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2009/04/28

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 少し前まで(今も?),お笑い芸人のだいたひかるが「あたしだけ?」というネタでがんばっていたが,こんな風に思うのは僕だけかと不安になることがある。それは,一部の人間による傍若無人な自転車の運転方法に対する恐怖と怒りである。僕は,種田山頭火のように歩くのが好きなのに,傍若無人な運転方法で自転車に乗っている一部の不心得者(以下「彼ら」という。)のために,安心して歩行ができないのである。少なくとも何となく気ぜわしくなるのである。

 

 今月13日にも,千葉県船橋市で,無灯火の自転車に乗り,前をよく見ていなかった男子高校生が横断歩道を渡っていた63歳の会社員に衝突させ,死亡させている。自転車といえども乗り方によっては殺傷能力がある。警察庁の統計によると,平成20年度に自転車同士あるいは自転車対歩行者の間で発生した事故件数は合計7264件である。でもこれは警察統計に上がった件数であり,全国のあちこちで大なり小なり発生している自転車がらみの事故の実数はかなりの件数であることが推測できる。

 

 道路交通法上は,自転車は「自転車及び歩行者専用の標識」がある場所あるいは一定の例外を除いて,車道通行が原則になっており,しかも歩道を通行するときも,自転車は車道寄りの部分を徐行しなければならないし,歩行者(当然,種田山頭火のように歩いている僕も含まれている。)の通行を妨げるような場合は一時停止しなければならず,さらに歩行者の通行を妨げないような速度と方法で通行しなければならないことになっている。

 

 で,でも・・・・・・。現実に街角の至る所で目にする光景はというと・・・。彼らは歩行者が比較的多い場所でもすごいスピードですり抜けるように走行しているし,歩行者とすれ違うにはすこし狭い幅員の場所でも停止しようとしない(換言すれば歩行者が道を譲らなければ「衝突」という事態が発生する),さらに信号が変わろうとする直前,彼らは何とか道路を渡りきろうとして従前にも増してスピードを上げ,周囲の状況が目に入らない「視野」になっているし,挙げ句はメールを打ったり通話しながらの走行も珍しくない。街角で,猛スピードで自転車を走行させている彼らを見る時,あんなスピードで不測の事態に対応できるのかと思う。幼児が不意に列からはみ出すかもしれないし,老人がよろけることもあるかもしれない。そして,路地から歩行者が出てくることがあるかもしれないのだ。彼らの猛スピードの自転車と人とが衝突したらどうなるのよ。そんな風に思うのは「あたしだけ?」。彼らには,危険予知能力を含む想像力をたくましくして欲しいし,何よりも歩行者(当然,種田山頭火のように歩いている僕も含まれている。)を思いやるメンタリティーを期待したい。

 

 くどくなってしまうが,僕が腹に据えかねているのは,彼らの自転車の乗り方なのである。もちろん自転車は本当に有用な乗り物だし,僕だって乗ることもある。また,自転車に乗っている人の中には,自転車版の「江戸しぐさ」,「往来しぐさ」を実践している好感のもてる人たちもいる。人間にとって有用な物だけに,どうせ乗るならこういう人たちのように乗ってよ。

2009/04/27

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 ジャイアンツの快進撃中に見舞われたギックリ腰の方は,おかげさまで数日の間に自然に治っていった。その最中は,本当に変な格好で歩いていたと思うが,今では普通に歩けるようになった。さて,僕は公務員時代も,そして今も,これまで仕事中はずっとネクタイをしてきた。仕事柄これからもネクタイはしていくと思うが,最近,長年の研究の結果(笑),「ネクタイ緩め」が健康に良いということを認識した。

 

 ネクタイ緩めというのは,文字通りの意味で,ワイシャツの一番上のボタンを外し,ネクタイを緩めて開襟状態にすることである。考えてみれば,僕の仕事は一日中ネクタイを締めていなければならない訳ではない。裁判所での活動,依頼者との打合せ,法律相談,交渉などの場面では確かにネクタイを締めているが,それ以外の時,例えば事務所で文書を作成しているような時などは,ネクタイを緩めておけばよいのである。

 

 さきほど,長年の研究の結果といったが,正直なところはここ1,2年のうちに情報誌やインターネットなどで仕入れた情報である。それらの様々な情報を総合すると,ネクタイ緩めの健康上の効用として,僕が「(少なくとも)確かにこれはあるな!」と思ったのは,次の2つの点である。第1は,昼間の時間帯の自律神経のバランス維持に少なからぬ意味があるということ,第2は,血行促進による育毛に少なからぬ意味があるということ(笑い),の2つである。

