弁護士ブログ

4声

 

 もう,ホントにしつこいんだから,と言われそうですが,今朝もバッハのゴルトベルク変奏曲の第30変奏のお話しです。本当にめちゃくちゃ佳い曲なのです。私の練習はまだ第1変奏で止まっておりますが(笑),先日,本命の第30変奏というのは私にも本当に弾けそうなのかどうか,恐る恐る楽譜を見てみました。そうしたところ,とにかく一生懸命に頑張れば,何とかなりそうでした。

 

 楽譜を見ておりましたら,この第30変奏は得も言われぬ美しさをもった4声の曲でした。4声というのは文字通り4声部を持った曲で,イメージとしてはソプラノ,アルト,テノール,バスといった感じです。これを両手で弾くのですから,大体,右手でソプラノとアルトの2声部を,そして左手でテノールとバスの2声部をそれぞれ担いながらの演奏ということになります。

 

 この第30変奏があまりにも素晴らしく,仕事中でもそのメロディーが頭から離れない時があるものですから,ネットで「ゴルトベルク変奏曲 第30変奏」とキーワードを入れて検索し,ユーチューブにアップされている動画でその音楽を楽しんだりしております。ある時,この第30変奏の動画でネットサーファーみたいに次から次にクリックしていましたところ,偶然にこの第30変奏の構造を視覚で理解できる動画を発見しました。音楽の進行と共に4声部の各動きが黄色,緑色,青色,ピンク色で表示されていく動画です。そうか,こんな風な構造になっていたのかと感動しました。やはりバッハはすごいのです。対位法の究極の完成者であるバッハ自らが述べていたように,無駄な音が一つもないのです。

 

 ただ,この第30変奏の楽譜の中には,10度の音程を弾かなければならない箇所があります(例えば,ドから1オクターブ上のドをさらに超えてミまで手指を開かなければならないということです)。これはさすがに私には無理です。どちらかを離さなければなりません。必然的に主旋律重視で上の音だけを押すということになりそうです。ピアノの道に進む人は大変ですね。親指と人差し指の間の,いわゆる水かき部分を切除して拡げる人もいるそうですね。

 

 私は,何としてでも,どんな卑怯な手を使ってでも,何とかこの第30変奏をマスターしたいと念願しております。そういえば,ロータリークラブの仲間(60歳代の女性)が,最近私のバッハ好きの言動に影響されてか,バッハのゴルトベルク変奏曲のCDを購入して楽しんでいるとのこと。それもグレン・グールドの1982年録音盤という素晴らしい録音を選択されたそうです。僭越ながら,これからもバッハの音楽の伝道につとめたいと思います(笑)。

2012年02月06日

ほんの一局面に限定されてはいるものの,父と娘の対立がかなり先鋭化している件(笑)

 

         
 まあ,よくよく考えてみますと,毎年やはり節分の頃が一番寒いですよね。無理もありません,冬なんですから。でもそれにしても寒いですねぇ。昨日は仕事で彦根まで行って参りました。新幹線で米原まで行き,そこからは在来線で一駅です。でも,彦根駅に着いたら猛烈に吹雪いておりまして,15人くらいの列の後ろについて待ち,何とかタクシーで裁判所までたどり着きました。昨日は本当に疲れて,よく眠ることができました。

 

 さて,父と娘の対立というのは,その火種はAKB48の評価をめぐってであります。実はこのことは以前にもブログで書いたことがあったのですが,その対立は先鋭化しております(笑)。自分で言うのも何ですが,普段は私と娘は仲が良いのです。でも,ことAKB48の評価に関しては相当に気まずくなります。娘は父である私に対し,AKB批判は絶対に許さぬ,という勢いです。最近ではどちらかというと,父である私の方が娘に気を遣ってAKB48の話題には触れないようにしております。AKBに関する限り,我が家では戒厳令が発せられているようで,自由な言論が弾圧されております(笑)。中国共産党のようです。娘にとっては,AKB48はある意味では「核心的利益」なのかもしれません(笑)。

 

