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弁護士ブログ

2012/01/30

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 「ブロッキング高気圧」というのでしょうか,居座り続ける高気圧のせいで寒気団も居座り,特に日本海側はすごい降雪量のようです。本当に大変です。日本海側に住んでおられる皆様には何とかこの大雪を乗り切っていただきたいです。波は荒いかもしれませんが,美しい日本海を目にできるのですから・・・。

 

 昨日の朝,産経新聞を読んでいましたら,朝っぱらから不愉快な記事に出くわしました。アメリカのバージニア州議会で,州内の公立学校の教科書に日本海を「東海」と併記することを求める州法案の採決が行われ,辛うじて1票差で否決されたようです。危ない,危ない。これは,歴史的事実を知らない地方議員が韓国系団体のロビー活動を受けて法案を提出していたためだそうです。アメリカでは最近,韓国系アメリカ人らが日本の教科書の使用中止を求めるという極めて不当なロビー活動も展開されており,由々しき事態です。全く,油断も隙もありません。

 

 「ウソも百回言えば本当になる」じゃありませんが,本当に不愉快で看過できない動きです。というのも,今回アメリカのバージニア州上院議員にこの法案の提出を働きかけたバージニア韓国人会の会長は,「来年も再来年も同様の法案上程を働きかけるつもりだ」とのたまったそうです。どうやら「ウソを百回」でも言い続けるようです。

 

 私が本当に悲しく,しかも恐ろしく思うのは,票やお金が欲しいために歴史的真実や国際常識に反してでもロビー活動に屈してしまう議員の見識のなさです。それと,民族的憎悪や不満,自己顕示欲から,歴史的真実や国際常識を何とかひっくり返してやろうというこういったロビー活動者らの魂胆の卑劣さです。「日本海」と最初に命名したのは,ロシア海軍のクルーゼンシュテルン提督(1770-1846)であり,現在,国連及び国際的な海図の大半は「日本海」(もしくはその訳語)という表記を使用しておりますし,国際的にはこれが一般的なのです。歴史的にも「日本海」は17世紀初頭の清の世界地図坤輿万国全図や明治以前発行の欧米の地図に既に記載されてもおります。英語ではSea of Japan,フランス語ではmer du Japon,ドイツ語ではJapanisches Meer,ラテン語でもMare Iaponicumと表記されているではありませんか。

 

 つい最近でもアメリカやイギリスは「日本海」単独表記を支持しております。日本海呼称問題などといったものは,韓国や北朝鮮が勝手に問題化しているもので,平成23年8月8日の報道でも,アメリカは「日本海」と単独表記しなければならないという公式意見書を国際水路機関(IHO)に提出しましたし,イギリスもこれに続きました。

 

 でも,「ウソを百回」言われているうちに,そして不当なロビー活動が続けられているうちに,「日本海」という真実の呼称が危うくならないとは限りません。いやむしろ,危うくなっているのではないでしょうか。産経新聞が指摘するように,日本政府は官民を挙げた対策が求められているでしょう。それにしても,産経新聞以外にこの問題を報道したメディアはあるのでしょうか。ちなみに私は読売新聞も購読しているのですが,同じ日の朝刊では全く触れられておりません。

 

 この問題一つをとってみても,国民にはメディア・リテラシーが求められていると痛感します。

 

  「旅は日本海へ出て 風は薄を吹く」   荻原井泉水

2012/01/26

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 髪の毛の寝グセがひどくて困っております。今朝なんか,ちびまる子ちゃんに出てくる花輪クンの髪型みたいになっていました。風も吹いていないのに髪が右側に流れてしまっているのです(笑)。もっとも私は,花輪クンほど毛量は多くありませんが・・・(笑)。

 

 このところ何で寝グセがひどくなったのか。思い当たるところと言えば,最近,ストレートネック矯正用に通販で枕を購入したのですが,それが割と良さげで,スムーズに寝返りを打てるようになりました。睡眠中にハデに寝返りを打ったりしてそれがハデな寝グセに結びついているのではないでしょうか。

