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弁護士ブログ

2010/08/31

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 昨年の8月30日に第45回衆議院議員選挙(総選挙)が実施され,あろうことか民主党が308議席も確保し,政権交代となった。僕はこのブログで,慚愧にたえない思いをぶちまけた。あれからもう1年が経つのである。その後ほどなくして,自由民主党の中川昭一というかけがえのない国士を失った。本当に涙がでた。民主党が政権の座についてからのこの1年,みなさんどうでしたかしら?・・・・・

 

  「民主党 やらせてみれば この始末」(爆笑)

 

 名句である。鳩山という人の羽毛よりも軽い言動と噴飯物の考え方,国際社会から一身に浴びた軽蔑のまなざし,みなさん覚えてますよね。小沢一郎という人は,この鳩山という人と共に,約3か月ほど前に政治とカネの問題,支持率低下,参議院選挙乗り切りのために引責的に辞任したばかりです。3か月前と何か事情が変わったでしょうか。民主党参議院議員会長の輿石東という人も,日教組及びその傘下の山梨県教職員組合を支持基盤とする組織内候補だから自ずとその反日的思想は推して知るべしだし,容貌的にはネズミですよね。昨日のニュースを見ていたら,議員会館内の一室で中央に輿石東,向かって左に小沢一郎,向かって右に鳩山由紀夫が座っておりました。こういうシーンを見せられてこの国の将来に希望が持てるでしょうか。民主党という政党は,相変わらずこういった面々が牛耳っているのです。

 

 他方,菅直人という人は首相になって国家,国民のためになることを何かやりましたか(得意の反語的表現)?着任早々に内閣支持率がアップしたことに乗じて,宮崎の口蹄疫問題対策もそこそこに「今だ!」とばかりに参議院議員選挙の方を優先しました。円高・株安対策も後手後手です。「最小不幸社会」を目指すとして,何ら有効かつ実現可能な成長戦略もありません。何よりこの人は,松下圭一の「市民自治の憲法理論」(岩波新書)で展開された論を信奉していることからもわかるように,「プロ市民」による政治活動を積極的に展開し,徐々に国という形をなくす方向性を目指しています。これ加えて,仙石由人や枝野幸男らの学生運動時代から思考そのものが停止してしまった反日左翼が跋扈している状況も背筋が凍ります。

 

 この1年どうでしたかしら?・・・衆愚政治に堕することがないよう,もうこの辺りで国民の一人一人が,民主党というのはどういう政党なのか,どんなメンバー(セクト)で構成されているのか,どんな力学で動いているのか,どんな政策を実行しようとしているのか,民主党が推進する政策を実現していくと国や家族,地域社会がどんな形になるのか,などを真剣に勉強すべき時期に来ているのではないでしょうか。

 

 それにしても,あっという間の1年でした。昨年の総選挙ショックからもう1年が経ってしまいました。本当に月日が経つのは早いものです。今日はもうこの辺で仕事に戻ることにします(笑)。

2010/08/30

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 娘のあかねちゃんは,クラスメートから「どん子」と呼ばれている。そういうあだ名である。なぜそういうあだ名になったのか。それには長い歴史がある。

 

 あかねちゃんが1,2歳のころ,あんまり可愛かったものだから,父親として何か愛称を考えていた。その結果,一番最初に思いついたのは「怪獣アカネゴン」。思い起こせば,「どん子」なるあだ名の源流はここにある。その後,「怪獣アカゴン」,「珍獣アカゴン」などを経て,よりシンプルに「アカゴン」に落ち着いたのだ。それ以降は,ほんのごく一時期,ゴンチャロフのチョコレートが美味かったから「アカゴンチャロフ」と言ってみたり,「あかぽんこちゃん」と言ってみたりしたこともあったが,あかねちゃんが小学校低学年のころは,「アカゴン」というのが定番のあだ名になっていた。

 

 ところが,幼稚園以来の父兄仲間の一人であるRMさんという女性が,本来は「アカゴン」であるべきはずなのに,あろうことか「あかどん」と勘違いしてずっと使っていた。その女性の娘のひとりであるYちゃんは,あかねちゃんと同じ小学校でとても仲良しだったので,いつのまにか,あかねちゃんのあだ名が「あかどん」,「どんちゃん」,「どん子」というふうに思わぬ歴史的変遷を遂げてしまったのである。

 

