
ほんの一局面に限定されてはいるものの,父と娘の対立がかなり先鋭化している件(笑)
まあ,よくよく考えてみますと,毎年やはり節分の頃が一番寒いですよね。無理もありません,冬なんですから。でもそれにしても寒いですねぇ。昨日は仕事で彦根まで行って参りました。新幹線で米原まで行き,そこからは在来線で一駅です。でも,彦根駅に着いたら猛烈に吹雪いておりまして,15人くらいの列の後ろについて待ち,何とかタクシーで裁判所までたどり着きました。昨日は本当に疲れて,よく眠ることができました。
さて,父と娘の対立というのは,その火種はAKB48の評価をめぐってであります。実はこのことは以前にもブログで書いたことがあったのですが,その対立は先鋭化しております(笑)。自分で言うのも何ですが,普段は私と娘は仲が良いのです。でも,ことAKB48の評価に関しては相当に気まずくなります。娘は父である私に対し,AKB批判は絶対に許さぬ,という勢いです。最近ではどちらかというと,父である私の方が娘に気を遣ってAKB48の話題には触れないようにしております。AKBに関する限り,我が家では戒厳令が発せられているようで,自由な言論が弾圧されております(笑)。中国共産党のようです。娘にとっては,AKB48はある意味では「核心的利益」なのかもしれません(笑)。
私は,AKB48には別に何の恨みもないのですが,AKB現象とでもいうのでしょうか,いい若い男が握手会に殺到したり,「総選挙」とやらの投票権獲得のために何枚もCDを購入したり,写真撮影等にうつつを抜かし,その一方で総合プロデューサーの秋元康さんなどがますます儲けるという構図,次代を担う青少年よ,日本国の将来についてなどもっと別のことに目を向けたらどうか,という気持ちになってしまうのです。
と,ところが,私の娘はAKB48に首ったけで,私がこれについて批判的なことを言いますと,普段は仲の良い父娘なのですが,娘はあたかも「不動明王」のような顔をしてふくれてしまうのです。皆さん,「不動明王 画像」とキーワードを入れて検索してみてください。不動明王がどのようなお顔をされているのかよく分かります。親ばかですが,うちの娘は比較的端正な顔をしていると思っているのですが,この時ばかりは突如として不動明王の「憤怒」の顔になってしまうのです。
かつてナインティナインの岡村さんがAKB48のある側面について批判的言動をしたのですが,それを知った私の娘は激怒し,岡村さんが嫌いになってしまったようです(笑)。怖い,恐い・・・。
雑感
もう二月です。早いものです。昨日は仕事の関係で岐阜県多治見市まで車で行ってきました。思ったより早く到着しそうでしたので,コンビニの駐車場で車を停め,最近うちのカミさんがやたらと絶賛している「R-1」というヨーグルトを買い求め,車の中でその「R-1」のヨーグルトを食べながらボンヤリと外の景色を眺めておりました。人間,自律神経のバランスを図ることが必要で,副交感神経が優位になるこういったゆったりとした時間も必要だと思います。
でもこのヨーグルトをうちのカミさんがなぜそうも絶賛しているのか,詳細は分かりませんが,何しろ腸内環境が良くなり,免疫力が高まりインフルエンザ予防にもなるそうです。
車の中でボンヤリしていた時間は約20分ほどでしたが,20人くらいの児童が集団で下校しておりました。みんないきいきとした表情で,元気そうで,可愛い子供達でした。信号待ちでグループが途切れたら,先頭の子達はちゃんと信号が変わって合流できるまで待ってあげています。こういった集団登下校の風景は日本的で微笑ましい感じがします。こういった次代を担う元気で有為で優しい子供達,是非ともすくすくと育って欲しいと思います。くれぐれも日教組の毒牙にかかることのないように(笑)。
寒気に負けずに元気よく歩いている可愛らしい子達の姿を見ていましたら,自分の幼少時代を思い起こしました。私も冬でも寒さをそれほど感じることなく,鼻の下に青ばなを垂らしながら元気よく走り回って遊んでおりました。それこそ日が暮れるまで・・。私は,車の中で昔のことを回想しながら,ふっとあるメロディー,歌詞を思い出したのです。「子ども歌」というのか何と呼ぶのか分かりませんが,仲の良い子供達同士がからかい合いながら,「・・・・・お前の 母ちゃん 出べそ」といった歌を歌ったことはありませんか。その日の夕食の時に,うちのカミさんに確認しましたら,彼女もやはりその歌を知っておりました。全国的なものだったのかもしれません。
それにしても,改めて思いますに,「・・・・・お前の 母ちゃん 出べそ」って面白い歌詞ですね。その時私が漠然と思ったのは,「お前」と言われた子の「母ちゃん」は本当に「出べそ」だったのかどうか。真実だったのかどうか。ただ言ってみただけなのか。それとも,それは本当に真実だったのか。仮に真実だったとしたら,そう言って揶揄したその子は,「お前」と言われた子の「母ちゃん」が「出べそ」である事実をどうして知っていたのか。謎が謎を呼びます・・・(笑)。作詞者の真意が知りたい(爆笑)。
その日はこれから裁判所での仕事があるというのに,全く愚にもつかないことを車の中で考えておりました。副交感神経が優位になりすぎたようです(笑)。
日本海
「ブロッキング高気圧」というのでしょうか,居座り続ける高気圧のせいで寒気団も居座り,特に日本海側はすごい降雪量のようです。本当に大変です。日本海側に住んでおられる皆様には何とかこの大雪を乗り切っていただきたいです。波は荒いかもしれませんが,美しい日本海を目にできるのですから・・・。
昨日の朝,産経新聞を読んでいましたら,朝っぱらから不愉快な記事に出くわしました。アメリカのバージニア州議会で,州内の公立学校の教科書に日本海を「東海」と併記することを求める州法案の採決が行われ,辛うじて1票差で否決されたようです。危ない,危ない。これは,歴史的事実を知らない地方議員が韓国系団体のロビー活動を受けて法案を提出していたためだそうです。アメリカでは最近,韓国系アメリカ人らが日本の教科書の使用中止を求めるという極めて不当なロビー活動も展開されており,由々しき事態です。全く,油断も隙もありません。
「ウソも百回言えば本当になる」じゃありませんが,本当に不愉快で看過できない動きです。というのも,今回アメリカのバージニア州上院議員にこの法案の提出を働きかけたバージニア韓国人会の会長は,「来年も再来年も同様の法案上程を働きかけるつもりだ」とのたまったそうです。どうやら「ウソを百回」でも言い続けるようです。
私が本当に悲しく,しかも恐ろしく思うのは,票やお金が欲しいために歴史的真実や国際常識に反してでもロビー活動に屈してしまう議員の見識のなさです。それと,民族的憎悪や不満,自己顕示欲から,歴史的真実や国際常識を何とかひっくり返してやろうというこういったロビー活動者らの魂胆の卑劣さです。「日本海」と最初に命名したのは,ロシア海軍のクルーゼンシュテルン提督(1770-1846)であり,現在,国連及び国際的な海図の大半は「日本海」(もしくはその訳語)という表記を使用しておりますし,国際的にはこれが一般的なのです。歴史的にも「日本海」は17世紀初頭の清の世界地図坤輿万国全図や明治以前発行の欧米の地図に既に記載されてもおります。英語ではSea of Japan,フランス語ではmer du Japon,ドイツ語ではJapanisches Meer,ラテン語でもMare Iaponicumと表記されているではありませんか。
つい最近でもアメリカやイギリスは「日本海」単独表記を支持しております。日本海呼称問題などといったものは,韓国や北朝鮮が勝手に問題化しているもので,平成23年8月8日の報道でも,アメリカは「日本海」と単独表記しなければならないという公式意見書を国際水路機関(IHO)に提出しましたし,イギリスもこれに続きました。
でも,「ウソを百回」言われているうちに,そして不当なロビー活動が続けられているうちに,「日本海」という真実の呼称が危うくならないとは限りません。いやむしろ,危うくなっているのではないでしょうか。産経新聞が指摘するように,日本政府は官民を挙げた対策が求められているでしょう。それにしても,産経新聞以外にこの問題を報道したメディアはあるのでしょうか。ちなみに私は読売新聞も購読しているのですが,同じ日の朝刊では全く触れられておりません。
この問題一つをとってみても,国民にはメディア・リテラシーが求められていると痛感します。
「旅は日本海へ出て 風は薄を吹く」 荻原井泉水
富士山
髪の毛の寝グセがひどくて困っております。今朝なんか,ちびまる子ちゃんに出てくる花輪クンの髪型みたいになっていました。風も吹いていないのに髪が右側に流れてしまっているのです(笑)。もっとも私は,花輪クンほど毛量は多くありませんが・・・(笑)。
このところ何で寝グセがひどくなったのか。思い当たるところと言えば,最近,ストレートネック矯正用に通販で枕を購入したのですが,それが割と良さげで,スムーズに寝返りを打てるようになりました。睡眠中にハデに寝返りを打ったりしてそれがハデな寝グセに結びついているのではないでしょうか。
寝グセがどうして問題かというと,弁護士としての説得力に欠けてしまうということです。つまり,例えば私が法律相談をしていて,理路整然と,分かりやすく,判例なんかも示して真っ当な法律相談をしていたとしても,相談者が寝グセが十分に直っていない弁護士の姿を目の当たりにしたら,それだけで説得力というものを欠いてしまうのではないかと危惧するからです(笑)。
それはそうと,昨日は東京出張でした。新幹線の車窓から観ることのできた霊峰富士の姿の本当に美しかったこと。静岡駅を過ぎた頃から美味しい駅弁を拡げ,車窓からの風景を眺めながら美味しくいただいておりましたところ,静岡駅から三島駅までの間に接した冠雪した富士山の姿の美さに,思わず見とれてしまいました。
何で「霊峰富士」というのですかね。その美しさと偉容は,観る者にインスピレーション(霊感)を与えてくれるからでしょうかね。富士山の姿を前にした時,とても一瞥をくれて終わりという訳にはいかず,その姿が見え始めてから見えなくなるまで,ずっと観てしまうのです。
俳人井上井月も次のような句を作っております。
「雪ながら 富士は今年の 物らしき」
中井三好さんは,この句を次のように解説しております。
「何時(いつ)も雪を置く富士山ではあるが、今日の富士の雪はことさら白く輝いている。『今年の物らしき』と新しい年を迎えた富士の姿を詠んだものであるが、淡々と『かるみ』の体で、己の心を映しだしたものである。」(「井上井月研究」200頁中井三好著,彩流社)
駅弁を食べながら美しい富士山の姿を観て,文久3年(1863年)の2月27日に江戸を出立した浪士組の近藤勇,土方歳三,沖田総司,山南敬助らも,道すがら,今自分が観ている富士山の偉容を観ながら旅をしたのだなと思いました。この浪士組のうち,近藤らの集団こそ,後の新撰組の主要メンバーなのです。
この東京出張の日(1月25日),政府は「富士山」を世界文化遺産に推薦することを決定したそうです。富士山は日本の宝です。
雑感
いやー,寒いですねぇ。先週の土曜日(1月21日)が大寒だったのでしょうか。やはり暦の表記どおり寒いです。東京では4センチほどの積雪があって,首都高速も一部通行止めのようです。明日は東京出張なのですが,ダイヤが乱れたりしたらイヤですね。
朝の出勤時に,事務所のあるビルのエレベーターで他社勤務の初老の男性社員と乗り合わせました。面識も何もなかったのに,その男性は「今日は本当に寒いですね。」と私に声を掛けてくれました。私は,「そうですね。冷えますね。東京では雪も積もってるようですよ。」と返事をしました。同じビルの住人とはいえ,見ず知らずの人に時候に関する簡単な挨拶ができるとは・・・。精神的に余裕のある人なんだろうと思いますし,古き良き日本人の典型に接することができたようで,何か少し嬉しくなりました。
娘のあかねちゃんの大学入試のセンター試験も無事に終わりました。今年のセンター試験では,あちこちで運営者側のミスがあったようですね。そのせいで約2時間待たされたり,あるいは追試を受けざるを得なかった受験生もいたようで,気の毒です。今日の朝刊を見ていたら,週刊誌(サンデー毎日)の広告に何やら面白げな見出しが載っていました。その見出しとは・・・「センター試験大混乱の裏に事業仕分け-蓮舫のせいだ!?」というものです。サンデー毎日みたいな週刊誌は朝日新聞などと同様,読みたくもないのですが(笑),この記事だけは覗いてみたい気もします(笑)。
それにしても,野田という者は完全に財務省の走狗になっていますね。消費税率引き上げに血道を上げています。安住という人も,経済や財政のことなど全くわからず,ただの「お飾り」です。この人は,その近しい人の話によると,その日その日,その場その場で微妙に身長が違うそうです(笑)。まるで超常現象のようです(爆笑)。財務省の腹黒い役人は,内心で「どいつもこいつもバカばっかりで,与しやすいことこの上ない,税率を上げるなら今だ!」てなもんでしょう。IMFに働きかけて日本に消費税率を上げるよう勧告させているのは,何を隠そう財務省の役人です。
前にも述べましたように,私自身は消費税率の引き上げはいずれ必要だと思っておりますが,それと同時かその前にやるべきことがあるというのが持論です。それは議員定数削減などといったものもさることながら,デフレからの脱却と超円高の解消のための努力です。こんなデフレ状態で消費税率を上げたりすれば,消費者がモノを買わなくなり,企業収益もさらに悪化し,結果として税収も減ります。経済が元気にならなければ,そして名目GDPが増えなければ税収は上がらないのです。このデフレからの脱却と超円高の解消のための処方箋については,有力な経済学者らが示しています(岩田規久男さんなど)。財務省などの役人は,日本の将来のことを真剣には考えていないようです。彼らは,自分の出世や生活の安定(天下り先の確保),利権のことだけです。
今朝の産経新聞には,編集委員の田村秀男さんや,京都大学大学院教授藤井聡さんの論稿が掲載されていました。本当に説得力があります。皆さん,反日左翼新聞を見る暇があったら,産経新聞を読みませんか。産経新聞の全てがいいとは言いませんが(笑)。
いわゆる「薄毛」に関する一考察(笑)
ずいぶん前に,やはりこのブログで,やはりこの表題のことについて書かせてもらいました。私も男性ですし,もう歳ですから,年相応に髪の毛が少なくなっていくことは仕方ないと思っております。どうですかねぇ,髪の毛の量は年相応だと思ってはおりますが,寂しい気もします。でも歳ですから,もう仕方ありません。諦観というやつです(笑)。でもまだ煩悩というものがあります(笑)。
往生際が悪いのかもしれませんが,それでも何とか薄毛化というこのおぞましい事態の進行,増悪(ぞうあく)とでも言いましょうか,これを遅らせたいのです(笑)。私のこの薄毛化の予後は不良なのかなぁと,心配でもあるのです。何とかしたい!
そういう訳で,私も仕事の合間を縫って,自分なりに「薄毛」に関する研究と考察をしました。現在私がこの問題に関して到達した結論は,前にも述べましたように,「体の内側から」というテーゼです。これはほぼ確信に近づいております。
どういうことかというと,「薄毛」になるということは,やはり毛髪の土壌となる頭皮,さらには毛母細胞,毛乳頭に酸素と栄養を運ぶ毛細血管とその血流,さらにこれを維持させる体内環境の整備に尽きるということです。遺伝なんか論じてももはや詮無いこと。そして,体の外側(頭皮)からベタベタ育毛剤を付けたり,養毛剤を振りかけたりしてもダメ。ましてや病院のAGA外来で処方される薬も副作用の心配があり,試したことも今後試そうとも思いません。
「体の内側から」なのです。十分な睡眠,特に成長ホルモンの分泌の活発な午後11時からせいぜい午前2時までは特に熟睡状態でありたいと思いますし,腸内環境を良くして美しい健康な血液を全身に巡らせること。健やかな血液でないと毛細血管を通って行きません。血行と体温を上げる努力をすること。血管の老化をできるだけ遅らせる生活習慣,食生活に心がけること。要するに,「体の内側から」なのです。ちゃんと聞いていますか?僕よりかなり若いのに,僕より深刻な事態に立ち至っている同業者のY先生!(笑)。昔は冗談で「おう,かなり来てるね。」,「何言ってるんですか。先生の方が来てますよ。」などと言い合っていた間柄だったのですが,最近のY先生の深刻度を前にすると,掛ける言葉もないというか,冗談も言えません(爆笑)。
そして,「体の内側から」というテーゼについて,さらに私に確信を抱かせる文献に出会いました。「なぜ、『これ』は健康にいいのか?」(小林弘幸著,サンマーク出版)という本です。この著者は順天堂大学医学部教授なのですが,この本で展開された主張,要するに自律神経のバランスが重要であること,特に副交感神経の働きを上げるべきという点は非常に説得力がありました。交感神経の働きが強すぎると(私はその職業柄,その傾向が強いです),血管が収縮して血流が悪くなります。「薄毛」に関する影響は歴然としてますでしょう。血管が収縮すれば,細い毛細血管を血液が通り難くなり,毛母細胞,毛乳頭に大切な栄養や酸素が届きません。副交感神経の働きがよくなると,血管が拡張気味になり血流がよくなるのです。気分的にも落ち着きますし。
この本では副交感神経の働きを高めることの必要性と,そのためのいくつかの工夫について論じてあります。私も早速実践し,呼吸は深い呼吸に心がけ,吸う時間と吐く時間が1対2程度になるように,深くゆっくりとした呼吸に心がけておりますし,動作も心がけてゆっくり,そして「怒らない」ということ,などなど・・・。
そうです。いわゆる「薄毛」対策は,「体の内側から」なのです!
日脚伸ぶ
前にもこのブログでお話ししたことがありましたが,私の愛するこの日本国の国旗や国歌に異常な敵意を示す教員がいるんですねえ。本当に困ったものです。昨日,最高裁判所第1小法廷で国歌の起立斉唱命令に従わずに懲戒処分を受けた公立学校の教員らに関する上告審判決が下されました。
この最高裁判決は,それまでの流れと同様に,公立学校の教職員らに対し,職務命令として起立して国歌斉唱することを求めることは彼らの思想・信条の自由を侵害するものではなく,これに従わないことを理由に懲戒処分すること自体はその処分内容が合理的な裁量の範囲内にある限り,憲法違反でないという真っ当な見解を示しております。そのこと自体は評価できます。でも,でもですよ。問題は,「過去数回の不起立のみで停職・減給とするのは,処分による不利益の大きさを考慮すると重すぎて違法」との初判断を示してしまったのです。
こんな判断を示せば,教育現場の混乱はどうなってしまうのでしょうか。職務命令にもかかわらず起立して斉唱等しないという連中は,いわば「確信犯」なんです。何回不起立を繰り返したって,せいぜい「戒告」で済まされるんだったら,連中は何回でも繰り返しますよ。ほんの少しの想像力さえあれば,そんなことはすぐに想像できるでしょうに。「戒告」っていったって,その処分内容を示す紙を渡され,せいぜい人事記録にそういう処分を受けたことが記載されるだけですから,「確信犯」である連中にしたら屁のカッパです。それこそ確信的に何度でも繰り返すでしょう。
自分の人生の中でも思い出深い節目となる入学式,卒業式などの厳粛な祝典に,国歌斉唱の際にふてぶてしくも立ちもしない連中の姿を目にした児童・生徒はどう思うのでしょうか。看過できない悪影響があるはずです。国歌や国旗を愛するという気持ちは世界共通なのに・・。
それに,そもそも学習指導要領は教師に対し,国旗掲揚と国歌斉唱を指導するように定めているのです。また,どの民間企業も,就業規則の中で,「懲戒」の項に,譴責,戒告,減給,出勤停止(停職),諭旨解雇,懲戒解雇というふうに,徐々に段階的に不利益処分を定めています。大の大人が「戒告」を何度受けても同じ不起立等を繰り返したならば,「まだ分からんのか!」といって,より不利益度の高い処分を加え,改善を求めるのが筋というものでしょう。解雇されることなどあり得ないなどと高をくくった連中は,自分の思想・信条が許さない,などといってこれからも何度も何度も不起立を繰り返してしまうでしょう。結論としては疑問の残る最高裁判決です。
さて,この前の日曜日の朝,ボーッとテレビを見ておりましたら,俳句の番組がやっておりました。お題は「日脚伸ぶ」でした。本当にいいですねぇ。俳句の世界も・・・。四季を感じ,愛でる日本人の世界です。「日脚伸ぶ」というのは,冬の季語で,冬も終わりごろになって,昼の時間がだんだんと長くなるという意味です。そういえば,もうずいぶん前に冬至も過ぎ,毎朝ほとんど同じ時間に起きる私は,室外がだんだんと明るくなってきたことに気付きました。まだ寒いですが,次は春です。もう少し先になれば,「水ぬるむ」なんて風情のある季節にもなります。
新年,明けましておめでとうございます
皆さま,新年明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
今年のお正月は,娘のあかねちゃんの大学受験を控えていることもあり,我が家では動きの少ないお正月でした。私の甥は全部で4人いるんですが,このうちの2人が今年挙式予定ということで,元旦の夜にこの二組のカップルから年始の挨拶と結婚の報告を受けたくらいです。
さて,年末に新聞をめくっていると,「蜩の記」(葉室麟著,祥伝社)という本の書評に目がいきました。その書評によると,これほど武士の本分というものを見事に描き切った本も珍しい,号泣せずに読むことはできないというような趣旨の書評でした。「よしっ,久しぶりに思いっきり号泣してみるか!」と思い,早速読みました。ほとんど一気に読破した感じでした。確かに素晴らしい小説で,一箇所涙が溢れそうになった部分はありましたが,残念ながら「号泣」とまではいきませんでした(笑)。「号泣」を目指してまっしぐらに読み進んでいたのに・・・(笑)。
しかしといっては何ですが,元旦の朝っぱらから不覚にも思わず落涙してしまった誠に素晴らしい文章がありました。元旦の産経新聞の中に,新潮社の宣伝広告がありまして,「日本人よ、勇気をもちましょう」という表題のドナルド・キーンさんの文章が載っていたのです。泣けてきて仕方のない素晴らしい文章でした。家族に涙を悟られまいと,顔の前から新聞をずらすこともできませんでした。このドナルド・キーンさんの文章を,是非「拡散」したいと思いました。
そんな訳で,今年の一番最初のこのブログは,元旦の産経新聞に掲載されたこのドナルド・キーンさんの文章をご紹介して,締めくくっておきます。
「かつて川端康成さんがノーベル文学賞を受賞したとき、多くの日本人が、こう言いました。『日本文学が称賛してもらえるのは嬉しいが、川端作品は、あまりに日本的なのではないか。』日本的過ぎて、西洋人には『本当は分からないのではないか』という意味です。分からないけれど、『お情け』で、日本文学を評価してくれているのではないかというニュアンスが含まれていました。長年、そう、もう七十年にもわたって日本文学と文化を研究してきて、私がいまだに感じるのは、この日本人の、『日本的なもの』に対する自信のなさです。違うのです。『日本的』だからいいのです。昨年、地震と津波に襲われた東北の様子をニューヨークで見て、私は、『ああ、あの「おくのほそ道」の東北は、どうなってしまうのだろう』と衝撃を受けました。あまりにもひどすぎる原発の災禍が、それに追い打ちをかけています。しかし、こうした災難からも、日本人はきっと立ち直っていくはずだと、私はやがて考えるようになりました。それは、昭和二十年の冬、私は東京にいました。あの時の東京は、見渡すと、焼け残った蔵と煙突があるだけでした。予言者がいたら、決して『日本は良くなる』とは言わなかったでしょう。しかし、日本人は奇跡を起こしました。東北にも同じ奇跡が起こるのではないかと私は思っています。なぜなら、日本人は勁(つよ)いからです。私は今年六月で九十歳になります。『卒寿』です。震災を機に日本人になることを決意し、昨年、帰化の申請をしました。晴れて国籍がいただけたら、私も日本人の一員として、日本の心、日本の文化を守り育てていくことに微力を尽くします。新しい作品の執筆に向けて、毎日、勉強を続けています。勁健(けいけん)なるみなさん、物事を再開する勇気をもち、自分や社会のありかたを良い方向に変えることを恐れず、勁く歩を運び続けようではありませんか。」
すべて世は事もなし
先日,仕事で彦根まで出張に行ってまいりました。何と,彦根の裁判所は城のお堀の内側にあるんですね。さて,仕事を終えました。お堀の内側なんですもの,城を見ていかない手はなく,小学生の時以来数十年ぶりに彦根城内外を見物しました。城は勿論,市内も清々しい空気と落ち着いたたたずまい,本当によい街ですね。
彦根城のお堀の中には,幕末の大老井伊直弼の像がありました。開国を決意しこれを断行した井伊大老の深い悩みと覚悟はいかばかりであったろうかと思います。悩み,命をかけて決断したのです。それにひきかえ菅なる者は,尖閣諸島沖の中国漁船衝突問題で醜態をさらし,脳天気の鳩山から引き継いだ米軍普天間飛行場移設問題でも事が進捗しないものですから,「第三の開国」と称してTPP参加を軽率に口にしました。野田なる者も,効力面での条約の国内法に対する優越すら認識せず,ISD条項の意味すら知りませんでした。これらの者と井伊大老の悩み,勇気,決断,覚悟とは雲泥の差であり,比較するのも馬鹿げています。
ああ,いかんいかん,また政権批判になってしまった(笑)。私は仕事であちこちに行きます。別に彦根がそうという訳でもありませんが,中小都市のどの駅前の商店街にもシャッターが目立ったり,人通りも少なく,町全体に元気がないように感じます。寂しい限りです。もうこの日本は,16年間もデフレ経済を脱却できないままですし,超円高にも無為無策を決め込んでいます。
財務省や日銀の皆さんは,本当にお勉強ができ,学力も高く,偏差値の高い超一流大学の出身者ばかりだと思います。優秀ななずなのに,いまや日本経済の宿痾ともいうべきデフレ経済から脱却する,そして円高を回避させるべき有効な手立てを打てないでいます。どうしてなのか不思議でなりません。優秀なのでしょう?彼らは。日銀総裁の白川という人は,「ドラえもん」に出てくるのび太くんみたいな顔をしているだけで,財務省とタイアップして国のために何か抜本的で有効な手を打とうとする素振りは全くありません。マネタリーベースでは諸外国は増大しているのに,日本だけは旧態依然として低空飛行を続けています。本当にひとり旅の状態です(笑)。超円高になるのは当たり前です。こんなに超円高基調が続けば,海外での事業展開などを考えざるを得ず,日本の産業の空洞化,高度技術の移転(いくらブラックボックスがあるといっても),雇用の喪失に歯止めが利かなくなります。産経新聞の編集委員である田村秀男さんの経済記事は昔から好きで,すごく説得力があると思っているのですが,田村さんは昨日の産経新聞の朝刊で次のように述べております。
「主要国中央銀行のうち日銀だけがその後も、量的緩和をせずに、超円高デフレを招いてきた。まじめに国内生産を続ける企業は罪もないのに超円高で罰せられて赤字に苦しむ。デフレに伴う税収減のために財政収支はさらに悪化しているのに、政府は増税に次ぐ増税しか考えない。増税はさらに消費や投資を圧迫し、デフレを加速させる悪循環を引き起こす。政府と日銀がおカネに関わる政策の大転換に踏み切らないと、新年には以前にも増して巨大なツケを呼び込むことになるだろう。」
御意,おっしゃるとおり!確かに日本の消費税率の5%は,諸外国と比較しても格段に低く,現在のセーフティネットである社会保障の水準を維持するためには,税率を上げなければならないのは明らかです。でもその前にやることがあるだろう,ということなのです。とにかく,企業が元気になり,従業員が元気になり,商店街が元気になり,国が元気にならなければなりません。
今年も色々とありました。東日本大震災で被災された方々には何度お見舞いを申し上げても足りません。来年は「すべて世は事もなし」といきたいところです。
日本全国,約6194万人のこのブログ読者の皆さん(笑),今年も本当にお世話になりました。何とか私も家族ともども年を越すことができそうです。ありがとうございました。良いお年をお迎えください。そして来年は良い年になりますように。
「うしろすがたのしぐれてゆくか」
ほんとうに早いもので,もう師走です。年齢のせいなのか,それとも年齢なんか関係ないのかは知りませんが,いずれにしても月日の経つのが早く感じられます。12月に入り,週間天気予報を見ておりますと,ここ数日はあまり天気がよくないのでしょうか。
初冬のこの時期,時雨れたりすると自由律俳句の,あの漂泊の俳人種田山頭火を思い出します。「うしろすがたのしぐれてゆくか」という句は,山頭火の句の中でも最も印象に残り,好きな句です。時雨の中で徐々に遠ざかっていくその後ろ姿は,山頭火に先行して道行く旅人のものなのか,それとも山頭火が自己の姿を客観視して表現したものなのか。恐らく後者でしょうね,自意識と自嘲のニュアンスがあります。冬の行乞は大変だったでしょうね。頭陀袋にも鉄鉢にも雨や雪は容赦なく降り注ぎます。
山頭火の世界だったのに,一転して政治の話になると急に興ざめしてしまいますが,自由民主党という政党はもうダメなのでしょうか。とにかく民主党というろくでもない集まり(この政党は綱領すら持っておりません)が,このまま政権の座にいると間違いなく日本国が壊れてしまいます。これは間違いない。では,それに代わる受け皿としての政権の担い手はというと,基本的には自由民主党とたちあがれ日本しかないと思ってはいるのですが,自由民主党は政権奪取のために一体全体どんな努力をし,どんな内部改革を加えているのでしょうか。
これほどまでにろくでもない民主党であるにもかかわらず,政党支持率は両党で拮抗し,自由民主党が伸びません。どこかの会社員然とした谷垣などという人物ではどだい無理なのです。11月30日には党首討論が開かれたようですが,産経新聞の報道によれば,谷垣という人の野田首相に対する追及が極めて甘く,自民党内部からもため息が漏れるほどだったようです。米軍普天間飛行場移設問題に関してもロクな追及もせず,「・・・そのことを申し上げ、次の問題に移ります・・」などと話題を他に転じる始末。その挙げ句,この谷垣という人は,TPP交渉参加問題で,参加への積極論から短時間のうちに消極論に転じた理由を野田首相に問われ,慌てて目を白黒させたとか(笑)。だめですこの人は。自由民主党には,安倍晋三,西田昌司,稲田朋美,古屋圭司,古川禎久,衛藤晟一,下村博文,山谷えり子などといった立派な政治家がいるのですから,彼らがもっともっと頑張ってくれないと・・・。あと,自由民主党には,案外頑張っている女性議員もおります。参議院議員の森雅子さんなどは,実は私の司法修習生時代の同期で,アイウエオ順から机も近かったのです(笑)。それに高市早苗さんなんかも外国資本から日本の森林等を守るために良い仕事をしております。
民主党がこれまでの約2年数か月であれほどの失態,醜態をさらして続けてきたのですから,本来であれば相対的にではあれ自民党などの評価が上がってしかるべきなのに,そうなっていないのが残念です。次の総選挙では自由民主党とたちあがれ日本が何としても議席を伸ばさなければ日本はダメになってしまいます。ですから,頼むから谷垣さんはもうお引き取り下さい(笑)。
そうでなければ,時雨の中で自民党の後ろ姿も徐々に遠ざかっていくことになりますよ。
マナーの悪い自転車乗りを何とかせよ!
ずいぶん寒くなりましたが,今朝も徒歩通勤でした。いつも思うことなのですが,マナーの悪い自転車乗りには憎悪すら覚えます。今朝も,とんでもないバカを目の当たりにしました。その男は歳の頃30代後半といったところでしょうか,その男は先行する自転車を猛スピード,全速力といってもいいでしょう,極めて危険な速度で追い抜いていったのです。その対向方向からは歩行者である私が歩いているのに,徐行等をして歩行者と安全にすれ違おうといった配慮は全くありません。すれ違いざまに私は思わず「バカ!」と言ってしまいました。
それくらい,その男の自転車のスピードは猛スピード,全速力,危険なものであり,考えたくもないことですが,仮に幼児や小学生,高齢者などの交通弱者に衝突したなら,即死もあり得ると思います。常識とモラル,ごく普通の危険予知能力を備えた人間であれば,不測の事態に備えた運転をするでしょうに,あの男のあの猛スピードでは到底不測の事態には対処しきれません。
事故統計によると,例えば平成10年度と平成20年度とを比較すると,自転車対歩行者の事故件数は,その10年間で約4.5倍に急増しております。自転車対歩行者の衝突により,歩行者が死亡するケースもあります。恐ろしいことです。このような歩行者と自転車との衝突事故の急増という実情を反映してか,私達の業界でも,平成21年9月には,「自転車事故過失相殺の分析-歩行者と自転車との事故・自転車同士の事故の裁判例」(財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部 過失相殺研究部会編著,ぎょうせい)という本まで出版されました。
そもそも,道路交通法上は,自転車は「軽車両」と位置づけられ,自動車や自動二輪と同じ「車両」なのですから,歩道と車道の区別のあるところでは自転車は車道を走行するのが原則です。例外的に自転車が歩道上を走行することが認められているのは,①歩道に「自転車歩道通行可」の道路標識がある場合,②子供や高齢者が自転車に乗る場合,③車道または交通の状況からみて,やむを得ない場合に限られております。しかも自転車が歩道を走行する場合でも,歩行者優先であり,自転車は車道寄りを徐行しなければならず,歩行者の妨げになるような場合には一時停止しなければなりません。にもかかわらず,実際に町で遭遇する一部自転車の無法な走行はこのようなルールからは相当に逸脱したものになっております(横暴な自転車乗りのために,歩行者として恐怖心から一時停止を余儀なくされたことが何度もあるでしょう)。自転車に乗りながら携帯電話をいじくっているバカもおります。
マナーや公共道徳面での日本人の劣化には著しいものがあります。物理的に歩道と自転車通行帯とを区別する設備がされつつありますが,それも勿論歓迎です。ただ,戦後数十年かけて徐々に劣化したマナーや公共道徳は,やはり今後数十年の長いスパンで家庭教育と躾け,学校教育の場面で個々に努力し,回復させていくしかないでしょう。かつて存在した「江戸しぐさ」の懐かしさよ。昭和生まれのお前が何で懐かしがるかって?そりゃ,昭和の時代にも「江戸しぐさ」の名残は十分にあったからですよ。
心に風を送られたような
ブータン国王と王妃は,ご成婚後,ハネムーンともいうべき旅行先にそのたっての願いとして日本を選んでくれました。その立ち居振る舞いの素晴らしさは,私達日本人の心を動かしたのではないでしょうか。宮中晩餐会での乾杯の際,王妃は自分の持つグラスが皇太子殿下のグラスの上にいかないように,腰を少しかがめておられましたし,金閣寺をご覧になった際には,国王は案内役の僧侶が雨に濡れないようにと傘を差し出しておられました。
それにあの感動的な国会での演説。その素晴らしい内容を振り返ってみますに,国王は,「日本人はその歴史と伝統,世界史上で果たした役割など,もっともっと自信をもって欲しい」と訴えかけられたのだと確信しております。そういう内容でしたし,とても社交辞令などとは思えない真心からのメッセージだと受け止めました。国王夫妻の立ち居振る舞いといい,国会演説といい,我々の心に風を送られたような気がいたします。
ブータンは,台湾,インドネシア,パラオ,タイ,トルコ,ポーランド,フィンランド,バルト3国などと並ぶ親日国の一つです。ブータンは,日本が国連安全保障理事会の常任理事国に加入する問題の場面では,いつも日本を強く支援してくれております。ブータンがこのように親日的な理由には様々あるでしょう。ともに仏教国であること,また先ほど述べたように,いわゆる自虐史観とは対極にある史観,つまり長いスパンで世界史を虚心坦懐に見たとき,日本がその世界史上で果たした役割(アジアの解放),戦後の日本のODA(円借款や技術供与等)などがあるでしょう。それとどうしても忘れてはならないのは,西岡京治という素晴らしい日本人のブータンでの活躍です。この西岡さんは,ブータンにおいて悪戦苦闘しながら農業振興に身を捧げ,同国の農業の発展に多大の貢献をした人です。この西岡さんがブータンの農業振興に果たした役割については,動画でもアップされておりますが,泣けてくるほどです。彼は1992年にブータンで急逝しましたが,西岡さんの葬儀はブータン国葬となったのです。
そのブータンは,中国という一党独裁の膨張国家により,その国土の約18パーセントの領土を奪われています。中国の人民解放軍は年数キロ単位で徐々にブータンとの国境(ブータンのガサ県の最北部)を超えて侵蝕し,勝手に掘っ立て小屋をたてたり,西部開発と称して勝手に道路を敷設したりし,2005年にはこれが発覚したのです。ブータン政府としては,中国に対し,1998年に締結した国境策定協定に違反しているとして抗議を行ったのですが,この無軌道な膨張国家に理は通じません。ブータンはその国土の約18パーセント(約8100平方キロメートル)を掠め取られてしまったのです。本当に,強い公憤を覚えます。
症状固定か
症状固定という概念は医学上の用語です。要するに,治療をこれ以上続けても大きな改善はもう望めず,長期的な時間の幅で見ると,回復・増悪がなくなった状態をいいます。そういう意味では私のゴルフも,もう症状固定かもしれません(笑)。
先週の土曜日(11月12日)には,気が置けない仲間の人たちと,絶好のコンディションの中でゴルフをしました。しかし,スコアは100台で,散々なゴルフでした。何が散々だったかというと,ドライバーのティーショットです。ドライバーが全然ダメで,ショートホールを除く14ホールは全部ドライバーでティーショットを打ったのですが,まともなものは1本だけであり,1勝13敗でした(笑)。これでは100を切ることはできません。100ヤードほど先に転がったボールを見て,同伴の仲間からは「ナイスチョット!」と声を掛けられる始末(笑)。
私だって,ほんの一瞬間だけでしたが,かつては80台で回ったことが一度だけありました。その頃は,気分転換も兼ねてよく練習場に足を運んだものです。そして熱心に練習したものです。ああ,こんな風にすれば良い球が打てるんだな,ああ,またやった,こんな風に打つからこんな球しかでないんだ,などと考えながら・・。先日の土曜日の散々なドライバーを見て,私も再びゴルフ練習場に足を運ぼうと決意しました。このままだと,本当に私のゴルフは症状固定になってしまいそうですから。それに,ゴルフでもう一花咲かせたいのです。
話は全く変わりますが,私は雀という小鳥が大好きです。前にもこのブログで書いたことがありますが,朝の徒歩通勤などの際に雀のかわいらしい姿を見ると,癒されます。私がこの世で悪業を積んでしまい,来世ではどうしても畜生の世界に生まれ変わらざるを得ないとするならば,できれば雀がいいです(笑)。
それにしても,ふと足を止めて雀の姿に見入っている自分。どういう精神状態なのでしょうか。意識するしないにかかわらず,自分の感じるストレスや不安などを背景に,癒しというものを求めようとしているのか,それとも,割と精神的にも安定していて,その余裕からその道行きの自然の事物に関心を持ったり季節の移り変わりを感じているのか。
ある日の我が家における一風景
娘のあかねちゃんの極端なクモ嫌いのことについては,以前にもこのブログで触れました。あかねちゃんは,クモのことを蛇蝎のように嫌っているのです(笑)。この子の部屋には,小学校高学年の時に購入したベッドがあるのですが,そのベッドの一隅には割と細く折りたたんだ産経新聞が置かれておりました。
いくらお父さんが産経新聞を好きだからって,政治のことに興味を持つには若干早いんではないかと思いましたが,私は即座にそこに置かれた新聞の意味を悟りました。・・・そうです,この新聞は,天敵のクモが部屋に出現する有事に備えて,いつでもクモを叩いて退治する「武器」だったのです。ゴキブリがよくそのようにされてしまうようですが,クモも可哀想ですし,産経新聞もいい迷惑です。
居間と台所を仕切るカウンターと戸棚の間にある7,8センチほどの隙間には,ずーっと長い間,司馬遼太郎の「坂の上の雲 第三巻」(文春文庫)が置かれたままになっております。これを置いたのはうちのカミさんです。しかし,その本の読みかけの場所を表す「しおり」の位置は遅々として進んでおりません。
カミさんとしては,「この本は面白い」と言いつつも(虚勢を張りつつも),やはり家事が忙しかったり,テレビドラマの方が好きだったり,疲れて眠くなったりで,この本がなかなか読めないでいるようです。読み始めた本を途中で放り出せば,また旦那から冷やかしを言われたりするのがいやなのでしょうか,「まだ途中放棄はしていない」,「まだ読みかけ中なんだけど」ということを示すために,あの場所に置いたままにしておくのでしょう(笑)。家事のほとんどを任せてしまっているので,私も言葉を慎まなければなりません。
私の部屋の書棚の一番上には,いつからだったか缶チューハイの空き缶3本が林立しております。もうかれこれ2か月ほどになるでしょう。うちで晩酌する時には,ビールでも缶チューハイでも2本までと決めてはおりますが,興が乗った時などは思わず3本目が欲しくなります。でも家族は私の3本目に対しては冷淡な視線を浴びせます。娘のあかねちゃんは,私が缶チューハイのふたを「プシュッ!」と開けると,すかさずお酌をしてくれます。本当に良い子に育ちました(笑)。ですが,そういうサービスも2本までです(苦笑)。
書棚の一番上に林立した3本の空き缶は,この2か月の間,夕食を終えて自室に入る際,今日は飲み足りないなと思ったような日に,私が冷蔵庫からこっそりと忍ばせて持ち運んだものです。比較的マメに掃除をするカミさんがこの3本の空き缶に手を付けないのは,何らかの抗議でしょうか。
本日は,大変失礼しました。ネタに事欠いて,どうでもいいようなことばかり書き連ねました。そんなヒマがあったら,仕事に精を出すべきでしょう(笑)。
リフレッシュ
ほんとうに清々しい季節になりました。運転マナーの悪い自転車乗りに対しては,「バカ者!」などと独り言を言いながら,徒歩で通勤するのが楽しい季節です。ただ今朝は少しばかり残念な事象が起こりました。端的に申しますと,小さな虫を鼻から吸い込んでしまい,その小さな虫はそのまま帰らぬ人になってしまったのです(笑)。
秋の朝の空気は清々しく,徒歩通勤の私も呼吸が少し大きくなっていたのでしょうか,左の鼻の穴から小さな虫が入り込んでしまいました。今となってはどんな風体の虫なのかは分かりません。最初は鼻から何とか吹き出そうとしたのですが,その虫は私の意に反して(虫にとってもその意に反していたでしょうが),次第に奥の方へ進入していったのです。困ったなと思いながらどうすることもできず,次第にその虫は鼻腔を経て,最終的には咽喉の方へ移動していったようです。何となくそんな感じがしたのです。「その虫の味がしたらどうしよう。」と不安に思いながら事務所に到着。結局は,その小さな虫は,コーヒーと共に私の胃に収まったのだと思います。咽喉部分に違和感を感じなくなりましたから。結果的に私に食べられることになるとは,つくづく可哀想な虫です。合掌。
仕事柄,肉体的にも精神的にも疲れます。どんな仕事でも同じでしょうね。でもそんな時は,マイブームになっている「タイ古式マッサージ」に行きます。以前にもこのブログで取り上げましたが,このマッサージは世界で一番気持ちのいいマッサージと言われているように,確かに肉体的にも,精神的もリフレッシュいたします。さらに良い仕事ができるような気がします。
この「タイ古式マッサージ」は二千数百年の歴史をもち,人体の生命エネルギー(プラーナ)の流れるラインである「SEN」と呼ばれる部分に刺激を与え,プラーナの流れを正常化していくそうです。確かに,その施術を受けてみると,通常のマッサージでは得られないような刺激があり,いかにも血流とリンパの流れが良くなるような気がします。気持ちが良いのです。また,ストレッチ的要素が強くもあります。
今,タイは洪水で大変ですが,このような素晴らしいマッサージ法を生み出し,維持・発展させてきたのですね。
秋の夜にふぐを食しながら
昨夜は,私にとっても,全ての参加者にとっても大恩ある方の三回忌の集まりがありました。10月23日がご命日です。秋の夜にふぐを食べながら,そのご遺徳を偲びました。
その方(以下「先生」と呼びます)は長年にわたって裁判官として誠実に執務されつつ,私のような司法試験受験生の指導もしていただきました。定年退官後の先生は,弁護士登録をされ,光栄にも同じ法律事務所で再びご指導いただき,プライベートでも大変お世話になりました。私にとって正に大恩ある方でした。
司法試験受験生時代に一緒に先生の指導を受けた人の中には,残念ながら合格に至らなかった人もおりますが,先生はその後も分け隔てなく皆に心配りをされました。3年前の6月初旬だったと思いますが,先生と私ともう一人の3人で先生お気に入りの料理屋で飲んだことを思い出します。先生は割と健啖家で,普段は出された料理は残さずにお召し上がりになるタイプでしたが,その日はあまり食が進まなかったようで,気がかりになった私がその理由を尋ねますと,「箸づかいがうまくいかなくてねぇ。」と仰ったことを覚えております。もうその頃には体調面もすぐれず,お手元も不自由を感じておられたのだと思います。それにもかかわらず,先生はかつて指導した門下生の一人が単身赴任先の富山から異動で名古屋に戻ってきたことから,お祝いと慰労の意味で一席を設けてくださったのです。本当にありがたいことです。先生との思い出は多く,また,娘のあかねちゃんを膝の上に乗せるなどしてとてもかわいがってくださいました。
