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弁護士ブログ

2014/03/31

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 3月29日の土曜日は,まずは名古屋城に行って参りました。桜はまだ七分咲きの感じでしたが,城内で開花後の桜を観ることができて何よりです。それよりもなによりも,完全復元に近い本丸御殿の内部を見学してきました。スタートが早かったので待ち時間なしです。誠に素晴らしい。昔の建築そのものだけでなく絵師の技,そして焼失後にもこのような再現技術が連綿と後世に伝えられていること自体も嬉しい限りです。

 

 実は,私が住んでいるマンションには残念ながら畳の間が一つもありません。あらためて日本の畳,そして畳の間の風情に憧れを抱きました。自宅マンションの部屋の一つを畳の間に改造するのか,それともどこか別の所に移り住むのか,いずれにしてもやはり畳に接することのできる日常の生活を確保したいと思いました。

 

 その後は,名古屋城天守閣に上って歴史の重みを感じる様々な陳列物を観た後,「あつた蓬莱軒 本店(蓬莱陣屋)」に行き,うなぎをいただきました。実は松坂屋名古屋店南館10階にある「あつた蓬莱軒」へは何度か行ったことがあるのですが,本店はこれが初めて・・・。うなぎは本当に美味しゅうございました。

 

 うなぎをいただいた後は,熱田神宮の宝物館に行き,やはりここでも歴史の重みを感じる品々を拝見したのです。

 

 そして私は再び,ほろ酔いかげんで,咲き誇る桜の美しさを堪能いたしました。

 

 よく,中国大陸,朝鮮半島,日本列島などを極東と称し,文明論でも十把一絡げに議論する人もありますが,今日一日私が目にしたものだけでも(書画・骨董,甲冑,刀剣,城郭など),そして桜を愛でる日本人の表情や飲食店での接客・もてなしなどに接するにつけても,やはり日本文明は独自の文明です。サミュエル・P・ハンティントンが「文明の衝突」で分類したように(8つの文明),日本文明はあくまでも独自の文明,単一の文明圏だとあらためて感じました。

2014/03/28

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 その弁護士の先生は,もう70歳を超え,所属の弁護士会では押しも押されぬ存在で,多くの会員からの尊敬を集めています(M先生といいます。)。私もM先生については,同じロータリー仲間でもありますし,弁護士としても,そして人間としても畏敬の念を抱いております。

 

 そのM先生と私,そしてその他の仲間と一緒にゴルフのラウンドを楽しんでいた時のことです。4番は眼前に大きな池が広がっているショートホール(パー3)です。M先生はボールをティーアップし,2回ほど素振りをくれてから勢いよくティーショットを打ちました。するとボールは,無情にも眼前の池に「ジャボーン!」と意地悪な音を立てて水面下に沈んでいきました。その直後,M先生は「もう,こんな人生いやだ!」とみんなに聞こえる声で呟いたのです(笑)。一同,爆笑です。

 

 しかし,M先生を待ち受けていた人生の試練は,残念ながらそれだけではありませんでした。8番はトリッキーなミドルホール(パー4)です。M先生は苦労されながらもグリーン近くまで寄せられたのですが,グリーン奥の船のような形をした難しいバンカーにボールを入れてしまったのです。M先生に与えられたそこからの修羅場のような試練,それを何とか乗り越えられた顛末については,筆舌に尽くし難く,形容もし難く,また無理にお伝えしようとすると思わず目頭が熱くなってしまうため(笑),割愛します。ただ,そのホールのスコアが「17打」だったということだけを報道しておきます。

 

 確かに,ゴルフで一ラウンド(18ホール)しますと,それはあたかも人生のようですし,これほど自分の思い通りにならないスポーツもないのではないかと思います。本当に憎らしいくらいです(笑)。ドライバーで250ヤードくらい飛ばしてやろうとしたら「ポコッ」と音を立てて50ヤードくらいしか進まず,同伴者から「ナイス,チョット!」と揶揄されたり,第3打を池に入れ,その池の手前で打ち直してもまた池に入ったり,バンカーショットでいわゆる「ホームラン」を打ってOBにし,気落ちしてバンカー内で打ち直したら,今度はグリーンの向こう側のバンカーに入れ,同情したキャディーさんに「バンカー,ならしておきますから。」と言ってもらって息を切らしながら向こう側のバンカーに走って行ったり,第2打が大きく逸れて隣のホールのティーインググラウンド付近までボールが転がり,その隣ホールの4人に見られながら,そしてドキドキしながら元のホールに打ち戻したりなどなど・・・。