 父親としては内心,この「どん子」というあだ名はあまり好きではない。あかねという優しい名前なのに,それとは似てもに似つかない響きであるし,女の子の名としては若干野蛮で品性を欠く・・・(笑)。実は中学校に上がった時,あかねちゃんとしてはこのあだ名から脱皮する絶好のチャンスがあったのだ。「あかね」とかせいぜい「アカゴン」とかに戻すチャンスが。しかしながら,中学校に進学した当初,自己紹介の項目にあだ名というのがあり,あかねちゃんは,「どん子」,「どんちゃん」と呼ばれていたことを正直に発表してしまったために,現在も「どん子」というあだ名のままなのである(笑)。

 

 種田山頭火があかねちゃんと同じくらいの年齢の時には,「おこぜ」というあだ名で呼ばれていたらしい。それに比べればまだマシだが(笑)。種田山頭火がちょうど僕と同じ年齢のころには,近所の子供たちから「ざんきの小父さん」というあだ名を付けられていたそうだ。山頭火は酔いが覚めるといつも口癖のように「慚愧(ざんき)にたえん」と言っていたからだそうだ。僕もあまり飲み過ぎると,それに近いあだ名をつけられかねない。

2010/08/27

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 僕が心からその音楽を愛するヨハン・セバスティアン・バッハの教会カンタータの中に「目覚めよと呼ぶ声あり」(別名「目を覚ませと呼ぶ声あり」)というのがある(第140番)。バッハの教会カンタータの中でも最も有名な曲の一つであり,とても佳い曲である。今朝は,朝ご飯の時にこの曲をしんみりと聴いてきた。

 

 政治の世界では,民主党代表選に小沢元幹事長が出馬することを決めたようだ。もはや日本の政治も絶望的な状況になっている。誤解のないように言うが,小沢元幹事長が勝った後のことを悲観しているのではない。菅首相が勝ったとしても,どちらにしても,民主党という国家観なき,綱領なき,定見なき存在が政権を担っている限り,日本という国の将来は危うい。

 

 それにしても鳩山元首相の顔や存在は,国民にとってはトラウマになっていたはずなのに,最近ではやたらメディアに露出している。恐らくこの人には,恥ずべきことを恥じるというメンタリティー,そもそも「恥ずかしい」という心情そのものがないのではないか。あれほど無知・無能ぶりを満天下にさらしたのなら,普通ならば穴があったら入りたいと思うべきなのに,再び脚光を浴びるべくできもしない「仲介役」をかって出ている。挙げ句,つい先頃までは菅首相続投を支えると述べておきながら,その舌の根も乾かないうちに,今度は自分の一存で旧自由党から小沢氏を民主党に招き入れたのだから,小沢氏を支持するのが「大義」だと述べた。もはやこの鳩山という人にはつける薬がない。この程度の理由が「大義」になってしまうのだと(笑)。それにわずか3か月ほど前,この2人は政治とカネの問題,支持率低下,参議院選挙乗り切りのため,揃って首相(代表)と幹事長を辞任したんじゃなかったのか。3か月ほど前と今とでは一体全体どんな事情の変更があったというのだろうか。引責的に揃って辞めた連中が,格別の事情の変更もないのに,今度は揃って現政権を倒そうとしているこのような行動にどんな「大義」があるというのだろうか。それと,「小沢首相?」。僕も国民の一人であるが,彼らの意識と国民の意識との間には相当に乖離があるのではないか。政権交代後の小沢という人の言動を振り返ってみて欲しい。政策調査会の廃止,陳情窓口の幹事長室一本化,140人を超える議員を引き連れての中国への卑屈な訪問,「人民解放軍野戦司令官」発言,習近平の天皇陛下引見時の不敬な発言などなど。「小沢首相」など誰が望んでいるのだ?G8のサミットに臨む各国首脳の中ではダントツの悪党面ではないか。

 

 では菅直人という人やその取り巻きの仙石由人,枝野幸男,その他の反日左翼の連中がますます政権を牛耳ることになったらどうなるか。その行く末を思うと,背筋が凍るのである。そのことについては,また気が向いたら不満を述べてみたい(笑)。どちらにしても民主党政権ではもうだめなのだと思っている。

 

 「目覚めよと呼ぶ声あり」

 

 もうどうやらジャイアンツは目覚めたようだ。でも政治の世界は・・・。このような政治状況の中では,天は誰に対して「目覚めよ」と言っているのか。それは国民,有権者に対してであろう。

