
自制心に富むプレー
ちょっと前のブログで,マスターズの創設者といってもいいボビー・ジョーンズが,その自制心に富むプレー態度から「球聖」と呼ばれていることについて触れた。僕自身もゴルフをする際にはそのようなことを心掛けている。具体的には,同伴者を不愉快にさせることのように,遅いプレーで迷惑をかけないように,思い通りにならなくてもクラブなどの物に当たったりしないように・・・。
今田竜二という日本人選手がアメリカのプロゴルフツアーで結構活躍している。彼はブラウン管を通して見ていても,さわやかで清々しく,振る舞いも紳士的で好感が持てる。先の「アーノルド・パーマー招待」では3日目終了時点では3位に浮上していた(最終的には17位だったが。)。そのアーノルド・パーマーは若い頃,父親と一緒にラウンドしていた時,思い通りにならなくてクラブ(道具)に当たるという見苦しい振る舞いをし,父親から「もうゴルフを止めろ!」とこっぴどく怒られたことがあったという。それ以降,そしてプロになってからのパーマーの紳士的なプレーぶりはよく知られている。
テレビを見ていても,僕が密かに応援しているのは,喜怒哀楽を露骨に表情に表すことはせず,絶対に道具に当たったりはせず,自制心に富むプレーをしている選手で,例えば,フィル・ミケルソン,レティーフ・グーセン,パドレグ・ハリントンなどである。
また,ゴルフはスコアを自己申告するスポーツであり,各プレーヤーが正直に自らのスコアを申告することで成立している。以前,4,5回一緒にプレーすることがあったHRさんという人のことを今も思い出す。あるゴルフ場でHRさんと一緒に回り,パー4のホールをプレーしていた。彼は,第2打がグリーンに乗らず,3打目を深めのラフからグリーンに乗せ,ツーパットでホールアウトした。僕はてっきりHRさんのスコアは5だと思ったのだが,彼は「7」と申告したのだ。理由を尋ねたら,深いラフから第3打目を打った際,ボールがクラブフェイスに二度当たったというのだ。深いラフからのことだし,これは傍目には全く分からず,本人の手応えでしか知り得ないことなのである。いわゆる「二度打ち」。それで2打罰を加えて「7」。ルール上は当たり前のことであるし,そのように自己申告をするのが当たり前ではある。HRさんのプレーは自制心に富んでいるとかねがね思っていたが,改めてゴルフは紳士のスポーツだと感じたし,紳士的に振る舞わなければならないと思った。今でも,HRさんのプレー態度を模範にしている。
復活上演
昨日は日曜日だけど,バッハの「マタイ受難曲」の合唱練習に行ってきた。昨日の練習会場は自宅から歩いていける距離だった。毎週火曜日は定期的な練習があり,月に1回はこのような日曜練習がある。正直言って,毎週火曜日の練習は,自分の仕事を終えて午後6時30分から午後9時までなので,大変疲れる。でも,いつでも練習後は,今日も練習に参加して良かったと心から思えるのである。「マタイ受難曲」の凄さである。昨日の日曜練習でも練習しながらこの曲の凄さに感動している有様である。
この練習は今年の秋の上演を目的に行われている。恥ずかしいのだが,本当のことを言うと,本番中に自分がステージ上で唱っていて感極まって泣いてしまったらどうしようという切実な不安がある。僕はここで笑ってはいけないという場面では大抵笑ってきてしまった前歴があるし,ここで泣いてはいけないという場面では踏みとどまることができるであろうか。いっそのこと,肌色のアイマスクに目を描いて,アイマスクの下で思い切り泣けるようにしておこうか。でもそれだと,指揮者の指揮棒も,スコア(総譜)も見られなくなってしまう・・・・・・。この「マタイ受難曲」に対する思い入れがこんなに強くなってしまった理由は自分自身でも分からないが,やはり理屈抜きでこの曲が好きだとしか言いようがない。
ところで,今年(2009年)は,メンデルスゾーンの生誕200年だそうだ。1809年生まれ。1810年にはショパンとシューマンが,1813年にはリヒャルト・ヴァーグナーがそれぞれ生まれているから,この時期にはそうそうたる作曲家が輩出されたことになる。このメンデルスゾーンは,20歳の時,すなわち1829年に「マタイ受難曲」を復活上演(蘇演)するという偉業,価値ある仕事を成し遂げている。残念ながらその当時は,バッハが亡くなってから(1750年),まだ100年も経っていないというのに,バッハが既に忘れ去られ,「マタイ受難曲」も演奏されることがなかった。このメンデルスゾーンによる「マタイ受難曲」の復活上演(蘇演)は,アリアの約3分の1が割愛されたり,その他多くの手が加えられての上演だったが(その場には哲学者ヘーゲル,詩人ハイネもいたという),これを機にこの曲だけでなくバッハの音楽が再評価されるに至った。ありがたいことである。感謝のしるしに,今晩はメンデルスゾーンの無言歌集でも聴こうかな・・・。
引き際の潔さ
ゴルフはすごく好きなんだけど,最近の僕のゴルフは,全然だめだ。スコアにならないゴルフというか,ゴルフにならないスコアというか・・・。どっちでもいいか(笑)。
でも,4月はマスターズが開催される。まさか僕がマスターズの招待状をもらっている訳はないのだが,マスターズでの一流選手のプレーをテレビで観戦するのは大好きである。大好きな旬の八朔や甘夏を食べながらマスターズのテレビ観戦をするのは,この時期の僕の年中行事の一つとなっている。プロゴルフの世界4大メジャー大会は,マスターズ,全米オープン,全英オープン,全米プロゴルフ選手権であるが,このうちマスターズを観戦するのが一番好きだ。僕が仮にプロゴルファーで,4大メジャー大会の一つだけを制することができるとするならば,間違いなくマスターズのタイトルが欲しい。何故だろう。まずは,マスターズの季節が良い。日本ではちょうど桜の季節で,マスターズ会場でも春先の清々しさがある。そして何よりも,マスターズが開催されるオーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブの各コースの美しさ。
さて,それにつけてもマスターズで思い浮かぶのは,ボビー・ジョーンズの引き際の潔さである。ボビー・ジョーンズは生涯アマチュアを通したゴルファーで,若い頃から優勝を重ね,何と28歳の時にはその当時の世界4大メジャー大会である全米アマ,全英アマ,全米オープン,全英オープンを全て制覇し,年間グランドスラムを達成しているのだ。空前絶後の大活躍。アマチュアで!すごいよなー。そして何とその偉業達成直後に,惜しまれつつあっさりとゴルフ界から引退し,本業の弁護士活動を開始したのだ。その引き際の美しさ,潔さ,カッコいいなあ。正に桜のようだ。ボビー・ジョーンズは,弁護士業のかたわらその後はマスターズの創設や会場となるオーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブのコース設計に関与したのである。
ボビー・ジョーンズは,その自制心に富むプレー態度から「球聖」とも呼ばれているそうだ。自分の最近のスコアは冒頭に述べたとおりだけれど,僕もせめて自制心に富むプレー態度を心掛けたい。でも・・・・スコアも良くしたい。ち,ちょっと打ちっ放しで練習して来るわ!