 

 これほど自分の思い通りにならない,そして人生の試練が与えられる競技もないのです。思わずM先生のように「もう,こんな人生いやだ!」と呟きたくなるのです。

 

 でもM先生は,その日も淡々とラウンドを続けられ,時には冗談も言い合いながら決して同伴者を不愉快にはしません。私は,M先生のそれまでの人生の辛いページでの出来事も,強い精神力で乗り切って来られたと聞き及んでおります。考えてみますに,池ポチャの直後に「もう,こんな人生いやだ!」という諧謔的な名言を吐かれるということは,何よりも心に余裕があるからではないでしょうか。

 

 あらためてM先生に畏敬の念を抱いたラウンドではありました。

2014/03/26

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 自宅近くの桜並木はもう桜が満開です。本当に美しい。ここの桜の開花が余所よりもいつも早いのは,品種がソメイヨシノではなくオオカンザクラだからでしょう。ソメイヨシノの花びらよりも色が濃いのです。朝の徒歩通勤・・・桜を眺めながらですと,気分がとても和らぎます。行き交う人の表情もみな穏やかです。

 

 桜という美しい話題の直後で誠に恐縮なのですが,いつもながら韓国という国や民族はつくづく他国の文化や伝統が羨ましいのでしょうか,ソメイヨシノと済州島の「王桜」を一緒くたにして桜は韓国起源だと真っ赤な嘘を言いまくっております。もう,たいがいにせんといけんよ(笑)。済州島に咲いているものとわが日本国のソメイヨシノとは全く別物なのですよ。鉄腕アトムやドラえもん,かっぱえびせんやきのこの山などを平気の平左でパクッたように,何でもかんでもパクッていてはいけません。このお隣の国は,よほど日本の伝統と文化が羨ましく,そして妬ましいのか,はたまたコンプレックスの裏返しなのか,相撲も,空手も,歌舞伎も,寿司も,秋田犬までもが韓国起源だと嘘ばかり広めております。本当にダメです。そういうことをしてちゃ。ウィキペディアで「韓国起源説」というのを参照してみてください。本当に怒れてきますよ(笑)。

 

 私が思いますに,そもそも桜を愛でる文化というものが古くからかの国にあったというのでしょうか。文献があるなら出して欲しい。万葉集においてもそうですが,日本人は古来桜というものをこころから愛し,愛でる心情と伝統があったのですし,桜の木の下で敷物を広げ,作ってきたお弁当などを食べ,楽しくお酒を飲んだりして,つかの間の桜の美しさと儚さを感じてきたのです。風という自然の呼び声に応じていつでもこの世を去る潔さも,この花(桜)に感じてきたのです。国花にもなっております。いくら桜の美しさとこれを愛でる日本の文化が「クール」だと世界中で称賛されるからといって,パクッてはだめなのです。

 

 技術や知的財産でもそうです。韓国という国は,外国から資源や資本財だけでなく「あるもの」を輸入しなければ自国の経済が成り立ちません。その「あるもの」とは,技術と知的財産なのです。GDPのうち,いわゆる「特許収支」(特許等の使用料の収支)について,2011年度は日本は98億1700万ドルの黒字,韓国は29億8100万ドルの赤字なのです。また,技術貿易収支倍率というのは,「技術の輸出額÷技術の輸入額」で計算されるのですが,この倍率が1を下回っているということは,技術の輸出より技術の輸入の方が多いということを意味しています。この技術貿易収支倍率が高ければ高いほど技術力の高い国であるということです。OECD加盟国の中で技術貿易収支倍率の統計を公表している25か国を比較すると,何でも「韓国起源説」を唱えている韓国は,0.33で最下位。我が日本国のそれは4.6であり,25か国中で首位なのです。

 

