名古屋の無料法律相談ならあかね法律事務所


無料法律相談受付電話番号052-223-2101

受付時間(平日)
9:00〜18:00

無料電話
法律相談
無料面談
法律相談
アクセス

MENU

弁護士ブログ

2009/02/09

[カテゴリ]

 昨日,つまり2月8日は,新撰組の前身である浪士組が結成され,江戸から京都に向けて出発した日である。文久3年(1863年)というから,今から実に146年も前のことである。僕の場合は,数年前のNHK大河ドラマ「新選組!」をきっかけに新撰組に興味を持ったのだから,新撰組歴はそれほど古くはない。新撰組の歴史的な位置づけについてはいろいろな見方があるが(佐幕派としての活動がかえって倒幕・維新を早める結果となったなど),それぞれの志を立て,必死で白刃の下をかいくぐって奮闘した彼らには魅力を感じる部分も多々あるのだ。僕は好きだな。

 

 さて,新撰組に関する本は数多く読んだが,やはり,子母澤寛の,いわゆる新選組三部作,「新選組始末記」,「新選組遺聞」,「新選組物語」は必読であろう。作者の子母澤寛の祖父も彰義隊の一員として上野戦争を戦い,転戦して函館五稜郭まで行ったのだし,子母澤自身,全国を歩き回って新選組隊士の生き残りや関係者に直接会って取材したという。三部作のうち,「新選組始末記」,「新選組遺聞」の2つは,全国で取材した内容に基づく「聞き書き」で比較的史実に近い内容だと思われるし,「新選組物語」はその名が示すように物語,創作であろう。

 

 ところで僕は,新撰組に関する本を多数読んではみたものの,局長の近藤勇は副長の土方歳三をどのような存在として受け止めていたのだろうかという興味,関心もあった。でも,僕にはなかなかその辺りのことは解らなかった。ただ,土方歳三ファンには悪いが,仮に僕が新撰組隊士だったら,土方にはちょっと「引いてしまう」部分を感じただろう。前にもブログに書いたが,あえてタイプ分類をすると,僕は山南敬助タイプなのだ。

 

 前置きが長くなったが,「新撰組物語」の最後の章である「流山の朝」の中に,さきほどの僕の疑問を解いてくれるような,ドキッとする箇所があった。この章は,もう官軍(直接の折衝役は薩摩藩の有馬藤太)に捕縛される直前の様子を描写したものだが,近藤が,身の回りの世話をしてくれる若い娘お秋に対し,土方に対する思いや心情を吐露する場面があった。その核心部分のみ引用すると(343項以下),

 

「わしは、京にあって、局長として如何なる我儘でも通る絶対の立場にありながら、何んとなく不自由な、何んとなく狭ッ苦しい、何んとなく息苦しい、言わば圧迫を感じていたのです。わしは、時々、そんな妙な窮屈を感じたので、何んの為だろうと、深く考えては見たけれども、どうしてもわからなかった。それが今朝、本当に、はっきりとわしにはわかったのだ。わしは、下の土方に事毎に敗ける、土方以下の人物だったのです。だから、ゆうべ、ああして土方と別れ別れになった。三十年の盟友と袂をわかって、わしは泣かねばならぬ筈でしょう。泣くのが本当です。それをわしはほっとした。そして、泣くべきわしが、はじめて、そこに己を見出し、自由なうれしさを味わい、何にかこう小鳥が籠を放されたような心地がして、本当に安心して、こんなに眠って終わったのです。わしは、心の中の敵、親しければ親しいだけに、深く食い込んでいた敵と離れたという事をはっきり知ったうれしさに、外の敵などはもう眼中にない。どうでもいいのだ。近藤が全く自由な一人の近藤をして、生きる事も死ぬ事も出来るうれしさ・・・」

 

 これはあくまでも物語であって,近藤勇自身が語ったことではないが,全国を取材した上での「聞き書き」の名手である子母澤寛の深い洞察力に基づく描写であるだけに,説得力もある。僕のもやもやした疑問がある程度解け,我が意を得た瞬間でもあった。

2008/12/09

[カテゴリ]

