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弁護士ブログ

2013/12/20

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 昨日は東京家庭裁判所で仕事があり,名古屋駅から新幹線で出かけました。あいにく天気が悪く,霊峰富士の雄姿を見ることは諦めておりました。それでも新富士駅を過ぎた頃から,事件記録から目を離し,ずっと目を凝らしていたのですが,やはり富士山は見えませんでした。残念です。

 

 裁判所での期日は午後1時30分からでしたから,不詳私めは当然のように八重洲地下中央の旭川ラーメン「番外地」へ行き,行列で待つこと約10分,いつもの「塩バターコーンラーメン」にありつきました(笑)。年を取った私の味覚の問題なのかもしれませんが,昔よりスープが少ししょっぱくなったような感じはするものの,魚介のダシがよく利いていて美味しいのです。それに,チケットを売ったり席作りのマネジメントをしている女性も相変わらず割と美人です。

 

 裁判所での仕事を終えた後は,いつもならば銀座の山野楽器に寄るか,上野の鈴本演芸場に寄るところですが,あいにくの荒天でしたし仕事も山積みでしたので,午後4時40分の新幹線「のぞみ」で帰路につきました。それにしても改めて思いましたのは,日本の新幹線というのは時間に正確ですし,安全性はやはり世界一だということです。日本の技術力と「ものづくり」の精神(底流には日本人の心が流れております)の凄さを思います。

 

 これは私自身も以前から知っていたことですが,一昨日の読売新聞のあるコラムでは「中央アジアの親日国」という標題でウズベキスタンの首都タシュケントにあるナヴォイ劇場のことが紹介されておりました。終戦後旧ソ連の捕虜として日本人がこの劇場の建築にかり出されました。かり出されたというよりも,劣悪な環境での強制労働です。長時間労働を強いられ,食事にも腐った物が提供されるなど,劣悪な環境でした。このナヴォイ劇場の建設に携わった日本人捕虜500人のうち79人は亡くなっております。それでも日本人捕虜は「もう一度日本に帰って桜を見よう」との合い言葉の下,技術的には妥協を許さず,3年かかるところを2年で完成しました。1966年にはタシュケント地震が起こり,7万8000棟もの建物が倒壊したにもかかわらず,このナヴォイ劇場は無傷であり市民の避難場所としても機能し,日本人の技術力の高さが称賛されております。

 

 ウズベキスタンのカリモフ大統領の幼少期のエピソードですが,母親と一緒に日本人捕虜の収容所を見学した時,母親から「日本の兵隊はロシアの兵隊が見ていなくても働く。大きくなったら、人が見ていなくてもよく働く人間になりなさい。」と言われたそうです。日本人の勤勉さは今も語り継がれているのです。日本人捕虜は劣悪な労働環境でも頑張り,懸命に作業する日本人に地元の子供たちは食べ物を差し入れてくれたのですが,日本人捕虜は彼らに対して木のおもちゃをお返しするなど,劣悪な環境でも礼儀を忘れなかったのです。

 

 このナヴォイ劇場のプレートには以前は「日本人捕虜」と書かれていましたが,カリモフ大統領は「日本と戦ったことはない。彼らは恩人だ、間違っても『捕虜』と書くな。」と述べて「日本国民」と改めさせたのです。

 

 東京出張のことから話が随分とそれてしまいましたが,新幹線に乗っていて,日本の技術力と「ものづくり」の精神(底流には日本人の心が流れております)の凄さを改めて思った次第です。

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