弁護士ブログ

シーズン開幕

 

 わが読売巨人軍は,開幕戦こそ勝利したが,その後2連敗。ようやく昨日勝って2勝2敗の五分になった。本当は2戦目のゴンザレス投手の試合で勝って勢いに乗りたかったところだけど,ちょっと力んでしまったみたいだ。それに,まだ打線に爆発力が感じられない。・・・でも,何しろシーズンは長丁場だからどうということはない。巨人には,セ・リーグ4連覇,日本一2連覇を目指して頑張ってもらいたい。このプロ野球は,やはり世界に誇る日本の文化の一つである。球場などでビールを飲みながら観戦していると,ほのぼのとした気分になるし,その治安の良さといい,日本人に生まれて本当に良かったなと実感するのである。

 

 僕が生まれて初めてプロ野球を観戦したのは,確か10歳ころだったと思う。今は亡き父に連れて行ってもらった。当時は中日球場という名前で,その試合は中日ドラゴンズ対産経アトムズだった。産経アトムズというのは今のヤクルトスワローズの前身である。産経アトムズなんて今の若い人は当然知らない訳で,僕がどんだけ年寄りなのかがバレバレである(笑)。初めてプロ野球を観戦したこの試合のことで覚えていることは,3つほどある。1つは,父が連れて行ってくれるという約束は数日前からしていて,僕は気も狂わんばかりに楽しみにしていた。今にして思えば,父はすごく僕を可愛がってくれていた。ところが,父の仕事の関係で行くことができるかどうか危うくなっていた。・・・・父は仕事からなかなか帰ってこない。僕は諦めてベッドで泣きながら,涙を目元に溜ながら横になっていた。いつの間にか寝てしまっていたが,急に揺り動かされ,「しげる,行くぞ!」という父の声で目覚めた。それからは有頂天で球場に向かったのだ。

 

 覚えていることの2つ目は,産経アトムズというチームは,その当時,ロバーツ,ジャクソンという2人の強力な黒人選手がいて,途方もなく威圧感があった。この2人はその試合でも活躍したことを覚えている。この日は確かダブルヘッダーだったと記憶しているが,勝敗は今となっては覚えていない。

 

 覚えていることの3つ目は,球場で買い求めた選手名鑑のようなものの表紙が中日ドラゴンズの高木守道選手であり,当時はすごくカッコ良かったということだ。守備も堅く,軽快でやはり一流選手だった。

 

 このように父と一緒に観戦したこの試合が僕のプロ野球体験の初めだった。話は変わるが,この当時は「産経」というのが一体何なのか子どもの僕には全く分からなかった。実は,そう,ご存知,産経新聞なのだ。それから数十年経った今,僕はこの産経新聞は,メディアとして非常に良い仕事をしていると思っている。はっきり申し上げて,社会の木鐸として評価できるメディアは,現在ではこの産経新聞のみであるとさえ思える。先日も産経新聞は,中国資本が日本の水源地の買収活動をしており,危機感をもった林野庁が事実調査に入ったという記事を掲載していた。また,選択的夫婦別姓法案に関する「未来予想図 選択的夫婦別姓(上),(中),(下)」の記事もグッジョブである。産経新聞がかつてのようにプロ野球の球団をもったら,巨人と同じくらい応援するのにな(笑)。

2010年03月31日

まことに見事な月

 

 昨日の晩は飲み会だった。その会場に移動する途上で歩きながら見た月は,まことに見事な月であった。寒い夜空にまん丸で大きな月がポッカリと浮かんでいた。夜空にはえていた。月の光は明るく,何よりもその輪郭がくっきりとして全くぼやけていない。輪郭がブレていないのである。

 

 ブレと言えば,鳩山という人の発言がまたまたブレている。米軍普天間飛行場移設問題で,この人は従前から今年の3月末までに政府案を一つにまとめると明言していた。つい先日,26日の記者会見でも「最終的には政府案を一つにまとめなくては交渉はうまくいかない。3月いっぱいをめどに政府案をまとめる努力をしている。」と述べていたにもかかわらず,その舌の根の乾かぬ昨晩,今度は,「いつまでに全部やらなきゃいけないという話ではない。今月中じゃなきゃならないとか,別に法的に決まっているわけではない。」とブレているのである。法律で決まっていないことなどは百も承知だ。それよりも一国の首相として,自分の発言に責任を持て。この人のこのような言い分は,何か不都合なことをしでかした少年が,「それは別に法律に反している訳じゃないもん。」と言い訳しているようなもので,実に卑怯である。

 

 またまたこの人のせいで不愉快になってしまった。美しく見事な月の話だったのに。僕が心から敬愛するヨハン・セバスティアン・バッハは,幼いときに両親を相次いで亡くし,数年間は兄に育てられた。バッハは,音楽に対するやむにやまれぬ求道心,向上心,興味から,鍵のかかった戸棚からこっそりと兄の楽譜を拝借し,月の光で写譜していたという。同時代のヘンデルも,彼を法律家にしたいという父から音楽に関心をもったり,楽器を奏でることを禁止されていたが,音楽に対するやむにやまれぬ興味から,屋根裏に隠されていたチェンバロを父に内緒でこっそり弾いていたという。

 

 今宵は飲み会もないことだし,月の光で写譜する努力を怠らなかったバッハに敬意を表して,教会カンタータなどを聴いてみることにするかな。

2010年03月30日

つける薬がない(その11)


         
 鳩山由紀夫という人の言葉や行動の軽さ,国益という視点の欠如については,もう今さら言うまでもないだろう。こういう人をわが日本国の首相にいただかざるを得ない国民の不幸を嘆くべきであるし,国民はその不明を恥じるべきである。

 

 米軍海兵隊普天間基地移設問題については,新聞報道によると,政府としては,①名護市にまたがる米軍キャンプ・シュワブ陸上部案,②うるま市にある米軍ホワイトビーチ沖の埋め立て案,そしてこの2案に県外への訓練移転などを組み合わせる移設案を,既にアメリカ側と沖縄県に伝えている。しかしことここに至っても,この鳩山という人は,「極力,県外に移設させる道筋を考えてまいりたい」などとリップサービスをしている。アメリカなどに既に伝えている政府案の2案そのものが既に県外を放棄しているのにである。何を考えているのであろうか。

 