万年係長同士の居酒屋での会話(その5)
西 郷「はっ,はっ,はっ。毎年桜の季節になるとさ,この『のれそれ』を三杯酢で食べられるのが幸せでさ。美味しいなぁ,いいな日本は。野球も強いしな!」
大久保「うん。確かにこれは旨いな・・・。それに,野球もな・・・。」
西 郷「あれっ?お前,いわゆる不機嫌ってやつか?どうした。」
大久保「どうもこもないわ。そのとおり,いわゆる不機嫌ってやつよ。」
西 郷「お前,せっかくの,しかも旬の『のれそれ』に失礼だぞ!いったいどうしたんだ。」
大久保「この前,行きつけの床屋さんに行ったのよ。そこの理容師さんが言うのに,その人の自宅がある学区の中学校じゃ,授業そのものが成立していないクラスがかなりあるというじゃないか。この日本がこれからどうなってしまうのか,落ち込んでしまったわ。」
西 郷「・・・・・・・・。何?・・・・・せ,成立?・・・授業に成立,不成立なんていう概念があるのか?授業っていうのは,チャイムが鳴ったら先生が学問を教えて,生徒がその話をちゃんと聞いて,質問や回答をしながら,そしてとんちんかんな回答や優等生の回答をみんなで共有しながら,それこそみんなが成長していく場だろう。俺なんか,中学生のとき,everydayを『エヴリデイ』じゃなくて『エベリデイ』と発音して,クラスのみんなから1か月くらいは『エベリデイ』と茶化されたわ。その代わり俺も,これに奮起した。顔に似合わず英語の成績がトップクラスになったって訳よ。」
大久保「そうだよ。本来はそうだ。オレたちが子供のころはそうだった。と,ところがだ。その中学校では,先生が話し始めても大声しゃべっている奴はおるわ。走り回る奴はおるわ。その状況に先生は注意もせず,黙々と小声で学習指導要領にしたがった内容を読むだけで,授業にならんそうな・・・・。」
西 郷「・・・・。えーっ?・・・。日本の中学校がその有様だと?・・・・えーっ・・・・無秩序状態ではないか・・・・(泣く)。」
大久保「・・・。たまたま,オレも最近ある新聞の子供のコーナーを読んでいたら,ある子供の悩み相談があって,『自分は勉強したいのに,教室が騒がしくて,先生は騒がしい生徒を注意するのが精一杯で,とても勉強できる環境ではありません。どうしたらいいんでしょうか?」という投書があったんだ。オレはそれを読んで,・・・それを読んで,・・・(泣く)。」
西 郷「おいおい。お前まで泣くんかい。お互い年のせいか,涙もろくなったなぁ・・・。ちょっと感情失禁気味だよな。提案だが,俺たちで『全日本感情失禁協会』という名前のNPO法人でも作ろうか。」
大久保「アホ抜かせ!オレは本当に国を憂いておるんだ!」
西 郷「大久保,憂国の士よ!じゃあ,どうしたらいいと思う?」
大久保「はっきり言って,教育の現場がそうなるのは,淵源をたどると実は家庭教育の問題だと思っとるんじゃ。人がちゃんと話しているのに,それを静かに聞けないというメンタリティーを醸成してしまったのは,要するに親の躾の不十分さよ。『自分がされて嫌なことは人にしない。』という最低限のモラルが家庭で生成されていない訳よ。」
西 郷「そっから先は俺に言わせろ。」
大久保「いや,オレが言う!」
西 郷「いや,俺が言う。教育は国家百年の大計だ。急がば回れだ。実は,家庭教育,躾ができない親は,もう残念ながら出来上がってしまっている。もう今さら彼らには期待できない。これからは,ちゃんとした家庭教育,躾ができる『将来の親』を育成していけば良いのだ。長い目で見れば,やはり五十年から百年はかかるだろう。しかし,五十年から百年かかっても立て直せるのであれば,何のその!それには,先ほどの趣旨と一見矛盾するようだが,やはり学校教育の立て直しだ。一生懸命やっている教師もいるが,そうでない教師の質を高める必要がある。教師も勇気を出す必要がある。勇気を出せる教師を育成する必要があるし,そういった教師が生き生きと活躍できる場を作る必要がある。そして,授業が成立していない有様を放置するような組織でもだめだ。学校をあげて,少なくとも『成立しない授業』なるものをなくす努力と協力をしなければならない。教育機関をちゃんとしたものにすることによって,とにかく家庭で躾というものをすることができる『将来の親』を養成していくんだ!」
大久保「何年か前に辞めた元首相。確か彼の先祖は長州藩出身ではないかと思うが,一部のマスコミから相当に叩かれておった。でも,彼の肝いりで活動していた教育再生会議。これが目指していたものは,方向性としては良かったと思っているんだ。」
西 郷「うん。それにしても,授業が成立していないクラスは,まずは秩序というものを取り戻さんかい!ひとが話をしている時は黙って聞く,耳を傾けるという最低限のことはしなけりゃならんし,させなきゃならん。」
大久保「うん。それで行こう・・・・・・・。まぁ,オレたちは『エベリデイ』居酒屋で飲んでばかりだがな。」
西 郷「・・・・・・・・・・・・・・・・」
僕の音楽遍歴(その10)
大学卒業から社会人1年生の頃にかけて,自分にとっては音楽愛好家としての衝撃的なことが相次いで起こってしまった。その演奏をこよなく愛し,愛聴していたアーティストが亡くなったのである。1981年2月に亡くなった指揮者のカール・リヒターと,1982年10月に亡くなったピアニストのグレン・グールドである。それぞれ54歳と50歳であったから,正に急逝だった。