 

 寝グセがどうして問題かというと,弁護士としての説得力に欠けてしまうということです。つまり,例えば私が法律相談をしていて,理路整然と,分かりやすく,判例なんかも示して真っ当な法律相談をしていたとしても,相談者が寝グセが十分に直っていない弁護士の姿を目の当たりにしたら,それだけで説得力というものを欠いてしまうのではないかと危惧するからです(笑)。

 

 それはそうと,昨日は東京出張でした。新幹線の車窓から観ることのできた霊峰富士の姿の本当に美しかったこと。静岡駅を過ぎた頃から美味しい駅弁を拡げ,車窓からの風景を眺めながら美味しくいただいておりましたところ,静岡駅から三島駅までの間に接した冠雪した富士山の姿の美さに,思わず見とれてしまいました。

 

 何で「霊峰富士」というのですかね。その美しさと偉容は,観る者にインスピレーション(霊感)を与えてくれるからでしょうかね。富士山の姿を前にした時,とても一瞥をくれて終わりという訳にはいかず,その姿が見え始めてから見えなくなるまで,ずっと観てしまうのです。

 

 俳人井上井月も次のような句を作っております。

 

 「雪ながら 富士は今年の 物らしき」

 

 中井三好さんは,この句を次のように解説しております。

 

 「何時(いつ)も雪を置く富士山ではあるが、今日の富士の雪はことさら白く輝いている。『今年の物らしき』と新しい年を迎えた富士の姿を詠んだものであるが、淡々と『かるみ』の体で、己の心を映しだしたものである。」(「井上井月研究」200頁中井三好著,彩流社)

 

 駅弁を食べながら美しい富士山の姿を観て,文久3年(1863年)の2月27日に江戸を出立した浪士組の近藤勇,土方歳三,沖田総司,山南敬助らも,道すがら,今自分が観ている富士山の偉容を観ながら旅をしたのだなと思いました。この浪士組のうち,近藤らの集団こそ,後の新撰組の主要メンバーなのです。

 

 この東京出張の日(1月25日),政府は「富士山」を世界文化遺産に推薦することを決定したそうです。富士山は日本の宝です。

2012/01/24

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 いやー,寒いですねぇ。先週の土曜日(1月21日)が大寒だったのでしょうか。やはり暦の表記どおり寒いです。東京では4センチほどの積雪があって,首都高速も一部通行止めのようです。明日は東京出張なのですが,ダイヤが乱れたりしたらイヤですね。

 

 朝の出勤時に,事務所のあるビルのエレベーターで他社勤務の初老の男性社員と乗り合わせました。面識も何もなかったのに,その男性は「今日は本当に寒いですね。」と私に声を掛けてくれました。私は,「そうですね。冷えますね。東京では雪も積もってるようですよ。」と返事をしました。同じビルの住人とはいえ,見ず知らずの人に時候に関する簡単な挨拶ができるとは・・・。精神的に余裕のある人なんだろうと思いますし,古き良き日本人の典型に接することができたようで,何か少し嬉しくなりました。

 

 娘のあかねちゃんの大学入試のセンター試験も無事に終わりました。今年のセンター試験では,あちこちで運営者側のミスがあったようですね。そのせいで約2時間待たされたり,あるいは追試を受けざるを得なかった受験生もいたようで,気の毒です。今日の朝刊を見ていたら,週刊誌(サンデー毎日)の広告に何やら面白げな見出しが載っていました。その見出しとは・・・「センター試験大混乱の裏に事業仕分け-蓮舫のせいだ!?」というものです。サンデー毎日みたいな週刊誌は朝日新聞などと同様,読みたくもないのですが(笑),この記事だけは覗いてみたい気もします(笑)。

 

 それにしても,野田という者は完全に財務省の走狗になっていますね。消費税率引き上げに血道を上げています。安住という人も,経済や財政のことなど全くわからず,ただの「お飾り」です。この人は,その近しい人の話によると,その日その日,その場その場で微妙に身長が違うそうです(笑)。まるで超常現象のようです(爆笑)。財務省の腹黒い役人は,内心で「どいつもこいつもバカばっかりで,与しやすいことこの上ない,税率を上げるなら今だ!」てなもんでしょう。IMFに働きかけて日本に消費税率を上げるよう勧告させているのは,何を隠そう財務省の役人です。

