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弁護士ブログ

2010/06/10

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 本日は,「です。ます。」の口調でいきます。思い起こせば,鳩山由紀夫元首相がその地位にいた約8か月半というものは,国内外に恥をさらし,はなはだしく国益を害してしまいました。虚心坦懐に現実を見ると,この人が日本国の首相であったこと自体が正に「国難」だったという「思い」をもっておりました(笑)。

 

 一方,菅新内閣が発足し,新聞報道によると発足時の内閣支持率は64パーセントにまでV字回復したといいます。でもねぇ・・・。それじゃあ,ようやく国難が去ったのかというと僕には到底そうは思えません。国難はあいかわらず続いていると思います。ひとことで言うと,民主党政権が続いている限りは国難は続くと確信しているのであります(笑)。そりゃ確かに,記者会見などでの受け答えという観点から新旧両総理を比較したら,新総理の方が一応まともに見えます。しかし,国の政治というものはその時々の首相個人のみで決まるのではなく,最終的には政権を担当する政党(民主党)の政策目的の達成,政策の実現という形で動いていきます。

 

 具体的には,民主党の掲げるマニフェスト,その背後に隠れてしまっている政策集(インデックス),さらにはその背後に隠れてしまっている支持団体(日教組や自治労など),さらにはその背後に隠れてしまっている左翼思想,自虐史観などなど。これらの人たちや思想,政策の実現に向かっていくのですから,民主党政権が続く限りは国難は続くのであります。よく考えてみれば,民主党には普通はどの政党にもある綱領というものがありません。要するに国の在り方というものをどのように捉え,どういう方向にもっていこうとするのかについての確固たる礎(いしずえ)がないのです。だから「コンクリートから人へ」,「友愛」,「命を守りたい」,「新しい公共」などといったその内包と外延が全く分からない抽象的なスローガンしか掲げられないのだと思います。さきほど,「背後」という言葉を連発しましたが,民主党は,実際には永住外国人の地方参政権付与法案,選択的夫婦別姓法案などを提出し,実現しようとしているにもかかわらず,国民的な議論がわき起こってしまうのを恐れてか,わざとマニフェストからは外しています。菅新首相を含め,民主党の上層部にはこれらの法案成立に極めて積極的な人が多いし,最終的にはその実現を目指しているのにです。卑怯というか恐怖感を覚えます。

 

 それにしても僕がさらに恐怖を覚えるのは,イメージだけで雪崩を打ってしまうかのような有権者の軽過ぎる反応です。「V字回復」だと(爆笑)。僕を含め,衆愚政治の衆愚になってはならないと切に思います。

2010/06/08

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 恐らく雑誌だったと思うけど,そこに掲載されていた書評を読んで「日韓がタブーにする半島の歴史」(室谷克実著,新潮新書)という本を買った。これはとても説得力のある本だった。せいぜい200ページくらいの本だったが,古書の研究に立脚した論述であり,ある意味では目からウロコが落ちた。具体的にどんな内容の本なのかを紹介するには,この本の表紙カバー内側の次のような記載が最も端的であろう。

 

 「古代日本は朝鮮半島から稲作などの先進文化を学び、国を発展させてきた-という〈定説〉は大嘘である。半島最古の正史『三国史記』には、新羅の基礎を造ったのは倭人・倭種、中国の『隋書』には、新羅も百済も倭国を文化大国として敬仰していたと明記されているのだ。日韓古代史の「常識」に異議を唱え、韓国の偏狭な対日ナショナリズムと、日本のあまりに自虐的な歴史観に歪められた、半島史の新常識を提示する。」

 

 この本の意義と内容を要約すると以上のようなことになろう。実はこの本の元原稿の段階では本で掲載されたものの2倍ほどの量に及んでいたということだ。そこにはもっと古書の原典からの引用が豊富で,説得的な論述が展開されていたのだろう。

 

 昨年の12月,当時民主党の幹事長だった小沢一郎は,中国の胡錦涛主席と会談した際には「こちらのお国(中国)に例えれば、解放の戦いはまだ済んでいない。来年7月に最終の決戦がある。人民解放軍でいえば、野戦の軍司令官として頑張っている。」などと恥ずかしくなるような迎合をしているし,その直後に訪れた韓国では,ある大学で江上波夫という学者の騎馬民族征服説を韓国人に披露してここでも迎合をしている。情けないというか,恥ずかしいというか,その容貌どおり醜悪である。

 

 本来歴史学ないし歴史というものは,遺跡や古書などに基づいて史実そのものを客観的に研究する学問分野だと思うのだが,中国では特に近現代史,韓国では全般にわたって,史実そのものというよりも,政治や願望になってしまっている。そうしなければもたないような体制や民族意識なのかもしれない。さきほど紹介した本は,朝鮮半島の歴史を学ぶに当たっては,一読に値すると思う。古書の研究に立脚し,論述が説得的だからである。