今も思い出すのは,大学生時代にはカール・リヒター指揮,ミュンヘンバッハ管弦楽団演奏のバッハのブランデンブルグ協奏曲全曲をしょっちゅう聴いていたことである(グラモフォンから出ているレコード)。そのレコードは,確か第1番,第3番,第6番がカップリングされたものと,第2番,第4番,第5番がカップリングされたものに分かれていたと思う。リヒターの演奏は,それこそバッハの真摯な求道者で,誠実さを感じるものだった。それに何よりも,アルヒーフから出ているバッハの「マタイ受難曲」(1958年録音)とバッハの「ミサ曲ロ短調」(1961年録音)が本当に素晴らしい。この2つの録音には,アルトのヘルタ・テッパー(それは母なる大地と表現してもいいような包容力のある歌声),バスのキート・エンゲン,バスのディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ,テノールのエルンスト・ヘフリガーの各ソリストが共通している。ああ,癒されたいなと思う時は今でもよく聴いて感動している。僕があの苦難のオーディションを受けて合唱団に入り,現在「マタイ受難曲」の練習に励んでいるのも,リヒターの演奏を聴いて感動した若き日の体験がその淵源にあるのである。
そして,ピアニストのグレン・グールド。僕はバッハ「平均率クラヴィーア曲集第1巻,第2巻」が非常に好きで,ここに含まれている全部で48曲のプレリュードと48曲のフーガは宝石箱の珠玉。正に小宇宙を構成している。今でも,これを聴いて触発され,ピアノの下手な自分をして何とかその一部のプレリュードやフーガの練習に駆り立てている(僕もグールドと同じで,対位法に憧れる部分があるのである)。そして,この「平均率クラヴィーア曲集第1巻,第2巻」の彼の演奏を大学生時代にこよなく愛していた。そして,グールドの死の直前(1981年)に再録音したバッハのゴルトベルク変奏曲も素晴らしい。同じ曲の1955年録音盤と聴き比べた場合,僕は最晩年の1981年録音の方が好き。ただ,ちょっと言わせてもらうと,グールドの演奏で好きなのはバッハだけである。彼の演奏するモーツァルトのピアノソナタ第8番イ短調(K310)を聴いてから,バッハ以外は聴くまいと少し食わず嫌いになったのかもしれない。そのグールドは,夏目漱石の「草枕」を愛読していたそうな。日本人でありながら僕はまだ読んでいない。近々読んでみたいと思う。
いずれにしても,大学卒業から社会人1年生の頃にかけては,愛聴していたアーティストが相次いで急逝し,衝撃を受けてしまったことを今でも覚えている。
桜の魅力
僕の自宅の近くには,この地域では毎年よそよりも数週間早く満開になる桜並木がある。個々の桜の木はそれほど大きくはないが,一足早く桜を満喫できるという意味でちょっとした名所にもなっている。でも,そこも,もう桜が散ってしまい,葉桜になってしまった。
それにしても桜ほど魅力的は花はない。桜というのは,見た目も本当に美しいのだが,それ以上に,それを見る者をして内省的にさせる何かがある。何とも説明し難いが,うーん,自分の人生とか,生命とか,来し方行く末のこととか,何かそんなことを自然に感じさせてくれるのである。
日本人がこれほどまでに桜を愛しているのは,僅か4,5日の短い間に精一杯咲いて人の目を楽しませ,そしてその後の散り際の潔さ,いわば「もののあはれ」を感じさせるからであろう。さきほど僕は,桜が,「自分の人生とか,生命とか,来し方行く末のこととか,何かそんなことを自然に感じさせてくれる」と述べたが,例えば自分のような年齢になると,若さに嫉妬を覚える側面がないとはいえない。でも,桜の散り際を見ていると,良寛の辞世の句とも伝えられる「散る桜 残る桜も 散る桜」の心境にもなり,嫉妬が的外れであることに思い至る。
本居宣長は,「敷島の 大和心を人問はば 朝日に匂う 山桜花」と詠じた。また,以前,五千円札の顔にもなった新渡戸稲造先生は,「桜はその美しさの下に、およそ刃物も毒もかくしておらず、自然の呼声に応じて、いつなんどきでも世を去る覚悟ができているし、その色彩は決して派手ではなく、そのあはい香りは決して飽きがこない。・・・・・・・桜花の咲きかおる季節には、全国民がその小さな住居から呼び出されたとして、何のふしぎがあろうか。しばし彼らの手足がその労苦を忘れ、彼らの心がその痛苦悲哀を忘れるとしても、彼らをとがめてはいけない。その短い楽しみが終わると、彼らは、力も新たに、決心も新しく、日々の仕事にもどるのである。こうして、桜が国民の花である理由は一つにとどまらない。」と桜を讃えている(「武士道」新渡戸稲造著,佐藤全弘訳(教文館)220~222頁)。
日本人にとって,桜という花が特別な存在であることは間違いないだろう。
半身浴のその後
ど,どうやら半身浴はよさげである。ちょっと前から半身浴を実行しているが,半身浴について言われているいくつかの効能のうち,実感できるものがいくつかあるのである。
1つは,眠りの深さである。僕は日によっては眠りに陥りにくい,つまり入眠障害的なこともあった。でも,半身浴を続けてまだそれほど経っていないものの,確かに問題なく入眠できるようになったし,眠りも深くなったような感がある。これは後に述べるような血行促進効果と無関係ではないと思う。寒くて目が覚めるということもないし,ふとんの中に入るとポカポカなのである。さらに,半身浴にはリラックス効果も確かにある。
2つは,代謝が良くなり,太りにくくなった(おかげさまで標準体重を維持できている。)。代謝という点でいうと,半身浴を始めたころは,入浴中にそれほど汗はかかなかったが,最近は25分~30分間半身浴を続けると,玉のような汗が出てくるし,確かにデトックス効果があると思う。「あぁーっ。体の中から毒が出てやんの。」という感じである。