 私は,AKB48には別に何の恨みもないのですが,AKB現象とでもいうのでしょうか,いい若い男が握手会に殺到したり,「総選挙」とやらの投票権獲得のために何枚もCDを購入したり,写真撮影等にうつつを抜かし,その一方で総合プロデューサーの秋元康さんなどがますます儲けるという構図,次代を担う青少年よ,日本国の将来についてなどもっと別のことに目を向けたらどうか,という気持ちになってしまうのです。

 

 と,ところが,私の娘はAKB48に首ったけで,私がこれについて批判的なことを言いますと,普段は仲の良い父娘なのですが,娘はあたかも「不動明王」のような顔をしてふくれてしまうのです。皆さん,「不動明王 画像」とキーワードを入れて検索してみてください。不動明王がどのようなお顔をされているのかよく分かります。親ばかですが,うちの娘は比較的端正な顔をしていると思っているのですが,この時ばかりは突如として不動明王の「憤怒」の顔になってしまうのです。

 

 かつてナインティナインの岡村さんがAKB48のある側面について批判的言動をしたのですが,それを知った私の娘は激怒し,岡村さんが嫌いになってしまったようです(笑)。怖い,恐い・・・。

 

 

2012年02月03日

雑感

 

 もう二月です。早いものです。昨日は仕事の関係で岐阜県多治見市まで車で行ってきました。思ったより早く到着しそうでしたので,コンビニの駐車場で車を停め,最近うちのカミさんがやたらと絶賛している「R-1」というヨーグルトを買い求め,車の中でその「R-1」のヨーグルトを食べながらボンヤリと外の景色を眺めておりました。人間,自律神経のバランスを図ることが必要で,副交感神経が優位になるこういったゆったりとした時間も必要だと思います。

 

 でもこのヨーグルトをうちのカミさんがなぜそうも絶賛しているのか,詳細は分かりませんが,何しろ腸内環境が良くなり,免疫力が高まりインフルエンザ予防にもなるそうです。

 

 車の中でボンヤリしていた時間は約20分ほどでしたが,20人くらいの児童が集団で下校しておりました。みんないきいきとした表情で,元気そうで,可愛い子供達でした。信号待ちでグループが途切れたら,先頭の子達はちゃんと信号が変わって合流できるまで待ってあげています。こういった集団登下校の風景は日本的で微笑ましい感じがします。こういった次代を担う元気で有為で優しい子供達,是非ともすくすくと育って欲しいと思います。くれぐれも日教組の毒牙にかかることのないように(笑)。

 

 寒気に負けずに元気よく歩いている可愛らしい子達の姿を見ていましたら,自分の幼少時代を思い起こしました。私も冬でも寒さをそれほど感じることなく,鼻の下に青ばなを垂らしながら元気よく走り回って遊んでおりました。それこそ日が暮れるまで・・。私は,車の中で昔のことを回想しながら,ふっとあるメロディー,歌詞を思い出したのです。「子ども歌」というのか何と呼ぶのか分かりませんが,仲の良い子供達同士がからかい合いながら,「・・・・・お前の 母ちゃん 出べそ」といった歌を歌ったことはありませんか。その日の夕食の時に,うちのカミさんに確認しましたら,彼女もやはりその歌を知っておりました。全国的なものだったのかもしれません。

 

 それにしても,改めて思いますに,「・・・・・お前の 母ちゃん 出べそ」って面白い歌詞ですね。その時私が漠然と思ったのは,「お前」と言われた子の「母ちゃん」は本当に「出べそ」だったのかどうか。真実だったのかどうか。ただ言ってみただけなのか。それとも,それは本当に真実だったのか。仮に真実だったとしたら,そう言って揶揄したその子は,「お前」と言われた子の「母ちゃん」が「出べそ」である事実をどうして知っていたのか。謎が謎を呼びます・・・(笑)。作詞者の真意が知りたい(爆笑)。

 

 その日はこれから裁判所での仕事があるというのに,全く愚にもつかないことを車の中で考えておりました。副交感神経が優位になりすぎたようです(笑)。

2012年02月01日

日本海

 

 「ブロッキング高気圧」というのでしょうか,居座り続ける高気圧のせいで寒気団も居座り,特に日本海側はすごい降雪量のようです。本当に大変です。日本海側に住んでおられる皆様には何とかこの大雪を乗り切っていただきたいです。波は荒いかもしれませんが,美しい日本海を目にできるのですから・・・。