 先に新聞紙上を賑わした韓国企業のように,東芝の元社員をお金で釣って技術や重要な企業情報を盗んだりしてはいけません。そのようなことをしていては,いつまでたっても付加価値の高い資本財や生産財を生み出せる国にはなれないでしょうし,どこまでいってもパクリの汚名は晴らせないでしょう。基礎研究をおろそかにしてはいけませんし,地道な努力を続けていくのが最善なのです。最近読んだ本の中に次のような一節がありましたが,腑に落ちました。

 

「韓国人は家電や自動車などの最終消費財を製造するのは大好きだが、製品内部の部品製造技術に磨きをかけるなどの『地味な工程』は好まない。結果的に、韓国はお隣の日本などから資本財を輸入することを続け、さらには外国からライセンスを輸入しなければ製造業が成り立たない構造を持つにいたった。」(「愚韓新論」52~57頁三橋貴明著,飛鳥新社)。

2014/03/20

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 前回のブログで3月26日はベートーヴェンの命日だったことに触れました。だったら,同じ3月に誕生したヨハン・セバスティアン・バッハに触れない訳にはまいりません(バッハの誕生日は3月21日)。

 

 相変わらずバッハの音楽は私の心の支えと申しますか,癒しの源泉になっております。バッハへの思い入れは,もう理屈抜きの世界です。その音楽の魅力については,もう何かに例えることなどできません。例えようもないのです。

 

 さて,バッハは音楽の面でもその他の面でも決して安易な妥協はしなかった人物だったと伝えられております。1705年といえばバッハがまだ20歳であり,精神的にはまだ未熟だったのかもしれませんが,決闘未遂事件の当事者になっているのです。その当時バッハは,アルンシュタットの新教会(現バッハ教会)のオルガニスト兼カントールだったのですが,妥協のない厳しい指導が原因である生徒(ファゴット担当)の恨みを買い,路上で殴りかかられ,バッハは剣を抜いてこれに応戦したことがあったのです。いや,すごいことになっておりますね(笑)。バッハとしてはいい加減な態度で音楽をする者を許せなかったのでしょうね。それが音楽家としての良心だったのでしょう。でも,まさか剣を抜くとは・・・。

 

 また,安易な妥協を許さない点で思い浮かぶのは,ブクステフーデの娘さんとの縁談を断ったことです。同じ1705年の10月,バッハは勤務先のアルンシュタットから約400キロも離れたリューベックまで徒歩で旅をし,当代一流の音楽家・オルガニストであったブクステフーデの下に学びに行きます。ブクステフーデもバッハの才能を高く評価し,リューベックの聖マリア教会オルガニストの地位を後任として承継するように勧められました。若いバッハにとってはこのような地位はすごく光栄なことで身に余るものだったでしょう。栄達そのものです。

 

 ただし,これには条件がありました。ブクステフーデの娘(当時30歳)と結婚することでした(笑)。10歳も年上の女性との結婚です。実はその2年前には,あのヘンデルも,またこのブログでも取り上げたことのある調性格論で有名なヨハン・マッテゾンも同じ条件を持ちかけられて断っております。・・・さて,バッハはどうしたか。彼は当然安易な妥協はいたしません。ブクステフーデからは音楽的な影響を受けつつも,その話を断り,アルンシュタットへの帰路についたのです。妥協しませんでした。

 

 その昔,もう遠い遠い昔のことですが,私が独身だった頃,職場の偉い人からの縁談話があり,お見合い写真を見せられそうになったことがありました(笑)。同じ職場の方の娘さんですし,写真を見てしまってからお断りなどできるはずはなく(笑),またお会いしてからでもその後の成り行き次第では職場で気まずくもなります。小心者の私は,好きな人や交際している人などいなかったのに,「実は交際している人がおりまして。」などと真っ赤な嘘を言い,写真をいただく前の段階で丁重にお断りしたことがありました。

 