 郵政改革法案の「最終案」の内容についても,テレビで亀井大臣と菅大臣とが水掛け論を展開し,見苦しいことこの上ない。「閣」分裂と言われているくらいである。鳩山由紀夫という人のリーダーシップ(指導力)の無さは度し難い水準に達している。リーダーシップをこれから発揮していくと言ったって,もともとそれがない人ならば発揮のしようがない訳であり,無い物ねだりである。そもそもこの人は,「国というものがなんだかよくわからないのですが」と述べている。それが正直なところなのだろうし,国益という観点が見事に欠如しているのである。

 

 鳩山という人は,3月末までには普天間基地移設問題の政府案を確定したいと述べているし,これから最終期限の5月末に向けて本当はとても大切な時期なのである。旅行は確かに静養にはなるし,英気を養うことはできるが,この時期に夫婦で千葉県鴨川市のリゾートホテルへ一泊旅行に向かう神経が分からない。

 

 「他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス」(若泉敬著,文藝春秋社)という本を知り,仕事の合間にこれを読みたいと思っている。この本に出てくる佐藤榮作元首相や若泉敬氏の国益とは何かという自問自答,苦悩は途方もなく深い。佐藤元首相と今の鳩山という人とは,そもそも次元が違い過ぎる。

2010年03月29日

感動的な歌なのに

 

 朝の通勤経路にある小学校の桜が咲き始めた。とても美しい。あと数日で満開になるのではないだろうか。満開になった時は見事な桜ですよ。この学校の桜は。そういえば,小・中・高の各学校はもう既に卒業式は終えているのであろう。卒業式といえば,僕なんかがすぐに想い出すのは,「仰げば尊し」という歌である。

 

 ところが,この「仰げば尊し」という名曲は,現在では卒業式の際に歌われることが極めて少なくなっているらしい。とても残念である。いつの時の卒業式だったかは忘れたが,この「仰げば尊し」を歌いながら,僕も涙目になったし,同級生の中にも泣いていた子が少なからずいた。旋律が美しいだけでなく,何よりも歌詞が素晴らしい。

 

1番
 仰げば 尊し 我が師の恩
 教(おしえ)の庭にも はや幾年(いくとせ)
 思えば いと疾(と)し この年月(としつき)
 今こそ 別れめ いざさらば
2番
 互(たがい)に睦し 日ごろの恩
 別るる後(のち)にも やよ 忘るな
 身を立て 名をあげ やよ 励めよ
 今こそ 別れめ いざさらば
3番
 朝夕 馴(なれ)にし 学びの窓
 蛍の灯火 積む白雪
 忘るる 間(ま)ぞなき ゆく年月
 今こそ 別れめ いざさらば

 

 素晴らしい歌詞ではないか。卒業式の場で,数年間の思い出深い学校生活,そして先生や同級生との名残を惜しむ最後の短い時間,感動しながらしみじみと歌うのである。でも,これを歌うことに反対する人々,特に日教組は,先生に対する恩を強制することになるとか,特定の曲を歌わせることは民主主義に反するとか,2番の歌詞にある「身を立て 名をあげ やよ 励めよ」が競争主義を助長するとか主張しているという。

 

 学校で1年に1回だけ,さきほど述べたように卒業式の場で,数年間の想い出深い学校生活,そして先生や同級生との名残を惜しむ最後の短い時間,感動しながらしみじみと歌う際に,「先生に対する恩を強制された」などと感じる生徒がいるだろうか。この歌詞を1年に1回歌ったからといって,それが競争主義を助長することになるのだろうか。知的好奇心,やりがい,向上心などからくる真っ当な努力,立身出世のための蛍雪の努力と競争のどこが悪いのか。ノーベル物理学賞などを受賞した日本人学者たちの存在は,我々にとって誇りであることはあっても,決して競争主義の申し子,「勝ち組」などといってネガティブな感情をもつ国民がいるだろうか。日教組の諸君は,不正な資金提供の前提となるカンパ集め,政治活動やデモ,国歌斉唱に対する妨害,非協力的態度などに血道をあげるのではなく,本当の意味で生徒から「師の恩」を感じてもらえるような教育者になる努力をすべきである。政治活動より,教育者としての資質,能力の向上に努めるべきである。

 

 まあ,卒業式で歌われる曲については,卒業する生徒らに選んでもらってもいいが,少なくとも何らかの政治的な圧力で,この「仰げば尊し」という名曲がそのリストから半永久的に外されるのは,僕としてはとても残念なのである。

2010年03月26日

雨だれ

 

 通勤はできるだけ歩くようにしているから,雨の日の今朝も傘を差して事務所まで歩いてきた。ゴルフの時はともかくとして,雨は別に嫌いではない。すれ違う際に,「江戸しぐさ」でいう傘かしげをしない人が増えてしまったことは残念であるが。

 

 雨の日は,家の窓から外を眺めていても,外を歩きながら傘に落ちてくる雨の音を聞いていても,ショパンの「雨だれ」という前奏曲(プレリュード)をいつも連想するし,聴きたくなる。24の前奏曲集の15番目の変二長調の曲であるが,冒頭からずっと奏でられる左手の八分音符のリズムが,いかにも雨だれを連想させる。中間部は底知れぬ不安な心理を象徴し,徐々に雨も小やみになり,最後の数小節はようやく雨も止んで,雲間あるいは木々の葉の間から薄日が差してきたような情景が浮かぶ。ショパンは「ピアノの詩人」と称されるが,この曲なんかを聴いていると正にそのような表現がピッタリである。

 

 僕がこの曲を一番最初に聴いたのは小学校6年生のころであり,ショパンの伝記も読んだりした。それによると,この「雨だれ」という曲は,ショパンがジョルジュ・サンドと一緒にスペインのマジョルカ島で療養している時期,ヴァルデモッサのカルトゥハ修道院(僧院)で作曲されたようだ。冬の期間でもあり,寒くて雨がちの地中海の気候は,結核療養中のショパンの健康には良くなかったという。僕は小学生のころ,一度はショパンの追体験をしようと,このマジョルカ島へ行ってみたいなと思った。その後,その気になれば行けたとは思うが,結局はこの島を訪れることなくこの歳になってしまった。いつかはここを旅行してみたい。それに,ここ15年くらいの間はバッハ一辺倒の感じだったが,今年はショパン生誕200年の記念の年でもあるから,もう一度ショパンの作品を味わいなおしたいと思う。

