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弁護士ブログ

2009/07/30

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 今度の衆議院議員総選挙の投票日は8月30日だから,もうあと1か月である。前回の総選挙では,小泉元首相率いる自民党が,ほとんど「郵政民営化」の可否のみを争点として大勝した。早いものであれからもう4年が経った。

 

 前回の選挙時でも,本当のところは年金,医療などのセーフティネットの問題,教育の問題,安全保障の問題など,国家の存立や国民生活に直結する重要問題が山積していたにもかかわらず,総選挙は,いわゆる「小泉劇場」がクローズアップされた。僕が疑問に思っているのは,何も自民党が大勝したからではない。選挙の際のマスコミの取り上げ方が非常に皮相的で,浅薄で,あたかもマスコミこそ衆愚政治の元凶のような存在だったからである。

 

 小泉元首相は,「官から民へ」,「民にできることは民で」,「聖域なき構造改革」,「抵抗勢力」など,一般市民の耳に残りやすいワンフレーズを連発し(いわゆるワン・フレーズ・ポリティックス),マスコミも競って「小泉劇場」を演出した。マスコミは,「抵抗勢力」とそこに送られた刺客とのバトルをおもしろ可笑しく報道し,ホリエモンやその他の有名人を中心にスポットライトを当てた。政策の中身などは二の次だ。国民もそれに乗せられて,「改革」はいいに決まっているではないかといったような感じで,何やらイメージで投票してしまった嫌いはないのか。挙げ句には,「小泉チルドレン」まで多数誕生してしまった(くどいようだが,僕は何も自民党が大勝したことに不満をもっているのではない)。

 

 今回の選挙では,マスコミは,政権選択選挙,政権交代などという言葉を連発している。それに,もう政権交代が前提となっているかのようなマスコミの記事もある。マスコミにお願いしたいのは,あまり偏ることなく,個々の候補者も大事だが,くれぐれも各政党の政策内容(財源確保の問題を含む)を国民に分かりやすく伝えるようにして欲しい。総選挙は,国家の根幹にかかわる重大事だ。また,何よりも選挙民自身が選良のため,熟慮しなければならない。政策内容もそうだし,各政党にはどのような人たちがいて,どのような考えをもって行動しているのかについても貪欲に情報収集しなければならない。例えば,こういう政権になったら,恐らくこういったような法案が次々に提出され,立法化されちゃうのではないかなー,なんていう想像力をたくましくすべきなんじゃ,ないでしょうか。くれぐれもイメージで投票するようなことは避けなければならないと思うんでやんす。

 

 いずれにしても,これからは,来し方行く末をじっくりと考える1か月である。

2009/07/28

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 今日は7月28日。この日は,僕が心から敬愛し,その音楽に心酔しているJ.Sバッハの命日である。文献によると,1750年のこの日の午後7時15分に永眠したとある。今日と同じ火曜日だったそうだ。

 

 「バッハの思い出」(アンナ・マグダレーナ・バッハ,山下肇訳,講談社学術文庫)によると,バッハは,臨終の直前,妻のアンナ・マグダレーナに対し,美しい死の歌をうたって欲しいと希望し,妻は,「もろびとなべて死すべきもの」というコラールを歌って聴かせたということである。「わたくしはちょっとためらいました。もうまもなく天上の音楽を聴く身になろうというこの人に、私たちはこの地上の最後の音楽として、どんな音楽を捧げたらよいのでしょうか。そのとき、神さまがずばりとよい考えを恵んでくださったのです。わたくしは『もろびとなべて死すべきもの』のコラールをうたいだしました。・・・・・・・うたっているうちに、大いなる平和が彼の顔の上にあらわれてきました-彼はもうほとんどこの世のものではなく、いっさいの無常なるものを打ち越えた高みに立っているように思われました。」(284~285頁)

 

 あのバッハが最後に耳にした音楽とは一体どんな音楽なのだろう。早速所蔵のCDの中から探し出し,僕も聴いてみた。本当に目頭が熱くなった。僅か16小節の短いコラールだが,何という美しい曲であろうか。この作品自体もオルガン小曲集のうちの一つとして,バッハ自身が28,9歳のころに作曲したものだ。このコラール歌詞は,「人はみな死ななければならない。すべての肉体は干し草のように枯れゆく。生きとし生けるものは滅びなければならないが,ふたたび新たに生まれ変わる定めにある。」というもの。それにしても感動的な美しさ,安らかさである。

 