 

 まず第1の効用について。僕たちの自律神経は,交感神経(戦闘モードというか「仕事やらなければ」モード)と副交感神経(リラックスモード)のバランスが保たれてはじめて維持されている。昼間といえども,絶えず交感神経優位では体とメンタル面がもたない。ストレスがかかり過ぎる。この状態は育毛にも良くない(笑)。それで,実際に昼間にネクタイを緩め,開襟状態にしてみると,本当に楽だし,リラックスできるのである。特に僕はこれまで,ワイシャツの首回りがあまり余裕のないタイプのものを身につけていたし,性格なのかしらネクタイもきつめに結んでいた。昼間のネクタイ緩めは本当にいいわぁ・・・・・。

 

 次に第2の効用について。人間の首の左右には,太い頸動脈が通っている。心臓のポンプから頭部に送られる大切な血液の,大切な通路なのである。また,毛髪を作る毛母細胞に対して,髪の成長に必要な栄養素や酵素を送り出す毛乳頭はとても大切で,その毛乳頭の栄養の元になっているのが血液なのである。フッ,フッ,フッ。もうお分りだと思うが,ネクタイをきつく締めて,大切な血液を毛乳頭に送り出す邪魔をしてはいけないのである。特に頭皮は心臓より上にあり,重力的にもただでさえ血液が行きにくいのだし,しかも毛乳頭へ血液を運ぶのは毛細血管なのである。ネクタイを強くしめて頸動脈を圧迫することは,育毛のためには,ぜ,ぜ,ぜったいに良くないのである(怒)。

 

 ・・・・・・・・。結局は,育毛ネタになってしまった。最近,僕の後輩の弁護士は,鬼の首をとったように僕の毛髪のことを揶揄する。しかしながら,僕だって年齢の割には非常に「善戦」していると思う(笑)。それに僕を揶揄する後輩弁護士だって,お見受けしたところ,どうひいき目に見ても毛髪的にはとても安泰であるとも思えない(笑)。彼らだって,決して枕を高くして寝られないのである。いずれにしても,ネクタイ緩めは良いと思う。

2009/04/24

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 さて,さて,僕の就職後,数年間はブルックナーの音楽だけでなく,グスタフ・マーラーの音楽にうなされていた。正直に言うと,「怖いもの見たさ(聴きたさ)」という心境だったかもしれない。

 

 マーラーの音楽(主として交響曲)の鑑賞,うなされ,の順番は今となってはもう思い出せない。第1番(巨人),第2番(復活),第3番,第5番,第6番(悲劇的),第7番(夜の歌),第8番(千人の交響曲),第9番,それから「大地の歌」などをよく聴いた。特に愛聴していたのはグラモフォンから出ていたレコードで,クラウディオ・アッバード指揮のものがほとんど。楽団はシカゴ交響楽団,ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団,ヴィーンフィルハーモニー管弦楽団のものであった。でも,「大地の歌」だけは,ブルーノ・ヴァルター指揮のもので,キャスリーン・フェリアが熱唱していたレコードを愛聴していたことは今でもはっきりと覚えている。

 

 その当時に思ったのは,マーラーの音楽は,「現代人」の苦悩と子供のような無邪気さ,ちょっと間違えれば「支離滅裂さ」を感じさせる音楽だということ。でも,とてつもない魅力がある。子供のような無邪気さ,特にトランペットをはじめとする管楽器の多用は,マーラー自身の幼少期の自宅近くに兵舎があり,毎朝そこから聞こえてくるラッパの影響だったのか・・・。また,「苦悩」は,妻アルマの不貞や,満たされない創作欲(満足のいく作品の追求)が原因か・・・・。

 

 東京で勤務していた当時,マーラー指揮で定評のあるエリアフ・インバルの演奏を生で体験できたことは貴重であった。その夜は交響曲第2番(復活)の圧倒的な熱演であった。「いやぁ,マーラーの音楽はあまり知らないけど。」という向きには,月並みだけれど,交響曲第5番の第4楽章(アダージェット)を聴いたりすれば,その魅力の一部に触れることができるのではないかと思う。ちょうどその頃,この曲が採用されたルキーノ・ヴィスコンティ監督の「ヴェニスに死す」という映画を観たことも今となっては懐かしい思い出である。

 