人徳というものは,文字通りその人にそなわった徳なのですから,私のような者が先生の真似をしようとしてもそれは無理なことです。しかし,何かの局面に遭遇した時,私は「先生だったらどうなさるだろうか。」,「先生だったらどのような考えをお持ちになるだろうか。」と思うことが多く,先生の存在は私にとって一つの規範になっているのです。
隔世遺伝か
うちの娘のあかねちゃんは,クモが大嫌いです。これは昔からでして,特に家の中でクモが出現すると,途方もなく恐がり,嫌がります。あかねちゃんは,マンションのエレベーターに乗るときも,エレベーター周りやエレベーター室内を最初に見渡し,クモがいないことを確認します(笑)。このような緻密さで勉強してくれたらいいのに(笑)。18年ほどのこれまでの人生の中で,一体全体彼女をこのような極度のクモ嫌いにしたのは何者なんでしょうか。もちろん私はそんな教育や躾をした覚えはありません(笑)。でも考えてみれば,物や物事に対する好き嫌いは,理屈抜きですからね。理由や理屈などはいらないのでしょう。
朝のクモは良い客を連れてくるから縁起が良いとか,夜のクモは盗人を連れてくるから縁起が悪いとかいったような迷信があるようですし,一説によると,あの幕末の志士,薩長連合の立役者であった坂本龍馬もクモが大嫌いで,クモを見ると声を上げて逃げ出したという話もあります。
物に対する好き嫌いが遺伝するということはないと思いますが,私もカミさんもクモは別に平気です。私の両親もカミさんの両親も別にクモが嫌いということはありませんでした。昨日の夕食の際,私とカミさんとあかねちゃんとで世間話をしていて,クモの話になり,どうしてもあかねちゃんはクモが恐ろしく,嫌いで,これからもクモとは和解ができないようです(笑)。
お酒を飲んでいた私は,その時,ふっと過去の記憶がよみがえりました。私は,まだ小学校に上がる前の約二年間,熊本県の田舎で育ちました。その時の記憶がよみがえったのです。そう言えば,母方の私の祖父が大のクモ嫌いだったのです。このおじいさんは大変厳しい人ではありましたが,厳しい反面,孫の私をよくかわいがってくれました。このおじいさんは,冷や奴が大好物で,クモが大嫌いだったのです。思い出しました。
あかねちゃんの極度のクモ嫌いは,隔世遺伝でしょうか(笑)。
チビ太
チビ太って,かわいいですよね。チビ太を見ると,何が何だか分かりはしませんが,癒されます。ノスタルジックな昭和の面影もありますし。今の若い人は知らないかもしれませんが,チビ太というのは今は亡き赤塚不二夫先生のギャグ漫画「おそ松くん」の中で出てくるキャラクターです。私の名字が名字だけに,小学生のころは私は「おそ松くん」と呼ばれていました(笑)。
チビ太のおそ松くんでの役回りについては,もう今では記憶がありませんが,チビ太について悪い印象をもったことはありません。「おそ松くん」の中では準主役的な存在だったと思います。それにしても,チビ太は可愛いと思います。
でもチビ太は,私は「おそ松くん」をテレビで見ていた頃は全く気付かなかったのですが,親もなく住所不定で,空き地の土管の中で暮らしていたような不遇な,浮浪児だったのです。彼は不遇な中でも逆境に負けず,その日その日をたくましく生きていたのですね。励みになります。
昨日は,車を運転し,仕事で岐阜県の多治見市まで行ってきました。往復の所要時間に行き先での仕事時間を加えると,半日がかりになりますし,ちょっとした小旅行です。私は時間がなかったので,あるコンビニでサンドイッチとヨーグルトを買い,そのコンビニの駐車場内の車の中での慌ただしい昼食でした。その時にふっと目に入ったのが,トレードマークといってもよい,おでんを持ったチビ太の絵が目に入ったのです。旗というかのぼりに描かれていたチビ太の姿は,秋風に静かにはためいておりました。チビ太の大好物であり,至高のおやつは「おでん」なのです。昭和の時代を思い出します。くどいようですが,チビ太は可愛い(笑)。
それにしても,名古屋グランパスの先日の対清水エスパルス戦はいただけない。このチームの問題点が如実に出ております。相手チームのシュート数が23本なのに,グランパスのシュート数は僅か4本です。闘莉王やダニルソンが欠場していたからとしても,あの試合内容は誠に無残なものでした。むしろ闘莉王やダニルソンが欠場しても従前と変わりない水準を維持しているようなチームでなければなりません。さきほど,このチームの問題点と言いましたが,Jリーグ屈指のタレントの存在にあぐらをかいて,完全に個人技頼みとなっております。ですから,個々のタレントの欠場や個人のその日の出来不出来に左右されてしまい過ぎる結果となるのです。やはりチーム戦術と共通理解(約束事)の徹底,それほど個に左右されない組織的なチームを形成できていないということです。あまり言いたくはありませんが,ストイコビッチ監督は選手としては世界的なプレーヤーでしたが,監督としての能力は・・・といったところです。ただ,本日はチビ太が主人公でした(笑)。
脱亜論
私はサッカー観戦が大好きで,Jリーグの中では名古屋グランパスを応援しています。現在はリーグ戦で2位につけており,昨年の優勝に引き続き,年間王者の連覇を狙っております。頑張って欲しいです。さてみなさん,ACL(アジア・チャンピオンズリーグ)というのをご存知でしょうか。前年度のアジア各国のリーグ戦覇者やそれに準ずる成績を収めたクラブチーム同士でアジアの頂点を目指して戦うリーグです。
Jリーグ昨年度覇者の名古屋グランパスも出場していたのですが,グランパスはこのACLで戦っていた春から初夏にかけての頃は,国内のJリーグの成績がパッとしませんでした。それもそのはず,JリーグとACLとの両方を戦うと,日程がハード過ぎて選手が疲弊してしまうのです。それに,中国や韓国で戦うと,汚いラフプレーが多く(中国のサッカーはカンフーサッカーといわれています。),選手がケガをさせられないかとヒヤヒヤします。ACLで頂点に立ったとしてもさほど名誉欲はくすぐられません。ACLに関しては,日本のFIFA世界ランキングが多少落ちたとしても,私はかねてから脱亜論を唱えております(笑)。
先日,ACLで唯一日本のチームとして勝ち残っていたセレッソ大阪が韓国でアウェーの試合をしました。その際,韓国のサポーターの一部が「日本の大地震をお祝い(し)ます」という誠に心ない横断幕を示しておりました。韓国人はことあるごとに日の丸を燃やし,引きちぎり,土足で踏みにじるなどのことを平気で行うメンタリティーを有しています。ですから,韓国人がこのような横断幕が掲げたからといってそれほどは驚きませんが,日本人と韓国人とのメンタリティーの違いは次元の違いさえ感じます。仮に韓国が未曾有の災害を被ったとして,日本国内のサッカー競技場で日本人サポーターがこのような横断幕を掲げるでしょうか。
韓国の伝統的な踊りに「病身舞」というものがありますが,動画で見たのですが極めて差別的で反吐が出そうです。弱い者には徹底的に強く出て,強い者には迎合する事大主義です。それにいわゆる「韓国起源説」というやつ。他国の伝統や文化に対する羨望からか,根拠も合理性も全くないのに,自国が起源だと闇雲に主張するやつです。ウィキペディアで「韓国起源説」というのを調べてみてごらんなさい。世界で通用し,評価されている日本の伝統や文化の多くについて,それらはいずれも韓国が起源だと主張しているのです。寿司も柔道も剣道も桜も・・・・,挙げ句に「武士道」もです(爆笑)。
新渡戸稲造先生は,その名著「武士道」において,内陸部で塩の調達に困っていた甲斐の武田信玄に対し,越後の上杉謙信が塩を送った史実に触れておられます。さきほど述べましたような横断幕を掲げる行為は,いかに武士道とは対極にある卑劣な行為であることか。韓国人はこの武士道も自国起源だというのでしょうか。少なくともそのメンタリティーは武士道とはほど遠いのではないでしょうか。こんな卑劣なことをすれば,日本では「士道不覚悟」,「士道に悖る」と言われて,切腹ものです。
共犯づくり
居間にはうちのカミさん以外には誰もいないはずなのに,居間から大きな笑い声が聞こえることがあります。誰かお客さんが来ているのであろうか,それとも娘のあかねちゃんが早く帰って来たんだろうか・・・,と私が自分の部屋から出て確認してみると,やはり居間にはカミさん以外にはいません。そうです,さきほどの大きな笑い声の主はカミさんでした。テレビの面白いシーンを見て,一人で笑っていたのでした(笑)。こういうことはよくあります。明るい,屈託のない方です(笑)。
カミさんの,そういった一人笑いに対しては,娘のあかねちゃんも少しばかり苦笑気味です。「原始、女性は実に太陽であった。」と平塚らいてう先生が表現されたように,そういった屈託のない大きな一人笑いのできるカミさんは,確かに我が家では太陽のような存在です。毎日,朝は午前6時より前にはちゃんと起床して,我が家の伝統的な和の朝食を作ってくれますし,マメに家事もこなしてくれます。休日などに私がぐうたら過ごしている部屋だって,私がちょっと外出している間に,すかさず掃除機をかけてくれたりしています。ありがたいことです。マメなのは彼女がねずみ年の生まれだからでしょうか。
ただ,最近うちのカミさんの行動で気になっていることがあります。おやつ時の際にはもちろん,そうでない時にも,やたらとお菓子を勧めてくれるのです。私の意思を確認するまでもなく,当然のようにコーヒーとともにお菓子を持ってきたり。「今川焼買ってきたけど,食べる?」,「豆大福だけど食べるよね?」,「・・・最中買ってきたけど・・・」などなど,そんな感じです。確かにありがたいとは思います。・・・でも,最近になってようやく私は悟りました。私がそれとなく覗いたり,調査してみると,そんな時は決まって彼女も同時に,静かに,静かに今川焼や豆大福や最中を食べているのです(笑)。しかも安心し切った表情で・・・(笑)。
要するに,共犯づくりなのです。甘い物を食べているのは自分だけではない,仮に見つかったとしても誰からも嫌みを言われずに安心してお菓子が食べられる,てなもんです。内輪の話で誠に相済みませんでした。
笑止なこと
いきなりですよね,この涼しさは。あれほど暑かった夏なのに・・・。でも,私は毎年,急で,いきなり涼しくなるこの感じがたまらなく好きなのです。これからは一年で最も好きな季節になります。
産経新聞の記事によると,何かしらまた中国の団体が笑止なことを考えているようです。そう,昨年も失笑を買った「孔子平和賞」というものの授与を考えており,この「第2回孔子平和賞」の受賞候補者にロシアのプーチン首相ら8人の名が挙がっているとのことです。国内の民主活動家の存在が憎くて仕方のない中国は,昨年の劉暁波氏のノーベル平和賞に対抗,批判する形で,突如として唐突にこの賞を設定しました(笑)。この賞の実行委員会は中国文化省の外郭団体で,中国当局が裏で深く関与しているといわれております。
昨年は台湾の連戦元副総裁がこの賞の受賞者に選ばれましたが,戸惑った連戦氏は受賞を拒絶し,当然授賞式に現れもせず,同氏とは全く何の関係もない女児が受賞トロフィーを受け取り,大いに失笑を買いました(爆笑)。ロシアのプーチン首相は今年の受賞候補者の1人として名前が挙がっているようですが,一体全体この人物が平和というものに対してどんな貢献をしたというのでしょうか(笑)。さっきから笑いっぱなしです(笑)。さらには,当のプーチン首相の報道官は,「どんな賞なのかよく分からないので,時間をかけて調べたいと思う」とコメントしております(爆笑)。
それにしてもこの賞の名には,「孔子」という冠が付けられております。でもこの中国という国は,文化大革命中の1973年から1976年までの間,「批林批孔運動」なるものを強烈に展開し,そもそも孔子は極悪非道の人間とされ,その教えは封建的であり,林彪はこれを復活させようとしたとして徹底的に批判したんじゃありませんこと?(笑)。それがなぜ今頃になって孔子様,孔子様なのでしょう。中国共産党が孔子の説く「仁」に基づいた善政を施していると心から思っている人は世界中にたった一人でもいるでしょうか。また,国内の人々にしても,孔子の説く儒教思想,規範を生活に取り入れて実践している人は一体どれほどいるのでしょうか。とても民度が高いとは思えません。
さて,この「第2回孔子平和賞」・・・,これは私の予想ですが,候補者として名前の挙がっている人の中で,少なくともドイツのメルケル首相と,マイクロソフト創業者のビル・ゲイツさんだけは,仮にこの賞を授与すると言われても必ず辞退されると思っております(笑)。
失望と期待と
ホントにもう,今年ほどファンの期待を裏切り続ける読売巨人軍は知りません。ここ10年間で最低ではないでしょうか。この期に及んで最下位の横浜ベイスターズに3連戦負け越しですか(笑)。そして2番手争いをしている中日ドラゴンズにも負け越しですか・・・。打てないし,守れないし。
やはりプロの世界ですから,非情かもしれませんが来期の戦力構想は大なたを振るう必要があるでしょう。経験がものをいう側面はありますが,年齢からくる体力の低下も否めません。今まで主力だった選手も安閑とはしていられないでしょう。栄光の巨人軍は強くなければならないのです!そして私が不安に思っているのは,ジャイアンツのスカウトの眼です。一体全体,彼らはスカウトとして確かな眼を備えているのでしょうか。ライアル,フィールズ,ロメロ,トーレス,アルバラデホなどなど・・・,彼らの打率は1割台だし,防御率もすごいことになっております。はるばる海外から選手を連れてくるのなら,即戦力を連れてこなくっちゃだめでしょ(爆笑)。来期は選手の入れ替えだけでなく,スカウトの入れ替えもしなければならないでしょうね。スカウトといえどもプロなのですから,責任が伴うはずです。
わが栄光の読売巨人軍とはいえ,さすがに,さすがに今期は諦めました。くどいようですが,今期は失望の連続でした。
話は変わりますが,その一方で,産経新聞の「談話室 10代の声」の欄に投書してくれている若人達は何と素晴らしいのでしょう。大いに将来に期待がもてます。19日(祝)の朝刊のその欄には,京都市に住む16歳の男子高校生からの投書がありました。これが何とも素晴らしい。その一部を引用しますと・・・
「菅直人氏から野田佳彦氏に首相が交代しても、顔が変わっただけで政権の本質は同じなのに、内閣支持率は上がっているという。そんな国民の見識のなさが情けなく、腹立たしい。政治が悪いのは無関心な大人たちの責任だと、選挙権のない僕は訴え続けたい。」
この高校生は,見事に民主党という唾棄すべき政党の本質を見抜いておりますし,現在の政治の体たらくは究極的には有権者の責任であると達観しております。素晴らしい。敢えてこの論に付け加えるとしたら,有権者も政治家(屋)も戦後教育のなれの果てであるということです。逆に言えば,人格形成の基盤となる家庭のあり方と教育の立て直しこそ,国家百年の大計であり,これが日本の生きる道です。それにしても,国を憂えてこういう投書をする若人がいることを思うと,大いに期待がもてます。
父と娘の間に横たわる,越えられない深い溝
娘のあかねちゃんは,父親である私のことをどのように思っているのかは知りませんが,まあまあ仲の良い方だと思います。食べ物の好みも人物評価も似ていますし,世間的に見れば右翼と思われそうな私の歴史認識,国家観,それに民主党政権に対する悪評価など,娘のあかねちゃんは私に賛意を表してくれています(笑)。相づちを打ってくれますし,時には「そうだ!」と合いの手まで入れてくれます。本当に大変よい子に育ってくれました(爆笑)。
でも,AKB48の評価をめぐっては,正反対の評価であり,父と娘の間で緊張が走ることが少なからずあります。私自身は,AKB48などの存在に良い印象は持っておりませんし,全く興味がありません。もっとも,この年齢で興味があったりすればキモイですよね(笑)。それにしても,「総選挙」というやつも,結局はCDなどの販売促進活動でしょうね。総合プロデューサーの秋元康という人などは笑いが止まらないでしょう。それに「握手会」ですか・・・。この愛すべき日本の歴史と伝統を守り,次代をになうべき若い世代が,CD等を購入することによって投票権獲得に血道を上げたり,刹那的に握手を求めたり,殺到して写メールをとったりしている図を見ると,初老のおじさんとしては不安だし,不快なのです。
でも,娘のあかねちゃんはAKB48のことが大変好きなようです。この点では,父親と気まずい雰囲気になったとしてもAKB48を擁護します。先日なんか,あるラジオ番組でナインティナインの岡村さんが,AKB48の「総選挙」のことなどを批判するコメントをしたことが話題になり,それまであかねちゃんは岡村さんを評価していたのに,その一件で途端に彼を嫌いになってしまったようです(笑)。その場で私が感じ取ったのは,娘のあかねちゃんは,岡村さんを強く批判することによって,父親である私を批判しているのだと・・・(笑)。指桑罵槐(桑を指して槐【エンジュ】を罵る)というやつなのです(爆笑)。
このように,ことAKB48をめぐっては,父と娘との間には,越えられない深い溝があるのです(笑)。それにしても,「総選挙」といえば,あんな反日左翼の民主党を一日も早く下野させるために,本当の総選挙を実施してもらいたいものです。
日本人とは何か
少し長くかかりましたが,ようやく「日本霊異記」を完読しました。日本の古典文学に接するには,私自身は小学館から出ている日本古典文学全集のシリーズがお気に入りです。まず真ん中にある原文を読み,個々の言葉の意味については上欄の注を読み,最後に下欄の現代語訳を読むという順序です。このシリーズは割と読みやすいと思います。
前にもこのブログでお話ししましたが,最近は特に年齢のせいなのか,日本の古典文学に対する興味が強くなってきました。古代や平安時代,鎌倉時代,近世の日本人の精神的営為,思想や風俗に思いをはせる訳です。結局それは日本人とは何かということについての興味でしょう。それに柳田國男の民俗学や,博覧強記でならした南方熊楠の世界にも興味があります。このたびの東日本大震災に対する被災者やその他の人々の冷静で,受容的で,力強い対応を見ていても,日本人とは何かということに思いを致すのです。
さて,昨夜はナゴヤドームで我が栄光の読売巨人軍のゲームを観てきました。非常に残念ながら2-3の敗戦でした。前日のゲームでは勝利しておりましたので,気分的には楽でしたが,負けは悔しいものです。どうも背番号6の坂本という選手は,ムラがあってだめですね(笑)。そしてやはり,ゲーム観戦後の打ち上げでは,罰ゲームのルールに従い,中日ファンの同業者の方々からプレゼントされた訳の分からない青色の帽子(正面に白地で中日ドラゴンズのマークの入ったカウボーイハットのようなもの)をかぶりながら,いつもの台湾ラーメンを食べる羽目になりました。他の客からは奇異な目で見られ,それなりに屈辱的です(笑)。
スポーツついでに言いますと,いま,中国の済南という所では女子サッカーのロンドンオリンピック最終予選が行われておりますが,中国という国は相変わらずアンフェアです。今回は日本,タイ,オーストラリア,韓国,北朝鮮,中国の6か国が出場し,各国とも5試合を消化するのですが,中国以外の国は,少なくとも3試合はまだ太陽の沈んでいない高気温で暑い時間帯での試合日程を組まれておりますが,中国だけは全てナイトゲームです(笑)。この事実は産経新聞があばいておりました(笑)。こういったゲーム時間帯の差は,選手の体力の消耗度,疲労度からすれば歴然としているでしょう。仮に日本が開催地であったとして,日本人のメンタリティーからすれば,決してそんなアンフェアなことはしないでしょう。そういうことは恥ずかしいことだと思うからです。
最後は,また日本人論に戻ってしまいました。でも今日も,割と短い文章におさめました(笑)。
またまた雑感
サッカー男子日本代表の対ウズベキスタン戦は1-1の引き分けでしたが,アウェーでもあり,また確かにウズベキスタンの戦い方には瞠目すべき面もありましたから,これはこれで貴重な勝ち点1になるのではないでしょうか。
一昨日は大阪に出張に行ってまいりました。仕事を終えた後はあまり長居はせずに,冷凍のたこ焼きと冷凍の神戸牛の肉まん(牛ですから豚まんではありません)を買ってからすぐに名古屋に帰ってきました。サッカー日本女子代表の対オーストラリア戦も気になったからです。1-0のスコアでしたが,世界ランク9位の強豪に勝って何よりでした。大変良くできました。前半はFWの永里選手だけで決定機が2度ほどあったのですが決められなかったのは残念。決定力がより高まれば,このなでしこジャパンはもっとすごいことになるでしょうね。
それにしても,MFの宮間あやという選手は素晴らしいですね。冷静だし,プレッシャーに負けない不動の心がありそうだし,何よりキックが正確です。宮間選手がお父さんだったらいいだろうなぁ,と思います(笑)。多少ふてぶてしげな表情で,「いろいろあるだろうけど,まあ,しっかりやれな。」と励ましてくれそうで・・・。
またまたそれにしても,あの中国の済南のサッカー場の芝は長すぎないか?日本女子は先のW杯では「まるでバルセロナのようだ。」と地元紙に絶賛されていたように,ワンタッチ,ツータッチで細かくパスをつなぐサッカーですが,あんなに芝が伸びていたらボールがあまり転がらず,そのパスサッカーの良さが減殺されてしまいます。何かしらイヤな気がします。でもまあ,次の対北朝鮮戦でも勝利して,ロンドンオリンピック出場を圧倒的な勝ち点で確定して欲しいです。
・・・そうそう,北朝鮮で思い出しましたが,あの菅直人という人間は,退任直前にコソコソと朝鮮学校授業料無償化の審査手続を再開するように文科省に指示したようですね。本当に姑息で卑怯な人間です。菅という人間の資金管理団体(草思会)が2007年から2009年にかけて,北朝鮮による拉致実行犯の息子が所属する団体と深い関連のある団体(政権交代をめざす市民の会)に6250万円もの多額の献金をしていたことが新聞報道されております。この菅という人間はどこまでもいかがわしいし,何よりも卑怯で姑息です。えっ?もう一度言ってみろって?何度でも言ってやります。卑怯で姑息です。というのも,退任直前に陰でコソコソとこのような指示をし,仮に無償化が決定されてもそれは新内閣が批判を浴びるだけだという算段です。どうしようもありません。
今日は,何とか文章が短くなりました(笑)。
雑感
今朝,通勤途上で,木にとまって鳴きもせずにじっとしている蝉を2匹見ました。別々の木に1匹ずつです。私が近づいても微動だにしません。音も全くしません。おそらくいまわの時を迎えているのでしょう。何か胸に迫って来るものがありました。
昨日もこのブログに書いたのですが,日本霊異記を読み進めているところです。大変興味深く,面白いのです。ただ,昨夜読んだ中巻のある話では,万(よろず)の子という名の美女が,ある夜に鬼に食べられてしまい,その場にはその美女の頭と指1本が残されていたという恐い話でありました。この仏教説話集は因果の決まりを説いており,この日本霊異記の他の話では大体は因となる行いが予め明らかにされ,その因の結果として悪報に遭遇するということになっているのですが,この美女が鬼に食べられた話は,その美女が前世あるいは現世でどんな悪いことをしたのか全く触れられておりません。いきなり食べられてしまうのです。・・・少し恐いです(笑)。
わが読売巨人軍はいよいよ貯金2となり,首位のスワローズに3・5ゲーム差まで迫って来ました。期待が持てます。私は,ジャイアンツの中で長野選手には割と好感を持っております。現在,セ・リーグでは数少ない3割打者で実績も残しておりますし,さわやかな感じがします。先日は相手チーム投手の危険球で左ほお骨にヒビが入るケガを負いながら,後日謝罪したその投手に対しては逆に励ますような言葉を送っておりますし,また長野選手は2塁打を打った時に,肘当てなどの用具を預かりに来るグランドボーイ(少年)に対し,丁寧に言葉をかけます。「頼むね」,「ありがとう」などと言っているのでしょうか。ひょっとしたら武士道精神があるのかもしれません。これからますますブレイクして欲しい選手です。
さて,民主党政権はこれから新体制になるようですが,民主党である限りはダメだと断言できます。取り敢えずは輿石東という人が要職である幹事長に決まったようですが,あの反日左翼の日教組のドンであり,しかも「党内融和に全力をあげる」と言っているようですが,幹事長が党内融和そのものに全力を挙げなければならない分裂的な政党って・・・。それに,これは言ってはいけないことなのかもしれませんが,輿石東という人の顔は,電波に乗ってはいけないそれです。あの顔を見て,皆さん元気になれますか?(爆笑)
昔から日本人は優しい民族だったのです
先日の産経新聞の記事に,大正9年に日本がシベリアのポーランド孤児765名を救出し,手厚く看護,もてなしをして無事にポーランド本国に送り返してあげた実話が載っておりました。実はこの話は,私自身も以前から知ってはおりましたが,この記事を読んで改めて感動しました。
ポーランドという国は私が好きなショパンを生んだ国ですが,列強によるポーランド分割により,第一次世界大戦の当時も国を失っておりました。ポーランドの若者は国を取り戻そうと独立運動を進めます。当然のことです。しかし,彼らの多くは極寒の地,シベリアに流刑されてきました。第一次世界大戦終結後は,ドイツは敗れ,オーストリアの国力は衰退し,ロシアも革命が起こって状況が一変したため,シベリアに流刑のポーランド人は歓喜に湧きましたが,新しく出現したソ連から弾圧を受け,ポーランド人は凍てつく原野で難民と化し,多くの孤児が出ました。
この時,ポーランド人有志は必死で諸外国に救出活動の助けを求めましたが,日本はすぐに救出を決断し,日本赤十字社,シベリア出兵中の帝国陸軍が一生懸命,ポーランド孤児を救出しました。その数は765名です。日本は,東京と大阪の2か所で平均年齢5歳のポーランドの孤児を受け入れます。飢餓や凍傷で満身創痍の孤児達を必死で看護し,もてなしました。その結果,当時の日本人はこのいたいけなポーランド人孤児の一人も死なせることなく,故国に送ってあげたのです。
この時,多くの日本人の児童は,自分がもっていた人形やおもちゃ,お菓子などを避難所に届けたそうです。本当に優しい子たちです。彼らだって当時,それほど裕福ではなかったはずです。共感力が強かったのでしょう。そして,このポーランドの子たちは,元気になっていよいよポーランドに出発する段になって,日本人看護婦さんの胸にしがみつき,日本人たちとの別れを必死に泣いて嫌がったそうです。
また,これはその日の産経新聞の記事で初めて知ったことですが,当時21歳の看護婦であった松沢フミが担当したポーランドの幼女は凍傷の上に腸チフスを発症していて,もはや手遅れだと思われていました。松沢看護婦はその子が不憫でたまらず,毎晩その幼女のベッドで添い寝してあげました。彼女としては,その幼女が死を待つしかないのであれば,せめて自分の胸で死なせてやりたいと思ったからです。ところが幸いにして,その幼女は奇跡的に一命をとりとめ,それを見届けた松沢看護婦が倒れ,亡くなってしまいました。松沢看護婦自身が腸チフスに感染していたのです。結局,日本はこの765名のポーランド孤児を一人も死なせることなく本国に送ってあげ,亡くなったのは松沢看護婦一人だけでした。
平成21年の秋に,私は家族とともに皇居前広場に行き,今上天皇即位20周年記念の式典などを拝見しました。その時,外国の来賓のスピーチとしてすごく早い段階で登場されたのが(一番最初だったかもしれません),ポーランドからの来賓の方(女性)だったのです。ポーランドは,台湾やトルコ,バルト三国,フィンランドなどと共に特に親日的な国ですが,ポーランドと日本の結びつきの強さは,この大正期の孤児救出も重要なきっかけとなっているのでしょう。阪神淡路大震災の時も,そしてこのたびの東日本大震災の時も,ポーランドから惜しみない援助が送られたのも,こういうことからでしょう。トルコとの絆で言えば,やはりエルトゥールル号事件は大きかったと思います。
いずれにしても,昔の日本人は本当に優しかったのであります。そのメンタリティーは,基本的には今も受け継がれていると思いますがね。
中日ドラゴンズのヘルメットをかぶって食事をする羽目になった件
さる8月17日(水)は,ナゴヤドームに行き,巨人対中日戦を観てきました。これは,弁護士仲間10名(巨人ファン5名,中日ファン5名)が観戦し,①負けたチームの方が試合後に食事をごちそうする,②勝ったチームの方が勝ったチームのグッズを相手方各人にプレゼントする,③プレゼントを受けた方(要するに負けたチームの5名)は,そのグッズを身につけて食事等をしなけばならない,というルールです。もうこの集まりはかなりの期間続いております。
その日の試合は0-1でわが巨人が敗れました。あわや完全試合かとビクビクしなければならないほどの貧打ぶりで(僅か2安打),これじゃあ勝てるわけがありません。試合中の論戦も熱くなりましたが,結局,負けは負け。潔く私たちは,行きつけの台湾料理店に直行し,食事をしたのです。敗れたわが巨人ファンの面々がプレゼントを受けたのは,あろうことか中日ドラゴンズの青いヘルメットなどです。私たちは,そのヘルメットなどをかぶったまま,台湾ラーメンを食べました。もちろんビールもいただきましたが。美味しかったけど,相当に屈辱的でした(笑)。このペナルティー(制裁)は店を出るまでというルールですから,店を出る際には他のお客さんにジロジロ見られ,大変に恥ずかしい思いをしました。
それにしても,今年の巨人はやはり弱い。昨日も1-2で逆転負けです(この試合も僅か4安打)。とにかく打てません。これではいくら投手が良いピッチングをしてもダメです。今年の弱さは格別です。覇気というものが感じられないのです。栄光の巨人軍ならば,もうそろそろ来年の戦力構想を練らなくてはなりません。昨日もテレビで巨人戦を観ていたのですが,逆転された時点でテレビのスイッチを消しました。今の巨人には再逆転する力が感じられなかったからです。そして傷心の私は,癒しを求めてバッハの世界(深い森)へと足を踏み入れたのです。昨夜は,ブランデンブルク協奏曲全6曲を,カール・リヒター指揮,ミュンヘンバッハ管弦楽団でその映像と共に楽しみました(DVD)。バッハのケーテン時代の器楽曲の充実ぶりも半端なものではありません。巨人には失望させられながらも,バッハの音楽で安らかな眠りにおちたのです(笑)。
不自然な感を払拭できない件
まぁ,昨日は久しぶりに負けましたけど,わが読売ジャイアンツは借金をほぼ完済し,あとは上昇していく感じが出てきましたし,わが名古屋グランパスは18チーム中第3位の好位置につけ,しかも首位との勝ち点差は僅かに2です。両方とも期待が持てます。
しかし,しかしですよ。最近のテレビ番組は,ごく一部を除いては全く見る価値もありません。芸能人の内輪話の域を出ないもの,決して笑えないいじめのような内容のもの,などなど。また,私は詳しくは知りませんが,韓流ドラマやK-POPというのは,日本のテレビ番組をこれほどまでに占有するほど本当に人気が高いのでしょうか。とてもそうは思えません。昼間っから韓流ドラマを3時間も4時間も,しかもハシゴしながら見ている人がいるんでしょうか。夜間だって,どこかの局では韓流ドラマが放送されているような状況です。
また,マスコミの韓国,中国に対する迎合的な傾向は今更言うまでもありませんが,特に最近ひどいなと思うのはフジテレビですね。フジテレビの番組では,他の局と比較してみても突出して韓国のタレントや芸能人がしょっちゅう出演しており,ハングル文字が踊っております。どこの国の放送局かと思うほどです。スタジオのセットも大韓民国の旗をデザインしたようなものがよく現れます。サッカーの日本代表対韓国代表の試合を「韓日戦」と表示したこともありました。なでしこジャパンがW杯で優勝した時,この局(フジテレビ)は,表彰式を放映しませんでした。わざととしか言いようがありません。フィギュアスケートの大会中継でも,浅田真央選手を貶め,キム・ヨナ選手をことさら賞揚しております。君が代や日の丸を放映することに消極です。もっとも好きな鍋に関するアンケートで,20歳代から60歳代まですべてキムチ鍋が第1位というのは信じられません・・・,などなど。
何も私は,韓流ドラマやK-POPなどがそれ自体悪いと言っているのではありません。日本にもファンがいるのでしょう。でもね,今のようなマスコミの現状(特にフジテレビ)のように,本当にそれほどまでの愛好者が存在しているのでしょうか。今のようなマスコミの現状(特にフジテレビ)の裏には,何か私達の目には見えない,知られざる勢力,思惑が隠れているとしか思えず,不自然で歪められている感を払拭できないというのが,自分にとって問題なのです。
韓国政府は,大韓民国国家ブランド委員会や韓国コンテンツ振興院(KOCCA)の設立等を通して,対外世論工作活動の尖兵としてK-POPを強力に後援しており,スターを育成するために4年間で1兆ウォンの税金を投資しておりますし,2008年度でいうと,韓国の文化振興予算は1169億円(国家予算比では日本の7倍)で,国家的な規模で韓流ドラマ,K-POPなどの大衆文化の海外への宣伝と輸出を積極的に推し進めているのです。私としては,今のマスコミがその政策に乗せられている,そして個人としては不自然で歪められた番組ないし番組表に直面させられているという感を否めないのです。また,フジテレビの日枝久会長は,日韓間の文化コンテンツ産業発展に寄与したとして韓国の高麗大学から名誉博士号を受けるなどしてご満悦ですし,広告代理店最大手の電通の成田豊名誉相談役と韓国との関係は極めて密接のようですし,スポンサーの広告料に依存しているマスコミは電通の機嫌を損ねてはならないのでしょう。
そのうちなんとかなるだろう
あー,暑い,暑い・・・。どうしてこんな暑いんだろう。こう暑くっちゃあ,ただでさえ思考能力がないことに加えて,ますます思考停止になってしまいます。最近,このブログの更新頻度がさえないのも,暑さのせいです(笑)。
今朝の読売新聞朝刊の「編集手帳」には良い話が載っておりました。先日,放送作家の前田武彦さんが亡くなりましたが,彼は結婚して間もないころはお金に大変苦労しており,貯金箱に5円玉を6個見つけて,その30円という有り金の全てで,あんパン1個と20個入りのキャラメル1箱を買い,それぞれ半分ずつ分け合ってご婦人と食べたそうです。つましい生活です。将来が不安だったでしょう。その際,前田さんがキャラメルを噛んでいたら奥歯の金冠が取れたので,これを質屋に入れたら思いの外高く買い取ってくれ,650円になったそうです。その日のご夫人がつけた家計簿には「収入=650円,(内訳)主人、歯」と記載されていたそうです(笑)。
最近では法曹人口が無軌道に増やされ,弁護士が激増し,弁護士志望の司法修習生の就職難がのっぴきならないところまで来ておりますし,既存の弁護士,私なんかはキャリアからしてもう中堅になるのでしょうが,中堅どころの弁護士事務所ですらその経営難が問題となり,大手渉外事務所でもどんどん人員が整理されている状況のようです。つまり,弁護士は大変な時代を迎えているのです。
私が小学生のころに耳にした曲で,今もどういう訳か頭の中に残っている歌があります。1964年のリリースですから,東京オリンピックが開催され,東海道新幹線が開通した年です。その歌は「だまって俺についてこい」というタイトルで,植木等さんが歌っておりました。その歌詞はというと・・・
「ぜにのないやつぁ 俺んとこへこい 俺もないけど 心配すんな みろよ 青い空 白い雲 そのうちなんとかなるだろう」
素晴らしい歌詞です(青島幸男作詞)。お金のない奴は俺んとこへ来いと誘っておきながら,俺もないけど心配するな,だと・・。しかもそのうちなんとかなると断言しておきながら,その根拠が全く示されておりません(笑)。しかしねぇ,この底抜けの楽天主義がいいのですね。自分にはない気質だから,私もこの曲,歌詞に憧れてしまうのでしょう。この歌が流行った時代は,「青い空 白い雲」という歌詞が示すように,国民は貧しいけれど何となく明るい将来を信じ,希望がもてたのでしょうね。
私は,朝の通勤はやはり歩いており,いろんな経路を試しておりますが,今の季節はわざとセミがやかましいほどに泣いている木々の脇を選んでおります。勇気のシャワーを浴びたいからでしょうか。それらのセミはあと数日で死ぬのでしょうが,その一生懸命な鳴き声は私に対して,「お前もいろいろあるんだろうが,余り頑張りすぎないようにして,人生を全うしろよ!」と励ましてくれているような感じがするからです。
うなぎのこと
ああ,日本人に生まれて良かったなと思いながらいただく食べ物に,うなぎがあります。かば焼きというのでしょうか,各店で昔から注ぎ足されてきた秘伝の甘辛いタレをつけてこんがりと焼き,それを白いご飯の上にのせていただくのです。たまらなく美味しいと思います。
先日,うちのカミさんと一緒にうなぎを食べに行きました。うちのカミさんは,うなぎが好きで好きで仕方ないようです。うなぎに対する思い入れの強さは,どうやら私や娘のあかねちゃんの比ではないようです。実は,その数日前にうちのカミさんと一緒に,そのうなぎ屋さんを訪れた際,のれんが外に出ておらず,あいにく臨時休業中だったのです。その時のカミさんの落胆ぶりといったら尋常ではなく,悔しさと人生の不条理に対する苦渋とが表情ににじみ出ており,気の毒で正視に耐えないほどでした。・・・そ,そんなにうなぎが食べたかったのか・・・。結局,その日は「臥薪嘗胆」の気持ちでお互いにラーメンをすすったのであります。
さて,先日,再度カミさんと一緒にそのうなぎ屋さんを訪れたのです。再び不幸に直面したらどうしようかと思いながら共に歩き,通りの角を曲がってしばらくしたら,かば焼きの良い匂いが風に乗って私達の鼻腔をくすぐったのです。のれんもちゃんと出ておりました。その時のカミさんの安堵と嬉しそうな表情・・・。さて,店内に入りますと,残念ながら長い行列ができていました。その行列を目の当たりにしたカミさんの表情はとたんに曇ってしまいました。露骨でした。その心の中を読むのにこれほど容易な人もいません(笑)。
その行列の中の自分たちの位置が徐々に先頭に近づくにつれ,何かしらカミさんの胸の高鳴り,鼓動が空気を隔ててこちらまで伝わるようでした。いよいよ席に案内され,注文し,あとはうなぎの登場を待つだけです。期待に胸を躍らせるカミさんは,あたかもコンサート会場で好きなアーティストのステージへの登場を待つ瞬間のような表情をしておりました。いよいよ彼女が注文した「ひつまぶし」と私が注文した「うなぎ丼」が無事に運ばれてきました。その際のカミさんの表情は,内心の嬉しさを他者に悟られまいと必死にその嬉しさを押し殺したような表情でした(笑)。そして愉悦の表情でいただいたのです。
それにしても,うなぎ屋さんで食べているお客さんはどの人も美味しそうに食べております。日本人は本当にうなぎが好きなんですね。まあ,うなぎにもいろいろなメニューがありますが,私は最近では「ひつまぶし」でもなく,「うな重」でもなく,食べやすくシンプルな「うなぎ丼」が好きです。
バッハの教会カンタータが素晴らしいのは言うまでもありませんが,数は少なくても世俗カンタータもいいなと思います。特に「コーヒーカンタータ(おしゃべりはやめて,お静かに)」は素晴らしい。バッハも相当なコーヒー好きだったようです。このコーヒーカンタータの最終曲は三重唱の「猫はけっしてねずみを見逃しはしない」という曲です。名曲だと思います。そして,うちのカミさんも,けっしてうなぎを見逃したりはしません(笑)。
タイ古式マッサージ
私も素人ですから詳しいことは全く知りませんが,何となく,何となくですよ・・・,人間の体というのは血流,血行が良くなければダメだと感じています。体調が思わしくない時は血流,血行が良くない感じですし,血流が悪いということは血液自体に元気がなく,ドロドロになっているのではないでしょうか。その意味では食べ物にも気をつけなければいけないのでしょうが・・・。
特に肩こり,首こりのひどい私は,これまでに血流,血行の良くなる方法をいろいろと試してきました。現在のところこれは良いかなと思うのはいくつかありますが,そのうちの一つがタイ古式マッサージです。まだ体験し始めて4か月ほどですが,最近では週1回のペースで通っているくらい気に入っております。本当に気持ちの良いマッサージで,血流やリンパの流れが良くなるのです。
タイ古式マッサージというのは歴史が古く,この独自のマッサージ施術法のルーツはおよそ2500年前にさかのぼると言われています。インドに始まり,アーユルヴェーダを取り込んでいるので,タイ古式マッサージはヨガの要素も含んでいるようですし,体の中の「SEN」(セン)と呼ばれるエネルギーラインに従ってマッサージが行われるようです。そして,特徴的なのはストレッチ的要素がふんだんに含まれており,体に柔軟性がでてきますし,さらにリンパ液が集まる部分のマッサージがあって,本当に気持ちが良く,ああこれは確かに血流やリンパの流れが良くなっているなと実感できるのです。
このタイ古式マッサージに週1回ペースで通うと,私の小遣いを圧迫し,財政的にはそこそこダメージを受けますが,それで元気になれる訳ですから高いとは思いません。お酒のお付き合いを少しセーブすればいいんですからね。
変節漢
新撰組の副長助勤で五番組組長であった武田観柳斎という人をご存じでしょうか。この人の出自は武家の子で,甲州流軍学を修め,またそこそこ教養もあったことから,新撰組では軍事方や文学師範も担当しておりました。さる7月23日は武田観柳斎の命日でした。ただ7月23日というのは新暦で,旧暦では慶応3年6月22日です。
新撰組関係の書物を読んでおりますと,かわいそうにもこの人は「変節漢」などと評されております。確かに彼は,局長の近藤勇におべんちゃらなどを言っては媚び,その一方で目下の隊士をネチネチといじめたりして,人望がなかったという伝が残っております。最終的には彼は,既に御陵衛士として新撰組とは袂を分かっていた伊東甲子太郎(高台寺党)に接近しようとしたり,薩摩藩に接近しようとしたり,新撰組にとっては不穏な動きと見られる行動をとっていました。そういうことから,「変節漢」という不名誉な評され方をしているのでしょう。結局は新撰組から粛清されてしまいました。
でも,世は戊辰戦争の直前のころです。戦争といえばもう鉄砲や大砲などの火器の時代で,刀や槍や騎馬で戦う時代ではなく,彼の修めた甲州流軍学はもはやあまり役には立たず,彼自身も新撰組の中では居場所がなくなっていたのでしょう。気の毒な気もします。
さてさて,先日の産経新聞の朝刊では,「脱原発」にかかわる菅直人という希代の俗物の言説や態度について「変節」という表現がされておりました。無理もありません。彼は玄海原発についての安全宣言を事前に了承していたにもかかわらず,突如として「ストレステスト」を言い出し,二階に上げていた経済産業大臣の梯子を外し,記者会見した「脱原発」の構想はあくまでも個人的見解だとのたまい,20日の衆議院予算委員会では原発のベトナムへの輸出手続については進んでいると答弁し,その答弁内容と先日の「脱原発」記者会見の趣旨との矛盾を突かれると,今度は原発輸出については見直す時期に来ているなどと答弁したり・・・。日立製作所など国内の原発関連メーカーは戸惑い,アメリカのナイズ国務副長官も「(日本は今後)エネルギーをどうしていくのか。」と呆れられる始末です。
また,トルコのエネルギー天然資源省の高官は,日本が受注を目指してきたトルコの原発建設計画をめぐり,7月末までに日本側から交渉継続の可否に関する回答がなければ交渉を打ち切り,他国との交渉を始めると明言しており,日本は未だに回答をしていないようです(7月24日の産経新聞朝刊)。
菅という変節漢の,一貫性と節操のない無責任な言動で,日本の原子力政策への信用が日に日に失われていっています。
少し卑怯だったことが心に残っている件
以前にもこのブログでお話ししたことがあると思いますが,私が司馬遼太郎の「坂の上の雲」という小説を読んでその生き様に感動した人の一人に,広瀬武夫少佐(のち中佐)がいます。広瀬少佐は,日露戦争における旅順港閉塞作戦で戦死されたのですが,彼は行方不明となった杉野兵曹を見つけるために最後の最後まで船内を捜索しました。部下思いの強い人です。
あきらめて救命ボートでその他の部下たちと撤退する際には,ロシア軍のサーチライトに照らされ,砲弾を浴びるという極めて緊迫した場面でした。広瀬少佐は恐怖におののく部下に対し,「俺の顔を見て漕げ!」と叱咤し,勇気づけました。そんな極限状況の下でも,「俺の顔を見て漕げ!」と部下を勇気づけるその勇気は素晴らしい。結局,一瞬にして広瀬少佐自身が砲弾に当たって戦死してしまうのです。彼は日本で初めての「軍神」となりました。
そんな広瀬少佐の勇気に感動する自分が,かつて少し卑怯なまねをしたことで,しこりのように心に残っている件があります。日露戦争とは全く次元の違う卑小なことではありますが,良心の呵責を覚えた件があるのです。今年の5月でしたか,ロータリークラブの仲間3人とゴルフをやりました。自分より年上の女性2人と,自分より年下の男性1人と私です。その男性はHさんといい,ゴルフが上手でマナーにも厳しい人です。5月とはいうものの,その日はラウンドの途中で雷雨が発生し,相当に強い雨となったため,全員合意の上で中断しようということになり,女性2人と私はカートにすぐに乗り込みました。しかしHさんは,中断を前提としながらも,ルールにしたがってプレー途中のボールを全員分拾い始めたのです。雷鳴も近くなっておりましたし,手伝わなければと思いつつも,カミナリを極度に怖がる私としては,完全にHさんに任せてしまいました。自分は卑怯だなと思いました。自分がカミナリを怖がり過ぎる傾向は,母親譲りです(笑)。