昔は,江戸っ子のように42度くらいの熱いお湯に全身どっぷり浸かるお風呂の入り方が好きだった。でも,これでは体表面は一時的には温まるが,体の芯からは温まっていない。また,何より心臓に負担がかかる。前にちょっと触れたが,半身浴の効能のうち血行促進効果は重要だ。僕ぐらいの年齢になると,髪が気になる。男だから年相応に薄くなるのは仕方ないとは思いつつも,や,やっぱりねぇー。頭皮は体の最上部にあるし,心臓よりも当然上にあって,血流が悪くなりがち。そこで半身浴で血行を良くして,毛母細胞,毛乳頭を元気にし,できるだけ緑の黒髪を維持したいなともくろんでいる。そういえば,最近は少し髪にコシが出てきて,毎朝,髪の寝グセに悩まされている。髪にコシが出てくるのは大変ありがたいのだが,直りにくい寝グセはちょっと困る。僕が依頼者と打合せをしたり,法律相談をしたりするとき,いくらその説明が法律的に正しく,しかも実際に妥当なアドヴァイスであっても,強烈な寝グセのままだったら,それだけで説得力というものが無くなってしまうからである。
いずれにしても,半身浴はよさげである。続けたい。この半身浴の継続により,このあたしがどのように変身し,良い体調を維持していけるか,後日改めてご報告したい。
暗転
僕の場合は,事務員さんをランチに誘ったり,その他知人や研修生らと一緒でない限りは,昼ご飯は一人で食べる。一人で食事をすることは最初のころは苦手だったが,やや慣れてしまった。
最近は年のせいなのかどうなのか分からないが,食べることが結構楽しみになっている。先日も,主にサラリーマン向けの行きつけの店に足を運び,「湯豆腐定食」を食べた。この店は,夜は割烹料理屋さん風で,昼はランチをやっており,L字型の長いカウンターの他にテーブル席,座敷などもあるが,僕は一人なのでいつもカウンターへ。さて,「湯豆腐定食」は,小鍋に昆布だしを基調とした美味しいつゆに,木綿豆腐,しいたけ,かまぼこ,とろろ昆布,みつばなどが入り,その他に魚の焼き物,ポテトサラダなどが付いてくる。
「いやー。やっぱり和食はダシだよなー。美味いなぁー。日本人に生まれてよかったなー。」などと思いながら,美味しくいただいていた。と,ところが,このささやかで静かなランチが暗転する事態が発生することになろうとは・・・。
僕の右の席は空席,そのさらに右の席には50代後半の恰幅のいい男性がやはり食事をしていた。僕が自分の食事の約7割がたを食べ終えた時,大惨事が起こった。席を一つへだてて坐っていたその男性が,大音声でとてつもなく大きなくしゃみをしてくれたのである。くしゃみ直前に2,3回息を吸い込む雰囲気があり,瞬時に漠然とした不安がよぎったが,そのくしゃみたるや,人生に1度か2度しか体験できないであろうとてつもない大きなくしゃみであった。し,しかも,その瞬間,何やら白いものが飛散する図が僕の視野に入った。当然のことながら,その直後からは,僕の可愛い脳細胞ちゃんたちの間で,次に述べるような侃々諤々の議論がわき起こったのである。
→「ひでーよ。食事時に!一気に食欲が無くなった。」→「でも,くしゃみなんかは全く悪意のない生理現象なんだから,しょうがないだろ。」→「いいえ。お客さんの一人に一つずつ,ちゃんとしたオシボリが配られているはずよ。くしゃみしそうになったら,オシボリで口を押さえるくらいの最低限のマナーはあってしかるべきだわ。しかもそういった時間的余裕は僅かにあったはずよ!」→「最近は花粉も飛んでいるようだし,あのオジサン風邪気味だったかもしれないし,もっと我々もマハトマ・ガンジーのように寛容になるべきじゃないかな。」→「でも,オレは,確か中学の保健体育の教科書か何かで,くしゃみの瞬間の高感度写真を見たことがあるけど,口の中の唾液,細菌などの飛散範囲はすごいぞ。くしゃみの力だって,人によっては肋骨にひびがはいるくらいだし・・・。」→「まぁ,肋骨の問題はともかくとして,やはり口の中の物が飛散した事態はご主人様も認識されているようだし,食欲が無くなってしまったのも無理からぬものがあるだろう。」→「だからといって,残った約3割の食事を残すのは,せっかく作ってくれた店の人に悪いんじゃない?それに,あのオジサンも自分のせいで他のお客が退席したんじゃないかって,気にするのじゃないかしら。」→「でも,この状況は理屈抜きの世界だろ。お店の人たちに対しては,今後もランチに通ってあげて,決してここの料理がまずいわけではないんですってアピールできるじゃないか。あのオジサンに対しては,『オシボリで口を押さえるくらいの最低限のマナー』は尽くすようにとの意思表示だ。まあ,分別盛りの人だけど,生涯学習ってやつよ。」
このように,僕の頭の中では様々な議論があり,正にカオス(混沌)の状態になった。結局僕はどうしたかというと,若干の料理を口にし,一分間くらいお茶を飲み,できるだけ件のクシャミとの因果関係を薄めた上で店を後にした。先日はささやかで静かな僕のランチが暗転してしまった日であった。
クラシックがくれる精神的な力
本日は,結局はクラシックの話なのだが,その前に尊敬する同業者に薦められた本の話を・・・。もう3年も前のことになるであろうか。同業者としても尊敬し,人間的にも面白いある弁護士から,「この本を読んでどれだけ癒されたことか」と言われ,「ダンテ『神曲』講義(改訂普及版)」(今道友信著,みすず書房)という本を薦められた。お薦めの言葉どおり,やはり良い本だった。特にそのように思えたのは,まずはダンテの神曲を実際に読んでからこの本に入ったので,この古典に対する理解をさらに深められ,感動をもって読むことができたからであろう。