 

 昨日の朝,産経新聞を読んでいましたら,朝っぱらから不愉快な記事に出くわしました。アメリカのバージニア州議会で,州内の公立学校の教科書に日本海を「東海」と併記することを求める州法案の採決が行われ,辛うじて1票差で否決されたようです。危ない,危ない。これは,歴史的事実を知らない地方議員が韓国系団体のロビー活動を受けて法案を提出していたためだそうです。アメリカでは最近,韓国系アメリカ人らが日本の教科書の使用中止を求めるという極めて不当なロビー活動も展開されており,由々しき事態です。全く,油断も隙もありません。

 

 「ウソも百回言えば本当になる」じゃありませんが,本当に不愉快で看過できない動きです。というのも,今回アメリカのバージニア州上院議員にこの法案の提出を働きかけたバージニア韓国人会の会長は,「来年も再来年も同様の法案上程を働きかけるつもりだ」とのたまったそうです。どうやら「ウソを百回」でも言い続けるようです。

 

 私が本当に悲しく,しかも恐ろしく思うのは,票やお金が欲しいために歴史的真実や国際常識に反してでもロビー活動に屈してしまう議員の見識のなさです。それと,民族的憎悪や不満,自己顕示欲から,歴史的真実や国際常識を何とかひっくり返してやろうというこういったロビー活動者らの魂胆の卑劣さです。「日本海」と最初に命名したのは,ロシア海軍のクルーゼンシュテルン提督(1770-1846)であり,現在,国連及び国際的な海図の大半は「日本海」(もしくはその訳語)という表記を使用しておりますし,国際的にはこれが一般的なのです。歴史的にも「日本海」は17世紀初頭の清の世界地図坤輿万国全図や明治以前発行の欧米の地図に既に記載されてもおります。英語ではSea of Japan,フランス語ではmer du Japon,ドイツ語ではJapanisches Meer,ラテン語でもMare Iaponicumと表記されているではありませんか。

 

 つい最近でもアメリカやイギリスは「日本海」単独表記を支持しております。日本海呼称問題などといったものは,韓国や北朝鮮が勝手に問題化しているもので,平成23年8月8日の報道でも,アメリカは「日本海」と単独表記しなければならないという公式意見書を国際水路機関(IHO)に提出しましたし,イギリスもこれに続きました。

 

 でも,「ウソを百回」言われているうちに,そして不当なロビー活動が続けられているうちに,「日本海」という真実の呼称が危うくならないとは限りません。いやむしろ,危うくなっているのではないでしょうか。産経新聞が指摘するように,日本政府は官民を挙げた対策が求められているでしょう。それにしても,産経新聞以外にこの問題を報道したメディアはあるのでしょうか。ちなみに私は読売新聞も購読しているのですが,同じ日の朝刊では全く触れられておりません。

 

 この問題一つをとってみても,国民にはメディア・リテラシーが求められていると痛感します。

 

  「旅は日本海へ出て 風は薄を吹く」   荻原井泉水

2012年01月30日

富士山

 

 髪の毛の寝グセがひどくて困っております。今朝なんか,ちびまる子ちゃんに出てくる花輪クンの髪型みたいになっていました。風も吹いていないのに髪が右側に流れてしまっているのです(笑)。もっとも私は,花輪クンほど毛量は多くありませんが・・・(笑)。

 

 このところ何で寝グセがひどくなったのか。思い当たるところと言えば,最近,ストレートネック矯正用に通販で枕を購入したのですが,それが割と良さげで,スムーズに寝返りを打てるようになりました。睡眠中にハデに寝返りを打ったりしてそれがハデな寝グセに結びついているのではないでしょうか。

 

 寝グセがどうして問題かというと,弁護士としての説得力に欠けてしまうということです。つまり,例えば私が法律相談をしていて,理路整然と,分かりやすく,判例なんかも示して真っ当な法律相談をしていたとしても,相談者が寝グセが十分に直っていない弁護士の姿を目の当たりにしたら,それだけで説得力というものを欠いてしまうのではないかと危惧するからです(笑)。