2010年03月24日

頑張って欲しい

 

 土曜日は気の合った者同士で久し振りのゴルフをやった。2月11日の建国記念日にゴルフの予定は入っていたが,雨で中止になったため,昨年末以来のラウンドであった。前回のラウンドでは久し振りに良いスコアが出てご満悦だったが,その好調さが維持されているかどうか。・・・・・だめだった(笑)。例の,力みと早打ちの悪い癖がでてしまい悲惨なスコアだった。ただ,前半の9ホールで「もう今日はだめだ。」と諦めたほどだが,後半は結構良く,「悪い点を認識しそれを修正していくことができた」という点だけが収穫だった。明日につながる雰囲気はあった。自分自身に言うのも何だけど,頑張って欲しい(笑)。

 

 同じ土曜日の夜,晩酌しながらテレビでニュースを見た後,何気なくチャンネルを回していると,お笑い芸人の番組がやっていた。ゴルフ疲れの中,いい気分でお酒を飲んでいたら,思わず僕の晩酌の手を止めてしまうほどの,インパクトのある芸名に出会った。・・・・・「もりやすバンバンビガロ」(笑)。な,何だろう,この芸名は。この「もりやすバンバンビガロ」という芸人は,基本的にはジャグラー+マジシャンなんだろうと思う。リンゴ3つをジャグリングしながら,その忙しい最中に見事にそれらのリンゴをかじるという,奇妙ながらも感動的な芸を披露していた。

 

 それよりも,気になるのは「もりやすバンバンビガロ」という芸名の由来,意味である。別にそんなこと知らなくても生きてはいけるし,今後の弁護士稼業に支障などはないが,何かしらすごく気になってしまった。知的好奇心というやつか。風変わりな芸名ではあるが,別にこれといった意味はないのかもしれないし,ひょっとしたら,途方もなく深遠で,哲学的,形而上学的意味が与えられているのかもしれない。僕はほろ酔いながらも,必死でこの芸名の由来,意味をインターネットで調べた。・・・うーん,どうしても分からない。「もりやす」というのは,何となく名字だろうなという察しはつくが,「バンバンビガロ」がなぁ(笑)。調査の結果,この名付け親が,同じ吉本興業の「モロトゆーき」という人だということは分かったが,この芸名の由来,意味はなぁ。ただ,元Jリーガーの「もりやすはじめ」選手とプロレスラーの「クラッシャーバンバンビガロ」選手を足したものだという情報もある。もしこれが本当だとすると,「もりやすはじめ」さんというのは,元日本代表でサンフレッチェ広島などで大活躍した森保一選手のことか。あとは,「クラッシャーバンバンビガロ」を検索してみると,かつて新日本プロレスで活躍したクラッシャー・バンバン・ビガロ(本名はスコット・ビガロ)選手が出て来た。ただこの方は,3年前にアメリカ・フロリダ州の自宅で亡くなっている。いずれにしても,芸名に無限のインパクトを与えられた「もりやすバンバンビガロ」さんは,これからも頑張って欲しい。                                                  

2010年03月23日

あるメロディーが頭の中でぐるぐる回っている件

 

 先日車で移動している最中に,ブラームスの弦楽六重奏曲第1番の第2楽章の甘美なメロディーに接した。とても久し振りだった。それ以来,ここ数日,自分でそのメロディーを意識的に「再生」しようとしなくても,自然に頭の中でぐるぐる回ってしまっている。

 

 この弦楽六重奏曲第1番の第2楽章の甘美なメロディーは,ルイ・マル監督の「恋人たち」という映画の中でもとても効果的に使われている。独身時代に映画館でこの映画を観たときは,いいメロディーだなと思った。その映画に出ていたジャンヌ・モローという女優も魅力的であった。若干唇が厚めだが,名女優といって良く,その当時はモローの出ている映画を立て続けに観たものだ。やはりルイ・マル監督の「死刑台のエレベーター」,フランソワ・トリュフォー監督の「突然炎のごとく」など。これらは,いわゆるヌーヴェル・バーグと呼ばれる作風のもので,ルイ・マル監督の「死刑台のエレベーター」では,モーリス・ロネという俳優がこれまたとても印象に残る演技をしていた。この俳優が主演している映画でその他にお勧めなのが,やはりルイ・マル監督の「鬼火」である(そういえば,この映画ではエリック・サティの音楽がこれまた効果的に使われていた。人によっては,エリック・サティの旋律も頭の中でぐるぐる回るであろう。グノシェンヌやジムノペディなど)。

 

 むちゃくちゃに話が脱線したが,音楽の話に戻すと,ブラームスは天才的なメロディーメーカーだと思う。印象に残るものが多い。交響曲第3番の第3楽章の甘美で感傷的なメロディーも頭の中でぐるぐる回りそうだが,これも「さよならをもう一度」という映画に使われているそうだ。以前このブログでも書いたが,「子守歌」も好きだし,変イ長調のワルツ(作品39の15番目のやつ)も素晴らしいメロディーである。

2010年03月19日

万年係長同士の居酒屋での会話(その8)