 さてさて,明日はバッハの誕生日でもありますから,さしずめ今晩は,あの途方もない喜びと祝祭的な気分に満ち満ちた「マニフィカト」を聴いてみたいと思います。

2014/03/18

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 3月26日はベートーヴェンの命日です。その最期の時は,春雷の稲妻が光り,雷鳴がとどろいていた夕方だったと伝えられております。私が若い頃からベートーヴェンの生き様に勇気を与えられてきたのは,何よりも40歳前後から音楽家(作曲家)としては致命的とも思える全聾に近い状態になりながら,そして一時は自殺を考えながらも(「ハイリゲンシュタットの遺書」),何とか精神的に困難な状況を克服し,あのような素晴らしい傑作の数々を生み出した精神的な強さゆえです。

 

 ベートーヴェンの作品には好きな曲が多くありますが,特に最近ではピアノソナタのうち後期の作品群に惹かれます。例えば,第30番・・・。叙情的で,枯淡といいますか,諦観といいますか,何とも味わいのある曲です。特に第3楽章などを聴いておりますと,涙が出てくる時もあります。第3楽章は主題と6つの変奏から成っておりますが,その主題の本当に素晴らしいこと,そして第5変奏は後期のピアノソナタによく見られるフーガ形式が取り入れられておりますし,第6変奏ではあの素晴らしい主題が回想的に再現され,静かに曲を閉じます。本当に涙が出るほどの曲なのです。とりわけ,マウリツィオ・ポリーニの演奏が素晴らしい。

 

 また,私はこのブログでも対位法への憧れについて度々触れておりますが(平成21年4月8日,同24年2月6日,同25年6月24日など),ベートーヴェンも,ホモフォニー全盛だった時代にバッハの遺産,対位法(ポリフォニー)を研究し,特に後期には弦楽四重奏曲やピアノソナタなどに対位法,フーガの採用が見られます。

 

 もうすぐベートーヴェンの命日でもあり,「苦悩を突き抜け,歓喜に至った」彼を偲んで,今夜はお酒を飲みながらではありますが(笑),後期のピアノソナタ群を堪能したいと思います。涙なくしては聴けません。

2014/03/14

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 もう3月も半ばとなりました。3月とか春はよくお別れの季節とも言われますが,この春,私にも一つか二つお別れがありました。私達日本人はお別れの際に「さようなら」という言葉を口にしますが,今朝の読売新聞の「編集手帳」というコラムには「さようなら」という言葉の語源のことなどが記されており,日本語の美しさを改めて思いました。

 

 「さようなら」の語源については諸説あるようですが,有力なものは接続詞の「さらば(そうであるならば)」から「左様ならば」にまで遡り,「(別れることについて)そうならなければならないならば」という意味を有し,どうしても別れなければならないのならば残念だけど(名残惜しいけれど)お別れですねと,別れを惜しむ心情が表されているというのです。

 

 大西洋単独無着陸飛行(1927年)を成し遂げたのはチャールズ・リンドバーグで,その夫人はアン・モロウ・リンドバーグです。実はこのリンドバーグ夫妻は1931年に調査飛行で日本に来ています。離日の際,多くの日本人が横浜埠頭まで見送りに来て,口々に「さようなら」と言って別れを告げました。リンドバーグ夫人はその時のこと,そして「さようなら」という言葉について「これほど美しい別れの言葉を私は知らない。」と述べ,次のように記しています。

 

「さようなら、とこの国の人々が別れにさいして口にのぼせる言葉は、もともと『そうならねばならぬのなら』という意味だとそのとき私は教えられた。『そうならねばならぬのなら』。なんという美しいあきらめの表現だろう。西洋の伝統のなかでは、多かれ少なかれ、神が別れの周辺にいて人々をまもっている。英語のグッドバイは、神がなんじとともにあれ、だろうし、フランス語のアディユも、神のもとでの再会を期している。それなのに、この国の人々は、別れにのぞんで、そうならねばならぬのなら、とあきらめの言葉を口にするのだ」(「翼よ、北に」アン・モロウ・リンドバーグ著)

2014/03/13

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 政府は,慰安婦募集の強制性を認めた平成5年のいわゆる「河野談話」の作成過程について検証する方針を明らかにしています。この「河野談話」なるものが唾棄すべき存在であり,いかに杜撰に,史実に基づかず,そして韓国に迎合しまくって作成された売国的な存在であることは,以前にこのブログでも書かせていただきました(平成25年10月25日)。

 