 

 それはそうと,昨日は東京出張でした。新幹線の車窓から観ることのできた霊峰富士の姿の本当に美しかったこと。静岡駅を過ぎた頃から美味しい駅弁を拡げ,車窓からの風景を眺めながら美味しくいただいておりましたところ,静岡駅から三島駅までの間に接した冠雪した富士山の姿の美さに,思わず見とれてしまいました。

 

 何で「霊峰富士」というのですかね。その美しさと偉容は,観る者にインスピレーション(霊感)を与えてくれるからでしょうかね。富士山の姿を前にした時,とても一瞥をくれて終わりという訳にはいかず,その姿が見え始めてから見えなくなるまで,ずっと観てしまうのです。

 

 俳人井上井月も次のような句を作っております。

 

 「雪ながら 富士は今年の 物らしき」

 

 中井三好さんは,この句を次のように解説しております。

 

 「何時(いつ)も雪を置く富士山ではあるが、今日の富士の雪はことさら白く輝いている。『今年の物らしき』と新しい年を迎えた富士の姿を詠んだものであるが、淡々と『かるみ』の体で、己の心を映しだしたものである。」(「井上井月研究」200頁中井三好著,彩流社)

 

 駅弁を食べながら美しい富士山の姿を観て,文久3年(1863年)の2月27日に江戸を出立した浪士組の近藤勇,土方歳三,沖田総司,山南敬助らも,道すがら,今自分が観ている富士山の偉容を観ながら旅をしたのだなと思いました。この浪士組のうち,近藤らの集団こそ,後の新撰組の主要メンバーなのです。

 

 この東京出張の日(1月25日),政府は「富士山」を世界文化遺産に推薦することを決定したそうです。富士山は日本の宝です。

2012年01月26日

雑感


         
 いやー,寒いですねぇ。先週の土曜日(1月21日)が大寒だったのでしょうか。やはり暦の表記どおり寒いです。東京では4センチほどの積雪があって,首都高速も一部通行止めのようです。明日は東京出張なのですが,ダイヤが乱れたりしたらイヤですね。

 

 朝の出勤時に,事務所のあるビルのエレベーターで他社勤務の初老の男性社員と乗り合わせました。面識も何もなかったのに,その男性は「今日は本当に寒いですね。」と私に声を掛けてくれました。私は,「そうですね。冷えますね。東京では雪も積もってるようですよ。」と返事をしました。同じビルの住人とはいえ,見ず知らずの人に時候に関する簡単な挨拶ができるとは・・・。精神的に余裕のある人なんだろうと思いますし,古き良き日本人の典型に接することができたようで,何か少し嬉しくなりました。

 

 娘のあかねちゃんの大学入試のセンター試験も無事に終わりました。今年のセンター試験では,あちこちで運営者側のミスがあったようですね。そのせいで約2時間待たされたり,あるいは追試を受けざるを得なかった受験生もいたようで,気の毒です。今日の朝刊を見ていたら,週刊誌(サンデー毎日)の広告に何やら面白げな見出しが載っていました。その見出しとは・・・「センター試験大混乱の裏に事業仕分け-蓮舫のせいだ!?」というものです。サンデー毎日みたいな週刊誌は朝日新聞などと同様,読みたくもないのですが(笑),この記事だけは覗いてみたい気もします(笑)。

 

 それにしても,野田という者は完全に財務省の走狗になっていますね。消費税率引き上げに血道を上げています。安住という人も,経済や財政のことなど全くわからず,ただの「お飾り」です。この人は,その近しい人の話によると,その日その日,その場その場で微妙に身長が違うそうです(笑)。まるで超常現象のようです(爆笑)。財務省の腹黒い役人は,内心で「どいつもこいつもバカばっかりで,与しやすいことこの上ない,税率を上げるなら今だ!」てなもんでしょう。IMFに働きかけて日本に消費税率を上げるよう勧告させているのは,何を隠そう財務省の役人です。

 