いやァ,勇気を出さなければだめですね。今朝の産経新聞の「産経抄」には,女子サッカーW杯ドイツ大会で4強に入ったなでしこジャパンのMF澤穂希キャプテンのことが書いてありました。彼女は,常日頃チーム員に対して,「苦しくなったら私の背中を見て」と言っているそうです。素晴らしいと思います。
夏の思い出
もう年齢のせいでしょうか。このブログも思い出話が多くなってきました。バッハの教会カンタータ第106番「神の時は最良の時」を聴いていたとき,その歌詞の内容から,私の中学校時代からの親友F君のことを思い出してしまったのです。
F君との思い出話はたくさんありますが,やはり夏の出来事をどういう訳か多く覚えています。私もF君も中学校時代は野球部に属していまして,大所帯の野球部の中では補欠の補欠といったような立場でした。そんな訳で,炎天下でのクラブ活動に対するモチベーションは極めて低く(笑),彼と一緒によく練習をサボってはかき氷屋さんで冷たいかき氷を食べてだべったり,卓球をしたりして遊んでいました。そのかき氷屋さんにはどういう訳か卓球台が置かれていたのです(笑)。また,高校進学後も,彼から誘われていろいろなアルバイトを一緒にやりました。大人の人と一緒になって,ニワトリやヒヨコを車で運搬して,鶏舎などに入れるようなアルバイトも体験しました。今にして思えば,彼は世間知らずの私を,社会との接点に導いてくれたという面もありました。
前にもこのブログで触れたことがあったかもしれませんが,その大親友であったF君は3年前に亡くなりました。私は弔問の際に人目をはばからず号泣しました。社会人になってからはお互いに会うことは少なくなりましたが,彼は生前,家族に私のことをたびたび話してくれていたようです。
死というものは前方からやってくるものではないのですね。後ろからそっと肩を叩かれるような感じです。沖合はずっと向こうの方にあると思っていたら,実は足元まで潮が満ちていたというような・・・・。「死期は序を待たず。死は、前よりしも来らず。かねてより後ろに迫れり。人皆死ある事を知りて、待つことしかも急ならざるに、覚えずして来る。沖の干潟遙かなれども、磯より潮の満つるが如し。」(徒然草第155段)。
バッハの教会カンタータ第106番「神の時は最良の時」の中の歌詞にも,次のようにあります。
「神の時は最良の時である。彼において私たちは生き、動き、存在する。彼の意図されるかぎり。彼において私はしかるべき時に死ぬ、彼の意図される時に。」
この教会カンタータはバッハが22歳の頃の作品ですが,素晴らしい傑作であり,礒山雅さんは「死における信仰の意義をこれ以上印象深く描き出した芸術が、いったいほかにあるだろうか。」と述べています(「バッハ=魂のエヴァンゲリスト」53頁,礒山雅著,講談社学術文庫)。バッハ自身も6歳の時に次兄を亡くし,9歳の時に母を,10歳の時に父を亡くしておりますから,もう22,3歳の時には生と死の問題に関して大きな悟りのようなものに達していたのではないでしょうか(同著55頁)。
このカンタータの冒頭の2本のリコーダーとヴィオラ・ダ・ガンバの紡ぎ出す美しい印象的な旋律も素晴らしく,そしてその歌詞に接した時には思わず親友のF君のことを思い出したのであります。
われは海の子
もう十分に夏の暑さを感じているのに,これまた夏の風物詩の一つであるセミはまだなのかな,とふと思いました。でも,ある人が言うには,「セミは梅雨が明けてからだよ。」とのこと。そういえばそんな気もします。セミはこうしている今でもどこかでじっと生活しているのでしょうが,これから大活躍するぞと胸に秘めながら,梅雨が明けるのを待っているのでしょう。
先日の産経新聞の記事に,唱歌「われは海の子」のことが出ていました。私も小学校低学年の頃に歌ったことを覚えていますし,歌詞の2番くらいまでは歌えます。朝ごはんの時に,娘のあかねちゃんに尋ねてみると,やはり小学校低学年の頃に歌ったことがあると言っておりました。こういう素晴らしい唱歌が今も学校で歌い継がれていることを聞いて安心しました。
1 我は海の子白浪の さわぐいそべの松原に 煙たなびくとまやこそ 我がなつかしき住家なれ。
2 生まれてしほに浴して 浪を子守の歌と聞き 千里寄せくる海の氣を 吸ひてわらべとなりにけり。 (中略)
7 いで大船を乗り出して 我は拾はん海の富 いで軍艦に乗組みて 我は護らん海の國。
本当に良い歌ですし,産経新聞の記事にあるように気宇壮大な精神が感じられます。「とまや」という言葉が出てきますが,貧乏は恥ずべき事ではない,そして大自然とともに悠々と生きる,そして海の國である我が日本を護っていく,正に気宇壮大です。歌詞の7番目は戦後GHQの指示で教科書から削除されてしまった経緯がありますが,日本は世界第6位の海洋面積をもつ有数の海洋国家です。自分の国と領海を護っていくのは極めて当然のことでしょう。
私の父は平成元年に亡くなりましたが,「われは海の子」という歌を聞きますと,父のことを思い出します。父は海辺の町で生まれ,育ったのです。泳ぎが抜群にうまく,子供ながらに感心していました。海にもよく連れて行ってもらいました。また,父は私が幼少の頃,どこからか木の塊を買って来て,鉋で器用に削って工作し,ゴムとスクリューを付けて,見事な木の船を造ってくれたことを覚えております。優しい父でした。
反面教師
昨夜は晩酌するかどうかで本当に最後の最後まで迷いました。二日連続の休肝日もいいし,飲みたい気もするし・・・。そこで思いついたのは巨人がリードしているかどうかで決めようということでした。巨人がリードされているのであれば,くそ面白くもないので早々に夕食にして本でも読もう,リードしているのであればナイター観戦しながらうまい酒でも飲もうと。テレビのスイッチを入れたら,首位のヤクルト相手に3-0でリードしておりました。早速の晩酌開始です(笑)。
おつまみは冷や奴にしました。少し変わった冷や奴で,そこそこ大きいサイズの豆腐の上に,おろしニンニクをかけ,薬味の白ネギをたっぷりかけ,最後にポン酢をかけたやつです。ニンニクで夏を乗り切らなければなりませんし,何しろ白ネギも大好きです。
私は,この特製冷や奴をおつまみにしながら,ネギに関連して遠い昔のことを思い出しました。私がハードな東京勤務をしていた時(私は係長),東北出身のすごく優しい直属の上司がおりました。仕事はできるし,性格も良い上司でした。でもその方の唯一の欠点は,ランチ後はすごくネギ臭かったことです(笑)。その方のランチはほとんど毎日のように,ネギの薬味たっぷりのざるそばでした。ランチ後の仕事の打合せの時は,ネギ臭くて修羅場でした(笑)。吐きそうになったこともありました(爆笑)。このような経験をし,私が反面教師として学んだことは,ランチ時のネギは厳禁ということでした。それ以来私は,ランチ時にはネギは食しておりません。
昨日の巨人対ヤクルト戦は福島県の郡山の球場で行われました。テレビ画面で見る限り,球場を訪れた観客の方々はどの顔も楽しそうでした。菅直人という希代の俗物,無能かつ無策の政権により復旧,復興,そして原発事故の処理が遅れていなければもっと心から野球を楽しめたでしょうに。特に巨人のユニフォームを身につけた巨人ファンの方々は「今日こそ勝てよ!」といった感じで,生き生きとしておりました。巨人としてはそういったファンの期待を裏切ってはならないのです。プロとして・・・。そういう存在であることが期待されているのに,昨夜の巨人も反面教師にしなければなりません。勝ちきれずに5-5の引き分けに終わってしまいました。3-0でリードし,私に晩酌を決意させておきながら,一時は3-4の逆転を許したのです(怒)。負けなくて良かったのでしょうが,こんな時に往年の背番号3,「4番サード長嶋」がいたなら。
スイカ
夏の風物詩の一つはスイカでしょう。間違いないと思います。私はスイカが大好きです。スイカが食べたいと思いついたら居ても立ってもいられません。そうなったら,どんなに卑怯な手を使っても手に入れ(笑),何としてでも食べてしまいます。
ただ,スイカに対する気持ちは,私とカミさんと娘のあかねちゃんとでは,微妙に温度差があります。微妙な温度差というのは,主として私とあかねちゃん連合と,カミさんとの間においてです。あかねちゃんは,父親似で大変よい子に育っており,その成果として食べ物の好みが似ており,私もあかねちゃんもスイカが大好きです。よい子です(笑)。一方,カミさんの場合は,スイカに対してはどうやらそれほどの思い入れはないようです。彼女も私達と一緒にスイカを食べることは食べますが,その頻度は少なく,しかもその量も少ないようです。彼女によると,スイカは何かのどにつっかえるような感じがしてそれほど好きでもないようなのです。
私がゴルフや仕事帰りにスイカをぶら下げて帰宅すると,あかねちゃんは大喜びです。そんな時はカミさんも笑いますが,そのカミさんの笑いは,どちらかというと苦笑いなのです。特に大きなスイカをぶら下げて帰ると,どうやら冷蔵庫の野菜室で不当に場所をとってしまうのが不都合らしく,家族のために良かれと思って買ってきた私と,カミさんとの間で一瞬緊張が走ることもあります(笑)。
いずれにしても,スイカというものは本当に美味しいものです。大好きです。
ところで,香川県では今年も「四角いスイカ」の出荷が始まったようです。一辺が約18センチの四角いスイカで,重さは約6キロ,観賞用として1玉で約1万円くらいで取引されているそうです。しかし私としては,正直申し上げてこういうのは愉快ではありませんし,自然の摂理に反すると思います。スイカというものは丸いに決まっているのです。強制的に四角くする意味がどこにあるのでしょう。「鑑賞用」と言いますが,このようなものを鑑賞して楽しいのでしょうか。スイカに対する虐待ではないかと思えてしまいますし,こういうのは全く不自然であり,中国の纏足を連想してしまいます。愛するスイカは,すくすくと自然に丸く育てるべきでしょう。
野生のメンタリティー
知的財産権分野での中国によるパクリはとどまるところを知りません。私は呆れると同時に嫌悪感さえ覚えます。
産経新聞の報道によると,中国の鉄道車両メーカーの「南車集団」が,このたび,中国版新幹線の車両「CRH380A」の技術特許をアメリカに申請する方針だそうです。何のためでしょうか。それは将来的な車両輸出で儲けるためです。でも,もともとこの車両技術は,実際は川崎重工業など日本企業が開発した新幹線「はやて」の技術供与によるものであり,しかも契約上はその技術供与は「あくまでも中国国内での使用に限定されている」はずです。これに対してこの中国企業は,この新幹線技術は確かに外国の技術を「参考」にしたが,あくまでも独自に「開発」とたものだと強弁しております(笑)。
そもそもこの新幹線「はやて」にしろ,もともと中国の高速鉄道車両は日本やドイツからの導入技術がほとんどであり,このような中国の車両輸出に対しては,欧州系のメーカーからは「技術供与はあくまで中国国内での使用に限定している」として,契約違反の警告を発せられているのです。日本企業も断固たる措置を講じなければナメられてしまいます。
世界に冠たる日本の新幹線技術を中国へ輸出,技術移転をしてしまえば,かの国(中国)のことですから,こうなることは目に見えていたはずです。ほんの少しの想像力さえはたらかせれば(笑)。これに強く反対していたJR東海会長の葛西敬之さんの認識は慧眼でした。それにひきかえ川崎重工業は・・・。トホホですね。
中国鉄道省は,中国共産党の創立90周年記念日の7月1日に,北京と上海を最短4時間48分で結ぶ高速鉄道を正式開業させると発表し,その中には「南車集団」がアメリカへの特許申請をしている「CRH380A」型車両(日本の「はやて」を参考にして「独自開発」したとされているもの)も含まれております。ところで,やはり産経新聞によると,今度開業するとされる中国版新幹線(北京-上海間)の走行速度について,今年2月に汚職で失脚した前鉄道相が安全性を全く無視して,最高速度を時速350キロに設定するようごり押ししていたということであり,技術供与元の日本とドイツの各企業からは時速300キロ以上の営業運転は設計上も乗客の安全を保証できないと指摘されたため,何とか方針変更されたということです。私がイヤだなと思うのは,中国が「独自開発」したとされる当該車両の営業走行を始めて,いざ大事故が発生したとたんに,技術供与元のせいにしかねないという点です。中国という野生のメンタリティーをもった国はやりかねません。
わが日本の新幹線は,昭和39年10月1日に開通以来,一度も乗客中の乗客の死亡事故は発生しておらず,このたびの東日本大震災の際にも東北地方を走行中の新幹線はいずれも安全装置が作動して安全停止を果たしております。こういった技術は,乗客の安全に対する技術者の真摯な態度と,研究と,ノウハウの蓄積があったればこそです。そのような素地もない中で,ただ儲けのために技術を盗もう,あわよくば海外輸出しようというのは無理があります。
また雑感
何か文章を書くとしても,この蒸し暑さとだるさとで,どうにも考えがまとまらず散漫になってしまいます。ですから,本日のタイトルも雑感ということになります(笑)。
それにしてもこの季節は体調管理が難しいですね。これから到来する本格的な夏をどんな風にして乗り切ろうかと,ほおづえ付いて思案しております。「夏なんだから暑いのは当たり前だろう。」なんて,若い頃はへっちゃらだったんですが,こんなに年をとってしまうと思わず「夏を越す」という表現になってしまいます。まあ,若い娘のあかねちゃんだって,先日は体調を崩して2日ほど学校を休んでしまったくらいですから,これからは厳しい季節なんでしょう。まあ,漠然とですが,この夏を乗り切るために今考えているのは,十分な栄養と睡眠という基本的なことに加え,梅干し,ニンニク,日傘がラッキーアイテムになるだろうということです。
スーツ(特にズボン)のクリーニングのことで少しもやもやしており,考えがまとまっておりません。私は夏でもできるだけ歩くようにしていますので,特にズボンにも汗が付きます。ドライクリーニングの原理は素人の私にはよく分かりませんが,汗の付いたズボンの場合,本当にドライクリーニングだけで良いのでしょうか?ドライクリーニングっていうのは,水洗いはしてあるのでしょうか。というのも,クリーニング店から戻って来たズボンを匂ってみても,皮脂や汗の匂いの除去が完全でないのではないかという疑問をもっているからです。一方,水洗いだけでは汗の匂いは除去できても脂落としが十分でないのではないかとも思えるのです。そういう訳で,汚れや脂も落とし,かつ,汗の匂いも除去できるようなW効果のあるクリーニング法がないのか,あるいはそれをやってくれる店が近所にないのか,じっくりと調査してみたいと思っている今日この頃です(笑)。先日,せっかく夏用のスーツを2着新調したので,よく歩く私としては,汗臭さを蓄積させたくはないのです。
AKBの総選挙というのは,どうなんでしょうか。いろんな意味で違和感を覚えます。私がバッハの音楽やゴルフに夢中になっているように,本来ならば誰が何に夢中になってもよいのでしょうが,この日本国の伝統と文化を承継し,国を守り,次代を担う若者(特に男子)が,AKBに夢中になり,総選挙の投票権を獲得するために途方もない枚数のCDを買う,その儲けの相当の部分が総合プロデューサーの秋元康氏の懐に入る,総選挙の結果発表の席で第1位の人と第2位の人とが芝居がかったセリフを言う,夢中になっている若い男子がそんな光景をうっとりした目で眺めている・・・。商売としてはアコギな感じがしますし,こういった若い男子に対しては,もっと他にやることがないのかっ!と思ってしまいます。
総選挙ついでに申しますと,菅直人という希代の俗物が,近い将来,もしも自己保身のために「反原発」を最大争点として解散,総選挙に打って出たとき,有権者の人は騙されてはいけません。日本国の抱えている問題(イシュー)は「反原発」という単一のものではありません。多くの問題があるのです。そして,悪夢のような政権交代後の,最低最悪の民主党政権のこれまでの行状の数々を忘れてはいけないのです。臥薪嘗胆です。そういった枚挙にいとまのない民主党による悪行の数々が,「反原発」のスローガンの後ろに隠されてはならないのです。私は,今朝少しばかり二日酔い気味ですが,つくづくそう思うのです。
雑感
梅雨の季節は,どうも体調が良くないですね。だるくて疲れやすく,何となく気分も乗りません。原因は知りませんが,体調管理が難しい季節なのでしょう。自分だけかなと思ってネットで調べてみましたら,どうも自分だけではないようです。こういう時には,半身浴がお勧めですという記事に出くわしました。梅雨時はじとーっとした汗しかかきませんし,何かしら体内には毒素だけが溜まるような感じもしますから,ここは半身浴でスカーッとした汗をかきたいものです。代謝も良くなりそうですし。
韓国ドラマというのはどれくらいの視聴率を取っているのでしょうか。最近のテレビのリモコンは便利なもので,ワンタッチで番組表まで出てきます。その番組表を何気なく見ていますと,韓国ドラマの放映の多いことにビックリしました。お昼以降の時間帯には,必ずどこかの局では韓国ドラマが放映されているといっても過言ではないくらいです。私は韓国ドラマなんかには全く興味はありませんから一度も見たことはないのですが,どれほどの視聴率が取れているのでしょうか。本当にそういうニーズがあるのか,韓国政府や日本の大手広告代理店,迎合マスコミによる何か作為的なものを疑ってしまいます。韓国といえば,日本固有の領土である島根県の竹島を不法占拠し,日本の歴史教科書の内容に対しても不当な容喙をし,徹底した反日教育をしている国です。最近の韓国ドラマのラッシュ状況には本当に違和感を覚えます。同じBS放送でも,「日本人こころの巡礼~仏像の祈り」,「旅するハイビジョン 全国百線鉄道の旅」,「絶景百名山」みたいな番組ならば喜んで観るのに・・・。
さてそれにしても,見たくないのは菅直人という男の顔です。国会の会期延長に当たって,自らの退陣時期を明言することに猛反発し,第三次補正予算等については,「新たな体制で」みたいな曖昧な表現でまたまた延命工作を図ろうとしています。「新たな体制」ですと,場合によっては内閣改造で対応することも文言上は可能となってしまいます。この菅という男は,自己保身,権力欲・名誉欲の満足のためには,まるでゴキブリのような生命力を持っています。私が密かに期待している自由民主党参議院議員の西田昌司さんは,ある会合で,「このような状況になっても菅さんは何故やめないのでしょうか。」との参加者の質問に対し,言下に,「それはですね。菅が恥知らずだからです。」と答えたそうです(笑)。明快ですね(笑)。そのとおり!いよーっ,大統領(笑)。私がお気に入りのあるブログでは,次のような絵が貼ってありました。その絵というのは,ゴキブリが仰向けになっており,その頭の部分には菅直人の寝ぼけ眼の情けない顔写真が貼り付けてあり,その脇には大きなスリッパが存在している絵です。見た人にとっては,思わずそのスリッパでひっぱたいてやりたい衝動に駆られる絵です。
今日はとりとめのない話となりました。タイトルが「雑感」だから,それでいいんじゃないでしょうか(笑)。
今自分のしていることは罪深いことなのです
もういい加減にしなければなりません。太るのも・・・(笑)。トド,セイウチなどがお友達に思えてきました。ここ2年間,自宅にある体脂肪計付きの体重計には乗ってはおりません。客観的な自分の体重,その他の数値を目にするのが怖いからです。恐らくではありますが,自分の身長からすると(171センチ),標準体重を7~8キロくらいオーバーしているのではないでしょうか。間違いないと思います。今から約4年前に夏用のスーツを作った頃は標準体重に近かったのですが,そのスーツは何とか着ることはできるものの,きつい状態です。先日新たにスーツを作った時には,改めて腰回りを胸囲を測り直してもらい,全然違うサイズとなってしまいました。
ここ2年間の変化といえば,ロータリークラブに入会し,確かに会合と飲食の機会が増えました。家族の団らんは良いこととはいえ,自宅での晩酌も増えました。食べる量も増えていると思います。いい年をしてこれではだめです。今朝の星座占いでも,双子座は第10位で,コメントは「食生活を見直しましょう」でした(笑)。もう少し賢いかなと思っていたのですが,愚か者でした。これからは絶対に標準体重に戻すように努力したいと思います。
前にもこのブログで書いたことがあると思いますが,ダンテの「神曲」によれば,地獄の第三の圏谷(たに)には,大食いの罪を犯した者が堕ちます。そこでは,ケルペロスという三つの喉のある怪物に懲らしめられます。
「ケルペロスという獰猛奇怪な獣が、この泥氷に埋もれた連中の上で、三つの喉から犬に似た鳴き声をたてる。その目は赤く血走り、髯は脂ぎってどす黒い、胴まわりは太く、手には爪が鋭い、亡者に爪を立てる、呑み込む、また引き裂く。雨に打たれて亡者どもは犬のように喚き叫び、背を向けて腹をかばい、腹を向けて背をかばう、このみじめな冒瀆者たちはぐるぐるとのたうちまわる。」(ダンテ「神曲」23ページ,地獄篇第六歌,平川祐弘訳,河出書房新社)。
恐ろしいことになっております。しかも,この大食の罪は,地獄での責め苦に限られません。煉獄に身を置く者も,その煉獄の第六の環道で大食いの罪を浄めなければならないようです。
「こうして私たちは、大食いの罪がいかに悲惨な刑罰を喰うものかを聞きながら、道の一端へ身を縮めてそこを通り抜けた。」(同書215ページ,煉獄篇第二十四歌)。
いくらお付き合いとはいえ,また,家族団らんとはいえ,もう暴飲,暴食も大概にしなければなりません。絶対に標準体重に戻そうと固い決意をしている今日この頃です。
二日酔いとカレー
自分の部屋には姿見がないので,毎朝ネクタイを締める際には,わざわざ廊下にある鏡の所まで行きます。私は娘のあかねちゃんの部屋に入ったりすることはめったにないのですが,今朝はネクタイを締め終わった後に自分の部屋に戻ろうとしましたら,たまたまあかねちゃんの部屋のドアがドバッと開いていたので何気なく入って見ると,少しショッキングな事象を目の当たりにしました。何と,勉強机の真ん前の壁に,江頭2:50のサイン入りの小さなポスターが貼ってあったのです。小さい物だとはいえ,こともあろうにエガちゃんかよ。お父さんは,お父さんは・・・そ,そんな子に育てた覚えはないのに(笑)。
あかねちゃんは,かねてから江頭2:50のことを,「お父さんが言うほど悪い人じゃないよ。」と述べ,いくつかのエピソードを交えながら私に講釈をたれます。まあ,確かに彼は,この東日本大震災の後に自らトラックを運転して,お忍びで福島まで物資を被災地に届けたといいます。きっとシャイで男気があって,良い人なんだと思います。でも,あかねちゃん,ほどほどにね,人間節度をわきまえることも重要だよー。あまり深入りしないでねー(笑)。そういえば,うちのカミさんの友人のあるお母さんが,「マンモグラフィー検査の時は,黒のレギンスなんかは絶対厳禁だよ。エガちゃん状態になっちゃからね。」などと,妙なアドバイスをされていたような・・(笑)。
今朝は,少しばかり二日酔い気味ですが,こういう時は決まってカレーが食べたくなるのです。しかも無性にです。それがどうしてなのか,いかに博覧強記の私でも分かりません(笑)。カレーに含まれている多くのスパイスが肝機能の回復に良いからでしょうか。それとも,あまり食欲のない二日酔いの時でも,カレーならばその辛さとスパイシーな香りとで,勢いで食べることができるからでしょうか。
いずれにしても,今日のお昼は,どんなに卑怯な手を使ってでも,絶対にカレーを食べることに決めていますし,実行します。しかも,むちゃくちゃに辛いやつを。
していいものと悪いもの
いったい,どうしちゃったんでしょうか。読売ジャイアンツと名古屋グランパスは。ジャイアンツの昨日の試合などは象徴的です。パリーグ最下位のオリックス相手に,九回裏までわずか3安打で,何とかこのイニングに追いつくのが精一杯でした。結果は1-4で敗北です。ケガ人が多いのは分かるのですが,フラストレーションのたまる試合が多いですね。阿部捕手が復帰したことは何よりですが,とても優勝できる感じはしません。この戦力で15勝15敗1分けですから,まずまずなのかもしれませんが,もっと爆発力がないとね。爆発しろーっ。
名古屋グランパスに至っては,ここまで1勝3分け2敗でリーグ12位に低迷中です。昨季の年間王者に輝いたのに・・・。6試合で5点しか取れていないし,先日などは昨季J2にいたヴァンフォーレ甲府に1-3の惨敗でした。情けない。グランパスも爆発力がありません。もっと爆発しろーっ。確かに名古屋グランパスも今のところケガ人の多さに泣かされていることは間違いありませんし,ACL(アジアチャンピオンズリーグ)の試合もあって過密日程に泣かされている面もあるでしょう。でもそれにしても情けない試合内容なのです。これはずっと指摘してきたことですが,このチームはやはり中盤を構成,支配できていません。あくまでも個人技頼みです。もっと組織的なサッカーを目指さなければダメでしょう。
さて,読売ジャイアンツと名古屋グランパスにはもっと爆発してもらいたいのですが,本来は爆発してはいけないものが中国では爆発してしまっております。中国製のテレビなどの電化製品が中国国内で爆発することがあるのは,これはもう日常茶飯のことのようですが,あろうことか江蘇省ではスイカが爆発してしまっております(笑)。その原因は使用されていた膨張促進剤だったようで,中国ではスイカの他に,ブドウ,イチゴ,キウイなどの果物に大量に使用されているようです(怖)。しかし,それで驚いていてはいけません。四川省成都市のスーパーでは,プラスティック製瓶入りの豆板醤(トウバンジャン)が・・・・・,ば,爆発してしまっております(爆笑)。女性客が棚にあったその豆板醤を手に取ったとたんに,「バン!」と音を立てて爆発し,その女性客は豆板醤を頭からかぶり,目に入ってしまったそうです。製造過程で内容物の発酵状態を正確に把握しておらず,その後容器内でさらに発酵が進み,内部圧力が高まったためだと説明されているようですが。
いやー,すごいことになっていますね。私としては,こういった物は爆発してはいけないものだと認識しておりますが・・・。
袈裟まで憎し
通勤や裁判所までの道のりは,私はたいていは徒歩です。良い運動になりますし,散歩気分になれます。しかし,特に出勤途上や帰り道では,本当に運転マナーの悪い自転車乗りのせいで,非常に不愉快になることがあります。これは毎日と言っていいほどです。
猛スピードで歩行者のすぐ脇を疾走させて恐怖感を与える者,時には腰を浮かして思いっきりペダルをこいでいる者,携帯電話をいじくりながら前方注視を怠っている者,減速もせず歩行者の間を縫うようにして走行する者,道路が交差する場所でも徐行や安全確認もせず飛び出して来る者などなど(以下,これらの極めて運転マナーの悪い自転車乗りのことを総称して「奴ら」と言います。)。
奴らの特徴をいくつか列挙してみましょう。第1に,奴らは,決して道を譲ろうとしません。そのままではすれ違いが困難なような場所でも,自らは減速も停止もせず,当然のように歩行者に道を譲らせます。ほぼ直角に交差する場面でも,奴らは減速等せず,歩行者の方を待たせます。第2に,奴らは,歩行者らとぶつかりそうになっても,決して頭を下げたり謝ろうとしません。歩行者を危険な目に遭わせているのは奴らなのに,かえって奴らは「危ないな」といった目つきで歩行者を目で非難します。第3に,信号が変わりそうな時にどうしても交差点を渡りたいと思う奴らは,猛スピードで自転車を疾走させ,交差点を渡りたい一心でその視野が狭くなり,周りの人のことなど気にも止めません。第4に,奴らは決まってしかめっ面か不機嫌な表情をしています。もともと傲岸不遜な性格が表情に出ている場合もありましょうが,そのほとんどは交通の危険に対する漠然とした不安のなせるわざでしょうし,換言すればそれだけ奴らが危険なスピードやマナーで走行しているということでしょう。
みなさんは,道を歩いていて,少し進行方向を変えようとする際,思わず後ろを振り返りませんか。猛スピードの自転車が接近していないか気になりませんか。徒歩通勤というものは,前にも言いましたように,良い運動になるし,ちょっとした気分転換になって気に入っているのですが,奴らのせいで一日数回は不愉快にさせられ,内心では罵詈雑言を浴びせていますし,私は蛇蝎のように嫌っております。
自転車という乗り物は,本当に便利でしょうし,自転車そのものに罪はありません。しかし,お気に入りの徒歩通勤の際,奴らのせいで一日数回は不愉快にさせられるとあっては,「坊主憎くけりゃ袈裟まで憎し」ということにもなりかねません。歩行者として,猛スピードで自転車を疾走させる奴らのために恐怖を感じたり,ハッとさせられたりしたような時には,私はその時だけ検察官になって,奴らを交通刑務所にぶち込んでやりたいくらいです(笑)。
それはそれはホントに小さなシャボン玉に窘められた件
毎朝私は,家族全員で朝食をとります。ご飯と味噌汁,納豆とアジの開き,そういった純和風の食事です。それはこれまで法統連綿と続いてきた我が家の朝食なのです(笑)。みんな「いただきます。」と言ってから箸をつけます。終われば「ごちそうさまでした。」
朝食の後,私は産経新聞,読売新聞の順にそれぞれ興味のある記事に目を通すのです。ある朝,読売新聞を読み終えようとした際,仁丹みたいな大きさのホントに小さなシャボン玉が突如として私の目の前に現れたのです。可愛いそのシャボン玉はしばらくの間空中を浮遊しておりました。
そのシャボン玉は,うちのカミさんが食器等を食洗機に入れる前に洗剤で洗った時に発生したホントに小さなものでした。新聞を読んでいた場所と食器洗いの場所とはそれほど近くもありませんが,その小さなシャボン玉はわざわざそこまでやって来て,何か言いたげでした。私は紙面から目を離して,しばらくそのシャボン玉を見ておりましたが,その時ふと感謝の念が生じました。このホントに小さなシャボン玉は,うちのカミさんが家事を真面目に一生懸命にやってくれている証なのだなと。彼女はねずみ年だからでもないでしょうが,炊事,後片付け,洗濯,掃除など本当にマメによくやってくれます。私ときたら,カミさんの体調の悪いときなどはご飯を炊いたり,おかゆを作ったり,味噌汁や簡単なおかずを作ったりすることはできますが,そんなことは滅多になく,普段でもごくたまにお風呂を洗ったり,洗濯物を取り入れたりなどをするくらいで,その他の家事はカミさんに任せっきりです。
朝食後に新聞をゆっくり読めるのも,普段いろいろな本を読めるのも,そしてこれらの付け焼き刃の知識や情報で評論家気取りでブログを書いたり,床屋政談ができるのもカミさんのお陰なのです。感謝しなければなりません。このホントに小さなシャボン玉は,感謝の気持ちを忘れがちな私に対して,「恐れながら,感謝の気持ちを忘れちゃダメだと思いますよ。たまには家事を代わってあげるくらいの殊勝な心がけがあっても,バチは当たりませんよ。」と窘めてくれたのです。
帰り道にて
暴風雨や炎熱地獄の日でない限り,私は自宅から事務所へも,そして事務所から名古屋の裁判所へも,徒歩で参ります。
それにしても先日,裁判所からの帰り道,もともと城のお堀であったと思われる場所に生い茂った草木の見事だったこと。名古屋の裁判所の住所である中区三の丸という名が示すように,あの界隈は昔はお堀だったと思われる場所があるのです。そこに生い茂った草木の景観の見事さには思わず立ち止まって見入るほどです。特に雨の日はその色の鮮やかさが際だちます。緑といっても正確には黄緑色で,正に若葉の色です。本当は少しばかり傘を差しながら立ち止まって眺めていたいのですが,通行人もあり(同業者も結構多いのです),少し小恥ずかしいのでゆっくり歩きながらの鑑賞でした。この日本にははっきりとした四季があり,季節の移り変わりを気づかせてくれる美しい自然があります。ありがたいことです。政治及び政治家(特に民主党など反日左翼政党)以外は本当に素晴らしい国です。
雀も好きです。鳥の中では一番好きなんじゃないでしょうか。愛くるしくてほっぺたにチュをしたくなるくらいです。あんな可愛い鳥もいません。特に朝,事務所に向かう途上で見る雀には癒されます。漂泊の俳人井上井月にも雀の句作があります。
「気配りの 親と知らるる 雀かな」
「乙鳥(つばくろ)も 雀も客よ 花の宿」
最初の句は特に微笑ましいですね。数匹の雀の群れがあり,何やらエサを一生懸命につついておりますが,その中でも周りに注意を払って子を守ろうとしているかのような一匹がいます。おそらくそれが親なのだろう・・・という句でしょう。二つ目の句は分かりやすいですね。漂泊を続けた井月は春の大自然を寝床に寝っ転がり,花を愛でていますが,そこに乙鳥(つばくろ)も雀も客として現れた,お互い仲間だなあという句でしょう(笑)。
得難い番組
昨日は日曜日でしたけど,前日のゴルフの疲れなどで,一日中「寝たきり」の状態になりました(笑)。それにしても思うのは,日曜日の午前中にテレビで放送されている番組,具体的な番組名までは挙げませんが,TBSやテレビ朝日系列の番組内容はいただけません。「いただけません」というのはごく控えめな表現です。それらの番組に登場する個々のコメンテーターのコメント内容を聞いていると,本当にこの人達は平和ボケしているな,日本という国が嫌いなんだな,極東にある反日的なごく一部の国に迎合しているな,いわゆる東京裁判史観,自虐史観が抜きがたく染み付いているな,自己保身というか当たり障りのないコメントに終始しているな,・・・と感じてしまうのです。私はこういう番組は極力見ないようにしているのですが,怖い物見たさでつい見てしまうこともあります。そういう時は,さて,どんなバカなコメントが飛び出すのだろうかという興味の下に注視し,そして出てくるコメントはやはり私の期待を裏切りません(笑)。今の日本では,特に政治全般,外交,安全保障の問題に関してはマスコミ全体がこんなタッチであり,絶望的です。そんな状況にありながらでも,産経新聞や月刊誌「正論」などには大いに期待しております。頑張ってね(笑)。
ところで,テレビ番組の中でも得難い番組はあります。通常は日曜日の午後1時30分から午後3時まで放送されている「たかじんのそこまで言って委員会」という番組は,いい番組ですね。毎週楽しみにしています。昨日は「寝たきり」でもあり,この番組を堪能しました(笑)。
私がこの番組を気に入っている理由は,常日頃私自身が感じていることを,出演者が代弁してくれるため溜飲が下がるということが一番ですし,テーマによっては大変勉強にもなるからです。昨日放送されたこの番組には,安倍晋三元首相や評論家の櫻井よし子さんなどが出演され,いつもどおり,溜飲が下がったのでありました。私はこの番組は相当に高い視聴率がとれているのではないかと思いますよ。特に昨日の放送分の最後の方では,歴史学者である所功教授のお話は素晴らしく,この話に感動した桂ざこばさんが嗚咽し,それを見た私ももらい泣きしたくらいです(笑)。
ありがたいと思うこと
私も自分の健康のことは多少心配になりますから,口に入れる物には注意しています。これは他の国との比較ではありますが,日本人として日々の生活をしていてつくづく思うのは,この国で生活できていることの有り難さです。
中国の国内メディアが伝えているところによると,黒龍江省の一部地区の住民が次々に下痢,腹痛の症状を訴えたので調べたところ,2600戸以上の飲用水の中に大腸菌を含む汚水が含まれていたそうです。また,広東省では,春雨を食べた住民がやはり下痢や嘔吐を訴えたため調べたところ,トウモロコシ澱粉に墨汁や工業用パラフィンを添加して作られた春雨が,「純サツマイモ春雨」として市場に45トンも流入していたそうです。また同じ広東省では,ある業者が豚肉をホウ砂に漬けて色づけし,これを牛肉と偽って販売していたということです。調べによると,その業者がやっていた「加工」とは,豚肉をスライスした後,豚の血,ホウ砂,大豆粉,砂糖,塩を水に溶かした「染色剤」に浸して牛肉色に変色させて販売したというのです(怖)。また,その「染色剤」に浸したことで重量が増して,その分の儲けも出たそうです。さらに,陝西省の小学校の給食に出た牛乳を飲んだ児童251人が発熱,腹痛,下痢などの症状を訴えたため調べたところ,このような症状はその「牛乳」に起因する細菌性中毒だったとのことです。また4月7日には,甘粛省で牛乳に亜硝酸塩が混入され,これを飲んだ乳幼児3人が死亡する事件も起きたとのことです・・・・・。
食生活だけでなく,中国では,これは日本の新聞にも出ていた記事ですが,4月16日に四川省アパ県で中国当局の宗教弾圧,思想統制に反発したチベット民衆や僧侶が抗議集会を開いたため,中国当局は各地のチベット寺院を封鎖し,300人以上のチベット仏教僧侶が拘束されたとのことです。また,同じ時期,中国当局はキリスト教徒への弾圧も強化し,4月17日には,北京市内の教会で礼拝のために集合した信者約20人が公安当局に理由なく連行されたようです。このような度重なる人権弾圧に対しては,欧米が反発を強めています。
前にも言いましたように,これは他の国との比較ではありますが,日本人として日々の生活をしていてつくづく思うのは,この国で生活できていることの有り難さです。コロンビア大学名誉教授のドナルド・キーンさんは,同大学での最終講義を終え,今後は日本国籍を取得し,この日本で残された日々を送られるそうで,「日本を愛している」とまで仰いました。そして,「私は『日本』という女性と結婚した。日本人は大変優秀な国民だ。現在は一瞬打撃を受けたが,未来は以前よりも立派になると私は信じる。」とも仰いました。彼がこれまで魅せられ,その研究の対象となり,心を動かされ続けた日本の伝統,文化を,私も再認識する努力をしたいと思います。
たまには映画でも見るか・・・
今日は4月27日,フランスの名女優アヌーク・エーメの誕生日です。もうこの美貌の女優さんも79歳ですか。人生なんて,あっという間ですね。私がアヌーク・エーメが出演している映画を初めて見たのは,フェデリコ・フェリーニ監督の「甘い生活」でした。その後はやはり同じ監督作品の「81/2」に出演しているアヌーク・エーメを見ました。その容貌には好き嫌いは確かにあるかもしれませんが,私はその妖しく神秘的で,大人の雰囲気をもったこの女優さんが好きです。アヌーク・エーメのその美貌がもっとも冴え渡っていたのは,恐らくクロード・ルルーシュ監督の「男と女」という映画だったのではないでしょうか。
もう亡くなった映画評論家の淀川長治さんは,アヌーク・エーメのことを「エリザベス・テーラーよりきれいだ。」と仰ったとか。アヌーク・エーメと同い年のそのエリザベス・テーラーも先月亡くなりましたね。本当に残念です。
私も仕事に追われてしまって,映画を見るような精神的余裕がなくなっていることに気づきました。これはいけません。バッハの音楽やゴルフ以外にも,精神的にリフレッシュする必要があります。独身時代は,主に一人で映画を見ることが好きで,ルイ・マル,フランソワ・トリュフォー,フェデリコ・フェリーニ,ルキノ・ヴィスコンティ,ルイス・ブニュエル,アンジェイ・ワイダ,アンドレイ・タルコフスキー,・・・こういった監督の作品を次から次に見ていました。昔は,ある監督の作品特集を2週間から1か月のスパンで集中的に上映するような企画が多かったと思います。
私は,テレビで派手に宣伝しているような映画や,CG(コンピュータ・グラフィック)や特撮を多用したような映画には興味はなく,どちらかというとアート系といいますか,マイナーな映画の方を好みます。入っているお客さんも少なく,ゆったりできますし(笑)。さて,たまには映画館でじっくりと映画でも見ようかな。
お気に入り
先週の日曜日の晩は,特別番組か何かのせいで,私のお気に入りの「モヤモヤさまぁ~ず2」(テレビ東京系列)という番組を見ることができませんでしたが,昨晩は2週間ぶりに見ることができました。前にも言いましたように,私はこの番組が好きなのです。何かしら癒される感じがして,それに大江麻理子アナの控えめな受け答えもお気に入りです。東京の下町だけでなく,ブラッと散歩する先としてこの番組が選ぶ場所は,なかなか面白い所が多いですね。
最近気がつき,そしてそれと気がついてからは特に意識して楽しんでいるのは,この番組の中で登場するお食事タイムの沈黙シーンです。この番組の散歩中にはお食事タイムがあるのですが(これまでに大江アナは好物の麻婆豆腐を3回にわたって注文しています),さまぁ~ずの2人(三村,大竹)と大江アナがそれぞれ注文したメニューが届くと,食事が始まります。食事が始まると,みんな食べることに集中し,何と数十秒にわたって沈黙するシーンあります。やがてその気まずさに三村が気づき,少し困惑したような,若干イラついた表情を浮かべ,「何かしゃべれよ。」,「何かしゃべれっ!」と他の2人に抗議するシーンがあるのです。もうこれが一つの名物シーンになっているような気がします。この番組では少し癒される感じがしますし,最近ではこのシーンが楽しみなのです(笑)。
仕事がたまってしまって私は昨日(日曜日)も事務所に出て仕事をしました。仕事を終え,車を運転して少し寄り道した途中で,夕方に虹を見ました。通り雨の後の美しい虹でした。東北新幹線のうち東京-仙台間の運行も再開されました。何か嬉しい気がします。そして,統一地方選挙後半戦の結果も出ました。まずは無為無策,無能,機能不全の菅内閣の一掃,そして悪夢のような民主党政権の崩壊,これを大いに期待したいと思います。そうでなければこの国はもちません。昨日の夕方に見た虹が吉兆だと信じたいのです。
感謝し感謝される関係
これは毎日新聞(平成23年4月8日)のコラム「発信箱」に掲載されていた話ですが,インド洋の島国モルディブ共和国の国民が,このたびの東日本大震災による被災状況を案じ,とても心配してくれています。
このコラムによると,このたびの大震災後,モルディブの駐日大使のアハメド・カリール氏の携帯電話は本国(モルディブ)からの国際電話で鳴りっぱなしだったようで,男性,女性,子供など知らない人ばかりからの電話ですが,いずれも日本の状況を心配する声だったようです。モルディブでも,この震災直後にテレビやラジオを通じた被災者支援キャンペーンが始まり,駐日大使の電話番号も画面で紹介されたものですから,モルディブの多くの人々が日本の状況を心配して問合せの電話をかけてきたということです。どの電話も名前も言わずに1分くらいで切れてしまうそうです。駐日大使の話では国際電話で長く話すお金がないんじゃないかということです。本当にありがたいことです。そして,この国の首都マレでは追悼行進に約2万人が参加してくれたそうです(涙)。
この国(モルディブ)はなぜこれほどまでに親日的なのでしょうか。それは,日本の政府開発援助(ODA)によってこの国の小中学校の建設がなされたり,約13年もかけた防波堤工事の費用6600万ドルの主要部分を日本政府が援助したり,この国を支えるマグロ・カツオ漁や水産加工業が日本の技術と資本で発展した歴史があったことなどの理由によるようです。2004年にはインド洋大津波が首都マレを襲い,約3分の2が冠水してしまったのですが,死者が出なかったのはこの防波堤のおかげだったと言われており,その海岸通りには「日本とモルディブの友好のため日本政府が提供した支援で作られた」と消波ブロックに記した記念碑が建っているとのことです。日本に感謝してくれていたんですね。これもなんだか嬉しくなってしまいます。日本のこれまでの誠意や資金援助,技術提供などを必ずしも正当に評価せず,感謝もしない国は極東のごく一部の国々に限られた現象でしょうか(笑)。
さらに人口約31万人のモルディブの人たちは概して貧しいのですが,短期間のうちに約4600万円もの義捐金が集まったそうですし,お金のない人は地場産業品であるツナの缶詰を持ってきてくれたそうで(約69万個),それらのツナ缶は国内の業者が引き取り,塩水でなくオイル漬け,缶切りなしで開けられるプルトップの日本特別仕様にまでしてくれました。本当にうれしいことです(涙)。
私がかつて所属していた法律事務所の同僚にM弁護士がおり,彼は確か平成9年か10年ころにモルディブに夫婦旅行をしました。帰国後に彼は,本当に良い所だったなあと言っていたことを思い出します。私も時間とお金があれば是非言ってみたいと思います。
たまに帰り道で後悔すること
もういつの頃からだったか,我が家では,その日の夕飯の内容は朝食の席上で,父親である私が決めてきました。こんなことを言いますと,夕食内容の決定については私がスターリンや毛沢東のような冷徹な独裁者のようにも聞こえますが,実際にはそんなことはなくごく自然に歴史的に形成されてきた慣例のようなものですし,うちのカミさんも娘のあかねちゃんもむしろその方がいいようです。いつも自分ばかりが決めちゃ悪いかなと思ってフッてみても,結局は「お父さんが決めてよ。」ということになってしまうのです。
そんな訳でたいていはその日の夕食の内容は,「家族の総意」に基づいて私が希望を出して決まってしまうのですが,たまに自分の帰り道で,希望内容を急遽変更したいと言いますか,あぁ,しまった!と後悔することがあります。それは,徒歩帰宅の経路(その日の気分や信号の状況によってコロコロ変わります)にある肉屋さんの横を通り過ぎて,コロッケやミンチカツの良いにおいがしてきた時です。あぁ,無性にコロッケとミンチカツが食べたい,と思ってしまうのです。でもその時間に気づいても後の祭りなのです。カミさんはもう既に,私が朝食の席上で決定した夕食の準備をしているからです。
それにしても,割と空腹になっている帰宅途中にコロッケやミンチカツの良いにおいに出くわすと,たまりませんね。私はやったことはありませんが(笑),麻薬のようなものです。特にコロッケはごくシンプルなビーフコロッケ(衣も分厚くないやつ)が好きで,これにかけるソースは中濃ではダメです,ウスターソースでなければなりません!