2010/08/25

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 昨日の晩から僕の頭の中で,ある歌(メロディー)がぐるぐる回っている。その歌とは,「闘魂こーめぇーてぇー(♪)・・・・・ゆぅけゆけー,それーゆけ,巨人軍(♪)」という歌(メロディー)である。わが巨人軍,とうとう首位に返り咲いた。

 

 今年の春,このブログでもスポーツの世界における今シーズンの夢を語った。その夢とは,プロ野球ではジャイアンツがセ・リーグ4連覇を果たすこと,またJリーグでは名古屋グランパスが悲願の年間王者に輝くことの2つの夢である。現在,読売巨人軍と名古屋グランパスは,いずれも首位になっている。いよいよ正夢となるか・・・。

 

 しかし,いずれのリーグも先はまだ長い。ジャイアンツについては,打線にそれほど心配はないが,先発投手が5回もたないという病気はまだ治っていない。投手力にかなりの不安があるのである。また,グランパスの方も,今首位にはいるがこのブログで偉そうにも再三指摘してきた問題点は解消されたとは言えない。まだまだぜんぜん予断を許さないのである。でもプロ野球の方もサッカーの方も何かしらスリルを感じるね。正夢になるといい。

 

 円高,株安が止まらない。経済のこともよく分からないけど,政府・日銀による為替介入,金融緩和その他の策は全くないのか。「今後の市場の動向を注意深く見守る」ということは,当面は何もやらないということを言っているに等しい。無為・無策を内外に表明している(笑)。民主党政権や民主党の議員は,その時期が迫っている代表選のことだけに気を取られ,国家,国民のために仕事をしていないし,できない。3年ほど前,小沢一郎という人は自民党との大連立を画策してこれが頓挫し,辞意を表明したとき,いみじくも「民主党には政権担当能力がない」と述べた。こういうのを民事訴訟の分野でも刑事訴訟の分野でも「自白」という。この人もたまには非常に良いことを言う。3年前と今とで民主党の体質等に劇的な変化などはなく,そうすると今でも「政権担当能力がない」ことになり,国民の一部はそのことを確信し(僕ちゃんもその一人),国民のその他大勢もうすうすはそのことに気づき始めている。仮に,ジャイアンツとグランパスの優勝がそれぞれなくなったとしても,民主党政権だけは瓦解してほしい。このままでは日本という国がもたないからである。

2010/08/24

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 最近では,地デジ対応のテレビに切り替えることを呼びかける場面が多い。画面の上下が黒っぽくなり,「これは地デジ対応ではありません」みたいなメッセージが出るのである。どうやら来年の7月がタイムリミットのようだから,それまでには我が家のテレビもそうしないと。暮らし向きが良くないと,テレビも買えない・・・。

 

 枝豆を食べながらテレビを見てたら,たまたま「ハンチョウ~神南署安積班~」というテレビドラマがやっていた。TBSという局は好きではないのだが,家族も見ているので僕もつられて見ていた。そうしたらテレビの中で奇妙な光景に出会った。警察車両にいずれも刑事役の賀集利樹と塚地武雅(ドランクドラゴン)とが乗っていた。運転席に賀集,助手席に塚地という設定で,車両外部から運転席方向を写したシーンだった。普通だったら,そして通常の遠近法,遠近感覚だったら手前にいる賀集の方が大きく映るはずだのに,全く逆で,塚地の顔の方が圧倒的に大きく,しかも顔の大きさが約1.5倍の水準に達していた。遠近感覚からはほど遠い奇妙な光景であった。

 

 そういえば,僕がかつて大所帯の法律事務所に在籍していた時,同僚の弁護士にN先生という人がいて,この人が途方もなく塚地武雅に似ていた(笑)。その事務所では数ある弁護士の中でこの僕を超える文才の者がいなかったので,対外的に発行する事務所報の原稿などを書くことが多かった。ある原稿を割り当てられた時,僕は全然悪意なく,N先生はドランクドラゴンの塚地に似ていると書いたことがある。原稿段階でそれを読んだN先生は,「それはやめて欲しい。」と僕に申し入れをしてきた。僕が「どうして?」と尋ねると,N先生は少しテレながら「それは人権問題だから。」と,全く説得力のないことを言った(笑)。ただN先生は塚地に似ていると言われるのが本当に嫌そうだったので,「じゃ,誰ならいい?」ともうし向けると,「大仁田厚だったら,まだいいですけど。」と述べた。彼は従前から元プロレスラーの大仁田厚に似ているともささやかれており,本人の耳にも入っていた。以上のような経緯で,その原稿は最終的にはN先生は大仁田厚に似ているとの表現で落ち着いた(笑)。昨日のことのように想い出す。

 

 さあ,読売巨人軍,阪神に3連勝して勢いに乗っている。極度に弱かったのはやはり復古調ユニフォームのせいだったか(笑)。ジャイアンツ,対中日戦は死ぬ気でガンバレ!