 

 前にも述べましたように,私自身は消費税率の引き上げはいずれ必要だと思っておりますが,それと同時かその前にやるべきことがあるというのが持論です。それは議員定数削減などといったものもさることながら,デフレからの脱却と超円高の解消のための努力です。こんなデフレ状態で消費税率を上げたりすれば,消費者がモノを買わなくなり,企業収益もさらに悪化し,結果として税収も減ります。経済が元気にならなければ,そして名目GDPが増えなければ税収は上がらないのです。このデフレからの脱却と超円高の解消のための処方箋については,有力な経済学者らが示しています(岩田規久男さんなど)。財務省などの役人は,日本の将来のことを真剣には考えていないようです。彼らは,自分の出世や生活の安定(天下り先の確保),利権のことだけです。

 

 今朝の産経新聞には,編集委員の田村秀男さんや,京都大学大学院教授藤井聡さんの論稿が掲載されていました。本当に説得力があります。皆さん,反日左翼新聞を見る暇があったら,産経新聞を読みませんか。産経新聞の全てがいいとは言いませんが(笑)。

2012/01/20

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 私は日本人です→日本が誇る古典文学といえば「源氏物語」です→でも私は「源氏物語」の全体的なあらすじすら理解していません→それでは日本人として少し恥ずかしいような気もします→でも全部を読むには時間が・・・→そうだ!取り敢えずは漫画か何かで,せめてあらすじだけでも理解しよう・・・

 

 そんな訳で,前にもこのブログで触れましたが,とうとう漫画「あさきゆめみし」完全版(大和和紀著,講談社)の第1巻から読み始めました。なかなかいいですね。取り敢えず第1巻を読み終えたところですが,興味を持ち続けて読むことが出来ましたし,これならば大まかなあらすじは理解できます。ここまでの主な登場人物は,光源氏,桐壺の更衣,藤壺の宮,頭の中将,弘徽殿の女御,葵の上,六条の御息所,夕顔,惟光,紫の上,末摘花などが出てきました。そういえば,高校の古文の時間に少しばかり習ったなぁ,懐かしいなぁ,と僅かに思い出すようなシーンもあります。

 

 それにしても,こういう女流文学が平安時代中期に成立していたなどとは,本当に日本の文化は奥深いと思います。愛に対する渇望,老若男女を問わずどうしても払拭できない嫉妬という感情,人生のはかなさ・無常観などなど,この紫式部という人物の観察力,洞察力,表現力は類い希だと思います。六条の御息所が生霊を放つ場面,情念といいますか,これには凄みがあります。

 

 この「あさきゆめみし」という漫画のタイトルは,「いろは歌」の一部から採用されているのですが,その「いろは歌」のことが今朝の産経新聞の「産経抄」に書かれていました。四十七文字で無常の世界を表現したのですね。これも日本人ならではの素晴らしい世界です。

 

 そういえば,日本文学に魅せられ,現在でもその研究に勤しんでおられる碩学ドナルド・キーンさんは,この2月11日に名古屋大学に講演でお越しになるそうです。私は行くことができませんが,何とかその講演録でも入手できたらなと思っております。

2012/01/19

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 ずいぶん前に,やはりこのブログで,やはりこの表題のことについて書かせてもらいました。私も男性ですし,もう歳ですから,年相応に髪の毛が少なくなっていくことは仕方ないと思っております。どうですかねぇ,髪の毛の量は年相応だと思ってはおりますが,寂しい気もします。でも歳ですから,もう仕方ありません。諦観というやつです(笑)。でもまだ煩悩というものがあります(笑)。

 

 往生際が悪いのかもしれませんが,それでも何とか薄毛化というこのおぞましい事態の進行,増悪(ぞうあく)とでも言いましょうか,これを遅らせたいのです(笑)。私のこの薄毛化の予後は不良なのかなぁと,心配でもあるのです。何とかしたい!