首尾良く朝に希望をちゃんと述べ,夜の食卓にコロッケやミンチカツが並びますと(カミさんの機嫌の良いときなどはこれに加えて串カツまでが並ぶのであります),結局はこれらはお酒のおつまみになってしまい,ご飯はお茶漬けか何かでかき込みます。くれぐれも糖尿病にならないように気をつけたいと存じます(笑)。
自然の呼び声に応じて・・・
その小学校の桜は本当に素晴らしい。徒歩で通勤する途上にあるその小学校は,その敷地の東西南北の全方向に桜の木が植えられていると思いますが,今は桜が正に満開で,その素晴らしさに思わず足を止めて魅入ってしまいます。
被災された世帯の児童は,それぞれの地でどのような新学期を迎えられたのでしょうか。ニュースでは一部地域の児童は集団疎開のような形で,他地域への転入学によって新学期を迎えざるを得ないということが報道されておりました。このたびの震災では言葉にならないような悲しみを味わったかもしれませんが,最終的には人こそ財産ですから,とにかく希望をもって学問に励んで欲しいと切に願います。
桜の花を見ていると,その美しさだけでなく,はかなさと潔さを感じます。自然の呼び声に応じていつでもこの世を去る覚悟ができている潔さです。「散る桜 残る桜も 散る桜」です。
さてそれにしても,潔い桜の話の直後にこういう話題で気が引けるのですが,菅直人という首相は,もう完全に引きこもった状態になってしまっています。無為無策の状態で,その出処進退についても潔さなどさらさらありません。
ただどうしてこういったことすらできないのかと思うのは,国際的,対外的な情報発信です。国際社会は,このたびの大震災に際し,多くの人的・物的支援をしてくれているだけでなく,義捐金活動も半端なものではありません。同盟国のアメリカの「トモダチ作戦」だけでも68億円の負担,台湾の義捐金活動による総額は100億円を超えたというではありませんか。本当にありがたいことです。一方,福島第一原発の事故処理については,諸外国も固唾をのんで見守っております。菅という人は,引きこもってしまっており,記者団の質問にも答えないような状況です。こんな人に,国際的,対外的な情報発信を期待しても無理なのかもしれませんが,なぜ,このたびの諸外国の支援に対して大々的に謝意を示せないのでしょうか。首相自らが電波に乗って,声を大にして「ありがとうございました。」と言うべきなのです。さらに,福島第一原発の事故処理の現状はこうなっています,現在はこういう方針で臨んでいます,危険情報を含め,情報はオープンにします,しばらくはご心配をお掛けしますがご協力をお願いします,となぜ言えないのでしょうか。彼は「最小不幸社会」の実現を○○の一つ覚えのように言っておりましたが,こういう人を首相にしてしまっているこの事態こそが「最大不幸」なのです。
そこまで愛される日本なんだから我々が愛さなくてどうする
読売ジャイアンツのブライアン・バニスターという選手が,東日本大震災後の3月15日,球団に全く無断でアメリカに帰り,その後再来日の意志はないと一方的に通告してきたため,制限選手扱いになっているそうです。それは確かに,大震災の後に大使館員を本国に引き揚げさせた国もあるくらいだから,この選手が本国(アメリカ)に帰りたかったのも無理はないかもしれないでしょう。しかし,「無断」はないでしょう。ジャイアンツとしては,こんな選手は早々に戦力外となった方がよかったと思います。
こんな人と比較するのは誠に失礼ですし,不謹慎かもしれませんが,私がよく見ている「ねずきちの ひとりごと」というブログでは,ねずきちさんが素晴らしいアメリカ人女性教員の記事を紹介してくれておりました。本当に感動しました。
この女性教員は,宮城県石巻市の小・中学校で英語を教えてくれていたテイラー・アンダーソンさんというアメリカ人です。石巻での教員生活も3年目に入っていたのですが,東日本大地震の直後,津波警報がけたたましく鳴る中で,教え子すべての子供たちを親に引き渡すまで,津波の恐怖から逃げなかったのです。彼女と一緒にいた小学校の関係者によると,地震直後,彼女は恐怖で泣きじゃくる子供たちを励まし,子供たちを親に引き渡すまで学校に待機し,最後の子供を親御さんに引き渡してから,自転車に乗って高台に避難しようとしていた際に,誠に残念にも津波にさらわれ,命を落としてしまったのです。
彼女のご親族やフィアンセもテイラーさんの死後,現地を訪れています。その際のお父さんは「娘は日本の文化や人々をとても愛していました。」とおっしゃっています。また,テイラーさんのご両親は,日本の復興を支援するための義捐金活動を始めるということですし,その理由についてお姉さんのジュリアさんは「それは、テイラーが望んでいたことだからです。彼女は、自分が魅せられた日本で、自分の望んだ世界に住んでいたと思います。彼女なら、この美しい日本が復興することを何より願っているはずです。私たちは、彼女の名にかけて、日本が元に戻るように働きかけていきたいと思います。」と述べています。また,お母さんのジーンさんは,テレビの取材に対し,「娘の死に方は、彼女の人生観を象徴しています。娘は人に対して深い思いやりを持った温かい性格です。彼女が、この世で行った最期の行いは人を救うことでした。それは何より、彼女の人柄を物語っています。テイラーは、生徒たちから、大好きな先生として慕われていたようです。私は、娘を誇りに思っています。」と話しておられます。・・・素晴らしいことです。このブログを書いている最中にも,泣けてきます。
この地震の翌日は,テイラーさんの勤務する学校の卒業式が予定されていたそうで,彼女は生徒一人一人に手書きで,英語と日本語を交えたメッセージを用意していたそうです。素晴らしいことです。ただ願わくば,他の同僚の先生が幸いご無事であったのなら,彼女を一人で自転車で避難させるような状況にせず,むしろ彼女を少しでも安全な方法へ誘導してあげることができていたら・・と思います。
あぁ,これほどまでに日本の文化や人々をとても愛し,魅せられていたアメリカ人女性がいたのです。我々日本人がこの日本を愛せなくてどうするのでしょう。
あたかも避難するかのように
この時期に避難などといった言葉を軽々に発するのは不謹慎かもしれませんが,昨日私は,ある喫茶店から,あたかも避難するかのように逃げ出しました。昨日は午前中から約3時間,ある場所で法律相談を担当し,次のお仕事(労働者側と使用者側との間の紛争解決のあっせん)まで約1時間の余裕がありました。そこで思いついたのは,あるデパートの最上階にある中華料理店でとても辛いマーボー豆腐を食べることでした。
しかし,既に午後1時を回っているというのに,この日はあいにく満席のようでした。困った・・・。次の仕事が始まるまでに腹ごしらえをしなければ。結局,あちこちにチェーン店を展開しているある喫茶店に入り,サンドイッチとコーヒーを注文したのです。注文を聞きに来たのも,食事を持ってきてくれたのも同じ女性で,話し方から中国の方だと思われました。レジや食器洗い,その他の店員さんも,その話し方からやはり中国の方だと思われました。最近ではコンビニ店員も外国人を雇用しているケースが極めて多く,もう驚かなくなりつつあります。
ところが,その店員さんらの食器(コーヒーカップや水を入れるコップ)の扱い方がとてつもなく粗雑,乱雑で,尋常ではなかったのです。ガチャ,ガチャ,ガチャーンといったような音が,頻繁に私の席の後ろの方でするのです。特にコーヒーカップの仕様は厚くて頑丈そうだし,ひょっとして放り投げているのではないかと思ったくらいです。こんな食器の扱い方には,私は慣れておりません。恐怖感さえありました。午後のひととき,ゆっくりと食事をしながらコーヒーでも,と思っていたのに,ガチャーン,ガチャーン,ガチャ,ガチャ,ガチャーン・・・,です(苦笑)。私は,あわててサンドイッチをほおばり,あたかも避難するかのようにその喫茶店を出たのです。
午後2時から予定されていた仕事はうまくこなすことができました。でも,事務所に帰ってロッカーの鏡を見ましたら,何と私の右頬にパンの粉が2つほど付いたままだったのです。慌ててサンドイッチをほおばって,逃げるようにして避難したからでしょう。右頬にパンの粉を付けたままの紛争解決あっせんですか・・・。それだけで説得力がないのに,よく合意をしてくれました。私は普段から,ランチの時は,カレーや味噌煮込みの味噌などがワイシャツやネクタイに付かないように気をつけて食事するようにしています。なぜならば,法律相談や打合せなどで,いくら私が法律家として理路整然とお話ししても,カレーや味噌がネクタイ等に付いたままですと,依頼者などにとっては,それだけで説得力がなくなってしまうのではないかと危惧するからです(笑)。昨日は恥ずかしい思いをしました。ほっぺたですからね。それにしても,誰か教えてくれたらよかったのに。
スコアアップの守り神
さる3月26日には,名古屋市内で総勢約80名によるゴルフコンペが開催され,私は幹事の一人としてプレイもせずに裏方に徹しました。このコンペはずいぶん前から企画,準備されてきた訳ですが,このたびの東北関東大震災での甚大な被災状況にかんがみ,開催するかどうか熟慮されましたが,最終的にはチャリティーを兼ねつつ予定どおり実行することに決しました。
このゴルフコンペには,森口祐子さんをはじめとして合計3名の女子プロゴルファーもご出席いただきました。私は,このゴルフコンペの表彰式等の司会を担当したこともあって,森口祐子プロとお話することがあったのですが,大変に気さくな方でした。森口祐子プロは,何とツアー通算41勝,現在僅か6名しかいないLPGAツアーの永久シード保持者のお一人です。
このコンペも無事に終了し,表彰式も盛会でした。私もその他の幹事も,プレイもせずに裏方に徹したご褒美でしょうか,何と・・・,森口祐子プロのサイン色紙をいただくことができました。しかも,その色紙には私の名前も記載してくださいました。このサイン色紙さえ保持していれば,スコアアップは間違いありません。私のゴルフの守り神です。
また,チャリティーを兼ねたこのゴルフコンペの開催により,20万円近くもの義援金が集まりました。是非,被災地の皆様のために役立ていただきたいと思います。
日本人の強さ
東日本大震災の報道を目にするにつけ,今はただ,自分の置かれた立場でできることをするだけである。
それにしても,今回の大震災で改めて日本人の心の強さを感じた。フィナンシャル・タイムズ・アジア版(英国)が報道しているように「日本はこの災害に対し尊敬すべき忍耐力で立ち向かっている」と思う。以下に引用するツィッターのつぶやきはお気に入りのブログに掲載されていたものであるが,どのつぶやきも本当に私の心を揺さぶり,また涙を誘った。
-昨日の夜中,大学から徒歩で帰宅する道すがら,とっくに閉店したパン屋のおばちゃんが無料でパン配給していた。こんな喧噪の中でも自分にできることを見つけて実践している人に感動。心温まった。東京も捨てたもんじゃないな。
-4時間の道のりを歩いて帰るときに,トイレのご利用どうぞ!書いたスケッチブックを持って,自宅のお手洗いを開放している女性がいた。日本って,やはり世界一暖かい国だよね。あれ見たときは感動して泣けてきた。
-物が散乱しているスーパーで,落ちているものを律儀に拾い,そして列に黙って並んでお金を払って買い物をする。運転再開した電車で込んでいるのに妊婦に席を譲るお年寄り。この光景を見て外国人は絶句したようだ。
-(復旧して終夜運転に従事している東京メトロの)駅員さんに「一生懸命電車を走らせてくれてありがとう」と言っていた子供を見た。駅員さん泣いてた。俺は号泣してた。
-ホームで待ちくたびれていたら,ホームレスの人たちが寒いから敷けってダンボールをくれた。いつも私たちは横目で流しているのに。あたたかいです。
それに,お気に入りのブログの一つに「草莽崛起-PRIDE OF JAPAN」というのがあるが,そこには津波に襲われる直前まで必死で住民に無線放送で避難を呼びかけ,行方不明になった女性公務員のことが書かれていた(比嘉洋さんという方の記事)。遠藤未希さん(25歳)は宮城県南三陸町の危機管理課の職員であるが,彼女は,勇敢にも役場別館の防災対策庁舎(3階建て)に残って,住民に対し「早く逃げてください」と必死で避難を訴える無線放送を続けた。高さ10メートルの津波が同庁舎を襲うまで。そのとき彼女は庁舎屋上の無線用鉄塔にしがみついていたが,無情にも津波は彼女をさらった。今もその行方は分かっていないということである。その庁舎は今は赤い鉄骨を残すだけになっている。生き残った職員の話によると,未希さんは荒れ狂う波に流されてしまったとのこと。彼女の必死の避難放送で助かった人も多い。
彼女は自らの生業(なりわい)を全うしたのだ。不覚にもまた泣けてきた。
詰み
きのう,裁判所での仕事を終えて車で事務所まで戻ろうと中日新聞本社前の道路を信号待ちしていたら,将棋の加藤一二三九段(元名人)にそっくりな人を見た。確信まではもてないが,そっくりというより棋士の加藤さん本人だったのではないかと思う。つい1か月ほど前にNHKで加藤さんの将棋解説を見てその最新の風貌も知っているし,中日新聞は将棋の王位戦を当時3社で主催しており,加藤さんは元王位でもある。何かの用事で中日新聞本社に来ていたのではないか。自分の高校時代,大学時代はけっこう将棋を指していたし,居飛車一辺倒の加藤さんの棋風は好きだった。
将棋で思い出したけど,先日,NHKで「将棋界の一番長い日~第69期A級順位戦最終局~」という番組を最初から最後まで見た。これも偶然にチャンネルを合わせたら巡り会えたのである。この番組は毎年A級順位戦の最終局を中継し,その息詰まる熱戦の模様,名人戦挑戦者の決定やB級1組への降級者の決定など,悲喜こもごもの様子が手に取るように分かるのである。棋士同士の生のドラマなのである。そして,A級といえば,棋界の頂点を極める者達のすみかであり,彼らが全身全霊を打ち込んで繰り出す最善手,鬼手が満載の将棋もとても見応えがある。
今年の名人挑戦者は7勝2敗で森内俊之九段となり,彼が羽生善治名人に挑戦する。第18世名人と第19世名人との対決である。ほんとにすごいねぇ・・。
それにしても,勝者と敗者が分かれる瞬間,すなわち投了の瞬間は,敗者の心情を思うと見ている私たちも辛いものがある。詰みが発見された瞬間も・・・。将棋の詰みというのは,王将がどこにも逃げられなくなることをいう。
産経新聞の記者が書いていたけど,そういう意味では,菅政権や民主党政権は既に詰んでいる。詰んでいるんだから,もう国家,国民のために一刻も早く投了すべきである。
やっぱり青木さんはホントにいい人だった
さてさて,同業者同士の来週の京都旅行に備えて,新撰組コース責任者の私は,昨日(3月3日)も下見に行ってきました。本当は仕事をやりたかったのですけどね・・。でもその一方で,京都の一人散策はこれまた楽しい。
最初の目的地は京都御所でした。と,ところが・・・,地下鉄今出川駅から地上に上がった瞬間に私が見たものは,相当の勢いで降っている雪でした。もう,おひな祭りだというのに。ああ,今日の下見は先が思いやられる。早速コンビニで500円の透明ビニールの傘を買い,当日の昼食会場までの足取りを確かめた後,京都御所に向かいました。京都御所の中へは事前の参観許可書が必要ですので(当日の分は既に入手済みです),この日は許可書受付までの道順やその周辺(京都御苑),蛤御門などを確かめておきました。
そうこうしているうちに,午前11時30分となりました。少し早かったのですが,次の目的地である壬生界隈に向かう前に,御所周辺でランチをとることにしました。その日の晩は,娘のあかねちゃんの期末試験終了慰労とひな祭り祝いをかねてしゃぶしゃぶをすることになっておりましたので,軽めのランチにしました。場所は,京都御所蛤御門のはす向かいにある小さな喫茶店でした。店内には客は誰もおらず,おばあさんが一人で頑張っておりました。カレーライスとコーヒーを注文。少し経った頃,電子レンジ何かの「チン」という音がしました。出てきたカレーライスはごく普通のものでしたが,明らかにレトルトカレーだと思われます(笑)。でも,腹も減っていたし,そこそこ美味しかった。食べている間,コーヒーをいただいている間は,そのあばあさんとずっと世間話でした。昔のひな祭りではちらし寿司を毎年作って嫁いだ娘に食べさせたこと,そしてもうこの場所で43年間も喫茶店を続けているとのこと。何よりです。細々ですが,京都御所の直ぐ近くで半世紀も喫茶店の営業をしてこられました。これからも長生きして欲しいと思いました。
さて,それから向かったのは壬生の光縁寺です。新撰組総長であった山南敬助らの墓所です。ご住職が丁寧に応対してくださり,墓参りをして帰ろうとすると,ご住職は戸を開け放ち,本堂とご本尊を見せてくださいました。そこでも約30分くらい話し込んでしまいました。壬生の人たちの新撰組に対する感情は相半ばするのかもしれませんが,忘れ去られることはないでしょう。
次に前川邸を経て,八木邸です。新撰組の一番最初の屯所の一つで,芹沢鴨らが粛清された場所でもあります。その際にできたと言われる柱の傷も見てきました。その後は,壬生寺です。ここも新撰組ゆかりの寺で,地下には平安時代にできた仏像もありました。仏像などを眺めると本当に気が休まります。
もうこれで新撰組コースの道案内等は完璧です。さてこの段階で午後2時ころになっておりました。歩き疲れていた感はありましたが,前回の下見の時と同様,再び新選組記念館の青木さんを訪れました。アポなしです(笑)。いつもどおり2つの灯油ストーブが置いてあり,アットホームな記念館です。何かに憑かれたように,どうしても足が向いてしまうのです。それくらい青木さんは,おそらく入れ歯だと思うのですが(笑),魅力的なのです。青木さんは京都で生まれ,同志社大学を出て長年銀行マンとして活躍し,民家を改造して新選組記念館を作ったのです。玄関先には新選組の旗が立てられています(笑)。私が青木さんの所を訪ねると,なまじ私も新選組に関するそこそこの知識があるものだから,どうしても長話になってしまうのです。青木さんは次から次に私に資料をくれます。恐縮してしまいます。遠慮したのですが,勝海舟と木戸孝允の肖像画もくださいました。どうせいただくならば,本当はその間にあった西郷隆盛の肖像画が欲しかったのですが・・・(笑)。そんな最中に地元の信用金庫の人が預金勧誘の営業活動にアポなしで訪ねて来ても,青木さんはイヤな顔一つせず,部屋に「上がられますか。」と勧めるような人なのです(笑)。青木さんは本当に新選組と歴史と京都を愛する人なのでしょう。光縁寺のご住職も青木さんのことはご存知でした。
約1時間青木さんと話し込んだ後は,やはり小腹が空いたので,南座の向かい側(祇園の入り口)辺りにある「一銭洋食」に行きました。時間帯が食事時ではなかったため,お客さんの人数よりも,店内に飾られているマネキンの方が数が多かったようですが(笑),お好み焼き風の美味しいおやつです。途中で40歳代と思われる金髪の外国人女性も一人で訪れました。彼女も「一銭洋食」が好きなのでしょう。
青木さんはいい人だった
3月11日と12日は,同業者同士で京都旅行の予定になっております。総勢100名を超える大旅行ですが,私はその中の「新撰組コース」の責任者の1人です。旅行を成功させるには何より下見が重要であることはよく分かっております。そんな訳で,昨日は京都まで下見に行ってきました。1日で全行程の下見をすることは無理ですが,昨日は主として第2日目の行程の下見を行いました。新幹線「のぞみ」に乗れば名古屋から京都までわずか32分で着いてしまいます。近いものです。
まずは二条城に到着。入場料600円を払って全体をくまなく見ました。二の丸御殿の中には大政奉還の間もありました。二条城の敷地全体は早歩きで約45分で下見ができましたが,問題はその後でした。京都所司代屋敷跡と京都守護職屋敷跡を徒歩で探し回ったのですが,結局は分からずじまい。これで相当に歩き疲れてしまいました。
昼食をとって,次は新選組記念館です。新撰組に関するディープでマニアックな世界に浸るべく(笑),この記念館を今度の行程に加えました。あらかじめ館長の青木繁男さんに予約を入れておきましたが,何しろ所在地がわかりにくかったので,五条千本の交差点に着いてから電話を入れたら,丁寧に道を教えてくれました。中に入ってみると,ご自宅を記念館に改造したらしく,京都の古民家風でアットホームな感じで,いろいろな資料がありました。何よりも館長の青木さんはいい人でした。
新撰組をめぐる話題で,青木さんとは大変に話がはずんでしまい,長時間お邪魔をしてしまいました。その間にも,家族連れや若い女性一人での来訪などもあり,結構繁盛しております。青木さんにはこの新選組記念館からの散策コースについてのアドバイもいただきました。また,新撰組で一番の手練れ(てだれ)は誰だと思うか,坂本龍馬を暗殺した人物は誰か,吉村貫一郎の実際の最期はどうだったと思うかなどの質問をしましたら,それまでの自分の研究を踏まえ,大変興味あるお話をいただきました。いやー,面白かった(笑)。当日も小一時間くらい,お話をしていただく手はずとなったのです。
少し長居をした後に新選組記念館を辞去し,青木さんからもらった資料やアドバイスにしたがってその後の行程の下見をしたのです。具体的には,輪違屋,角屋,西本願寺(太鼓楼など),七条油小路,本光寺,新撰組最後の屯所となった不動堂村などを経て,京都駅に到着したのです。このうち,本光寺には確か暗殺された伊東甲子太郎が絶命直前に腰掛けたと言われる石などがあると思ったのに,表には出ておりません。私がそこでメモを取りながら佇んでいると,後ろから声を掛けてくれた人がおりました。はす向かいで理容店をやっているご主人です。この方とも少しばかり立ち話をしました。やはり歴史好きの人はいるものです。どうやらこの本光寺のご住職は最近亡くなり,現在は住職不在で,門のカギをこのご主人が預かられているとのこと。門を開けてもらいましたら,そこに伊東甲子太郎殉難の碑がありました。旅行当日は,私が理容店をのぞき,合図をしたら門を開けてもらえる手配をしてきました。このご主人も感じが良く,新選組記念館の青木さんのこともご存知でした。
さて,本番の旅行当日までにはあと1回,主に第1日目の行程の下見が必要だろうと思います。この時も青木さんと話し込んでこようかな。とにかく青木さんはいい人でした。
ちょっと遠い昔に感じたほのぼのとした感謝の念がよみがえってきた件
いつのことだったか,数日前の食後のひととき,うちのカミさんの携帯電話にメール着信の音が鳴った。どうやら彼女の高校時代からの友人で,主婦をしている仲間からのメールだったようで,その息子さんがこのたび希望の私立中学に合格したらしい。
その方には一度もお会いしたことはないが,以前からその方の名前は聞かされており,うちの娘のあかねちゃんより5つほど年下の男のお子さんがいらっしゃることも知っていた。そうか,その息子さんももう中学生になるんだな,早いものだと感じるとともに,その受験合格の吉報を嬉しく思った。
今も覚えているのだけれど,その方は,娘のあかねちゃんが誕生して間もなく,手作りのパッチワークの手芸品と,赤ちゃんでも片手で握ることのできる大きさの人形を贈ってくださった。どういう訳かそのことははっきりと覚えているのだ。うちのカミさんもその方も,結婚した時期はそれほど離れてはおらず,お互いに早く子供が欲しかったと思う。その方は一足先に子宝に恵まれたカミさんと生まれたばかりのあかねちゃんに,心のこもった贈り物をしてくれたのだ。そのパッチワークは,ファスナー付きのいくつかのポケットがちりばめられていてそれで子供が遊ぶことができるようになっており,心を込めて作られたことがありありと分かるのである。そのパッチワークの上で寝転がっているあかねちゃんの写真もある。また,それ以外にもさきほど述べた人形の贈り物もあった。人形といっても,クマさんか何かの動物で,その表情が何とも可愛かったのである。
その贈り物を目にした時,私は,ああ,この方はうちのカミさんの本当の友達なんだな,カミさんも心根の優しい良い友達をもって幸せ者だなと心から感じたものである。今でもそのことをはっきりと覚えている。それから約5年後,幸いにしてその方も子宝に恵まれ,もうそのお子さんが晴れて中学生となるのである。月日の経つのは早いものだ。一方,そのあかねちゃんも,来年の今頃は大学受験という修羅場を迎えることになる(笑)。
先日,カミさんの携帯に届いた真の友人からのメール。ちょっと遠い昔に感じたほのぼのとした感謝の念がその時よみがえってきたのである。
納豆の凄み
二日酔いの朝など食欲のない日以外は,朝食には必ずと言っていいほど納豆をいただいております。納豆というのは美味しいですね。この日本古来からの食品は,何と言っても健康に良さそうだという安心感がありますし(もちろん国産大豆のものを選んでおります),美味しいから食べてしまいます。冷蔵庫に1つしかない場合には,誰がそれを食べるのかについて,娘のあかねちゃんとジャンケンして決めようと提案しますが,最近ではあかねちゃんが譲ってくれます。とてもよくできた子で,大人だと思います(笑)。なお,うちのカミさんも納豆はたまに食べますが,あまりこの食品には執着はないようです。
さて,私は自分で言うのも何ですが,けっこう読書家だと思います。いろんな本を読みはしますが,ついこの間,納豆の本まで読んでしまいました。「納豆は効く」(須見洋行著,ダイナミックセラーズ出版)という本です。この著者である須見洋行さんは医学博士で,何と,ナットウキナーゼの発見者なのです!
これまで漠然とではありますが,健康には良かろうと思いながら食べていた納豆ですが,本当に健康に良いのです。納豆には凄みすらあります。剣の腕にたとえれば「手練れ(てだれ)」といってもいい(笑)。この本はさすがに医学博士,そしてナットウキナーゼの発見者が論述されているように,納豆の凄さが各種データに基づき,理論的に示されております。では,納豆に含まれる有効成分ごとに簡単に受け売りをさせていただきます。
まずはナットウキナーゼです。これは血栓溶解酵素で血液の浄化作用もあり,脳卒中や心筋梗塞,老人性認知症の各予防に効果を発揮します。その血栓溶解作用の凄さはデータ的にも実証済みです。
次に,レシチンです。これは細胞にとって必要な物質(栄養分)を取り入れ,不要な老廃物を排泄し,生命の基礎となる代謝に深く関与し,血液中のコレステロールや中性脂肪を除去してくれます。またインスリンの分泌を活発にして血糖値を下げる働きもあるそうです。ありがたいじゃありませんかっ。
さらには,サポニンです。これには正常細胞がガン細胞に変化するのを抑制する作用があり,乳ガンや前立腺ガンの予防にも効果的のようです。まぁ,私の場合は,かつてマンモグラフィー検査という男性にとっては筆舌に尽くしがたい検査を受ける羽目になった経験はあるものの,乳ガンは大丈夫だと思いますけど。
さらには,イソフラボンです。これには悪玉コレステロールが酸化するのを防ぐので,血管の老化を抑える効果がありますし,女性ホルモンと同様の働きもあるそうです。女性ホルモンと同様の働きといえば,ひょっとして大切な髪の毛,育毛にも良いかもしれない。実際に,頭皮の毛母細胞,毛乳頭まで栄養を運んでもらうためには何よりも血液がサラサラでなければなりませんし,イソフラボンはそのような作用もあります。私と同業のY弁護士も薄毛に悩む一人ですし(ただ,最近では妙に明るくてハゲの悩みから達観したかのような感じもあります),彼にも納豆をお勧めしようかしら(笑)。
このようにして私は,毎朝美味しく,しかも健康でいたいと思いつつ,しかも副次的には髪の毛がフサフサになるように期待しながら,納豆をいただいているのです。
いまわの際に
先日の晩も,今日も一日終わったなどと思いながら,晩酌をしようとしておりました。たまたまその時にテレビで放送されていたのは,3年前に亡くなった作曲家の遠藤実さんのお姿でした。その番組が何だったのか覚えはありませんが,NHKだったことは間違いなく,「あの人に会いたい」シリーズだったのではないかと思います。
遠藤実さんといえば,日本の戦後歌謡界を代表する作曲家です。昭和生まれの人ならば,誰でも遠藤実さんの曲の多くを耳にしたことがあるはずでしょう。その番組で遠藤さんがしみじみと,時には涙ながらに語っておられた話を聞いて,私も思わず目頭が熱くなってしまいました。晩酌前に・・・。
功成り名を遂げた遠藤さんも,お若い頃はなかなかお金を稼ぐことができず,奥様(節子さんとおっしゃるそうです。)に苦労をかけ,結婚式も挙げられなかったそうです。そのような中で遠藤さんは,西荻窪かどこかの時計屋さんのショーウィンドーに飾られているオパールの指輪を,そこを通るたびに額をガラスに押しつけながら何度も何度も見ていたそうです。いつかお金に余裕ができたなら,結婚式も挙げてやれなかった妻のために,絶対にこのオパールの指輪を買ってあげようと固く決意しておられたようです。そのようにして毎日のようにその時計屋さんのショーウィンドーに額を付けてその指輪をご覧になっていたそうです。そしてようやく自分の曲がヒットし,お金が入ったので,念願のそのオパールの指輪を奥様に買って差し上げたそうです。
遠藤さんは残念ながら奥様に先立たれてしまったのですが,贈ったその指輪は,寝室のベッド脇の大切な物入れの中に奥様が大事そうにしまわれていたそうです。
遠藤さんが奥様を看取る際には,遠藤さんは半身で起きた奥様を抱え,今までの心からの感謝の気持ちを伝え,これに対して奥様は「あなた,私は幸せ者でした。」とおっしゃったそうです。その番組はそのように涙ながらに語る遠藤さんの生前のお姿を放送したものでしたが,晩酌前だというのに,私は若干もらい泣きをしてしまいました。
さて私の場合はどうでしょうか。いまわの際(きわ)に,「あなた,私は幸せ者でした。」と言ってもらえるのでしょうか。
こんなの見ましたけど・・・
我が家の朝ごはんの時には,前夜見た夢の自慢話で持ちきりになることがある。自慢話といっても,自分が前の晩に見た夢がどんだけ奇妙なものであったかを競い合い,自慢し合うのである。
数日前の朝ごはんの際には,私は完全に聞き役に回る羽目になり,娘のあかねちゃんとカミさんに圧倒されてしまった。まず,その前夜にあかねちゃんが見た夢の断片は,次のようなものであった。お父さん(私のこと)は既に寝室で床に入り,寝ているはずなのに,玄関先でゴソゴソと物音がしたため,不審を抱き怖くなったあかねちゃんとお母さん(カミさんのこと)とが一緒に恐る恐る玄関の方へ見に行ったところ,全く同じ顔をしたお父さん(私のこと)がそこに2人いて,その2人が仲良く手をつないで入って来たという夢だったそうな。ある意味ではすごく怖い夢である(笑)。とても奇妙である。
これを聞いたうちのカミさんは,これと張り合うかのように,鬼の首を取ったようにその前夜に見た夢を得意げに語り始めた。うちのカミさんのその夢の断片は,次のような単純かつ奇妙なものであった。うちのカミさんの面前に巨大な蝉(セミ)が現れ,その巨大なセミがカミさんを圧迫するかのように迫ってきたものだから,彼女は必死に両手を突っ張ってその巨大なセミを向こうに押しやろうとし,その際に思わず声が出てしまい,その自分の声で目が覚めたというのである。と,とてもシュールな夢である(笑)。単純で奇妙過ぎるにもほどがある(爆笑)。シュールだ。キリコやダリの絵のように(笑)。
このように,その日の朝は前夜の夢の奇妙さ自慢で,あかねちゃんとカミさんに圧倒されてしまった。我が家には,「こんなん見ましたけど・・・」とか,「・・,まだまだ,・・・自分なんかもっと変な夢だったけど」などと,前夜の夢の奇妙さを自慢し合う風土がある。それにしても,目前の巨大なセミを両手で押しやるなどといったシュールな夢を平気で見てしまうような連れ合いと,これからどのように折り合いを付けて暮らしていけばいいのかしらん・・・(笑)。
日本人の足が遠のくようでは・・・
最近はとても冷えるので,先日のランチ時,久しぶりに味噌ラーメンでも食べて暖まろうかと思ったら,そのラーメン屋さんが無くなっており,色彩的に派手で大きな中華料理屋に変貌していた。店構えからすると,かつて私がたまに訪れたそのラーメン屋が併呑されてしまったような感じであった。そのラーメン屋のラーメンは割に美味しかったと思うのだが,何しろ時間帯によっては数的優位(店員2名とお客1名とが対峙する状況)を作られてしまうような時もあったのだから,無理もないかもしれない。でも少し寂しい。
また,朝の徒歩通勤の途上でいつも見かけるうどん屋さんも,昨年末には「12月20日限りで閉店させていただきます。長い間ありがとうございました。」の張り紙がしてあった。それに今朝は,やはり通勤途上にあるお弁当屋さんのガラス戸に「当分の間休業いたします」とあった。なにやら町中に元気がないような気がする。
ところで話は変わるが,先日(1月27日)の産経新聞には,富士山周辺を買いあさる中国資本のことが書かれていた。河添恵子さんというジャーナリストの記事であるが,わが富士山を望む山中湖畔の富士山ガーデンホテルが中国資本に買収され,それが中国人仕様にリニューアルされ(笑),その社長は今後も「少なくとも十数棟のホテルを買収する予定」などの方針を示しているという。しかも,富士山周辺ホテルの半分以上が中国資本になったなどといった情報もあるそうだ。また,現在では日本各地のホテルや旅館では中国人旅行客を招き入れて売り上げを維持,拡大している所もある。
でもね,売り上げや収益確保という観点からはそれが合理的なのかもしれないが,本当にそういった方向で良いのだろうか。この産経新聞の記事には,「食事中にタンを吐いたり,声が大きいことから常連客に『もう来ないぞ!』とお叱りを受けた」,「ご利用いただいた後は,床掃除やトイレ掃除を終えないと次の客を入れられません」などといったホテル等関係者の発言も記載されていた。私だって,掛け湯の習慣のない人あるいはそれをしない人と,一緒に湯船に浸かりたくはないのである。
奥歯に物が挟まったような言い方をやめ,敢えて言うならば,古くからの,そして日本人的な楽しみ方をしたい本来の日本人旅行客の足が遠のいてしまう嫌いはないのだろうかと言いたいのである。
またまた忙中閑ありの東京出張
昨日は東京出張でした。名古屋駅を午前7時30分に出発する訳ですから,いつもより少し早起きです。名古屋駅の新幹線口まではタクシーで行ったのですが,その運転手さんの名前は近藤勇さんでした(笑)。いや笑っちゃいけませんね,新撰組局長の近藤勇と同姓同名。新撰組局長は「いさみ」と読むのですが,おそらくこの運転手さんは普通に「いさむ」というのでしょう。降車するときは,この〝新撰組局長〟から「行ってらっしゃい!」と送り出してもらいました。何かしら,江戸で腕の立つ新隊士を募集して来いとでもいわんばかりに。朝から幸先のよいことでした。
さて,新幹線の中では往復の時間を利用して,現在委任を受けているある民事事件に関する4つの裁判例に目を通して研究しようと思っていたのです。で,でも,それがカバンの中に入っていないことに気づき,結局は,今読んでいる「一刀斎夢録」(浅田次郎著,文藝春秋)の続きを読むことになったのです(笑)。「一刀斎」って一体何だろうと思っていたのですが,新撰組三番組長(副長助勤)だった斎藤一を逆さまにした呼び名だったことが分かりました。それにどうやらこの小説では,坂本龍馬暗殺の実行犯が斎藤一であったことになっております。どうなることやら・・・。かつて浅田次郎の「壬生義士伝」を読んでいて何度も泣けたことがあり,今度も泣ける本がないか探していたところ,どうやら泣けるという前評判だったのでこの本を買ってみました。以前,「輪違屋糸里」では全く泣けなかったという肩すかしの苦い経験があるのですが,今回は本当に泣けるのかしらん。
東京での仕事を終えた後は,銀座の山野楽器で「バッハ・アラウンド・ザ・ワールド」というDVDを購入し,あとはいつも行く旭川ラーメン「番外地」(八重洲地下)で塩バターコーンラーメンを食しました。東京へ行ってこのラーメン屋さんに行かなかったことは最近ではないと思います。絶対に美味しいと思います。この店ではカウンターで誰にも邪魔されず黙々と食べるのが好きです。
仕事も溜まっていることだし,東京での時間もほどほどにして,早めに名古屋への帰途につきました。東京駅で新幹線「ひかり」に乗車するとき,僕の後ろにおられたのは,おそらく女優の浜美枝さんだったと思います。それは女優としての全盛期に比較すればお年を召された感はありましたが,やはりオーラはありましたよ。偶然にも,名古屋駅で下車する時も列の後ろは浜美枝さんだったと思います。若干ドキドキしました(笑)。
日曜の朝
いくら何でも,平日だけでなく,土曜日も日曜日も仕事という人生は送りたくない。残念ながら今は仕事がたまってしまって,そういう週がないとはいえない。でも,せめて日曜日の朝ぐらいはゆっくりしたいものである。
私は昔から,日曜日の朝は,朝ご飯を食べてから再びふとんの中に潜り込み,NHK教育テレビの「日曜美術館」にチャンネルを合わせることが多かった。音楽好きは昔からだけど,美術の世界にも何となく興味があったからだし,本当に美術の世界は私の知らないこと,興味をひくことが多すぎる。この番組に触発されて実際にその美術を鑑賞するということもあった。
それに,この「日曜美術館」の司会進行役には,NHKのアナウンサーだけでなく決まったゲストがいて,西村由紀江さんとか,森口瑤子さんとか,檀ふみさんとか,彼女らの美貌やソフトな語り口に癒され,そして何よりも幅広く取り上げられた美術の世界を垣間見るのが楽しみだった。
でも悪いんだけれど,最近ではどうもチャンネルを合わせる気がしないのである。最近のゲストはずっと姜尚中という人であり,なんかピンと来ない。いつも訳知りのシタリ顔だし,何か押し殺したような発声の仕方,そのコメントもなんかなーという感じなのであり,少なくともせっかくの日曜日の朝から見たい顔ではない。
そういう訳で,その日も結局チャンネルを変えてしまい,のんびりとチャンネル上でブラブラしていたら,な,何と・・・9時25分からあの懐かしの,心から再会したかった「ぜんまいざむらい」がやっていたのである。懐かしいー。ありがたいー。ぜん様,ずきんちゃん,豆丸に逢えたのである。ようやく癒されたのであった。もう少し放送時間が長ければいいのに(笑)。
そういえば,先日のテレビ朝日の「報道ステーション」で菅直人という,それはそれは器量の小さい,日本国首相のイスには全く場違いな人が出演していたが,普段の同番組の平均視聴率が13~14%程度はあるのに,この時だけは一挙に6.9%に暴落したのだと(爆笑)。視聴者は正直なもので,この時に一斉にチャンネルを変えてしまったとしか思えない(笑)。やはりあまり見たくない顔というのはあるようだ。
京都・大津へ
昨日も大変寒い一日となりましたが,大津の裁判所まで仕事に行きました。大津へ行くには新幹線で京都まで行ってからの旅になります。この日の大津での裁判は午後3時開始でしたから,昼食を京都でとるつもりで少し早めに名古屋を出発しました。
今年の3月中旬に,同業者の集まりで大勢で京都旅行を予定しており,私は,このうちの新撰組コースの案内人を仰せつかっておりますので,新撰組コース第1日目の昼食会場として既に予約済みのお店へ,下見に行こうと思い立ったのです。そのお店は「御所 雲月」といいます。JR京都駅から地下鉄を乗り継いで京阪の「出町柳」という駅で降り,歩いて約15分くらいの所でした。今出川通りを同志社女子大方面へ歩き,今度は寺町通りを少し歩くと到着でした。かなり迷うのではないかと心配したのですが,なんとかたどり着きました。お店の名前どおり,京都御所の割と近くのお店です。
予約もなしに一人で訪れたのですが,少し待っただけですぐに部屋に通されました。建物は相当に古いようですが,何とも味わい深いお店で接客もよく,午後の少し遅い昼食をとることになりました。おしながきの中でランチとして候補になりそうなのは,「穴子のおろし天丼と上賀茂野菜のけんちん汁」,「焼肴(やきざかな)と京漬物の京風茶漬」でした。迷ったのですが,穴子の方にしました。ほどよい量で本当に美味しかった。穴子の天ぷらには大根おろしが抱き合うようにして乗せられておりましたし,さらにその上にはシャキシャキと食感のよい水菜がちりばめられておりました。天ぷらの油をくどく感じさせないような配慮なのでしょうか。それと大きく具材を切った上賀茂野菜のけんちん汁も本当に美味しかった。このけんちん汁は薄い味噌仕立てでしたが,あっさりしていても出汁がよくきいていました。よいお店でしたし,よい下見ができました。
店を出て散策気味に歩いていると,初老のご婦人が二人,少しばかりの世間話をした後,何度も何度もお辞儀をして別れるシーンを見ました。日本人のしきたり,作法が残るよい町でした。
それからはゆっくりと大津の裁判所に向かったのですが,地下鉄の京阪三条という駅からは浜大津まで乗り換えなしで行くことができました。あとは浜大津からは旧東海道の風情を楽しみながら裁判所に到着し,無事に大事な仕事を終えたのです。
京都から名古屋へ向かう新幹線の車内では,前回の時はビールとおつまみでご機嫌でしたが,さすがに今回は二日酔い気味でもあったため(笑),京都と大津の町並みを思い浮かべながら静かに帰途についたのです。
父と娘の間で一瞬の緊張が走るとき~お為ごかし篇~
私は朝食に納豆を食べることが多い。何となくではあるが血栓を溶かしてくれそうだし,血液もサラサラになりそうだし,さらに良質のタンパク質,ビタミンB1,イソフラボン,亜鉛などが育毛に良いのではないかという「信仰」があるからだ。おそらく私が朝食で納豆を食べる割合は87%程度に達しているだろう。一方,娘のあかねちゃんも,父親が好むものを負けじと試してみる傾向があり,最近では彼女も朝食に納豆を食べる割合がおそらく71%を下らないと思う(ちなみに,うちのカミさんのそれは12%程度に過ぎない)。
ある日の朝食時,娘のあかねちゃんも納豆を食べるというので,私は冷蔵庫から納豆を2つ取り出し,私とあかねちゃんのランチョンマットの上に1つずつ置いた。見ると別々の銘柄の納豆しかなく,一つの方の賞味期限はもう一つのそれよりも3日ほど早い。でもいずれもまだまだ期限までに余裕はあるのだが,私は少しズルをして新しい方を取った。ただ,このうちの1つは大粒の納豆,もう1つは小粒の納豆であったことは明らかだったのだが(なお,うちの家族は国産大豆のものしか食さない),包装のフィルムが外されていたので外部からはどちらが大粒でどちらが小粒なのか判明しなかった。
とりあえず私の方のパッケージを開けてみると,ショックにも小粒の納豆だった。し,しまった・・大粒の方が良かったのに・・。そこで私は,遅れて着席したあかねちゃんに,何食わぬ顔で「賞味期限からするとこっちの方が新しいから換えてあげるわ。」と言って,少し遠慮し,固持したあかねちゃんではあったが,「新しい方がいいでしょ?」と言って,交換した。私はこのようにして,大人げなくも大粒の納豆の方を手に入れ,そそくさとマスタードやたれを入れてかき回し始めたのである。
その後にパッケージを開けた娘のあかねちゃんは,いつもと若干違う少しばかり鋭い視線を私に投げかけた・・・。父と娘の間に一瞬,緊張が走った(笑)。どうやらあかねちゃんも,大粒の納豆の方が良かったらしい。あかねちゃんは,利発なのか,瞬時にして私の目論見を見破ったのである。見破られた決定的な理由は,私が一度パッケージを開けた後で交換を申し出たからである(笑)。新しい方を相手に譲るのであれば白いパッケージに印字された日付を見れば足り,何もふたを開ける必要はないからだ(笑)。でもマスタードを入れないあかねちゃんとしては,もはや取り戻すことはできなかった(笑)。
見破られた後,私はあかねちゃんに,「お為ごかし」という味わい深い日本語の意味を講釈してお茶を濁しつつ,許しを請うのであった。
(注)「お為ごかし」・・・表面は人のためにするようにと見せかけて,実は自分の利益を図ること(大辞泉)。
あの人は今
こんな私でも,個別的労使紛争の解決のためのあっせん活動に一役買っている。労使間の労働紛争,たとえば,解雇,雇い止め,労働災害などで紛争が発生した時に,厚生労働省からの委託を受けて話し合いのあっせんをさせてもらっているのである。話し合いには紆余曲折あるが,ちゃんとまとまる(合意が成立する)ことが多い。
昨日もめでたく合意が成立した。その合間にあっせん員の控え室の一隅に何気なく目をやると,厚生労働省のパンフレットがあった。そのパンフレットの表紙には,ちょっと懐かしい人の姿があった。お笑い芸人のヒロシである。そのパンフレットには,「ヒロシです。悩んでるだけでは、いかんとです。」とあった。懐かしい不幸顔である。割と好きな芸人であった。数年前に発行されたパンフレットだろうが,彼はこのような形でも活躍していたのだ。例の自虐ネタで公の仕事もしていたのだ(笑)。
ヒロシのネタで好きなのは・・・。
「今度会うときは違う服を着てきてねと言われたことがあります・・・」
「友達の家に遊びに行ったら、おれのシャツとカーテンが同じ柄だったとです!!・・・」
「こんな布団もう嫌だと思いながら14年が経ちました・・・」
「猫から睨まれました・・・」
「携帯電話が鳴らないから・・・たまに鳴るとビックリするとです・・・」
「彼女の浮気が心配で、こっそり携帯電話をのぞいてみました・・・俺の番号は、取引先のグループに分けてあったとです・・・」
私は,厚生労働省のあっせん員の控え室の一隅で,懐かしい芸人を思い出し,感慨にふけっていたのであった(笑)。
さざんか
先日ある年配の方と一緒に歩いていましたら,それはそれは本当に美しい花が咲いておりました。割と高い木に咲いていたのですが,人間の握り拳の大きさで真っ白いきれいな花でした。私は恥ずかしながらあまり花には詳しくないので,その年配の方に「何の花でしょうか。」と尋ねましたら,「これはさざんか(山茶花)ですよ。」と教えてくれました。真っ白の見事なさざんかでした。そうか,さざんかというのはこんなに美しい花だったのかと思いました。また自分もいい年をして何も知らないのだなと恥ずかしく思いました。若い頃には路傍の花やその他の自然に見入るようなことはほとんどなかったのですが,最近では年のせいか,それとも精神的な余裕か,それとも現世への未練か,自然に見入ることが多くなりました。
さざんかで思い出したのは,童謡の「たきび」です。この歌の2番は次のような歌詞になっております。
「さざんか さざんか さいたみち たきびだ たきびだ おちばたき あたろうか あたろうよ しもやけ おててが もうかゆい」
いい歌ですね。好きな歌です。特に「あたろうか あたろうよ」という箇所も好きで,これは子供たちの会話のようで,とりわけ仲良し同士という感じがよく出ています。そうか,この夏はあんなに暑くて閉口したのに,もう「きたかぜぴいぷうふいている」季節になってしまったのですね。
また,私の好きな俳人種田山頭火には,さざんか(山茶花)を季語にした次のような作句があります。
「雨の山茶花の散るでもなく」
「また逢へた山茶花も咲いてゐる」
櫻井よしこ氏の受賞
昨日のブログで櫻井よしこ氏の講演を聴いたことに触れたが,今度は同氏が第26回正論大賞を受賞されたというニュースである。誠に喜ばしいことである。この正論大賞というのは,フジサンケイグループが主催する「特筆すべき言論活動を行ったオピニオンリーダー」に贈られる賞である。
この正論大賞の過去の受賞者を見てみると,渡部昇一,曾野綾子,西尾幹二,田久保忠衛,江藤淳,石原慎太郎など錚々たる言論人ばかりである。櫻井よしこ氏のこれまでの執筆,講演活動などを評価すればこのたびの受賞も当然のことであろう。
この受賞に寄せての櫻井氏の言葉が産経新聞に掲載されていたが,その中に「書くことは、考えるというひとり作業である。現在進行形の世界の状況を横軸としてとらえ、それを、縦軸としての長い歴史の中に置きつつ近現代史の一次資料に当たる。先人たちの思想や行動が少し身近に感じられるようになるとき、横軸と縦軸の交差地点に浮かんでくる現在の日本の姿ほど心もとないものはない。戦前戦後を通じて、日本が繰り返し犯してしまう失敗の根深い原因も、両軸の交差する地平から見えてくる。特に戦後の日本の営みを見詰めるとき、わが国に理念が欠落し、政策に一貫性が欠けているのは明らかだ。なぜ、これほど漂流するのか。現状への深い失望や憤りは、日本を愛すればこそである。」とあった。私も日本国を愛する一人として,櫻井氏の今後の活躍を期待したい。櫻井よしこ氏は,「日本文明を誇りとする」立場から,シンクタンク・国家基本問題研究所の理事長としても活躍されている。
日本文明といえば,サミュエル・P・ハンティントンは「文明の衝突」という著作の中で,世界を9つの文明に分け,いわゆる中華文明とは明らかに異なる独自の文明として日本文明をとらえている。この誇りある文明は,今後も死守していくべきものである。その何物にも変えがたい日本文明の面影は,特に江戸時代の庶民や武士の生活にうかがえる。それを手に取るように著した好著が「逝きし世の面影」(渡辺京二著,平凡社ライブラリー)である。
カイロプラクティックが良さげに思えている件
先日,カイロプラクティックの施術を実際に体験してみた。私の事務所から近い所だったし,施術を受けてみて良さげだったら,通うのにもおっくうではないと思ったからである。カイロプラクティックというのは,ウィキペディアによると,WHOで認可されている代替医療のひとつで,疾病の原因が脊椎などの椎骨(運動分節)の構造的,機能的な歪みにあるとし,アジャストメントといわれる施術(手技)によって歪みを調整するのがその基本方針のようである。
私が一度カイロプラクティックを受けてみようと思い立ったのは,他でもない,肩こり,首こりがひどいからである。これまではそれらを改善しようとして,高い頻度でマッサージに行っていた。でも最近,首や肩をかなり強い力でゴリゴリやってもらっても,その直後は何かしら血流が改善されて楽になるのだけれど,だんだん揉み慣れというのか,首や肩の辺りが固くなってしまったように感じたからである。そもそも首こり,肩こりの原因は悪い姿勢を長時間続けていたりして,ひょっとしたら骨組に歪みが生じ,筋骨格系,神経系統に機能的な異常を生じさせているのではないか,むしろこれを改善すべきではないかと素人ながらに思ったからである。
さて,一度このカイロプラクティックという施術を受けてみたのだが,良さげである。カイロプラクターというのは国家資格その他の資格が要るわけではなくその知見や技術にはバラツキがあるようだが,この前やってもらったカイロプラクターは説明も豊富で,施術も上手で,楽になったのである。血液やリンパの流れも改善し,免疫力も高まるとのこと。体が元気になるんだったら当分の間,続けてみようと思う。
血流も良くなると,ひょっとして育毛にもいいかもしれない(笑)。年齢はかなり違うけど,同業のY弁護士とは熾烈なハゲ争いをしているが(少しでもハゲの進行を遅らせるという意味),彼にもカイロプラクティックを勧めてみようかしら(笑)。だって,頭部のコリも改善してくれて,育毛にも良さげなんだもの。
なお,Y弁護士との熾烈なハゲ争いは,どうやら彼の潔い言葉で決着がついたようである。少し前のことであるが,ある宴会でトイレに立った際,部屋の出入り口でY弁護士と会話をしたことがあった。その際,彼の口から「先生は年齢の割にそれだけ(髪が)あったら,勝ち組ですよ。」と発言したのである。囲碁や将棋で言えば,「投了」のような言葉であった。誠に潔い。見直した(笑)。往生際がよい。だからと言って,毛髪的に上から目線になってはならず,熾烈なハゲ競争を戦った良きライバルに対して,カイロプラクティックでも勧めようかしら。
人の心を一つにまとめる湖
去る金曜日は仕事の関係で大津に行ったのだが,住みやすそうななかなかの町だった。大津は東海道五十三次の宿場だったのだが,よく調べてみるとその次の宿場はもう京都の三条大橋なのである。実際に新幹線を利用して京都まで行き,ローカル線に乗り換えると,京都から約9分で大津に到着してしまう。すごく京都に近い町なのである。
大津駅に着いたのがちょうどお昼どきだったので,駅に近いビルの中にある手打ちうどん・そばのお店に入った。「三喜」という屋号のお店で,鶏そぼろごはんとそばがセットになったメニューを注文した。老夫婦が一生懸命に厨房内で働く姿に好感がもてた。ごちそうを食べながら,でも何で「三喜」という屋号なんだろうと思っていたら,割り箸が入っていた紙の袋にヒントがあった。そこには「父母私 三人が 舌鼓み」とあった。なるほどね。
その後は,現地でお仕事。これも無事に終了。あとは現地でゆっくりしようかなと思ったのだが,この日は午後6時から名古屋で会合が予定されていたため,あまりゆっくりもできない。そこで思い立ったのが,せめて琵琶湖を眺めようということである。大津でのお仕事の先から琵琶湖までは歩いても20分くらいの距離だった。かばんは重かったが,琵琶湖周辺をゆっくりゆっくりと歩いた。いい町だなと思った。道行く人もなぜかみんな穏やかな表情なのである。精神的にゆとりのある表情なのである。地図で見ても,琵琶湖は滋賀県のど真ん中に堂々と位置している。琵琶湖は滋賀県民の心を一つにまとめるような何かがある。湖畔の町大津は,特に住民が共通して感じるアイデンティティーの一つとして琵琶湖があるのだろう。
琵琶湖散策の後は,ちょこっとだけ旧東海道も覗いた。往年の面影を感じたいのであれば,むしろ浜大津の方が良いのであろう。この日はもう時間がなかったので,帰途についた。午後6時からは名古屋でちょっとした宴会だったのだが,京都から名古屋へ向かう新幹線の中で,フライングしてビールをいただいた(おつまみは鯛ちくわであった)(笑)。
2年ぶりに人間ドックを受けるの巻
昨日,2年ぶりに人間ドックを受けた。いろいろな検査種目があるが,ようやく自分の一番苦手な検査種目が何なのか,この日はっきり分かった。腹部エコー検査である。どうしても途中で笑うというか,吹き出してしまうのである。悪気は全くないのだが,検査をしてくれている医師に対しては誠に失礼な話である。前にもこのブログで書いたが,私は,状況的に絶対に笑ってはいけない時にはかえって強迫観念が高じて,結局は笑ってしまう性質の人間なのである。
腹部エコー検査のこの時の担当者は,2年前と同じ年配の男性医師であった。2年前の時も笑ってしまって気まずくなったので,今回も笑ったら嫌だなと思って診察台に横になっていた。いよいよ始まったが,結局は2,3度吹き出してしまった(笑)。私はそういう星の下に生まれてきた人間なのである。笑っちゃいけないと思うと笑っちゃうのである(笑)。だって,どうしてかというと,特にこの腹部エコーの担当医師は,被検者に息を吸い込んで腹部をふくらませる指示をする時に,「はい,おなかポーン」,「おなかポーン」,「ポーン」って言うのだ(笑)。もう少し別の言い方をしてくれたっていいのに(爆笑)。感覚的には分からなくもないが,でも何で「ポーン」なんだ?