 そういえば,最近はバッハの音楽に熱中し過ぎていて,マーラーの交響曲はとんとご無沙汰だが,久しぶりに聴いてみたくなった。さて,何からいこうか・・・・・・。

2009/04/23

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 ランチの後には,散歩がてら近くの書店に立ち寄ることが多い。先日,「居場所のないこどもたち」(鳥山敏子著,岩波現代文庫)という本を見つけ,お得意の半身浴などをしながら読んでみた。この本には,「アダルト・チルドレンの魂にふれる」という副題が付いていた。

 

 アダルトチルドレンという言葉を今まで耳にしたことはあったが,その意味は分かっていなかった。「大人のような子供たち」といったような,直訳みたいなことをして済ましている場合ではなく,実は,機能不全家庭(その淵源には機能不全夫婦がある)が生み出す悲劇,つまり,子どもの時期に子どもらしく生きさせてもらえず,そのまま大人になった人たちのことをいうそうだ。

 

 この本で紹介された事例によると,例えば,アルコール依存症で酒乱の父親の暴力にいつもビクビクしながら過ごすことを余儀なくされた子ども,嫁と姑の不仲から,小さい時からおばあちゃん子として育てられたため,母親からはその後に生まれた弟や妹のようには可愛がられずに差別されて育った子ども,厳格な教育者一家に育ち,決して甘えることを許されずに育った子ども,過保護,無視など,様々である。要するに,「子どもの時にたくさんの心の傷を負ったままケアせず、大人になっていったこういう人たちのことを、最近、アダルト・チルドレン(AC)とよぶようになりました。からだは大人であっても、精神は保護者を必要とする子どもから成長していない大人という意味」だ(186頁)。

 

 アダルトチルドレンの問題の深刻さは,僕がこのブログでよく使う「負の連鎖」,「負の再生産」を招いてしまうからであろう。すなわち,親からの愛情を受けることなく(受けた形をとっていてもその愛情が歪んでいることもある),自由にのびのびと子どもらしく過ごすことを許されなかったアダルトチルドレンは,自分が大人になって育児に従事する段階になっても,やはり自分の子どもに甘えさせることをほとんど許さなかったり,精神的・肉体的虐待を加えたりなど,やはり機能不全家庭(家族)を形成してしまう傾向があるということである。

 

 この本の著者は,「ワーク」という活動を通じて,アダルトチルドレンの子どもとしての魂の叫び(インナー・チャイルド)を出させることによって精神的にケアし,立ち直らせる試みを実践し,多くの成果を上げているようであるし,そのような草の根の活動も有効だ。でも,わが日本は,OECD(経済協力開発機構)の発表によると,先進国28か国の中で教育予算(教育機関への公財政支出がGDPに占める割合)が最低だそうだ。子どもは宝であり,教育や機能十全の家庭は国家の基礎である。教育予算をより充実させ,例えば,悩みを抱えている子どもたちのカウンセリングなどをもっともっと十分なものにする必要があるのではないか。もっとも,家庭の機能不全の状況が尋常でなく,看過できないようなものであれば,法制度上は「親権の剥奪」というものが用意されてはいるが,そのような事態には至らないまでも,悩んでいる子どもたちのメンタル面をケアしていく必要性は高い。カウンセリングも有効だと思われる。そして子どもたちが何でも気軽に相談できるように,「(相談できる)こういうものがあるよ。」という広報(アピール)も重要だし,当然にそのためのスタッフも充実させる必要がある。

 

 「負の連鎖」,「負の再生産」というものは,将来にわたってできるだけ断ち切っていかなければならないであろう。

2009/04/21

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 もう,一週間も前のことになるだろうか。仕事を終えて自宅に歩いて帰る途上で目にした月の本当に見事だったこと。まん丸でとても大きかった。その時に僕の頭に浮かんだのは,「あのような月をバッハも見たのだろうか。」という思いである。

 

 その時にそういう思いが浮かんだのは,何故だか分からない。古今東西というが,昔でも今でも,また洋の東西を問わず,月の姿は同じであって,僕がその音楽を心から愛するバッハを思慕してそのように思ったのか,それともある本の一節が頭のどこかに残っていたからなのかは分からない・・・・。その本というのは,「バッハへの旅」(加藤浩子著,東京書籍)。この本は,著者が,バッハ生誕の地アイゼナッハから終焉の地ライプツィッヒまで,その生涯と由縁の街を巡る旅の様子を写真入りで紹介した本である。この本のうち,ちょうどこの著者がバッハの活躍したケーテンを訪れた際の記述の中に,「あの月を、バッハも見たのだろうか。」(174頁)という表現があったのだ。