 バッハは,自分自身が作った天上的な美しさを有するこの曲とともに安らかにこの世を去ったのである。

2009/07/27

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 今年は夏休みの日程を確定するのに手間取った。ようやく確定したのだけれど,もうすぐ8月に入ってしまう。宿の予約は大丈夫だろうか。

 

 今年も温泉目指して,東北かどこか北の方へ行こうと思っている。わが日本国にも素晴らしい旅先は無数にある。ただ,僕の場合,夏の旅行は北の方へ行くことが圧倒的に多い。しかも,水のある所が好きで,滝,渓流,湖,川,そして温泉。十和田湖と奥入瀬渓流,田沢湖と抱き返り渓谷,そして猪苗代湖などが今も目に焼き付いている。そして,温泉入って,一杯やって,読みたい本を堪能する。極楽じゃー(笑)。

 

 それと,そういうことは意識していなくても,旅先で素晴らしい日本人の先達に触れることもできる。十和田湖へ行ったら,あの「武士道」を英訳で著した新渡戸稲造先生の記念館に巡り会え,その素晴らしい業績に触れた。同じ青森では棟方志功先生の記念館に巡り会え,やはりその素晴らしい作品を鑑賞できた。猪苗代湖に行ったら,あの野口英世先生の記念館に巡り会え,その不屈,無私の精神に触れ,やはり同じ日本人として誇らしい思いがした。秋田の尾去沢鉱山へ行った時は,マインランドという施設があって,当時の採鉱現場が見学できるようになっており,日本の産業,経済成長を坑内で支えてくれていた多くの坑夫の奮闘,努力に感謝の念が芽生えた。

 

 かつてアメリカ合衆国大統領セオドア・ルーズベルトは,新渡戸稲造先生の「武士道」を読んでいたく感動し,30冊も取り寄せ,5人の我が子に渡し,残りの25冊は,上下両院の議員や大臣に分配して読むよう薦めた。ルーズベルトは,5人の我が子にこの本を渡して次のように述べたということだ(「世界の偉人たちが贈る日本賛辞の至言33撰」波田野毅著,ごま書房136~139頁)。
「これを読め。日本の武士道の高尚なる思想は、我々アメリカ人が学ぶべきことである。(中略)この武士道は全部アメリカ人が修行し又実行してもさしつかえないから、お前達五人はこの武士道をもって処世の原則とせよ」
 今度の旅が実現したら,やはり温泉場で新渡戸稲造先生の「武士道」を読み直そうと思う。

 

 ちょっと出遅れてしまったが,今のところ旅行社の知り合いの美人担当者に今回の夏休みの旅行の企画,手配をしてもらっている。何とか東北など北方への旅行が実現したら良いと思う。東北の中では,宮城県と山形県だけはまだ足を踏み入れていないので,この辺りもいいかな。温泉は絶対に外せないけど(笑)。それにしても,旅というのは,旅の真っ最中が楽しいのはいうまでもないが,行く前もワクワクして楽しいものである。

2009/07/23

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 Jリーグのさる球団の監督の学習能力・修正能力に言及したことがあるが,僕自身の学習能力・修正能力のなさに呆れている。二日酔いのことである。二日酔いの渦中にあるときは,あれだけ反省し,もう絶対に繰り返すまいと思うのに,結局懲りてはいないのである。

 

 二日酔いの時は,肉体的にはだるいし,気持ち悪い。精神的には,やるせないし,モチベーションも上がらない。もう年なんだから,翌日の仕事に差し支えるような飲み方をしてはいけないのだっ。何度言ったら分かるのだ!

 

 二日酔いに関する自分の過去の歴史を振り返り,その多くの出来事から帰納していくと,どうやら日本酒を飲んだ翌日にこの「二日酔い」という事象が生ずる。熱燗でも冷酒でも。一昨日は,まずビールで乾杯。当分はビールの時代。やがて利き酒の趣向(企画)があったので非常にフルーティーな冷酒を。そうこうしているうちに,大先輩が熱燗とっくりをもって僕の所にお越しになった。しばらくは熱燗の時代。再びビールで一次会はお開き。二次会はまずビールで始まり,やがて一次会の時の利き酒に使用した残りの冷酒。最後は少し小さめの品の良いグラスで冷たいビールで締めた。本当に駄目だよなぁ,こういうことをやってちゃ。大概にしなさいというやつだ。僕の場合は,経験的には二日酔いに絡んでいるのは日本酒である。日本酒も少しなら何ら問題ないが,度を過ぎるとだめだ。これからは,肝に銘じたい。もう絶対に二日酔いなどはしないっ!