 前にも述べましたように,私自身は消費税率の引き上げはいずれ必要だと思っておりますが,それと同時かその前にやるべきことがあるというのが持論です。それは議員定数削減などといったものもさることながら,デフレからの脱却と超円高の解消のための努力です。こんなデフレ状態で消費税率を上げたりすれば,消費者がモノを買わなくなり,企業収益もさらに悪化し,結果として税収も減ります。経済が元気にならなければ,そして名目GDPが増えなければ税収は上がらないのです。このデフレからの脱却と超円高の解消のための処方箋については,有力な経済学者らが示しています(岩田規久男さんなど)。財務省などの役人は,日本の将来のことを真剣には考えていないようです。彼らは,自分の出世や生活の安定(天下り先の確保),利権のことだけです。

 

 今朝の産経新聞には,編集委員の田村秀男さんや,京都大学大学院教授藤井聡さんの論稿が掲載されていました。本当に説得力があります。皆さん,反日左翼新聞を見る暇があったら,産経新聞を読みませんか。産経新聞の全てがいいとは言いませんが(笑)。

2012年01月24日

あさきゆめみし

 

 私は日本人です→日本が誇る古典文学といえば「源氏物語」です→でも私は「源氏物語」の全体的なあらすじすら理解していません→それでは日本人として少し恥ずかしいような気もします→でも全部を読むには時間が・・・→そうだ!取り敢えずは漫画か何かで,せめてあらすじだけでも理解しよう・・・

 

 そんな訳で,前にもこのブログで触れましたが,とうとう漫画「あさきゆめみし」完全版(大和和紀著,講談社)の第1巻から読み始めました。なかなかいいですね。取り敢えず第1巻を読み終えたところですが,興味を持ち続けて読むことが出来ましたし,これならば大まかなあらすじは理解できます。ここまでの主な登場人物は,光源氏,桐壺の更衣,藤壺の宮,頭の中将,弘徽殿の女御,葵の上,六条の御息所,夕顔,惟光,紫の上,末摘花などが出てきました。そういえば,高校の古文の時間に少しばかり習ったなぁ,懐かしいなぁ,と僅かに思い出すようなシーンもあります。

 

 それにしても,こういう女流文学が平安時代中期に成立していたなどとは,本当に日本の文化は奥深いと思います。愛に対する渇望,老若男女を問わずどうしても払拭できない嫉妬という感情,人生のはかなさ・無常観などなど,この紫式部という人物の観察力,洞察力,表現力は類い希だと思います。六条の御息所が生霊を放つ場面,情念といいますか,これには凄みがあります。

 

 この「あさきゆめみし」という漫画のタイトルは,「いろは歌」の一部から採用されているのですが,その「いろは歌」のことが今朝の産経新聞の「産経抄」に書かれていました。四十七文字で無常の世界を表現したのですね。これも日本人ならではの素晴らしい世界です。

 

 そういえば,日本文学に魅せられ,現在でもその研究に勤しんでおられる碩学ドナルド・キーンさんは,この2月11日に名古屋大学に講演でお越しになるそうです。私は行くことができませんが,何とかその講演録でも入手できたらなと思っております。

2012年01月20日

いわゆる「薄毛」に関する一考察(笑)

 

 ずいぶん前に,やはりこのブログで,やはりこの表題のことについて書かせてもらいました。私も男性ですし,もう歳ですから,年相応に髪の毛が少なくなっていくことは仕方ないと思っております。どうですかねぇ,髪の毛の量は年相応だと思ってはおりますが,寂しい気もします。でも歳ですから,もう仕方ありません。諦観というやつです(笑)。でもまだ煩悩というものがあります(笑)。

 

 往生際が悪いのかもしれませんが,それでも何とか薄毛化というこのおぞましい事態の進行,増悪(ぞうあく)とでも言いましょうか,これを遅らせたいのです(笑)。私のこの薄毛化の予後は不良なのかなぁと,心配でもあるのです。何とかしたい!