 

 この著者は,本当に心からバッハの音楽を愛しているのだと思う。この本の「あとがき」の一部を引用してみると・・・・・・・

 「バッハに導かれて、ここまできた。いつ出会ったか、記憶にないままに。けれど気づいてみたら、いつもバッハがいた。好きな作曲家は大勢いるのに、好きな音楽もたくさんあるのに、ふと佇んだとき、曲がり角にいるとき、いつもバッハがそこにいた。バッハはさりげなかった。そして強かった。・・・・・・・・だがその足跡をたどればたどるほど、私はバッハの音楽へのかぎりない愛を、音楽を極めたい、その高みに上り詰めたいというたぎるような情熱を、感じずにはいられなかった。それがどれほど破格であることか。それはバッハに魅せられたひとりひとりが知っている。バッハに慰められたひとりひとりが知っている。行く手の見えなかった私がここまで歩いてこられたのも、バッハの強さの、破格さの、証明であるように思えるのだ。・・・・・・・あなたが逝って二五○年。その間、いったいどれほどの人たちが、あなたの音楽に励まされ、慰められ、癒され、勇気づけられてきたことでしょう。はるかな時空の彼方から、私たちに寄り添いつづけてくれているあなたの音楽に出会えた幸せを、私たちは改めて噛み締めています。」(342~345頁)

 

 引用が長くなった。でも繰り返すが,この本の著者は本当にバッハの音楽を心から愛しているのだなあと思ったし,僕も全く同じ気持ちなのである。

 

 ただちょっと待てよ。僕が帰途に見た月の絵柄は,当然,「うさぎの餅つき」であった。でも,バッハが見た月の絵柄はこれと同じではないはずだ。僕が小さい時,確か世界各国で見られる月の絵柄自体は違うというようなことを教わった。よくよく調べてみると,ドイツでは,「薪をかつぐ男」だったり,「悪行の報いとして月に幽閉された男の姿」として見えるようである。ちょっと暗いというか,ネガティブというか,少なくとも日本で例えられるような(うさぎの餅つき),ほのぼのとした雰囲気はないようだ。ということは,バッハが見た月と僕が見た月とで共通していることは,丸いこと,大きいこと,明るいことの三つということですか(笑)。

2009/04/20

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 いやね,本日のタイトルになった2つの事象の間には,何の関連もありません。ただ,ジャイアンツが快進撃を続けている間に,僕自身が結構なギックリ腰に見舞われてしまったということなのであります。

 

 昨日(日曜日),ナゴヤドームで巨人対中日戦があったので,弁護士仲間10名で観戦に行ってきた。ジャイアンツ組5名,ドラゴンズ組5名に分かれて,ビールなどを飲みながら,互いに本当に大人げない応援を繰り広げながら,楽しい時間を過ごした。その試合内容も,完全に子供になりきった者同士がさらにエキサイトするほど,面白いシーソーゲームになり,幸い我がジャイアンツが勝利し,3連勝で首位を堅持したのであります。観戦し合った弁護士仲間もさらに愛憎相半ばする親睦(?)が深まったのであります(笑)。良い一日でした・・・ギックリ腰の痛みを除けば・・・(泣)。

 

 もう季節の変わり目という表現もどうかと思うくらい,春が定着し,ちょっと体を動かすと少し汗ばむほどになった。でも,朝晩は暑いのか寒いのか分からないような季節でもある。油断して,しどけない格好で寝ていると,明け方などは寒さで目が覚めることもある。そんな訳で,ここ数日,ほんの少し風邪気味でくしゃみが出やすくなっていた。先日僕が布団を運ぼうとして,中腰というか,中途半端な姿勢をした瞬間に,くしゃみが出てしまったのである。ギックリ腰を誘引しそうな最悪の状況であった。案の定であった・・・・ギックリ腰のような症状となった。痛みもあるし,腰を庇うような情けない格好でしか歩行できない。ナゴヤドームへも,このような情けない格好で出向く羽目になった。このギックリ腰様の症状は,残念ながら当分の間は続きそうである。

 

