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弁護士ブログ

2010/11/22

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 名古屋グランパスがとうとうJリーグ発足18年目にして初めてリーグ年間王者に輝いた。優勝してくれたのである・・・・・うれしい(涙)。

 

 私が名古屋出身であるにもかかわらず巨人ファンであるのは,それはもう幼少時代に長嶋茂雄選手の勇姿にワクワクして以来だから,これは仕方ない。これからも巨人ファンをやめるつもりはないし,やめられないのである。でも,サッカーのJリーグはというと,地元ナショナリズムとでもいうべきか,Jリーグ発足時から名古屋グランパスのファンだった。心から応援し続けてきた。

 

 でもグランパスの船出,そしてそれ以降の航行は苦難の連続であり,リーグ下位に低迷していた。イングランドからは鳴り物入りでゲイリー・リネカーが入団したが,右足親指付け根の古傷があり,年齢的にもピークは過ぎていたため,ストライカーとしてはチームに貢献できたとは言い難い。2年目はリネカーと同じイングランド出身のゴードン・ミルン監督(確か当時はトルコリーグのベシクタシュの監督だったと思う)を招聘して臨んだが,ダメだった。当時は年間の前半はサントリーシリーズ,後半はニコスシリーズと呼ばれていたが,この年のニコスシリーズでは最下位に沈んだ。あーあ,という感じ。まあ,最初の2年間はリネカーにこだわりすぎたのだと思う。

 

 当時司法修習生だった私は,地元での実務修習を終えて司法研修所に戻った。翌年の弁護士登録に向けて試験勉強をしなければならないのだが,来シーズンに向けての名古屋グランパスの補強の情報が気になっていた。その頃である,翌年度からはアーセン・ベンゲル監督を招聘するという情報に接したのは。サッカー評論家のジャック・ティベールが高く評価し,ベンゲル監督肝いりの選手(デュリックス,パシ,トーレスなど)の補強も着々と進んでいた。前年に入団したドラガン・ストイコビッチ(現監督)もかつてベンゲル監督の母国フランスリーグ(オリンピック・マルセイユ)でプレーしていたから,それはそれは大いに期待した。私もベンゲル監督時代はしょっちゅう瑞穂陸上競技場に足を運んで観戦したが,いいサッカーをしていた。4-4-2の布陣でディフェンスラインを上げてコンパクトにし,相手にスペースを与えず,高い位置からプレスをかけてボールを奪い,ワンタッチ・ツータッチの球離れの良さ,サイドチェンジの多用など,当時ヨーロッパを席巻していたモダンフットボールだった。ベンゲル監督が在籍したシーズンは3位と2位と好成績を収め,天皇杯も制した。

 

 でも,それからのグランパスは万年中位のような感じで鳴かず飛ばずであり,Jリーグ発足時に「お荷物球団」と不名誉な言われ方をした同期入社の浦和レッズもガンバ大阪も年間王者に輝いたというのに,名古屋グランパスは年間リーグ優勝の栄冠は得られないままであった。私が瑞穂陸上競技場に足を運ぶことはなくなってしまった。

 

 それがとうとう今年ようやく念願のリーグ優勝を果たしたのである。本当にうれしい。年間王者に輝くということは,クラブチームとしても選手としても大きな自信になるだろうし,これからも毎年上位で優勝争いのできるチーム作りをしてほしい。ストイコビッチ監督が高々と優勝盾をかかげている直ぐ近くに,見覚えのある顔があった。トヨタ自動車の豊田社長である。リコール問題で米国の公聴会で証言せざるを得なかったあの豊田社長である。そうだ,トヨタ自動車はグランパスの最有力スポンサーだった。

 

 グランパスの初制覇の報に接したアーセン・ベンゲル氏(イングランドプレミアリーグのアーセナル監督)のコメントは次のようなものである。
「名古屋とは今でも連絡を取り合っている。彼らの決断などについて話をしているんだ。わたしは名古屋で仕事を始めたし,個人的にこれは非常にハッピーなことだ。とても誇りに思う。彼らにとって偉業だし,祝福したいと思う」
 

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