まあ,幸い腹部には異常はなかった。それに,胸部X線撮影検査の際も,誠に不謹慎ながら側面撮影の時に笑ってしまった(笑)。だって,この男性レントゲン技師の人は,被検者に指示する時の声と言い方が歌舞伎役者のようなんだもの(爆笑)。正面撮影の時は何とか笑わずに必死で我慢したが,側面の時は「息を止めて」と言われたにもかかわらず,撮影中に2度にわたって笑ってしまった(爆笑)。これは絶対怒られるだろうな,撮り直しだろうなと思ったら,不思議なことに何のおとがめもなく終了した(笑)。
人間ドックの最終的な検査結果は後日突きつけられるが,当日分かった数値を見ると,予想したほど不健康ではなかった。大切な検査中に笑ってしまうという精神状態こそが不健康なのかも・・・。
なお,身体測定の時に機械で計った私の身長は171㎝だった。それで思い出したのは,かつて私が所属していた比較的大人数の事務所の同僚弁護士の面々のことである。私が独立する数年前から,割と小柄な弁護士,たとえばK弁護士,H弁護士などが続々とその事務所に入って来た。それまでは最も小さかったN弁護士が鬼の首をとったようにその後輩の小柄の弁護士との差別化を図り,150㎝台後半と思われる各後輩弁護士を前に自分は「164㎝ある」と声高に主張していた。返す刀で,そのN弁護士は,正真正銘171㎝ある私に対して,「本当に171㎝あるんですか?もう少し小さいんじゃないですか?」などと言いがかりをつけたこともある。要するに,四捨五入しても170㎝台に到達しないうっぷんをはらそうとしていたのかもしれない(爆笑)。大人の私は全く取り合わなかった。一方,同じ事務所にいたY弁護士は,確かに一番背が高いことをいいことに,自分の身長を178㎝と吹聴していた。しかし後日,それが実際には174㎝しかないことが発覚した。こともあろうに,大胆不敵にも4㎝もゲタを履かしていたのである。弁護士は,人権擁護だけでなく「社会正義の実現」という重要な使命を担っているのに,この始末である。まあ,N弁護士の164㎝については実は今でも疑念をもっているが,私の身長が171㎝であるという厳然たる社会的事実は,昨日の人間ドックで改めて証明されたのである。
間違ってギンナンを食べてしまうの巻
他人の食べ物の好みなんか知りたくもないとお思いでしょうが,今日は僕の嫌いな食べ物のことが話題です。彼らに全く罪はないが,僕の嫌いな食べ物は,内臓(ホルモン,レバー,砂肝など),フグの白子,ホワイトアスパラ,なまこ,・・・そしてギンナンです(笑)。
僕はこれまでのところギンナンで失敗したことはない。失敗という意味は,うっかり食べてしまうということである。ギンナンの生息地はたいていの場合は,茶碗蒸しの底の方である。これまではスプーンで首尾良く探し出し,誤食(笑)を未然に回避してきた。自慢じゃないが,これに失敗したことはない。
しかし先日,多くの目上の人たちと夕食と会話を楽しんでいた際,惨事が起こった。こういった料理の名称は知らないのであるが,縦型のスープカップの口をパンで屋根のように覆ってあり,その中に美味しいスープが入っているという料理である。そしてパン製のドーム状の屋根をスプーンで崩し,それと一緒に中のスープを味わうのである。話がはずみ,しかも相手は目上の人が多かったので,このスープに対する注意力が散漫になってはいた。
そう,・・・とうとうやってしまったのである。中にギンナンが生息しているとはつゆ知らず,とうとう誤食(笑)してしまったのである。こうなったら,いったん口に入れた天敵ギンナンをはき出すわけにはいかない。人の目もあるのである。・・・飲み込んだ。ところが,その後がいけない。また油断してしまい,スープカップの底にもう一つのギンナンが生息していることにも気づかず,一度ならず二度までも誤食(笑)し,これまた飲み込まざるを得なかったのである。
ギンナンというものは,何も茶碗蒸しの中だけに生息しているわけではないという冷厳な社会的真実,これを肝に銘じた秋の夜長であった(笑)。
父と娘の間で一瞬の緊張が走るとき
娘のあかねちゃんと一緒にテレビを見ていても,出てくるタレントさんなどに関する評価は,父と娘とでそれほど大差はない。おおむね好みというものが似通っているのである。無理なくそのように言うことができる。
しかし,娘のあかねちゃんと一緒にいる時,ある人物の評価をめぐってテレビの前で忌憚なく意見を言い合って,気まずくなったこともある。普段は好みが似ているからそんなことはないのだが,わりと先鋭な形で意見が相違することがごくたまにあると,これまた新鮮な感覚というか,父と娘の間に一瞬の緊張が走るときがあるのである。お互いに気まずさを矛に納めながらその場をやり過ごすのである。過去にそういうことがあった事例を3つほど挙げてみたい。
第1は,江頭2:50である。僕は嫌いという訳ではないが,積極的に評価することはとうていできない。僕が否定的な評価をすると,あかねちゃんは気色ばむ。あかねちゃんは,どうやら好きのようである(笑)。こればかりは自分の娘ながら理解に苦しむ。「結構いい人なんだよ。」などと旧知の仲のような物言いをするし,「えがちゃん」などと気易く呼んだりするのである。先日などは,あかねちゃんは友人に誘われたとはいえ,名古屋のある大学祭に招かれた江頭2:50を実際に見に行ったりもした。娘の将来がとても不安である(爆笑)。しかしながら,「じゃ,えがちゃんは,何で『にじごじゅっぷん』ていうの?」と尋ねると,彼女は知らないらしい。まあ,大したファンでもなさそうだ。
第2は,女優の宮崎あおいである。僕はこの女優はあまり好きではない。でも,そういうことを言うと,あかねちゃんは再び気色ばむ。宮崎あおいがNHK大河ドラマ「篤姫」に出ていた時に,父と娘とが実際に気まずくなったことがあった(笑)。あかねちゃんは,かつて,好きな歌手である中島美嘉と宮崎あおいとがダブル主演した映画「NANA-ナナ-」を見てから好きになったようである。
第3は,AKB48である。あかねちゃんは,今どきの若い子たちと同じように,AKB48がそこそこ好きで興味もあるようである。これにはSKE48,SDN48,NMB48などといった姉妹プロジェクトがあるとのこと。僕はどうも・・・(苦笑)。好きにはなれない。素晴らしい日本の歴史と伝統を守り,世界中から尊敬されるべき堂々たる日本を作っていくべき若い人たち(特に男子)が,こういうユニットに熱狂しているような現象は,僕としては決して喜べないのである。
このように,テレビの前では父と娘の間に一瞬の緊張が走るときがあるのだが,次に両者の間で争点になりそうな予感がするのは,マツコ・デラックスである(笑)。
あぶり出し
私は名古屋市の生まれなのだが,4,5歳の頃,熊本県の田舎の村でスクスク,伸び伸びとした生活を送っていたことがある。母方のおじいさんやおばあさん,おばさんやおじさん,近所の子どもたちと仲良く暮らしたり,遊んだりしていたのである。その日の朝の産みたての卵で卵かけごはんをしたり,大自然の中で走り回ったり,川で泳いだり,川エビやメダカをとったり,地元の伝統ある祭りに参加したりしていた。
最近では仕事が忙しくて土日も事務所に出てくることが多くなったが,そういった仕事の合間にボーッとしていた時,ふっと幼少の頃の遊びを思い出した。そのうちの一つが,「あぶり出し」というやつだ。和紙のような白い紙に,絞った蜜柑の汁で絵などを描き,それを火鉢の火であぶると描いた絵が黄色っぽく浮かび上がるのである。これが「あぶり出し」という遊びである。幼いときにこれをやった思い出があり,どういう訳か疲れた頭にふっと思い浮かんだのである。なぜ思い浮かんだのか理由は全くわからない。
最近の政治の話に話題を転じて,幼い頃の懐かしい思い出をぶっこわすようで嫌なのだが,民主党政権にはほとほと愛想が尽きた。愛想が尽きたといっても,私は民主党などには1票たりとも入れてはいない。しかし・・・,民主党のデタラメさは昔からわかっていたつもりだが,これほどまでとは・・・。さすがに有権者もこのことに気づき始めていると思うので,次の総選挙ではまさか308議席も民主党には与えまい(笑)。国家観も戦略もない民主党政権は,沖縄の米軍普天間飛行場移設問題も先送りを続けて同盟の相手方をほとほと困らせ,アメリカ合衆国大統領が横浜で開かれるAPECの首脳会議のために来日するというのに,期待されていた日米共同宣言も見送られる始末である。このような状況に内心ほくそ笑んでいるのは当然かの国である。
でもね,いつかは次の総選挙が来るんですよ(笑)。この日本は外交も,安全保障も,経済もいわば国難ともいうべき悲惨な状況に置かれているにもかかわらず,菅直人をはじめ,民主党の面々は脳天気なままである。それにしてもこの1年数か月の間,いわば消極的な意味での収穫は確かにあった。民主党なる政党を構成する面々にどんな人たちがいるのかがあぶり出されて良かったと思うのです(笑)。とにかく脳天気で恥ずかしさというものを知らない鳩山由紀夫,傲岸不遜で不敬,日本版の人民解放軍野戦司令官の小沢一郎,無為無策で無能,ただ少しでも長く総理大臣でいたいだけの市民運動家菅直人,これまた傲岸不遜で確信的反日左翼の仙谷由人,戦後日本の教育を歪め続けてきた日教組の支持を受け,これまた傲岸不遜な輿石東,およそ日本人のメンタリティーからすればその言動に違和感を感ずる紅衛兵のような村田蓮舫,日の丸にバツ印をつけたプラカードの前で反日デモに参加し,臆面もなく反日のシュプレッヒコールをする岡崎トミ子,などなど,こういった面々があぶり出しのようにあぶり出された訳です。収穫といえば収穫です。とにかく,こういった面々から我が愛すべき日本を守らなければなりません。
忙中閑ありの東京出張
昨日は東京出張であった。僕の東京出張ネタはいつも同じだなと思われるだろうけど,昨日の出来事について書いてみたい。
午前8時10分発の新幹線のぞみで東京へ。10時少し前に東京駅に着いた後は,東京地方裁判所へ向かうために,地下鉄丸の内線で霞ヶ関へ向かおうとしたところ,乗り換え口で外に出られないことに気付いた。新幹線の改札口でチケットを取り忘れていたのだ。外に出してもらおうと,僕は若い駅員さんに事情を話した。少し嫌みな対応ではあったが,何とか外に出してもらえた。
東京地方裁判所での用事は,最終的には午前11時40分ころに終了。その他には東京での用事はない。お昼少し前に解放されるという理想的な時間運びだったため,僕は迷わず当然のように,旭川ラーメン「番外地」に直行し,これまた当然のように塩バターコーンラーメンを注文した。相変わらず美味しい。食べながらつくづく思ったのは,「何とか生きていれば,こういうご褒美があるんだなー。」ということだった。混み合っている店だから当然に「ご相席」となるが,常連客と思しき人ばかりで,どの人も本当に美味しそうに食べている。昔は「へぃ,いらっしゃい,何にしましょう。」との決まり文句で注文を聞いていた特徴のある声のお兄さんは,もう接客はしていないようであったが,厨房の奥からはその懐かしい声が聞こえてきたので,彼はいよいよラーメン作りを任されるまでになったのであろう。
その後は,迷いに迷ったが,結局は魔が差して「鈴本演芸場」の方へ足が向いてしまった。三遊亭歌武蔵という落語家の名前は初めて聞いたが,どうやら昔は相撲取りだったらしく,元横綱武蔵丸の兄弟子だったということである。顔は大リーガーの松井秀喜に似ており,体重は128キログラムで,珍しいことに現役時代より太ったらしい。でも話は非常に面白い。腹を抱えて笑ってしまった。この人は古典落語というより,相撲ネタなどを中心に現代ネタで勝負していくのだろうが,話術が巧みで人を笑わせる才能が豊かであると思った。僕の近くにいたご婦人(かなりの美人)も,思わず声を上げて笑っておられ,美人というのはその笑い声まで美しいなと妙に感心した。漫才のすず風にゃん子・金魚もおもしろかった。彼女らの芸を見るのはこれで2回目であり,金魚の方のゴリラの真似などは,もう完全に女というものを捨てているかのようであるし,名人芸とも呼べるものである。落語の林家しん平の時は,のどが渇いてきたこともあるし,お茶を飲みながら外のイスに腰掛けて聞いていた。彼の甲高い声や語り口は少しばかり苦手である。いずれにしても,最近笑ってないな,笑いたいなと思ったら,たまには落語などもいい。
帰りの新幹線の車中では,いつものとおり崎陽軒のシウマイ弁当とエビスビールであった。返す返すも残念だったのは,3つくらい離れた座席に座っていた外国人の母子が非常にうるさかったことである。もっと近い席にいた人は閉口していたであろう。心中察するに余る。自分の子供に公衆マナーの躾ができていないばかりか,母親自身がうるさかった。この母親も子供の時に躾けられていないのであろう。
子供向けではあるけれど
仕事を終えて早く帰宅できる日は(実際にはやらなければいけないことはいっぱいある),夕食の準備ができるまでの夕方のひととき,ボーッとテレビを見ていることが多い。平日のその時間帯は,テレビ東京系列で「ピラメキーノ」という主に小学生向けと思われる番組がやっていて,これが結構面白い。「ピラメキーノ」にはいろいろなコーナーがあり,好きなものとそれほどでもないものがあるが,一日の仕事で疲れた頭を休ませるにはいい。
昨日,「ピラメキーノ」のチャンネルに合わせたら,いきなり「キャラ-1 GP(グランプリ)」がやっていて,この日はピラメキパンダ対ガリ子ちゃん(ガリガリ君の妹)の対決だった。この試合は,ガリ子ちゃんにとっては兄のガリガリ君の敵討ちということだったらしい。ガリ子ちゃんはやる気満々で,いきなりくるっと回って空手チョップを見舞った。序盤はガリ子ちゃんが優勢で,ディフェンディングチャンピオンのピラメキパンダもたじたじであった。ガリ子ちゃんはさすがに兄のガリガリ君の10倍は強いというウワサどおりである。しかしながら,さすがはピラメキパンダ,ギロチンドロップをガリ子ちゃんに炸裂させ,ガリ子ちゃんはあえなく敗退したのである。途中でガリガリ君が加勢して反則したが,これも奏功しなかった。相当に見応えのある一戦だった。
このピラメキーノには「恋する女子&モテたい男子 必見!明日のピラメキーノ占い」というコーナーがある。僕としてはこの時の若干凄みのある女性のナレーションが好きである。これはこの番組に出てくるサキ姉というキャラの声である。占いで残念ながら最下位(第12位)になってしまった星座の男子と女子にはそれぞれラッキーアイテムが示されるが,この時のサキ姉の「○○○を食べなさいっ!」,「△△△△をしなさいっ!」という命令口調がたまらない(笑)。
この番組で一日の疲れが取れるという訳にはとうていいかないが,そこそこ面白い番組ではある。
ついに産経新聞の購読者になるの巻
僕もとうとう産経新聞の購読者になってしまいました。じゃ,これまで購読していた栄光の巨人軍の読売新聞はどうするのかというと,これも購読を続けたいと存じます。産経新聞は,前から感じていたことだけど,非常に良い仕事をしてきたと思っていますし,今も良い仕事を続けていると思います。唯一と言ったら言い過ぎになるかもしれないけど,まともなメディアです。社会の木鐸です。政治一般,外交,安全保障,経済などに関する記事はとても参考になるし,有権者が是非とも知っておかなければならないものが多いと思います。
でも,読売新聞も捨てがたいのは,産経新聞の中で読みたい記事以外の分野のフォローをしてくれるからです。それにジャイアンツが大好きだし・・・。
繰り返しますが,僕もついに産経新聞購読者になってしまいました!何やら誇らしい気持ちで一杯であります。そういう気持ちで一杯だから,今日は一杯飲もう(笑)。
18日から20日までの3連休は,遊びほうけて下手なゴルフを2ラウンドもしてしまいました。18日は四日市のグレイスヒルズカントリー倶楽部,20日は知多半島の南愛知カントリークラブ美浜コースでプレイしたのです。南愛知カントリークラブ美浜コースでは,つい前日まで女子プロゴルフのマンシングウェアレディース東海クラシックが開催されており,前日のピンの位置のままだったし,ティーインググラウンドの位置も同じで,ラフもとても深かったです。だからといって,スコアが100を超えてしまっていいことにはなりませんが・・・(笑)。でも,20日のラウンドはアウト8番のパー4で見事にバーディーを取ったのであります。僕の天才性の片鱗が見えた瞬間ではありました。これに喜び過ぎた9番では,オナーになったにもかかわらずドライバーでチョロをし,100ヤードくらいしか飛びませんでした。・・・まぁ,これに懲りずに,次,頑張りますわ。
それにしても,いいなぁ,産経新聞!(笑)
帯に短し・・・
昨日のお昼は無性にラーメンが食べたくなったのでありました。35度を超えるような暑さの日にはそんな気は起こらないけど,昨日は雨模様で割と涼しかったので,どういう訳かラーメンが恋しくなったのです。
以前このブログでもご紹介したラーメン屋に行きました。午前11時30分ころに行くと,客である僕1人と男の店員さん2人となり,数的優位を作られてしまうあのお店です。このお店の味噌ラーメンは野菜の食感が良く,スープもマイルドで美味しいので,この日も味噌ラーメンを食べようと思いました。
しかしながら,このお店は僕の過去数回の経験から,どうやらチャーシューのトッピングをしない限りはチャーシューを1枚も乗せてくれないのです。チャーシューのトッピングをすると300円。味噌ラーメンそのものが900円ですから,合計1200円になります。まあ,たまにはいいかと思って300円を上乗せしてチャーシューのトッピングをしました。ただ少し気になったのは,300円だからチャーシューが多すぎてもなーということです。
やって来ました,味噌ラーメンが。何と,チャーシューが4枚も乗っておりました。しかもどれもよく煮込まれた,柔らかくもこってりしたチャーシューでした。確かに美味しいチャーシューでしたが,その脂っこさは初老の身にはこたえました。実はこれなら1枚あれば十分でした(笑)。
ここはひとつどうでしょう,総額1000円でもいいからトッピングしなくてもチャーシューを1枚程度付けるか(要するに標準装備にする),あるいはトッピング方式でもいいから150円で2枚程度付けるかというシステムにしたら。貧乏性で昭和生まれの僕は,チャーシューを4枚出されたら,やっぱり残さずに食べてしまいます。数時間後には顔面が脂ぎってしまうことを覚悟しながら・・・。チャーシューが1枚も入っていなければ寂しいし,かといってさらに300円も出してまで脂っこいチャーシュー4枚も付けたくはない。帯に短したすきに長しであります。中庸,中道がいいのではないでしょうか。
「ヒットラー (舞台中央へ進み出て)そうです、政治は中道を行かなければなりません。-幕-」(三島由紀夫著,「わが友ヒットラー」新潮文庫より)
保守の論客でもあったとは
もう今から30年も前のことになるだろうか,ある音楽雑誌の中で,音楽評論家の宇野功芳さんの評論を読んだことがある。ブルックナーの交響曲に関する指揮者論だった。この当時の僕は指揮者といえば,ヴィルヘルム・フルトヴェングラーが大好きだった。でも,これは僕の記憶違いでなければであるが,この評論で宇野さんは,ブルックナーの交響曲を振らせたらハンス・クナッパーツブッシュの方がスケールがでかいのではないかというようなことを仰っていたと思う。
「ふーん」と思った僕は,ハンス・クナッパーツブッシュがミュンヘン・フィルハーモニーを指揮した交響曲第8番をレコードで実際に聴いてみた。確かに泰然自若として雄大なスケールの音楽だった。どちらの方がスケールがでかいのかは知らないけど,「なるほどな」と感心した記憶がある。
あれから約30年。僕は「正論」という月刊誌を読んでいるが,その10月号で偶然に宇野功芳さんの「戦争直前の世界地図」というタイトルの論稿を読んだ。素晴らしい内容であった。宇野さんは音楽評論だけでなく,立派な保守の論客でもあるなと思った。自分の祖母が疎開先に帰る途中で,米軍機の低空飛行による機銃掃射で亡くなったこと,戦前の世界地図では白人の植民地だらけだったこと,祖母の慰霊碑の前に立っても今は米軍を憎むよりもむしろ今の日本の現状を憂う気持ちの方が強いことなどに触れられ,元駐日フランス大使を務めた詩人のポール・クローデルの有名な言葉の引用がなされていた。そして宇野さんは,「(クローデルの言葉の引用の後で)日本人は世界でも有数の優れた人種だとぼくも思う。一日も早く誇りを取り戻せ。国を愛し、国旗を愛し、国歌を愛せ。自由主義と勝手主義を混同するな。父親は威厳を保て。一家団欒を大切にせよ。目上の人を敬い、老人をいたわるあの昔の日本が一日も早く復活しますように!」と論稿を結んでいる。宇野さんは健在だった。
それにしても,「正論」にはなかなか良いことが書いてある。特にこの10月号は保存版かもしれない。その内容のほとんどが参考になるし,その一方で「コラム『宮嶋の現場』」のうち,あるカンボジアの女性の思い出に関する記事にはジーンときた。
ポール・クローデルが日本についてどんな言葉を遺していたか,一度彼の名前を入力して検索してみてはどうでしょうか。
腕の違い
僕は月に1回のペースで病院に通い,薬を処方してもらったり,採血などの検査を受けたりしている。いわゆる経過観察というやつである。主治医の先生の担当の曜日が決まっているので,僕の場合はたいていは月に1回,月曜日に行っている。
今日も採血を受けた。今日僕の右腕に注射針を刺してくれた看護師さんは,いつも思うのだが採血が非常にうまい。ちょっとチクッとするだけで全然痛くないのである。採血の担当者がこの看護師さんだと分かっただけで安心する。この看護師さんは決して美人ではない(失礼ながら不美人という表現ができるかもしれない)。しかし,愛想もよく,何しろ採血の技術は抜群である。僕も今まで何度も採血を受けてきたが,すごく痛くて酷い目に遭ったこともあるが,彼女の技術は最高なのではないかと思う。やはりこの業界でも腕の違いが歴然としてある。
マッサージにしても同様である。行きつけのマッサージ店の中でも,担当者によっては腕の違いが確かにある。下手だなと思うのは,力任せであったり,ピンポイントで「鋭角的」で「先端的」な痛みを感じるようなものであったり,まだ経験が浅くて自信がないのかもしれないが,押した後の指先が微妙に揺れ,いかにも「自信がありません」というような感触を体に感じるようなタッチである。やはりこの分野でも腕の違いが歴然として存在する。
武士の切腹の際に,介錯というのがあるが,介錯人は腕の立つ武人でなければ切腹する方もかなわないであろう。新選組で勘定方をやっていた河合という隊士が金銭紛失の咎で切腹(斬首という説もある)することになった時,浅田次郎の「壬生義士伝」では,谷三十郎がその介錯に失敗し,斉藤一がとどめを刺して河合を楽にしてやったという場面がある。これも腕の違いである。新選組局長近藤勇も斬首となったが,この大役を仰せつかったのが岐阜揖斐の岡田家武術師範横倉喜三次であり,二王清綱という名刀を使い,見事に果たしたという。すご腕だったのだろう。
ある午後
その日は午前10時から弁護士会で和解交渉をした。僕がある破産事件の破産管財人,交渉の相手方も弁護士である。どう転ぶか予断を許さない事件ではあるが,和解交渉の感触は良かった。今月末までの返事待ちである。
さて,時計を見ると午前11時少し過ぎ,手帳の予定を見ると午後4時20分から始まる刑事事件の公判までは珍しくフリーである。事務所に帰ってやらなければならない仕事はたくさんあったが,その日は何かしら精神的な余裕と,ここのところ土日も仕事でつぶれていたので,少しくらいは自分にご褒美をあげようという気持ちがあった。昼少し前から午後にかけて少しばかりサボったのである。
さて,まずは首と肩のコリがあったので60分コースのマッサージに行った。その担当の女性はマッサージがすごくうまくて,全身の血行がいかにもよくなった感じで体が楽になった。最近ではマッサージも60分くらいじっくりとやってもらわないと満足がいかなくなってしまった。この日のマッサージの終盤は,いわゆるヘッドスパのような頭部のマッサージであり,これがとてつもなく気持ちがよかった。頭部もコリがあるそうだ。このマッサージで頭皮の血行もよくして欲しいし,ついでに髪の毛もフサフサにして欲しい(笑)。この頭部マッサージの始めに,その担当の女性から「頭の方,さわらせていただいてもよろしいでしょうか?」と尋ねられた。もちろん僕は「ハイ」と答えたが,それと同時に,「僕がカツラでも付けていると思ったんだろうか」とひがみの気持ちが芽生えた。僕は確かに年齢のせいか最近では髪が薄くなったが,それでもカツラは付けてはおらず,ガチンコで勝負している。まぁ,その時は「頭を触られるのがイヤな人もいるだろうから,念のため尋ねたんだろう。一応,誰にも尋ねるんだろう。」と自分に言い聞かせた。
悦楽のマッサージを終えて,この日の僕へのご褒美はこれだけにとどまらなかった。さるデパートの上階にある中華料理店(四川料理)に入って一人でランチをしようと思い立ったのである。この店の麻婆豆腐がメチャクチャ辛くて大好きなのである。いつもはカミさんとあかねちゃんと僕の3人で訪れるのだが,今日は4人掛けの丸テーブルに僕1人で優雅にランチである。麻婆豆腐はメチャクチャ辛くて相変わらず美味しかった。本当はビールでもと思ったのだが,何しろ午後の遅くに刑事事件を控えているのでそれはやめた。ホンワカした良い雰囲気の一人ランチだったが,若干その雰囲気を壊す夫婦と思しき二人連れがあった。まずその夫と思しき人(40代後半くらい)は,30秒に1回くらいの割合で「シー,シー」と口を鳴らすのである。これは癖なのだろう。時間帯によっては10秒に1回くらいの高い頻度の時もある。「シー,シー,シー」と3連発の離れ業の時もある。下品である。仮に僕がその配偶者だったら,離婚をちらつかせてでも,この「シー,シー」を止めるように申し入れるだろう。一方,その奥さんと思しき人は,その旦那の「シー,シー」を一向に気に掛けない様子であったばかりか,大皿から料理を取り分ける時,「カン,カン」とすごく大きな音をたてるのである。これもいただけない。
まあ,くどいようだが僕が注文したいつもの麻婆豆腐がメチャクチャ辛くて相変わらず美味しかったのだけは救いであった。遅い一人ランチの後,事務所に戻ったら通販で注文したオフィスでリクライニングできるイスの調整ができていた。このイスは150度のリクライニングができ,オットマンに足を乗せると寝ているような状態になる。仕事に疲れた時などはこのイスを利用すると本当に楽である。いいイスを手に入れた。僕は今,有頂天である。
半身浴を復活させることを決意するの巻
初老の身にとって,今年の夏ほど暑さがこたえた年もない。全国で熱中症でお亡くなりになった方が401人だって・・・。改めて考えてみると凄い数字である。この暑さはいつまで続くのか。僕が毎年秋の気配を感じるきっかけは,朝の出勤前に北側の部屋に行くと爽やかな涼しい風が入ってくるようになること,空の高い位置に鱗状の雲が並ぶこと,夜に帰宅する際に自宅周辺のくさむらから秋の虫の鳴き声が耳にはいるようになることなどである。でも今年はまだまだである・・・。
もう9月だというのに,まだエアコンのお世話になっている。エアコンなしでは寝られないのである。その一方で,夜中に体が冷えすぎて目が覚め,エアコンのスイッチを消す。そうするとまた暑さで目が覚めてスイッチオン。これでは体によくない。冷房の中に身を置きすぎると体温調節機能に狂いを生じ,自律神経のバランスを崩すのである。
今年の夏の暑さは異常なほどであるため,サンマの不漁ということだけでなく,酪農業にも影響が出ているそうである。乳牛が暑さで食欲がなくなり,搾乳量が10%ほど低下しているらしい。乳牛ちゃんにはなんとか頑張ってほしい。幸い僕は食い意地だけは張っており,食欲は落ちない。そういう意味ではしぶとさがある。先ほど述べたように夜中に暑さで目が覚めたりはするが,おかげさまで概してよく眠れている。要するに栄養と睡眠は無事なのであり,むしろこれが夏を乗り切るには一番重要なのだと思う。寝る前には「はやく民主党政権がつぶれてしまえー・・・」などとうそぶきながら,安らかに眠りに入れるのである。それと,週末などあまり人に会わない時はニンニクを料理に入れたりしている。これは結構いいと思う。
それと,ここはひとつ半身浴を復活させるとするか。何かにつけて低体温が良くないということは分かっており,半身浴とか,スロートレーニングとかをやるのだが,長続きしない性分である。半身浴は,入浴中に本が読めるし,汗をかいて代謝と血液循環がよくなりそうだし,体の毒が出て行きそうだし,割と楽なので,この辺りで半身浴を復活させることにいたします。今晩あたりからクナイプの岩塩入浴剤なども使って・・。
皆さん,最後まで気を確かにもって,今年の夏を乗り切りましょう。そうすれば,今年は少し短いかもしれないけど,大好きな秋を迎えることができます。
「秋(とき)は今 天(あめ)からころげる 民主党かな」(字余り)
あだ名の歴史的沿革
娘のあかねちゃんは,クラスメートから「どん子」と呼ばれている。そういうあだ名である。なぜそういうあだ名になったのか。それには長い歴史がある。
あかねちゃんが1,2歳のころ,あんまり可愛かったものだから,父親として何か愛称を考えていた。その結果,一番最初に思いついたのは「怪獣アカネゴン」。思い起こせば,「どん子」なるあだ名の源流はここにある。その後,「怪獣アカゴン」,「珍獣アカゴン」などを経て,よりシンプルに「アカゴン」に落ち着いたのだ。それ以降は,ほんのごく一時期,ゴンチャロフのチョコレートが美味かったから「アカゴンチャロフ」と言ってみたり,「あかぽんこちゃん」と言ってみたりしたこともあったが,あかねちゃんが小学校低学年のころは,「アカゴン」というのが定番のあだ名になっていた。
ところが,幼稚園以来の父兄仲間の一人であるRMさんという女性が,本来は「アカゴン」であるべきはずなのに,あろうことか「あかどん」と勘違いしてずっと使っていた。その女性の娘のひとりであるYちゃんは,あかねちゃんと同じ小学校でとても仲良しだったので,いつのまにか,あかねちゃんのあだ名が「あかどん」,「どんちゃん」,「どん子」というふうに思わぬ歴史的変遷を遂げてしまったのである。
父親としては内心,この「どん子」というあだ名はあまり好きではない。あかねという優しい名前なのに,それとは似てもに似つかない響きであるし,女の子の名としては若干野蛮で品性を欠く・・・(笑)。実は中学校に上がった時,あかねちゃんとしてはこのあだ名から脱皮する絶好のチャンスがあったのだ。「あかね」とかせいぜい「アカゴン」とかに戻すチャンスが。しかしながら,中学校に進学した当初,自己紹介の項目にあだ名というのがあり,あかねちゃんは,「どん子」,「どんちゃん」と呼ばれていたことを正直に発表してしまったために,現在も「どん子」というあだ名のままなのである(笑)。
種田山頭火があかねちゃんと同じくらいの年齢の時には,「おこぜ」というあだ名で呼ばれていたらしい。それに比べればまだマシだが(笑)。種田山頭火がちょうど僕と同じ年齢のころには,近所の子供たちから「ざんきの小父さん」というあだ名を付けられていたそうだ。山頭火は酔いが覚めるといつも口癖のように「慚愧(ざんき)にたえん」と言っていたからだそうだ。僕もあまり飲み過ぎると,それに近いあだ名をつけられかねない。
テレビ見てたら
最近では,地デジ対応のテレビに切り替えることを呼びかける場面が多い。画面の上下が黒っぽくなり,「これは地デジ対応ではありません」みたいなメッセージが出るのである。どうやら来年の7月がタイムリミットのようだから,それまでには我が家のテレビもそうしないと。暮らし向きが良くないと,テレビも買えない・・・。
枝豆を食べながらテレビを見てたら,たまたま「ハンチョウ~神南署安積班~」というテレビドラマがやっていた。TBSという局は好きではないのだが,家族も見ているので僕もつられて見ていた。そうしたらテレビの中で奇妙な光景に出会った。警察車両にいずれも刑事役の賀集利樹と塚地武雅(ドランクドラゴン)とが乗っていた。運転席に賀集,助手席に塚地という設定で,車両外部から運転席方向を写したシーンだった。普通だったら,そして通常の遠近法,遠近感覚だったら手前にいる賀集の方が大きく映るはずだのに,全く逆で,塚地の顔の方が圧倒的に大きく,しかも顔の大きさが約1.5倍の水準に達していた。遠近感覚からはほど遠い奇妙な光景であった。
そういえば,僕がかつて大所帯の法律事務所に在籍していた時,同僚の弁護士にN先生という人がいて,この人が途方もなく塚地武雅に似ていた(笑)。その事務所では数ある弁護士の中でこの僕を超える文才の者がいなかったので,対外的に発行する事務所報の原稿などを書くことが多かった。ある原稿を割り当てられた時,僕は全然悪意なく,N先生はドランクドラゴンの塚地に似ていると書いたことがある。原稿段階でそれを読んだN先生は,「それはやめて欲しい。」と僕に申し入れをしてきた。僕が「どうして?」と尋ねると,N先生は少しテレながら「それは人権問題だから。」と,全く説得力のないことを言った(笑)。ただN先生は塚地に似ていると言われるのが本当に嫌そうだったので,「じゃ,誰ならいい?」ともうし向けると,「大仁田厚だったら,まだいいですけど。」と述べた。彼は従前から元プロレスラーの大仁田厚に似ているともささやかれており,本人の耳にも入っていた。以上のような経緯で,その原稿は最終的にはN先生は大仁田厚に似ているとの表現で落ち着いた(笑)。昨日のことのように想い出す。
さあ,読売巨人軍,阪神に3連勝して勢いに乗っている。極度に弱かったのはやはり復古調ユニフォームのせいだったか(笑)。ジャイアンツ,対中日戦は死ぬ気でガンバレ!