 それにしても,ジャイアンツの方は心配していないが,グランパスの方は心配である。ジャイアンツもグランパスもそれぞれが仲良く年間王者に輝いてもらわなければ困る。グランパスは,僕が済州島で羽を伸ばしている間に浦和レッズに0-1で負け,その前は川崎フロンターレにも負けているから2連敗を喫していた。土曜日の柏レイソル戦は,FWダヴィの終了間際の決勝ゴールで辛うじて勝ち点3を加えることができたが,試合内容は必ずしも良くなかったようだ・・・。この試合は,グランパスの伝統的なシステムである4-4-2ではなく,中盤のバランスを立て直すために,異例の4-1-4-1というシステムを採用し,ダヴィのワントップだったようだ。「策士策におぼれる」状態にならなければ良いが。でも,試行錯誤しながらやっていくしかないし,ストイコビッチ監督の采配,学習能力・修正能力,負けず嫌いに期待するしかない。

2009/04/17

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 済州島第一日目の夜が明けた。二日目はこの旅行の目的でもあったゴルフである。今回の旅行プランではホテルでの食事が全くなかったので,ゴルフ組も観光組も,二日目の朝食はホテルのすぐ近くにある料理店でとった。その朝食は,「アワビのおかゆ」であった。済州島は海産物が美味しく,特にアワビが名物らしい。アワビのおかゆは初めて食べたが,味付けも,それからアワビのコリコリした食感も良く,美味しかった。より刺激を求めたいのなら,キムチをそのおかゆの上にのせて食べてもいい。僕もそうしちゃいました。

 

 約30分ほど車に乗って到着したゴルフ場はほとんど日本のものと変わらない雰囲気で,割と面白いホールが多かった。3人ずつの2パーティーでラウンドし,僕のパーティーには,前夜見事に「亀」になりきっていたA弁護士もいた。キャディさんは日本語が上手で,親切,運動量も豊富であり,楽しくプレーできた。でもスコアはねぇ・・・・・。これは自分の技術と精神面の問題だから,誰のせいでもない。今回のゴルフでつくづく思ったのは,もう一回練習に励んで往年の輝きを是非取り戻さなければということだ(こう見えてもほんの一瞬だったが,80台で回ったこともあったのだ・・・・)。僕にも誇り(矜持)というものはある。今回は屈辱的なスコアであった。よしっ,がんばるぞォー。

 

 ゴルフを終えて風呂に入り,クラブハウスで食事をした後は,この日の第二の人生を歩むべく,この日最初から観光をしていた観光組と合流し,全員で「民俗村」という所に行った。ここでは,乗馬とバギーを楽しんだ。これは本当に面白かった。実は僕は,今まで一度も馬に乗ったことはなかったのだが,馬に乗って駆け回るなど初めてで貴重な体験をすることができた。馬上の僕は,「燃えよ剣」の土方歳三か,「坂の上の雲」の秋山好古になったような得意の気分であった。バギーも初体験。みんなも全員これらを体験したが,みんな完全に子供になりきっていた。

 

 「民俗村」では,缶ジュースをめぐって,ちょっとした超常現象があった。みんな遊びまくってのどが渇いたもんだから,I弁護士が「おっ,梨のジュースか,珍しいな。飲んでみよう。」といって硬貨を入れ,梨の絵の付いた缶の下のボタンを押した。ところが,出て来たジュースは何とリンゴのジュースなのであった(笑)。その時のI弁護士の落胆振りにはひとかたならぬものがあった。確かにその梨の絵は,洋梨(ラ・フランス)ではなく日本でも見られるようなまん丸の梨だったから,そういうジュースは珍しいと思った。その状況を見ていたH弁護士は,「僕も梨のジュースが飲みたいなぁ・・・。今度は大丈夫だろう。」と彼も硬貨を入れ,その梨の絵の付いた缶の下のボタンを押した。と,ところが,出て来たジュースは何とまたしてもリンゴのジュースなのであった(笑)。それを見ていた僕は,「二度あることは三度ある」と思い,その梨のジュースは断念し,パイナップルの絵の付いた缶の下のボタンを押した。と,ところが,出て来たジュースはマンゴーのような果物のジュースなのであった(笑)。3人とも飲んだジュース自体は甘かったが,それぞれの表情はいずれも苦笑い。

 

 大いに遊んだ後,二日目の夕食は「キジのしゃぶしゃぶ」であった。これも初めての体験だったが,キジ肉が薄くスライスされたものを,いかにもダシがよく利いたコラーゲンたっぷり風の鍋にしゃぶしゃぶして食べるのである。これがとてつもなく美味であった。翌日は比較的早い時間帯のフライト(帰途)だったから,おみやげに韓国海苔(ごま油風味とキムチ風味の2種類が入ったやつ)を買った。このようにして第二日目(最後)の夜も平和のうちに更けていったのである。この旅行の記事のタイトルを「○○○紀行」としたのは,東洋文庫から出版されているイザベラ・バード女史の著作タイトルを参考にしたのである。とにかく今回の済州島旅行は,食事も行事(アカスリ,「亀の甲羅風蒸しタオル責め」,乗馬,バギー)も超常現象も初体験のことが多く,とても楽しい旅行となった(終)。