 

 そういう訳で,私も仕事の合間を縫って,自分なりに「薄毛」に関する研究と考察をしました。現在私がこの問題に関して到達した結論は,前にも述べましたように,「体の内側から」というテーゼです。これはほぼ確信に近づいております。

 

 どういうことかというと,「薄毛」になるということは,やはり毛髪の土壌となる頭皮,さらには毛母細胞,毛乳頭に酸素と栄養を運ぶ毛細血管とその血流,さらにこれを維持させる体内環境の整備に尽きるということです。遺伝なんか論じてももはや詮無いこと。そして,体の外側(頭皮)からベタベタ育毛剤を付けたり,養毛剤を振りかけたりしてもダメ。ましてや病院のAGA外来で処方される薬も副作用の心配があり,試したことも今後試そうとも思いません。

 

 「体の内側から」なのです。十分な睡眠,特に成長ホルモンの分泌の活発な午後11時からせいぜい午前2時までは特に熟睡状態でありたいと思いますし,腸内環境を良くして美しい健康な血液を全身に巡らせること。健やかな血液でないと毛細血管を通って行きません。血行と体温を上げる努力をすること。血管の老化をできるだけ遅らせる生活習慣,食生活に心がけること。要するに,「体の内側から」なのです。ちゃんと聞いていますか?僕よりかなり若いのに,僕より深刻な事態に立ち至っている同業者のY先生!(笑)。昔は冗談で「おう,かなり来てるね。」,「何言ってるんですか。先生の方が来てますよ。」などと言い合っていた間柄だったのですが,最近のY先生の深刻度を前にすると,掛ける言葉もないというか,冗談も言えません(爆笑)。

 

 そして,「体の内側から」というテーゼについて,さらに私に確信を抱かせる文献に出会いました。「なぜ、『これ』は健康にいいのか?」(小林弘幸著,サンマーク出版)という本です。この著者は順天堂大学医学部教授なのですが,この本で展開された主張,要するに自律神経のバランスが重要であること,特に副交感神経の働きを上げるべきという点は非常に説得力がありました。交感神経の働きが強すぎると(私はその職業柄,その傾向が強いです),血管が収縮して血流が悪くなります。「薄毛」に関する影響は歴然としてますでしょう。血管が収縮すれば,細い毛細血管を血液が通り難くなり,毛母細胞,毛乳頭に大切な栄養や酸素が届きません。副交感神経の働きがよくなると,血管が拡張気味になり血流がよくなるのです。気分的にも落ち着きますし。

 

 この本では副交感神経の働きを高めることの必要性と,そのためのいくつかの工夫について論じてあります。私も早速実践し,呼吸は深い呼吸に心がけ,吸う時間と吐く時間が1対2程度になるように,深くゆっくりとした呼吸に心がけておりますし,動作も心がけてゆっくり,そして「怒らない」ということ,などなど・・・。

 

 そうです。いわゆる「薄毛」対策は,「体の内側から」なのです!

2012/01/17

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 前にもこのブログでお話ししたことがありましたが,私の愛するこの日本国の国旗や国歌に異常な敵意を示す教員がいるんですねえ。本当に困ったものです。昨日,最高裁判所第1小法廷で国歌の起立斉唱命令に従わずに懲戒処分を受けた公立学校の教員らに関する上告審判決が下されました。

 

 この最高裁判決は,それまでの流れと同様に,公立学校の教職員らに対し,職務命令として起立して国歌斉唱することを求めることは彼らの思想・信条の自由を侵害するものではなく,これに従わないことを理由に懲戒処分すること自体はその処分内容が合理的な裁量の範囲内にある限り,憲法違反でないという真っ当な見解を示しております。そのこと自体は評価できます。でも,でもですよ。問題は,「過去数回の不起立のみで停職・減給とするのは,処分による不利益の大きさを考慮すると重すぎて違法」との初判断を示してしまったのです。

