いで回避しようと努力し,苦悩に苦悩を重ねた当時の日本国の先人たちの気持ちに思いを馳せるべきでしょう。一方,オレンジ計画を元に,そしてイギリスからの参戦要請を受け,何とか日本を挑発して「裏口からの参戦」を果たそうとしていた腹黒いF・D・ルーズヴェルトとそれを取り巻くスターリンの工作員(ハリー・デクスター・ホワイト,アルジャー・ヒス,ラフリン・カリーなど),コミンテルンの画策,反日主義者(モーゲンソー,アチソンなど)・・。広島に投下されたウラン型原爆,長崎に投下されたプルトニウム型原爆,もうその時点では日本は降伏のあり方や和平を模索し,戦況はとうの昔に大勢決していたのにこのように2つの原爆投下という国際法違反を犯した目的としては,ウラン型とプルトニウム型のどちらが破壊力があるかという実験だったとも言われているし,また戦後の共産化拡大を目論み,ますます増長したスターリンに対する警告の意味もあったと言われています。

 

さて,本日はこういったこともさることながら,著者であるフーバー元大統領の横顔を是非紹介したかったからです。翻訳者である渡辺惣樹さんはその一面だけでも次のように紹介しています。

 

「フーバーは、多くの公的な活動に私人の立場で参加していたが、救済募金から一切の金銭を受け取ることを拒否した。すべて自費での参加だった。それだけではない。彼は政治家となっても、商務長官の、そして大統領としての給与もすべて慈善事業のための特別基金に入れた。それが救済事業に必要なエキスパートの雇用や、事業に携わる人々の給与補填に使われた。また、彼は多くの書を上梓し,講演にも引っ張りだこだった。その印税も講演料もすべて特別基金に入れた。このような政治家はアメリカの歴史上でも初めてであった。フーバーの政治思想は、彼の宗教的信条とその実践を抜きにしては語れないのである。」(「裏切られた自由【下】」,訳者あとがき576~577頁)。

 

以上の記述の直後,渡辺惣樹さんの鋭い筆致は,F・D・ルーズヴェルトに向けられました(笑)。引用することに若干躊躇を覚えるのですが,あえて引用し本日のブログ記事を閉じます。

 

「このフーバーの対極にある政治家がフランクリン・デラノ・ルーズベルトであった。彼は公的立場を徹底的に個人的利益に利用した。大統領の立場を利用して、親族のビジネスを有利に図り、仮面夫婦であった妻のエレノアを満足させるためにリベラル国際主義を標榜する組織の代表につけた。その一方で、彼は多くの愛人を持った。その中にはノルウェーの王女(マーサ)までもいた。ルーズベルトに高潔さのかけらもないことは、評論家ジョン・T・フリンが『ルーズベルト神話(The Roosevelt Myth)』(一九四八年)の中で詳述している。そこに記されたルーズベルトの行状は読みながら気分が悪くなるほどである。他者を愛したフーバーがルーズベルトを嫌うのは当然であった。」(「裏切られた自由【下】」,訳者あとがき577頁)。

2018/04/02

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歩きながら満開の桜の見事さに目を奪われ,思わず足を止めてしまうほどですが,本日は「裏切られた自由【上・下】」(ハーバート・フーバー著,渡辺惣樹訳,草思社」という本の読後感の続きです(笑)。それほどの大感動だったのであります。

 

産経新聞は土曜日とか日曜日には書評を掲載するのですが,実はたまたま土曜日の新聞の書評欄ではこの本が取り上げられていました。書評を書いたのは草思社編集部の碇高明という方ですが,その書評の中の一部を引用してみましょう。

 

「本書は31代米大統領、ハーバート・フーバーが20年の歳月をかけて完成させた第二次世界大戦の回顧録です。原書は1千ページを超える大著で、日本語版では上・下巻に分けての刊行になりました。」

 

「スターリンと手を組んだルーズベルト外交を『自由への裏切り』と断罪した本書は、2011年にフーバー研究所から刊行されると大きな反響を呼びました。日本語版も刊行以来、事前の予想をはるかに上回るペースで版を重ねています。」

 

「さらに戦後、(フーバーは)東京でマッカーサーと会談した際には『日本との戦いは狂人(ルーズベルト)が望んだこと』という点で合意しています。このように、本書の記述には、従来の戦勝国史観に根本的な見直しを迫る視点が多数含まれています。」

 

そうなんですよ。やはりこの本はいわゆる「東京裁判史観」に一石も二石も投じる内容であり,かつ,真実を語っている書物だと思うのです。同じような視点で,しかも広汎な資料(第一次史料を含む。)に基づいて著された書物としてお薦めしたいものをいくつか列挙しますと・・・。

 

「ルーズベルトの開戦責任」(ハミルトン・フィッシュ著,渡辺惣樹訳,草思社)

「ルーズベルトの責任~日米戦争はなぜ始まったか~【上・下】」(チャールズ・A・ビーアド著,開米潤ほか訳,藤原書店)

 

「アメリカはいかにして日本を追い詰めたか~『米国陸軍戦略研究所レポート』から読み解く日米開戦」(ジェフリー・レコード著,渡辺惣樹訳,草思社)

 

「真珠湾の真実~ルーズベルト欺瞞の日々~」(ロバート・B・スティネット著,妹尾作太男訳,文藝春秋)

 

ざっと,こんな感じです。これらを熟読すれば,きっとあの「東京裁判史観」,「自虐史観」から解放され,覚醒しますよ(笑)。さあ,あなたも是非!

 

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