2009/04/15

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 さて,この紀行文も済州島第一日目の夜の「アカスリ」まで到達した。実はこのアカスリについては,僕とA弁護士は共にアカスリ+マッサージの総合的なコースを選択したので,この夜のしめくくりはアカスリに続くマッサージであった。

 

 アカスリ後,僕は優しい手つきで髪まで洗ってくれたミニ青龍に丁寧なお礼とお辞儀をし,シャワーを浴びた後に浴室を出た。するとそこには,その後の消息が分からなかったA弁護士のいつもと変わらぬ姿があった。相好を崩してお互いの健闘をたたえ合い,再会を喜び合った。A弁護士の少し弛緩した,無邪気な表情に接し,何かしら戦友のように思えてきた。我々はようやく人間ドックの検査着のようなものを身につけることができ,早口の担当者にマッサージ室まで案内された。

 

 マッサージ担当はいずれも女性であり,今度は間仕切りも何もなく,僕はA弁護士の隣のベッドでマッサージの施術を受け始めた。これだとA弁護士が何をされているのかもよく分かるし,互いの有様を見て次のメニューを推測することができるのである。ただマッサージ自体は,ある一点を除けば,日本で受けるのとそれほど変わらないオーソドックスなものであり,結構心地よかった。そのある一点というのは,いわば「亀の甲羅風蒸しタオル責め」とでもいうべきものだった。要するに,上着をとって上半身裸のうつ伏せになり,背面全体に,すごく熱い蒸しタオルを「これでもか,これでもか」という感じで何枚も何枚も際限ないほどに重ねていくのである。その結果,見事な「亀」が出来上がる。見たら一足先にA弁護士が見事な「亀」になっていた。そうなる前にA弁護士は「熱いー。熱いー。」を連発していたのだけれど・・・。それにしても,A弁護士のその見事な「亀」の艶姿は,「本当のところは,この人,性別はともかくとして,前世では亀だったんじゃないか。」と思わせるほど,「亀」そのものだったのである。

 

 僕も少し遅れて「亀」になり始めた。この時点で僕は,例の笑い上戸が顕在化し,A弁護士の「亀」の晴れ姿を見て,相当に押し殺し気味に笑っていた。でも,うつ伏せで笑うと,いくら押し殺していても体が上下してしまうので,これが僕のマッサージ担当者が察知するところとなり,割りと流ちょうな日本語で「クスグッタイデスカー?」と訊いてきた。僕は「大丈夫です。」と答えた(本当はくすぐったいのではなく,熱いんだけど・・・(笑)・・・)。その後僕の担当者は,「アツクナイデスカー」と何度も訊いてきた。僕としては,A弁護士があれほど「熱いー。熱いー。」を連発していたにもかかわらず,結局は見事な「亀」の晴れ姿に仕上げられてしまったのだから,自分もどっちみちそうなる運命だと思ったし,無用の軋轢を避けようと考え,やせ我慢(太り我慢か?)して「大丈夫ですよ。」と答えた。恐らく僕も見事な「亀」に仕上がったのだと思う。

 

 でも,件のアカスリとこのマッサージ等のおかげで,肌はツヤツヤ,スベスベになったし,体が軽くなり血行も良くなったようだった。確かに,体を温めることは健康に良いのだと思う。僕とA弁護士は,約束どおりこの店の担当者にホテルまで送ってもらった。これでようやく第一日目の締めくくりとなった。僕は,ヒゲも剃らなきゃならなかったので,ホテルの風呂に入り,ようやく床についた。床に入ってしみじみと思った。「長いこと生きてると,いろんなことがあるもんだなぁー・・・。でも,人生って面白いなー。」

 

 このようにして,済州島の第一日目の夜は,今度こそ更けていったのである(続く)。
 

2009/04/14

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 さて,済州島第一日目の夜に初体験した「アカスリ」のことである。そのアカスリの店は,現地添乗員さん(35~40歳くらいの女性)が勧めてくれたし,終わったらホテルまで車で送ってくれるということだったので,僕とA弁護士は安心してその店に向かった(実際に安心な店であった)。その店のあるビルは7階建で,男性用は6階,女性用は5階か7階になっていたと思う。