晩夏
少しばかり仕事がたまってしまい,きのうの日曜日も事務所で仕事となってしまった。自宅から歩いて事務所に向かう途中,春には見事な花を咲かせる,ある小学校の桜の木のそばを通りかかった。僕は木の前で立ち止まり,蝉はどうしているかその姿を探した。
よーく見ると,蝉が何本かの木に止まっていたが,それらの蝉はもう鳴いておらず,じっとして動かないか,少し動いても今にも木から落ちそうで,全く力のない動きをしていた。この世に生を受け,地中で長時間を過ごし,最後の数週間で思い残すことはないほど力一杯鳴き,その最期を迎えようとしているのであろう。何かしら厳粛な雰囲気がそれらの蝉を支配しており,蝉からは「今日という日はもう二度と還ってはこない。悔いのないように過ごせ。」とでも言われているような気がした。晩夏である。田舎の高原では赤とんぼが飛び交っているのだろうか。
先日テレビを見ていたら,軽井沢かどこかで,鳩山由紀夫,小沢一郎,輿石東,山岡賢次などといった面々が集まって乾杯し,何やら気勢を上げていた。9月の民主党代表選で小沢一郎という人の出馬が取りざたされており,茶坊主のような顔の山岡という人が小沢という人の出馬に向けて積極的に動いているらしい。あれほどまでに首相としての資質・能力の無さを満天下にさらした鳩山という人らとの連携も目指しているようだ。小沢氏が代表になったら,彼が首相になるということなんですか?国民が本当にそれを望んでいると思っているのだろうか。彼が鳩山氏と同時に引責的に代表を辞任した時と現在とで,状況的に何が変わったというのだろうか。一方,菅直人という首相は,これはこれで本来の仕事そっちのけで代表選ばかりを心配している。この人は首相に就任以来,この国のために一体全体どんな仕事をしたというのだろうか。百害あって一利なしの「談話」を出したことだけが記憶に残っている。
こういう人たちは,党内の権力闘争のみに血道を上げ,国家や国民の現在及び将来のことは何も考えていない。国家観も将来のビジョンも全くない。民主党など唾棄すべき存在ではなかろうか。こういった政治状況は,晩夏というか,政治の閉塞というか,日本沈没というか,何とも言いようのない段階に来ている。最終的には,日本の良き伝統,文化を堅持すべく,国民一人一人がよく勉強をして,よく考えて,本当の意味での選良を生み出すしかない。
四谷怪談
昨日の日曜日は,疲れ果てて一日中寝たきりになっていた。自業自得なのかもしれないが,この夏の真っ盛りに1泊2プレイのゴルフ旅行に出かけたのである。行き先は岐阜の荘川高原である。そりゃ,名古屋よりは気温は低いとはいっても,真夏は真夏である。2日連続のラウンドは初老の身には大変こたえる。昔なんか,3日連続だって平気だったのに・・・。
スコアの方は不満足な水準ではあったが,それなりに安定していた。ひところの絶不調の状態に比べれば良くなりつつある。ドライバーに復調傾向があり,あとはアイアンショットの際の力みに注意しなければならない・・・毎度のことだけど(笑)。
荘川高原の夜はもちろん一杯やった。野菜もたくさん食べたが,肉も食べた。肉と言えば,食した順に言うと,熊,猪,牛,兎となる。貴重な食の体験であった。(いのちを)いただきました。合掌。
さて,父親が遊びほうけている最中に,我が家では可愛い娘のあかねちゃんが,かわいそうに部活でケガをしてしまった。彼女は部活でソフトボールをやっており,金曜日はその試合だった。あかねちゃんは見事に3塁打を放ち,3塁の走者だった。次の打者が投手の方向へ高いバウンドのゴロを打った。あかねちゃんとしては,そのゴロは投手の上を越えていくだろうと判断し,果敢に本塁を狙った。ところが投手がジャンプしてそのゴロを捕球し,本塁に投げたため,あかねちゃんは3塁と本塁の間にはさまれ3塁に帰塁しようとして頭から滑り込んだのだ。父親似で無茶なところがある(笑)。あかねちゃんは頭から滑り込んだ際に,3塁カバーに入った相手選手の膝に自分の右顔面をぶつけてしまったのである。
かわいそうに・・・。あかねちゃんはすぐに病院へ行き,眼科で精密検査を受けた。幸い眼には異常はなかったが,右目の回りが四谷怪談のお岩さんのように腫れ上がってしまったのである。僕は土曜日の夕方にゴルフから帰った際に,一部始終を聞かされ,お岩さんことあかねちゃんの顔を見たのである。かわいそうに・・・。
でも,こういうケガは日にち薬である。「もとの可愛い顔にだんだん戻っていくんだから,毎日楽しみでしょう?」などと言って励ましている。
時にはドラマそのものよりも面白きもの
うちのカミさんは,テレビドラマ好きであるが,とりわけサスペンスものが大好きである。「サスペンス見るのが生き甲斐」などと言っては,僕や娘のあかねちゃんを困惑させている。日本テレビ系列の火曜サスペンス劇場の放送が打ち切りとなった時などは,心身共に相当に落ち込んでいた。でもうちのカミさんは,今でもテレビドラマ,とりわけサスペンスものは,アイロンをかけたりしながらよく見ている。
ドラマなどを見ているカミさんは,とても表情豊かである。例えば,ヒロインなどが意地悪な登場人物から極めて理不尽な仕打ちを受けているシーンなどでは,すごくシリアスな,時には鬼気迫る表情を見せる。その意地悪な登場人物に対して露骨な憎悪の念を示す表情と,ヒロインに対する心からの同情。また,ヒロインが慰められたり,元気を出すように励まされたりしているようなシーンでは,うちのカミさんもヒロインのうなづきに合わせて自分もうなづく。別にうなづいてくれと頼まれてもいないのに(笑)。あれっ?何か静かだなと気づいた時には,静かにもらい泣きをなさっている(笑)。
このように,ドラマ(特にサスペンスもの)を見ているカミさんは,夏の天気のようにドラマの場面,場面に応じて的確にその表情を変えていく。実は僕は,ドラマそのものよりもカミさんの無警戒かつ豊かな表情の変化の方を面白いと感じることがある。
僕が二階で寝転がって読書をし,カミさんが一階の居間でテレビを見ている時,居間の方からカミさんの笑い声が聞こえた。あれ?娘のあかねちゃんが外出先から帰って来たのかなと思って確認してみると,カミさん以外誰もいない。彼女はテレビを見ながら一人で笑っていたのである。カミさんがテレビを見ながら一人で笑うのは日常茶飯の事である。情操豊かな人なのだ。微笑ましいとさえ思っている。彼女は干支がねずみであるように,マメに家事にいそしんでいるのだから,サスペンスなどを見てストレスを発散することはとても良いことなのではないかと思う。
日本国民に告ぐ!
ドイツの哲学者フィヒテは,「ドイツ国民に告ぐ」という標題の講演を行ったが,僕は日本国民に告ぐ。何を告ぐのかって?もちろん日傘のことである。
みんな,何で日傘を差さないの?このブログでもたまに書くけど,猛暑,炎暑,炎天の今の季節,日傘ほどありがたいものはないと思う。つくづくそう思う。直射日光,有害な紫外線から大切な頭を保護することができるし,何しろ炎天下で歩いていても日傘があればそんなに暑くないし,暑さ・まぶしさ・辛さからくる夏特有の顔(表情)のゆがみも起こらない。比較的涼しい顔で歩くことができるのだ。
英語では主に雨傘のことをアンブレラ,主に日傘のことをパラソルと呼んで区別するけど,どうやらアンブレラもパラソルも語源上は日傘のことらしい。男が日傘なんて・・・と思うかもしれない。確かに僕も使い始めのころは,人目を気にしていた。すれ違う人はきっと「変なやつだ」と思っているんじゃないかと・・・。しかし,しかしだ。こう暑くっちゃあ,こうも日差しがきつかっちゃあ,さすがの僕も腹が決まる。誰がなんと言おうと日傘である。しかも,日傘なるものはできるだけ通行人の邪魔にならないように,小ぶりにできているし(たださすがに,人混みの中は迷惑だろうから避けた方がいい)。
男性用の日傘の普及を目的にした社団法人でもできたら,理事の一人に就任して粉骨砕身,その普及に心血を注いでもいいくらいだ(笑)。それくらい重宝している。あえて日本国民に告ぐ!みんな,もっと日傘を差そうじゃないか!特に男っ!(笑)
夏を乗り切らねばならぬ
夏だから暑いのは当然なのかもしれないが,暑すぎる。老体にとっては辛い面がある。この気温と湿度だと,本来ならば相当に汗をかかなければならないのだろうが,事務所でも,寝る時もどうしてもエアコンをかけているので,不自然に発汗が抑制されている。こういうのは,自律神経の乱れの原因になるし,汗腺が不活発になり代謝が悪くなるそうである。
それを何とかするために,僕としてはお得意の半身浴をしようと思うのだが,どうしても冷たいビールを夜飲んでしまうので,これもできない(僕は飲酒した日は半身浴は差し控えている)。1週間のうち3日程度は晩酌を控えて,半身浴をしなければ・・・。半身浴でかく汗の量は半端ではなく,爽快で,いかにも代謝が良くなる感じがするから。
あとは,夏を何とか乗り切るには,食事である。いろいろあるが,夏は夏で鍋もいい。前にもこのブログで書いたかもしれないが,我が家で割と評判がいいのが,料理研究家の枝元なほみさんのレシピによる「エスニックなべ」である。袋入りのインスタントラーメンのうち塩ラーメンを2つ使う。粉末スープ2袋を約1300ccのお湯で溶いて沸騰させ(レシピ上は1000ccとなっているが,最後に麺を入れて食べるときにスープ不足となる傾向があるので,我が家では約300~400cc余分に入れることにしている),豚肉,エビを入れて煮る。その後に,白菜(夏場は品薄かも),エリンギ,もやし,にんじんなどの野菜を入れ,レモン汁とナンプラー(魚醤)を振りかける。さらに僕は,家族の反対を振り切って唐辛子を振りかける(以前,唐辛子を入れすぎて家族の顰蹙を買い,その事実を厳粛に受け止め謝罪したことがある)。各自取り皿にスープを適量入れ,具をどんどん食べていく(元気をつけなければならない僕は,取り皿にさらにおろしニンニクも入れる。最近では娘のあかねちゃんもこれをやり,元気を倍増させている【笑】。おかげさまで成績も右肩上がりである)。最後に,だしのよく出たスープを再度煮たたせて,シメに麺を入れて食べるのである。美味しい。特にナンプラー(魚醤)という調味料は何か魅力的である。
あとは,夏場を乗り切るには男性用日傘である。これはいい。僕以外にこれを使用している人は余り見かけないのであるが,なぜなのだろうか。女々しいという印象があるからだろうか。でも今朝,珍しく男性用日傘を差して歩いている男性を見かけた(恐らく男性だと思う【笑】)。これは人目を気にすることなく,敢然と使用していきたい。夏を乗り切らねばならないからだ。
思いつくままに
梅雨の終わりがけは特に降雨量が多いと言われているが,今年はまたよく降る。九州地方,中国地方では土砂災害や冠水などの被害が相次いでいるという。被災された方々には心からお見舞い申し上げます。先日テレビを見ていたら,山口県防府市の水害の模様が放送されていた。そこでふと思い出した。実は昨年の同じ時期にも防府市で集中豪雨による悲惨な事故があり,このブログでも取り上げたことを思い出したのである。防府市は漂泊の俳人種田山頭火の生まれ故郷でもあり,そのブログでは山頭火の句(「雨ふるふるさとは はだしであるく」)を取り上げた。
そうなのか,もうあれから1年も経ったのか・・・。この話題でブログを書いたのがついこの前だったような感覚だったのに。ほんとうに月日が経つのは早い。実感である。
それにしても,わが栄光の巨人軍。選挙のドサクサに紛れて4連敗してしまった。ゴンザレス投手が去年とは打って変わっちゃったし,内海投手も安定感に欠ける。打線は何とかなると思うが,何しろ投手力が去年より低下しているのではないか。先日の甲子園球場での阪神戦も,テレビのスイッチを付けたら途中2-4でリードされていた。あァ,5連敗かよと思っていたら,何とか7-6で逆転勝利。ほっとしたよ。決勝点は長野の3ランであった。長野という選手は,割りと好きな選手である。原監督や僕に似て男前もいいし(笑),やってくれそうな雰囲気がある。ただひとつ気になるのは,バッターボックス内でスタンスをとる位置が,少しホームベースから離れすぎているのではないかということである。外角いっぱいの厳しいコースをつかれたらカットするのが精一杯なのではないか。まァ,これも同選手のやりやすいスタイルなんだから,実績さえ上げればいい訳だけれど。
思いつくままに,今度は床屋さんの耳そうじ後の「ポン,ポン」ってやつについて述べる。先日床屋さんに行った時も,耳そうじの後に耳の穴にフタをして,指で「ポン,ポン」としてくれた。昔からこれにはどういう意味があるのだろうと疑問に思っていた。この動作の意味論について深く考察し,解明のためにもがき苦しみ,明け方まで眠れなかった夜もあった(爆笑)。先日,意を決して床屋さんに尋ねてみた。そうしたら,自分にも分からない,同業者のみんなも昔からやっているからということだった。そうかァー,別に意味があった訳ではないんだ。慣例だったんだー,何かほのぼのしてきた。
一人ランチ
僕がかつて大所帯の法律事務所で勤務していた頃は,同僚の弁護士と連れだってよくランチに行ったものだが,独立した現在は,「ぜんまいざむらい」の弁当箱に入った弁当を食べる時以外は,一人でランチすることが圧倒的に多い。確かに,最初の頃は一人で食べるのは何かしら苦手な面もあったが,最近では慣れてしまった。日によってはむしろ気楽でいいとさえ思う。
でもね,週刊誌で読んだんだけどね,信じられない現象が起こっているんだって。「便所飯」という現象が若者の間に広がっているんだって。学生食堂や社員食堂で一人でさびしく食べている姿を同級生や同僚に見られたくないばっかりに,トイレで昼食を済ますんだと。どうやら,そういう行動をとる人は,一人で食べているような人は友達がいない=最低な人間だと思いこみ,そんな評価を受けるんだったらいっそのことトイレで食べた方がマシだという発想をするらしい。
・・・・・信じられない。人の目を気にしすぎだ。もっと武士ならば武士らしく堂々とせよ(笑)。僕なんかは,何やらトイレ独特のにおいや不衛生な雰囲気の中で食事するのと,一人で食べているところを見られるのとどちらがいいかというと,全く選択の余地がない。一人で食って何が悪い!トイレでメシ食うくらいなら,いっそのことコーヒーか牛乳を飲んで一食抜く方がマシである。
ランチついでにもう一つゴーマンかます。先日いつものように一人ランチのために行きつけのそば屋に行った。お一人様用に丸く細長い10人くらいが座れるテーブル席がある。大好きな海老おろしそばを食べていると,向かい側に僕と同じか少し上の年齢と思われる会社員風の男の人が座った。その人は,その店に置いてあったマンガを読み始め,注文の品が来てもマンガを手放さず,終始食べながらマンガを読んでいた,あるいはマンガを読みながら食べていた。箸で食べ物を口に入れながら,目はマンガの方へ・・・。とても見苦しかった。分別盛りのいい大人があんな食べ方をするものではない。こういう人は自分がそんな振る舞いをしているのだから,家庭内でも自分の子にロクな躾ができていないだろう。余計なお世話だって?・・・余計ではないっ(笑)。
近況の報告
最近,ちょこっとブログの更新率が低くなっている。弁護士のブログの割りにはまめに更新している方だとは思うけど,それでも今までよりはサボることが多い。仕事が本当に忙しいのである。目が回るくらいである。めまいが起こったらイヤだな。今の僕の業務量の多さからすれば,うちの事務所に若い弁護士さんを迎え入れても良さそうなのであるが,いざ迎えるとなると経営のことや相性のこともあって二の足を踏んでしまう。いまどきは,やみくもに司法試験合格者を増やしており1年間で2000名を超えている。そんな訳で,司法修習生を経てせっかく弁護士になったのに就職できないという人も増えている。僕の事務所でも是非採用して欲しいという圧力はかかっているのだけれど・・・。
近況といえば,僕が最後に人間ドックを受けてから2年が経とうとしている。これまでは年に1回は受けていたのだが,ここのところ足が遠のいている。人間ドックを受けるのが少し恐ろしくもあるのである。腹部エコー検査の時にこそばゆくて笑い出した前科が何度もあったり,胃部バリウムX線検査の際の発泡剤のゲップを我慢しきれにすぐにゲップした前科が何度もあったけれど,今度もそんなことになるのではないかという心配などからではない。実は,ロータリークラブの夜のお付き合いがあったり,その他の会合でお酒を飲むことが多くて,どう考えても不摂生をしていて,検査結果や数値に直面する勇気がないのである。でも,ここ数か月は摂生に心掛けて,再び人間ドックは受けてみようとは思う。
近況といえば,年齢だからしょうがないとはいうものの,髪の毛が少なくなってきている。年相応ということならば仕方ないけど,やっぱり気にはなる。熾烈なハゲ競争(少しでもその進行を遅らせるという意味)でデッドヒートを繰り返しているライバルのY弁護士の近況はどうだろうか。引き離されてでもいたら・・・。今度逢うのが恐い(笑)。でも,仮に僕がリードを許していたとしても,彼は僕より相当若い。その意味では自己を正当化できる要素がある(笑)。
一夏を越すのは大変だ
あー,暑いなあもう。僕ももう年だ。正直言って,夏を越すのは辛い。日中に移動するときは自慢の男性用日傘を愛用しているが・・・。
先日,裁判所からの帰り道に愛知県護國神社の前を通ったら,「夏越の大祓」という表示があった。へぇ,「夏越(なごし)」という言葉があったのか。夏越の大祓というのは,毎年6月の晦日(30日)に執り行われる神事のようだ。炎熱の夏を迎えて荒廃しがちな心を清め,また,人間も作物も何とか無事に一夏を越せますようにと祈るのだ。またこの時,茅輪(ちのわ)くぐりも行われる。やはり,夏を越すという言葉があったのだねぇ。辛いのは僕だけじゃないんだ。
今日も梅雨の晴れ間が広がりそうだけれど,梅雨はジメジメして何となく気分がすぐれないし,体がだるく感じる。雨自体は嫌いではないけど,湿度が高いのは体にこたえる。おとおいだったか,車を運転して仕事先まで向かう途中で,ラジオで「てるてる坊主」の童謡が流れていた。てるてる坊主は僕も小さいときに作って,軒先に下げたことがある。でもこの童謡の3番目の歌詞を耳にした時,エッ,と思った。その3番目の歌詞はというと,
「てるてる坊主 てる坊主 明日(あした) 天気にしておくれ それでも曇って 泣いてたら そなたの首を チョンと切るぞ」
そういえば,僕も幼い時にこの歌詞を知って「エッ」と思った記憶がある。久し振りの「エッ」であった。ただこの歌の童謡としての価値は十分で,人口に膾炙している。
あー,暑いなぁー。あー,スイカ食べたーい。あー,めちゃくちゃスイカ食べたい。よーし,こうなったらどんな卑怯な手を使ってでもスイカを手に入れ,今日は絶対スイカを食べるぞー(笑)。
数的優位を作られるの巻
サッカーにおける鉄則とも言うべきものに,「数的優位を作る」というのがある。攻撃面でも,守備面でも,ある局面で自分が1人,相手チームが2人だったら,仮に自分がボールを持っていても相手方に奪われてしまう可能性が高くなるし,逆にボールを奪いにいこうとしても,上手くパスされてかわされてしまう。要するに,それぞれの局面では味方が多い方が有利なのである。
よくあることだが,昨日も一人ランチであった。味噌ラーメンが無性に食べたくなった。こうなると頭の中は味噌ラーメン以外には何もなくなる。事務所から歩いて10分くらいの所にあるラーメン屋に直行である。しかし,このラーメン屋において完全な数的優位を作られてしまった。
午前11時30分に入店。いいねえ,自由業は。勤務時間を自分で決められるし,好きなときにランチに行ける。ところが,入店したら店のスタッフ2名がいるだけで,他には全く客がいなかった。予定どおり味噌ラーメンを注文。ほどなく注文の品が届く。山盛りになった白髪ネギを箸でスープ内に沈め,一味唐辛子を振りかけて食べ始める。しかしその2人のスタッフは,ともに並んで僕の方向を見ている。僕の方向を見ているだけなのか,僕を見ているのかは分からない。というのも,僕は彼らの顔を見たり,目を合わせたりはしなかったから。それにしても彼らは微動だにしない。また彼らは互いに全く会話もしない。完全に1対2である。数的優位を作られた状態である。北京の天安門広場に田舎から直訴に来た農民1人と,武装警察官(公安)2名とが対峙しているかのような風情であった(爆笑)。
ここのラーメンは旨いと思う。特に味噌ラーメンは野菜タップリでシャキシャキした食感も良く,スープがクリーミーで旨いのである。麺も僕好みの中細だし。ただ難点を言うと,1000円近い値段なのに,チャーシューが一枚も入っていないことであった。トッピングしないとダメなようだ。これをすると1000円の大台に乗ってしまう。それにしても11時30分というと,もうそろそろお昼時であり,街中なのだから他に客がいてもよさそうなのに僕だけであった。このままだと,数的優位を作られた結果,ボールを奪われてしまう(笑)。まぁそのうち誰かお客が来て,視線リスクの分散に寄与してくれるだろうと楽観していた。し,しかし誰も来ない。気分的に落ち着いてラーメンを味わいたいと思っているのに・・・。半分以上食べ終わっても,相変わらず天安門広場での対峙が続いている(笑)。もう一人味方がパスコースに来てくれればパスできるのに。
結局,味方は現れなかった。味噌ラーメンはとても旨かったが,「本当はもっと精神的に落ち着いて味わいたかったのに・・・」という敗北感が残った。次回は何とか頑張りたい(笑)。何を頑張るんだ(爆笑)。
あじさいはいいね
僕の誕生日は6月6日。この日にはカミさんと娘からそれぞれプレゼントをもらって素直に嬉しかった。そしたら昨日は父の日。娘からまたプレゼントと手紙をもらっちゃったどぇーす。手紙の文面で涙にむせぶ夜ではありました。
僕は梅雨時の生まれだからか,雨は嫌いではない。むしろ雨の日の方が落ち着くこともある。ある日裁判所での仕事を終えて,傘を差しながら事務所までテクテクと歩いて帰ったのだが,その日は急に裁判所近くにある護国神社の構内を横切るルートにした。あじさいが咲いていないか見たかったからである。そしたら,あちこちに咲く色とりどりのあじさいが本当に見事だった。白色を含め,どのあじさいも美しかったが,とりわけ薄い青紫色のやつが素晴らしかった。水滴に濡れ,みずみずしさと生命力に溢れていた。・・・・・あじさいはいいね。
その日はどういう訳か風流心がめばえ,ふっと好きな種田山頭火のことが頭に浮かんだ。梅雨時の行乞も大変だったろうな・・・。でも,山頭火にとっては自然現象である雨も当然に自分の一部であって,「濡れたらいやだな」などといった心情からはもう超越しており,濡れたって全く平気だったのだろう。
「山あれば山を観る 雨の日は雨を聴く 春夏秋冬 あしたもよろし ゆふべもよろし」
「笠をぬぎ しみじみと ぬれ」
「雨ふるふるさとは はだしであるく」
ジトジトした梅雨時は早く風呂にでも入ってサッパリしたい。今日は仕事も早めに切り上げて風呂にでも・・・。山頭火の次の句もユーモラスでまことに好きである。
「ちんぽこの 湯気もほんに良い湯で」
夢見がち
娘のあかねちゃんは夢見がち。テスト勉強や部活などの時は類い希な集中力を見せるが,非番(笑)の時は,将来のことについては夢見がちである。自分が高校生だった頃とそっくりである。
夢見がちといえば,あかねちゃんは夢(睡眠中に体験するやつ)もよく見るようだ。朝食の時などは,家族でそれぞれ前夜に見た夢の内容を告白することが多いが,その告白の回数ではあかねちゃんがダントツである。あかねちゃんが告白した一番最近の夢の内容は,次のようなものであった。
→ 時間帯はいつなのかは分からないが,外国人窃盗団が家に侵入し,お父さんが仕事でいつも着ている背広,スーツ,ワイシャツなどを片っぱしから盗んでいった。それで仕方なく,お父さんはチェック柄のシャツとチェック柄のズボンを身につけてショボンとして仕事に出かけた。しかし,はいているズボンは半ズボンだった。
あかねちゃんが見た夢の内容は概ね以上のようなものだった。なぜ半ズボンなのだろうか。なぜその柄は上下ともチェック柄なのだろうか(笑)。そもそも僕はそんなシャツやズボンは持ってもいねぇのに。ちっとも理解できない(爆笑)。
夢の話はこの程度にして,昨日の昼間は自分で運転して車で移動した。その車中のラジオ番組で,ビートルズの「レット・イット・ビー」という曲がかかっていた。懐かしかったし,改めてこの曲の素晴らしさを思った。「・・・Mother Mary comes to me Speaking words of wisdom 〝Let it be.〟」聴いていて胸がジーンとなった。思えば,ビートルズに関心をもつようになったきっかけの曲がこれだったのである。朝食の時はCDで音楽を聴きながらの食事で,平日の場合は主にクラシック音楽(バッハの曲が圧倒的に多い)をかけるが,土曜日や日曜日の朝はビートルズの曲をかけることが多い。あかねちゃんはその影響からか,ビートルズの曲が大好きである。彼女にとっても,ビートルズの曲は古さを感じないのだそうだ。僕もそう思う。
東京に出張するの巻
昨日は東京地方裁判所での仕事があった。こういう日は,たとえ裁判所での仕事が1時間程度であったとしても,往復の移動時間を考えると結局は1日仕事ということになる。午前10時ころの新幹線だから,東京駅にはお昼少し前に着いた。
あとは当然に,八重洲地下中央口の近くにある旭川ラーメン「番外地」に直行である。これは僕にとってはあまりにも当然の行動であるし,注文もあまりにも当然な「塩バターコーンラーメン」である。東京駅にはラーメンストリートというのが出来たのは百も承知だが,僕はどうしてもこのラーメン屋に足が向いてしまう。魚介系のダシの利いたスープを好むんでしょうね。
午後1時には東京地裁に到着し,予定の仕事を終えた。最初に応対してくれた若い女性の書記官はテキパキして美人だった。でも,面接した男性の担当裁判官の方はあまり感じは良くない。物腰もさることながら,全く相手の目を見て話さないのが不快感を与える原因なのだろうと思う。前日には名古屋地裁豊橋支部に出張に行ったのだが,その担当裁判官は非常に感じが良かったのに。様々だね。
さて,その後は裁判所の構内から依頼者と自分の事務所の事務員さんに指示を出し,あとはどうしてくれよう。鈴本演芸場で落語を聴いてやろうかとも思ったが,最近は仕事に追われていることもあり,そこはグッとこらえて帰路についた。八重洲地下にあるNHKキャラクターグッズを売っている店で「ぜんまいざむらい」の弁当箱を新しく購入しようと思い立ったが,ここもグッとこらえた。今使っている「ぜんまいざむらい」の弁当箱は確かに古くはなったし,絵の一部もはがれているけど,もう少しの間は使えると思ったからだ。まだ古いやつを捨てるにはかわいそう過ぎる。結局,ビール2缶とつまみを買って,新幹線の中では一人で宴会状態であった。ただ,あちこちで「プシュッ」とビールのふたを開ける音は聞こえたけど。
東京出張もたまにはいい。気分転換になるし・・・。でも,タクシーの運転手さんに,思わず「キャディーさん」と言い間違えて,案外しらけた態度をとられてしまったことは,返す返すも悔いの残る出来事ではあった。
誕生日
6月6日。家族に誕生日を祝ってもらった。ワインにお寿司,それにカミさんと娘からはそれぞれプレゼントをいただいた。事務所の事務員さんからは事前にお菓子のお祝いもいただき,一緒にご馳走になった。ありがたいと思う。
自分の誕生日がだんだん近づいて来ると,また年をとってしまうという気分的な停滞感があるが,誕生日を迎えていったん年を一つとってしまうと,あと一年間はこの年を維持できるという妙な安心感もある。西洋では6が並ぶことは縁起が悪いことだと言われているらしい。新約聖書の中の「ヨハネの黙示録」では6が三つ並んでいるのを「獣の数字」としている。そういえば,映画「オーメン」に出てくる悪魔の子ダミアンは6月6日午前6時に生まれている。・・・ふふん,そんなことはどうでもよい。僕はキリスト者ではないし西洋人ではない。れっきとした日本人だ。そんなもの関係あるかっ!・・・そうはいうものの,僕の出生した時間が気になる(笑)。
でも僕は,この6月6日という日は嫌いではない。生まれ変わるとして,好きな誕生日を選んでいいぞと言われたら,強がりでなくやはり6月6日を選ぶかもしれない。なにしろ覚えやすい。それに,昔から芸事は6歳の6月6日から始めると上達すると言われており,そのため6月6日は「楽器の日」,「邦楽の日」,「いけばなの日」にもなっているのである。そ,それに,あえて付け加えるならば,絵描き歌の「コックさん」の歌詞の中にも6月6日が出てくるのであるっ!(コックさんの絵はとてもかわいいし)。
ああ,そうそう。誕生日といえば,今年は運転免許証の更新もしなければならない。うっかり期限を過ぎてしまったら大変である。
たまごかけごはん
これをすごく食べたくなる時がある。今朝はその発作がおきて,たまごかけごはんを食べてきた。食べ方はごくシンプルで,小さい器に新鮮なたまごを割って入れる。そこに減塩醤油を垂らす。よくかき混ぜ,特に白身の部分も箸の先で切っておく。その箸で暖かいごはんの山の中央部分に窪みを作る。そこへたまごを流し込む。僕の場合は,決して混ぜたりはせず,そのまま食べる。そういう食べ方が好きなのだ。これは徹底しており,例えばカレーの時もそうであり,ごはんとカレールーが半々の状態で出されたら,できるだけそのまま半々の状態で食べ進み,決してルーをごはんと混ぜたりはしない。
たまごかけごはんは日本特有のものらしく,素晴らしい食文化の一つであり,日本人に生まれて本当によかったなと思う。娘のあかねちゃんもたまごかけごはんが好きである。ただ,このたまごかけごはんをめぐっては,父娘の間で若干の緊張が走る時がある。うちの家族はいつも一緒に食事をするが,ある朝,僕が食卓でたまごかけごはんの準備をしていると,娘のあかねちゃんも自分も欲しくなったようで,やはりその準備を始めた。その時僕は,「すーぐ,お父さんのまねをする。」と茶化して言ってやった。結局その朝は二人ともたまごかけごはんを食べたが,娘としてはまねをしたと言われたことがよほど悔しかったらしい。それ以来,一方がたまごかけごはんの準備をしていても,よほどの事がない限り,他方はそのまねをしなくなり,たまごかけごはんに限っては父娘の間で神経戦が展開されている。
もう半年も前のことになるが,新聞の投書欄でたまごかけごはんの想い出に関する記事を読んだことがあった。その投稿者は,もう年配の男性だが,その人が子供だった頃は家庭が貧しく,たまごかけごはんをする時は一個のたまごを兄弟で分けていたようだ。その人のお兄さんはなかなかの戦略家で,かき混ぜたたまごを分ける時は,いつも弟(投稿者)の茶碗に先に入れさせた。なぜかというと,先に入れた弟の方に大半の白身が流れ込み,黄身の多くがお兄さんの茶碗の方に行ってしまうからである。その投稿者は子供の頃は,いつかはたまごを一個ごと使って,たまごかけごはんを腹一杯食べることが夢だったという。ほのぼのとした内容の投書であった。
変な夢の意味は
どんよりとしたねずみ色の空が拡がり,より濃いねずみ色の雲があちこちにたれ込めている。辺り一面は荒涼たる荒野で,いたる所に塹壕のようなものが掘られている。寒風が吹きすさび,肌を刺す。塹壕のような所では,十数名の人間がいずれも自分の寝具をもって寝支度を始めている。男性は何故か僕だけで,あとは比較的高齢の女性がほとんどである。各自の手持ちの寝具の量には差があり,それだけでは寒さが凌げそうもないような寝具しか持ち合わせていない人もいれば,けっこう豊富に寝具を持っている人もいる。あちこちで寝具を貸し借りする情景がある。僕の場合は,敷き布団と掛け布団と薄い毛布があるため,何とか自分の寝具だけで寒さは凌げる。寒風が吹きすさぶ中,塹壕みたいな所に自分の布団を敷いて寝に入ったが,なかなか寝付かれない。やはり少し寒い・・・。
こういうシーンで目が覚めた。夢を見ていたのだ。目が覚めた時の自分の格好は,いつもは着ているパジャマがなく,下着姿で,しかも布団も掛けられていなかった。寒さで目が覚めたのだ。晩酌のほろ酔い加減でお風呂に入り,今日は少し暑いななどと思いながらパジャマも着ず,お気に入りの本を読んでいるうちに寝入ってしまったらしく,やはり夜中に寒さで目が覚めたのだ。その時は風邪をひきそうな寒さだった。
睡眠中の身体の外的条件が夢の内容を規定したり,夢の内容に影響を与えたりすることははやりあるのだと思う。確か高校時代にフロイトの夢判断に関する本を読んだ時に,そんなことが書いてあった。そこで挙げられていた例としては,確か,ある男性がその手をベッドの木枠か何かに挟んだまま寝ていたら,その人は自分の手を怪我した夢を見ていたというものだったと思う。
それにしても,僕が見た奇妙な夢。自分の身が寒かったから,荒涼たる荒野で布団を敷いて寝ているという情景なのは分かるが,何故僕のまわりは高齢の女性ばかりだったのだろうか(爆笑)。
体重が減り,だんだんと小顔になっている件
誠にありがたいことに,最近では体重が減って,だんだんと憧れの小顔になっていきつつある。確かに,最近では食べる物にも気をつけるようにしているし,自宅での晩酌の回数もできるだけ減らすようにしてきた。知人から誘われるままに「夜のパトロール」と称して繁華街に繰り出す機会も少なくしようとしてきた。そんな訳でここ約1か月の間に見事に3キロほど体重が減り,憧れの小顔を手に入れようとしている。
僕がなぜ小顔に憧れるかというと,端的に言えば,見た目として毛髪量とのバランスがとれるということである。人の顔の真ん中辺りに横線を引いて上下に二等分すると,ほっぺた付近の領域と,毛髪の領域に区分することができる。老化のせいか,最近では毛髪量も減ってきているという由々しき事態となっているが,ほっぺた付近がブクブク太っていると,プロポーションというかバランス的に毛髪部分が相対的にさらに小さく見えてしまう。逆に,ほっぺた付近がほっそりし,小顔になってくると,相対的に人をして毛髪量がそこそこあるかのような錯覚に陥れることができる。小顔のメリットはこういうところにもある。ただこれはあくまでも目くらましに過ぎず,ちゃんとできるだけの努力をして毛量を維持し,脱毛の進行を少しでも遅らせる必要があることは自覚している。
錯覚ついでに言うと,社民党という政党は徹頭徹尾錯覚に陥っている政党であるか,あるいはダダをこねることが唯一の綱領であるかのような政党であると思う。米軍海兵隊普天間基地移設問題では,やれグアムだ,やれテニアンだなどとほざいては,関係者は勿論,同盟国を困惑させてもてんとして恥じない。憲法9条・非武装中立ということのみのシングル・イシュー(単一争点)政党である。現行案に近い案など断固飲めないというのであれば,そして閣議決定に署名したくないのであれば,なぜ潔く与党連立から離脱しないのであろうか。明らかに閣内不一致である。政権内にとどまってギャーギャー言っていた方が存在感が高まるとでも思っているのであろうか。私は福島みずほという党首がテレビ画面に出るたびに眉をひそめてしまう(顰蹙というやつ)。明らかに国益に反している。社民党というのは絶滅危惧種とも言われていた。私はトキのことは心からその絶滅を心配しているが,社民党のことなどは・・・。
信念の人ではあるけれど
僕が初めて将棋を覚えたのは,中学2年生か3年生の頃だったと思う。クラスメートや近所の友人とやっているうちに,だんだんと没頭するようになってしまった。こんな面白いゲームがあったのかと・・・。高校に入ると,将棋熱がますますエスカレートし,勉強もそこそこに,「将棋世界」や「近代将棋」などといった雑誌を買ってきては,プロ棋士の棋譜を並べたりしていた。
僕の将棋熱のピークは高校時代であり,その頃は多くのプロ棋士に憧れ,毎週日曜日に放送されていたNHK杯戦は何があっても絶対観ていたし,テレビの前に盤を置いて棋譜読み上げの声に合わせて駒を並べていたものだ。その当時活躍していたプロ棋士の中でもとりわけ好きだったのは加藤一二三元名人である。18歳でA級八段に上り,20歳で名人戦挑戦権を得たように,加藤元名人は「神武以来の天才」と言われた。その後も将棋界で活躍し,名人をはじめタイトルも獲得した。才能の割りにタイトル獲得数に恵まれなかったのは,全盛期をむかえていた大山康晴第15世名人という巨人の存在があったからとも言われている。僕としては,いろんなプロ棋士に憧れたが,その独特のしぐさや「伝説」もあって,加藤元名人を特に応援していたのである。
その加藤元名人が,先日,自宅敷地内での野良猫への餌やりの問題で地域住民から提訴され,餌やりの差し止めと,約200万円の慰謝料支払を命じられたそうだ。誠に残念なことである。加藤元名人としては,野良猫の命をつなぐために信念として餌やりを続けていたのであろうが,やはり社会人でもあるのだから,自重すべきであろう。将棋でいえば,無理筋なのである。特定行為の差し止めが認められたり,慰謝料支払を命じられるということは,やはり客観的には近隣住民の受忍限度を超えていたと裁判所も判断したからに他ならない。もちろん控訴審の判断を仰ぐのはかまわないが,加藤元名人は,差し止められたのはあくまでも敷地内での餌やりだからという論法で,敷地外で今後も餌やりを継続するようなことをコメントしている。僕としてもずっと応援していた一ファンとして憂慮している。それは「悪手」ではないかと・・・。
はまりそうな世界
土曜日はカミさんと一緒に名古屋の御園座で歌舞伎を観た。ありがたいことに顧問先の社長さんが,いつもこの季節に1等席のチケットを2枚くださるのである。おかげさまで今回も十分に楽しませていただいた。
この日は市川段四郎,市川亀治郎などの舞台であった。前から7列目でしかも花道に近く,迫力もあった。話の筋が泣かせるもので,何よりも市川亀治郎などの演技が誠に素晴らしく,両眼から溢れる涙が頬を洗うのにまかせていた。恥ずかしながら,冗談や誇張ではなく,3つくらいのシーンでそれぞれ涙が二筋くらいずつ流れたのである。こういう時は,慌ててハンカチなどで拭いたりせず,とりあえずはそのままにしておき,しばらくしてほとぼりが冷めてからそっと指で涙をぬぐうのが一番よい。経験上,そうすれば泣いてしまったことを悟られずに済むことが多いのである。
それにしてもプロの技は凄い。また古典芸能の素晴らしいこと。亀治郎は女形であるが,身のこなしや体型が美しく,いかにも節制していなければあれだけの体型を維持していくことはできないであろう。僕は実はこれまでは,チケットをいただいた時しか歌舞伎を観に行くことはなかったが,これからは当然身銭を切ってでもこの歌舞伎という古典芸能の世界にはまってしまいそうである。
この日の観客の中にも,泣かせる場面ではあちこちでハンカチを目に当てたりするご婦人がいたり,鼻をすする音も聞こえた。義理や人情,人間としての誇り,正義を渇望している人が多いのではないだろうか。そしてそういう文明の一端に触れるために,歌舞伎という世界に一時的に身を寄せているかのようである。「逝きし世の面影」(渡辺京二著,平凡社)という本にも紹介されているように,確かにこの日本には近代以前にこの世でも特異な素晴らしい文明が確実に存在していたのである。礼節,秩序正しさ,優しさ,質素,自然の豊かさ,義理人情,互いに気持ちよく生活していくための工夫などが支配していた文明である。
歌舞伎の演目の中にはそういう文明の一端に触れられるものが多い。しかも毎回思うのだが,歌舞伎の観客は老若男女さまざまで,層が厚いようである。いずれにしても,歌舞伎は当分の間マイブームになりそうな予感がする。
目のやり場がない
この標題はちょっとピント外れかもしれない。目のやり場がないという言葉は,本来ならば見てはいけないものを見ないようにして,視線をどこに移すか困っている状態をいうのであろう。僕が今日訴えたいのは,前にもこのブログで言ったように,特に最近の民放番組の内容,企画がひどすぎて「目のやり場がない」のである。
若手芸人が登場し,ある飲食店の全65メニューを一定時間内に全部食べ尽くせるかという企画であった。当然最初のころは美味しそうに頬ばるが,そのうち満腹になって苦痛に顔をゆがめながら,イヤイヤ食べ続けるのである。もうダメだと言いながら,いったんは寝て休憩をとり,起きてはまたイヤイヤ食べ始めるのである。ある飲食店の全メニューを食べ尽くしたからといって,それが何になるのだ。食べ物というのは感謝しながらありがたいと思って食べるものである。イヤイヤ食べられている食べ物,食材が不憫でならない。こういうくだらない企画が最近では特に多い。日本の食糧自給率を高めるにはどうしたら有効なのかについて,ためになる討論番組や特集番組でもやらんかい!
