世界は広いし,ノンフィクションの分野でも世の中には本当に傑出した作家がいるものだとつくづく思いました。ダグラス・マレーというイギリスのジャーナリスト,政治・社会評論家,ノンフィクション作家のことです。
「大衆の狂気-ジェンダー 人種 アイデンティティ」(ダグラス・マレー著,山田美明訳,徳間書店)という本を読んでその感を深くしました。この本の高い評価については,目次の前に掲載されている識者などからの様々な賛辞を目にすれば分かると思います。いくつかご紹介しましょうか・・・。
「本書の内容を知らないでいられるだろうか?実際、たったいま読み終えたところだ。こんな本の存在を知って、読まないでいられるわけがない」(トム・ストッパード【イギリスの劇作家】)
「マレーの最新刊は、すばらしいという言葉ではもの足りない。誰もが読むべきだし、誰もが読まなければならない。ウォーク(訳注/社会的不公正や差別に対する意識が高いこと)が流行するなかではびこっているあきれるほどあからさまな矛盾や偽善を、容赦なく暴き出している」(リチャード・ドーキンス【イギリスの動物行動学者】)
「著者は、誰もがすでに何となくわかっているが言い出しにくいことを言う術(すべ)に長(た)けている(中略)主張も、立証も、視点もいい」(ライオネル・シュライバー【イギリス在住のアメリカ人作家】)
「アイデンティティ・ポリティクスの狂気についてよくまとめられた、理路整然とした主張が展開されている。興味深い読みものだ」(タイムズ紙)
「マレーは、疑念の種をまき散らす社会的公正運動の矛盾に切り込み、大衆の九五パーセントがそう思いながらも怖くて口に出せないでいたことを雄弁に語っている。必読書だ」(ナショナル・ポスト紙(カナダ))
ざっとこんな具合です。私もこの本を読破して,ダグラス・マレーのこの労作については見事な筆致,正鵠を射た主張,十分な立証だったと思います。いわゆるLGBTや人種,そしてジェンダーをめぐる議論については,マスコミ,社会あるいは大衆の同調圧力が極めて強く,アイデンティティ・ポリティクスによる政治活動には疑問すら差し挟むことができないかのような言語空間が形成されていて,極めて窮屈だと感じておりました。正にこの作家は,「疑念の種をまき散らす社会的公正運動の矛盾に切り込み、大衆の九五パーセントがそう思いながらも怖くて口に出せないでいたことを雄弁に語って」くれたのであり,私は快哉を叫んだのです。
実はこのノンフィクション作家の凄さを知ったのは,前作と言っていいのかな,「西洋の自死-移民・アイデンティティ・イスラム」(ダグラス・マレー著,中野剛志解説,町田敦夫訳,東洋経済新報社)という大著を読んで深く感動したからです。やはりこの労作も見事な筆致,正鵠を射た主張,十分な立証に基づくものでした。私は密かにマレーの次作を期待していたのです。彼が当代一流の傑出したノンフィクション作家であることは疑いないでしょう。