 

 あーーーーー。スイカが食べたい。無性にスイカが食べたい。甘くて,サクっとした歯ごたえのあるやつを。よし,今日はどんな卑怯な手を使ってでも絶対にスイカを食べてやる(笑)。

2009/07/21

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 10代の頃はそんなことは全然意識しなかったが,大人になったら何となく夏に対する苦手意識が出て来た。特に今の年齢の自分には夏は辛い。

 

 夏は,熟睡したという感じがない。寝苦しさからか,夜中に数度目が覚めるし,朝起きても爽快感などない。これから仕事に行かなければならないというのに,もうそこそこ疲れているのである。

 

 また,あの炎天下での刺すような紫外線は,毛量が必ずしも多くはない頭にこたえる。汗と相まって髪の毛がぺたっとなってしまうのである。このような悩みを訴えていそうな同業者を数人知っている(笑)。さらに,ビールを飲み過ぎて太ってしまう。僕の場合はつまみをとらなければならない方だから,なおさらである。

 

 ついでに,雷も非常に恐い。自分の経験などから言うと,雷に対する恐がり方というのは,親から引き継がれていくのだと思っている。僕の母が雷を非常に恐がる人だったので,それが僕にも伝承されている。大昔,派手に雷が鳴っているにもかかわらず,僕の父が家族の前で窓を開け放ち,稲妻を見ながら「あぁー,きれいだなぁー。」などと言って強がり,受けを狙っていたが,家族からかえって反感を買っていた(笑)。その当時の僕の家族は,姉と妹を加えた5人家族だったが,僕も,姉も,妹も,雷に対する母の真摯な恐がり方に共感を覚え,実際に母と同様に恐がっていた。雷に対する姿勢では母の方が多数派を形成し,派閥の領袖となっていたのである。そういう訳で,夏のゴルフの際には僕は雷に対して非常に神経質で,ゴロゴロ鳴り始めたら誰が何と言おうとすぐに中止することにしている。

 

 わが日本国の四季は非常に美しいし,それぞれ味わいがある。ただ,年のせいか,最近は夏にだけは苦手意識がある。スイカとそうめんは大好きなのだけれど。

2009/07/17

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 今自宅にあるピアノは平成8年冬に購入したと思う。もう13年ほど経つ。そのピアノは,ごく普通の何の変哲もない漆黒で光沢のあるアップライトピアノである。どういう訳か,最近はそのピアノを見るたびにS弁護士(以下「S先生」)のことを想い出す。

 

 僕が司法修習生時代にお世話になった指導弁護士はF先生だったが,そのF先生の紹介で僕はS先生と知り合った。S先生はかつて検察官であったが,その後弁護士に転身した経歴の持ち主だった。紹介してくださったF先生とS先生とは司法修習の同期だったそうだ。S先生がF先生に「誰か僕の事件処理を手伝ってくれる弁護士はいないかな?」と尋ねた際,F先生が僕を紹介してくれたのだ。

 

 S先生は,恐らく僕より12,3歳くらい年上だったと思う。飄々としていて,あまり些末なことにはこだわらず,一見ぶっきらぼうだが,結構優しい面もあり,なかなか味のあるお人柄だった。その事件の民事部門は主として僕が,刑事告訴部門はS先生が担当し,最終的にはいずれも何とか解決した。平成8年当時は,僕はまだ弁護士登録1,2年ほどしか経っていなかったがS先生は僕が起案した訴状,準備書面にはほとんど手を入れられず,僕を信頼してくれていた。それと,何よりもとても慈愛に満ちたまなざしを僕に投げかけてくれた。

 

 平成16年ころだったか,S先生,F先生,僕の3人が夜遅くまで飲む機会があった。世代は若干違うが,真面目なのか不真面目なのか分からない,とりとめのない面白い話題で楽しい時間が過ぎていった。その夜は,僕は相当遅くまでF先生に付き合ったが,S先生は一足先に帰られた。それから約1年ほど後にS先生は鬼籍に入られた。とてもショックだった。亡くなられてからはじめて知らされたことだが,S先生が僕と一緒にある事件を処理していた時期は,実はS先生がガンの闘病生活から復帰されて間もない頃だったそうだ。今にして思えば,少し辛そうな雰囲気もあった。そのような事情があったとは全く知らなかった・・・。

 