この本の最初の部分ではクラシック(古典)の意味について言及されていた。何と,クラシックという言葉には深い意味が込められていたのだ。引用すると,「クラシスとはもともと『艦隊』という意味で、クラシクスとは国家に艦隊を寄付できるような、そういう意味での愛国者でもあるし、財産も持っている人のことをさした言葉で、そこから転じて、人間の心の危機において本当に精神の力を与えてくれるような書物のことをクラシクスと言うようになったということである。もちろん書物ばかりではなく、絵画でも音楽でも演劇でも精神に偉大な力を与える芸術を、一般にクラシクスと呼ぶようになったのである。」とある(5~6頁)。
古典的な書物から確かに勇気を与えられたり,インスピレーションを感じたりすることはある。また,好きなクラシック音楽から(特にバッハ様),癒しを与えられたり,優しい気持ちを取り戻させたり,勇気を与えられることもある。皆さんもどうですか,これからクラシックの世界へ足を踏み入れてみては。
僕はというと,そういえば,確かクラシックという名前が付いたビールがあったんじゃないか,少なくともクラシックラガーというのがあったなというのを今思い出した。今晩は,そういう名前のビールを飲んでみよう。飲み過ぎちゃいけないけど,そのビールを飲んで精神に偉大な力を与えてもらおう。ゴク,ゴク,ゴク,ぷふぁーっ(笑)。
気の乗らない日の朝の音楽
元気のない日でも,幸い,朝ご飯はとても美味しい。うちでは伝統的に,朝は,白いご飯に,味噌汁,納豆は定番で,そのほかにアジの開きだったり,卵焼きだったり,簡単な一品が添えられる。朝食はしっかりとるのである。これこそ大人と子供の基本である。
それはそれとして,やはり本日は音楽の話。これまたうちでは,伝統的に,朝ご飯の時はテレビなどは一切見ずに,音楽を聴きながら朝食をとる。ただ,いつも朝食そのものは美味しくても,あまり気の乗らない平日の朝は確かにあるものだ。できれば今日は自宅で仕事をしたいなぁといったような・・・。そういう日は,自分を何とか鼓舞するために,バッハの教会カンタータ第147番「心と口と行いと生活で」を聴きながら朝ご飯を食べるようにしている。
そうすると何となくやる気が出てくる。この教会カンタータ第147番は,バッハが働き盛りの38歳の時に成立,完成した傑作である。この147番は,やはり何といっても,第6曲と第10曲に位置する「主よ,人の望みの喜びよ」があまりにも有名であろう。でも僕があまり気の乗らない平日の朝に自分を鼓舞するために好んで聴くのは,むしろ第1曲の方である。ハ長調,4分の6拍子。何やら祝祭的な,軽快なトランペットソロとオーケストラとの協奏で始まる。特に通奏低音部の軽快なリズムが僕の気分を高揚させるのだと思う。
バッハも人間。ライプツィヒの聖トーマス教会のカントルとして,やりがいがある一方で,ストレスがたまり,やる気をなくす時もあったであろう。多くの教会カンタータの中には自分の士気を鼓舞するために作曲,演奏したものもあったのではないかと思う。僕の場合は,第147番の第1曲目だ。さあ,今日も頑張るか。
泣ける本
疲れて居間のソファに横たわる。肘掛けの部分の高さがちょうど枕代わりになる。ここに頭を置いて,しばらくボサーっとしていた。何気なく本棚の方に目をやると,「10歳の放浪記」(上條さなえ著,講談社)という本の背表紙が目に入った。そういえば,これは良い本だった。新聞だったか,雑誌だったかの書評を読んで早速買い求め,早速読んだ本だ。「平成18年11月30日第1刷発行」とあるから,今から約2年前,時間があまりない中,確か1日か2日で読み終えたと思う。読みながら,不覚にも何度も涙が出てきた。泣ける本である。
著者自身の実際の体験がつづられたもので,10歳ころの約1年,父とともにホームレス生活を余儀なくされた当時の話である。著者が母親から,とりあえず1日だけ千葉県の九十九里村にある母親の兄の家でお泊まりしなさい,「次の日には迎えに行くから。」と言われて,そこへ行く。でも翌日,母は迎えには来なかった。近くのバス停には午前9時,午後3時,午後5時の1日3回のバス到着があり,著者がはやる気持ちを抑えきれず3回ともバス停に行くが,バスから降りて来る乗客の中にやはり母の姿はない。来る日も来る日も・・・・・。著者は雨の日もバス停に行って待っているのだが,それでも母の姿はない。慣れ親しんだ小学校へも行けずに。すごく切ない展開だ。
その後約1か月ほど経って再び母と暮らす。著者は,母から,「お父さんに会って,決して来てくれるなって言うのよ。これで精一杯ですって言うのよ。」と言われて薄い茶封筒を渡される。母にお金を無心する父に少しばかりのお金を渡す役を命じられるのだ。父と会った著者は,みすぼらしく変わり果てた父の姿に恥ずかしさを覚え,幼いながらも,一刻も早く父とその場は別れたいと思う自分を冷たい人間だと自らを責める。クリスマスだからと10円玉を握らせてくれた父が見送る中,都電に乗り込んだ著者は,乗客に涙を見られまいと電車の進行方向を向いて,それでも姿が小さくなっていく父を振り返りながらまた涙を流す。
その後は,親の都合(父が事業に失敗して借金取りに追いまくられる)で,とうとう小学校へも行かず,いよいよ父とともに約1年間にわたって簡易宿泊所での生活が始まる。朝に簡易宿泊所を出てからは,昼間工事現場で働く父と合流するまでと,父と昼食を一緒にとってから夜に簡易宿泊所に行くまでの時間帯は,著者は僅かなお金でずーっと外で時間をつぶさなくてはならない。寒くても・・・。父が心配するからと,著者は本当は泣きたい気持ちを必死に抑えて,父の前では気丈に振る舞う。幸い著者は,父とのホームレス生活を約1年で終え,親とは離れつつも,施設に入って再び小学校に通えることになる。そして,そこにいる山下先生の真の優しさ。