 

 店のカウンターで受付と代金の支払,貴重品の預けを済ませ,係の人の早口のかたこと日本語による説明を受け,僕とA弁護士はロッカー室で生まれたままの姿になった(笑)。ロッカーのキーバンドを左手首にはめ,恐る恐る浴室に入った。日本でいうスーパー銭湯,健康ランドみたいな風情でゆったりしていた。お客さんは,お風呂やサウナに入ったりだけの人も結構いたので,そこは必ずしも全てのお客さんがアカスリを受けるというものではなかったようだ。僕とA弁護士は湯船につかり,シャワーを浴びたりして体を温め,僕は一旦その広い浴室から出て,予め用意されていた上下の衣類(人間ドックで着るような検査着みたいなやつ)を身に付けた。そうしたら,その店の担当者が細い目を可能な限り丸くして,「チョトー,オキャクサンー,アカスリワー,アカスリ?」と言ってきたのである。そうそう,僕としては,てっきり下履きぐらいは身につけてアカスリを受けるものと誤解していたのだが,そうではなかったようだ。

 

 再び僕は生まれたままの姿になり,A弁護士と一緒に,広い浴室の奥にある「アカスリ室」に導かれた。そこは簡易の間仕切りがあって,その後のA弁護士の消息(姿)は,アカスリが終わって無事に再会するまでは分からなかった。さて,僕を担当する人は,いかつい屈強な男性で,朝青龍を全体的に小型化し,しかもその腹の脂肪を落としたような感じの人だった(以下,この担当者を「ミニ青龍」という。)(笑)。

 

 ミ,ミニ青龍は非常に無口で,無表情。入国手続の際の担当官のような見事な三白眼であった。彼は手術台のようなベッドに洗面器でお湯をかけて温め,僕に「アオミュケ」とポツリと言った。恐らく「仰向け」のことに違いないと思い,極度に低い枕に頭を乗せ,僕は仰向けに寝た(そ,そうか。結局生まれたままの姿でアカスリを受けるんだ・・・とこの時始めて覚悟を決めた)。この段階で,仁王立ちになったミニ青龍と,手術台風のベットに生まれたままの姿で仰向けになった僕が,完全に対峙する形になった。ミニ青龍は僕を見ていたようだが,僕はとても彼と目を合わせることはできず,僕自身はうつろな視線を白っぽい天井に投げかけていた。僕も長いこと生きているが,これまでの自分の人生の中でも,最も緊迫した場面の一つであった。とても笑えなかった(笑)。

 

 ミニ青龍は,やはり洗面器で僕の体全体に無造作にお湯をかけた。いよいよアカスリの開始である。人間,覚悟することが大事である。「散る桜 残る桜も 散る桜」(笑) ミニ青龍は僕の左足を持ち上げ,ヘチマのような肌触りのタオルでアカスリを始めてくれた。左足,左太もも,左の腹,左の胸,左の首,という風に・・・容赦なく・・・。結構痛かった。今度は,右足,右太もも,右の腹,右の胸,右の首・・・。右足をこすられている時などは,自分の足先や膝がミニ青龍の腹に触れたり,当たったりするのだ。何なのだ,この極めて特異な,形容しがたい,筆舌に尽くしがたい,何となく滑稽なシテュエーションと雰囲気は(泣)(笑)。

 

 ミニ青龍は,今度は僕に「ヨコ」とはっきりした口調で言った。これは正に「横」のことだから,僕は左を下にして横になった。僕の足先から首までの右側面部分のアカスリが始まった。僕は目をつぶっていた(笑)。ミニ青龍は今度は「コッチヨコ」と言った。彼なりに工夫した日本語だろう。僕は右を下にして横になった。やはり,僕の左側面部分のアカスリをやってもらった。

 

 次にミニ青龍は,「ウチュブセ」と言った。そりゃ,時間の流れからして次は「うつ伏せ」のことだろう。笑っちゃいけない時にはことごとく笑ってきてしまった笑い上戸の僕だから,「ウチュブセ」などと言われたら,普段の僕なら吹き出して笑ってしまうところだが,この時も笑えなかった(笑)。うつ伏せスタイルでのアカスリも無事終了した。

 