2010/08/23

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 少しばかり仕事がたまってしまい,きのうの日曜日も事務所で仕事となってしまった。自宅から歩いて事務所に向かう途中,春には見事な花を咲かせる,ある小学校の桜の木のそばを通りかかった。僕は木の前で立ち止まり,蝉はどうしているかその姿を探した。

 

 よーく見ると,蝉が何本かの木に止まっていたが,それらの蝉はもう鳴いておらず,じっとして動かないか,少し動いても今にも木から落ちそうで,全く力のない動きをしていた。この世に生を受け,地中で長時間を過ごし,最後の数週間で思い残すことはないほど力一杯鳴き,その最期を迎えようとしているのであろう。何かしら厳粛な雰囲気がそれらの蝉を支配しており,蝉からは「今日という日はもう二度と還ってはこない。悔いのないように過ごせ。」とでも言われているような気がした。晩夏である。田舎の高原では赤とんぼが飛び交っているのだろうか。

 

 先日テレビを見ていたら,軽井沢かどこかで,鳩山由紀夫,小沢一郎,輿石東,山岡賢次などといった面々が集まって乾杯し,何やら気勢を上げていた。9月の民主党代表選で小沢一郎という人の出馬が取りざたされており,茶坊主のような顔の山岡という人が小沢という人の出馬に向けて積極的に動いているらしい。あれほどまでに首相としての資質・能力の無さを満天下にさらした鳩山という人らとの連携も目指しているようだ。小沢氏が代表になったら,彼が首相になるということなんですか?国民が本当にそれを望んでいると思っているのだろうか。彼が鳩山氏と同時に引責的に代表を辞任した時と現在とで,状況的に何が変わったというのだろうか。一方,菅直人という首相は,これはこれで本来の仕事そっちのけで代表選ばかりを心配している。この人は首相に就任以来,この国のために一体全体どんな仕事をしたというのだろうか。百害あって一利なしの「談話」を出したことだけが記憶に残っている。

 

 こういう人たちは,党内の権力闘争のみに血道を上げ,国家や国民の現在及び将来のことは何も考えていない。国家観も将来のビジョンも全くない。民主党など唾棄すべき存在ではなかろうか。こういった政治状況は,晩夏というか,政治の閉塞というか,日本沈没というか,何とも言いようのない段階に来ている。最終的には,日本の良き伝統,文化を堅持すべく,国民一人一人がよく勉強をして,よく考えて,本当の意味での選良を生み出すしかない。

2010/08/19

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 最近,ジャイアンツの試合内容がおかしい。明らかに変調気味である。昨日の晩は,久し振りにナゴヤドームに出かけ,中日戦を観戦した。巨人の圧勝を期待したのに,あろうことか8回の攻撃終了時まで1本もヒットが出なかったのである。あわやノーヒット・ノーランを食らってしまうのではと本当に心配した。9回表に坂本のソロホームランが出て,辛うじてノーヒット・ノーランも完封も免れたが,とても栄光の巨人軍の姿ではなかった。

 

 何しろ,最近明らかにおかしいのは先発ピッチャーである。5回もたないという事態が恒常化している。これではダメだ。今日のゲームで中日に負けると3位に転落となる。由々しきことである。ここんとこ,「オールド・ユニフォーム・シリーズ」として,古い昔のユニフォームを復刻,着用してのプレーが続いている。巨人のユニフォームは昔から大好きだったし,歴史と伝統を感じるが,今着用している白い帽子のやつは,どうもなー。何かなー。弱っぽく感じる。でも,とにかく今日は勝って欲しい。頼むよ(笑)。

 

 昨晩は名古屋グランパスも0-4と惨敗した。グランパスはたまたま首位に躍り出ており,昨日の惨敗にもかかわらずその首位をキープしてはいる。でも昨日の試合内容をニュースでちょっと見ても,相変わらず中盤が機能しておらず,相手選手がトップスピードで殺到するとディフェンダーがおたおたするという例のシーンが続出。課題が克服されていない。中盤でいとも簡単にボールを失ったり,パスカットされたり,プレスが甘かったり・・・。

 