2010/06/07

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 6月6日。家族に誕生日を祝ってもらった。ワインにお寿司,それにカミさんと娘からはそれぞれプレゼントをいただいた。事務所の事務員さんからは事前にお菓子のお祝いもいただき,一緒にご馳走になった。ありがたいと思う。

 

 自分の誕生日がだんだん近づいて来ると,また年をとってしまうという気分的な停滞感があるが,誕生日を迎えていったん年を一つとってしまうと,あと一年間はこの年を維持できるという妙な安心感もある。西洋では6が並ぶことは縁起が悪いことだと言われているらしい。新約聖書の中の「ヨハネの黙示録」では6が三つ並んでいるのを「獣の数字」としている。そういえば,映画「オーメン」に出てくる悪魔の子ダミアンは6月6日午前6時に生まれている。・・・ふふん,そんなことはどうでもよい。僕はキリスト者ではないし西洋人ではない。れっきとした日本人だ。そんなもの関係あるかっ!・・・そうはいうものの,僕の出生した時間が気になる(笑)。

 

 でも僕は,この6月6日という日は嫌いではない。生まれ変わるとして,好きな誕生日を選んでいいぞと言われたら,強がりでなくやはり6月6日を選ぶかもしれない。なにしろ覚えやすい。それに,昔から芸事は6歳の6月6日から始めると上達すると言われており,そのため6月6日は「楽器の日」,「邦楽の日」,「いけばなの日」にもなっているのである。そ,それに,あえて付け加えるならば,絵描き歌の「コックさん」の歌詞の中にも6月6日が出てくるのであるっ!(コックさんの絵はとてもかわいいし)。

 

 ああ,そうそう。誕生日といえば,今年は運転免許証の更新もしなければならない。うっかり期限を過ぎてしまったら大変である。

2010/06/04

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 これをすごく食べたくなる時がある。今朝はその発作がおきて,たまごかけごはんを食べてきた。食べ方はごくシンプルで,小さい器に新鮮なたまごを割って入れる。そこに減塩醤油を垂らす。よくかき混ぜ,特に白身の部分も箸の先で切っておく。その箸で暖かいごはんの山の中央部分に窪みを作る。そこへたまごを流し込む。僕の場合は,決して混ぜたりはせず,そのまま食べる。そういう食べ方が好きなのだ。これは徹底しており,例えばカレーの時もそうであり,ごはんとカレールーが半々の状態で出されたら,できるだけそのまま半々の状態で食べ進み,決してルーをごはんと混ぜたりはしない。

 

 たまごかけごはんは日本特有のものらしく,素晴らしい食文化の一つであり,日本人に生まれて本当によかったなと思う。娘のあかねちゃんもたまごかけごはんが好きである。ただ,このたまごかけごはんをめぐっては,父娘の間で若干の緊張が走る時がある。うちの家族はいつも一緒に食事をするが,ある朝,僕が食卓でたまごかけごはんの準備をしていると,娘のあかねちゃんも自分も欲しくなったようで,やはりその準備を始めた。その時僕は,「すーぐ,お父さんのまねをする。」と茶化して言ってやった。結局その朝は二人ともたまごかけごはんを食べたが,娘としてはまねをしたと言われたことがよほど悔しかったらしい。それ以来,一方がたまごかけごはんの準備をしていても,よほどの事がない限り,他方はそのまねをしなくなり,たまごかけごはんに限っては父娘の間で神経戦が展開されている。

 

 もう半年も前のことになるが,新聞の投書欄でたまごかけごはんの想い出に関する記事を読んだことがあった。その投稿者は,もう年配の男性だが,その人が子供だった頃は家庭が貧しく,たまごかけごはんをする時は一個のたまごを兄弟で分けていたようだ。その人のお兄さんはなかなかの戦略家で,かき混ぜたたまごを分ける時は,いつも弟(投稿者)の茶碗に先に入れさせた。なぜかというと,先に入れた弟の方に大半の白身が流れ込み,黄身の多くがお兄さんの茶碗の方に行ってしまうからである。その投稿者は子供の頃は,いつかはたまごを一個ごと使って,たまごかけごはんを腹一杯食べることが夢だったという。ほのぼのとした内容の投書であった。

2010/06/03

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 鳩山由紀夫首相が辞意を表明した。最近の中では最も良い政治ニュースである。数日前に鳩山首相は,「国難に立ち向かって行こう」などと述べて続投を示唆していた。僕はこのコメントを聞いてがっかりした。虚心坦懐に現実を見ると,この人が日本国の首相であること自体が正に「国難」だったからである。

 

 この人の辞意表明の演説の中で,「・・・東アジア、われわれは1つだ。・・・そういう時代を作ろうじゃありませんか。国境を越えて、お互いに国境というものを感じなくなるような、そんな世の中を作り上げていく。」というものがあった。ずっと前には「日本列島は日本人だけのものじゃない。」などと訳の分からないことを口走っているし,外国人地方参政権付与には積極的だし,この人はあまり国や国境というものにこだわりがないようである。評論家としてその空想的な理念や理想を語るのはよいが,国をあずかる首相として,政治面でも軍事面でも日本を取り巻く状況が全く理解できていないのではなかろうか。