 あの慈愛に満ちたまなざしは,どのような心情に導かれたものであったろうか。僕のことを,「こいつは直情径行型だが,結構かわいい奴だな。」と思っていてくれたからであろうか。あるいは,無常観,諦念,これまでの自分の人生に対する満足感だったのだろうか。ああいう深いまなざしは,忙殺され,日常生活に埋没している間はとてもできないから,恐らく後者の方だろう。S先生と一緒に処理した事件の弁護士報酬で,僕はすぐにピアノを購入することができた。それが今自宅にあるピアノなのである。
                        

2009/07/16

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 名古屋グランパスのチーム状況がとても悲惨なものになっている。リーグ戦第17節のFC東京戦では0-3の完敗。昨日行われたナビスコ杯の決勝トーナメントでは,やはり同じFC東京が相手だったが,1-5の大敗を喫している。この試合は,何と,開始26分の間に4失点もしており,「破綻」という表現がピッタリである。

 

 リーグ戦第16節の対ガンバ大阪戦では後半ロスタイムの得点で辛勝したが,その前の対鹿島戦ではやはり0-3と完敗し,それに先立つ新潟戦,千葉戦,磐田戦も連敗している。思い起こせば,もう4月の川崎フロンターレ戦以降の戦いぶりから,疑問と不安を感じ始めていた。このブログでも述べたが,何より中盤が全く機能していない。相手から厳しいチェックは受けても,自分の方からは厳しいチェックをできないでいる。こぼれ玉はことごとく相手選手に奪われる。中盤を相手に制圧されているから,徐々にディフェンスラインを下げ,スルーパスやアーリークロスをゴール前に出されて失点する。中盤とディフェンス,中盤とフォワードのそれぞれの協同関係が見えないし,本当に何らかの約束事や戦術の共通認識があるのかと思う。

 

 今朝の新聞のスポーツ欄を読んだら,カタールに移籍を決めたダビはフロント,監督,コーチ,選手を非難するようなコメントを出しているし,ストイコヴィッチ監督はダビを非難している。もうカタールに移籍するダビのことはいい。僕が最近思うのは,これまで相当の時間が与えられながら,チームというものを作り上げられなかった監督には少しばかり失望した。選手を入れ替えたりすることで問題は何ら解消しないのだ。どうもこれまでの戦い振りを見ると,監督の学習能力,修正能力に疑問を感じる。

 

 以上述べたようなチーム状態や戦い振り,これまでにも繰り返されてきたんだよなぁ・・・・・。Jリーグが発足してもう16年も経ったのだが,名古屋グランパスは天皇杯は2度制してはいるものの,リーグ戦での年間優勝の経験はまだない。何かしら,宿痾のようなものを感じてしまう。

2009/07/14

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 どうだろう・・・少なくとも2か月ほど前までは,僕は標準体重を維持していた。かつては標準体重を約8~9キロもオーバーしていた時代があり,その後は見事にダイエットに成功し,その後もリバウンドなどせずに標準体重を維持していたのである。

 

 しかしながら,最近ではかなりヤバくなってきた。ちょっと前までは,毎日嬉々として体重計に乗り,俺はメタボじゃないし・・・・,これからは小顔の方がモテるだろうな・・・などと悦に入っていた。でも最近では,現実を直視するのが怖くて体重計に乗っていない。体重計に乗らなくなってもう約2か月である。部屋の隅の体重計が非常に寂しげである。僕としては,体重計が容赦なく示す結果が怖いのである。恐らく現在では,標準体重を2~3キロは超えてしまっているのではないだろうか。

 

 6月上旬から約2か月の間,僕は司法修習生の指導弁護士をしている。司法修習生は,弁護士事務所で机を構え,特別な事情でもない限り,いつでも弁護士と行動を共にしている。かつて僕が司法修習生だった時もそうだった。だから,ランチも一緒だ。その間は,「ぜんまいざむらい」の弁当箱によるダイエット弁当ではない。外食を毎日している間にカロリーを摂りすぎているのかもしれない。でもこの事態を真面目に修習を続けている司法修習生のせいにするつもりはない。一緒にランチしたって,メニューはいろいろあるのだし,20代の彼と年寄りの僕とでは基礎代謝が違うから,調子に乗って同じものを食べるからいけないのだ。

 

 それと,嬉しいことに,最近ではお中元でビールなどをよくいただく。この梅雨空,蒸し暑さを吹っ飛ばすにはビールが旨すぎる。1週間のうち休肝日はもうけているが,ビールをぷふぁーっと飲みたいという欲望を克服することができず,休肝日の日数が相対的に少なくなっている。