         
大久保「お前,人事異動の内示あったか?」
西 郷「ない・・・・・・。お前は?」
大久保「・・・・・・・ない。」
西 郷「はっ,はっ,は。これからも万年係長同士,よろしくな。」
大久保「まあな。お前だけ課長補佐だなんていうのは,ジェラシーだからな。」
西 郷「それはそうと,子ども手当法案は衆議院本会議で可決されて,今は参議院で審議されているようだな。お前のとこは,下の子はいくつになった?」
大久保「俺のとこは,もう16歳だ。だから,もう子ども手当てはもらえない。」
西 郷「そうか。俺んとこの下の娘はまだ13歳だから,この娘が15歳の4月1日の前日まではもらえる。でも,この子ども手当て法案というのは,何か変だぞ。」
大久保「恒久財源が確保できていないということか。」
西 郷「ああ。仮に参議院でもこの法案が通ったとして,本年度は月額1万3000円だが,次年度以降は月額2万6000円になる。そうすると,約5兆4000億円という巨額の財源が必要になるってぇのに,確たる具体的な成長戦略もないまま,恒久財源が確保できていない。」
大久保「俺はね,もらえないやっかみから言うんじゃないけど,これは典型的なバラマキだと思うよ。所得制限もない。年収2000万円の人ももらえる。国債なんかを発行してまでこんなことをしていると,結局国の借金をこれらの子どもが背負うことになる。将来にツケが回されるということだ。」
西 郷「そうだな。たまにはいいこと言うね,お前も。この子ども手当てというのは,一体何だろう。全ての子どもは国が養うべきだというような,国家社会主義的な発想だろうか。それとも少子化対策か。それとも何らかの経済効果を狙っているのだろうか。消費性向をどのくらいと見ているのだろうか。乗数効果は。」
大久保「ちぇっ。ちょっとばかしマクロ経済学の一部をかじったからって,偉そうに。」
西 郷「おい,それよりお前,そのだし巻き卵は俺が注文したやつだし,俺が食うべきものだろ,本来は。原則的は。究極的には。道義的には。・・・人情的には。」
大久保「・・・まあ,ほんとに了見狭いねお前。そんなミクロなこと。俺とお前の友好関係について,将来的な成長戦略を示していこうよ。」
西 郷「はぁ?何それ。」
大久保「お前さっき少子化対策といったけど,本当の意味で少子化対策を行うんだったら,フランスが一応の成功をおさめたように,母親が安心して働ける環境整備が重要だと思う。日本には保育施設の待機児童がすごく多い。スタッフも不足している。パチンコ代や飲み食い,貯蓄に回されるかもしれないお金のバラマキよりも,施設,人的整備などを充実させた方がよほどいいと思う。」
西 郷「それとな,腰を抜かすほどたまげたことがある。この子ども手当て法案,何と,国籍を問わず,保護者が日本に居住してさえいれば,その子どもが外国(母国)に住んでいても支給されるそうだ。担当大臣の国会答弁もそう言っていたし,厚生労働省児童手当管理室もそのような解釈,見解を示している。すごいことだよ,これはー。」
大久保「フィリピン人の親が日本で働いていて,母国に15歳未満の子どもが5人いたら,この5人に月額6万5000円が支給されるのか・・・。来年度は1人当たり月額2万6000円だから,13万円ということになる。中国人の親が日本に住んでいて,母国に15歳未満の実子が3人いて,養子縁組した養子が2人いても同じことになる。パスポートの偽造なんかが横行しているというのに,この養子縁組も偽装されなどしたら・・・。」
西 郷「いやー,すごいことになっているね,民主党政権は。さすがに,この母国に残した外国人の子どもに対する支給については,今後本当にそれでいいか検討されるようだが,人から突っ込まれて初めてその不都合に気づくような政権って,一体何なんだ。鳩山首相って,すごくとぼけた顔をしてるけど,顔だけじゃなくて政策や行動や言葉も発想もとぼけてるね。」
大久保「選択的夫婦別姓法案といい,永住外国人の地方参政権付与法案といい,民主党政権が続く限り,この国の形が徐々になくなっていくような気がする。」
西 郷「うん。人に人柄という言葉があるように,国にも国柄という言葉がある。日本が大切にすべき国柄がだんだん壊れかけているよな。」
大久保「あぁ,西郷,どうするよ。」
2010年03月18日

雨降りに

 

 月曜日の晩に仕事を終え,次の会合に向かう道すがら,傘を差しながらずっと立っているタクシー運転手の存在に気づいた。土砂降りとまではいかないけど,相当に強い雨の中,車外で立ったままじっとタクシーの用命を待っているのである。このタクシー会社はもちろん流しもしているけど,コインパークの一番端の駐車場の一区画を借り,このように流しではなくてタクシーの用命を待つ営業スタイルも展開しているようである。

 

 傘を差していたとしても強い雨に打たれながらじっと立って待っているタクシー運転手の姿を見て,何か感動した。彼に妻子があるのかどうかは知らないが,一生懸命に働いて家族を守っているように思われたのである。どういう訳かその時に思い浮かんだのは,新選組隊士(諸士取扱役兼監察方,撃剣師範)だった吉村貫一郎のことと,彼を主人公として描いた浅田次郎の「壬生義士伝」(文春文庫)という小説のことである。

 

 この本の裏表紙には「浅田文学の金字塔」と銘打ってあるが,かつてこの本を読んだ後は本当に感動した。たまたまこの本を読んで間もない時期に,以前僕と一緒に仕事をしていた裁判所職員と,ある送別会で話す機会があり,たまたまこの本のことが話題になった。彼も数度その本を読み,その都度涙を流したそうだ。僕は一回しか読んでいないが,読んでいる最中に涙が出て来たことがあった。

 

 吉村貫一郎は南部藩の下級武士であったが,どうにもこうにも生活に困窮し,妻と可愛い子らを養うために,万やむを得ず脱藩して新選組に入り,お給金などを京都から故郷(盛岡)の妻子の元へ仕送りしていた。新選組にいれば,いつ命を落とすか分からないが,いわば出稼ぎをして必死で家族を守っていたのである。学問はあるし,剣術も沖田総司,永倉新八,斉藤一らと互角に渡り合えるほどの腕前(北辰一刀流)であった。本当に強い男であったのだ。妻子があるなら,妻子を守ってなんぼである。これも武士道。

2010年03月17日

懐かしい顔ぶれ

 

 前週の土曜,日曜は同業者らと奈良旅行に行ったが,今度の土曜,日曜は中学3年生時代の同窓生6人で高山旅行に行ってきた。早春の飛騨高山である。

 

 少人数ではあったが,どれもこれも懐かしい顔ぶれである。みんな昔の面影があり,その容姿が激変した人はいなかった。ただ相当に髪が白くなったり,薄くなったりした子もいた。俺だって人のことは言えないか(笑)。前にもこのブログには書いたが,中学校時代の同級生と会うと,何か戦友のように思えてきて,とてつもなく懐かしく,そしていじらしいのである。というのも,これだけ長く生きているともちろん楽しいこともあっただろうが,辛いことも少なくなく,それを何とか乗り越えくぐり抜けてきたであろうからである。行きの特急列車の中では早くもお酒と楽しい語らいである。

 