 そうか,この日本の名誉を貶めまくっている「河野談話」の作成過程について検証するのか,これはとても良いことだなと大いに期待していたのですが,あろうことか菅官房長官は「検証の結果にかかわらず,この『河野談話』を見直すことは考えていない,継承する。」などとこれまたバカなことを言っています。

 

 人も,会社も,国家も,普通はある目的に向かって合目的的に行動する存在だと思っておりますが,検証の結果に「かかわらず」見直しをしないとか,そのまま継承するというのだったら,一体全体何の目的で「検証」をするのでしょうか(笑)。「河野談話」で慰安婦募集の強制性を認める唯一のよりどころとされた元慰安婦16人の聞き取り調査は,何ら裏付けをとらずに行われていたことは,当時のこの談話作成の事務方のトップであった石原信雄元官房副長官も衆議院予算委員会で証言しているとおりですし,その元慰安婦らの「証言」なるものも矛盾点を多く含んでいたり,曖昧だったり,言っていることがコロコロ変わったり,何よりも反対尋問を経ておらず,証拠としての価値(信用性)は極めて低いのです。また何よりも軍による強制性を裏付けるに足る的確な証拠は全く存在しないのです。そして,この談話は,原案段階から韓国側とすりあわせを行い,政治決着を急いだ日韓合作の作文,つまり事実を無視して謝罪を優先した「虚構の談話」であることが分かっています。

 

 しかしながら,この売国的な「河野談話」は,いわゆる「従軍慰安婦」を軍が強制的にかき集め,「性奴隷」にしてしまったという全く史実に反する韓国などのプロパガンダの根拠にされ,「証拠」にまでされてしまっています。また韓国や中国による悪質な宣伝工作によって欧米の有識者や一般市民にまで「日本政府は『河野談話』で認めているじゃないか。」という認識を持たせる結果となっています。非常に由々しき事態です。

 

 アメリカ在住の韓国系住民が地元の議員をロビー活動により籠絡し(票とカネで),ロサンゼルス・グレンデール市に「従軍慰安婦記念像」なるものを設置させました。この案内板に何と記載されているのかご存じですか。「1923年~1945年にかけて,20万人以上の韓国人などアジア人らが家から拉致され,大日本帝国軍によって強制的に性奴隷にされました。」(大意)と記載されているのですよ・・・・。明らかに史実に反しています。

 

 政府は「河野談話」の作成過程を検証し,やはり杜撰で,証拠面での裏付けもなく,政治決着を急いだだけの史実に反する談話だったということが明らかになった場合でも,相変わらず「見直さず,継承して」いくのでしょうか。それは明らかに不正義ですし,他国が何と言おうと,真実を訴えるべきなのではないでしょうか。

 

 つい最近,産経新聞社とFNNの合同世論調査が行われ,「慰安婦募集の強制性を認めた『河野談話』を見直すべきか」との問いに対し,「見直すべき」と回答した人の割合は58.6%に達しています。この世論調査の対象者は無作為抽出でしょうが,いわゆる「従軍慰安婦」問題の虚構性,「河野談話」作成過程の杜撰さなどについて真剣に勉強した人ならば,誰だって「見直すべき」と回答するでしょう。いずれにしても,菅官房長官の「検証の結果にかかわらず,この『河野談話』を見直すことは考えていない,継承する。」とのコメントは,「じゃ,何のために検証するんだ。」と突っ込みたくなるように,明らかにおかしいと言わざるを得ません。

2014/03/10

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 1か月以上空いてしまいましたが,先週の土曜日はゴルフをやりました。3月とはいえ,まだ上旬ですから寒くはありましたがコンディションはそれほど悪くはなく,和気あいあいと楽しくラウンドできました。スコアの方はというと,大体いつもどおりですね。し,・・・しかし,勝負の面では大波乱が起こりました。いつも勝負して連戦連勝だったIさんという方に,グロスで6打も敗北してしまったのです。

 