この本は,ちょっとやそっとのことでめげてはいけないという意味で,大きな勇気を与えてくれる。何気なく本棚に目をやり,その背表紙を見つけたこの本のページを久しぶりにめくってみた。次のくだりが目に入った時,また泣けてきた。
「わたしが自分自身の出来事について書く決心をするまでに、作家となって二十年の歳月を要しました。それはわたしの心の中に、書いたら父母がかわいそうという気持ちとともに、父母に対する恨みがほんの少しでもあったら書けないという気持ちがあったからです。今は、仏となった父と母に、ただ感謝とお礼の気持ちを伝えたいと思いました。この世に生をあたえてくれたことへの感謝とお礼の 気持ちです。今、心から父と母へ、『この世に生んでくれて、ありがとう』という言葉を贈ります。」
僕の音楽遍歴(その9)
大学時代の僕の音楽の興味に関し,ビートルズとシャンソンについて前にもこのブログで触れたけれど,やはり本籍地がクラシック音楽であったことは間違いない。クラシック音楽といっても,中学,高校時代まではショパンのピアノ曲が中心であったが,大学に入ってからは,鑑賞のレパートリーが格段に広がった。広がり過ぎて,この時代に聴いた音楽のことをしゃべり始めるときりがなくなるので,いっそのこと,この時期に熱狂したアーティストですごく印象に残っている一人のことだけを紹介したい。
それは,ドイツの指揮者ヴィルヘルム・フルトヴェングラーで,この人はアーティストというより,20世紀を代表する巨匠(マエストロ)だ。僕の自宅の食器棚には,フルトヴェングラーの顔とサインが刻まれたマグカップが今も2つ大切に保管されている。確か,東芝EMIがフルトヴェングラーのレコードを購入するとこのマグカップをプレゼントするというキャンペーンか何かをやっていたと思う。のどから手が出るほど欲しかった。何で2つ獲得したかというと,1つだと割れてしまった時のことが不安で,念のためにもう1つ欲しかったからだ。
フルトヴェングラーは,ハンス・フォン・ビューロー,アルトゥール・ニキシュの後,第3代目のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者に就任し,ヨーロッパの人々だけでなく全世界に感動を与え続けた名指揮者,巨匠である。僕の大学時代に持っていたフルトヴェングラー指揮のレコードを何とか思い出してみる。確実に記憶しているのは,ティタニア・パラストで演奏したブラームス交響曲第1番,この盤にはベートヴェンのエグモント序曲も含まれていたと思う。あとは,ベートーヴェン交響曲第7番,この盤にはワーグナーの楽劇ニュルンベルクのマイスタージンガー第1幕への前奏曲も含まれていたと思う。あとは,ブルックナーの交響曲第4番「ロマンティック」で,これは確かオーケストラはヴィーン・フィルハーモニー管弦楽団。第2楽章では会場内で何か道具が倒れるような音まで録音されてしまっているやつだった。それから,ベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」で,ルツェルン音楽祭での演奏のもの。これは1954年8月下旬の演奏で,フルトヴェングラーが亡くなる約3か月前のものである。フルトヴェングラー指揮のこの曲の極めつけは,バイロイト音楽祭でのものを挙げるファンが多いであろうが,僕はルツェルンのやつがいい。聴衆の中には「これがフルトヴェングラーの最後の第九だろう。」との切ない思いで,ハンカチで涙を拭きながら聴いていた者も多かったらしい。大学時代に聴いたフルトヴェングラー指揮のレコードはまだ他にも多数あったと思うが,今となってはあまりはっきりと思い出せない。
昔も今も,フルトヴェングラー指揮の演奏が何故好きなのか,心を動かされるのかについては,やはりうまく説明できない。その指揮法は同時代のアルトゥーロ・トスカニーニのように明確でなく曖昧で,ここぞという時のあのアッチェレランド(次第に速くすること)は,スコア(総譜)に忠実にという人には相当に違和感があるだろう。でも,フルトヴェングラーの指揮が好きな理由を,敢えて,しかも抽象的にでも表現するならば,その深い精神性を感ずるところと,デモーニッシュ(悪魔的)なところであろう。
フルトヴェングラーについては,その人生の一時期,ナチ協力者などといった言われなき中傷を受けたこともあったが,彼は「ヒンデミット事件」や,ベルリン・フィルハーモニー等の音楽総監督を潔く辞任したことなどからも分かるとおり,芸術や芸術家をナチの毒牙から擁護しようと必死に振る舞う,苦悩の人だったのだ(その政治音痴であるが故にナチに利用されたのだと非難する人には非難させておけばよい。)。
また,「回想のフルトヴェングラー」(エリーザベト・フルトヴェングラー著,白水社)という本の中には,「『こういう作曲家がいるんだから,ピアニストの連中が実に羨ましい。』そう言ってから,皮肉っぽく,『それなのに,ショパンをぜんぜん弾かない人もいるね。あれは巨人だよ。ぼくは,ショパン礼賛だね。シューベルト,シューマン,ブラームスらの巨匠に匹敵するのは,彼をおいて他にない。』フルトヴェングラーがたいそうショパンを崇拝していたことを話すと,きまって,驚いたというような反応が返ってくるので,以上のことは特筆大書しておかねばなりません。」というくだりがある(71~72頁)。その当時ショパンをよく聴いていた僕にもこのことは全く意外だった。でも,フルトヴェングラーの配偶者が回想しているのだから間違いはない。