 早春の高山は,山々にはまだ残雪があり,町中にも所々に集められた雪の山があった。空気は清々しい。車中から見た飛騨川の流れも,高山市内を流れる宮川の流れも綺麗である。陣屋,桜山八幡宮,宮川の朝市,高山祭の屋台が飾られている屋台会館などに足を運んだ。数々の屋台を見ていると,伝統の重みと祭りに対する昔の人の心意気を感じる。素晴らしい文化である。

 

 僕は高山を訪れたのはこれで4回目だと思うが,春,秋の高山祭を観たことはない。日本三大祭の一つに数えられるだけあって,高山祭行列の写真などを見ると絢爛豪華であり,壮観である。やはり一度はこの高山祭の頃に訪れるべきであろう。それにしても,屋台会館で案内をしてくれた若い女性は,凜として美しかった。語り口も流ちょうで聞きやすく,体型がスラッとしていた。最近僕は飲む機会が多く,相当に不摂生をして太り始めているし,旅先でもみんなと一緒になって飲んでしまっている。凜とした雰囲気を漂わせているこの案内の女性を見ていたら,最近のような不摂生を続けていてはいけないと叱られたような気になった。飲酒を控え,スロトレを続けなければ・・・。

 

 同級生との懐かしい旅行の時間も楽しく過ぎていき,どこからともなく次回の同級生旅行の行き先は京都ということになった。実現するかどうかは分からないが,楽しみである。それにしても,旅先のホテルの部屋で観た今期Jリーグ第2節の名古屋グランパス対川崎フロンターレの試合はガッカリであった。ホームであるにもかかわらず,グランパスの前半の戦い振りは相変わらず中盤を構成できておらず,「ああ,いいな。」と思わせるような攻撃の形が作られていなかった。時間が残り少なくなって頑張りはじめても仕方がない。終了間際に決勝点を決められたが,DFのチェックが甘く,相手選手のシュート直前には背番号6のDFの選手は,体が逃げていた。体を張ってシュートコースを遮らんかい!

2010年03月15日

つける薬がない(その10)

 

 早朝や夜は,やはりコートなしでは外は歩けない。寒の戻りというのであろうか。一度はもうコートはいらないなと思ったのに。雨が降ったり,寒が戻ったりしながらだんだんと春を迎えるのですね。

 

 さて,昨年8月末の衆議院議員総選挙で国民は民主党に308議席も与え,大勝させた。大いに期待をしていたのであろう。でも率直なところ,今ではみんなどう思っているのであろうか。もうそろそろ民主党の本質やこの党を構成する議員の資質,支持母体の究極目標などに気づいてもよさそうなのに。そして,鳩山由紀夫という人はそもそも総理大臣などになるべき人ではなかったということに,ぼちぼち,あるいは少なくともうすうす気づいているのではないか。

 

 この鳩山という人は,ついさきごろまでは朝鮮総連の指導下にある各種学校,朝鮮学校を高校授業料無償化の対象には含めないという趣旨のことを述べていたにもかかわらず,今度は一転してその対象に含める方向で検討するに至っている。このような学校内でどのような教育が行われているのかは,産経新聞の報道に詳しく書かれている。鳩山という人の「耐えられないほどの言葉の軽さ」である。言っていることがコロコロ変わるのである。また,この鳩山という人は,米軍海兵隊普天間基地移設問題を5月末までに解決すると豪語しているが,記者団からそれができなかったら退陣する覚悟があるかという質問に,「当然のことながら,一つ一つの政策の実現に向けて覚悟を持って臨む。当たり前の話だ。」と述べた。ところがその舌の根の乾かぬうちに,自民党の大島幹事長の同趣旨の質問,要求に対し,今度はこの鳩山という人は,「進退をかけるとか,野党の挑発に乗るつもりは全くない。」と答え,退陣や進退をかけるという意味ではないと事実上前言を翻している。所詮この人の「覚悟」とはその程度のものである。

 

 この人の言葉や行動の「ブレ」は今に始まったことではなく,もはや天性のものであろうし,いま正に佳境に入っており,宴たけなわなのではなかろうか。昨日の記者の質問に対してこの人は,「物質の本質は『揺らぎ』。多くの意見を聞いて大事にする過程で,揺らぎの中で本質を見極めていくのが宇宙の真理ではないか。」などと述べたという。このような「揺らぎ」の中で,現在の日本にとって安全保障上不可欠となっている同盟関係に取り返しのつかない事態が生じてしまったらどう責任を取るのか。「揺らぎ」などの科学用語で自己を正当化しているが,要するに定見がないだけだし,首相に要求される資質,能力がないだけなのである。余談だが,新聞報道によると,この人が公邸に引っ越す際にかかった公費の額は約700万円であり,歴代の首相の中でもダントツの金食い虫のようである(笑)。その仕事のしなさ振りといい,約9億円の母親からの「子ども手当」をめぐる脱税もどきといい,国益への反し振りといい,定見の無さといい,サッカーで言えばもはやレッドカード(退場)であろう。

2010年03月12日

アインシュタイン博士が弾いたピアノ

 

 先日の奈良旅行の続きを書いてみたい。実は僕が泊まったホテルは,創業100年を迎えた老舗の奈良ホテルだった。本当に落ち着いた雰囲気で,古都奈良にふさわしい。

 

 これはすごくびっくりしたのだが,奈良ホテルの広間には,相対性理論で著名なあのアインシュタイン博士が弾いたピアノが展示されていた。実際にこのピアノを弾いているアインシュタイン博士の写真とともに。博士は,大正11年(1922年)11月17日から12月29日までの43日間,日本に滞在した。このうちの2日間(12月17日と18日)に奈良ホテルに宿泊したそうだ。フランスのマルセイユ港を出発し,神戸港に到着するまでに約40日も要する長旅。この航海途上でノーベル物理学賞受賞の報せを受け取ったそうだ。

 

 博士は,日本の各地を回り,日本人,日本の文化,日本の自然などに接し,日本の文化と国民性に深く共鳴された。アインシュタイン博士がのこした言葉に次のようなものがある(波田野毅著「世界の偉人たちが贈る日本賛辞の至言33撰」18~24頁,ごま書房)。

 