 

 こんな判断を示せば,教育現場の混乱はどうなってしまうのでしょうか。職務命令にもかかわらず起立して斉唱等しないという連中は,いわば「確信犯」なんです。何回不起立を繰り返したって,せいぜい「戒告」で済まされるんだったら,連中は何回でも繰り返しますよ。ほんの少しの想像力さえあれば,そんなことはすぐに想像できるでしょうに。「戒告」っていったって,その処分内容を示す紙を渡され,せいぜい人事記録にそういう処分を受けたことが記載されるだけですから,「確信犯」である連中にしたら屁のカッパです。それこそ確信的に何度でも繰り返すでしょう。

 

 自分の人生の中でも思い出深い節目となる入学式,卒業式などの厳粛な祝典に,国歌斉唱の際にふてぶてしくも立ちもしない連中の姿を目にした児童・生徒はどう思うのでしょうか。看過できない悪影響があるはずです。国歌や国旗を愛するという気持ちは世界共通なのに・・。

 

 それに,そもそも学習指導要領は教師に対し,国旗掲揚と国歌斉唱を指導するように定めているのです。また,どの民間企業も,就業規則の中で,「懲戒」の項に,譴責,戒告,減給,出勤停止(停職),諭旨解雇,懲戒解雇というふうに,徐々に段階的に不利益処分を定めています。大の大人が「戒告」を何度受けても同じ不起立等を繰り返したならば,「まだ分からんのか!」といって,より不利益度の高い処分を加え,改善を求めるのが筋というものでしょう。解雇されることなどあり得ないなどと高をくくった連中は,自分の思想・信条が許さない,などといってこれからも何度も何度も不起立を繰り返してしまうでしょう。結論としては疑問の残る最高裁判決です。

 

 さて,この前の日曜日の朝,ボーッとテレビを見ておりましたら,俳句の番組がやっておりました。お題は「日脚伸ぶ」でした。本当にいいですねぇ。俳句の世界も・・・。四季を感じ,愛でる日本人の世界です。「日脚伸ぶ」というのは,冬の季語で,冬も終わりごろになって,昼の時間がだんだんと長くなるという意味です。そういえば,もうずいぶん前に冬至も過ぎ,毎朝ほとんど同じ時間に起きる私は,室外がだんだんと明るくなってきたことに気付きました。まだ寒いですが,次は春です。もう少し先になれば,「水ぬるむ」なんて風情のある季節にもなります。

2012/01/12

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 昨晩は晩酌はしませんでしたから,半身浴をしました。半身浴をした夜は,ぐっすり眠ることができます。これはどうやら体験的にそのように思います。理由は分かりませんが,特に睡眠の質が良くなるような気がしますし,夜中に目覚める回数も少なくなるのです。寝酒などといった言葉があり,私自身は寝酒はしませんが,酔っているか,あるいは少し酔っているからといって,眠りの質が良くなるとは思えず,かえってお酒を飲んだ方が夜中に目が覚めてしまうことが多いような感じです。まあ,個人差もあるでしょうが。

 

 さて,バッハのゴルトベルク変奏曲のうちの憧れの第1変奏のその後の練習はどうなったでしょうか。・・・遅々として進みません(笑)。暗譜などはできる訳もなく,楽譜を見ながらなんとかゆっくり,ゆっくり弾くことのできる程度です。もう少し本来のテンポで弾けるようにしなければなりません。でも私の場合は,所詮その程度の才能なのでありますよ。

 

 この練習に少し時間がかかったのは,運指を考えながらの練習だったからだと思います。というのも,私が入手したゴルトベルク変奏曲の楽譜には,所々に小節番号はあっても,運指番号が全くない楽譜だったからです。運指というのは,その音やそれから先の数音を,どの指でタッチするのが合理的でスムースなのかを示すものです。運指番号は,右手の親指を1として,人差し指から小指までが順に2,3,4,5と表示され,左手も親指を1として,人差し指から小指までが順に2,3,4,5と表示されます。親切な楽譜ですと,要所要所に運指番号が表示され,「ああ,この音はこの指で鍵盤を押すのが合理的なんだな。」と分かる訳です。でも入手した楽譜に運指番号がなかったので,自分で運指を考え,鉛筆で表示しながらの練習でした。この憧れの第1変奏の練習もあともう少しです。