 

 北朝鮮の傍若無人振りは周知のとおりである。核兵器を数発保有していると言われている。中国はすごい勢いで軍拡を続けている。台湾や日本に向けて攻撃ミサイルを向けている。さきごろも,中国の潜水艦など10隻が沖縄本島沖の公海を通過して危険な状況を惹起したことが問題になった。しかも,中国はまず近い将来に日本列島から台湾,フィリピン群島に至る第一列島線での制海権確立を目指し,さらにはこれを東方に拡張し,小笠原諸島からグアム,パプアニューギニアに至る第二列島線に至るまでの制海権を確立する計画を示している。アメリカ太平洋軍のティム・キーティング総司令官は,訪中の際に中国海軍から「太平洋を二分し、アメリカがハワイ以東を、中国がハワイ以西を管理することにしよう」という分割支配を提案されたことがあると証言している(新聞報道)。貿易に頼らざるを得ない日本はこれからどうやってシーレーンを確保していくのであろうか。しかも,韓国を含め,これらの国々では反日教育が今も続いているのである。この人が米軍海兵隊普天間基地移設問題で,アメリカという同盟の相手方を徹底的に困惑させ,その信頼を喪失させるという失態を演じているかげで,そんな状態をみてほくそ笑んでいるのは中国である。鳩山という人は,「友愛」を説くだけでなく,現実を直視すべきなのだ。

 

 さきごろこの鳩山首相が全国の知事を招集した席上で,尖閣列島の問題について,「帰属問題に関しては、日本と中国の当事者同士でしっかり議論して結論を見いだしてもらいたい。」などと発言して,石原東京都知事らを唖然とさせた。腰が抜けるほどびっくりしただろう。それも当然である。尖閣列島の領有権は日本固有のものであるという政府の公式見解さえ正確に理解していないのだから。

 

 この人は最終的には辞意を表明したのであり,もうこれ以上は言うまい。では,この人の辞任により「国難」が去ったのかというと,残念ながらそうではないと思う。不肖ながら僕は,民主党という政権が続く限りは,国難は去らないという「思い」を持っています(笑)。

2010/06/02

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 「選良」という言葉は,国語辞典などによると,「選ばれたすぐれた人物。特に,国会議員をさす。」とある。しかし,最近の政治がらみの様々なニュースを見聞きしたり,政治家の言動を見ていると,選良のこの定義に当てはまるような人にはなかなかお目にかかれない。選良という言葉が死語になりつつあるのではないかとさえ思う。

 

 民主党衆議院議員の三宅雪子という人は,平成22年5月12日,民主党などによる強行採決の際,その委員会の委員でもないし審議権もないのに,その議場に乱入した後,室内で転倒した。彼女が言うには野党議員から押されて転倒したということのようだが,動画を何回見てもわざと転んだとしか言いようがない。転倒直前の彼女の表情は「転倒」すべき時期の頃合いをはかっているようであるし,野党議員からは接触されてもいないようである。挙げ句に車椅子に乗ったり,松葉杖を使用したりのパフォーマンス。見ているこちらの方が恥ずかしくなるくらいである。彼女のこういう行為は,サッカーで言えばシミュレーションに当たり,イエローカードか場合によってはレッドカード(一発退場)ものである。

 

 民主党衆議院議員の辻恵という人は,平成22年5月26日,同党の小沢幹事長の政治資金規正法違反事件について審査している検察審査会事務局に自分及びその秘書が電話をし,議員会館の事務所に来て説明するように呼びつけた。2つの検察審査会事務局がこれに応じなかったのは当然であるが,彼のこのような言動が公正を期すべき検察審査事務に対する事実上の圧力になるという認識すらない。この人間は,このような電話をしたことを当初は否定していたが,数日経ってしぶしぶその事実を認めた。卑怯である。またこの人間は,かつてはいわゆる日歯連闇献金事件に関し,検察が故橋本龍太郎氏ら自民党議員を不起訴としたことに対して検察審査会に審査を申し立て,「不起訴不当」の議決をしたことを大いに評価したことがあった。ところが今度は,自己が属する民主党の小沢幹事長の件について検察審査会が「起訴相当」の議決をするやいなや,今度は「司法のあり方を検証・提言する議員連盟」事務局長に就任して検察審査会制度の在り方を見直す方向で動き出している。まことに節操がないし,ご都合主義の極みである。

 

 その他のいわゆる小沢チルドレンや小沢ガールズなどと称される手合いの資質,能力面に対する疑問は底なしである。今度の参議院議員選挙においても,スポーツ選手や芸能人などの有名人候補者が目白押しである。これらの人たちの全てに問題があるというつもりはないが,「さくらパパ」じゃないけど(笑),少なくともその先輩方の中に議員として期待される十分な勉強をし,汗をかき,立派な業績を残した人がいるかというと,残念ながらすぐには思い至らないのである。「選良」という言葉がだんだんと死語になりつつある。

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