「近代日本の発展ほど世界を驚かせたものはない。一系の天皇を戴いていることが,今日の日本をあらしめたのである。私はこのような尊い国が世界に一ヵ所ぐらいなくてはならないと考えていた。世界の未来は進むだけ進み,その間,幾度か争いは繰り返されて,最後の戦いに疲れるときが来る。そのとき人類は,まことの平和を求めて,世界的な盟主をあげなければならない。この世界の盟主なるものは,武力や金力ではなく,あらゆる国の歴史を抜きこえた最も古くてまた尊い家柄でなくてはならぬ。世界の文化はアジアに始まって,アジアに帰る。それには,アジアの高峰,日本に立ち戻らなければならない。我々は神に感謝する。我々に日本という尊い国をつくっておいてくれたことを」

 

 アインシュタイン博士は,日本に旅する前には,「もし私が,日本という国を自分自身の目で見ることのできるこのチャンスを逃したならば,後悔してもしきれないというほかありません。」と述べていたそうだ。前掲の本の中から,さらに調子に乗ってアインシュタイン博士の発言を引用してみる。博士は日本に関して次のような言葉ものこされている。

 

「日本人のすばらしさは,きちんとした躾や心のやさしさにある。」
「日本人は,これまで知り合ったどの国の人よりも,うわべだけでなく,すべての物事に対して物静かで,控えめで,知的で,芸術好きで,思いやりがあってひじょうに感じがよい人たちです」
「この国に特有な感情のやさしさや,ヨーロッパ人よりもずっと優っていると思われる,同情心の強さ」
「日本の風光は美しい。日本の自然を洗っている光はことのほか美しい」
「日本は絵の国,詩の国であり,謙遜の美徳は,滞在中最も感銘をうけ忘れがたいものとなりました。」
「日本人以外にこれほど純粋な人間の心を持つ人はどこにもいない。この国を愛し,尊敬すべきである。」

 

 アインシュタイン博士は,40日を超える日本滞在を終え,12月29日に門司港から「榛名丸」に乗って日本を後にする際,ご夫妻とも,そして見送る人も,ともに涙を流して別れを惜しんだそうである。

2010年03月10日

幻想的な世界


         
 土曜,日曜と一泊二日で奈良旅行をしてきた。思えば,奈良に旅行するのは小学生の時の修学旅行以来である。到着の日の夜は,東大寺二月堂の「お水取り」を観た。

 

 この二月堂の修二会(しゅにえ)の夜の法会(ほうえ)のことを「お水取り」と呼んでいる。この「お水取り」を観たいと駆け付ける人は多いため,いい場所を確保してワクワクしながら約1時間ほどずっと立って待っていた。回りの人もじっと辛抱強くしていた。夜はやはり寒く,耳たぶも冷たかったので,耳たぶを耳の穴の中に入れるという例の癖もたびたび出た。

 

 この修二会(お水取り)というのは,一千二百有余年の間,一度も休むことなく法統連綿と今日まで受け継がれてきた。その目的は,われわれ人間の罪障を懺悔し,清浄な身体を得ることによって,自分が犯した悪業に対する報いである禍や災難を取り除き,幸福を招こうとするものであり,ひいては国家の安寧や国民全体の幸福を願うという主旨があるそうである。午後7時になったら,いよいよ始まった。次々と点火された大松明(おおたいまつ)が登廊し,二月堂の欄干に姿を現し,闇夜に大きな炎が勢いよく移動したり,火の粉が振りまかれる。一千二百数十年にわたってこの儀式が行われてきたのである。一言で表現すると,幽玄で幻想的な世界ということになろう。素晴らしかった。

 

 翌日は,東大寺,薬師寺,法隆寺などを観て回った。子どもの時に観た東大寺南大門の運慶,快慶作にかかる木造金剛力士立像があった。金堂には,かつて観た如意輪観音菩薩像などがあった。薬師寺には,西塔はそのままの姿だったが,東塔は改修工事中であった。金堂内には子どもの時に見て感動した薬師如来像,日光菩薩像,月光菩薩像などがそのままの姿であった。仏像を観ると心が落ち着くし,内省的になる。ヒマを見つけての仏像めぐりもいいものである。確か薬師寺だったと思うが,トイレは男性用は「善男」,女性用は「善女」という表示があったと思う。そして法隆寺。五重塔に金堂内の釈迦三尊像なども美しい。法隆寺ではもっといろいろと観たかったのだが,バスの集合時間が迫っていた。そこで法隆寺の夢殿と中宮寺とどっちにしようか迷ったが,やはり中宮寺のあの弥勒菩薩像は是非観ておきたいと思い,靴を脱いで上がり,正座して弥勒菩薩像をじっと眺めた。素晴らしいほほえみである。

 

 京都もいいけど,奈良も全く素晴らしい。710年の平城京遷都から今年で1300年となる。歴史の重みと深みを感じる。ただ,マスコットキャラクターの「せんとくん」については,小僧さんの頭の上にいきなり鹿の角が生えていて,最初はちょっとキモいかなとも思ったが,次第に慣れてきて,結構可愛いかな。でもビミョーだな(笑)。

2010年03月09日

まあまあ上機嫌

 

 あのー,・・・月曜日の朝にしてはまあまあ上機嫌なんです。3月6日(土)のJリーグ開幕戦で名古屋グランパスがガンバ大阪を下し,勝利したからです。

 

 前にもこのブログで書いたけど,今年のグランパスはすごく良さげな選手補強をして,もうJリーグ屈指の戦力を誇るまでになっているから,とても期待しているのです。開幕戦に勝利して良いスタートを切ることはとても重要なんだけど,先の土曜日の開幕戦は別の意味で僕的にはとても重要だったのであります。そう,・・・相手がガンバ大阪だったからです。

 

 まずは,今年の元旦に行われた天皇杯決勝で,名古屋グランパスはガンバ大阪に1-4で屈辱的な大敗を喫しました。正月早々,とても悔しい思いをしたのであります。グランパスとしても,同じプロチームとして同じ相手に大切な試合で再び負けるわけにはいかなかったのよ。

 

 それに,僕はJリーグが始まった平成5年以来,ずっと名古屋グランパスを応援してきたけれど,同期入社のガンバ大阪にはとても苦手というか,複雑な印象を持っていました。というのも,名古屋グランパスはJリーグ発足以降,このガンバ大阪にいきなり9連敗くらいしたからです。なかなか勝てなかったのです。Jリーグの初めころの奇妙な現象は,名古屋グランパスと浦和レッズの間でも起こりました。浦和レッズは名古屋グランパスにはなかなか勝てなかったのです。そして今度は,ガンバ大阪はというと浦和レッズには戦績が悪かったのです。要するにこの3チームは下位の方で三つどもえの様相を呈していたのです。なお,名古屋グランパスの名誉のために言っておくと,ガンバ大阪には9連敗くらいしたにもかかわらず,現在では17勝22敗(引き分け数は忘れました)となっており,その後はかなり盛り返しております。