 

 これをマスターしたら,これまた憧れの第30変奏の練習に着手したいと思います。これもまたとても素晴らしい曲なのです。「ゴルトベルク変奏曲 第30変奏」とキーワードで入れて検索してごらんなさい。ユーチューブにもアップされており,どれほど佳い曲なのか分かりますよ。これも弾けたらな,と思います。

 

 バッハの音楽は本当に癒しの時間なのであります。こんなに素晴らしい世界はございません。

2012/01/10

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 冬ですから寒いのは当たり前ですが,それにしても寒いですね。でも私は,道を歩いていて大きく鼻から空気を吸い込んだ時,鼻の奥が痛くなるほど冷たい,澄み切った,凛としたような空気の方が好きです。清々しい気分になるからです。

 

 新約聖書の使徒行伝第9章には,目から鱗(うろこ)が落ちる話があります。あることをきっかけとして急に物事の本質が分かるようになることの例えです。ユダヤ教徒でキリスト教に激しい敵意を燃やしていたサウロ(後の使徒パウロ)が,ダマスコに町の近くまで来たときに突如として天からの光を受けて目が見えなくなってしまいます。三日の後,今度は神の命を受けたアナニヤがサウロの上に手を置くと,急に目が見えるようになり,サウロは「目から鱗のようなものが落ちた」と言いました。

 

 さてさて,私は最近,マクロ経済の知識もなく,その素養もないにもかかわらず,今の日本の置かれているデフレ経済・超円高というどうしようもない現実に関心がありますし,危機感を抱いております。実際問題として,私は仕事柄いろいろな方々と接するのですが,事業者を取り巻く経営環境には非常に厳しいものがあるということをひしひしと感じます。日本の企業,従業員,店舗経営者などの元気がないのです。

 

 日本だけのようです,こんなデフレに陥っているのは・・。そして日本だけです,こんなに通貨高なのは・・。もう本気で何とかしなければならない時期に来ています。前置きが長くなりましたが,「デフレと超円高」(岩田規久男著,講談社現代新書)という本は実に素晴らしかったです。日本国民の皆様,是非とも全員がこの本を読んでください!赤ちゃんや幼児に対しては「読み聞かせ」をお願いいたします(笑)。素晴らしい本です。

 

 この本は,いわゆるバブル崩壊後の日本経済がなぜ世界で一国だけデフレ経済に陥っているのか,その具体的な原因は何だったのか,デフレが超円高を招くメカニズムはどういうものか,デフレ・超円高がなぜ日本という国にとって問題なのか,デフレ経済を脱却するにはどうすればよいのか,中央銀行たる日本銀行の本来の役割はどういうものか,これまでの日銀の職務怠慢にはどれほど罪深いものがあるか,などがよく分かります。正に,目から鱗が落ちる感じです。データに基づいていて論旨明快です。

 

この本の前書きからいくつかの文章を引用してみましょう。

 

「このように、デフレに加えて、円がどの通貨に対しても軒並み高騰したままでは、政府がどんな成長戦略を取ろうとも、日本経済が安定した成長を達成し、それを維持することは不可能である。」

 

「デフレと超円高は何よりも雇用を直撃する。・・・したがって,企業内潜在的失業者を加えた実質的な失業率は13%から14%にも達することになる。さらに、雇用は失業率だけでは測れないほど悪化している。・・・男性非正社員のうち36%は、これからの日本経済を担うべき15歳から34歳の若年層である。」

 

「成長戦略が成果を上げるためには、まず、デフレを止めなければならない。デフレを止めれば、円高も止まる。デフレと超円高を止めることができる唯一の機関は、政府ではなく、日本銀行である。これを逆に言えば、デフレと超円高をもたらしている真犯人は、日銀だということである。」