 

 いずれにしても,リバウンドというゆゆしき事態がこれ以上深刻化しないよう,何らかの手を打ち,実行しなければならないし,自民党じゃないけど今の事態を厳粛に受け止めなければならない。

2009/07/13

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 前にもこのブログで告白したことがあるが,平日の場合,朝ご飯を食べたら,テレビのスイッチを入れ,午前7時15分から約10分間,NHK教育テレビで「ぜんまいざむらい」を鑑賞する。これが日課となっている。最近これを欠かしたという記憶は全くない。

 

 それにしても思うのだが,よくできたアニメである。番組の冒頭に企画とキャラクターデザインのスタッフの記載がでてくるが,尊敬しちゃう。からくり大江戸という時代設定で,どのキャラクターも印象深いし,面白いのである。最近特にお気に入りなのは,「豆丸」と「かみちよねーさん」である。

 

 豆丸はビジュアル的にもかわいいし,「・・・・でござる。」,「・・・・・でござるよー。」という語尾と言葉遣いと声が好きである。ぜんまいざむらいを尊敬しているところはよく分かるし,いつも彼と同じ正義感,義理堅さで行動している。ある回のお話では,豆丸が日本全国から選ばれた忍者養成候補として修行のために遠方に旅立ってしまうことになった。でも,豆丸が船に乗って涙の別れに臨んだ土壇場で,修行の招待状の名宛人が「豆丸」ではなくて「伊豆丸」であったことが判明し,ズッこける落ちであった。何だかホッとした。僕はこの落ちがあるまで,そうかぁ,豆丸ってエリートだったんだと見直す反面,当分豆丸と会えなくなるのだろうかと寂しくなってしまったからだ。また,ある回では,豆丸が流れ星に向かって「おねしょが治りますように!」と早口で願を掛けていた。とても健気で,愛すべきキャラである。

 

 かみちよねーさんは,何よりも色っぽくてセクシーである。美人の部類に属することは間違いなく,僕はとても好きである。かみちよねーさんが登場すると大抵はかみちよねーさんだけに見入ってしまう。彼女は,月に2回,寺子屋で千代紙を教えたり,時には占い箱で占いをしている。出自や境遇は謎に包まれているが,かつて江戸にはこういう女性がきっと存在したと思うのだ。

            

2009/07/09

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 何という佳い曲であることか!聴いていて思わず楽しくなるし,明るくなるし,一緒に喜びたくなる。マニフィカト,これもバッハの傑作中の傑作であろう。仕事に疲れてぐったりの時でも,寝る前などに聴くと精神的には生き返る。

 

 新約聖書の中のルカによる福音書第1章の中に,天使ガブリエルがマリアに受胎告知する場面の記載がある。そこでマリアは,イエスの母となる栄光を与えられて神に感謝し,「わが魂は主を崇めます・・・・・・」と歌いはじめる。このマニフィカトは,イエスの母となる栄光を与えられたマリアが神に感謝し,賛美するほめ歌のことである。

 

 このマニフィカトの中で特に好きなのは,第1曲と第2曲である。第1曲は,祝祭的な感じのするトランペットの音が印象的で,合唱も非常にイキイキとしているから,聴いている方もワクワクする。第2曲はソプラノのアリアで,抑制的ながらも喜びが表出していて,これもずっと耳に残るメロディーである。この2つの曲は,いずれもニ長調で3拍子という点で共通している。

 

 そういえば,いつだったか,「心が躍る曲」としてバッハのミサ曲ロ短調の中から,「グローリア・イン・エクシェルシス・デオ」と「クム・サンクト・スピリトゥ」の2つを挙げたが,この2つに共通しているのもニ長調で3拍子という点である。そうだとすると,やっぱりニ長調で3拍子というのは高揚した気分を表現するのに最適な組み合わせなのだろう。ヨハン・マッテゾンの調性格論のニ長調の箇所には,「元来鋭く、わがままな調性で騒動や陽気で好戦的なもの、元気を鼓舞するようなものにおそらくもっとも適合するが、・・・」とある。好戦的,わがままというのは若干引いてしまうが,元気を鼓舞する,士気を鼓舞するというのはやはりあるようだ。

 

 梅雨の季節のせいなのか,それとも年齢のせいなのか,ちょっと疲れやすくなっているし,元気のない時もある・・・・・・・・・。でも,バッハは本当にいいなぁ。心にしみる。特に元気を回復させるには,ニ長調と3拍子がよい。

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