 

 その三つどもえのメンバーであった浦和レッズも,ガンバ大阪も年間王者に輝いたことが1度ずつあります。わが名古屋グランパスはというと,天皇杯こそ2度制覇してはいるものの,リーグ戦の年間優勝に輝いたことはありません。そういう訳で,今年こそリーグ優勝して欲しい訳です。ただし,第2節はこれまた優勝候補の一角となっている川崎フロンターレとの対戦ですから,これにも勝利すれば相当に勢いがつきます。開幕のガンバ大阪戦は,僕は奈良に旅行していたのでテレビで観ることができませんでした。だからグランパスがどんな試合をしたのかは分かりませんが,FWの玉田とケネディという,点を取るべき人がちゃんと取ったので良かったのではないかと思います。何よりも勝利というのがいいですね。名古屋グランパス,今年こそ頑張れー。

 

2010年03月08日

「いのちを守る」とは

 

 自宅の近くの並木道には,早咲きの桜の木が並んでいるが,もう赤っぽい花が開き始めている。ソメイヨシノとは明らかに異なるが,この自宅近くの桜も美しい。この並木道の桜は毎年早めの開花なのだ。去年もこのブログでそのことに触れた記憶があるが,あれからもう1年が経ってしまった。そういえば,つい先頃正月のお雑煮を食べたと思ったら,もう3月である。本当に早いものである。こんな風にして歳をとっていくのね(笑)。

 

 このブログは決して政治ブログなどではなく,単に日々思いついたことを書くだけのブログである。でもどうしても最近の政治の流れには不満がある。1週間のうちに2度も「つける薬がない」シリーズでやっちゃうと政治ブログみたいになるので,今日は違うタイトルにした。

 

 ジャイアンツファンの僕がとっている読売新聞の報道によると,大地震で倒壊の恐れがあるとして全国の自治体が来年度中に着工予定だった公立小中学校など約5000棟の耐震化工事に関し,民主党政権によって文部科学省の関連予算が約63パーセントも削減されたということだ。なぜかというと,民主党政権が掲げた「高校授業料の実質無償化」で約3933億円の予算が必要になり,そのしわ寄せを受けたためだ。この削減額は約2800棟の耐震化工事額に相当するという。くだんの「高校授業料実質無償化」については,所得制限もなしになされるそうだし,結局は,パチンコ代に消える可能性もある「子ども手当」と同様,将来はこども達の財政負担になるバラマキ政策である。お父さんやお母さんが一生懸命に働いて,苦労して子ども達を高校に進学させてあげるからこそ,こども達はこれまた一生懸命に勉強をするという構図でなければならない。

 

 鳩山由紀夫という人は,施政方針演説で,いきなり「いのちを,守りたい。いのちを守りたいと,願うのです。」と述べた。僕はこの映像を見て,一瞬凍り付いた(なお,その後の演説内容でこの人が,5年間で約9億円の『子ども手当』を受領しながら脱税という結果を招来していたにもかかわらず,『労働なき富』に言及した時は,さらに凍り付き,凍死しそうになった)。いのちを守りたいというならば,バラマキなどは止めて,大地震で倒壊の恐れのある公立小中学校の耐震化工事を実施しなさいっ!この小中学校の耐震化工事というのは,震度6強の地震で倒壊する恐れがあると診断された学校施設が補助対象となっている。文部科学省によると,学校施設の耐震化率は今年4月でまだ67パーセント程度であり,工事が必要となっている施設は約2万5000棟に上るということである。

 

 それにしても,しみじみ思うのだが,「子ども手当」にしても「高校授業料実質無償化」にしても,金銭の給付だったり,金銭支出の免除だったりして,あくまでも金銭の問題に帰着する。一方,小学生から高校生に施される教育の内容自体に言及されることがあまりない。再三言うように,資源の乏しい日本は人こそ資源なのであるから,本当に重要なのは,教育の中身なのだと思う。これについては言いたいことが山ほどあるが,今日はこれくらいにしとくわ(笑)。本来の仕事もあるし(爆笑)。

2010年03月04日

昭和の人

 

 何気なくヤフーのニュースを見ていたら,タレントのビートたけしさんが審査委員長を務めるある大賞授与で,読売巨人軍の長嶋茂雄名誉監督に「東スポ50周年特別賞」を授与することになったそうである。東京スポーツの創刊第1号の第1面を飾ったのが読売巨人軍の長嶋選手だったということで,その当時の長嶋選手の活躍振りは昭和生まれの人だったら誰でも知っているだろう。

 

 たけしさんは,その授与式において,長嶋さんを前にして表彰状を読むときに泣きそうになったそうだ。たけしさんによると,「(会うのは)7~8年ぶり。長嶋さんの前だとしゃべれなくなる。・・・・・今日は(自分が長嶋さんに)よく表彰状を読めたと思う。泣きそうになった。」とのことである。そういう気持ちは分かるような気がする。長嶋選手といえば不世出の名選手であり,国民的な英雄であった。少年にも限りない勇気と希望を与えてくれた。幼く,若かった僕も勇気を与えられたその一人である。一方,たけしさんだって,芸能人としても映画監督としても評価され,今や押しも押されぬ存在となっている。そういう人でも,泣きそうになるというのは,やはり昭和のメンタリティーだね。とてもほのぼのとしてきた。

 

 その授与式で,たけしさんが長嶋さんとのエピソードを紹介した。このエピソードは僕も前にも聞いたことがあったが,面白いので若干の脚色を加えながら会話風に再現すると(状況としては,たけしさんがある事件を起こして謹慎し,精神的に凹んでいるとき),


長 嶋「たけしさん,ゴルフでも一緒にどうですか?」
たけし「・・・エッ,はいっ,ありがとうございます。うかがいます。」
長 嶋「(約束の日にゴルフ場で)やぁ。」
たけし「(震えながら直立不動で)た,たけしです。」
長 嶋「たけしさん,ゴルフですか。どなたとですか?」
たけし「・・・・・・」

