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弁護士ブログ

2010/06/14

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 わが栄光の読売巨人軍のセパ交流戦での成績は12勝12敗という成績で,貯金することすらできなかった。残念ではあるが,これからは気持ちを切り替えて,セ・リーグ4連覇を目指して頑張ってほしい。

 

 その読売新聞の書評記事で見つけた本に,「『死の舞踏』への旅-踊る骸骨たちをたずねて」(小池寿子著,中央公論新社)がある。朝食後にボサーッとしながら書評を読んでいくうちに何やら興味をおぼえ,実際にこの本を読んでみたいと思っちゃったのである。

 

 ヨーロッパでは,15世紀以降,「死の舞踏」(ダンス・マカーブル)の壁画があちこちで造られるようになり,その後は壁画だけでなく木版画としても表現されるようになった。「死の舞踏」の絵図というのは,死者(骸骨)と生者とが交互に配置され,死者が生者の手をとって墓場まで誘うという状況を表したものである。不気味な感じもするし,死者(骸骨)は足を跳ね上げて踊っているようにも見えるユーモラスな面もある。筆者はこの「死の舞踏」の壁画の存在やその意味を研究素材の一つとする学者であり,さきに挙げた本は約1年間にわたる「遊学」と「死の舞踏」の壁画等が点在する各地を実際に旅した成果を記したものである。この本の序章には次のようなくだりがある。

 

 「暮れなずむヨーロッパ中世に影を落とす生者と死者の舞踏行列。骨と化し、あるいは、内臓や皮膚を残す干からびた死者たちが、身分の貴賤、老若男女を問わず、生きている者たちの手をとって墓場へと誘う。生者たちは、さまざまなポーズをとりながら、過ぎ去りし人生をふり返っては嘆き悲しみ、また、いとおしむ。死者たちはささやく。いくら生を謳歌しても、人はいつか死にゆくもの。それが定めというものさ。」(3頁)。

 

 この不気味な「死の舞踏」の壁画などが各地で造られた背景として筆者が指摘するのは,「死体や墓を前に死について思いをめぐらせることを勧め、現世での傲慢をいさめて生のむなしさを説くという説教とその思想は、黒死病をはじめとする疫病や飢饉、戦争の支配した中世後期に、死の舞踏を頂点とする死のテーマやその美術を生み出す土壌となった」という点である(114頁)。当初成立時期としては「死の舞踏」よりも古い「三人の死者と三人の生者」の壁画などについても,このような思想的背景があったとも指摘されている。

 

 この本には,表紙のカバーを含めて実際の「死の舞踏」の壁画などの写真がちりばめられている。どれもこれも興味深いものばかりである。こういう世界,こういう研究対象もあるのだなあと感心した。それにしても,「死の舞踏」の壁画などを見た時,不気味な感じがするというよりは,何かしら共感や癒しを覚えてしまうのである。それはなぜかというと,恐らく筆者が指摘するように,「死の舞踏は、むしろ、死すべき生をよりよく完結させるためのステップを、死者が生者に教えるという趣向なのである。・・・つまり、死の舞踏には、死すべき生をいかに成就するかという、いわば積極的な姿勢が見られる」からであろう(116頁)。

 

 ・・・何やら薄気味悪い世界なのかもしれないが,この本は一読に値する。

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