 

「本書は、日銀の金融政策をどのように変えれば、デフレと超円高から脱却して、雇用も、財政も、年金も大きく改善できるかを明らかにしようとするものである。とくに、本書で強調していることは、デフレ下の金融政策とは、人々の間におだやかなインフレ予想の形成を促すことによって、デフレと超円高から脱却する政策である、という点である。」

 

 民主党のバカな議員にはもうホトホト愛想が尽きましたから(もっとも私の場合は最初から全く評価しておりませんでしたが・・),せめて自由民主党,たちあがれ日本の議員の方々にはこの本を熟読してほしいと思います。

 

 あとは,「日銀は誰のものか」(中原伸之著,中央公論新社)という本も誠に素晴らしいようです。私は早速この本を注文しました。この本も,早く読みたくってしかたないですよ(笑)。

2012/01/06

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 日本の年金制度,医療保険制度などのいわゆるセーフティーネットは,微に入り細に入り検証すればいろいろと問題があるでしょうが,基本的には世界に冠たるものがあると思います。日本の消費税率は諸外国と比較しても相当に低く,これらセーフティーネットの給付水準を維持するためには,消費税率引き上げはやむを得ないと思います。それはそうなんですが,私が思うのは,その税率引き上げの前に政府も日銀も本来の職務を全うすべきだろうということなのです。それは,デフレ経済と超円高からの脱却のための真剣かつ真摯な努力です。不景気の中で増税路線を突っ走って日本経済をさらに悲惨な状態にさせた橋本内閣の二の舞になってしまいます。学習というものをしなければなりません。

 

 リーマン・ショック以降,アメリカはドルの通貨供給量を約3倍にしました。諸外国もその水準までにはいかないまでも1.5倍から2倍ほどの通貨供給量にし,いわゆる量的緩和に踏み切りました。日本だけです,何かブツブツ独り言を言いながら下を向いてひとり旅を続けているのは・・(爆笑)。変動相場制である以上,円高になるか円安になるかは他国通貨との相対関係で決まり,諸外国がこぞって量的緩和に踏み切るのですから,このような超円高になるのは当然でしょう。同様に,デフレというのは物価が継続的に下落していく状況のことですが,この15,6年も続いているデフレ経済から脱却するには,いわゆるデフレギャップの解消をするしかありません。この2つの状態を何とか改善するためには,どうすればいいのでしょうか。心ある,そして危機意識を持った,そして政府御用でない経済学者や経済評論家は,金融緩和と財政出動を同時に行うことを再三にわたって提唱しております。今は復興需要もあり,正に好機なのではないでしょうか。

 

 おいっ!のび太君似の日銀の白川君,何処吹く風みたいな,他人事みたいな顔をしていないで,無能な財務省と一緒になって量的緩和に踏み切りなさい!日銀には,「手段の独立性」はあっても「目的の独立性」はないのだから,そうしなさい。無能な財務省ももっと国のために真剣に物事を考えなさい。ハイパーインフレなんか起こるわけないじゃありませんか。円に対する信認がちょっとやそっとで崩れる訳がないでしょう。このように金融緩和と財政出動を同時に行うことで超円高とデフレが少しずつ改善し,名目GDPが増えれば税収が増えるではありませんか。そのような経済の改善状態でもなお歳入が不足する場合には消費増税を含めた増税をしてもよいのです。

 

「・・税収が減れば、税収を増やそうとして税率を上げ、その結果、デフレが悪化して名目GDPが縮小し、さらに税収不足を招くという無間(むけん)地獄に陥ります。すると、民間から政府にお金がどんどん流れていきますから、民間の需要が減る一方です。そうすると、資金需要なんて当然ありませんから、民間への貸し出しは減り、もう国債を買うしかなくなります。だって、政府にしかお金の需要がないんですから。結局、国債だけがバンバン売れて、民間の資金は細っていく。デフレはいちだんとひどくなって、製造業はどんどん海外へ出て行ってしまうし、大型倒産もさらに増える。地獄です。」(「『日本経済ダメ論』のウソ」28~29頁,三橋貴明・上念司著,イースト・プレス)