こういう状況だから,最近では僕は癒しを求めて「おじゃる丸」や「ざわざわ森のがんこちゃん」などの番組に「逃避」気味である。おじゃる丸のキャラが好きで,僕もスキを見つけては「まったり」したいのは言うまでもないが,「エンマ大王のシャク」を取り戻すために奮闘する子鬼トリオはとてもいい。アオベエの「・・でゴンス」という言い方はとてつもなく好きだし,アカネは僕の娘と同じ名前で,しかも僕の法律事務所の名前でもあるし,キスケはビジュアル的に理屈抜きに可愛い。また,「ざわざわ森のがんこちゃん」に出てくるがんこちゃんの弟のがんぺーちゃんの可愛いことといったら,もう恍惚ものである。しかも,「ざわざわ森のがんこちゃん」の筋書きというか設定には,なかなか哲学的で深く,考えさせられるものがある。NHKの報道や特集番組の中には反日的で東京裁判史観にドップリ浸かった不当なものがあるが,アニメや人形劇はまあいいね。・・・ただ,僕に何の断りもなく「ぜんまいざむらい」の放送が教育テレビから消えてしまったのは,極めて遺憾であり,正に断腸の思いである。NHKはこの一視聴者の言葉を厳粛に受け止めて欲しい。
昭和の日
きのう,4月29日は昭和の日であった。午前中は雨が残ったが,午後からはとても良い天気で,僕はゴルフを楽しんだ。スコアは相変わらずダメだったが,文句なしのニアピン賞を取るなど,随所に良いショットもあった。それに自分の欠点として自覚していた点は,やはりキャディーさんの指摘でも裏付けられたので,負け惜しみではないが収穫はあったのである(笑)。・・・だったらその欠点をちゃんと直せよってか(笑)。夜は,うちのカミさんの誕生日祝いを自宅で行った。僕もそうだが,誕生日を祝ってくれること自体は嬉しいようだが,歳を一つとることは嬉しくないらしい。
昭和の日というのは,もちろん,昭和天皇の誕生日であり,昭和の日が国民の祝日として定められた趣旨は,「激動の日々を経て,復興を遂げた昭和の時代を顧み,国の将来に思いをいたす」ということである。僕はもちろん昭和生まれだから,昭和天皇のことは今上天皇と同じく親しみを感じる。
昭和天皇が崩御された時のことは,今でも覚えている。当時僕は,名古屋地方裁判所事務局人事課の係長をしていた。人事課の係長というのは結構ストレスがたまり,係長仲間でよく居酒屋で酒を飲んでいたものだ。昭和64年1月6日の金曜日の晩も,行きつけの居酒屋で係長仲間,係員数名といつものようにお酒と料理,カラオケを楽しんでいた。こんなことを続けていたら,司法試験なんて受かる訳ないわねぇ(笑)。僕たちが居酒屋を後にして別れる時は,いつも,「じゃ,またあした。」ではなくて,「じゃ,また今日。」であった。その晩も遅くなり,飲んだ仲間に別れを告げた時には1月7日になっていた。翌日が土曜日で休みだったのでいつもよりも派手に飲み,歌ってしまったのだ。ところが,昭和天皇は,1月7日に崩御された。土曜日だったけど,緊急に職場に招集されたことを覚えている。僕は二日酔いだった。
先日,「昭和天皇論」(小林よしのり著,幻冬舎刊)を読んだ。昭和天皇の終戦時のご聖断の経緯,戦後処理の中で果たされた重大なお役目,国民を勇気づけようとしてなされた「期間にして前後8年半,総日数165日,全行程3万3千キロに及んだ壮絶な」巡幸,「御文庫」に住まわれ質素・倹約に徹された日々,南方熊楠との間の微笑ましい親交などが記述されている。一読に値する本である。昭和天皇は多くの歌を詠まれたが,僕は次に紹介する御製が心に響く。これは終戦後間もなくして詠まれたもので,その大意は,「深い雪の中でも,松が緑を失わないように,日本人もこの敗戦の試練に耐え,日本人の節操を曲げないで,雄々しく生き抜いてほしいという祈りの歌である。」(前掲天皇論172頁)。
「ふりつもる み雪にたへて いろかへぬ 松ぞをゝしき 人もかくあれ」
不覚にも
先週の土曜日の夜は家族とカラオケに行った。僕の場合はいつもそうなのだが,最初の曲を入れるまでに相当の時間がかかる。微妙に緊張しているのである。今日は上手く歌えるだろうかと・・・。一曲目を入れるのを躊躇しているうち,前の人が選曲した履歴があったのでこれを見てみると,何と,「君が代」と「仰げば尊し」があるではないか。こういう曲をカラオケで歌う人がいるんだ。勇気百倍,早速「仰げば尊し」を入れて歌ってみた。この曲はこのブログでも書いたとおり,名曲中の名曲だと思っている。
でもこの「仰げば尊し」の歌詞に感動しながら歌っていたら,不覚にも涙目になってしまった。画面はアニメーションだったが,老教師と生徒の卒業までの様々なシーンが連続し,最後は老教師を囲んで生徒全員が号泣するというシーンを目にしたからである。なお,涙目になりながらも歌自体は比較的上手く歌えた。一曲目を歌ってしまうと,度胸がついてあとは止まらない。ちょうどサッカーでいうと,ピッチに出たてのころは緊張しているが,最初のボールが来てファーストタッチを終えたら緊張が解けるというようなものだ。
「仰げば尊し」の中に「我が師の恩」という歌詞があるが,昨晩何気なくテレビのチャンネルを回していたら,ノーベル物理学賞を受賞した益川敏英博士が出演していた。砂糖問屋を営んでいた父親は,益川さんの大学進学に猛烈に反対し,母親の取りなしで何とか地元の大学を一回だけ受験することを許されたそうだ。そんな中で益川さんは名古屋大学理学部に進んだ。益川さんの恩師は「坂田モデル」で有名な坂田昌一博士(湯川秀樹博士,朝永振一郎博士と並び称される物理学者)であり,益川さんが生前の坂田博士から受けた恩を熱く語るとき,また生前に録音された坂田博士の肉声を聞くときなどは,本当に深い恩に感謝されている雰囲気が伝わってきた。
民主党が政治ショー化している事業仕分け。無駄遣いカットという面で一部正しい側面もあるが,問題は仕分けする人たちの資質・能力と,仕分け内容の適切さだ。益川博士は,「現状の研究成果は数十年ほど経過して初めて評価される。」,「限られた資源のなかで,役に立つ科学・分かりやすい科学・大学の外で市場原理のもとで成り立つ科学などが研究費の餌場として雪崩れ込んでいる。」と指摘され,日本の基礎科学への研究費配分が不十分であり,大学の基礎科学が危ないと警鐘を鳴らされている。再三述べるように,資源の少ない日本は人こそ資源であり,人材育成こそが重要である。そのためには,「子ども手当て」,「高校授業料無償化」などのバラマキではなく,もっと有効でメリハリの利いた予算配分にすべきであろう。
いわゆる薄毛に関する一考察
日本国内で薄毛を気にしている人は約1300万人に上るそうだ。僕もその一人(笑)。ニュースでやっていたけど,日本皮膚科学会がまとめた「薄毛治療のガイドライン」というものが発表されるという。日本皮膚科学会に所属する合計10人の皮膚や毛髪の専門医が,治療や植毛など10種類の対処法について,公表されている研究論文をもとに科学的根拠の有無を調査し,分類したものである。
このガイドラインも十分参考になるだろう。僕もここ数十年,ハゲの恐怖に苛まれながら生きてきたのだが,これまでの経験や付け焼き刃の知識に基づいて,この方面の専門家ではない僕なりに,薄毛に関してほんの少し考察を加えてみたい。
必ず物事には原因と結果がある。薄毛になるということは,やはりそれなりの原因があるはずである。遺伝説や男性ホルモン説などもあって,難しいことはよく分からないが,薄毛になる体質や生活習慣などがとても大きいと要因だと最近では思っている。特に血流。髪の毛は血の余りのようであるし,毛髪の生成は何よりも毛母細胞,毛乳頭の働きを活発にするための栄養が血液で十分に運ばれていなければならない。僕としては,頭皮の外からやみくもに育毛剤を振りかけたり,自毛であれ人工毛であれ頭皮に植え込んだり,などといった手法には限界があると思っている。要するに,体の内側からのアプローチが重要だと思う。薄毛になる体質を内側から変えていき,そのために生活習慣なども改善していくことである。
体温を上げ,血流を良くする。運動,マッサージだけでなく,血流の良くなる食材を使った料理など。次に,ストレスをほどよく緩和するための工夫。ストレスが過剰になると血流が悪くなるそうだ。それにストレスは皮脂の過剰な分泌の原因となる。これは皮脂腺を肥大化させ,さらに皮脂量を増やすという悪循環に陥る。仕事に精出すのも結構だが,時にはリラックスしたり体操したりするのが良いと思う。ストレスを感じた時や,リラックスするために喫煙する人もいるが,毛細血管の血流を悪くするので,このような育毛にとってのマイナス因子をできるだけなくすべきである。それと,何よりも睡眠を十分にとることである。これも極めて重要。成長ホルモンは午後11時ころから午前2時くらいまでの間に多く分泌されるので,毛髪の成長のためにはこの時間帯にはぐっすり眠っているのがいい。これに加えて,過度の摂取はだめだけど,亜鉛などのサプリメントの活用,それとコラーゲンなんかもいいのではないだろうか。まだまだいろいろとあるが,キーワードは「体の内側から」であろう。
あとは,達観である。人間,年相応というものがある。髪にいつまでもしがみつくべきではない。年相応の毛量で結構である。それに,髪の毛フサフサで女性にモテモテであっても,果たしてそれだけで心が満たされるであろうか(笑)。・・・決して負け惜しみなんかではない(爆笑)。人間,むしろ中身が大切である。髪が薄くても一緒に話していて楽しい,良い時間を過ごせたと思われるような人間になればいいと思っている。「ぜんまいざむらい」に出てくるぜん様と,なめざえもんとでは,毛量としてはなめざえもんの方がかなり上回っているであろう。ぜん様の頭頂部はなにしろぜんまいなのであるし,なめざえもんは立派で長すぎるほどの髷である。それでも,ずきんちゃんがぜん様の方に心惹かれているのは,結局はぜん様の人柄なのである。毛量なんかではない。
満開の桜
またまた桜の話である。だって,本当に見事なんだもの。朝の徒歩通勤経路に,小学校の裏道があるが,裏道とはいうもののその満開の桜の見事なこと。裏門にも桜が咲き乱れ,今朝は国旗(日の丸)が掲揚されていた。今日は小学校の入学式なのだ。こういう贅沢で見事なシチュエーションで小学生が入学してくる。みんな一生懸命に勉強と運動をして,立派な大人になってくれよ。頼むよ。
日本の桜の主なものは,ご存じソメイヨシノである。淡い色でその姿形や散り方は日本人の心をとらえて離さない。日本の国花についてはそれを定める法律は存在しないが,桜と菊が事実上は日本の国花として定着しているであろう。ところが,このソメイヨシノの起源について,韓国起源説というものがあるらしい。韓国では,韓国のチェジュ島の「王桜」とソメイヨシノを同一視して,「日本で楽しまれる桜は韓国起源のものである」といった論調があり,しかもその「王桜」の自生地にどんどんソメイヨシノを植林してしまうなどの活動まであるという。
先日,ゴルフで疲れてヘトヘトになって自宅で晩酌していると,NHKのニュースで,ソメイヨシノの起源について報道していた。そのニュースでは,韓国起源説に依拠せず,ウィキペディアにも書いてあるように,ソメイヨシノというのはエドヒガン系のコマツオトメとオオシマザクラの交配で生まれたサクラの園芸品種であるとしていた。「近隣諸国条項」ではないが,近隣諸国に配慮し過ぎるほどのNHKにしては,グッジョブである。
実際問題として,平成19年3月,千葉大学などの研究グループによる遺伝子解析によれば,ソメイヨシノがエドヒガン系のコマツオトメとオオシマザクラの交配で生まれた可能性が高いと学術的に究明されているし,やはり同じ年には,アメリカ合衆国農務省研究者による遺伝子比較調査によっても,韓国の「王桜」と日本のソメイヨシノとは別種であると発表されている。ウィキペディアには「韓国起源説」という用語の解説があり,それによると「韓国の個人・団体などが、他国の文化などの起源・伝播を朝鮮半島に求める,根拠不十分で非合理的な言説群の俗称」とある。このような現象の背景にある事情については,そのウィキペディアの該当箇所で縷々指摘されている。日本固有の文化でありながらこれまでその俎上に上がってしまったものとしては,次のようなものが列挙されている。
「剣道」,「剣術」,「侍」,「武士道」,「日本刀」,「柔道」,「空手」,「相撲」,「寿司」,「刺身」,「海苔」,「日本語」などなど。・・・・・つらいねぇ。
僕が思うに,一番大切なこと,事の本質は,起源などではなく,そのようなものを心から愛し,受け継ぎ,民族に定着,発展させてきたものこそが正に文化であるということだ。桜に限って言うと,桜の姿に心を動かされ,その散り際に「もののあはれ」,「無常」を感じ,だからこそ桜が咲いている間は精一杯愛でようという心情がその国,民族にそれこそ染み渡ってきたかどうかということである。日本人が桜を心から愛し,これに自分の気持ちを仮託してきたという事実は,古くは「万葉集」の中で詠われた次のような歌などからも明らかである。
「あしひきの山桜花日並べてかく咲きたらばいたく恋ひめやも」
「去年の春逢へりし君に恋ひにてし桜の花は迎へけらしも」
「龍田山見つつ越え来し桜花散りか過ぎなむ我が帰るとに」
「梅の花咲きて散りなば桜花継ぎて咲くべくなりにてあらずや」
「春雨に争ひかねて我が宿の桜の花は咲きそめにけり」
久しぶりの姿
いやー,日曜日はほぼ完全な寝たきり老人になってしまった。前日に同業者とゴルフをやってカートにほとんど乗らずに歩きまくったものだから,疲れ果てたのである。最近は,休日も事務所に出ていた日が多かったので,ふとんの中で本を読んだり,プロ野球を観戦したりして,たまにはまったりするのも良いものだ。
前日にゴルフ場で見た桜の木々はこれまた誠に見事であった。美しい桜を見ると心が洗われる。その桜の見事さの対極にあったのが,僕のゴルフのスコアである。この同業者のゴルフコンペは,優勝者とブービー賞を取った者の2名で次期幹事をやるルールになっているが,僕は次期幹事をやる羽目になってしまった。それこそ悲惨なスコアで,栄えあるブービー賞に輝いてしまったのだ。いつもの「早打ち」と「力み」が止まらず,「分かっちゃいるけどやめられない」状態。ショットが悪いからバンカーにつかまってばかり。バンカー・トゥー・バンカーというのはご存知でしょうか。バンカーに入ってしまって,そこから脱出のショットを打ったら,グリーンをオーバーして反対側のバンカーに再びつかまってしまうことだ。再びつかまってしまったバンカーからは1打では脱出できず,途中で泣けてきそうになった(爆笑)。・・・・・まじめに練習しよう。
でも,ゴルフ場では僕にとって感動したものが一つあった。一匹でのどかに舞っているモンキチョウ(紋黄蝶)の姿を見ることができたのである。モンキチョウの姿を目にしたのは,もういつだったか記憶にないほど久しぶりである。そういえば,モンシロチョウの姿も街中ではあまり見られない。モンキチョウに至っては最後にその姿を見たのはもう遠い昔だ。小学生の時にひんぱんにその姿を見ることができたように,もっと花を植えて街中でも見られるようになればいい。
仕事に疲れたら,春の野花とモンシロチョウ,モンキチョウなどの小動物の姿を見に,小旅行をするものいいなと思う。
桜の花
今日はあいにくの雨で,傘を差しながらの通勤になったが,それにしても桜の花の美しく,見事であることよ。最近では桜の季節になると,子どもの頃にはなかったような特別の感慨がある。子どもの頃は,桜を見ても「ああ,きれいだな。」とは思っても,それ以上の感情はなかった。でも最近は,恐らく歳のせいだとは思うが,桜の花を見ると,あと何回このような美しい桜の季節を迎えることができるのだろうか,とか,来年もこのような桜を見ることができるのだろうか,とか(笑)。
子どもの頃に歌った「さくらさくら」という歌は,すごく良い曲だと思うが,今も小学校では歌われているのだろうか。
さくら さくら
野山も里も
見わたす限り
かすみか雲か
朝日ににおう
さくら さくら
花ざかり
さくら さくら
やよいの空は
見わたす限り
かすみか雲か
匂いぞ出ずる
いざや いざや
見にゆかん
実に素晴らしい曲である。「朝日ににおう」というあたりは,本居宣長の「しきしまの やまと心を 人とはば 朝日ににほふ 山桜花」という歌からきているのかもしれない。今も小学校で歌い継がれていることを信じているし,これからも歌い継いでもらいたい。
前にもこのブログで触れたことがあるが,僕は数年前,青森県十和田市にある新渡戸稲造記念館に足を運んだことがある。桜の花にことのほかの思い入れがあったのは,新渡戸稲造先生である。その著された「武士道」という本の第15章には,次のようなくだりがある。
「桜はその美しさの下に、およそ刃物も毒もかくしておらず、自然の呼応に応じて、いつなんどきでも世を去る覚悟ができているし、その色彩は決して派手ではなく、そのあわい香りは決して飽きがこない。」
自然の呼び声に応じていつでもこの世を去る覚悟。桜の散り際は正にそうである。そこにはかなさと潔さを見る。日本人のメンタリティーである。この地上でも稀なほどの尊い日本人のメンタリティーと日本という国は,しっかりと守っていかなければならない。コロッと話が変わってしまうが,平沼赳夫衆議院議員は,桜が似合いそうな立派な代議士であり期待しているが,そろそろ新党を立ち上げるというような情報もある。ぜひ,ぜひ,頑張ってもらいたい。
まことに見事な月
昨日の晩は飲み会だった。その会場に移動する途上で歩きながら見た月は,まことに見事な月であった。寒い夜空にまん丸で大きな月がポッカリと浮かんでいた。夜空にはえていた。月の光は明るく,何よりもその輪郭がくっきりとして全くぼやけていない。輪郭がブレていないのである。
ブレと言えば,鳩山という人の発言がまたまたブレている。米軍普天間飛行場移設問題で,この人は従前から今年の3月末までに政府案を一つにまとめると明言していた。つい先日,26日の記者会見でも「最終的には政府案を一つにまとめなくては交渉はうまくいかない。3月いっぱいをめどに政府案をまとめる努力をしている。」と述べていたにもかかわらず,その舌の根の乾かぬ昨晩,今度は,「いつまでに全部やらなきゃいけないという話ではない。今月中じゃなきゃならないとか,別に法的に決まっているわけではない。」とブレているのである。法律で決まっていないことなどは百も承知だ。それよりも一国の首相として,自分の発言に責任を持て。この人のこのような言い分は,何か不都合なことをしでかした少年が,「それは別に法律に反している訳じゃないもん。」と言い訳しているようなもので,実に卑怯である。
またまたこの人のせいで不愉快になってしまった。美しく見事な月の話だったのに。僕が心から敬愛するヨハン・セバスティアン・バッハは,幼いときに両親を相次いで亡くし,数年間は兄に育てられた。バッハは,音楽に対するやむにやまれぬ求道心,向上心,興味から,鍵のかかった戸棚からこっそりと兄の楽譜を拝借し,月の光で写譜していたという。同時代のヘンデルも,彼を法律家にしたいという父から音楽に関心をもったり,楽器を奏でることを禁止されていたが,音楽に対するやむにやまれぬ興味から,屋根裏に隠されていたチェンバロを父に内緒でこっそり弾いていたという。
今宵は飲み会もないことだし,月の光で写譜する努力を怠らなかったバッハに敬意を表して,教会カンタータなどを聴いてみることにするかな。
頑張って欲しい
土曜日は気の合った者同士で久し振りのゴルフをやった。2月11日の建国記念日にゴルフの予定は入っていたが,雨で中止になったため,昨年末以来のラウンドであった。前回のラウンドでは久し振りに良いスコアが出てご満悦だったが,その好調さが維持されているかどうか。・・・・・だめだった(笑)。例の,力みと早打ちの悪い癖がでてしまい悲惨なスコアだった。ただ,前半の9ホールで「もう今日はだめだ。」と諦めたほどだが,後半は結構良く,「悪い点を認識しそれを修正していくことができた」という点だけが収穫だった。明日につながる雰囲気はあった。自分自身に言うのも何だけど,頑張って欲しい(笑)。
同じ土曜日の夜,晩酌しながらテレビでニュースを見た後,何気なくチャンネルを回していると,お笑い芸人の番組がやっていた。ゴルフ疲れの中,いい気分でお酒を飲んでいたら,思わず僕の晩酌の手を止めてしまうほどの,インパクトのある芸名に出会った。・・・・・「もりやすバンバンビガロ」(笑)。な,何だろう,この芸名は。この「もりやすバンバンビガロ」という芸人は,基本的にはジャグラー+マジシャンなんだろうと思う。リンゴ3つをジャグリングしながら,その忙しい最中に見事にそれらのリンゴをかじるという,奇妙ながらも感動的な芸を披露していた。
それよりも,気になるのは「もりやすバンバンビガロ」という芸名の由来,意味である。別にそんなこと知らなくても生きてはいけるし,今後の弁護士稼業に支障などはないが,何かしらすごく気になってしまった。知的好奇心というやつか。風変わりな芸名ではあるが,別にこれといった意味はないのかもしれないし,ひょっとしたら,途方もなく深遠で,哲学的,形而上学的意味が与えられているのかもしれない。僕はほろ酔いながらも,必死でこの芸名の由来,意味をインターネットで調べた。・・・うーん,どうしても分からない。「もりやす」というのは,何となく名字だろうなという察しはつくが,「バンバンビガロ」がなぁ(笑)。調査の結果,この名付け親が,同じ吉本興業の「モロトゆーき」という人だということは分かったが,この芸名の由来,意味はなぁ。ただ,元Jリーガーの「もりやすはじめ」選手とプロレスラーの「クラッシャーバンバンビガロ」選手を足したものだという情報もある。もしこれが本当だとすると,「もりやすはじめ」さんというのは,元日本代表でサンフレッチェ広島などで大活躍した森保一選手のことか。あとは,「クラッシャーバンバンビガロ」を検索してみると,かつて新日本プロレスで活躍したクラッシャー・バンバン・ビガロ(本名はスコット・ビガロ)選手が出て来た。ただこの方は,3年前にアメリカ・フロリダ州の自宅で亡くなっている。いずれにしても,芸名に無限のインパクトを与えられた「もりやすバンバンビガロ」さんは,これからも頑張って欲しい。
懐かしい顔ぶれ
前週の土曜,日曜は同業者らと奈良旅行に行ったが,今度の土曜,日曜は中学3年生時代の同窓生6人で高山旅行に行ってきた。早春の飛騨高山である。
少人数ではあったが,どれもこれも懐かしい顔ぶれである。みんな昔の面影があり,その容姿が激変した人はいなかった。ただ相当に髪が白くなったり,薄くなったりした子もいた。俺だって人のことは言えないか(笑)。前にもこのブログには書いたが,中学校時代の同級生と会うと,何か戦友のように思えてきて,とてつもなく懐かしく,そしていじらしいのである。というのも,これだけ長く生きているともちろん楽しいこともあっただろうが,辛いことも少なくなく,それを何とか乗り越えくぐり抜けてきたであろうからである。行きの特急列車の中では早くもお酒と楽しい語らいである。
早春の高山は,山々にはまだ残雪があり,町中にも所々に集められた雪の山があった。空気は清々しい。車中から見た飛騨川の流れも,高山市内を流れる宮川の流れも綺麗である。陣屋,桜山八幡宮,宮川の朝市,高山祭の屋台が飾られている屋台会館などに足を運んだ。数々の屋台を見ていると,伝統の重みと祭りに対する昔の人の心意気を感じる。素晴らしい文化である。
僕は高山を訪れたのはこれで4回目だと思うが,春,秋の高山祭を観たことはない。日本三大祭の一つに数えられるだけあって,高山祭行列の写真などを見ると絢爛豪華であり,壮観である。やはり一度はこの高山祭の頃に訪れるべきであろう。それにしても,屋台会館で案内をしてくれた若い女性は,凜として美しかった。語り口も流ちょうで聞きやすく,体型がスラッとしていた。最近僕は飲む機会が多く,相当に不摂生をして太り始めているし,旅先でもみんなと一緒になって飲んでしまっている。凜とした雰囲気を漂わせているこの案内の女性を見ていたら,最近のような不摂生を続けていてはいけないと叱られたような気になった。飲酒を控え,スロトレを続けなければ・・・。
同級生との懐かしい旅行の時間も楽しく過ぎていき,どこからともなく次回の同級生旅行の行き先は京都ということになった。実現するかどうかは分からないが,楽しみである。それにしても,旅先のホテルの部屋で観た今期Jリーグ第2節の名古屋グランパス対川崎フロンターレの試合はガッカリであった。ホームであるにもかかわらず,グランパスの前半の戦い振りは相変わらず中盤を構成できておらず,「ああ,いいな。」と思わせるような攻撃の形が作られていなかった。時間が残り少なくなって頑張りはじめても仕方がない。終了間際に決勝点を決められたが,DFのチェックが甘く,相手選手のシュート直前には背番号6のDFの選手は,体が逃げていた。体を張ってシュートコースを遮らんかい!
アインシュタイン博士が弾いたピアノ
先日の奈良旅行の続きを書いてみたい。実は僕が泊まったホテルは,創業100年を迎えた老舗の奈良ホテルだった。本当に落ち着いた雰囲気で,古都奈良にふさわしい。
これはすごくびっくりしたのだが,奈良ホテルの広間には,相対性理論で著名なあのアインシュタイン博士が弾いたピアノが展示されていた。実際にこのピアノを弾いているアインシュタイン博士の写真とともに。博士は,大正11年(1922年)11月17日から12月29日までの43日間,日本に滞在した。このうちの2日間(12月17日と18日)に奈良ホテルに宿泊したそうだ。フランスのマルセイユ港を出発し,神戸港に到着するまでに約40日も要する長旅。この航海途上でノーベル物理学賞受賞の報せを受け取ったそうだ。
博士は,日本の各地を回り,日本人,日本の文化,日本の自然などに接し,日本の文化と国民性に深く共鳴された。アインシュタイン博士がのこした言葉に次のようなものがある(波田野毅著「世界の偉人たちが贈る日本賛辞の至言33撰」18~24頁,ごま書房)。
「近代日本の発展ほど世界を驚かせたものはない。一系の天皇を戴いていることが,今日の日本をあらしめたのである。私はこのような尊い国が世界に一ヵ所ぐらいなくてはならないと考えていた。世界の未来は進むだけ進み,その間,幾度か争いは繰り返されて,最後の戦いに疲れるときが来る。そのとき人類は,まことの平和を求めて,世界的な盟主をあげなければならない。この世界の盟主なるものは,武力や金力ではなく,あらゆる国の歴史を抜きこえた最も古くてまた尊い家柄でなくてはならぬ。世界の文化はアジアに始まって,アジアに帰る。それには,アジアの高峰,日本に立ち戻らなければならない。我々は神に感謝する。我々に日本という尊い国をつくっておいてくれたことを」
アインシュタイン博士は,日本に旅する前には,「もし私が,日本という国を自分自身の目で見ることのできるこのチャンスを逃したならば,後悔してもしきれないというほかありません。」と述べていたそうだ。前掲の本の中から,さらに調子に乗ってアインシュタイン博士の発言を引用してみる。博士は日本に関して次のような言葉ものこされている。
「日本人のすばらしさは,きちんとした躾や心のやさしさにある。」
「日本人は,これまで知り合ったどの国の人よりも,うわべだけでなく,すべての物事に対して物静かで,控えめで,知的で,芸術好きで,思いやりがあってひじょうに感じがよい人たちです」
「この国に特有な感情のやさしさや,ヨーロッパ人よりもずっと優っていると思われる,同情心の強さ」
「日本の風光は美しい。日本の自然を洗っている光はことのほか美しい」
「日本は絵の国,詩の国であり,謙遜の美徳は,滞在中最も感銘をうけ忘れがたいものとなりました。」
「日本人以外にこれほど純粋な人間の心を持つ人はどこにもいない。この国を愛し,尊敬すべきである。」
アインシュタイン博士は,40日を超える日本滞在を終え,12月29日に門司港から「榛名丸」に乗って日本を後にする際,ご夫妻とも,そして見送る人も,ともに涙を流して別れを惜しんだそうである。
幻想的な世界
土曜,日曜と一泊二日で奈良旅行をしてきた。思えば,奈良に旅行するのは小学生の時の修学旅行以来である。到着の日の夜は,東大寺二月堂の「お水取り」を観た。
この二月堂の修二会(しゅにえ)の夜の法会(ほうえ)のことを「お水取り」と呼んでいる。この「お水取り」を観たいと駆け付ける人は多いため,いい場所を確保してワクワクしながら約1時間ほどずっと立って待っていた。回りの人もじっと辛抱強くしていた。夜はやはり寒く,耳たぶも冷たかったので,耳たぶを耳の穴の中に入れるという例の癖もたびたび出た。
この修二会(お水取り)というのは,一千二百有余年の間,一度も休むことなく法統連綿と今日まで受け継がれてきた。その目的は,われわれ人間の罪障を懺悔し,清浄な身体を得ることによって,自分が犯した悪業に対する報いである禍や災難を取り除き,幸福を招こうとするものであり,ひいては国家の安寧や国民全体の幸福を願うという主旨があるそうである。午後7時になったら,いよいよ始まった。次々と点火された大松明(おおたいまつ)が登廊し,二月堂の欄干に姿を現し,闇夜に大きな炎が勢いよく移動したり,火の粉が振りまかれる。一千二百数十年にわたってこの儀式が行われてきたのである。一言で表現すると,幽玄で幻想的な世界ということになろう。素晴らしかった。
翌日は,東大寺,薬師寺,法隆寺などを観て回った。子どもの時に観た東大寺南大門の運慶,快慶作にかかる木造金剛力士立像があった。金堂には,かつて観た如意輪観音菩薩像などがあった。薬師寺には,西塔はそのままの姿だったが,東塔は改修工事中であった。金堂内には子どもの時に見て感動した薬師如来像,日光菩薩像,月光菩薩像などがそのままの姿であった。仏像を観ると心が落ち着くし,内省的になる。ヒマを見つけての仏像めぐりもいいものである。確か薬師寺だったと思うが,トイレは男性用は「善男」,女性用は「善女」という表示があったと思う。そして法隆寺。五重塔に金堂内の釈迦三尊像なども美しい。法隆寺ではもっといろいろと観たかったのだが,バスの集合時間が迫っていた。そこで法隆寺の夢殿と中宮寺とどっちにしようか迷ったが,やはり中宮寺のあの弥勒菩薩像は是非観ておきたいと思い,靴を脱いで上がり,正座して弥勒菩薩像をじっと眺めた。素晴らしいほほえみである。
京都もいいけど,奈良も全く素晴らしい。710年の平城京遷都から今年で1300年となる。歴史の重みと深みを感じる。ただ,マスコットキャラクターの「せんとくん」については,小僧さんの頭の上にいきなり鹿の角が生えていて,最初はちょっとキモいかなとも思ったが,次第に慣れてきて,結構可愛いかな。でもビミョーだな(笑)。
昭和の人
何気なくヤフーのニュースを見ていたら,タレントのビートたけしさんが審査委員長を務めるある大賞授与で,読売巨人軍の長嶋茂雄名誉監督に「東スポ50周年特別賞」を授与することになったそうである。東京スポーツの創刊第1号の第1面を飾ったのが読売巨人軍の長嶋選手だったということで,その当時の長嶋選手の活躍振りは昭和生まれの人だったら誰でも知っているだろう。
たけしさんは,その授与式において,長嶋さんを前にして表彰状を読むときに泣きそうになったそうだ。たけしさんによると,「(会うのは)7~8年ぶり。長嶋さんの前だとしゃべれなくなる。・・・・・今日は(自分が長嶋さんに)よく表彰状を読めたと思う。泣きそうになった。」とのことである。そういう気持ちは分かるような気がする。長嶋選手といえば不世出の名選手であり,国民的な英雄であった。少年にも限りない勇気と希望を与えてくれた。幼く,若かった僕も勇気を与えられたその一人である。一方,たけしさんだって,芸能人としても映画監督としても評価され,今や押しも押されぬ存在となっている。そういう人でも,泣きそうになるというのは,やはり昭和のメンタリティーだね。とてもほのぼのとしてきた。
その授与式で,たけしさんが長嶋さんとのエピソードを紹介した。このエピソードは僕も前にも聞いたことがあったが,面白いので若干の脚色を加えながら会話風に再現すると(状況としては,たけしさんがある事件を起こして謹慎し,精神的に凹んでいるとき),
長 嶋「たけしさん,ゴルフでも一緒にどうですか?」
たけし「・・・エッ,はいっ,ありがとうございます。うかがいます。」
長 嶋「(約束の日にゴルフ場で)やぁ。」
たけし「(震えながら直立不動で)た,たけしです。」
長 嶋「たけしさん,ゴルフですか。どなたとですか?」
たけし「・・・・・・」
でも,長嶋さんって,本当に好きである(笑)。
無くて七癖
先日,ある会合で割と長いスピーチを2つほど聞かされた。講演だったらともかく,スピーチなんだから,簡潔明瞭で何か一つ聞き手の心に残るものを与えてくれればいい。しかしながら,その時のスピーチは何やら長いだけでなく,一人は一つの文章の中に何度も「エー」を入れて聞きづらかったし,もう一人は一つの文章の中に何度も「まァ」を入れてこれまた聞きづらかった。
これは癖の中でも,口癖というやつだろうが,確かに無くて七癖というように人にはいくつか癖というものはあるだろう。これは癖と言えるかどうか判らないが,あかねちゃんという僕の娘は,風呂に入っている時に,EXILEの歌などを大きな声で歌っていることが多い。またうちのかみさんは,何かに集中しているような時には,右斜め後方あたりの髪の毛を右手で何やら揉みしだくような仕草を何度も繰り返す癖がある。
そういう僕にも癖はある。ひとつ思い浮かぶのは,耳たぶを耳の穴の中に入れるという,とても奇妙な癖がある。これは季節限定で,主として冬などの寒い時期に出現する癖である。この癖は比較的若いころから発現し,その歴史は長い。その癖の歴史的沿革というか,目的は何なのかについて考察してみる。耳たぶというのは一般的に人間の身体の部位の中でも最も冷たい部位である。やけどをした時などに耳たぶを触るように。寒い時期の耳たぶはとても冷たくて可哀想だとの配慮から,少しでも暖かくしてあげようと耳の穴の中に入れて耳の穴の暖かい温度を伝達してやろうという目的があったのではないか。あるいは,耳たぶのことを思ってというよりも,冷たい耳たぶを耳の穴の中に入れると,ひんやりとして気持ちいいものである。だから,自己の快楽の追求という目的があったのかもしれない。あるいは,その両者だったのかもしれない。いずれにしても,この癖は今も直らない。
水ぬるむ
もう手袋がいらなくなった。コートを着て歩いていると,ほんの少し汗ばむような気もする。いつの間にか暖かくなったもんだ。真冬の時と比べて,何となくお風呂の沸きも早くなったような。寒の戻りはあるのだろうか。
「水ぬるむ」というのは,早春の季語のようである。僕は昔から何となく好きな言葉なんだよな。四季の微妙な変化を敏感に察知し,そして自然を愛でる日本人らしい言葉である。あの「坂の上の雲」に出てくる正岡子規は次のような句を作っている。
「芹目高乏しき水のぬるみけり」
そして,わが種田山頭火は,
「汲みあげる水のぬくさも故郷(ふるさと)こひしく」
ただ,この山頭火の句はこの季節に作られたかどうかは分からない。
あぁ,そうそう。「坂の上の雲」で思い出した。僕はNHKのスペシャルドラマ「坂の上の雲」については随分と期待していたのだが,がっかりしてしまった。原作にはない創作部分が結構含まれているし,このドラマの制作者の意図が見え隠れする。ちょうど,NHKスペシャル「シリーズ・JAPANデビュー アジアの"一等国"」ほど露骨ではないにしても,偏向性を感じるのである。この「・・・アジアの"一等国"」という番組をめぐっては,出演者などから番組内容に偏向があったと批判され,損害賠償請求訴訟にもなっている。「坂の上の雲」はというと,その放送回数が中途半端で放送時期も相当に間延びしており,視聴者の興味自体もそがれてしまうのではないだろうか。余計なお世話かもしれないけど(笑)。
分かりやすくて具体的なのが一番
何かしらタイトルに惹かれて本を1冊読んでしまった。「子供に教える『経済学』」(木暮太一著,青春出版社)という本である。そのサブタイトルには,「世界一やさしい経済の授業」とあるように,図や表やグラフ,挿絵などが多用してあって,しかも父親と子の対話形式で書かれていて,確かに分かりやすい。まあ,経済学のごく一部を解説したものだが,かの菅財務大臣が理解していたかどうかかなり疑わしい「乗数効果」に関する解説もあった。商品の値段の決まり方,国債や公共事業のこと,年金のことなども触れられていた。こういう本はこれからも結構ウケるかもしれない。
いわゆるプレゼンでも,会議でも,教育機関における授業,講義でも,聴いている人に実際に分かってもらってなんぼだからね。分かりやすくて,具体的なのが一番なのである。僕も大学生時代,それなりに学問はした。ある刑法学の教授は斯界の権威的な存在であったが,その講義はというと,自分が出した本をそのまま読んでいるようなもので,つまらなかった。学生としては,その教授が出した本を自宅でコーヒーを飲みながら黙読しているのと効果が大して変わらないような授業だったのである。学問的水準の高さと「教え上手」とは別なんだなと思った。
具体的というので思い出したが,杉並区長の山田宏氏が永住外国人への地方参政権付与問題について,とても具体的で説得的な論を展開していた。PHP研究所が出している「Voice」(3月号)に寄稿していたものである。何やら民主党が,そのマニフェストにも記載していなかった永住外国人への地方参政権付与法案を提出しようとし,その成立を画策している。われわれ国民も,実際には我が事にかかわることなのだから,よく勉強する必要がある。その意味では,山田杉並区長の論考は分かりやすく,具体的で参考になろう。この問題に関連しては,オランダやドイツなどの現状がどんな悲惨な状況になっているのかを知る必要があろう。
泣かせるなぁ
先週の金曜日は,午前中に裁判所でひと仕事終えて事務所に帰る途中,急にオムライスが食べたくなった。というわけで,ある喫茶店を久し振りに訪れ,かつてのようにカウンターに座ってオムライスを待っていた。その時に目にした新聞記事にとても感動した。
その新聞記事によると,埼玉県川越市の中学3年の女子中学生は母親と一緒に,石川県輪島市まで航空関係の高校の推薦入試を受けに行こうとしていた。母子2人は夜行列車で移動しようとしていたが,何と,折からの豪雪で,信越本線の夜行列車が運休になってしまったのだ。長岡駅で足止めになった時は,この女子中学生は絶望したそうだが,母親は「ヒッチハイクしよう。」と果敢に提案し,真夜中で猛吹雪の国道を歩き続け,約4時間半後にガソリンスタンドに止まっていたトラック運転手に声を掛けたところ,金沢までならという条件でトラックに乗せてくれたそうな。
その後,この運転手は,自分にも中学3年の子どもがいるから気持ちが分かるというので,「輪島まで行っちゃる。」と言って,金沢までどころか目的地の輪島市まで乗せていってくれたというのだ。そして,劇的にも試験開始10分前に学校に到着し,無事に入試を受けることができたという。その運転者は連絡先も告げずに笑顔で去ったそうだ。この中学生は一旦は絶望していたのに,後日めでたく合格通知を手にした。
僕がこの新聞記事を目にして感動した点は3つある。第1に,この運転手の武士道精神である。神戸まで仕事で向かわなければならない中で,親切心から能登半島の輪島まで遠回りをし,連絡先も告げずに颯爽と去った。無私の精神ある素晴らしい日本人である。第2に,この女子中学生は航空自衛隊でパイロットになりたいという明確な目標をもってこの推薦入試を受けたという点である。成人式で壇上に上がり傍若無人の振る舞いをして迷惑をかけるような手合いばかりだったら,この日本の行く末が思いやられるが,この女子中学生のような若い人の存在を知るにつけても,わが日本もまだまだ捨てたものではない。あっぱれである。第3は,我が子を励まし,真夜中の猛吹雪の中をヒッチハイクしながら約4時間半も歩き続けた母親の強さと優しさである。
僕は,オムライスが来る直前,この感動で両眼の表面に比較的厚い涙の幕が覆ってしまっており,「困ったな。この涙どうしてくれよう。」とうろたえていた時に,オムライスが来てしまった。まばたきした瞬間に涙が落ちた。ウェイトレスの人にばれてしまっただろうか。
胸のバッジのこと
昨日は建国記念日,国民の祝日であった。本来であれば仲間とゴルフの予定になっていたが,天気予報が終日雨になっており,早朝に中止が決まった。午後からの本降りの様子を見るにつけ英断だったと思う。それに,その前の晩は飲み過ぎて二日酔いだったので,助かった(笑)。
さて,建国記念日といえば,紀元節,紀元節といえば,三種の神器,三種の神器といえば,八咫鏡(やたのかがみ),八咫鏡(やたのかがみ)といえば・・・・・
今日は,われわれ法律家が胸に付けているバッジの話を少しだけしたい。まず,裁判官が胸に付けているバッジは,八咫鏡(やたのかがみ)をモデルにしている。八咫鏡(やたのかがみ)は真実をくもりなく映し出すという意味で,公正さの象徴である。確かに,証拠の評価を含めた事実認定が誤っていたら困るもんね。ついでに,裁判官が法廷で着ている法衣が黒色なのは,何色にも染まらないという意味であり,これも公正さの象徴であろう。でも,何色にも染まらないというのが,どんな意見にも絶対に左右されないという意味で,これが高じて独善に陥ることだけは避けてもらいたい。
次に,検察官が胸に付けているバッジは,旭日に菊の花弁と葉をあしらったもので,秋霜烈日の意味である。つまりこれは,秋の冷たい霜や夏の激しい日差しのような気候の厳しさ,ひいては,刑罰・権威のきびしさ,厳かさが検察官の職務の理想であるということであろう。それにしても,小沢一郎民主党幹事長の政治資金規正法違反被疑事件の結末はなぁ・・・。この秋霜烈日章のようにやって欲しかったよ(笑)。
そして弁護士が胸に付けているバッジは,絵柄は丸いひまわりの花弁が回りにあってその中に天秤ばかりがあしらわれている。太陽というのは正義の象徴である。ひまわりはいつも太陽に向かって咲いている。要するに社会正義の実現に寄与すべきだということである。また,中にあしらわれた天秤ばかりは,エジプト神話マアトの「真実の羽根」との重さを比較する天秤のようである。これも真実追究の象徴だろう。
名前負けという言葉があるが,法律家もバッジ負けしないようにしなければならない。
勁草
いつも自宅から歩いて出勤しているが,今朝その途上であらためてびっくりしたことがあった。自宅から歩いてすぐの所に小学校があるのだが,その小学校にたどり着く途中で,アスファルト舗装の歩道を突き破って雑草が生えている光景を目にしたのである。そういえば,そういう光景は今までにも見たことはあったが,草がどうしてアスファルトを突き破ることができるのであろうか。恐らく,根が張ってたくましく成長し,アスファルトの下の土を長時間かけて盛り上げ,最終的にはアスファルトに亀裂を生じ,そこから草が日の目を見るということであろう。あらためて雑草の生命力に感動した。
中国の後漢書の王覇伝の中に,「疾風に勁草を知る」という表現がある。これは,とても激しい風が吹いたときに弱い草はすぐに倒れるが,真に強い草は倒れない。疾風が吹いてはじめて強い草が見分けられる。苦難の中で落伍した多くの部下の中にあって最後まで支えた真の部下が分かる。それが転じて,苦難や事変に遭遇してはじめてその人の節操の堅さや意思の強さなどが分かるという意味である。
そういえば,僕が弁護士になる前に東京勤務をしていた時,「勁(つよし)」という名前の上司がいた。いい名前だなと思っていたが,この上司は繁忙部署で審査官という責任ある立場の人だったが,どんなに忙しくても,ストレスを感じていそうでも,いつも温厚そうな表情を変えずに的確に事務処理をしていた。名前のとおり勁い人だったのだ。僕もこういう人になりたい。最近は仕事に追われて凹みがちであるが,今朝見つけた雑草のように,勁草のように乗り切っていきたい。
それにしても,民主党の小沢幹事長は政治資金規正法違反の被疑事件については,不起訴処分となるようである。でも,今後は検察審査会に対する審査請求がなされる余地もある。予断は許さないであろう。民主党幹部で小沢幹事長の腰巾着と言われている人たちは,あたかも小沢幹事長という人が受難に遭ったかのような物言いをしているが,的外れである。小沢という人は,勁草などではない。新約聖書のマタイによる福音書の中に出てくる「毒麦のたとえ」でいえば,毒麦である。
何かなぁ・・・
このブログも,社会に対する不満ばかりだと読みづらくなってしまうだろうけど,先日のコンビニでの一件は,何かなぁ・・と思った。人間,何かをするときには,他人の目から見てどのように映るだろうか,どのように思われるだろうかという意識もある程度必要だろうと思う。想像力といってもいい。
ぜんまいざむらいの弁当箱に入った弁当のない日の昼食は,コンビニで買って済ますことが多い。まあ,今日はおにぎりと簡単なスープかなと思っておにぎりのコーナーに行こうとしたら,そのコーナーの直前にはOL風の若い女性が張り付いておにぎりをじっくりと選んでいた。真横に並ぶのも気が引けたので,斜め後ろから僕も遠巻きにおにぎりを選んでいた。するとその女性は,居並ぶ大勢のおにぎりちゃんに向かって遠慮会釈なく大きなくしゃみを吹きかけたのである。その後の僕の行動は,推して知るべしである。当然にそのコーナーから離れて,パンのコーナーへ移動した。遠慮会釈なくくしゃみを吹きかけたとしても,大勢のおにぎりちゃんはフィルムでくるまれているのだから衛生的には大きな問題はないのだろうが,目の前でそうまでされたら,僕としてはとうてい買う気にはなれない。その女性には,もう少し他人の目を気にする配慮,奥ゆかしさを求めたい。
ところが,その日のコンビニでの一件はそれだけでは終わらなかった。パンとスープを買ってレジで順番待ちをしていたら,今度は若いサラリーマン風の男が,店内の中央部の腰より低い位置に並べられていたアイスクリームなどのデザートに向けて,これも遠慮会釈なく大きな咳を2度くれていた。これも良くない。もう少し他人がどう思うかを考えよ。しかしである。この時はそれだけでも終わらなかった。相変わらずレジの順番待ちをしていたら,これまた若い草食系男子風の男が,レジ付近にあったおでんのコーナーで信じがたい行動に出たのである。その店のおでんのコーナーは,レジ付近でお客に自由に容器に盛らせて精算するというシステムのようである。その草食系男子は,自分の選んだおでんネタを白い容器にいくつか入れていたが,その際に多くのおでんの前でこれまた何ら遠慮会釈なく咳をコンコンと何度もしていたのである。さすがに無防備に露出された多くのおでんの前でそんなことをしたら,人様がどう感じると思うか,想像力を働かせるべきである。
この日の救いは,夕方,帰宅途中に立ち寄った書店での一件である。本を2冊選んでレジに向かったら,2つあったレジはいずれも空いていて,このうちの1つは国語学者の金田一秀穂さん(クイズ番組のQさま!に出演している人)風の壮年男性の店員,もう1つは清楚な美人でとても愛想の良さそうな女性店員だった。この状況で絶対に迷う訳がない。僕は一目散に女性店員のレジに向かった。その人は美しくて接客が清々しく,お釣りを手渡しされる時には,ぼ,ぼ,僕の手を両手で挟んで渡してくれた。外は寒かったが,あの手の暖かい感触よ,失せるなと思いながら家路についた。
飛翔
今日は膝をガクガクさせながらこのブログを書いている。とうとうスロートレーニングの実践段階に入ったのである。ここで,おさらいしておくと,これまでの僕の低体温に関する学術的研究の結果,低体温はいろいろな意味で健康によくないことが分かった。そして,この低体温状態を改善する方法としては,スロートレーニングによって,熱産生器官である筋肉を鍛えることが有効だと帰結するに至ったのである。
「スロトレ【完全版】・DVDレッスンつき」(石井直方・谷本道哉著,高橋書店)という本を買って,臆病な僕はまずは読んで研究してみた。それによると,スロートレーニングは,軽めの負荷でありながら重い負荷でトレーニングしたかのように筋肉をダマす,ちょっと「ずる賢い」テクニックであり,そのメカニズムと効果の高さは多くの研究論文で実証済みなんだそうな(同書12頁)。さらに詳しく引用すると,「スロトレの大原則は、筋肉に力を入れ続けながらゆっくりエクササイズすること。たとえばスクワットなら、スタート姿勢からゆっくり立ち上がりきる直前にまたゆっくりしゃがむようにし、つねに筋肉に力が入った状態を保ちます。こうして力を入れ続けながら動作をくり返すと、筋肉内の血流が制限され酸素不足に。こんな過酷な状態にさらされると、筋肉は高い負荷で激しい運動を錯覚して発達するのです。」(同書14頁)。
それに,これによって成長ホルモンがたくさん出るし,アドレナリン,ノルアドレナリンという体脂肪を分解してエネルギー源として消費されやすい形にしてくれる作用もあるそうだ。それに,これは毎日やる必要はなく,中1日でいいし,特に器具もいらず自宅で1セット20~25分くらいで完了だ。
そういう訳で,今朝から僕もスロートレーニングを開始し,今も膝がガクガクしている。このようにして,不肖元松も低体温解消のための飛翔を始め,空に向かって勇躍羽ばたいて行ったのである。
結局どーしたって低体温はよくないでござる
僕が自分の低体温を疑い始めたきっかけは,先日のブログでも書いたとおり風邪で病院を訪れたことである。後日,風邪が治った後の自分の平熱を測っても,36度に達しないことの方が多い。
そうすると「低体温」なるものを一度調べてみたくなるのが人情である。「体温を上げると健康になる」(齋藤真嗣著,サンマーク出版)という本を買って読んでみた。医師らしく理論的な論述がなされ,内容的にも分かりやすく,良い本だった。なぜ低体温になるのか。そもそもの原因はストレスのようである。人間が多くのストレスにさらされた場合,健康を保つための機能が人体に備わっており,その一つが自律神経のバランス,もう一つがホルモンバランスだそうだ。まず自律神経のバランスが,ウイルスなど外側から侵入してきたストレスから体を守る免疫系システムを司っているし,次にホルモンバランスが,体を構成している細胞が受けたダメージを回復させるシステムを司っているとのこと。そして,自律神経のバランスが崩れると血流が悪くなり,血流障害から低体温になる。またホルモンバランスが崩れると細胞の回復が遅くなり,細胞自体のエネルギーが低下してやはり低体温になる。
・・・・・とすると,逆に言えば,低体温こそ改善すれば,自律神経バランスとホルモンバランスを崩すことがなく元気になる,免疫力も,体力も,そして精神力も高められ,さらには,血流改善・増加→毛細血管も血流増加→毛根・毛母細胞に十分な栄養が運ばれる→髪の毛がフサフサになる(ここまでくると僕の切実な願望が込められた希望的観測が入っている)→モテる・・・・・
特にこの本で参考になったのが,「アドリーナル・ファティーグ」という概念である。同名の本は全米でベストセラーになったそうな。アドリーナル・ファティーグというのは,副腎疲労のことである。副腎皮質で作られるホルモンの一つに,DHEA(デヒドロエピアンドロステロン)と呼ばれる性ホルモンがあり,これが「長寿のマーカー」として注目を浴びているそうだ。このアドリーナル・ファティーグ(副腎疲労)になると,副腎の機能低下,DHEAの生産量も低下し,これが男性更年期障害のメカニズムなのだ。
もうこうなったら,低体温は全力で解消するしかないでござる。この本では,低体温解消のためには「スロートレーニング」(スロトレ)が推奨されている。筋肉は最大の熱産生器官だから,筋肉を鍛えるのが良いのでござる。また,筋肉を鍛えれば基礎代謝量がアップし,太りにくくなることは昨日のブログで述べたとおり。
そこで,僕の次の課題は,このスロートレーニングの実践ということになるのでござる(続く)。
やはり低体温はよくないでござる
うーーーん・・・・・やっぱり,どう考えても低体温はよくないでござる。いろいろ理由はありそうだが,まずは体温と基礎代謝量との関係で,低体温だと太りやすくなると思う。
基礎代謝量というのは,人間が何もせずにじっとしていても生命活動を維持するために生体で自動的(生理的に)に行われている活動のために必要なエネルギー消費量のことである。例えば,僕の場合は1日の基礎代謝量を1450キロカロリーと仮定しよう。そのうち「体温」の維持に必要な熱量(エネルギー)は約65%程度といわれているので,僕の1日の体温維持のための熱量は約942キロカロリーとなる(1450×0.65)。そして,人間の体温が1度違うと体温維持に必要な熱量は約15パーセント違ってくるので,僕の体温が1度変動すると約141キロカロリーの消費量の差となって現れてくる(942×0.15)。
この消費カロリーの差を,恐る恐る体脂肪,つまり脂質の差で換算してみると・・・。脂質の熱量(エネルギー)は1グラム当たり約9キロカロリーといわれているので,僕が体温を1度上げた場合と相変わらず低体温のままでいる場合とを比較すると,低体温のままだとそれだけ消費エネルギーが少なく,1日当たり15.7グラムも脂肪がついて太ってしまうことになる(141÷9≒15.7)。これが1か月になると471グラム(約0.47キロ)となる。半年で・・・・・2.82キロ(-_-;)
それだったら,エネルギーを摂取しなければいいではないかということになるが,食べる愉しみが奪われて,僕は元気がなくなるのではないか。この太りを阻止するためには,運動してエネルギーを消費するか,あるいは筋肉を付けるなどして体温を上げ,基礎代謝量を増やすしかない!