 

 そういう訳で,私も仕事の合間を縫って,自分なりに「薄毛」に関する研究と考察をしました。現在私がこの問題に関して到達した結論は,前にも述べましたように,「体の内側から」というテーゼです。これはほぼ確信に近づいております。

 

 どういうことかというと,「薄毛」になるということは,やはり毛髪の土壌となる頭皮,さらには毛母細胞,毛乳頭に酸素と栄養を運ぶ毛細血管とその血流,さらにこれを維持させる体内環境の整備に尽きるということです。遺伝なんか論じてももはや詮無いこと。そして,体の外側(頭皮)からベタベタ育毛剤を付けたり,養毛剤を振りかけたりしてもダメ。ましてや病院のAGA外来で処方される薬も副作用の心配があり,試したことも今後試そうとも思いません。

 

 「体の内側から」なのです。十分な睡眠,特に成長ホルモンの分泌の活発な午後11時からせいぜい午前2時までは特に熟睡状態でありたいと思いますし,腸内環境を良くして美しい健康な血液を全身に巡らせること。健やかな血液でないと毛細血管を通って行きません。血行と体温を上げる努力をすること。血管の老化をできるだけ遅らせる生活習慣,食生活に心がけること。要するに,「体の内側から」なのです。ちゃんと聞いていますか?僕よりかなり若いのに,僕より深刻な事態に立ち至っている同業者のY先生!(笑)。昔は冗談で「おう,かなり来てるね。」,「何言ってるんですか。先生の方が来てますよ。」などと言い合っていた間柄だったのですが,最近のY先生の深刻度を前にすると,掛ける言葉もないというか,冗談も言えません(爆笑)。

 

 そして,「体の内側から」というテーゼについて,さらに私に確信を抱かせる文献に出会いました。「なぜ、『これ』は健康にいいのか?」(小林弘幸著,サンマーク出版)という本です。この著者は順天堂大学医学部教授なのですが,この本で展開された主張,要するに自律神経のバランスが重要であること,特に副交感神経の働きを上げるべきという点は非常に説得力がありました。交感神経の働きが強すぎると(私はその職業柄,その傾向が強いです),血管が収縮して血流が悪くなります。「薄毛」に関する影響は歴然としてますでしょう。血管が収縮すれば,細い毛細血管を血液が通り難くなり,毛母細胞,毛乳頭に大切な栄養や酸素が届きません。副交感神経の働きがよくなると,血管が拡張気味になり血流がよくなるのです。気分的にも落ち着きますし。

 

 この本では副交感神経の働きを高めることの必要性と,そのためのいくつかの工夫について論じてあります。私も早速実践し,呼吸は深い呼吸に心がけ,吸う時間と吐く時間が1対2程度になるように,深くゆっくりとした呼吸に心がけておりますし,動作も心がけてゆっくり,そして「怒らない」ということ,などなど・・・。

 

 そうです。いわゆる「薄毛」対策は,「体の内側から」なのです!

2012年01月19日

日脚伸ぶ


         
 前にもこのブログでお話ししたことがありましたが,私の愛するこの日本国の国旗や国歌に異常な敵意を示す教員がいるんですねえ。本当に困ったものです。昨日,最高裁判所第1小法廷で国歌の起立斉唱命令に従わずに懲戒処分を受けた公立学校の教員らに関する上告審判決が下されました。

 

 この最高裁判決は,それまでの流れと同様に,公立学校の教職員らに対し,職務命令として起立して国歌斉唱することを求めることは彼らの思想・信条の自由を侵害するものではなく,これに従わないことを理由に懲戒処分すること自体はその処分内容が合理的な裁量の範囲内にある限り,憲法違反でないという真っ当な見解を示しております。そのこと自体は評価できます。でも,でもですよ。問題は,「過去数回の不起立のみで停職・減給とするのは,処分による不利益の大きさを考慮すると重すぎて違法」との初判断を示してしまったのです。

 

 こんな判断を示せば,教育現場の混乱はどうなってしまうのでしょうか。職務命令にもかかわらず起立して斉唱等しないという連中は,いわば「確信犯」なんです。何回不起立を繰り返したって,せいぜい「戒告」で済まされるんだったら,連中は何回でも繰り返しますよ。ほんの少しの想像力さえあれば,そんなことはすぐに想像できるでしょうに。「戒告」っていったって,その処分内容を示す紙を渡され,せいぜい人事記録にそういう処分を受けたことが記載されるだけですから,「確信犯」である連中にしたら屁のカッパです。それこそ確信的に何度でも繰り返すでしょう。