勝つには勝ったけど・・・
今シーズンのサッカーJ1が開幕した。名古屋グランパスの開幕戦の相手は,大分トリニータだったが,グランパスは何とか3-2で逆転勝ちに成功した。そりゃ,大切な開幕戦を勝利できたのだから嬉しい。でも,グランパスにとっては,反省材料の多い試合だったろう。僕のようなド素人が,渋面の評論家面して言うのも何だけど,分をわきまえず敢えて独り言を言いたい。あくまで独り言だし・・・。
僕が愕然としたのは,前半の戦いぶりだ(0-1とリードされて折り返し)。ちょっと言いたい放題言わせてもらうと,まず気が入っていない。戦闘モードに入っていない。実況のアナウンサーが「うーん。グランパスの選手はなかなか試合に入っていけませんねぇ。」と言われる始末。もう試合はとっくに始まっているのに。相手に対するチェック(プレスをかけること)が非常に甘くてお人好し。逆に,相手から厳しいプレスをかけられてパスミスの多いこと。それと,パスをもらう方も「俺がもらうんだ。」とばかりに積極的に動かないとイケナイ。みすみす相手選手にインターセプトされてしまうシーンが多かった。そ,それに(僕の苦言が止まらなくなった・・・),こぼれ球を次に拾うのはことごとく大分の選手だった。いわゆる球際が悪すぎる。
前半の戦いぶりについて,もう少し。確かに,大分トリニータは,昨シーズンはリーグ戦年間4位の成績をおさめ,ナビスコ杯も制覇したチームで,前半を見る限り,非常に良いサッカーをしていたし,パスもよくつながり,攻撃が有機的だった。選手間に共通認識があり,連携がよくとれていたということ。大分の選手のパス回しなどを見ていると,恐らく,ミニゲーム方式の狭いエリア内での早いパス回しを意識した練習も重視しているのではないかと思う。一方のグランパスは,なかなかボールをキープできないし,横かバックラインへボールを戻すシーンが多かったし,いったん選手がボールを得ても,パスコースが確保できず(これはパスを受けなければならない他の味方の選手の責任でもある),結局ボールを持ち過ぎて相手選手に囲まれ,取られてしまうのだ。球離れが悪い。黄金期のグランパスの特徴だった,ワンタッチ,ツータッチの早いパス回しは全くなりを潜め,これを大分にやられていた。それと,攻めが遅く,攻守の切り替えが早い大分の選手に完全に守備を固められ,もともとカウンター攻撃を武器にする大分の思うつぼの展開だった。前半の1失点の他にも,実は大分の金崎選手と名古屋の楢崎選手とが1対1になる決定機が2度あり,最悪0-3で折り返していたかもしれなかったのだ。要するに,前半を見る限り,スコアどおり勝利に値するのは明らかに大分だった。少なくともチームとしての完成度に差があるという印象をもった。
あぁーっ。今年もだめかぁ。前半終了時点ではガッカリだった。でも,グランパスには収穫も見出した。前半の問題点をある程度修正でき,勝利に結びつけることができたということだ。ストイコビッチ監督の「ウォーミングアップはここまでだ。」というコメントと修正指導の下,後半は見違えるように修正できた。でも,そういう風にできるんだったら,最初からやれよー(笑)。それと,補強したFWのダビはやはりいい。彼はゴーラーだ。相手選手にユニフォームを引っ張られようと強引に振り切り,常にゴールに向かっていく。頼もしい。彼とFW玉田とのツートップの連携もいいし,これに加え,MFのマギヌンと小川らの2列目ないし1.5列目とのコンビネーションと有効な攻めのオプションをどんどん広げ,実行してもらいたい。また,横浜から補強したDFの田中隼磨の右サイドからの攻め上がりが有効であることも確認できた。オフサイドぎりぎりで右から飛び出してもらい,精度の高いアーリークロスを放り込んで欲しい。これに加えて,あと4つほど注文したい。1つは,こぼれ球への最初のタッチをしてどん欲に拾いにいくこと。2つは,もっとチェックを厳しくすること。3つは,パスコースの確保を含め,ワンタッチ,ツータッチの早いパス回しに心掛けること。4つは,ある意味ではこれが一番大切だと思うが,前半のホイッスルが鳴る時点では,気持ち的には「戦闘モード」であること。以上だ。
そうすれば,大いに期待できる。地力的,戦力的には,優勝を争うライバルとなるチームは,鹿島アントラーズ,ガンバ大阪,川崎フロンターレ,清水エスパルス,浦和レッズあたりだろう。グランパスは,この開幕戦で浮き彫りになった問題点を反省材料として,是非今シーズンは悲願の年間王者に輝いてほしい。
少し嬉しかったこと
今の事務所に移転したのが去年の4月。移転前の事務所はそこから100メートルもない場所であった。前の事務所のあったビルでは,朝,割と早い時間帯からおばさんがマメに清掃してくれていて,僕がエントランスから入ってエレベーターを使う際には,毎朝きちんとした挨拶を交わしていた。
そのおばさんは,失礼ながら年齢的にはもう,おばあさんと呼んでもよい年頃で,どういう訳か僕を気にかけてくれ,挨拶の他に「先生,今日はお早いですね!」などと気軽に声までかけてくれていた。寒い時期にも半袖に近い薄若草色の作業服で,本当に一生懸命に働いている様子がわかり,大変だなあ,真面目な人なんだなあ,こういう表現が良いのかどうか知らないが,そこに昭和の残像を見ていた。