 失礼ながらIさんに負けるとはこれっぽっちも思いませんでした(笑)。だって,これまで感覚的には12勝1敗くらいのペースだったんですもの。やられました。勝負に油断は禁物ということです。Iさんは正に有頂天で,可愛いほどでした(笑)。クラブハウス前で別れる際には,「肩が落ちてますよ。次頑張ればいいじゃないですか。」と慰めとも,ちょっかいとも受け取れる言葉をかけられる始末です。まあ,次はいつもどおり思い知らせてやりたいと存じます(笑)。地力の差を見せつけるしかありません。

 

 いよいよ女子プロゴルフも開幕しましたね。昨年度賞金女王の森田理香子選手は,首位に2打差の2位タイに終わりました。最終日は私もテレビで見ていたのですが,何しろ惜しかったのは16番のパー3の短いパーパットを外して首位に2打差にしてしまったことです。まさか外すとは,という短い距離でした。見ていて思わず「あっ!」と言ってしまったくらいです。プロでもああいうことがあるんですね。油断したということはないのでしょうが,少し無造作に打ってしまった感じです。あれでパーセーブしていたら,最終18番ホール(パー5)を1打差で迎えることができ,2オンを狙えるほどのパワーヒッターの森田選手ですから,バーディーは計算でき,プレーオフに持ち込むことが可能だったのに,本当に残念でした。というのも,2打差だからチップイン狙いのため強く打たざるを得ない状況に追い込まれたからです。

 

 勝負に油断は禁物で,将棋の世界にも頓死というのがあります。うっかり詰みを見落として詰まされてしまうことです。加藤一二三九段は何かと周囲を笑わせることで有名ですが,2007年のNHK杯将棋トーナメントの羽生善治対中川大輔戦の解説をやっていた時,加藤九段は頓死の筋を発見し,その時の発言がとても面白い。

 

 「あ、あれー!?あれ、あれ、待てよ、あれ、あれ、おかしいですねぇ?あれ、もしかしてトン死?・・・(長いので中略)・・・ありゃ?あれ?あ、いや、これトン死かもしれません。・・(長いので中略)・・これは・・・詰ん、詰んでますよ。んー、ですねきっと。ピャアーッ」(爆笑)

2014/03/07

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 まだ風や空気は冷たいのですが,何となく春が近づいているような気がします。何となく春が近づいていると感じさせるものには様々あるでしょうが,陽光の暖かさだけでなく日の長さは重要だと思います。私は毎朝午前6時30分頃に起きるのですが,その頃には遮光カーテンの隙間からも既に朝日が差し込んでおりますし(朝日というのはいいですね,新聞の方は反日左翼で全然ダメですけど),午後6時頃に事務所から外に出てもまだ明るいのです。真冬なら私が起きる頃はまだ真っ暗ですし,夕方事務所を出る頃はもう真っ暗なのです。それに最近ではそろそろ水もぬるんできました。

 

 さて,これを言うと本当に不愉快になってしまうのですが,韓国という国の「ジャパン・ディスカウント運動」はエスカレートする一方です。恥を知らないということはある意味では強い(笑)。「ジャパン・ディスカウント運動」というのは,韓国が2005年から国策として行っている「世界に『日本による歴史歪曲』を知らせ,国際社会における日本の地位を失墜させることを目的とした」活動のことを指します。真実は,韓国や中国こそが歴史を捏造しているのにね・・・(スタンフォード大学の研究機関からは,「歴史」の意味について日本のそれは「ヒストリー(史実)」,中国のそれは「プロパガンダ」,韓国のそれは「ファンタジー」と表現されています【笑】)。

 

 あの妙な髪型の韓国外相は,3月5日の国連人権理事会の基調演説として「いわゆる従軍慰安婦問題は忘れられたホロコーストだ」などとバカなことを言って日本を名指しで批判しました(みんなウクライナ問題で忙しいというのに)。また,アメリカの韓国系住民は露骨なロビー活動によって,バージニア州の教科書の中で「日本海」に「東海」を併記させる法案を出させ,議会を通過させました。知事が署名をすれば実施されます。アメリカ連邦政府の方針は「日本海」単独表記なのに,所詮,票とカネの前には正義,真実も吹っ飛んでしまいます(笑)。議員と言ったって大したことはありません。さらには韓国系住民は中国系と結託して,今度はオーストラリアにも変な「慰安婦像」なるものを設置させようと画策しています。「ジャパン・ディスカウント運動」はエスカレートする一方です。