 

 自分の人生の中でも思い出深い節目となる入学式,卒業式などの厳粛な祝典に,国歌斉唱の際にふてぶてしくも立ちもしない連中の姿を目にした児童・生徒はどう思うのでしょうか。看過できない悪影響があるはずです。国歌や国旗を愛するという気持ちは世界共通なのに・・。

 

 それに,そもそも学習指導要領は教師に対し,国旗掲揚と国歌斉唱を指導するように定めているのです。また,どの民間企業も,就業規則の中で,「懲戒」の項に,譴責,戒告,減給,出勤停止(停職),諭旨解雇,懲戒解雇というふうに,徐々に段階的に不利益処分を定めています。大の大人が「戒告」を何度受けても同じ不起立等を繰り返したならば,「まだ分からんのか!」といって,より不利益度の高い処分を加え,改善を求めるのが筋というものでしょう。解雇されることなどあり得ないなどと高をくくった連中は,自分の思想・信条が許さない,などといってこれからも何度も何度も不起立を繰り返してしまうでしょう。結論としては疑問の残る最高裁判決です。

 

 さて,この前の日曜日の朝,ボーッとテレビを見ておりましたら,俳句の番組がやっておりました。お題は「日脚伸ぶ」でした。本当にいいですねぇ。俳句の世界も・・・。四季を感じ,愛でる日本人の世界です。「日脚伸ぶ」というのは,冬の季語で,冬も終わりごろになって,昼の時間がだんだんと長くなるという意味です。そういえば,もうずいぶん前に冬至も過ぎ,毎朝ほとんど同じ時間に起きる私は,室外がだんだんと明るくなってきたことに気付きました。まだ寒いですが,次は春です。もう少し先になれば,「水ぬるむ」なんて風情のある季節にもなります。

2012年01月17日

癒しの時間

 

 昨晩は晩酌はしませんでしたから,半身浴をしました。半身浴をした夜は,ぐっすり眠ることができます。これはどうやら体験的にそのように思います。理由は分かりませんが,特に睡眠の質が良くなるような気がしますし,夜中に目覚める回数も少なくなるのです。寝酒などといった言葉があり,私自身は寝酒はしませんが,酔っているか,あるいは少し酔っているからといって,眠りの質が良くなるとは思えず,かえってお酒を飲んだ方が夜中に目が覚めてしまうことが多いような感じです。まあ,個人差もあるでしょうが。

 

 さて,バッハのゴルトベルク変奏曲のうちの憧れの第1変奏のその後の練習はどうなったでしょうか。・・・遅々として進みません(笑)。暗譜などはできる訳もなく,楽譜を見ながらなんとかゆっくり,ゆっくり弾くことのできる程度です。もう少し本来のテンポで弾けるようにしなければなりません。でも私の場合は,所詮その程度の才能なのでありますよ。

 

 この練習に少し時間がかかったのは,運指を考えながらの練習だったからだと思います。というのも,私が入手したゴルトベルク変奏曲の楽譜には,所々に小節番号はあっても,運指番号が全くない楽譜だったからです。運指というのは,その音やそれから先の数音を,どの指でタッチするのが合理的でスムースなのかを示すものです。運指番号は,右手の親指を1として,人差し指から小指までが順に2,3,4,5と表示され,左手も親指を1として,人差し指から小指までが順に2,3,4,5と表示されます。親切な楽譜ですと,要所要所に運指番号が表示され,「ああ,この音はこの指で鍵盤を押すのが合理的なんだな。」と分かる訳です。でも入手した楽譜に運指番号がなかったので,自分で運指を考え,鉛筆で表示しながらの練習でした。この憧れの第1変奏の練習もあともう少しです。

 

 これをマスターしたら,これまた憧れの第30変奏の練習に着手したいと思います。これもまたとても素晴らしい曲なのです。「ゴルトベルク変奏曲 第30変奏」とキーワードで入れて検索してごらんなさい。ユーチューブにもアップされており,どれほど佳い曲なのか分かりますよ。これも弾けたらな,と思います。

 

 バッハの音楽は本当に癒しの時間なのであります。こんなに素晴らしい世界はございません。

2012年01月12日