 

 無間(むけん)地獄といえば,私のゴルフもそうです(笑)。1月4日はゴルフの打ち初めだったのですが,また100を少しオーバーしてしまいました。100くらいは切らなきゃなあ・・・。道具としてのクラブが悪いのかも・・。少しでも景気回復のためのお役に立つべく,アイアンセットとドライバーを新調しようかしら。

2012/01/05

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 皆さま,新年明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

 今年のお正月は,娘のあかねちゃんの大学受験を控えていることもあり,我が家では動きの少ないお正月でした。私の甥は全部で4人いるんですが,このうちの2人が今年挙式予定ということで,元旦の夜にこの二組のカップルから年始の挨拶と結婚の報告を受けたくらいです。

 

 さて,年末に新聞をめくっていると,「蜩の記」(葉室麟著,祥伝社)という本の書評に目がいきました。その書評によると,これほど武士の本分というものを見事に描き切った本も珍しい,号泣せずに読むことはできないというような趣旨の書評でした。「よしっ,久しぶりに思いっきり号泣してみるか!」と思い,早速読みました。ほとんど一気に読破した感じでした。確かに素晴らしい小説で,一箇所涙が溢れそうになった部分はありましたが,残念ながら「号泣」とまではいきませんでした(笑)。「号泣」を目指してまっしぐらに読み進んでいたのに・・・(笑)。

 

 しかしといっては何ですが,元旦の朝っぱらから不覚にも思わず落涙してしまった誠に素晴らしい文章がありました。元旦の産経新聞の中に,新潮社の宣伝広告がありまして,「日本人よ、勇気をもちましょう」という表題のドナルド・キーンさんの文章が載っていたのです。泣けてきて仕方のない素晴らしい文章でした。家族に涙を悟られまいと,顔の前から新聞をずらすこともできませんでした。このドナルド・キーンさんの文章を,是非「拡散」したいと思いました。

 

 そんな訳で,今年の一番最初のこのブログは,元旦の産経新聞に掲載されたこのドナルド・キーンさんの文章をご紹介して,締めくくっておきます。

 

「かつて川端康成さんがノーベル文学賞を受賞したとき、多くの日本人が、こう言いました。『日本文学が称賛してもらえるのは嬉しいが、川端作品は、あまりに日本的なのではないか。』日本的過ぎて、西洋人には『本当は分からないのではないか』という意味です。分からないけれど、『お情け』で、日本文学を評価してくれているのではないかというニュアンスが含まれていました。長年、そう、もう七十年にもわたって日本文学と文化を研究してきて、私がいまだに感じるのは、この日本人の、『日本的なもの』に対する自信のなさです。違うのです。『日本的』だからいいのです。昨年、地震と津波に襲われた東北の様子をニューヨークで見て、私は、『ああ、あの「おくのほそ道」の東北は、どうなってしまうのだろう』と衝撃を受けました。あまりにもひどすぎる原発の災禍が、それに追い打ちをかけています。しかし、こうした災難からも、日本人はきっと立ち直っていくはずだと、私はやがて考えるようになりました。それは、昭和二十年の冬、私は東京にいました。あの時の東京は、見渡すと、焼け残った蔵と煙突があるだけでした。予言者がいたら、決して『日本は良くなる』とは言わなかったでしょう。しかし、日本人は奇跡を起こしました。東北にも同じ奇跡が起こるのではないかと私は思っています。なぜなら、日本人は勁(つよ)いからです。私は今年六月で九十歳になります。『卒寿』です。震災を機に日本人になることを決意し、昨年、帰化の申請をしました。晴れて国籍がいただけたら、私も日本人の一員として、日本の心、日本の文化を守り育てていくことに微力を尽くします。新しい作品の執筆に向けて、毎日、勉強を続けています。勁健(けいけん)なるみなさん、物事を再開する勇気をもち、自分や社会のありかたを良い方向に変えることを恐れず、勁く歩を運び続けようではありませんか。」

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