やっぱり,低体温はよくないのでござるよ(続く)。
「サザエさん」で想い出すこと
わが家の日曜日の夕食時は,たいていはフジテレビ系列の「サザエさん」を見ながらというのが多い。今週の日曜日の夕食時,「サザエさん」を見ていて思い出したことがあった。娘のあかねちゃんの誕生の時を昨日のことのように思い出したのである。
うちのかみさんは,前日の9月25日の土曜日から,昔の国立名古屋病院産婦人科に入院していた。いよいよ生まれそうだったからである。あまりはっきりとした記憶はないが,翌9月26日の日曜日の午後4時ころに,病院のスタッフからいよいよ生まれるかもしれませんからという電話連絡があったので,僕は母と2人で病院に向かい,産婦人科の待合室で待機していた。この時の気持ちは,何とも言えない気持ちだった。いよいよオレの子が生まれるのか。楽しみだ。どんな顔だろうか。いよいよお父さんか。でも,かみさん苦しまなければいいがな。無事に生まれてくればいいけど・・・・などといった複雑な気持ちであった。
待合室には,テレビが置いてあって,「サザエさん」の映像をボーッと見ていた。登場しているサザエさんやカツオは,いつもどおりのんきなものだったが,僕は内心ドキドキしていたのである。一緒にいた母も同じだと思う。その時である,看護婦さん(当時は看護婦さんと呼んでいたと思う)が待合室に入ってきて,「おめでとうございます!」と言ってくれた。ホッとしたと同時に,いよいよ生まれたばかりの赤ちゃんとしてのあかねちゃんとの初対面だ。緊張した。分娩室だったかその隣の部屋だったか記憶はないが,看護婦さんの指示に従ってマスクとシャンプーキャップみたいなものをかぶり,招かれるまま入室した。看護婦さんが白いタオルにくるまったあかねちゃんを僕に抱かせてくれた。
抱っこして初対面の時にあかねちゃんが僕の前で一番最初にしたことは,何と,大あくびであった。あかねちゃんの僕に対する最初の挨拶は,大あくびだったのである。羊水の中でずっと頑張っていて,ようやく手足を伸ばせたんだから,無理もないだろうと思った。・・・でも,感激したわ。あかねちゃんは,まだ目が完全には開いておらず,赤っぽくて随分とくたびれた顔をしていたが,よくぞ元気で生まれてきてくれたという気持ちであった。この時は僕はまだ司法修習生だったが,改めて父親としての責任を自覚したものだ。
そのあかねちゃんも今年の春で早くも高校2年生になろうとしている。あかねちゃんが生まれたのは日曜日の午後6時40分ころで,正に「サザエさん」の真っ最中の出来事であったのだ。
「ぜんまいざむらい」における価値相対化に関する実証的研究
何やら小難しそうな標題(タイトル)にしてしまったが,何のことはない,「ぜんまいざむらい」に登場するキャラクターにはそれぞれ長所や短所があり,絶対善をひけらかす人も絶対悪の権化もそれぞれいない,とても心地よい世界になっているということが言いたいだけなのだ。
ぼくは主人公のぜんまいざむらい(以下「ぜんまい殿」という。)がとても好きである。ウィキペディアにも書いてあるとおり,ぜんまい殿は「現NHKで最も平和的な主人公の一人」であって,心に安らぎを与えてくれる。彼は不正や困った人・状態を目の当たりにしたときは,「必笑だんご剣」でこれらを正したり,自己犠牲精神を発揮するけれども,バリバリの勧善懲悪というものでもない。このぜんまい殿だって,何かの拍子に電撃を浴びたりすると「アクタレざむらい」になったりもするし,何しろ前世(約200年前)では,だんごを盗もうとしてねずみに会ってこれに驚き,井戸に落ちて死んでしまったという経歴がある。
豆丸だって,すごく真面目で良い子だけど,おねしょの癖という弱点がある。
だんごやおばばだって,毎日毎日だんごを作って生業に精を出す本当に真面目な町人だし,何よりもぜんまい殿や豆丸を居候させているという意味で,根が優しいのだろう。でも,あの随所に出てくる悩殺ポーズはいただけない。
なめざえもんは,お金にものを言わせて傍若無人の振る舞いをしたり,貧乏人を小馬鹿にしたりする鼻持ちならない奴だけれど,ぜんまい殿が絶体絶命の時は真剣に助けようとするし,涙を流したりする善良で優しい面もある。
あくとり代官だって,あのダジャレの連発にはとても閉口するが,考え方はすごく真っ当だし,例えばある回のお話では,他の料理人と料理大会で順位を争った際には,他の料理人の悪質な妨害にもめげずにフェアに振る舞って堂々と優勝し,この僕をして涙ぐませている。
「・・・・・でごじゃりまする。」のわたあめひめも,人のため息を棒で巻いてわたあめにし,そのため息をした人の疲労感や不安感を取り除いてくれる良い女の子である。わたあめひめはその一方で,性格的に思いこみが激しく,ワガママな面もある。
このように,「ぜんまいざむらい」に登場するキャラクターは,ごく一部の例外を除いて,みんな長所と短所を併せ持っていて,絶対善をひけらかす人も絶対悪の権化もそれぞれいない。居心地のよい世界になっている。これこそが絶対に正しいのだという押しつけや,徹底した勧善懲悪でもないので,肩がこらない。正邪,善悪などの区別が峻厳ではなく,いわば価値が相対化され,神々が共存している感じである。
さきほどごく一部の例外を除いて,と述べたが,かみちよねーさんだけは短所らしきものが全く見当たらず,僕は非常に好きなのである(♡)。
低体温はよくないでござる
前日のブログでは,風邪により望外の,ただし若干にとどまるダイエットに成功したことを述べた。ところで,皆さんは低体温というのをご存知だろうか。僕も低体温という言葉自体は耳にしていたが,具体的には平均して何℃以下くらいを低体温というのか,はたまた低体温だとどういう問題があるのかについては,全く認識がなかった。いやー,ひょっとして僕は低体温なんじゃないかと疑いだしたきっかけは,風邪で先日病院を訪れた時である。
僕が朝から積極的に病院の外来予約をして受診したように,この日の朝は本当に顔がほてり,頭がボーッとし,鼻水がこんこんと湧き出るような状態で,絶対に発熱していると自覚したからである。病院に着いて受付を済ますと,看護師さんから体温計を渡され,熱を測った。体温計を腋に挟んで少し経ったら,「ピピッ,ピピッ,ピピッ」と鳴ったので表示を見てみたら,「36.2℃」となっていた。エーッと思った。爆笑問題の田中じゃないけど,「・・なわけ,ねえだろっ!」とツッコミを入れたくなった。実際僕はそんな訳ないと思ったので,さきほどの計測は夢か何かだったことにして,再度測ってみた。そしたら,今度は「36.5℃」。僕がこんなに顔がほてって,頭がボッーとしているのだから,まだまだこんなもんじゃないだろと思い,3回目の計測に入った。そしたら,今度は何と「36.3℃」であった。看護師さんから「もう出ましたか?」と言われたので,この最終データをやむなく差し出した。医師も,この体温を前提にして若干の診察をしたのみで,もっとも軽い症状に対するものと思われる薬を処方されるにとどまった。この時僕は,じゃ,僕の平熱はひょっとすると35℃台なのかと不安に思ったのだった。
このブログを書いている今でもまだ本調子ではないが,本調子になったら一度自分の平熱を心ゆくまで測ってみようと思う。先日の病院での体温計測事件からである,僕が低体温に関する研究に入ったのは・・・・・。研究結果がでた。やはり低体温はよくないでござる・・・。体温が1℃下がるだけで免疫力が37パーセント程度も低下し,病気しやすくなり,老化も進み,精神面でも悪影響を及ぼすそうである。特に僕にとっては,最近めっきり薄くなった大切な毛髪の維持が喫緊の課題であるが,育毛には低体温は禁物のようである。インターネットで「育毛」,「低体温」の2つのキーワードを入れて検索したところ,低体温が育毛に悪いというネガティブなことばかりが書いてある。僕の同業者の中には,まだ30代半ばだというのに毛髪維持的側面からは相当に不安を感じさせる○○弁護士がいるが,彼はこのことに気づいているであろうか(普段はこのブログで同業者を紹介する時はイニシャルで呼ぶのであるが,個人特定に結びつく危険性があるので今回はやめておく)。
まぁ,この低体温を解消するには,これに最適な食品を意識して摂取することと,これに最適な運動をすることなどがポイントである。僕は十分に理解した。同業者の○○弁護士は大丈夫だろうか。彼の自宅は割と僕の近くであるし,彼の事務所も割と僕の事務所の近くだから,このことを教えてあげようか(自宅や事務所の近くなどといった個人特定に結びつく情報を思わず出してしまい,結果的に彼を追い詰めているような気がする・・・)。
いずれにしても,僕は,恐らく低体温かあるいはそれに近いと思われるので,これを解消するためのグッズを通販等で注文しておいた(特に,筋力のトレーニングが有効のようである)。これに常日頃実践している半身浴を加えれば鬼に金棒であろう。あっ,はっ,は(笑)。
風邪に便乗して若干のダイエットに成功するの巻
実は1月5日の仕事始めのころから,体調はそれほど良くはなかった。少しだるくて,微熱があるような・・・。どうせ年末年始の暴飲暴食がたたったのだろうと思っていた。そこに加えて大晦日以降の冷え込み。
案の定,風邪をひいていた。どうにもこうにもこれはいかんなと思ったのは1月7日(木)の朝である。明らかに熱っぽいし,のどが痛いし,鼻水がこんこんと湧き出るのである。早速病院に予約の電話を入れて受診したところ,やっぱり風邪であった。気になったのでインフルエンザ検査もしてもらったが,これは陰性であり一安心である。このブログを書いている今でもまだ本調子ではないものの,もう風邪はほとんど治りかけている。この数日間は特に昼間は食欲がなく,あまり大したものは食べていなかったので,結果的に若干のダイエットに成功した。
年末年始の休み中は毎年そうなんだけど,よく食べ,よく飲み,よく横になるため,このような不摂生の報いが体にてきめんに出てしまう。要するにブタになるのだ。そうなったかどうかのバロメーターは,僕の場合は朝の出勤時に着るワイシャツの一番上のボタンがはめ易いかどうかである。ブタになっている時は,なかなかはまらず,きつ過ぎてオエーッとなってしまうこともある。そうなった時は,心の底から自分がイヤになる。そうなるまで飲み食いするな!と自分を罵倒したくなるのだ。少し上品な言い方をすると健啖家というのであろうが,自分の場合は要するに食い意地が張っているのである。
・・・・・・まぁ,幸いにして今回の風邪により,あまり食欲がなかった分だけ,若干のダイエットに成功させてもらった。これを機会に往年の輝かしい私,つまり標準体重に戻そうと思っている。目標の標準体重までは,恐らくあと3キロほど痩せなければならないであろうと認識している。それにしても,この風邪による体調不良のさなかに気づいたのは,こういう時は,サンドイッチなんかよりも,あんパンがとても美味しいということだった。あんパンといっても,こしあんではなく粒あんのやつである。このたびはあんパンの美味さを再認識させてもらった。
小寒
・・・・・・うぅーーーっ,寒い・・・・。最近年のせいか,若い頃より寒さを感じる(懐もだけど)。皆さん,寒くないですか。昨日は「小寒」だったようです。小寒というのは,二十四節気の一つで,「寒の入り」ともいい,これから大寒に向けて,一年で最も寒い時期を迎える。あぁ,これからもっと寒い大寒(1月20日ころ)まで迎えてしまうのか。民主党政権による政治の方も,本当に寒い。ある雑誌に思わず吹き出してしまった面白いコピーがあった。「やらせてみればこの始末」(爆笑)
さて,寒い日は,何しろ体を温めて乗り切るしかない。体を温めて,心身共に充実させて人生を全うしていくしかないのだ!そこで,体を温める方法で僕が実践しているものを3つほど挙げようと思う。
第1は,「酒は百薬の長」というように,お酒は体が温まる。特に今の季節は日本酒の熱燗がよろしい。ただし,これは適量でなければならない。もうちょっと飲みたいという段階でやめる(1合くらいで十分に温まるものだ)。適量のお酒はリラックスできるし,よく眠れる。
第2は,半身浴である。入浴時の体の温まり方に関しては,熱めのお湯に肩までドップリ浸かる方法と,ぬるめのお湯で半身浴する方法との優劣が議論されることもある。確かに,熱めのお湯に肩までドップリ浸かる方法は,サーモグラフィー映像などで見ると体の表面が赤っぽくなっているが,冷めやすいようである。でも半身浴は,体表面が赤っぽくはないものの,体の芯から温まり,冷めにくい。ふとんに入ってもポカポカ感の持続性がある。それに半身浴中(約30分)は好きな本が読める。ただし,今頃の時期は,半身浴の最中は両肩と背中をバスタオルなどで覆う方が良い。
第3は,入浴剤。お気に入りは,クナイプ社製のハーブエッセンスと岩塩が合体した入浴剤である。これはいい。こりゃあ,温まるわぁー。その中でも特にお気に入りなのは,オレンジ・リンデンバウム(菩提樹)とワコルダー(杜松)である。
以上で体の温めは十分であり,これに栄養を足して元気に冬は乗り切れる。
終わりよければ・・・
今朝の名古屋は雨のち曇りの天気だけど,昨日の日曜日は穏やかな小春日和であった。僕は,ロータリークラブの仲間と今年最後となるゴルフを楽しんだ。風もなく,寒さなども感じない良い日だった。僕は内心,今日はひょっとして・・・・,と好スコアを期待した。
・・・・・で,出てしまったのである。今年最後のラウンドで,今年一番の好スコアが!僕もやる時はやるもんだ。何しろ男でありながら乳首挟まれてマンモグラフィー検査を受けたという輝かしい経歴の持ち主である。僕に不可能はない。それにしても,ここんとこゴルフが全く駄目だったのだが,この日は僕の欠点が出ないように心掛けたせいか,①力まない,②早打ちしないというのを実践できたのである。よくゴルフレッスンなどで,「チャー,シュー,メーン」というタイミングでスイングすればいいなどと言われるが,僕の場合はこれだとまだ早打ちの欠点が出てしまう。だから,「ゆぅーーーっ,くぅーーーーり,ポォーーーーーン」と内心で念じながらスイングしている。これだと,何だか間抜けな掛け声で,脱力感があり,かえって早打ち・力み防止の良いスイングができるのだ。昨日はトリプルボギーを2つたたいたが,それ以外はほとんどがボギーだった(笑)。だから,スコアとしては世間的にみれば大したことはないのだが,未来に期待がもてるスコアを年末にたたき出したのである。終わりよければ全て良し・・・。
さて,今年もやがて終わろうとしている。1年が経つのは本当に早いものである。秋には念願のバッハの「マタイ受難曲」公演で第2コーラスのバスパートを歌うというかけがえのない体験ができた。この1年,年頭にはいろいろと不安を感じながらのスタートだったが,皆様のおかげで何とか当事務所も年越しができる。ありがとうございます。来年も,日本全国約6187万人の僕のブログファンのためにも(笑),「忙中閑あり」でブログ更新をしていきたいと思います。皆様,良いお年をお迎えください。
止まってしまった時間
昨日は天皇誕生日というのに,僕は相変わらず仕事に追われ,日中は事務所で過ごす羽目になった。仕事に追いかけられるのではなく,精神的にも余裕をもってむしろ仕事を追いかけているような人,「サウイフモノニ ワタシハ ナリタイ」。
でも,夜は家族と気に入りの店で外食し,久し振りにカラオケ大会であった。歌を歌うということは,実に楽しいことである。僕の場合は,どこをどう見ても,何をどうしても,どうあがいても昭和の人間であるから,カラオケで歌う歌も昭和の曲である。僕がよく歌うのは,山口百恵の「いい日旅立ち」,中森明菜の「セカンド・ラブ」,石川ひとみの「まちぶせ」,松任谷由実の「卒業写真」,サザンオールスターズの「YaYa(あの時代を忘れない)」,「いとしのエリー」,「チャコの海岸物語」,「希望の轍」,岩崎宏美の「マドンナ(聖母)たちのララバイ」,あとはザ・ビートルズのナンバーである。
昭和の歌しか歌えない。平成の曲には子羊のように気後れしてしまう。ヨハン・セバスティアン・バッハの究極の世界,深い森の中に入ってしまったら,今時の歌謡曲に手を出そうとは思わないのである。僕がカラオケで歌う曲に関しては,もはや昭和で時間が止まってしまっている。なお,家族とカラオケを愉しむ場合,最近では必ず1回か2回は,起立して「君が代」を斉唱することになっている。もはやこれは我が家の伝統ともいうべきものである。店員さんがどんなに怪訝そうな顔をしても平気である。ああ,それから。この夜,唯一昭和の歌へのこだわりを捨てたのは,「ぜんまいざむらいの歌」と「ぜんまいチャチャ」の練習をした時だ。これらの曲は案外歌えたが,人前で歌うのはとても勇気がいることを悟った。
天皇陛下は76歳の誕生日を迎えられた。本当にありがたいことである。それにいつも思うのだが,陛下のお言葉はいつも心にしみるし,とても美しい日本語である。ますますの弥栄を心から祈念いたします。
悦楽の足裏マッサージ
・・・・・・うぅーーーっ,疲れた・・・・。最近は仕事に追われ,休日も事務所でお仕事というのが多い。これは肉体的にも,精神的にも良くない。休日,事務所での仕事の合間にふっと思った。そうだ!足裏マッサージに行こう,と。事務所から歩いて10分で行けるお店に早速電話してみたら,休日でも営業しており,首尾良く予約が取れた。
いやーっ,足裏マッサージはとても良い。悦楽の世界である。これは体全体の血流が良くなるし,最近めっきり薄くなってきた大切な髪の毛にも良い効果があるのではないか?足裏マッサージにも英国式のリフレクソロジーもあれば,台湾式,タイ式もある。まぁ,僕の場合はそれほど痛くはなく,悦楽のリラックスができる英国式が一番合っていると思う。
この店は,個室が利用でき,室内も間接照明で薄暗く,しかも東南アジア風のゆったりとした,それでいて何だか魅惑的な音楽が流れている。仕事で疲れた体を休め,精神的にもリフレッシュできる(副交感神経が優位に立つのである!)。こういう音楽を聴いていると,何となくではあるが,東南アジアだったら一度旅行してもいいかなと思う。
東南アジアといえば,タイ王国の元首相だったククリット・プラモードの感動的な言葉が想い出される(何なんだ,このいささか強引な話題転換は)。そのククリット・プラモードの言葉とは次のようなものである。
「日本のおかげでアジア諸国はすべて独立した。日本というお母さんは、難産して母体を損なったが、生まれた子供はすくすくと育っている。」
「今日、東南アジアの諸国民が、アメリカやイギリスと対等に話しが出来るのは、いったい誰のおかげであるのか。それは『身を殺して仁をなした』日本というお母さんがあったためである。」
「12月8日は、われわれにこの重大な思想を示してくれたお母さんが一身を賭して重大な決心をされた日である。さらに8月15日は、われわれの大切なお母さんが病の床に伏した日である。われわれはこの2つの日を忘れてはならない。」
僕は決して戦争を賛美などはしていない。むしろ戦争はぜったいに回避すべきものである。でも,大東亜戦争の歴史的評価には様々のものがあるが,いわゆる東京裁判史観で凝り固まった思考停止の知識人,大方のマスコミ,日教組には到底ついていけない。教訓を得ること,公正かつ多面的な歴史評価を含め,日本人はもっと歴史を勉強すべきではないかと思う。
ちょっと損したような感じがした件
昨日,裁判所での仕事を終えて事務所まで歩いて帰る途中に,ちょっと損したような感じのする出来事があった。いや,何のことはないのだが,反対側から歩いてくる中年の男性が僕に愛想良く挨拶してきたので,僕も愛想良く挨拶し返したところ,実はその人は僕の後方で車の中にいた人に挨拶をしていたのである。要するに勘違いしてしまったのだ。愛想良く挨拶したのが損したような・・・,きまりが悪かった・・・・・。これって何か古典にあったなと思って調べたら,清少納言の枕草子第122段「はしたなきもの」にあった。「はしたなきもの こと人を呼ぶに、我ぞとさし出でたる。(きまりの悪いもの。他の人を呼ぶときに、自分だと思って出ていった場合。)」とあった。正にこれだった。挨拶して損などはないが,それでも何か損したような。
ついでに損といえば,コーンポタージュスープである。先日はとても忙しい一日で,裁判所から次の法律相談の会場まで車で直行し,まともに昼食をとる時間がなかった。コンビニでサンドイッチと暖められた缶入りのコーンポタージュスープを買って食べた。でも,この缶入りのコーンポタージュスープの場合,いつもコーンの何粒かは確実に損したような気になるし,実際に損している。何をどうやっても何粒かは缶の内部に残ってしまうのである。さらについでに損と言えば,先日はゴルフ場の茶店で暖められた缶入りのおしるこを味わった。ゴルフのスコアはともかくとして,寒い季節にこのようにして飲むおしるこは結構美味しい。でも,これについても小豆の何粒かは確実に損したような気になるし,実際に損している。何をどうやっても小豆の何粒かは缶の内部に残ってしまうのである。人前で缶の底をトントンとたたき,何としてでも全ての小豆をものにしようとする行為ははしたないし・・・。我が日本国は物作りでは世界に冠たるものがある。コーンも小豆も1粒たりとも損しないような画期的商品が開発されるよう,心から期待してやまない。
反省と慰め
・・・・・・ふぅーーーっ,・・・・・とうとう風邪をひいてしまった。幸い,新型・季節性いずれのインフルエンザでもなかったけど。風邪をひくのは久し振りである。今までの自分の人生を振り返ってみて,風邪を引くときは,たいてい,抵抗力が弱っている時である。不摂生(暴飲,暴食,夜更かし),過労,ストレスなどが原因で,全体的に抵抗力が弱っている時に風邪をひく。
そういえば,いろいろなお付き合いもあって,確かにここのところ不摂生をしたし,仕事に追われている自分があったし,さらに僕を凹ませたのは初めての体験となる税務調査である。熱を出して床に伏せっている時,いろんなことを思った。反省と,慰めである。
まず,反省。自宅での食事の後,食器等の後片付けで,うちのかみさんと物の受け渡しをする際,手と手が触れた。それで大分昔のことを想い出したのである。僕がもっと若い頃,同じような状況の時にかみさんの手がスベスベ,ツヤツヤでなかったことから「ゾウさんの肌みたいだなぁ」と言ってしまったのだ。その当時はコマーシャルで見るパーツモデルのような手であることを期待していたのかもしれないが,今から思えば随分と心ないことを言ったと反省している。うちのかみさんの普段のきっちりとした家事の状況を見ていると,きっちりと家事をしているからこそ,「ゾウさんの肌」みたいな手ざわりになるのだろう。むしろ,パーツモデルのような手の人はちゃんと家事をこなしているのだろうかという疑問もあるくらいだ。微熱の中,昔の心ない発言を悔い,反省した。
次に,慰め。寒気と微熱の床の中で慰めを与えてくれたのは,やはりバッハであった。モテット「イエス,わが喜び」というのは本当に佳い曲である。僕はキリスト者ではないが,とても慰められた(税務調査のことも吹っ飛んだ。)。モテットというのは,声楽曲のジャンルの一つで,ミサ曲以外のポリフォニーの宗教曲のことである。バッハのこの「イエス,わが喜び」はモテットの中でも規模が大きく,全部で11曲から成っている。奇数楽章にコラール,偶数楽章に聖書の章句が配置されている。・・・・・慰められた。
この週末に
今年のJリーグ。鹿島アントラーズがリーグ戦3連覇を達成した。僕が司法修習生だった平成5年にJリーグが発足したが,3連覇を果たしたチームはこれが初めてだ。大したものである。今年の開幕当初は名古屋グランパスに大いに期待したんだけど,結局はダメだった。14勝12敗8分けの成績だけど,やはり負け過ぎである。最後まで中盤を見事に構成,機能させたという試合はなく,どちらかというと,途中で中東に飛び立ったダヴィ,今活躍中のケネディ,玉田,マギヌンらの個人技頼みの傾向があった。最近僕のブログにグランパスの話題が出なくなったのは,試合を見ていてその内容に失望したからだった。天皇杯がまだあるけど,来年のリーグ戦はがんばれよ!我が読売巨人軍は期待を裏切らずにセ・リーグのペナントも制したし,日本一にもなってくれたんだから(笑)。
CDを探しに地下街を歩いていたら,モーツァルトのアイネ・クライネ・ナハト・ムズィークが流れていた。耳に心地よい。日本でもモーツァルトのファンは相当多いんだろうな・・・。でも,正直言うと,僕は昔はよく聴いたが,最近ではほとんど聴かない。バッハの深い森に入ってしまうと,とてもその気になれないのである。バッハの曲を聴いていると(特に最近は宗教音楽),心から癒されるし,不覚にも涙が出てくることもある。要するに感動するのだ。でも,モーツァルトの曲の場合,悪いけど一曲を除いて,そういう状態になったことはない。昨年ノーベル物理学賞を受賞された益川敏英博士も,あるインタビューで,バッハはよく聴くけどモーツァルトは聴かないと述べておられた。その理由は,やりっぱなしで推敲なんかしていない感じがあるからということのようだ。モーツァルトはその人生の短さの割には多作で,多忙で,天才の名をほしいままにしていたからね。12月5日はモーツァルトの命日だったのに,こんなことをブログに書いてごめんね。でも,さきほど一曲を除いてと言ったけど,「レクイエム」は誠に素晴らしいと思う。
冬来る
「冬来(きた)る 欲かくおにぎり たねちがい」
コートを着ていくかどうか迷う朝がある。いよいよ冬である。これから夏を迎えるというのと,これから冬を迎えるというのとどちらがいいかというと,僕は冬の方を選ぶ。理由はよくわからない。
さて,先日,休日返上で事務所で仕事をしたが,その途上,コンビニでおにぎりを買った。おにぎりのたねにはいろいろあるが,皆さんはどんなたねのおにぎりが好きであろうか。梅,サケ,おかか,ツナマヨ,明太子,焼きたらこ,こんぶ・・・・・・・。その日はどうしても梅のおにぎりが食べたかった。おにぎりのコーナーに行ったら,おにぎりがいっぱい並べてあり,それぞれおにぎりの列があった。こういう時,皆さんは,ちゃんと列の先頭からおにぎりをとってカゴに入れるであろうか。
僕としては,経験則上,消費期限が迫っているものから順に各列の先頭から並んでいるのではないかという認識をもっている。要するに,より新鮮なおにぎりほど,最後尾の方に並んでいるのではないか。そこで,僕は通常,おにぎりをカゴに入れるときは,店員やその他の客の目があるときは,ちゃんと列の先頭のものを取ってカゴに入れる。逆に,店員やその他の客の目がないときは,より新鮮なおにぎりがいいなと欲をかいて,最後尾のものをカゴに入れる。一体全体,社会正義を実現すべき職責を有する弁護士がそのような了見でいいのか!(笑)。
休日返上で仕事をするため,昼食用にコンビニでおにぎりを買ったとき,僕は食べたかった梅のおにぎりの列に手を伸ばし,人目がなかったことから,梅の列の最後尾のものをカゴに入れて買った(もちろん,精算はしております。・・・念のため)。さて,事務所に着いて梅のおにぎりを食べようとしたら,そのおにぎりのたねはおかかだった。要するに,念願の梅の列の最後尾に,何かの手違いでおかかが紛れ込んでいたのだ。冒頭の句は,そのときに,悔し紛れに一句ひねったものである(笑)。
新たな発見
ぜんまいざむらいに出てくるずきんちゃんが,そのずきんを取った姿はどうなっているのか。ずきんちゃんは未成年のようであるが,子供なのに何故いつもずきんをかぶっているのだろうか,何か訳でもあるのだろうかと思っていた。可愛いから別にどうでもいいのだけれど・・・。
こういう訳で僕としては,ごく最近まで,ずきんちゃんのずきんの中がどうなっているのか全く知らなかったが,先日,この点につき新たな発見をした。ずきんちゃんが通りでぜんまいざむらいと話をしている最中に,突風が吹いた。その瞬間,何と,ずきんちゃんのピンク色のずきんが風で吹き飛ばされたのである。その時僕が見たものは,少し栗色がかった多すぎるほどの豊かな髪であった。正直言ってびっくりした。思いがけないほど豊かな髪の量であり,おそらくずきんちゃんとしては,多過ぎてまとまりにくい髪をずきんをかぶることによってしのいでいたのであろうと思われる。・・・・・思いがけず,朝っぱらから新たな発見をした。
ところで,僕ももういい加減にダイエットモードを軌道に乗せなければならない。そういう訳で,ぜんまいざむらいの弁当箱で弁当を食べる日以外は,コンビニなどでサンドイッチやおにぎりなど軽い食事を買ってくることが多い。先日,コンビニのレジで順番待ちをしていた時,レジの近くに大きな旗というかのぼりのような物があって,よくよく見ると,チビ太であった。すごく可愛い。チビ太がおでんを手に持っているのだが,改めてその姿,容貌を見ると,本当に可愛いのである。これも新たな発見であった。
ピカチュウ,ドラえもん,ゴマちゃん,オバケのQ太郎,チビ太など,どれもこれも本当に可愛い。今や我が日本国のアニメは世界を席巻している感がある。日本のアニメに登場するキャラクターのほとんどは理屈抜きに可愛いが,世界的に好評なのは,それが大きな理由の一つではなかろうか。
ちょっと東京へ
11月12日の木曜日は,ちょっと東京へ行ってきた。皇居前広場で開催される天皇陛下即位20周年記念の国民祭典に参加するためである。
名古屋駅10時発ののぞみに乗った。そうすれば,理想的なランチの実現,すなわち,ちょうどお昼少し前に,東京駅の八重洲地下にある旭川ラーメン「番外地」に到着できるからである。注文はいつものように「塩バターコーン」である。相変わらず魚介系ダシがよく利いていてとても美味しい。ラーメンで満足した後は,当然のように上野の「鈴本演芸場」へ直行である。落語を聞いていると何だか落ち着くのである。日本の話芸である。昼の部の中入りの時に出て,皇居前広場に向かった。
天気が心配されたけど,前後日の雨天を縫うかのようにして,この日は雨は降らなかった。風が強くて寒い一日だったけれど,天皇陛下の即位20年を祝う国民の熱気は凄かった。開会宣言は,尊敬するあの平沼赳夫衆議院議員であった。その後各界を代表する方々のスピーチがあった。僕たちはいくつかのスクリーンを見ての参加ではあったが,女優の森光子さんや,スポーツ界では王貞治さん,原監督らも出席していた。EXILEのパフォーマンスも素晴らしかった。ヴォーカルのあつしさんもグラサン外していたしね。
天皇皇后両陛下は,二重橋までお出ましになり,僕たちはスクリーンを通してそのお姿を拝見した。誠実で暖かいお人柄がうかがえた。我々は,提灯に点灯し,日の丸の小旗を振って御祝いした。天皇陛下のお言葉は,いつ聞いても美しい日本語である。それに率直で,我々の心にストレートに訴えかける力がある。「寒くはなかったでしょうか。」,「ありがとう。」というお言葉もあった。
この国民祭典は午後7時に終了し,充実した気持ちで皇居前広場を後にしたのである。天皇は日本国及び日本国民統合の象徴であるが,僕自身,恥ずかしながら天皇という存在について正確な知識と理解を欠いている部分もある。そこで今読んでいるのは,小林よしのりさんが書いた「天皇論」(小学館)である。基本的な理解をするには,読みやすく,格好の本である。
秘かな愉しみ
駅弁というのはとても美味しい。日本全国津々浦々,鉄道で旅行すれば美味しい駅弁に巡り会えるであろう。でも実は,自宅にいながらでも全国の美味しい駅弁を味わうこともできる。というのも,僕の自宅近くのスーパーでは,月に1,2回,主に日曜日が多いが「駅弁特集」をやってくれるのだ。これが秘かな愉しみなのである。
この「駅弁特集」は,事前に新聞の折り込み広告でわかる。という訳で,日曜日の昼食はこの「駅弁特集」で販売される全国の駅弁にしたのだが,どれにしようかとても迷ってしまった。とりあえず,信越本線横川駅の「峠の釜めし」,石北本線網走駅の「網走名物かにいくら弁当」,北陸本線福井駅の「越前かにめし」の3つに絞り込んだ。でも3つも食べる訳にはいかないので,結局,熟慮に熟慮を重ね,「峠の釜めし」を選んだのである。
配送の関係で午前11時以降しか店頭に並ばない。駅弁によっては,販売開始からほどなくして売り切れてしまうので,買いに行ってもらう場合には,第1志望から第3志望までメモしてもらっている。さてさて,この日の第1志望は「峠の釜めし」だったが,何とかありつくことができた(笑)。これはいつ食べても美味しい。味のしみ込んだしいたけが2枚,たけのこ,鶏肉,うずらの卵,その他具が一杯で,炊き込まれたご飯の味がまたいい。このお釜は実際に使えるのであろうか。一度自宅のコンロで試してみたい。
それにしても,駅弁という文化に接するにつけても日本人に生まれて良かったなとしみじみ思う。このスーパーの「駅弁特集」は今後も是非続けていって欲しいし,食べ終わったたった今から次回が楽しみである。駅弁・・・,諸外国にこのような文化はあるのだろうか。わが日本の誇る駅弁文化は,この先もずっとずっと続いていって欲しいものである。
戦友のような
去る土曜日の夕刻は,中学3年生の時の同窓会が開かれた。聞くところによると約6年ぶりだそうだ。最初は我が3年1組だけの同窓会をやろうということだったのだけど,全部で6組あるうち,1組から3組までの合同の同窓会になった。
我が1組の出席者は全体の3分の1ほどにしか過ぎなかったが,やはりいつ参加しても懐かしいものである。こういう同窓会に参加する僕が当時のクラスメートにどのような思いをもっているかというと,ちょうど戦友のような思いである。みんな15歳の時に卒業し,それぞれの道を歩んでこの歳になった。その間は,もちろん楽しいこともいっぱいあっただろうが,それぞれの時期とそれぞれの場面で辛い,苦しい時もくぐり抜けてきたと思うのである。受験の失敗,しばらくは立ち直れないほどの失恋,社会人になって以降の職場での挫折や人間関係の煩雑さ,結婚生活における様々な苦労,多感な時期を迎えた我が子との親子関係の難しさ,次第に髪が薄くなる悲哀,体力の低下と健康不安,更年期独特のメンタル面での不調,将来への経済的な不安などである。当時屈託のない表情で大いに遊び,学問にいそしんでいた各クラスメートも,みんな大なり小なりそのような経験をしてきたであろうことを思うと,何やら戦友のような存在であり,いとおしくさえ感じられるのである。つまり,共感というやつである。
このようにして同窓会の夜は更け,3次会を終えて帰宅したのは午前3時半ころであった。あー,それから自宅でお湯を沸かしてカップラーメンを食べると思います,みなさん?。でも僕はこれをやってしまったのです。酒を飲むとどうしてもラーメンが食いたくなる。この歳でそんなことをやっていると,本当に糖尿病になっちゃいますよね。もう,たいがいにしないと。長生きしようとは思わないけど,生きている間だけはせめて健康でいたいからなぁー。
この夜(いや,もう朝か),床につく前に,我が栄光の巨人軍が順当にもクライマックスシリーズを勝ち抜き,日本シリーズ進出を決めたことを知った。そういえば,僕の人生を振り返ってみても,物心ついた頃には巨人軍のV9が始まりかけていたのだ。巨人軍と主に歩んできた感じでもある。今年こそそのV9のように,日本一になって欲しいものである。
癒しの道
今朝も一番で名古屋拘置所に行き,被告人と接見してきた。拘置所での接見を終えて事務所まで歩いて帰る時,好んで通る道がある。この道を歩くだけで結構癒されるからである。僕がてくてく歩いていく行動範囲は,それほど広くはない。だから,本当はこの名古屋市内でも癒される風景,空間,道は他にも数多くあり,僕が知らないだけなのだろうけど,特にこの接見帰りに通る道はとても癒されるのである。
その道というのは,名古屋市役所や愛知県庁の各本庁舎のすぐ東側の道で,知事公舎や市公館ではさまれた道である。この道を南側に向けて歩いていると,道の両側には並木があり,とても緑豊かな一帯である。個々の樹木の名は知らないけれど,四季折々,それぞれの季節とそれの移り変わりを肌で感じることができる。また,歩道からはテレビ塔の勇姿もうかがうことができる。癒されるのは,人通りもそれほど多くなく,何よりも濃い緑が静かな空間を支配しているからであろう。もっともっとこういう空間を町のあちこちに作って欲しいものだ。
それはそうと,我が栄光の巨人軍はどうしたことか。リーグ3連覇は果たしたけど,クライマックスシリーズや日本シリーズでは精彩を欠く。クライマックスシリーズを必死で勝ち上がってきたチームと比較すると,試合感が鈍り,特にモチベーションの面で不利なのか。ゴルフでも,ティーショットを豪快に打っても,第2打地点で5分くらい待たされると,いわゆる「待ちチョロ」というのもある。でも,それは結局下手だからだ。少なくとも自分の場合は。とにかく巨人軍は勝たなければならない。オーダー上は,1,2番の出塁率の低さが気になる。塁に出なければ何ともならないからだ。それにしても,昨晩の日本ハムファイターズの9回裏の逆転サヨナラ劇は凄かった。ゲームは決して諦めてはいけないということだろう。こういう1勝は,1勝以上の価値がある。おい巨人,もっと頑張らんかい!
犬にまで差別されるの巻
苦手だわ。自宅の割と近くで飼われている黒い,中くらいの大きさの犬のことである。僕ははっきり言ってこの犬は嫌いであるが,恐らくこの犬も僕を嫌っているのではないかと思う。
この犬は小さな庭の中の犬小屋で飼われているが,小屋から出て通行人に吠えることがある。かつて僕は何気なく通りすがろうとした時,いきなり大声で吠えられてビックリしたことがあった。いきなり大声で吠えられたら,心臓が止まりそうになりますんです。そういう理不尽なことはやめて欲しいんです。
それ以来,僕はその犬