 新撰組は何しろ武闘集団だから,個々の隊士の評価に当たっては,「強さ」すなわち剣の腕も一つの基準になるだろう。そうしたときに,剣の腕の凄さという観点から強いて5人だけ挙げろとなると,次のような面々じゃないかと思う(これは強さの順ではなく五十音順)。沖田総司,斎藤一,永倉新八,服部武雄,吉村貫一郎。

 

 ただ,局長の近藤勇の天然理心流は,刀術だけでなく,棒術,柔術,気合術などを総合した極めて実践的な剣法だったようで,彼は先に挙げたようなそうそうたる面々を統率していたのだから,彼が一番強かったという論も成り立つ。でも,ここではその論はひとまずおくことにする。さてさて,沖田,永倉,斎藤は新撰組の各組の組長を務め,剣術師範だったのだからその実力の凄さは言うまでもない。戊辰戦争が勃発した初期の段階で,薩摩藩が圧倒的な火力(鉄砲など)を駆使している中,永倉などは,副長の土方に要請されて弾丸が雨あられのように降る中に,果敢に斬り込みにいったというのだからその気の強さも凄い(また,永倉の曲がったことの嫌いな謹厳実直な性格も好き)。

 

 ところで,服部武雄は結局は新撰組と袂を分かち,伊東甲子太郞率いる御陵衛士(いわゆる高台寺党)に属したが,その強さは半端じゃなかったらしい(二刀流で勇猛果敢)。

 沖田より強かったという説もあるくらいだ。

 

 また,吉村貫一郎は,浅田次郎の「壬生義士伝」の主人公であり,創作の部分が相当あるらしいのだが,この人物も相当に腕が立ったように描かれている(映画では「新選組で一番強かった男」というふれ込みまである)。僕は,この「壬生義士伝」という小説を読んでいて不覚にも泣いたことがある(同じ著者の「輪違屋糸里」を読んだ時はアッケラカンとしていたのに・・。)「壬生義士伝」にはそれくらい感動的な部分がいくつかあり,吉村貫一郎の生き様に大いに感動した。腕は立つし,学問もできる。かげで「守銭奴」と誹られながらも,なりふり構わず故郷(南部藩)に置いてきた妻子を必死で守ろうとするのである。いいなぁ,こういう人は・・・。

2008/12/08

[カテゴリ]

 何気なく新聞の雑誌広告欄を見ていたら,「月刊現代」(最終号と書いてある)の対談企画として「男たちの魅力『新選組』最高の隊士は誰だ」とあった。

そうだなぁ,いつどんな時でもこの企画は成立するよなと思った。何しろ,激動の時代が生んだ新撰組の華々しさと悲劇性,隊士の面々の途方もない魅力と謎,どれをとっても興味深いからである。

 

 さて,「最高の隊士は誰だ」となると,大方の人は土方歳三をまず挙げるのだろうし,近藤勇,沖田総司なども有力なんだろう。でも僕は,このあまりにも魅力的過ぎる存在(団体)の中で,「最高」は決められないのではないかと思う。不遜な言い方だけど,知れば知るほど決められなくなってくるのが普通だ。

 

 ただ,自分だったらどのタイプに近いのかなということからすると,僕は山南敬助か伊東甲子太郎に近い存在だったのではないかと思う(ビジュアル面は別として。)。数年前の大河ドラマ「新選組」は毎週楽しみに見ていたが,山南敬助の「決断」に至るまでのいきさつや切腹場面は,自分の姿を投影させてみていた。その後に家族と京都旅行に行った時は,当然のように光縁寺の山南敬助の墓参りまでしちゃったのである。

 

 墓参りで思い出したが,僕は2年前の家族旅行で,会津若松などに行き,同市内の阿弥陀寺にある斎藤一の墓参りもぬかりなくやった(墓碑銘は「藤田五郎之墓」だったと思う。)。そう,僕は隊士の追っかけなのである。この斎藤一という人物も極めて謎めいていて興味がある。相当の手練れであり,多くの修羅場をくぐり,その後西南戦争にも従軍している。大河ドラマではオダギリジョーが格好良く斎藤一役をやっていたが,写真を見る限り,実物はフランケンシュタインを少し細くしたような感じである。(続く)

ブログ内検索

カレンダー

2019年10月
« 9月    
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  

カテゴリー


PAGE TOP