去年4月,事務所を移転する際には,残念ながらそのおばさんとはちゃんとした別れの挨拶をする機会もなく移転してしまい,割と近い距離にいながらそのままになっていた。ところが,先日,ひょんなことからそのおばさんと以前のビル付近で再会した。その日は,僕は同行する証人の車に乗せてもらって裁判所まで行くことになっており,近くのコインパークから出されたその車に乗り込むところであった。ちょうどその時,以前のビルのエントランスのガラスを向こう側から拭いている薄若草色の作業服のおばさんの姿が目に入った。銀縁のメガネからその後黒縁メガネに替えてしまい,約11か月も経ってしまっていたのだが,そのおばさんは僕を目ざとく見つけ,駆け寄って丁寧な挨拶と深々としたお辞儀をしてくれたのだ。僕も駆け寄ってお辞儀をし,咄嗟に「元気でねぇーっ。」という言葉が出てしまった。そのときはそういう言葉になってしまったのだ。
僕の顔は,これといった特徴があるとも思えないのに,そのおばさんはよく覚えていてくれて,直ぐに目ざとく見つけてくれて丁寧な挨拶をしてくれた。何のことはないのかもしれないが,少し嬉しく感じた。前のビルにいた頃は挨拶程度で,袖が擦れ合ったということはないのだが(それも袖が擦れ合ったというのか),袖擦れ合うも多生の縁。そのおばさんとは前世でもなにがしかの縁があったのだろうか。
スペクタクルなサッカーをもう一度
プロ野球はジャイアンツだ。少年時代にあの長島茂雄選手の勇姿,活躍ぶりに熱狂して以来,どうしてもジャイアンツファンはやめられない。少年時代の巨人戦のナイター中継は,その当時の生き甲斐とも言うべきもので,姉や妹とのチャンネル争いは熾烈を極めた。
でも,Jリーグは地元の名古屋グランパスを応援している。アーセン・ベンゲル監督が指揮をとっていた1年数か月間は,瑞穂陸上競技場などによく足を運んで,現在のグランパス監督のストイコビッチなどの華麗なプレーを堪能した。でも,その後は,ベンゲル時代を含めて2度の天皇杯制覇は評価できるが,満足のいく成績は残せていない。ベンゲル時代は,ディフェンスラインの統率はトーレスが上手くやっており,大岩という若いフィジカルの強い選手もいた。ボランチには望月,攻撃的なミッドフィールドにはデュリックスや平野がいて,デュリックスの巧みなサイドチェンジと平野の左からの抉るようなサイド攻撃は魅力的だった。そして,ご存じストイコビッチのスキルフルで華麗な技術。前線と最終ラインがコンパクトで,グランパスがスペクタクルなサッカーを展開していた時代だった。今も思い出すけど,僕が民事裁判で釧路地裁に出張し,日帰りで帰宅した晩に見た横浜フリューゲルス戦は圧巻だった。霧雨のような天候での試合だったが,相手に仕事らしい仕事もさせない厳しいチェック(プレスをかけること)をし,確か2ー0で勝利したと思うが,ほ,本当に強いなと思った。でも,ここ数年は,何かなぁ・・・。
でも,今年は何か期待できそうな気がしている。プレシーズンマッチを見る限り,今年もグランパス伝統の4-4-2システムで臨むようであるが,札幌から補強したFWのダビがすごい。活躍しそうだ。玉田とのツートップを組むのだろうが,1.5列目とこの両者との有機的なコンビネーションを期待したい。それから,DFとして横浜から補強した田中隼磨が期待できる。何より,ヴォルカ鹿児島とのプレシーズンマッチが0-0という不甲斐ない試合の終了後に,田中が露わにした怒りと,「うまくいかなかったとき,どうしてそのままやり過ごすのか。自分がどうしたい,どうしてほしいをなぜ要求し合わない。」とのコメントに,負けず嫌いと建設的で前向きな姿勢が伺える。いいねぇ・・・。あとは,増川やバヤリッツァの両センターバックも守備の安定を感じるし,MFのマギヌン,もうベテランになってしまった中村にも期待したい。Jリーグ発足当時,一緒に低迷を続けていた浦和レッズもガンバ大阪も何とかリーグ優勝を果たしたのだし,そろそろグランパスも・・・・・。
ジャイアンツとグランパスが共にリーグ優勝を果たしたとしたら,一体どうしよう(笑)。
半身浴
今まで僕は,お風呂というものは,バスタブから溢れるお湯を見ながらドッカと腰を下ろし,「ふぇーっ。極楽,極楽。」と言いながら肩まで浸かって温まるものだと思っていたし,ずっとそうしてきた。でも,ここ数日続けている半身浴なるものが非常に良さげなのである。まだ始めて間がないのだが,本当に良さげなんですよ。これが。
半身浴は,37度からせいぜい40度くらいのぬるめのお湯に胸から下だけを浸かり,胸より上の部分を(両手も)外に出し,20分ほどお湯に浸かる入浴法である。その間は,例えばバスタブにふたをしてその上で本を読んだりする。この時に読む本は,粗相して濡れてもいいような何のことはない軽めの本だ。まかり間違っても,ダンテの「神曲」などはこの状況では読まない。
まだ始めたばかりだから,これから半身浴の効用を実感することになると思うけど,何よりも体が温まり,血行が良くなる。また,毒出し,つまりデトックス効果もあるらしい。さらに,20分間走ったのと同じくらいのエネルギー消費量で,代謝も良くなって太りにくくなるという。それに,何よりもこの入浴法は,副交感神経が優位になり,リラックス効果とストレス緩和効果があり,良い睡眠も確保できるというのだから,ある意味では最もお金がかからない最良の健康法だ。良いことづくめ。確かな効用を早く実感したい。
今まで半身浴の存在を知ってはいたが,何しろ僕は,冒頭に述べたようにお風呂というのは熱めのお湯に肩までどっぷり浸かるものだと思い込んでいたので,それまでは試したこともなかった。やり始めてまだ数日だが,何となく先ほど挙げた効用が少し実感でき,これからも是非続けようと思っている。
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