 これで終わりかと思ったら,今度は極度に低かった枕が撤去され,手術台風のベッドの先から頭を出すようにジェスチャーで示された。僕は仰向けの状態で頭だけを自分の首の力で支える形で出した。ミニ青龍は,やおら僕の頭に手を添え,髪を洗い始めてくれたのである。シャンプーだか,トリートメントなんだか分からない物質を使って,それでも結構優しい手つきで・・・(笑)。極東の小島で,夜間,手術台風のベッドの先から頭を出し,朝青龍似の気は優しくて力持ちの男性に,優しく髪を洗ってもらいながら,僕は,「長いこと生きてると,いろんなことがあるなぁ・・・。こんな経験はごく一部の選ばれた人間しかとても体験できないぞ。俺も,そして消息の分からないA弁護士も,ひょっとすると一握りのエリートなのかもしれない・・・・・。それにしても異様な雰囲気だなあ。」などと,感慨にふけりながら身を委ねていたのである。

 

 このようにして,済州島第一日目の夜は更け,悠久の時間が過ぎていったのである・・・(続く)。

2009/04/13

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 先週末に2泊3日で韓国の済州島に旅行した。同行したのは同業の弁護士6名(僕を含む),事務員さん2名の合計8名だ。中部国際空港(セントレア)を金曜日の午後3時20分の離陸,済州空港を日曜日の午後0時30分の離陸だから,内容的にはほとんどゴルフ旅行といってもいい。でも,本来のゴルフ以外でも大変楽しいこともあったので,このブログでもご紹介したい。

 

 僕自身,韓国に旅行するのも,そして当然済州島に旅行するのも生まれて初めてなので,若干の不安と少なからぬ興味が交錯する心理状態。ただ,今回の同行者の中には既に複数回済州島を訪れている人達も数人いたので,大船に乗った気持ちでもあった。搭乗手続を終えたら,早速いつものとおりの「結団式」。セントレアの中華料理店で小宴会が始まり,「太るの嫌だな」と思いつつも,もう絶対に楽しいもんだからついビールとおつまみをたくさん・・・・。フライト時間は約2時間。大韓航空の客室乗務員さんは親切で,そういえば行きも帰りも皆さん美人でスリムであった。やっぱり僕もブクブク太っちゃいけないなと思っていたら,何と3時20分出発便という時間帯なのに,き,機内食が出されてしまったのである。海苔巻きといなり寿司の・・・。やはりおもてなしをされたのだから,ありがたくいただかないと。もう,当分の間は絶対に体重計には乗れないな(笑)。

 

 さて,とうとう済州島に到着した。入国手続の際,順番待ちの「STOP」のラインを少し超えてフライング気味の位置で立って待っていたら,少し下がるように注意された(笑)。その後いよいよ僕の番が回ってきて,パスポートをカウンターの所に置いた。でもその担当官は,もはやあっぱれとでも言うべきアンニュイな態度,見事なほどの三白眼であり,その冷徹そうに見える視線に,チキンハートの僕は萎縮してしまった。その担当官はパスポートを手にし,チェックをし,再びパスポートをカウンターに置くまでの間はもちろんのこと,その後も一言も発することなく,顔をそむけたままだった。僕は恐る恐るその場を立ち去るしかなかった(泣)。大韓航空の客室乗務員はあれほどフレンドリーだったのに・・・。でもそれ以外に嫌な思いをしたことはなく,現地の人は概して大らかで,明るかった。

 

 さて,ホテルでチェックインを済ませたのはもう午後6時少し前だった。軽く休んで夕食のための集合時間は午後6時30分,ホテルロビーと決まった。一行はタクシーに乗り,地元の名産と言われる黒豚を食べに行った(実はそれほどお腹は空いていないのに・・・)。でも,実際に食べてみると,美味しかった。蒸した黒豚の肉が食べやすいサイズに切ってあり,それにキムチやニンニクを加え,それをサンチュで巻いて食べるのである。さらには冷麺まで追加しちゃって・・・。俺はトドか?みたいなお腹になっちゃった(笑)。このままの調子を続けたら,ダンテ「神曲」の地獄篇第六歌にいう第三番目の圏谷(たに),すなわち生前貪食(大食い)の罪を犯した者が墜ちる圏谷(たに)に行かされる(泣)。

 

 さて,その後一行は三々五々になったが,僕はA弁護士とともに,ご存じ韓国名物アカスリに行くことにした。この僕のアカスリ体験は,長いこと生きてきた僕の人生の中でも極めて特異な,形容しがたい,筆舌に尽くしがたい,何となく滑稽な体験であって,満を持して日を改めてご報告したい(続く)。

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