 ・・・まあ,いいか。仕事に戻ろう(笑)。

2010/08/18

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 今どき,外を出歩くときは日傘を差している。毎度くどいようだが,日傘は本当に助かる。何でみんなはあんなに良い物を利用しないのだろうか。あー,それにしても今年は秋に旬をむかえるサンマが不漁のようだ。どうやら海水温の上昇が原因らしい。秋のサンマは毎年楽しみにしているのに・・・。一尾580円で売られているとの情報もある。それは高すぎるよ(苦笑)。

 

 「いじめとは何か-教室の問題、社会の問題」(森田洋司著,中公新書)という本を読んだ。意識的にこの本を買おうとして本屋を訪れたのではなく,別のお目当ての本を買った際,たまたま新刊のコーナーにこの本が置いてあったので,これも買ってしまったのだ。何となくこの本に指が伸びたのは,「いじめ」という卑怯を憎む心があったからかもしれない。

 

 この本の著者は,学者らしく諸外国におけるものも含めた学術的な研究の成果を比較的分かりやすく説明してくれていた。いじめ問題の研究には,社会学的な考察が不可欠であるということもよくわかった。いじめの社会的背景の一つに,社会の「私事化」があると指摘されている。「私事化」とは,人間関係のしがらみに振り回され,他人が私事に土足で踏み込んでくる煩わしさから逃れようとする動きであり,自分を犠牲にしてまで企業や集団に尽くすことはほどほどにし,私生活の隅々まで丸ごと呑み込まれることがないように人間関係や組織に対して適度な距離を置きつつ,自分の私的な領域(ワタクシゴトの世界)を確保したいという欲求の現れである(同書147~148頁)。しかしこの「私事化」にはネガティブな側面もあり,人々は私生活への関心を高める一方で社会や集団への関わりを弱め,公共性や他者に対して無関心になる傾向,さらには私益が突出して公益が軽視される傾向が強まるのである(同書150頁)。大人の社会がこうならば,その縮図である子供の社会でもこうなる傾向は否定できないであろう。

 

 そこでこの筆者は,いじめ問題の解決の一つの要素として,「私事化のポジティブな側面を最大化しつつ,共同性に開かれた個人を育成することによってネガティブな側面を最小化し,日本社会を成熟させていくことである。」(同書155頁)とし,さらに,「家庭でのコミュニケーションの問題だけでなく,いじめが人間として許せない行為であるという倫理観の欠如が見られ,家庭教育に問題があるといわざるをえない。社会的な責任倫理の醸成が,家庭教育のなかでも,また,社会全体としても必要なときに来ている。」(同書106~107頁)と指摘する。

 

 そうなのだ。僕もそう思うよ。ただ僕が残念だったのは,最後の指摘,特に「社会的な責任倫理の醸成」の具体的方策についてもっともっと深く言及して欲しかった。時の為政者に対して説得力ある具体論を献策して欲しかった。

 

 卑怯にも複数の人間が一人の弱い子をいじめているのを目の当たりにして,「あぁ,かわいそうだな。」,「(あの子)つらいだろうな。」,「自分がそういう立場になったらいやだな。」,「何とかしてあげたいな。」,「いじめるなんて,卑怯だな。」という感情をもつことを共感力というのであろう。あるいは卑怯を憎む心というのであろう。これなのだ。どの人にも要求されるのは。共感力,卑怯を憎む心を醸成するためには,やはり小・中学校における道徳教育の充実は欠かせないのだ。本当は現在の家庭教育が一番大切なのだが,将来十分な家庭教育を施すことのできる将来の親は現在の小・中学生なのだから,彼らに対する道徳教育が重要なのだと思う。日教組が反対しようが何しようが,この分野の充実が求められている。会津藩の「什の掟」のうち,「四、卑怯な振舞をしてはなりませぬ」と「五、弱い者をいぢめてはなりませぬ」という規範はいじめ問題にあっては特に重要である。理屈抜きである。「什の掟」の最後にあるように「ならぬことはならぬものです」。

2010/08/17

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 わが事務所の盆休みも終わり,仕事への復帰である。それにしてもこの暑さ,初老の身には大変こたえる。

 

 この夏の暑さにも閉口しているが,特にこの夏に暑苦しさと不快感を覚えるのは,いわゆる「菅談話」である。日韓併合100年を意識してのことであろう。時の首相が閣議決定を経て,その「歴史認識」を表明するのだと。菅直人という市民運動家や,この談話発表を裏で強引に推進した仙石由人という反日左翼は,一体全体,少なくとも1910年の日韓併合条約締結前後及びそれ以降の歴史を知っているのであろうか。知っていたのなら「その意に反して行われた植民地支配」などという表現はとても使えまい。