 

 そんな中で,安倍晋三首相が大したことをやってくれました。よくやった!諸手を挙げて祝福したいのです。というのは,韓国の民間調査研究機関が韓国人の周辺国に対する意識調査として,日本,アメリカ,中国,ロシア,北朝鮮の指導者の好感度を10点満点で表すアンケートを実施したのです。そうしましたら,韓国人の意識調査結果(平均点)として,オバマが6.19点,習近平が4.78点,プーチンが3.47点,金正恩が1.27点,わが安倍晋三首相が1.11点と,何と金正恩を凌駕して堂々の「不」好感度の第1位という輝かしい結果を獲得したのです(爆笑)。

 

 連綿と続いてきた反日教育と歴史の捏造,「ジャパン・ディスカウント運動」を国策として行うような国に「好感」をもたれるようでは,かえってその人物は日本の国益を損なうことを常日頃しているということになります。それが論理的帰結です(笑)。日韓議員連盟に属している日本の議員の中にはどちらの国の国益を代表しているのかという人が紛れ込んでいる中,安倍首相のこのたびの快挙は誠によろこばしい。

2014/03/04

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 がっかりしました。名古屋グランパスの開幕戦のことです。この日はテレビの前に座り,試合(対清水エスパルス戦)の一部始終を実際に観ました。でも,くどいようですが,はっきり申し上げるとがっかりしたのです。

 

 もう少し組織的なサッカーができているかと期待したのですが,前年よりもほんの少し良くなっている程度でした。最終ラインからのビルドアップといいますか,組み立てができていませんし,中盤や前線でのボールキープもいまいちでした。前から思っていたし,この試合を観て確信しましたのは,グランパスというチームはチェックの厳しい相手,強くプレスを掛けてくる相手に弱いですね。プレスやチェックの緩い相手にはそれなりにボールキープができ,攻撃の形を作ることがそこそこできますが,その逆の相手だととたんに中盤でしっかり組み立てることができなくなってしまいます(何しろ前を向いてのプレーが少なく,後ろにボールを戻すシーンの続出なのです)。

 

 さきほど,プレスやチェックのことを言いましたが,グランパスの選手は何であれだけ相手選手に対するプレスやチャックが緩いのでしょうか。素人考えかもしれませんが,厳しくチェック等すれば相手選手のパスミスを誘ったり,ボールを奪ったりできる可能性が高くなるのではないでしょうか。名指しをしたくはありませんが,DFの本多勇喜選手は相手選手に好きなようにクロスボールを上げられていました。もっと厳しくプレスを掛けたり,しつこくいかんかい!(笑)。このテレビ中継の解説者は早野宏史さんだったのですが,「ああ,下がってちゃダメですね。これじゃ簡単にクロスを上げられますよ・・・。」などとコメントしていましたが,正にその通りだったのです。こういうディフェンスをしていたら,相手選手にとってはノープレッシャーで好きなように正確なクロスボールをゴール前に放り込むことができます。残念だったのは,何でベンチからそういう状態を修正するような指示が出ていなかったのかということです。先日,名古屋グランパスのサイドバックとして活躍されていた元選手の方と一緒にお酒をいただく機会があったのですが,私も彼の現役時代に競技場まで足を運んでゲームを観たことがあり,彼はもっと厳しくチェックし,そんなに簡単にはクロスボールを上げさせたりはしていませんでしたよ。

 

 数年前までは名古屋グランパスというのはJリーグ屈指の戦力を備えていると言われていたのですが,よくよく考えてみると,現在では日本代表は一人もいませんし,そうとも言えないのではないでしょうか。バックにはあのトヨタ自動車が控えているのですから,もう少しお金を使ってでもそれなりの戦力を整えましょうよ。今どんな選手が欲しいかというと,FWにしても攻撃的MFにしても,パスコースがなければ自力で局面を打開していけるようなキレのあるドリブラーが2人ほど欲しいですね。

 

 まあ,まだ始まったばかりでもありますし,ある程度は長い目で見ていかなければなりません。当分の間は,生暖かい目で見守っていきたいと存じます(笑)。

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