 

 でも,長嶋さんって,本当に好きである(笑)。
         

2010年03月03日

つける薬がない(その9)

 

 毎朝歩いて通勤していると,たまに鳩と雀がそれぞれ数匹ずつ仲良く何かをついばみながら集まっているのを見かける。可愛いし,無邪気だなあと思う。思わず足を止めてしまうのだ。こういう小さな可愛らしい動物も,いつも人間と共存し,いつも生活の中に登場してくれるような良好な環境を維持していかなければならない。

 

 ところでこの国は,現在のところ鳩と名の付く人が,何とまあ総理大臣までやってしまっている。この人の今までの無定見かつ軽い言動を見ていると,この鳩と名の付く人が自ら何かを発言しても,3歩ほど歩いたらもうその発言自体を忘れているという極めて特殊な能力を持っていると思わせる。類い希である。

 

 一方,この人が国益を害してまでそれとの連立維持を図ろうとしている社民党という政党は,もうどうしようもない。この政党は,米軍海兵隊普天間基地移設問題で,相当に的外れな考え方に基づいて行動している。一言で言うと,安全保障(国防)のために必要な基地を,あたかもゴミ処理場などの嫌忌施設か何かのように考えているフシがある。この移設問題が10数年にわたって検討に検討が重ねられてきたのは,確かに普天間地区の危険を除去するためである。しかし,社民党が当初あれだけ固執していたグアムに米軍海兵隊が将来全部移転してしまったら,日本一国で有事に対応できるのであろうか。今ある普天間基地の機能をもった施設が完全に国外に移転してしまったら,有事即応の体制がとれるのだろうか。フィリピンのクラーク空軍基地とスービック海軍基地から米軍が全面的に撤退した直後に,中国が「領海法」を公布してフィリピンらがその領有権を主張していた南沙諸島を実効支配し始めた現実を知っているのか。グアムの現地の首長から,社民党の主張するような移設は無理だと言われ,ようやくこの社民党も現在では国内案をアチコチ主張し始めたが,非現実的なものばかりであろう。要するに,安全保障(国防)の実効性を確保しつつ,普天間地区の危険性を除去する現行案のような現実的な案に落ち着かざるを得ないのである。

 

 それにしても,民主党がマニフェストには書いていなかった「永住外国人地方参政権付与法案」,「選択的夫婦別姓法案」などについて,とりわけ熱心に推進しているのが社民党の福島みずほという党首だし,千葉景子という法務大臣である。この千葉という人も元はといえば社民党出身である。「永住外国人地方参政権付与法案」については国民の相当多くが反対であると思われるし,「選択的夫婦別姓法案」についても国民の半分ほどは反対していると思われる。それなのに,この両案とも,マスコミなどを通じて国民的な議論がなされたのであろうか。それに民主党内でも綿密な議論がなされたフシはない。というのも,小沢幹事長が韓国訪問の際,「永住外国人地方参政権付与法案」を通すことを韓国に半ば「公約」したことからも分かるとおり,同党の首脳陣が挙って賛成派だからであろう。

 

 民主党はこれらの法案については,その政策集(インデックス)には書いてあったのに,マニフェストからは外した。ことさら外したという印象が強く,国民的合意が得られないことを知っていたからであろう。そのことを知っているからこそ,衆議院に300を超える議席を得たことをいいことに,予算成立後にドサクサに紛れてごり押しで成立させてしまえという構えだったのだろう。「永住外国人地方参政権付与法案」については,亀井静香大臣の反対などで何とか政府提出としての形式は断念したかのようだが,今度は民主党参議院議員の川上義博らが中心となっての議員立法が企図されているようだ。

 

 「選択的夫婦別姓法案」については現実に提出される可能性が高いと言われている。アンケートによると,これについても国民の約半分は反対しているというのに。この法案の賛成者らの論拠は,いずれも説得力がない。婚姻の時はいいとしても,現実に子供が生まれた時,どちらの姓を名乗らせるかについて夫婦間で円満に合意に達するのであろうか。その時点で揉めてしまい,夫婦の心の奥底ではその問題がわだかまりとならないであろうか。夫婦別姓制度を採用している国では,離婚率の高さが指摘されている。家庭,家族の一体性が損なわれる。子供はいい迷惑である。

 

 いやー,この政権は実に恐ろしい。

2010年03月02日

無くて七癖


         
 先日,ある会合で割と長いスピーチを2つほど聞かされた。講演だったらともかく,スピーチなんだから,簡潔明瞭で何か一つ聞き手の心に残るものを与えてくれればいい。しかしながら,その時のスピーチは何やら長いだけでなく,一人は一つの文章の中に何度も「エー」を入れて聞きづらかったし,もう一人は一つの文章の中に何度も「まァ」を入れてこれまた聞きづらかった。

 

 これは癖の中でも,口癖というやつだろうが,確かに無くて七癖というように人にはいくつか癖というものはあるだろう。これは癖と言えるかどうか判らないが,あかねちゃんという僕の娘は,風呂に入っている時に,EXILEの歌などを大きな声で歌っていることが多い。またうちのかみさんは,何かに集中しているような時には,右斜め後方あたりの髪の毛を右手で何やら揉みしだくような仕草を何度も繰り返す癖がある。

 

 そういう僕にも癖はある。ひとつ思い浮かぶのは,耳たぶを耳の穴の中に入れるという,とても奇妙な癖がある。これは季節限定で,主として冬などの寒い時期に出現する癖である。この癖は比較的若いころから発現し,その歴史は長い。その癖の歴史的沿革というか,目的は何なのかについて考察してみる。耳たぶというのは一般的に人間の身体の部位の中でも最も冷たい部位である。やけどをした時などに耳たぶを触るように。寒い時期の耳たぶはとても冷たくて可哀想だとの配慮から,少しでも暖かくしてあげようと耳の穴の中に入れて耳の穴の暖かい温度を伝達してやろうという目的があったのではないか。あるいは,耳たぶのことを思ってというよりも,冷たい耳たぶを耳の穴の中に入れると,ひんやりとして気持ちいいものである。だから,自己の快楽の追求という目的があったのかもしれない。あるいは,その両者だったのかもしれない。いずれにしても,この癖は今も直らない。

2010年03月01日