 

 首相として,しかも閣議決定を経て歴史認識に関する「談話」を発表するのであれば,歴史を正確に知っていることが前提とされなければならず,歴史を知らぬ者が「談話」など発表すべきではない。村山富市という人間にしてもしかり。要するに彼らには,歴史に名を残したい(私に言わせれば「汚名」だが)という功名心,あるいは,権力を利用して自己の私的な主義・主張を表明しておきたいというエゴしかない。

 

 日韓併合条約の締結に至るまでの歴史の真実を知るべきである。日本と韓国それぞれの賛成派と反対派の存在,李容九ら文明開化派の最大政治組織「一進会」による併合推進(「韓日合邦を要求する声明書」),李完用総理大臣をはじめとする過半の閣僚の推進・容認,日本政府の消極・逡巡,李総理の韓国皇帝への内奏とその了承,条約の成立という一連の流れがあり,日韓併合条約は国際法上も有効であり,諸外国もむしろこれを歓迎する向きが多かったのである。談話では,なぜか「意に反して」となってしまう。

 

 また,「植民地支配」という表現も,史実からすれば全く当を得ていない。イギリスがインドやビルマで,またフランスがインドシナで,さらにオランダがスマトラなどで,またアメリカがフィリピンで行っていたような植民地政策とは質的に全く違う。それら真実の歴史を学ぶには様々な好文献があるが,最近出版された「朝日新聞が報道した『日韓併合』の真実-韓国が主張する『七奪』は日本の『七恩』だった」(水間政憲著,徳間書店)というのも大変参考になる。歴史を単にイメージでしか捉えていない人たちは,特にこの本などを読んでみるべきであろう。

 

 いずれにしても,繰り返し述べるが,首相として,しかも閣議決定を経て歴史認識に関する「談話」を発表するのであれば,歴史を正確に知っていることが前提とされなければならず,歴史を知らぬ者が「談話」など発表すべきではないのである。

2010/08/10

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 昨日のブログでも書いたが,真夏の連続ゴルフに疲れ果てて日曜日は寝たきりになっていた。最近ではあまりテレビを見ることは少なくなったが,日曜日に日本テレビ系列で放送される「たかじんのそこまで言って委員会」という番組は楽しみにしている。取り上げられるテーマは比較的興味深いものが多く,かつ勉強にもなるし,時には出演者が普段の僕の意見を代弁してくれるところがあってすっきりすることも多い。

 

 本当にくだらない企画の多い,しかもくだらない出演者の多い番組の中で,「たかじんのそこまで言って委員会」という番組は好きである。ある意味では,反日マスコミが嫌がるテーマ,意見がどんどん取り上げられ,本音で語られる特異な番組である。こういう番組が特異であるということが嘆かわしい。

 

 寝たきりになっていた先日の日曜日には,この番組の最初の方で日本の近現代の歴史認識に関するテーマなどが取り上げられた。文学者・評論家の西尾幹二さん,歴史学者の所功さん,政治評論家の三宅久之さんらが,それぞれの歴史認識,識見に基づいて比較的深い議論をマナーよく行っていた。歴史をよく勉強していなければできないような議論だった。いわゆる「東京裁判史観」に歪められていない歴史に対する正確な理解と認識は必要不可欠である。

 

 それにしてもこれらの出演者の方々と対極をなしていたのが田嶋陽子という人だ。哀れにもこの人は歴史を深く理解,勉強していないために,さきほど挙げた方々の議論には参加することができず,ヤジまがいの茶々を入れたり,あとは高音域の声でヒステリックに説得力の全くないことをまくし立てるのみである。同じ出演者の中でも歴史に対する理解の深さの違いが如実に出た時間帯であった。あとは,この番組は好きなのだが,辛坊治郎という司会者はでしゃばり過ぎであり,出演者に対する敬意,礼節を欠くことが多く,好感がもてない。

 

 この日は晩酌はしないと心に決めていた。しかし,そのままテレビを見ていたら,竹内結子という女優さんが冷たくしたグラスにビールを注ぎ込み,美味しそうに飲むコマーシャルを目の当たりにしてしまった。よほどの下戸でない限り,こういうコマーシャルを見せられてビールを飲みたいと思わない男性は皆無であろう。つくづく罪作りなコマーシャルではある。その晩は結局はビールで晩酌と相成った。

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